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地下都市 Ⅱ

 風変りな街並みの中を、三人で歩き通す。建物は数千年前の遺物とは思えないほど保存状態がよく、まるでこの地下遺跡が現役であるかのような錯覚に囚われそうだった。


「ルエイン帝国は、帝都の地下に古代遺跡が広がっていることを知ってるのかな」


「どうだろうな……それなら、調査隊の一つも送り出しそうなものだが」


「僕たちが知らないだけで、実は探索が行われていたりしてね」


「可能性はあるな……」


 そして、俺とユーゼフは同時にレティシャに視線を向けた。もし帝国が古代魔法文明の遺跡を調査しているのなら、この街でも有数の実力を持つ彼女が関与している可能性は高い。


「残念だけれど、本当に私は知らなかったわ」


「まあ、そうだろうなぁ……」


 古代遺跡を初めて見た彼女の興奮ぶりを見ていた俺としては、その言葉を疑う気にはなれなかった。


「けれど、皇帝はそれを知っていて、ここに国を作ったのかもしれないわね」


「……どういうことだ?」


 レティシャの言葉に首を傾げる。古代文明の遺跡が地下に埋まっていることを知りながら、その上に街を作りたがる人間がいるだろうか。

 研究や観光のために遺跡を利用する目的なら分かるが、建国から数十年経った今でもこの遺跡の存在は隠匿されている。それでは意味がないように思えた。


「ミレウス、この国の成り立ちは知っているわね?」


「四十年くらい前に、今の皇帝がルエイン帝国を興したんだろ? この土地を支配していた古竜エンシェントドラゴンを倒したとかどうとか……」


 俺のおぼろげな記憶にレティシャは頷く。


「その通りよ。そして、ここ数百年のうちに建国された国はこのルエイン帝国だけ。この大陸の土地のほとんどは既存の国家に占有されているのに、どうして新しく国を興すことができたのかしら」


「だから古竜エンシェントドラゴンを倒したんじゃないのか? そんな土地の領有権を主張したがる奴はいないだろう」


 実質的に統治できないとなれば、領有するうまみもないし、面子も立たない。自領に棲息する古竜エンシェントドラゴンが何かをやらかせば、他国に責任を追及されることだってあるだろう。あまりメリットがないように思えた。


「そうね。けど、古竜エンシェントドラゴンは倒された。そうなれば、この地域と隣接する国家が領有権を主張するのが自然な流れだわ。

 国土の拡大は為政者の務めのようなものだし、空き地に新しい国ができるのを黙って見逃すかしら。古竜殺しを貴族にでも取り立てて、地方領主の座を与えれば上出来の類じゃない?」


「たしかにな……」


 俺は政治や外交のことはよく分からないが、レティシャの言葉には納得できるものがあった。


「にもかかわらず、イスファン皇帝はこの地に帝国を建国した。そこが不思議なのよ」


「その理由に、この遺跡が関係していると考えているのか?」


「今、そんな気がしただけよ。これだけ広大な古代遺跡だもの。その価値は計り知れないわ」


「……だが、それなら余計に建国なんて認めず、自領に併合しようとするんじゃないか?」


「そうなのよねぇ……」


 レティシャは頬に手を当てると、困ったように溜息をついた。


「あと、ついでだから言うけれど……三年前の襲撃事件もおかしいと思ったのよね」


「襲撃事件って、あの時の?」


「ええ。『極光の騎士(ノーザンライト)』が帝都の英雄になった、あの事件よ」


 その言葉をきっかけに、様々な記憶が蘇る。だが、彼女の指摘は思いもよらぬものだった。


「事件の後、復興のための物資や人材が他国からも潤沢に供給されていたけれど……あそこまで手厚い支援がなされるなんて、違和感があったのよ」


 そう言われて、俺は当時の状況を振り返った。闘技場の復旧には少し手こずった気もするが、たしかに支援物資なんかは続々と届いていたな。

 と言っても、俺はこの街でしか暮らしたことがないし、あんな事件が起きたのも一度だけだ。比較のしようがない。そういう意味では、冒険者時代に多くのものを見聞きした彼女のほうが正しいのだろう。


