偉い人への対応って如何すれば?
あれから、丸二日が経った。幸いにも追手は振り切れた様で一安心と言った所。
街道沿いの川で魚を取りながら、何とか食いつないでいた俺は、ようやく町に到達した。
「…刀とか隠しておいた方が良いよな。」
また目を付けられても困るし、お飾りの剣とか手に入れた方が良いかも知れない。
まぁ、とりあえずは隠しておこう。幸い、このマントは大きいからすっぽり隠せるし。
「おい!ちょっと待て。」
何事も無く通れると思ったら、がっしりとした体型で強面の衛兵に呼び止められた。
「はい、何でしょう?」
「マントの中に何を隠している!?」
げっ!?ど、如何する!?拒否すれば余計詰め寄られそうだし…。
「えっと、剣とお金ですけど…?」
うん、此処で隠し通すっていうのは自殺行為だ。
「…マントを開けろ。」
マジかよ……。でも、まあこうなるか…。
マントを開いて、鞘に入っている刀と太刀、それと銀貨が入った布袋を見せる。
「それが、剣だと…?」
そう言って、鼻で嗤う衛兵。
「そんな細い鉄の棒で何と戦うんだ?ああ、お前みたいなチビには普通の剣は持てないのか。」
馬鹿にした様な表情で、さっさと行けと促す衛兵。
おーい、お前衛兵だろ?随分横柄な…、いや偶にはこんなのもいるか。
まぁ、いいや。トラブルになるよりはずっとマシだ。
衛兵の暴言を甘んじて受け入れ、俺はヘラヘラしながら低姿勢で門を通る。
軟弱な奴めと、俺の背中に向けて言葉を発したようだが、ぶっちゃけ如何でもいい。
穏便に済んだ事を感謝しよう。
「さて、これから如何するか…。」
仕事を始めるにしても、此処ではまだ……。海沿いの町まで行くべきだな。
そうと決まれば、物資の補充だ。幸い、盗賊達から頂いた銀貨はまだまだ十二分にある。
携帯食や水の補充、そして少し早めの昼食を摂る。
「へぇ…、隣町は結構近いんですね。」
食事をしながら情報収集、いい情報を教えて貰えた。
昼までに街を出れば、日暮れ頃には隣町に着ける。
飯を食ったら宿の探そうと思っていたが、そう言う事なら隣町まで行くべきだろう。
「と、其の前に剣を買っておくか。」
宿を出て、門に向かおうと思った所で、そう思い至った。
刀は、人前で使わない方が良い。だから、対外的なアピールが出来る剣が必要だ。
武器屋で、良さ気な物がないかと物色していると、店主さんに声を掛けられた。
「何かお探しかい?」
「えっと、護身用に軽くて扱い易い剣を探しているのですが。」
そう、これは重要。余計な荷物だからな。
「ふむ、…じゃあ、此れなんか如何だい?」
そう言って、店主さんは短めの剣を手に取った。
「…悪くないね。幾ら?」
「銀貨5枚だよ。」
まぁ、許容範囲か。
「分かりました。じゃ、銀貨5枚。」
店主さんに代金を支払い、店を出る。
俺が買った剣…所謂短剣だ。刃渡りは通常よりも短く、日本刀で例えるなら脇差と言った所だろう。
「じゃあ、そろそろ出るかな…。って、お!」
屋台がある!しかもあの街で食った串焼きと同じ奴だ!!
「串焼き10本!!」
「あいよっ!」
ガキみたいに両手いっぱいに串焼きを持って、門の列に並ぶ。
ん?あれは…。
串焼きを頬張りながら横目で見ると、其処には馬車が止まっていた。
「馬車か…。」
うーん、あれに乗って行くというのもありだよなぁ。って、あ!?
乗るかどうか迷っていたら、馬車が出発してしまった。
「まぁ、良いか。歩くつもりだったんだし。」
馬車なんて乗った事なんてないから、乗ってみたいと思ったんだけど、まぁその内機会もあるだろう。
何事も無く門を抜け、街道を進む。
町を出て直ぐの頃はそこそこの人数が居たが、幾つかの分岐点で別れ、今は俺一人だ。
そして、数時間が経ち、音楽を聴きながら歩いていると、後ろからガタガタという音が聞こえてきた。
「ん?何の音だ?」
音がする方に振り返ると、後ろから豪華な馬車が近づいて来ていた。
あー…此れは道を譲った方が良さそうだな。
何しろ、馬車の護衛らしき連中が凄い目で俺を睨んでいた。
一旦街道から離れて、邪魔にならない位置で立ち止まると、馬車の連中は俺を睨みながら通り過ぎていく。
うーん、滅茶苦茶睨まれたな。最初衛兵にも絡まれたし…、やっぱ怪しいのかな?俺の格好って。
…まぁ、それもあるだろうけど、やっぱ、あの馬車にはそれなりの身分の人が乗っているって事だろうな。
どちらにせよ、俺には関係ない話だ。
気を取り直して、俺は歩き出す。けど、10分も経たない内にまた立ち止まる事になってしまった。
そして、何故立ち止まる事になったかと言うと、前方100メートルぐらいの場所で立ち往生している豪華な馬車。それを取り囲む、20人以上の男達。
「……盗賊か。」
俺はボソリとそう呟く。
馬車の方を見ると、先程俺を睨んでいた護衛達が馬車から飛び出していた。
睨み合いを続ける盗賊共と護衛達。
「って、やべっ!?」
何人かの盗賊が俺に気づき、此方に向かって来る。
慌てて街道沿いの森に入ると、俺を追って来た盗賊は不敵に笑った。
うん、獲物を見る目だな、ありゃ。
だけど、森の中に入っちまえば俺の方が有利だ。
一人ずつ誘き出して、確実に仕留めて行く。流石にもう手馴れたよ。
手早く連中の懐を探って、銀貨袋を回収する。
「あっちは如何なったかな?」
偉い人の護衛なんてやっているぐらいだから、盗賊なんかに後れを取らないよな?
