襲撃
「お断りします。」
「へっ!?」
直感的に厄介事を頼まれると思った俺は、即座に断った。
そして俺の言葉に、意味が分からないという顔で固まる初老の男。
俺はそれを尻目にさっさと受付を済ませようとカウンターに向かう。
「ま、待ってくれ!?話も聞かずにあんまりじゃないか!?」
そう言って男は俺の肩口を掴む。俺は其れを振り払いながら口を開いた。
「何日もまともに寝れてないんですよ。そんな状態で満足に動けるとでも?」
流石にこう言えば無茶は言うまい……、と思っていたのだが。
「済まないが此方も急ぎなんだ!話を聞いてくれ!!」
此方の都合をまったく考えず、捲くし立てる初老のオヤジ…。
そして、受付をしようとしていた従業員は困惑した表情で成り行きを見守っていた。
如何考えても宿への営業妨害だろ…。何でこの人は文句を言わないんだ?
そんな事を考えながら、宿の従業員を見ていると、後ろのオヤジが喚きだした。
「私はこの町の町長なんだ!頼む!話を聞いてくれ!!」
成程、町長相手だから文句が言えないのか。大丈夫かこの町?
そして、俺が黙っている事を何か勘違いしたオヤジが勝手に話をし始めた。
「実はこの町から然程離れていない洞窟に…。」
「おい!俺は断るって言っただろうが!?」
オヤジの言葉を遮るように叫ぶ。そもそも、俺は危険を犯したくは無い。
ヴィシュヌが再転位出来る様になるまで、何処か安全な場所で働いて生活費を稼ぐつもりだった。
そもそも、『私が町長です』と来て、行き先が洞窟とかアレしか思い浮かばねえよ…。
嘗てゲームで経験したあの最悪なイベントを思い出す。
まあゲームであればネタでしかないのだが、現実では体験したくは無い。
まだ、そうだと決まった訳ではないが、騙して悪いが…系の仕事は請けたくは無かった。
「…はっ!?途中まで話させておいて今更断るとは、剣士として恥かしくは無いのか!?」
勝手に喋っておいて何言ってやがんだ、このジジイは…。
「安い部屋で良いんで、今晩空いてますかね?」
「あ、いや…その…。」
ジジイを無視して受付に話し掛けるもジジイの様子が気になるのか、中々答えてはくれない。
見れば、受付の従業員はジジイを怯えるような目で見ている。
あー…、これは、町長の意にそぐわない事をすると村八分にでもされるのかな?面倒な…。
「兎に角聞いてくれ!?娘が盗賊に攫われてしまって身代金を要求されているんだ!」
許可も出していないのに、またもや勝手に捲くし立てるジジイ。
「それならけいさ…軍や領主に要請すれば良いんじゃないか?」
「それでは遅すぎるんだ!しかも、相当金を毟り取られるんだぞ!?」
「いや、知らんし…。」
にしても、盗賊か…。此処はあの場所から離れてもいないし、同じ連中っぽいよな。
「頼む!この通りだ!!」
と言って頭も下げないクソジジイ。流石に俺は呆れ果てていた。
周りの連中も巻き込まれるのが嫌なのか、此方に視線も合わせようとしない。
「報酬が必要というのなら、払ってやる!だから、盗賊共を殲滅してくれ!!」
…あれ?これもしかして無報酬でやらせようとしていた…?
考えてみれば口頭での依頼だし、周りにいる連中は町長に逆らえないっぽい。
「…なら、せめて書面で依頼書を書いてくれ。口約束なんか当てに出来るか!」
「うぐっ!?」
俺がそう言い放つとクソジジイが急に押し黙った。やはり踏み倒すつもりだったんだろう。
「わかった、直ぐに用意しよう。だが、必ず受けて貰うぞ!」
うわぁ…。
そう言って、慌てて出て行くクソジジイを見送った後。
「…持ち出せる食事って、何かありませんかね?」
全てを諦めた俺は、受付の従業員にそんな質問をしていた。
―――――――…
まもなく日付が変わろうとしている頃、俺は森の中にある盗賊のアジトに向かっていた。
「娘が大事だって言うのなら、俺みたいな素性の知れない奴に頼むかね…。」
俺なら、絶対に頼まない。何しろそいつが失敗したら、娘がどんな危険に晒されるか分かったもんじゃない。
となると、何か別の狙いが…?
