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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

シガレット・キス

作者: 翡翠

初めて投稿します!お手柔らかにお願いします

キスはレモンの味なんて言うけど、


彼が残したのは、苦い苦いタバコ味のキス。



『シガレット・キス』



ちゅっ、と軽いリップ音が響く。離された唇の温度がもどかしく、息が詰まるほど甘い。

視線の先の彼は、いつもの余裕綽々な笑みを浮かべ俺を見下ろしていた。


「キス、相変わらず下手だね」


そう言って、唇をなぞるかさついた指先。俺はわざと頬を膨らませ、彼を恨みがましく見つめる。


「陽介さんとだけしかキスしてないから」


口を尖らせて、上目遣いで。甘えるような素振りをすれば、陽介さんは、参りましたと笑ってまたキスをしてきた。


「そんなこと言って。ほんとは何人の男とこうしてきたの?」


無遠慮に、陽介さんの手がまだベッドから起き上がれない俺の腰を撫でる。空いてる方の手で顎を掴み、視線を合わせたまま。

肌を緩く這う体温は、溶けそうなくらい気持ちいい。

けれど、体とは裏腹に、心の中は氷のように冷えきっていた。

俺、そんなに軽く見える?と、溢れそうな言葉を飲み込んで、唇だけで笑うと誤魔化すように陽介さんの広い胸にもたれかかった。


「…かわいいね」


何かを察した彼は、含んだ言葉と共に優しく頭を撫でてくれた。

気づかれていないことに安堵しつつ、気づいて欲しかった小さな期待が心に突き刺さる。

こんな俺は酷く滑稽で、どうしようもなくて。

それでも、伝えられなくても、報われないとわかっていても、彼と繋がっていたいと思う間は、

もうなんだっていいと思える。

きっと陽介さんは知らない、ほんとの俺。


「ねぇ」


ベッドの縁に腰かけて、タバコを吸う陽介さんの横顔に声をかける。小さく笑いながら、振り返る彼。


「もう一回、」


キスしよ。

そう言った俺に彼は驚いたように目を見開く。俺からねだったことはなかったから。

困ったように一瞬視線を反らされたあと、陽介さんの綺麗な顔が近づいてくる。

ふわり、香るタバコの匂い。その先のキスの味を、俺はもう知っている。


「どうしたの。かわいいけど。」


何かあった?と心配そうに聞いてくる彼に、俺は何でもないふうを装い笑い返す。


だって見てしまった。

タバコを持っていない方の手、光るスマホの画面。

きっと奥さんからのライン。


もうすぐ終わりの時間だから、名残惜しくて。

そう言ったら貴方はどうするんだろう。

どうせ、何も起こらない。いつもの笑みを浮かべて、俺に「かわいいね」なんて言葉を残して、奥さんの元に帰るのだろう。

何も変わらないのがわかっているから、言い出せない。


貼り付けた笑みのまま陽介さんを見詰めていたら、俺の気持ちを察したのか、やれやれと言ったようにまた笑う。そして俺の頭を乱暴に撫でると、ベッドから腰を上げシャワー室に向かった。

背中越しに聞こえた、ドアの閉まる音。

静かな部屋。

それまではりつめていた糸が切れたように、勢いよく涙が溢れた。

熱くなる目頭と決壊した涙腺を押さえることが出来ず、慌ててシーツに顔を埋める。

次から次に、止まることを知らないそれはまるで彼への叶わない想いを現しているようで。

せめて、彼には聞こえないように。

嗚咽を噛み殺しながら、俺は一人の部屋でただ泣き続けた。



ほんとは好きだと伝えたい。

一緒にいたいと叫びたい。

だけど彼にはきっと重いから。わかったふりして大人の真似して嘘を演じる。

こんな俺は酷く滑稽で、嗤える道化師。

騙される彼のタバコ味のキスでまた、泣いて。

明日になったら笑ってキスを受け入れる。

そうすることで彼のほんの少しの時間を分けてもらえるなら、

きっと俺は、いつまでたってもこのままなんだろうな。



「──────…」


いつの間に寝てしまったのか、ぼんやりした意識の中。微かに聞こえた愛しい声と、唇に触れたほろ苦さ。

瞼を閉じたまま、部屋を出ていく音を聞く俺の頬に、また一筋涙が溢れ落ちた。




END

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