「あの爺さん、各国の弱みを握ってたりするんじゃないか?」


「その可能性もありそうだけれど……建国を黙認されるほどの弱みって何かしら」


「さあ……」


 そんなやり取りをしていた時だった。ふと気配を感じて、俺とユーゼフは同時に剣を引き抜いた。そして、飛来した矢を剣で斬り払う。


「ついにご対面かな?」


「いきなり仕掛けてくるなんて、対話の余地はなさそうねぇ」


 ユーゼフは楽しそうに呟き、レティシャにも臆した様子はない。トップレベルの剣闘士なのだから当然だが、二人の態度は頼もしいものだった。


「なんであれ、手間は省けたな。……四人か?」


「僕も四人だと思うよ」


「なら決まりだな。申し訳程度の矢しか飛んでこないのは、他が近距離型なのか?」


「逆に魔術師かもしれないよ。様子見で魔力は使いたくないだろうし」


 未だ相手の姿は見えない。建物の陰、もしくは中に潜んでいるのだろう。間断的に矢が飛んでくるが、俺やユーゼフが叩き落とせないレベルではない。


「僕が行くよ」


 そんな中、ユーゼフは一歩前へ出た。


「じゃあ、任せた」


 俺の返事を聞くなり、ユーゼフは何気ない足取りで前方へ歩き出す。彼の動きを警戒しているのか、定期的に飛来していた矢が止まる。射られた矢の角度から、位置を逆算されることを恐れたのだろうか。


「ミレウス、大丈夫なの? 矢の射手はともかく、他の相手がどこにいるか分からないのよ? 集中砲火を浴びるかもしれないわ」


 悠然と歩くユーゼフを見て心配になったのだろう。レティシャが声を上げる。俺はレティシャのほうへ振り返ると笑顔を見せた。


「大丈夫だ。場所なら分かってる」


「え……?」


 次の瞬間、ユーゼフの姿が消えた。戦闘速度で真横の建物に突入したのだ。その判断は正しく、すぐに戦いの物音が聞こえてくる。つまり、敵が潜んでいたということだ。


「いったいどうやって……」


「これだけ気配がもれていれば、さすがに分かるさ」


 驚くレティシャに答えると、彼女は呆れたように肩をすくめた。


「何よそれ……剣闘士の上位ランカーって、みんなそうなの?」


「さあな……俺とユーゼフは親父にそう叩き込まれた」


 言いながら、久しぶりに飛来した矢を弾く。ユーゼフが別の相手と戦闘を開始したことで安心したのだろうか。


「――来るわ」


 と、レティシャが前方に魔法障壁を展開した。少し遅れて、炎の矢が雨のように降り注いだ。魔力の動きを察知したのだろう。俺たちの気配察知に呆れていたレティシャだが、彼女の魔力察知も明らかに人間離れしていた。


「……さて」


 俺はユーゼフが突入した建物に目をやった。今も戦闘が続いているということは、相手もかなりの使い手なのだろう。その事実に警戒を強める。


「俺たちの相手は二人。矢を放った奴と、魔法を撃ち込んできた奴だ」


「もう一人は?」


「ユーゼフのところに二人いるはずだ」


「加勢はしないの?」


「あいつ、戦いを邪魔されると怒るんだよなぁ……」


 そんなことを言いながらも、突入する方針を固める。こう言ってはなんだが、ユーゼフがたった二人を相手に戦闘を長引かせている時点で、相手も只者ではない。

 相手に魔術師がいる以上、一か所に固まるのは危険だが、敵の仲間も同じ場所にいるのだ。大規模魔法を撃ち込まれる可能性は少ないだろう。


 そのことをレティシャに伝えようとした時だった。盛大な破壊音とともに、建物から複数の人影が飛び出してくる。


 まず二人が姿を現し、俺から見て奥のほうへ走り出す。後ろをしきりに気にしているのは、追撃を恐れているのだろう。その証拠に、続いて現れた人物が彼らを追う。ユーゼフだ。


