事故 Ⅱ
「かなりの減収だな……」
「特に魔法試合の観客数が激減しているわ。覚悟はしていたけれど、こうやって数字で見ると強烈ね……」
第二十八闘技場の支配人室は暗い雰囲気に包まれていた。その理由は、先月の興行実績の集計ができあがったからだ。覚悟していたこととは言え、第七十一闘技場の事故に端を発する大幅な客数の減少は、俺たちの心を沈ませるに充分なものだった。
「魔法試合以外は、そんなに客数が落ちたわけじゃないからな。それが救いと言えば救いだが……」
「総合的にも大幅な減少は間違いないものね。……この現象は、一時的なものと思っていいのかしら?」
「そのうち人々の記憶は薄れていくだろうが……一か月や二か月で元に戻るとは思えないな。それに、この事件をとっかかりにして、魔法試合を禁止されてしまえばおしまいだ」
「もう、早くディルトを捕まえてやりたいわね」
「まったくだな。いっそのこと、不法侵入して捕まえてやろうか」
俺は冗談めかして笑うが、それも考えていないわけではない。問題は山積みだが、どれから解決するか――。
そう悩んだ瞬間だった。俺の頭に鋭いアラーム音が響き渡った。
「なんだ!?」
「ミレウス、どうしたの?」
慌てて周囲を窺う俺を、ヴィンフリーデが不思議そうに見つめる。その様子を見て、俺はこの音が自分の頭にだけ響いていることに気付いた。
さらに、アラーム音に重ねて念話らしきものが伝わってくる。
『――警告。施設へ侵入しようとしている存在を確認』
その淡々とした口調は、聞き慣れたクリフのものではない。おそらく、古代遺跡のものだ。
「悪い、地下の古代遺跡へ行ってくる」
「え? 何が起きたの?」
「分からないが、アラームが作動してる。ちょっと見てくる」
「見てくるって、一人で? ちょっと、ミレウス!?」
アラーム音に急かされて、俺は闘技場の中を駆け抜けた。驚いたのだろう、従業員か誰かに声をかけられた気もするが、返事をすることもなく廊下を走る。
そうして辿り着いたのは、地下遺跡に繋がる階段が隠されている小部屋の、さらに隣の部屋だ。小部屋に入ろうとした俺は、その前に周囲を警戒しようと周りを見て……そして、予想外の人物を見つけた。
「シンシア……?」
「ピィッ!」
「す、すみません……! その、ミレウスさんが、慌てて走っていくのが見えて、気になって……」
ノアの元気な返事に少し遅れて、シンシアが慌てたように口を開いた。俺を追いかけて走ってきたのか、ぜいぜいと息を切らしている。ひょっとして、途中で声をかけてきたのは彼女だったのだろうか。
「ここって……あの部屋ですよね」
周りを見回したシンシアは、小さな声で確認した。彼女は地下遺跡のことを知っている数少ない人物だ。この部屋が地下遺跡に繋がる小部屋への入口であることも当然知っている。
「アラームが作動したんだ。大したことじゃないが、ちょっと覗いてこようと思って」
「アラームが、ですか……!?」
俺の返答に古代遺跡という単語は入っていなかったが、それでもシンシアは確信したようだった。
「だから、気にしないでくれ」
そう言って身体の向きを変える。小部屋に入るためのスイッチを作動させるためだ。だが、シンシアが立ち去る様子はなかった。
「別に見送ってくれなくてもいいぞ?」
少し冗談めかして伝えるが、シンシアは迷ったようにこちらを見たまま、動く気配がない。
「……アラームがなったということは、危険かもしれないですよね?」
「まあ、その可能性もゼロじゃないが……あんな場所に侵入できる奴がいるとは思えないからな。せいぜい、地中に棲む動物やモンスターだろう」
「それに、前みたいなことがあると大変ですし……」
シンシアは不安そうに俺を見つめる。地下遺跡に潜って、ペイルウッドや巨人たちと戦った彼女からすると、遺跡が安全だとは思えないのかもしれない。
とは言え、行かないわけにはいかない。地下遺跡がアラームを伝えてきたのは、今回が初めてのことだ。大丈夫だと楽観するわけにはいかなかった。
「だから、その……私も、一緒に行っていいですか……?」
「え?」
予想外の申し出に驚いていると、シンシアはあたふたしながらも口を開く。
「私に戦闘力はありませんけれど、何かあった時に魔法障壁を張るくらいはできます。それに、ミレウスさんに強化魔法をかけることだって……」
その言葉に俺は考え込んだ。シンシアがいれば、何かあった時の安全性は格段に上がるだろう。そういう意味ではありがたい申し出だ。もともと遺跡のことを知っている彼女であれば、情報がもれることもない。