「もしかしたら、アレと同じく生贄要因か?」
定期的にカモを送り込む事によって町への被害を防いでいるのか、もしくはグルという可能性も…。
「…見つけた。…見張りは二人か。」
そっと、刀を抜いて木の陰に隠れる。音の異能『遮断』を使い、自分の足音や呼吸音を消した。
見つからない様に慎重に移動して、木の影から見張り達の動向を窺う。
暫くすると、二人の男が中から出て来た。どうやら交代の時間だったらしい。
最初に居た二人が洞窟内へと消えて行き、残った二人が見張りに付いた。
「最低4人か…。どう対処する?」
残念ながら、盗賊達とまともに戦えるような力なんて俺には無い。
盗賊を排除するのなら必然的に奇襲、いや暗殺をするしかない。
様子を窺っていると、一人の男が突然仲間に話し掛け、何かの了承を取っていた。
「ん、何だ…?」
そして、話し掛けていた男は、俺の方へ歩いてくる。
見つかったのか!?鳴子か!?
そう思って周辺を確認するが、何も無い。そもそも鳴子の様な物なら俺にも聞こえている筈だ。
『遮断』はあくまで”結界内”の音を外に出さないと言うだけだ。
姿を見られたのか?いやでも、もう一人の見張りに警戒している様子はない…。
近づいてくる男に見つからぬ様に、必死に木陰に隠れていたが男は俺の前を通り過ぎた。
そして、一度左右を確認してからズボンを下げた。
ああ…、そう言うことか…。
俺は後ろから忍び寄り、用を足している男の首を刎ねた。
ドサッ!
流石に此れを抱えようとは思えなかったので、男の体は音を立てて倒れてしまった。
すると、洞窟前で見張りに残っていた男が怪訝な顔で此方に向かってきた。
「おい、どうした?……まさか、さぼってんじゃねーだろうな?」
そう言いながら、仲間の元に向かう盗賊。
「なっ!?がっ!?」
首無し死体を目撃してしまった男は、その場で固まってしまう。
そして、俺に気づく事のないまま、その男も首を刎ねられていた。
「此れで二人…。」
あのジジイの話を信じるのであれば、この盗賊団は15人にも満たない人数だと聞く。
殺した人数は全部で7名、情報通りであれば半数を倒した事になるが、あまり当てには出来ない。
「ん…?」
気が付くと、俺は周りがよく見えていた。
地球よりもかなり月が大きいので、十分な光は届いていたが、足元がしっかり見える程ではなかった。
「……身体能力が向上して、暗視でも出来るようになったのか?」
洞窟内を覗き込むと、所々に置いてある松明のお陰で奥までしっかりと見えていた。
「…行くか。」
『遮断』を強化してゆっくり奥に進んで行く。突き当たった所に広めの空洞があり、そこで、盗賊達が眠っていた。
………11人か。まだ結構いやがるな。でも、今の状況なら…。
俺は眠っている盗賊の傍で屈んで、『遮断』した。
「…!?」
そして、目を剥いたまま、パクパクと口を開いて男が事切れる。
一人また一人と確実に息の根を止めて行き、進入してから10分も経たないうちに部屋の中の盗賊達は全滅した。
「……こんなにあっさり事が運ぶなんて…。」
俺の力は正に異能だった。そして18人も殺した俺は、体が大分軽くなっていた。
「剣…は重いから金の袋だけ回収するか。」
そして、回収が終わった頃、俺は本来の目的を思い出していた。
「攫われた娘って言うのは何処に居るんだ?」
そう言って周囲を見回すが何処にも居なかった。
やはり、俺は生贄役だったのか?
と考えていると乱雑に置かれている盗品の裏に奥へ進む道を見つけた。
「…こっちか?」
通路の様な洞窟内を進んでいくと、扉が備え付けられた場所を発見した。
「此処にも見張りか…。」
扉の前には一人の男が待機していた。
如何するかと悩んでいたら、急に見張りの男が此方に歩いてきた。
不味い!?隠れられる場所なんてねえぞ!?
「たくっ、交代の時間だってのに、何で誰もこねえんだよ!?」
悪態を付きながら歩いてくる男。そして、ついに見つかってしまう。
「!?な、何だ、テメエは!?」
そう言いながら、男が剣を叩き付けて来る。
ギンッ!
俺は咄嗟にそれを弾き返し、距離を取った。
…あれ?何で今のを弾けたんだ?
