第10話
家に着くと、俺はまず進藤を座らせ、冷たい麦茶を置いて話し始める。
「お袋さんにやられたの?」
聴くと、ゆっくりと頷く。
「機嫌が悪い時とか、たまに母は荒れることがあって。そんな時に支えになれるのは俺しかいないから。」
「支えって……殴られることが支えなの……?」
思わず静かに聞き直してしまった俺に、進藤は力なく笑った。
「俺はこういうやり方しか分からなくて…。」
下心なしに、ギュッと進藤の手を握った。なんて言ったらいいか分からなかった。大丈夫、俺が進藤でもどうしたらいいのかなんて分からないよ、とか、我慢するなよ、とか、どの言葉を選んでいいのか分からなくて、結局のそのそと場所を移動して、進藤の背中に背中をつけて座り、片手は握ったまま、ポツリと不器用にいうしかなかった。
「俺は今なにも見てないから。聞いてもいないから。今のうちに辛いことあったら吐き出しておいたほうがいいぞ。」
進藤は背中と背中がついたときにピクリと反応して、俺の言葉を聞くと1分くらいしてから静かに泣き始めた。
背中をくっつけているせいか、進藤の呼吸音がはっきり聞こえる。静かな嗚咽混じりのそれは、俺の気持ちをどうしようもなくさせるには十分だった。
「………おれ………。」
進藤が泣くのをこらえながら喋ろうとする。俺は黙ってギュッと手を握った。
「殴られてそれで母がスッキリするなら別にそれでいいんだ。だけど、必ず殴った後母は泣くんです。ごめんね、って。殴ってごめんって。それが辛い。」
「うん。」
「殴られたら痛いけど、我慢できないほどじゃない。それより笑っててほしいのに、なんで俺はうまくできないんだろう。」
しゃくりあげながら、途切れ途切れに進藤はそう呟いた。俺は体勢を変えて後ろから進藤をぎゅっと抱きしめた。
「俺は進藤が殴られるのは嫌だなあ…。」
なんて言ったらいいのか分からなかったから、一番強く思ったことを口に出した。進藤は俺の言葉を聞くと、一瞬泣くのをやめた。それから俺に向かってどうして?と聞いて来た。
「わからない。でも進藤がお袋さんのために殴られて、苦しくないっていうのがなんか嫌だ。」
「………変なの………。」
進藤は小さく笑ったようだった。
「俺が嫌だからさ、今度殴られそうになったらおとなしく殴られるのはやめてくれるかな。我儘で悪いけど。」
しばらくの沈黙の後、進藤はこくりと頷いた。俺もちょっとホッとする。
「メシ、食ってないだろ。なんか食べる?ピザとか取っちゃう?」言って離れようとした俺の手を進藤がつかんだ。
「もうちょっと側にいてください。撫でて、抱きしめて。」




