表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/214

最終試合 Ⅱ

斧槍ハルバードを片手に勝利を積み重ね、記録的な速さで剣闘士五十傑に名を連ねた『帝国の獅子』! モンドール・ザン・ルエイン!』


『対するは、マイヤード闘技場が誇る最強の鞭使いにして、剣闘士ランキング第二十六位の英傑! 『大蛇サーペント』ケプラー・アドネイト!!』


 今日の目玉試合の一つ。剣闘士ランキング四十一位の『帝国の獅子』モンドールと、剣闘士ランキング二十六位の『大蛇サーペント』の戦いは、大歓声とともに幕を開けていた。


「ちっ!」


 モンドールがその場を飛び退く。まず攻撃を仕掛けたのは、鞭を使うため射程の長い『大蛇サーペント』のほうだった。攻撃をかわしたモンドールを、鞭の連撃が次第に追い詰めていく。


『おおっとぉぉぉっ! 『大蛇サーペント』選手が猛攻を仕掛けたぁぁぁっ! さすがの『帝国の獅子』も反撃の糸口をなかなか掴めないぞぉぉぉっ!』


 実況者の言葉通り、モンドールは鞭の攻撃をかわすことに精一杯のようだった。鞭を自在に使い分け、打撃に刺突、斬撃に拘束と幅広い効果を持たせる『大蛇サーペント』の鞭さばきは絶妙だ。


 だが、これくらいで手も足も出ないようなら、彼がこの短期間で剣闘士五十傑に入るはずはない。そんな俺の思考に答えるように、しばらく防戦一方だったモンドールが動きを見せた。


斧槍ハルバードが鞭を弾いたぁぁぁっ! まさか、もう鞭の動きを見切ったというのかぁぁぁっ!?』


 斧槍ハルバードで鞭を払いのけたモンドールは、思い切りよく前方へ駆け出した。『大蛇サーペント』との距離を詰めないことには話が始まらないからだ。


 さらに一撃、二撃と鞭の攻撃を捌いていたモンドールだったが、その顔がしかめられた。斧槍ハルバードに鞭が絡まっていたのだ。そのまま武器の引っ張り合いが始まるかと思われたが、その予想は裏切られた。『大蛇サーペント』は、もう一本の手で別の鞭を振るったのだ。


「ぐっ!?」


 斧槍ハルバードを搦め取られた形のモンドールは、弾くことも回避することもできず、鞭の攻撃をその身に受ける。彼がなんとか斧槍ハルバードを鞭から引きはがした時には、すでに何度も鞭に打ち据えられた後だった。


『これは強烈な攻撃だぁぁっ! 『大蛇サーペント』の鞭が『帝国の獅子』をめった打ちにしているぅぅっ!』


 斧槍ハルバードを手に仕切り直したモンドールだが、斧槍ハルバードを鞭に搦め取られることを警戒してか、その動きは精彩を欠いていた。いや――。


「まだ観察中、といったところか」


 俺は一人呟く。モンドールの顔に焦りはない。鞭という珍しい武器種を見極めることに集中しているのだろう。やがて、防戦一方だった彼は攻勢に転じた。


『モンドール選手の反撃が始まったぁぁっ! 鞭の攻撃をかいくぐって攻撃を仕掛けていくぅぅっ!』


 斧槍ハルバードと鞭の応酬が始まり、それぞれの得物が残像を残して複雑な軌道を描く。まともに当たれば斧槍ハルバードの方が強力だが、鞭には普通の武器にはない特殊な軌道がある。珍しい武器種を前にして、モンドールの対応力が試されていた。


 そうして、どれほど攻防を繰り返しただろうか。迫りくる鞭を身体を捻ってよけると、モンドールはふっと身を沈めた。その真上を軌道を変えた刺つきの鞭が通り過ぎる。鞭の先端が頭上を通り過ぎた瞬間、彼は手にした斧槍ハルバードを気合とともに一閃させた。