と、考えていたのだが…。
「くっ!」
「数が多すぎるわ!」
思ったより芳しくは無かった。というよりヤバイんじゃ?
このままじゃ俺も先に行けないし、少し手助けをするか。
何時もの”遮断”を使って森の中を移動する。そして…。
「居たぞ!盗賊共だ!!抜剣せよ!!」
『うおおおおお!!!』
音発生で俺の後方に大人数の鬨の声があがる。
はは、連中面白いぐらい動揺しているよ。お、逃げてく逃げてく。
カチャカチャと抜剣の音が鳴り響いた所で、慌てて盗賊共が逃げ出した。
そして、その様子を呆然と見つめる護衛達。とりあえずは何とかなった様だ。
「「「「えっ…?」」」」
森から出て来た俺の姿を見て、驚きの声を上げる護衛達。
俺は、そんな護衛達に一度頭を下げて、立ち去ろうとすると。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!援軍は!?」
「ああ、あれは俺の大道芸ですよ。だから、援軍なんていません。」
「ええっ!?」
「そういう訳なんで、失礼しますね。」
そう言って、悠然と立ち去ろうとする俺に、馬車の中から声が掛かった。
「お待ちなさい!」
声に反応して振り返ると、馬車の中から女性が出て来た。
「アンナ様!?」
うわあ…、あれか?貴族婦人って奴か?年は同年代…いや、白人っぽい人種だから年下かも?
「危ない所を助けて頂いて感謝しますわ。何かお礼でも…。」
「あ、いえ…。」
日頃の癖か、つい謝礼を断る様な返答を口に出してしまう。
「そう言う訳には参りませんわ!助けた頂いておきながら、礼もせずに帰してしまったとなれば、ラズベール伯爵家の名が地に落ちますわ!!」
え、ええっと…。いや、お礼をしてくれるって言うのなら良いのか?
刀の事もあるし、貴族とかにあまり関わりたくはなかったんだけど。
っていうか、お礼を受けるとしても如何切り出せば…?
返答に困っていると、婦人はコホンと咳払いをして佇まいを直した。
「町に着いたらお礼をしますので、馬車にお乗りください。」
って…、良いのかよ?良く分からないけど、貴族っていうのは使用人以外の平民とは同席とかしないんじゃないのか?
そうは思っていても、招かれているのに行かないと言うのも、相手にとっては失礼だろう。
何となく護衛の人に目を向けると、小さく頷いていた。つまり、乗れって事だ。
「し、失礼します。」
護衛の人に誘導されて馬車に乗り込むと他の護衛達も馬車に乗り込んだ。
そして、全員が乗り込むと馬車が動き出した。
「それで、先程言っていた大道芸とは、どういう物ですの?」
うっ!其れを聞きますか…。如何説明しよう…。
困ったように固まっていると、護衛の若い女性が口を開いた。
「魔法…ではありませんよね?あの様な魔法は聞いた事もありませんし…。」
いや…、異能だし魔法って訳じゃ……!?って!?この世界魔法があんの!?
っと、其れは兎も角、何か言わないと…。実家のひで…いやいや!平民に家名があるかもわからんし、貴族だとかって勘違いされるのも不味い!
「えっと…、企業秘密と言いますか…、大事な商売道具という感じです…。」
苦肉の策だった。
「あら、其れは残念ね。」
婦人はそうとだけ言って、それ以上の追求はしてこなかった。だが…。
「その大道芸という物は見せて貰えますの?対価が必要なら、謝礼とは別にお支払いしますわよ?」
……ど、如何する?大道芸なんて言っちまったけど、あれはただ異能だし、出来る事と言ったら…。
「え、えっとじゃあ、音楽でも流してみますかね…?」
うん、此れも大道芸だよな?そうだよな?
「まぁ!早速やって貰っても良いかしら?」
「は、はい!」
と、言われても何を流せば…、地球のクラシックか?つっても月光の一部ぐらいしか覚えてないけど。
そもそも、アニメ、ゲーム、ボカロあたりしか聞かないからなぁ…。
有名な曲なら、一般的な物も知っているけど…、この場合何を流せば良いんだろう?
とりあえず、クラシックが良いだろう。他は日本語やら英語やらの歌詞がついてくる訳だし…。
そう思い至った俺は、月光を流してみる。すると、婦人を初め護衛の人達も目を見開いた。
「な、なんて素晴らしい音楽なのかしら!?」
婦人の興奮を肯定するように護衛の皆さんもコクコクと頷く。
皆が俺の流す曲に聞き惚れる中、馬車は進んでいく。
一通り流し終えた頃には、窓の外に町が見えていた。
新しい街…、これ以上トラブルが起きません様に!!
俺はそう心の中で必死に祈っていた。




