また厄介事だよ…
街に着き、ラズベール伯爵夫人から礼金を受け取った俺は、お礼を言ってその場で別れた。
「そろそろ日が暮れるな、先ずは宿の確保だが…。」
其処で俺は考えた、そろそろ風呂に入りたい!と。
水浴び程度なら川でも出来るが、日本人としては暖かい湯にゆったり浸かりたい。
「よし!」
そう考えた俺は、風呂のある宿に泊まる事にした。だけど、風呂がある宿というのは総じて高い。
だが、今の俺には伯爵夫人から頂戴した謝礼金がある!それも金貨が3枚…30万円相当だ!
「此処だな…。」
町の中心にある高級宿を見上げた俺は意を決した様に、宿の扉を潜った。
ドアベルが鳴り、ニコニコした受付の青年に挨拶される。それに応える様に軽く頷いてからカウンターに向かおうとすると、横から声が掛かった。
「「「「あっ!?」」」」
其の声に驚いて振り返ると、さっきまで一緒だった護衛の皆さんが揃っていた。
「おや、先程の…、ってお互い名乗ってませんでしたね。俺はクウって言います。」
そう言って、俺達はお互いに自己紹介を始める。
「俺は、このチームのリーダーをやっているヴォルガだ。」
髪型は短髪で茶髪。年の頃は30前後って所か。ヴォルガは剣を扱う戦士…まぁ剣士だ。
「私はレイラよ。クウさんよろしくね!」
レイラはチームの紅一点。髪型は赤茶のセミロング。年は…多分、20台前中半ぐらいか?
彼女は魔法使いなんだそうだ、使っている所をまだ見ていないが、かなり興味があるな。
「キールだ。俺の獲物は此れさ!」
ちょいチャラい感じがする耽美系で金髪のイケメン兄ちゃん。年は…レイラとあまり変わらないっぽい?
ちなみに獲物として目の前に出されたのは、飾り気のない無骨な槍だ。
「俺はダラスだ…。」、
最後に口を開いたのは、どこぞの軍神の様な立派な髭を生やした厳ついおっさん、年は俺より上だろう。
ごっつい大剣で戦う重戦士らしい。見た目だけならこっちの方がリーダーぽかった。
そして、そのまま雑談に突入。俺の異能が気になるのか何度も話題にあがる。
俺は俺で魔法に関して興味があるので、レイラに色々質問を繰り返していた。
先に部屋を取るつもりだったが、このまま話を続けるなら先に夕食を食べるべきだと判断した俺は、銀貨3枚のディナーを頂く。
「…でだ。俺達の依頼主は本来、普通の盗賊には襲われないと思うんだが。」
ヴォルガはそう言いながら何か変だと話す。その言葉に残り三人も頷いていた。
確かにこの国の伯爵夫人なんて襲ったら、討伐隊を出される可能性もあるし、俺もリスクとリターンが見合わないと思う。
「成程、確かに妙な話ですね。」
とは言っても、その辺りの分別が付くかどうかなんて俺には分からない。
ゲームや創作の様な冒険者と違って、人の道を外れたただの外道共だ。
まぁ、俺もそんな連中から金を奪っているのだから、俺も外道なんだろうな。
「それに、私達の馬車以外にもあの道を通っていた筈なのよね。
普通に考えれば護衛が目を光らせている馬車より、最低限の護衛しか付いてない馬車とか商人を狙うと思うのよ。」
ん、ああ。そういやこの街に向かう馬車が居たんだよな。
レイラの言葉に俺も違和感を覚える。普通の盗賊なら、目を光らせている護衛を恐れて他の馬車を狙うだろう。
「となると、元から狙われていた可能性が高そうですね。」
「馬鹿なっ!?そんな自殺行為…!?」
俺の言葉に驚愕して目を見開くヴォルガ。
「例えば、何処かの大物人物が…?」
「其れこそ、有り得ん!どんなメリットがあると言うんだ!?」
俺の言葉を途中で遮るように、声を荒げて話すヴォルガ。そして俺は、ふと今の状況を思い出す。
「皆さん。とりあえず、場所を変えませんか?」
今話をしている場所は高級宿の食堂だ。ヴォルガが声を上げたので注目を受けている。
話の内容もアレだし、此処は場所を変えた方が良いだろう。
「う、ああ…。」
フロントで個室を借りた俺は、4人を連れて部屋に入る。
「そういえば、依頼人は如何したんです?」
幾ら街中だと言っても護衛の傭兵が依頼人から離れていても良いのか?
