第9話
好きだ、可愛い、愛しい。
この時の俺は、そんな気持ちになってほんわかしていた。
いまでも、進藤が嫌になったら大人の俺がさっと身を引けるようにしておかなくちゃな、とは心のどこかで思っているけど、今はそれよりも色々話したい。結局俺は逃げてただけなのかな。
好きを自覚した途端こんなに考えてることまで変わるのかと自分でも呆れるけれども。
この時俺の頭は完全に幸せモードで、自分のことしか考えてなかった。
だから翌日から進藤がこなくなっても、全然理由なんてわからなかったんだ。
進藤がこなかった日、初日は俺もなんかあったんだろうか、と思いつつ特に心配するほどでもなかった。自分の郵便ポストに新聞が入ってないのは3回くらい確認したし、インターフォンがなるたびに走って出たりしたけどな。
だが2日、3日と続くと流石に心配になってくる。携帯に電話しても電源が入っていないか、電波の届かないところに…というお馴染みのアナウンスが流れるだけ。これは心配するなという方が無理だろう。
進藤の家はうちから近いと言っていた、行ってみるべきか、そういや2組の担任の小笠原には貸しがあったな、ちょっと締め上げて聞いてこよう。
小笠原は教員の中でも仲が良いこともあり割とあっさり教えてくれた。
「そういやあいつ夏休み中にやっちゃいたい課題があるとかで俺先輩の家は教えちゃいましたけど大丈夫でした?」
サラサラと住所を書き写してくれながら聞いてくる。今お前のせいでこうなってるんだがな……。
「進藤はいいけどお前他の奴らに同じことすんなよ、しめるからな。」
「教師が特別扱いいくない。でもまあ最近見かけた時顔色とか良かったしちょっと安心してたんすよ。」
ん?気になる物言いだな。
俺が無言で圧力をかけていると、小笠原はぼりぼりと頭を書きながら教えてくれた。
「俺の勘なんですけどね、家庭がうまくいってないんじゃないかなあ。時々殴られたようなあとつけてきてたし、でもなんでもないって言い張るし。ほら、学校では色々そつなつこなすやつだから、問題は家じゃないかなって。」
「なるほど、じゃあ担任でもなんでもない俺が家庭訪問に行っても別に不思議じゃないな。」
「いやそれ十分不審だから。まあ俺の名前だしてくれていいですけどね。」
小笠原に礼を言うと、俺はそのまま進藤の家に向かうことにした。
ウチから近い、といってた割に歩いたら30分くらいかかる。気がつかなかった俺もバカだなあ…。
進藤の住所にたどり着く。こぎれいなアパートの一階が進藤のうちだった。お袋さんと2人だといっていた、さてどうやって話したものだろう。
とりあえずなるようになれ。
思い切ってインターフォンを押した。誰も出てこない。
いや、きっと進藤は中にいるはずだ。
コンコン、とドアをノックして俺は思い切って声をかけてみることにした。
「しんどうー、進藤君。」
声に反応したのか、ガタンと中から音がして、カチリと鍵が開く音がする。しかしそこから反応がない。
俺は思い切ってドアを開けてみることにした。
そこには左の頬を腫らして湿布している進藤の姿があった。
尋常な腫れ方じゃない、なんども力一杯殴らないとこうはならないだろう。
「進藤……。」
言葉にならない言葉をかけようとすると、進藤はふにゃっと笑ってみせた。
「心配かけてごめんなさい、携帯も取り上げられてて連絡ができなかった。昨日まで腕も拘束されてたんで……。」
言いかけた進藤をギュッと抱きしめる。
そしてその体勢のまま進藤にいった。
「いまからうちにいくぞ、荷物まとめろ。当面必要そうなものだけでいい。お袋さんには置き手紙しておく。邪魔するぞ。」
我ながらいつにない強引さで進藤を抱えたまま部屋の中に入り、カバンからメモ用紙を取り出すと、息子さんとお話があるのでうちに泊まらせます、担任小笠原。とかいてキッチンの机に置いておく。小笠原が名前だしていいって言ってたもんね。
進藤は若干ぽかーんとしていたが、のそのそと荷物をまとめ始めた。ちいさなショルダーに最低限の荷物を詰めたと思われると、俺は手を引いて部屋の外に出す。
「足りないものは俺のもの使えばいいから、とりあえず今はここ出るぞ。」
そういうと、黙って頷いて後をついてくる。
余計なことをしているのかもしれないが、俺にはこの状況が耐えられない。
進藤の家を出て、うちまでタクシーを使った。進藤の顔の腫れは明らかに殴られたものだとわかるのであまり外を歩かせたくなかった。美少年が台無しじゃん…。
タクシーの中で俺たちはひたすら無言だった。俺は何から言ったらいいかを考えてたし、進藤はぼんやりしているように見えた。