「行くぞ」


「ええ」


 短く言葉をかわすと、俺たちはユーゼフを追いかける。途中で何度か魔法攻撃が降り注ぎ、ユーゼフの足を止めるが、レティシャの障壁を突破できるほどではなかった。


「やあ、ミレウス。ちょっと失敗したよ」


 合流したユーゼフは、ばつが悪そうに曖昧な笑みを浮かべた。


「どうしたんだ? ユーゼフが手こずるほどの強敵だったのか?」


「それが、相手が魔法剣士だったんだ。もう一人は魔術師で、二人の連携もよかった」


「それは苦戦するわね……強化魔法を使用した剣士と魔術師相手なんて」


 ユーゼフの言葉にレティシャが理解を示す。だが、俺は別の感想を抱いていた。


「……ユーゼフ。お前、楽しんでただろ」


「……『極光の騎士(ノーザンライト)』と戦っている気分になれるんじゃないかと思ってね」


 俺に追及されたユーゼフは、あっさり白状した。


「だと思ったよ……」


 俺は小さく溜息をついた。レティシャに至っては声も出ないようだった。怒っていなければいいんだが。


「まあ、彼らの腕は大したことない。魔法剣士のほうは剣闘士五十傑には入ることができるだろうが、上位ランカー(僕たち)ほどじゃないね」


「魔術師のほうは?」


「さあ……少なくとも『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』ほどじゃないよ」


 ユーゼフは肩をすくめた。剣士の評価と比べると雑な評価だが、魔術師ではないのだから仕方ないだろう。


「魔術師のレベルは高いほうね。うちのギルドでも上位に来るんじゃないかしら」


 ユーゼフに続けて、レティシャが敵の評価を下した。意外な高評価だが、彼女自身はギルドでも最上位に位置する魔術師だ。特に恐れている様子はなかった。


「ところで、ミレウス。もう一つ重要なことがあるんだ」


「なんだ?」


 逃げる敵を追いかけ、放たれる魔法を迎撃しながら俺たちは会話を続ける。


「相手だけど……二人ともエルフ(・・・)だったよ」


「なんだって!?」


 重大な情報に俺の顔が強張る。


「エルフなんて珍しいわね……けれど、魔法のレベルが高い理由は分かったわ。彼らは魔法の適性が高いから」


 次いでレティシャが口を開く。そうこうしているうちに、俺たちが追いかけている敵は四人に増えていた。ユーゼフと戦って、勝てないと判断したのだろう。


「ん……?」


 逃げる四人を見ていた俺は、ふと首を傾げた。一人だけ人間が混じっていたのだ。しかも、あの顔にはなんとなく見覚えがある。


「レティシャ。あれ、ディルトじゃないか?」


 第七十一闘技場の魔法事故を引き起こした張本人であり、俺たちが重要参考人として探していた人物でもある。レティシャの追跡魔法であれば、すぐ確認できるだろう。


「ええ、そうかも、しれない、わね」


 彼女は息切れしながら答える。筋力強化フィジカルブーストは使っているはずだが、俺たちとは基礎体力が違う。長時間の疾走はさすがに堪えるのだろう。


「悪い、返事は後でいい」


 ということは、レティシャの障壁に何度も弾かれていた魔法はディルトのものだったわけだ。結界を貫通して大規模破壊をしてのけたのだから、もっと凄腕だと思っていたのだが……この地下空洞の崩落を恐れたり、魔法使用に制限があったりしたのだろうか。