『『大蛇サーペント』の鞭が千切れ飛んだぁぁぁっ! 数多の剣闘士を封殺してきた変幻自在の鞭を斬り払うとは、なんという技量だぁぁぁっ!』


 一拍遅れて『大蛇サーペント』の鞭が千切れ飛ぶと、実況者が興奮した声を上げた。目に止まらぬ速さで応酬を繰り返していた鞭と斧槍ハルバードは、それを機に動きを止めた。


「――この鞭は気に入っていたのだがな」


「そりゃ悪いな。けど、鞭は他にもあんだろ?」


「無論だ」


 そんなやり取りの後、『大蛇サーペント』は腰から別の鞭を取り出した。鱗のような素材でできた、蒼銀色の鞭だ。彼の二つ名である『大蛇サーペント』の由来でもある鞭は、魔力を帯びてうっすらと輝いていた。


『おおっとぉぉぉっ! ここでついに『大蛇サーペント』が竜鱗鞭ドラゴンウィップを取り出したぁぁぁっ! 剣闘士ランキング第二十六位の彼が、『帝国の獅子』に対して本気を出したぁっ!』


「今までの鞭とは格が違う。……死ぬなよ」


「へへっ、そう来なくっちゃな。二つ名の割に大蛇サーペントっぽくないと思ってたところだ」


 楽しそうに笑うモンドールにつられたのか、『大蛇サーペント』もニヤリと笑みを浮かべる。二人とも、完全に試合を楽しんでいる顔だった。


「行くぞっ!」


 裂帛の気合とともに『大蛇サーペント』が鞭を振るった。その速度は今までの鞭の速度を超えており、蒼銀色の残像がモンドールを襲う。


「――っ!」


 高速で振るわれた鞭を、モンドールは身を投げ出してかわした。うかつに斧槍ハルバードで受け止めて、搦め取られることを警戒したのだろう。だが、『大蛇サーペント』が体勢を崩したモンドールを見逃すはずがない。


 なんとか追撃をかわしたモンドールは、さらに襲い来た鞭を斧槍ハルバードで弾いた。軌道を逸らされた竜鱗鞭ドラゴンウィップは、そのまま足下の試合の間(リング)に突き刺さる。


竜鱗鞭ドラゴンウィップが固い石床にあっさり穴を空けたぁぁぁっ! 何という威力だぁぁぁっ!』


「なるほどな……面白え」


 自身の足下に空いた穴を見つめて、モンドールはなおも笑う。そして、今度は彼から距離を詰めた。

 縦横無尽に振るわれた鞭をかわし、時には斧槍ハルバードで上手く弾きながら、モンドールが『大蛇サーペント』に迫る。斧槍ハルバードの射程は長めだが、鞭の射程はそれを上回る。距離を詰めないことにはどうしようもない。


 そして、『大蛇サーペント』が斧槍ハルバードの射程に収まった瞬間、竜鱗鞭ドラゴンウィップが分裂した。……いや、分裂したように見えるほど高速で振るわれたのだ。


「防御陣形か?」


 蒼銀色の軌跡が『大蛇サーペント』を取り囲む光景は、まるで魔法障壁を展開しているようだった。闘技場に響き渡る鞭の風切り音が、それが魔法でないことを伝えてくる。驚異的な技術だった。