男と睨み合いになりながら、そんな疑問が浮かんでいた。
「…身体能力の強化か!?」
それ以外考えられない。一気に殺した事で大分能力が伸びたと言う事だろう。
事実、握っている刀も既に軽くなっていた。
「他の連中は何をしてやがんだ!?おい!!」
男が切羽詰ったように叫ぶが、当然反応は無い。そして、男の顔色が見る見る悪くなっていく。
一方で俺は焦っていた。身体能力は大分向上したようだけど、剣術が出来る訳ではない。
今まで何とかなっていたのは、奇襲と暗殺に徹していたからだ。
唯一、一人だけ正面から対峙したが、アレは限定的に強力な異能を放てたからであって…。
あの時と同じ手を使ってみるか?
刀を右手で持ったまま、左手で素早く煙草を取り出す。
そして、そのまま火を点け、指で弾いた。
「うおっ!?あちぃ!?」
火の点いた煙草が男の顔面に直撃し、慌てて振り払っていた。
そして、同時に踏み込んでいた俺は、そのまま刀を振り抜いた。
「ぎゃああっ!?」
咄嗟に体を庇おうとしたのだろう。男は反応し切れずに両腕を切り落とされ、胸元を切り裂かれる。
そして俺は、思っていた以上の戦果に驚きを隠せなかった。
勿論、それほど早くなっている訳ではない。ただ…、今見せた瞬発力は10台の頃の物だった。
俺は泣き叫ぶ男にトドメを刺し、無言で遺体を漁った。
身体能力の向上はありがたい…が、此れに何も感じなくなっている俺は、もう壊れているのかも知れない。
「ま、引き摺るよりかは遥かにマシだろうけどな。」
それだけは間違いない。塞ぎこむ暇なんて無いのだから。
「……あった。鍵だな。」
多分これは、あの扉の鍵だろう。中に攫われた娘が居るかも知れないが、敵も居るかも知れない。
いや、それなら増援が来ないというのは可笑しい。悲鳴を上げていたのは奴なんだから。
俺は扉の前まで移動して、刀を持ったまま部屋をノックした。
「だ、誰?」
「さっきの悲鳴は何なの!?」
「もしかして、助けが…!?」
中から、三人の女の声が聞こえてくる。
あ、あの町の名前しらねえや…。とりあえず、『遮断』を解除して…。
「川沿いの町の町長って奴から、無理やり依頼を受けさせられた!そいつの娘はいるか?」
俺の歯に着せぬ物言いで中がざわめいたが、一人の女が反応を返してきた。
「多分、私です。その…、父が済みません!!」
どうやら娘はまともだったようだ。
「とりあえず、盗賊は殲滅した!だが、今は真夜中。
どうしても直ぐに帰りたいと言う訳ではないのなら、夜明けまで待ちたいがどうする?」
「分かりました!そちらの指示に従います!ただ…、本当に全員倒したのですか?」
「中の連中と、外の見張りはな。まあ、外で活動している連中がまだいるかも知れないが。」
俺がそう言うと、扉の向こう側の連中が暫く黙って……。
「朝を待ちましょう…。野生動物に襲われる危険もあるのですから。」
「じゃ、決まりだな。」
朝まで待機となれば、仮眠を取る事が出来る。
俺は通路に転がっている死体を片付け、再び扉の前まで戻ってくる。
そして、振り払われた時に火が消えた煙草を回収して、それに火を点けた。
「ふー…。」
一服を入れた後、毛布を背負い袋から取り出して、それに包まる。
結局依頼自体は合っていたんだな…、あのクソジジィがむかつく事には変わらんが。
娘はまともそうだし、依頼書があるから踏み倒されるって事はないだろう。
そんなことを考えながら、俺の意識は落ちていった。
――――――――…
翌日の昼頃。
早朝、洞窟内から脱出した俺達は森を抜け、街道を歩いていた。
捕まっていた娘達は三人いて、それぞれが手に剣を持っている。
護身用として持たせた物ではあるが、彼女達にとっても安心出来る物だっただろう。
「この調子で行けば夕方には町に着くな。」
「「「……。」」」
ぐ~。
「「「あ…。」」」
どうやら空腹だったらしい。三人娘は恥かしそうに俯いていた。
「少し休憩するか。…ちょっと待ってろよ。」
そう言って俺は背負い袋を下ろし、刀を手に川に向かった。
これで三回目になる。しかも今は動体視力も身体能力も向上している。
「…ふっ!」
一突きで次々に魚を獲って行く。10分少々で10匹以上の魚が獲れ、次に薪代わりの枝をかき集めた。