「今は部屋に居られる。この宿の専属護衛が付いているから心配はないぞ?」
どうやら俺の心配は杞憂だったらしい。ヴォルガはこの宿の安全性について説明してくれた。
宿で雇われている護衛は退役した兵士や傭兵が主らしく、要人の護衛に適しているそうだ。
ただ、皆結構な年なので体力面に難はあるらしい。だから、こういう所で働いているという事だ。
実力があると言っても、年寄りに何日も掛けて移動しながら護衛やれって言うのは、そりゃ酷だもんな。
「それで、さっきの話なんだけど…。」
レイラに促されて、俺達は先程の話題に戻る。
「さっき大物がどうとか言っていたが、それはクウの想像だろ?」
キールはやれやれという感じで、そう言って来る。
「確かに想像でしかないんですけど、他に理由はありますか?まぁ、知らずに襲って来たという可能性もまだありますけど。」
「いや、それはないな。馬車には貴族家の家紋が付いているし、他国から流れてきた連中だとしても家紋付きの馬車を見れば貴族が乗っている事ぐらいは分かるだろう。」
ああ、家紋が付いていたのか。俺気付いてなかったんだけど…。でも、それなら余計怪しいな、家紋を見れば特定の相手だけを狙う事が出来るんだから。
「やっぱり、誰かしらに指示されて襲って来たんだと思いますよ?家紋を見れば何処の貴族家か分かるんですから。」
「う…むぅ…。」
ヴォルガが呻く様に何かを言い掛けたが、言葉を飲み込んだようだ。
「それで…、其れが事実だったとして如何する?」
そう言ってダラスはヴォルガを見る。此処はリーダーの決断が必要だ。
「如何するって言っても、まだ可能性の話だろ?…アンナ様には伝えておく必要は在るが…。」
「そうね。それなら、私が伝えてくるわ。」
レイラはそのまま立ち上がり部屋を出て行く。
「俺も行くわ。無いとは思うが一応な。」
キールの言う通り流石に宿は安全だと思う。だけど、魔法使い一人の行動を心配するのは当然だろう。
二人が伝えに行っている間に俺達は他の可能性が無いか議論を重ねるが、結局此れと言った理由は見つからなかった。
暫く話し合いを続けていると、夫人の下に報告しに行った二人が、厄介な話を持ち帰って来た。
「…で、何で俺まで指名されているんですかね?」
二人が持ってきたのは、伯爵夫人アンナ様からの指名依頼。内容は『他にも傭兵を雇い、盗賊団のアジトを襲撃せよ』という依頼だった。
「一人旅なんだし、クウさんも戦えるでしょ。だからだと思うけど?」
いやいやいや!?俺はまともに戦える訳じゃないぞ!?奇襲と暗殺を繰り返して来ただけなんだか…ら…。
其処まで考えて、俺は考え込む。盗賊のアジトへの襲撃は何も今回が初めてじゃない。
「…場所は分かっているんです?」
「其れは此れから調べるしかないだろう?まぁ、それに付き合えとは言わん。アンタも疲れているみたいだからな。」
「でも、戦闘面は期待しているからね!」
いや、期待はしないでくれ…。一応役立つつもりではいるが…。
情報を集めにヴォルガ達が外に出て行く。
「はあ…、ようやくゆっくり出来る。」
煙草と携帯灰皿を取り出して、そのまま一服に入る。そして、依頼の話を考えていた。
今回の依頼はあくまで貴族籍の馬車を襲った盗賊の討伐。
其の為に討伐軍を組むという事らしいが、あいにく此処はアンナ様の領地ではないので正規兵が使えないらしい。だから、傭兵を増員して事に当たれという事だ。
「まぁ、他にも傭兵を雇うっていうなら、俺の出番はないよな。」
さて、先ずは風呂だな。高い金を払ってこの宿に泊まったんだし、久々の風呂を存分に味わおう!