 対して、モンドールは踏み止まると腰を落とした。そして力を溜めたかと思うと、一気に解き放つ。次の瞬間、赤光が蒼銀色の防壁と激突した。


『モンドール選手の『竜槍撃ドラゴンランス』が竜鱗鞭ドラゴンウィップとぶつかったぁぁぁっ!』


 強烈な衝撃だったのだろう。光が激突した直後には、二人は大きく後ずさっていた。二人の得物が激突した場所の石床は大きく破損しており、両者の力の巨大さを物語っていた。


 そして、再びモンドールが『大蛇サーペント』に接近した。複雑な動きを見せる竜鱗鞭ドラゴンウィップ斧槍ハルバードで器用に弾き、高速の一撃を繰り出す。


「――っ!」


 モンドールの斧槍ハルバードが『大蛇サーペント』の左腕をざっくりと斬り裂く。続けざまに放たれた突きを、『大蛇サーペント』は大きく飛び退いて避けた。


「――こうも早く竜鱗鞭ドラゴンウィップに対応してくるか」


「その鞭、さっきのより硬えからな。変に絡み付いてこない分、むしろ戦いやすいぜ」


「……あまりこの鞭を舐めないほうがいい。当たれば吹き飛ぶぞ」


「当たれば、だろ?」


 その言葉を受けて、『大蛇サーペント』はニヤリと笑った。竜鱗鞭ドラゴンウィップを持つ手に力がこもる。


「ならば試してみよう」


大蛇サーペント』の言葉とともに、竜鱗鞭ドラゴンウィップが振るわれる。だが、それは先程までとは比べ物にならないほど巨大・・だった。


「うぉっ!?」


 モンドールは驚きの声を上げた。直径が一メテルを超える鞭に襲われたのだ。極大の鞭が自在に暴れまわる様は、正に『大蛇サーペント』そのものだった。


「こいつは……っ!」


 モンドールはなんとか斧槍ハルバードで防御しているが、すでに何度も攻撃を受けている。巨大化しても速度が変わらないため、竜鱗鞭ドラゴンウィップは非常に厄介な存在となっていた。


『モンドール選手が押されているぅぅぅっ! さすがは『大蛇サーペント』、大質量による猛攻が確実にモンドール選手を追い詰めているぞぉぉぉっ!』


「ちっ……やるじゃねえか」


 だが、巨大な質量に翻弄されながら、それでもモンドールは前に進んでいた。たとえ攻撃を受けてでも前へ進む。その意思は着実に結果を出しており、両者の距離を少しずつ縮めていた。


 そして、力を溜めていたモンドールは、飛来した竜鱗鞭ドラゴンウィップ斧槍ハルバードを打ち合わせた。力がぶつかり合い、鞭の軌道に隙ができる。


「――おらぁっ!」


 その隙間をついて、モンドールは『大蛇サーペント』へ殺到した。引き戻された竜鱗鞭ドラゴンウィップが背後に迫っているが、咄嗟のことで勢いのない攻撃だ。モンドールは振り返ることなく背後の鞭を弾き――。


「なにっ!?」


 驚きの声を上げたのはモンドールのほうだった。弾いたはずの鞭が自分の斧槍ハルバードに絡み付いていたのだ。

 おそらく、竜鱗鞭ドラゴンウィップはその硬さをも調整できたのだろう。あれだけの巨大化ができるのだ。その程度はできてもおかしくない。


 だが、モンドールは止まらない。斧槍を手放して(・・・・・・・)大蛇サーペント』に迫る。


「ぬっ!?」


 今度の声は『大蛇サーペント』のものだった。斧槍ハルバードを搦め取り、相手を無力化したつもりの『大蛇サーペント』の顔面に、モンドールの巨大な拳が突き刺さる。


「がっ――」


 モンドールはよろめいた『大蛇サーペント』に追撃をかけた。連続で拳や膝を叩きこみ、最後に体重を乗せた重い蹴りで吹き飛ばす。猛攻を受けた『大蛇サーペント』は、石床の上をごろごろと転がっていった。


「おっと」


 それでも竜鱗鞭ドラゴンウィップを手放さない『大蛇サーペント』に引っ張られて、搦め取られた斧槍ハルバードが引きずられていく。それを引き抜いたモンドールは、返ってきた斧槍ハルバードを満足そうに肩に担いだ。


「……まさか、ああも早く武器を手放すとは、な……」


 血だらけの顔面で、『大蛇サーペント』はなおも精悍に笑う。鞭は手放さなかったようだが、立ち上がることはできないのだろう。彼は試合の間(リング)に横たわったままだった。