だからといって彼女を巻き込んでいいのか。わずかに悩んだ後、俺は口を開いた。
「ありがとう、シンシア。一緒に来てもらえるか?」
「は、はい!」
「ピィッ!」
シンシアとノアの元気な返事を確認すると、俺は隠し小部屋を開けるスイッチに手を掛けた。
◆◆◆
「別に……いつも通りだな」
「静かですね……」
「ピィ?」
古代遺跡に足を踏み入れた俺たちは、一様に首を傾げていた。かつてのようにアラームが響き渡っていることもなければ、怪しげな人影もない。
数千年前の施設だし、さっきのアラームは誤作動だったのかもしれない。そんなことを考えながらも、俺は一番奥にあるコントロールルームへ向かう。そして制御盤に手を置くと、アラームの詳細が頭に入り込んできた。
「一刻ほど前に外部から侵入者――」
シンシアにも分かるように、俺は流れ込んできた情報を口に出していく。そんな俺を彼女は心配そうに見つめていた。
「物理的接触、攻性魔法、および転移魔法による侵入を試みたものの、施設の防壁を突破できず撤退? どういうことだ……?」
俺は首を傾げた。外部からの侵入者。つまり、第二十八闘技場の隠し通路を使用せずに、この地下遺跡に接触しようとした何者がいるわけだ。だが、この遺跡は地下深くに存在している。そう簡単に接触できるとは思えないが……。
そう悩んでいた時だった。同じように難しい顔をしていたシンシアが、ふと壁際に寄った。彼女はしばらく壁を眺めた後で、俺のほうを振り返る。
「あの、一つ気になっていることがあるんですけど……」
「どうした? こんな事態だし、なんでも言ってくれ」
俺の言葉に促されて、彼女は疑問を口にした。
「この遺跡の外ってどうなっているんですか?」
「え――?」
虚を突かれて、俺は言葉に詰まった。これだけ深い地下に存在しているのだから、周りは土砂に埋もれているに違いない。そう考えていた。……いや、そもそも考えたことすらなかったかもしれない。
周囲を見回しても、窓らしきものは見当たらない。地下施設なら当然だと思っていたが、単にここが機密上、防衛上の理由で窓がないだけだとしたら……?
ひょっとして、という思いを胸に、俺は再び制御盤に手を乗せて問いかける。
『この施設の外はどうなっている?』
『――質問の定義が曖昧です。具体的な指示をしてください』
『ああ、ごめん……』
そんな必要はないのだろうが、つい謝罪してしまう。俺は言葉を変えて再度問いかけた。
『この施設の周囲の映像を見ることはできるか? さっきの侵入者の侵入経路を確認したい』
『了解しました。映像を投影します』
次の瞬間、俺の脳裏に映像が映し出された。魔導鎧で広域知覚を使用した時と同じ感覚だったため、そう戸惑うことはない。
「これは……!?」
見えた光景に驚いた俺は、さらに遺跡に問いかける。
『侵入者はもういないんだよな? 俺が外へ出ることはできるか?』
『敵性存在の探査を開始……現在、周囲に敵影はありません。環境測定を開始…………一般的な生存環境をクリア。――肯定。出入口を開放しますか?』
『……ああ、頼む』
少し逡巡したが、ここまで来て引き下がるわけにはいかない。俺が出入口の開放を指示すると、どこかで重々しい音が響き始めた。その音を聞いたシンシアが、不安そうに俺を見上げる。
「ミレウスさん、今のって……」
「たぶん、外へ繋がる扉が開く音だ」
「えっ? それじゃ……」
「ああ。本当に『外』があるらしい」
そんな会話を交わしながら、俺たちは音のしている区画へと向かう。俺たちを迎えたのは、今も左右に開きつつある重厚な造りの扉だった。
「ここ、扉だったのか……」
最初に抱いた感想はそれだった。変わったデザインの壁だとは思っていたが、扉だったとは予想外だ。古代の建築様式は分からない上に、出口のない地下施設だという思い込みも手伝ったのだろう。
地下遺跡を丹念に見て回ったレティシャでさえ、ここが扉だったとは気付いていないはずだ。
「ここから先は何があるか分からない。……気を付けて行こう」
「は、はい!」
「ピィッ! ピピッ!」
俺の言葉に合わせて、一人と一羽が同時に返事をした。シンシアの声は緊張気味だったが、ノアのほうは元気そのものだ。やる気を示そうとしているのか、小さな羽やら脚やらをぴょこぴょこ動かしている。
そんなノアの頭を軽く撫でると、俺たちは地下遺跡の門をくぐった。
◆◆◆
地下空洞。最初に頭に浮かんだのは、そんな言葉だった。上部は岩盤に覆われているが、そこまでの高さは数十メテルに達するだろう。陽の光が届いていないにも関わらず、少し薄暗い程度で視界も確保できている。