……
………
「……まぁ、汗は流せたんだし、こんなもんだよな。」
久々の風呂でウキウキしていたんだが、この世界の風呂は一旦沸かしたら追い焚きが出来ないらしい。
その理由というのが、外で沸かした湯を各部屋の風呂場に運んでいるからだ。そしてそれは当然冷めやすい訳で…、
「今日はもう寝ちまうか。」
夕食も食ったし、風呂にも入った。後はもう寝るだけだろう。
そのまま俺はベッドに入る。そして、数分も経たない内にそのまま眠ってしまった。
――――――――…
翌日。少し早めの昼食を取っていると、ヴォルガ達が俺の所へやって来た。
「お疲れ様。先ずは昼食を摂ったら如何です?」
「そうだな。よし、皆!先ずは食事にしよう!」
俺の提案通りに先に食事を始めるヴォルガ達。そして、食事が終った頃、成果報告が始まった。
「……と言う訳で、アジトの目星は付いたんだが…。」
「俺達だけで行く事になりそうなんだよ。」
ヴォルガ達の話によると、腕利きの傭兵達は全員出払っていて、駆け出しの連中しか残っていなかったらしい。
それでも、数を揃えれば、アジト攻略は出来るらしいが、駆け出し連中が命を落としかねないという事で、彼らには声を掛けなかったそうだ。
「クウさん、何か良い手はない?」
アジトの位置が分かっているのなら、一応手は在る。それは以前やった様な遮断を使った夜襲だ。
「無い事も無いですけど、相手の人数は?」
「正確な人数は分からないが、50人はいる筈だ。」
は?50人って…、流石にそれは無理だろう。
「だけど、クウさんの予想通りだったら先手を取った方が良いと思うわ。」
人数を聞いて唖然としている俺に、そんな事を言うレイラ。
「ああ、このまま無視して出発しちまったら、昨日みたいに不利な状況に追い込まれるだろうからな。」
腕を組みながら、頷くように話すキール。
「アンナ様も早く領都に戻らないといけないらしいからな。明日までには何とかしないと…。」
ヴォルガの言葉に、俺は腕を組み考え込む。
「…問題は見張りの人数だ。気付かれたら終わりだしなぁ…。」
「ん?何か手があるのか?」
「一応…。じゃ、説明するので一旦部屋に戻りましょうか。」
俺の言葉に皆が頷く。
そして、俺達は昼食の会計を済ませ、俺の部屋に向かった。
「それで、どういう手段を使うんだ?」
全員が部屋に入り、部屋の鍵をロックした所で、ヴォルガが口を開いた。
「先ずは、夜襲ですね。見張り以外が寝入っている時間が望ましいです。あ、此処からアジトまでの所要時間は?」
「アジトまでか?そうだな…大体5時間ってとこだろうな。」
「其れは徒歩移動で?」
「ああ。」
「そうなると、夕食後に出発ですね。」
俺がそう言うと、ヴォルガ達は不安そうな顔をしていた。
「本当に夜襲で行くのか?松明が使えない上に、乱戦になったら同士討ちになる可能性だってあるんだぞ?」
ああ、其の危険性もあるのか。なら、ヴォルガ達にやってもらう仕事は。
「問題は無いと思います。実は俺、盗賊のアジトに夜襲を掛けるのは初めてじゃないんですよ。」
「「「「えっ!?」」」」
「なので、道中の護衛とアジトの見張りさえ倒して貰えれば、多分何とかなるかと…。」
一人でも起きていたら作戦が破綻してしまうから、其処は全員寝ている事を祈ろう。
「…分かった、今夜、夜襲を仕掛けよう。」
ヴォルガの言葉に、皆は神妙な顔で頷く。覚悟は決まった様だ。
「では、もう休んでおきましょう。」
「「「分かった。」」」「ええ…。」
そう言いながら、皆が部屋から出て行く。
さて、昼食を食ったばかりだけど、俺も寝ておかないとな。
そのまま俺はベッドに入る。そしてまた、考え事を始める。
アンナ様の指名が無ければ、俺は関わる必要がなかったんだよな…。
まぁ、知り合ったからには見殺しにしたくはないけどさ。
俺はむくりと起き上がり、煙草に火を点ける。
「……ふう…。上手くやれればいいけど。」
一通りのシミュレートを済ませ、異能を確認していく。
重力は変わらずだが、音はそこそこ範囲も広まっている。この間よりは楽に行ける筈だ。眠っていてくれれば人数なんて関係ないからな。
そんな淡い期待をしながら、俺の意識は落ちていった。