内臓を処理した魚を串焼きの串で刺して、火で炙る。程よく焼きあがった所で三人に手渡した。
「ほれ、塩とかはないけど無いよりはマシだろ?」
「あ、ありがとう御座います…。」
そう言って、魚に齧り付く三人娘を見届けた後、自分の分を焼き始めた。
昼食後、すっかり打ち解けた娘達と話をしながら街道を歩く。
「うちの父は、本当に守銭奴過ぎて…、町の皆も愛想を着かせているんですよね…。」
「最初、依頼書すらなく、口頭で依頼を受けるように捲くし立てやがったからなぁ…。」
「本当、申し訳ないです…。」
「いや、別にお前が謝る事ではないけどよ…。」
「でも、私達運が良かったですよね…。」
「うん、結局何もされずに帰れたしね。」
愚痴の様な会話から、屋台の食い物の話になり、道中はそれなりに楽しく過ごす。
そして、夕方頃に街に着いた俺達は、依頼主の所に向かわず、先ずは飯と言う事になった。
屋台を回り、一通りの食事を済ませた後、町長の所に向かった。
「おお!戻ってきたか!!おい!」
町長が使用人を呼びつけ、宴会の準備をしろと命じていた。
「これから、宴会を開くので是非参加して欲しい。」
「はあ?…いや、もう夕食は済ませたんだけど?そんな事より依頼料を…。」
「いやいや、先ずは宴会でしょう!」
俺の言葉をばっさり切り捨てて、そのまま何処かへ言ってしまう町長。
娘の方は、それを見てガックリと項垂れていた。
使用人の案内で町の広場に移動した俺達は町の人達から歓待を受けていた。
ただ、急遽宴会という話になり十分な食事を用意出来ないと考えた町長は露天商に提供する様に呼びかけていた様だ。
あからさまに嫌な顔をしている商人達だったが、町長はそれを気にする様子は無い。
「ささ、先ずは一杯どうぞ!」
そう言って酒を勧めてくる町長に俺は一言。
「いや、酒は飲めないので。」
と断りを入れた。
其れを聞いて、驚愕の表情を浮かべる町長。
「あ、いらないんなら私が貰いますね!」
と娘が手に取る。そして其れを飲もうとした瞬間、町長が慌てて手を伸ばした。
「ば、バカ!飲むな!!」
町長に酒の入ったコップを叩き落され、中身が零れる。
「…どういう事ですか?此れは?」
テーブルに零された酒は、何故か黒ずんでテーブルクロスに穴を開けていた。
多分、酸の類だろう。こんな物を飲んだら普通の人間は死んでしまう。
「はて、何のことか?そんな事よりも我が家に伝わる筈の財宝を貴方がお持ちだと聞きましたが?」
「はあっ!?」
「その腰にある剣ですよ!我が家の宝を何故貴方が持っているのかお聞きしましょうか!!」
「え?ちょっと待ってよ!お父さん!そんな物はないでしょう!?」
「お前は黙っていろ!!さあ、返して貰いますよ!」
あー、これは…。踏み倒すどころか俺を犯罪者に仕立て上げるつもりか。
それと、武器屋のオヤジがニヤニヤしていやがる…、アイツもグルかよ…。
周囲を見回すと、町の人は困惑の表情を浮かべていた。いや、明らかに町長を睨んでいる。
誰も咎める事が出来ないのは、それだけ影響力が大きいという事だろう。
「どうしても返さないというなら此方にも考えがありますよ!!」
町長がそう叫ぶと、何処からかごろつきの様な連中が剣を手に出てくる。
そして、使用人らしい人達も嫌々ながら剣を取った。
「殺してても奪い返しなさい!!」
あのゲームシリーズのネタ連発だった。
有無も言わさず、襲い掛かる連中に俺は心底呆れ返り…。
きん!きん!
刀を抜いて応対した。
ちっ、ごろつき共は兎も角、使用人を殺すのは忍びない…。此処は逃げるしかねえか。
「ちょ、ちょっとやめてよ!この人が何をしたっていうの!?」
娘が父親を止めに入るが、その場で殴り倒されてしまう。
「何をしている!?早くそいつを殺せ!!」
ごろつき共が一斉に切り掛かって来る。そして、それに対処する為に俺は異能を放った。
『ぎゃああああああ!??』
突如耳を押さえ地面を転がるごろつき達。使用人達は其の様子を見て愕然としていた。
俺が周囲に放ったのは、硝子の引っかき音だった。効果は抜群のようだ。
「じゃあな。」
三人娘にそう声を掛けて、俺は町の外に駆けて行った。