「俺も、前にそれでやられたことがあったからな。選択肢として考えてはいた」


「ふん……面白い奴が出て来たものだ……」


 そして、試合に幕が引かれる。『帝国の獅子』の快挙に、闘技場から割れんばかりの歓声が上がった。


『ついに決着だぁぁぁっ! なんと! 『帝国の獅子』モンドールが、十以上もランクが上の相手から勝利をもぎ取ったぁぁぁっ!』


「うおおおぉぉぉっ!」


 実況者の勝者宣言を受けて、モンドールは雄叫びを上げる。斧槍ハルバードを振り上げた彼は、実に誇らしげに笑っていた。




 ◆◆◆




「今日はさすがに満席よ。さすがは『極光の騎士(ノーザンライト)』と言うべきかしら」


「そうか、久しぶりだな。あの事件より前なら、『極光の騎士(ノーザンライト)』がいなくても満席は珍しくなかったが……」


「久しぶりの満席だったから、食べ物類を中心に品切れを起こしているわ。マルガ商会に追加発注をかけているから、もうすぐ解消されると思うけれど」


 支配人室でそんなやり取りをした後、ヴィンフリーデは心配そうな様子で口を開いた。


「ミレウス、大丈夫? 皇帝から何か言われたりしてない?」


 ヴィンフリーデは不安を拭えないようだった。それはそうだろう。この国の最高権力者が剣闘試合を観に来たのだから、不安に思って当然だ。


「今のところ大丈夫だ。……息子のモンドールが金星を上げたんだから、機嫌だっていいんじゃないかな」


「本当に、よく勝ってくれたわね……剣闘士ランキングも相手のほうが上だったのに」


「あいつは本番に強いからな。それに、『大蛇サーペント』との対戦を望んだのはモンドールだからな。勝算があったんだろう」


「そうなの? でも、それってズルくないかしら」


「上位の剣闘士は、戦闘スタイルや対策を研究されて当然だからな。試合を受けた以上、『大蛇サーペント』だってモンドールのことを調べただろうし、誹られることじゃないさ」


 とは言え、モンドールが勝ってくれてほっとしたことは事実だ。可能性は低いが、不興を買ったり、気分を害した皇帝が退席することもあり得たからな。


「けどまあ、おかげでモンドールのランキングも上がるし、いいこと尽くめだ」


 俺の言葉に笑顔を見せると、ヴィンフリーデは今日の予定表を眺めた。


「次は『金城鉄壁フォートレス』と『蒼竜妃アクアマリン』、その次は『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』と『魔導災厄スペル・ディザスター』……うちの名物の組み合わせ(カード)ね」


「皇帝は歴戦の戦士だし、目が肥えているだろうからな。第二十八闘技場うちの本気を見てもらったほうがいい」


 話しながら窓の外を眺める。視線の先にある貴賓席には、今もイスファン皇帝がいるはずだ。


「それに、最後はユーゼフと『極光の騎士(ノーザンライト)』の試合だものね。皇帝だって満足するに違いないわ」


「ああ、そうだな」


 そして、その試合を最後に『極光の騎士(ノーザンライト)』は消滅するのだ。『極光の騎士(ノーザンライト)』として、初めて試合の間(リング)に立った日のことは今もはっきり覚えている。

 にもかかわらず、あと数刻で『極光の騎士(ノーザンライト)』は剣闘士としての生を終えるのだ。その事実はことあるごとに俺の心を浸蝕していた。だが――。


「……きちんと幕引きをするのも、『極光の騎士(ノーザンライト)』を舞台に上げた俺の仕事だからな」


 つい思いが口を突いて出る。それを聞きつけたヴィンフリーデは不思議そうに目を瞬かせた。


「ミレウス、何か言った?」


「いや、なんでもない」


 俺は静かに否定する。雑念を入れず、全力でユーゼフと戦う。いつも通りのことだ。

 心の中で、俺は何度もそう繰り返していた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