 そんなことを考えているうちに、追いかけている四人に動きがあった。とある建物で立ち止まったのだ。


「あれは――」


 彼らが立ち止まっている場所。それは、ディスタ闘技場の直下にある古代の建造物だった。取っ手のない扉がスライドして開き、四人が慌ただしく屋内へ逃げ込む。


「ちっ!」


 扉が音もなく閉まっていく様を目にして、俺は剣を振り上げた。投剣して扉が閉まるのを阻止しようとしたのだ。


「――石壁ストーンウォール!」


 と、それより早くレティシャの魔法が発動した。建物の手前の地面が斜めに隆起して扉の閉鎖を阻む。だが――。


「駄目ね……」


 見かけに反してかなりのパワーを持っていたらしく、分厚い石壁は扉に挟まれてあっさり粉々に砕け散る。俺たちが建造物の前に辿り着いた頃には、扉は完全に閉ざされていた。


「これは……?」


 俺はレティシャに視線を向けた。彼らが逃げ込んだ扉には、紋様が浮かんでいたのだ。薄紫色に明滅する様は、第二十八闘技場うちの結界装置を思い出させる。


「魔術的な封印でしょうね。これを解かない限り、扉は開かないと思うわ」


 レティシャが答えた直後、硬質な激突音が聞こえる。目をやれば、ユーゼフが扉に魔剣を叩きつけたところだった。扉が壊れないと悟ったユーゼフは、魔剣に黄金の輝きを灯す。


煌めく軌跡(リテンション)なら――?」


 ユーゼフは再び剣を振るうと、扉に黄金の軌跡を重ねた。在り続ける斬撃は間断なく扉を襲い、凄まじい衝突音を響かせる。

 だが、それでも扉が破壊される様子はなかった。


「頑丈だね……」


「古代文明のセキュリティだもの。そう簡単にはいかないでしょうね」


 ユーゼフの言葉にレティシャが同意する。


「だが、あいつらは簡単に扉を開けてたよな?」


 そう尋ねると、レティシャは少し考え込んでから推測を口にした。


「このタイプの紋様は、なんらかの鍵が必要ね」


「鍵? そんなものを出す素振りはなかったが……」


 彼らが逃げ込んでいく様子を思い出すが、そんな動作はしていなかったはずだ。


「鍵と言っても、物理的なものとは限らないのよ。特定の魔法を使用したり、コードを打ち込んだり……凄いものだと、個人に特有の魔力パターンが認証条件だったりするわ」


「どのパターンであれ、この扉を開くのは難しそうだな……」


 せっかくディルトを見つけたのに、これでは意味がない。ディスタ闘技場が彼やエルフを匿っている可能性は極めて高いが、正面から攻めても彼らに辿り着くことは困難だろう。


「いっそのこと破壊してみるかい? 扉は無理でも、壁になら穴を開けることができるかもしれないよ」


「やめておいたほうがいいわ。自己防衛システムが作動するでしょうし、最悪、この一帯の遺跡すべてが敵に回るかもしれないから」


 ユーゼフの言葉に、レティシャが焦った様子で異議を唱える。


「たしかに、うちの地下遺跡に侵入しようとしたあいつらも撃退されてたな……」


 正直に言って、奴らの戦闘力は苦戦するほどではない。だが、古代遺跡が相手となると何が起きるかは分からないのも事実だった。


「今日のところは引き返すしかないか……」


 地上まで伸びる土柱を、俺は苦々しく見上げた。




◆◆◆




「逃げ出す様子がない?」


「ええ。私も意外だったけれど、ずっとディスタ闘技場……もしくはその地下に潜んだままね」


「何を考えているんだ……?」


 俺とレティシャは眉根を寄せて考え込む。地下遺跡群でディルトやエルフたちと交戦してから、今日で三日が経っていた。

 だが、交戦してほうほうの体で逃げ帰った割に、ディルトが逃亡する気配はないという。もし自分が彼の立場だったら、あの後すぐに帝都から離れていることだろう。


「可能性はいくつかあるわ。たとえば、この街はエルフに対して警戒が厳しいこと。以前から排他的な空気はあったけれど、第二十八闘技場うちが移転する前後から、それがあからさまになったでしょう?」