光源を探したところ、どうやら天井部の岩盤が光っているようだった。岩盤すべてではなく、その所々が光を放っているのだが、特殊な鉱石でも埋まっているのだろうか。
「これは……予想外だな」
「帝都の地下に、こんな場所があったなんて……」
そう表現するのがやっとだった。地下空洞は信じられないほど広く、帝都の同程度の面積であるように思える。そして、俺が最も驚いたことは――。
「これって……全部が古代遺跡ですよね?」
「だろうな……」
シンシアは目の前に広がる街並みに目を奪われていた。不思議な様式で建てられているようだが、人が居住する、もしくは使用するための建物群と見て間違いないだろう。
いったいどうして、こんな地下に街を築いていたのか。謎は深まるばかりだった。
ふと、俺は後ろを振り返る。俺たちが出てきた地下施設もまた、この街並みに溶け込んでいた。非常に高さのある建物だったようで、その天井部分は上部の岩盤に突き刺さっている。
「これだけ堂々と構えていれば、レティシャの隠蔽結界にも限界があるか……」
そんな感想を抱く。レティシャの魔法技術を持ってしても、堂々と見えていて、かつそれを目的として探すような人間が相手では効きが悪いそうだからな。あとは魔法耐性といったところか。
「ピピッ! ビィッ!」
と、シンシアに抱かれていたノアが、じたばたと動き始める。きょろきょろと周りを見渡しては、羽をぱたぱたと羽ばたかせる。相変わらず浮力を生まない翼だが、ノアの興奮を伝えるには充分だった。
「……そっか。お前はこっちの住人という可能性もあるのか」
もともと、ノアは地下施設で見つけた生き物だ。あの施設がこの街並みの一部である以上、その可能性は高い。
「じゃあ……ノアちゃんとは、ここでお別れ……ですか?」
シンシアはしゅんとした様子で口を開いた。
「さあ……それはノア次第だろう。けど、ここに人がいる気配はないからな。ノアをここに放り出したところで、生きていけるとは思えない」
「そ、そうですよね……!」
シンシアはぎゅっとノアを抱きしめた後で、そっと地面に放す。ノアは興味深そうな様子で近くの建物へ突撃していったが、すぐにぽてっと座り込んだ。疲れたのだろう。
「まあ、そうなるよな……」
シンシアがほっとした様子でノアを抱き上げている。その様子を眺めていた俺は、重要事項を忘れていることに気付いた。侵入しようとした奴の探索だ。
俺は慌てて出てきた建物に戻ると、地に這うようにして足跡を探す。
「これか……?」
俺やシンシアの足跡で上書きされている箇所も多いが、他にも数人分の足跡が見える。長年、人の出入りがなかったおかげか、最近になってつけられた痕跡は見つけやすかった。
「ミレウスさん、それって……」
「ああ、侵入しようとした奴らの足跡だろうな」
俺の行動に気付いたシンシアがそばに寄ってくる。
「足跡を追う。注意してくれ」
「は、はい……!」
返事をしたシンシアは、俺の少し後ろに下がった。前衛と後衛の位置取りだ。『極光の騎士』の時も同じ位置取りだったことに気付いて、なんだかおかしな気分になる。
そうして、どれほど歩いただろうか。辛うじて途切れることのなかった痕跡は、とある建物へと続いていた。
「ここか……」
俺は天井を見上げた。うちの地下施設のように背が高い建物ではないが、屋根の上から直径七、八メテルほどの土柱が立ち昇っており、それが天井の岩盤へ接続している。
「あれって、階段でしょうか……?」
「その可能性はあるな」
同じように天井を見上げていたシンシアに頷きを返す。そして、あれが階段だとすれば、それを利用している者がいるかもしれない。俺は剣の柄に手をやったまま、建物の入口へ近付いた。
「さて、どうしたものかな……」
当然ながら入口の扉は閉ざされている。強行突破も考えられるが、下手をすると古代文明時代の迎撃装置の餌食になる可能性があった。いくらシンシアがいて、強化魔法を期待できるとは言え、古代文明を相手取るには厳しい。
俺は再び上空を見上げた。この、ほぼ真上に向かって伸びている土柱は、どこへ続いているのだろう。俺は帝都の地図を頭に描くと、古代施設の位置と重ねる。
「ひょっとして……いや、まさか」
導き出した結論に俺の顔が強張った。この方角で、この距離。これを偶然と考えてもいいものだろうか。
「ディスタ闘技場の辺り、だよな……?」
少なくとも、そうズレてはいないはずだ。ジークレフとの確執がそう思わせているだけかもしれないが、看過することはできない。
そんなことを考えていた時だった。
「ピァッ!」
