第8話
1つ目はさっき気がついた、進藤の都合でこないときはどうするのかということ、2つ目はまあ、昼のことを見てしまったと正直に言おう。
「今日気がついたんだけど、進藤がこないときはどうやって連絡取ろうかと思ってな。」
さらっと軽い方の問題から言い出すと、進藤はきょとんとした顔であっさりいった。
「俺は先生が来ちゃダメっていうとき以外は毎日通うよ?」
ぐっはあ……そんな当たり前でしょ?みたいに言われてもな……!
1人だったら床に転がってもんどり打ってるところだ、下手にプライドが高くて良かったとこのときばかりは思った。
「あ、ああ、そ、そう。」
すごくきょどった返事になってしまった、静まれ俺の心臓。
「もう1つはなんですか?」
進藤はいつもと変わらない、俺の前でだけ見せるふわっとした笑みを浮かべてさらりと聞いてくる。これはもういうしかあるまい。
「えーとね、言いづらいんだけど、今日タバコ休憩してたら進藤たちのこと見ちゃって……。」
「えっ、先生タバコ吸うんだ?」
そこじゃない、食いつくところはそこじゃないぞ。
「部屋からタバコの匂いしないから吸わない人なんだと思ってた。」
言い終わるとちょっと黙って、照れたように笑い。
「そっか、あれ見られてたんだ。なんか恥ずかしいなー。でもちゃんと断ったところ見ててくれました?」
くれました。
うんうん、と頷いて、こうなったら思ったことは全部言ってしまおうと言葉を紡ぐ。
「進藤ってあんまりやり返すイメージなかったから、ハラハラしてたんだけどちゃんと撃退してて驚いた。」
俺がそういうと進藤はあははと笑って、自分の腕を叩いてみせた。
「先生俺ね、昔からか弱く見られるらしくて、小さい頃は変なおじさんとかにいたずらされそうになったり、色々あったんだ。心配した母親に空手の教室に放り込まれたから実はそこそこ自分を守るくらいのことはできるんだよね。」
意外だった。そうなのか。
進藤は細い手足と年齢に似つかわしくない遠くを見るような表情で、俺の中では特別大人っぽい存在だったのだが、それは幼い頃のトラウマとかも相まってなのかなあ、と思うとそれ以上は聞き出す気になれずに、そうか、とだけ言った。
「なあ進藤。やっぱり緊急用ということで電話番号くらい教えておいて。」
何を思って俺がそんなことを言い出したのか、自分でもわからないが、俺はこのときなんとなく、進藤が自分の前からいなくなってしまうような不安があった。
そんな時にそのまま放っておきたくない、連絡が取れるならそれに越したことはない。
「せんせい。前も言ったけどこれ以上迷惑は……。」
「迷惑じゃないから言ってる。俺はね、進藤が好きだよ。」
あーあ、言っちゃった。
みろ、進藤のきょとんとした顔。
きょとんとした顔から、花開くような笑顔に変わるまでそう時間はかからなかったけど。
「本当に?先生、俺が今どんなに嬉しいか伝わるかな。ええと、携帯の番号。えっと、俺にも先生の教えて欲しい。ええー、本当に?先生、嬉しい。」
こんなに喜んでくれるならもっと早くに言っておくんだった。
邪気のない笑顔でえっと、嬉しい、と繰り返す進藤につられて俺も笑顔になる。
お互いの携帯番号を交換して、進藤が真顔で登録は婆ちゃんにしておくから、というので吹き出してしまった。
「なんでだよ、普通に俺の名前でいいよ。」
「……そう?じゃあ、先生の名前で登録しておく。」
ちょっと恥ずかしそうに笑う進藤を、ぎゅうってしたいなーとうずうずする。
そう、俺は進藤のことを好きになってしまった。数日前までただの教師と生徒だったのに。