「あの警戒態勢、まだ解かれてなかったのか」


 そう言えばそんなこともあったな。今の闘技場を建設している時に、ウィラン男爵がそんなことを言っていた気がする。


「ええ。意図的に警戒態勢を取り続けているようね。もしかしたら、今後も警戒を解くつもりはないのかもしれないわ」


「まあ、それは構わないな。むしろ、今はいいほうに作用してるくらいだ」


「だから、街から出たくても出られないのかもしれないわ」


彼女の言葉には一理あった。どうやって帝都に入ったのか知らないが、エルフの出入りは厳重にチェックされているという。出て行くのも大変だろう。


「ちなみに、レティシャが考えた他の可能性ってどんなパターンだ?」


「たとえば、私のマーキングに気付かれている場合ね。迂闊に動けば、彼の逃亡先までバレてしまう。それを警戒して動くに動けないのかもしれないわ。

 戦闘力で言えば、明らかに私たちのほうが上だもの。マーカーを辿って追跡されて、人気のない街道なんかで襲われることだってあり得るものね」


 そう答えた後、レティシャは別の可能性も提示する。


「後は、自分たちに非はないと思っているケースね。たまたま遺跡で鉢合わせて戦闘になったけれど、それはモンスターと勘違いしたからだ、って開き直るつもりだとか」


「さすがに都合がよすぎないか? そもそもディルトが仲間にいる時点で不審だろう」


「ディルトを疑いの目で見ているのは私たちだけだもの。彼からすれば、自分が疑われているなんて思っていないかもしれないわ」


「なるほどなぁ。他にありそうな可能性と言うと……単に古代遺跡の研究に没頭しているだけ、とか?」


 そう言って、俺はちらりとレティシャに視線をやった。場合によっては、彼女も似たようなことをやりかねない気がしたからだ。


「その可能性もゼロじゃないわね。古代遺跡は魔法知識の宝庫だもの。多少無理をしてでも研究・調査しようとする気持ちは分かるわ」


 案の定、レティシャは俺の予想に理解を示した。だが、エルフに対して厳しいこの国の首都に潜り込んでまで強行することだろうか。


「もしくは、とても重要な何かが遺跡に眠っているかだな。……分からないなぁ。結局、どれも推測の域を出ない」


 俺は唸り声を上げると、ソファーの背にもたれかかった。


「いっそのこと、エルフの情報を衛兵にリークしてみるか? ディルトはともかく、エルフのほうは捕まえてくれるかもしれない」


「そうね……エルフは出入りを厳しくチェックされているけれど、出入り禁止にされているわけじゃないわ。不審なエルフがいる、なんて情報でわざわざ動いてくれるかしら」


「厳しいよなぁ……強制捜査をするには罪状と勝算が必要だろうし、まして潜伏先はディスタ闘技場だ。私怨で濡れ衣を着せようとしたと思われかねない」


 それに、下手をすると地下遺跡のことが露見してしまうからな。あまり取りたくない選択肢だった。そんなことを考えていると、レティシャが半分だけ話題を変えた。


「ねえ、ミレウス。ディルトのことで意見を聞きたいのだけれど……」


「ディルトの?」


「ええ。この前の戦いで、ディルトは何度も魔法攻撃を仕掛けてきたでしょう? どう思った?」


 彼女に問われて三日前の戦いを思い出す。だが、特筆するようなことはなかった、というのが本音だ。そう伝えたところ、レティシャは大きく頷いた。


「そこなのよ。たしかに平均的な魔術師よりは優秀だったけれど、逆に言うとその程度でしかなかったわ」


 その引っ掛かる表現で、俺は彼女が言わんとすることが分かった。


「つまり、第七十一闘技場で結界を突き破って、大破壊をもたらした魔術師としては力不足だと?」


「ええ。もしかすると、大規模魔法の余波で古代遺跡が損傷することを恐れたのかもしれないけれど……」


 言われてみれば、俺も戦闘中に同じことを考えた気がするな。そのまま忘れていたが。


「ひょっとして、第七十一闘技場で戦ったディルトとは別人だとか? ……とは言え、人相風体からしても間違いないと思うんだけどな」


「私も同一人物だと思うわ。ただ、何かが引っ掛かるのよね……」


 俺たちは難しい顔をして考え込む。それに、古代遺跡絡みで考えなければならないことはもう一つあった。


「ところで、あの遺跡の封印は解けそうなのか?」


 遺跡の封印とは、エルフたちが逃げ込んだ建造物を守っている魔法陣のことだ。もはや完全に魔術の領域であるため、この件に関してはレティシャに一任していた。


「あの封印の解除方法は、特定のコードを打ち込むことのようね。コードを打ち込む箇所が見つかったおかげで、それだけは判明したの」


「凄いじゃないか」


 予想外の進捗状況を聞いて、俺は素直に賞賛する。だが、レティシャは首を横に振った。


「何も分かっていないに等しいわ。彼らがどんなコードにしたか推測のしようがないし、そもそも彼らが設定したのかどうかも分からない。ひょっとすると、この遺跡が現役だった頃に、持ち主が設定したままかもしれないわ」


「さすがに後者ってことはないんじゃないか? もしそうなら、あいつらは古代魔法文明時代に設置されたコードを、なんのヒントもなしに突き止めたことになる」


「そうね……けど、どちらにせよ、砂漠の中から一粒の砂を探すようなものよ」


「たしかになぁ……」


 レティシャが言いたいことはよく分かる。手っ取り早く突き止めるには、奴らの誰かを捕らえるのが一番だが、向こうも今後はうかうかと出てきたりはしないだろう。


 どう動くか。俺とレティシャは、長らく支配人室で考え込んでいた。


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