ノアの緊迫した鳴き声が俺を現実に引き戻す。
「ミレウスさん……!?」
「これは迎撃装置か……? いや――」
次の瞬間、俺はシンシアたちを抱きかかえて前方に身を投げ出した。その直後、俺たちがいた地面を突き破って、何かが勢いよく現れた。
「ワームか……!」
それはミミズに似たモンスターだった。だが、直径は一メテルを超えており、長さは今見えている部分だけでも四メテルはあるだろう。その先端は筒状で、中にはびっしりと鋭い牙が生えていた。
おそらく、先端についているのが口で、相手を丸呑みにするスタイルなのだろう。
「シンシア、大丈夫か!?」
「……は、はい!」
やや上ずった声が返ってくる。突然の襲撃に驚いているのだろう。だが、穏やかに落ち着かせている余裕はない。
「俺に強化魔法をかけてもらえるか?」
「ピピッ!」
返事をしたのはノアのほうだったが、やがて俺の身体が軽くなる。シンシアの魔法によって、俺の筋力が強化された証拠だ。
そのことを確認するなり、俺はワームを斬りつけた。意識をこちらに向けさせるためだ。
シンシアの強化魔法のおかげもあって、俺の剣はワームの胴体を深く切り裂く。動きから予想はしていたが、あまり表皮は固くないようだ。
「――っ!」
斬りつけられて怒ったのか、ワームは無秩序に暴れまわる。直径一メテルを超える巨体は、ただ乱暴に動くだけで脅威になり得た。
「ミレウスさん!」
不安に思ったのか、シンシアが声を上げる。そして、その瞬間にワームが動きを変えた。シンシアのほうを向いたのだ。
「ちっ!」
動きが止まったことを幸いと、ワームの頭部に向けて剣を一閃させる。充分に力の乗った一撃は、凶悪な牙が生えた先端部をすっぱり斬り落とした。発声器官はないのか、ワームは再び無言で暴れまわる。
「大丈夫だったか?」
ワームから慎重に距離を取った俺は、シンシアの下へ駆け寄った。彼女はノアを抱いたまま、しゅんとした様子で答える。
「は、はい……。あの、ミレウスさんの邪魔をして、すみませんでした」
彼女が声をかけて、モンスターの動きが変わったことを言っているのだろう。俺はシンシアに笑顔を向けた。
「いや、おかげであいつの動きが止まったからな。むしろ助かった」
そして、俺は今ものたうちまわっているワームに視線を戻す。その巨体は脅威だが、凶悪な牙を備えた丸呑み器官はもうない。そう恐れる必要はないだろう。そう考えていた俺は、妙なことに気付いた。
「ひょっとして、再生するのか……?」
俺に斬り落とされた断面が、だんだん形状を変えているのだ。中央部はへこみ、内部に牙のようなものが生えはじめる。
今すぐまた斬り落としてやりたいところだが、暴れまわっている今は動きが読めない。迂闊に近づくわけにはいかなかった。
「ピィッ!」
さらに、ノアの鳴き声が響く。どうしたのかと見れば、ノアは別の方向を見て羽をぱたぱたさせていた。その方向にあるのは、さっき斬り飛ばしたワームの先端だが……。
「こっちもか……!」
よく見れば、少しずつ形状を変えている。直径が縮む代わりに全長が伸長しており、元の形の縮小版に姿を変える可能性が高かった。
「まさか、どれだけ斬っても再生するのか……?」
だとすればキリがない。相手は膨大な質量を持っているのだから。となれば、一般的な対処法は燃やすことだろうが……。
「シンシア、神聖魔法で炎を放つことはできるか?」
「すみません……」
シンシアは肩を落として答える。まあ、天空神の神官だもんな。
「どうしたものかな」
俺は剣を見つめる。『極光の騎士』であれば、炎の魔法剣であっさり片付けられるのだが、ないものねだりをしても始まらない。
「――来るぞ」
俺が悩んでいる間に、ワームは欠損部分の再生を終えたらしい。そして、俺たちに襲い掛かる――と思ったが、そのまま地面に潜っていく。
「逃げた……のでしょうか」
「いや、来る」
俺は再びシンシアを抱えてその場を飛び退いた。一拍遅れて、ワームの口吻が俺たちのいた空間を抉っていく。俺は咄嗟に剣を振りかぶり、再びワームの身体を分断した。
「やっぱり、また増えたか」
このままどんどん斬り刻んで、脅威にならない程度の小型ワームを大量生産するべきだろうか。できないことはないだろうが、あまりに面倒だ。それに、中途半端に巨大なワームが増えると、シンシアたちを守り切れない可能性もあった。
そう悩んでいる間にも、三体に増殖したワームたちはじりじりと俺たちのほうへ近付いてくる。
その時だった。俺の耳に、かつて聞いたことのある鳴声が響いた。
「ピィィィッ!」
「ノアか!?」
後ろを振り返ると、精一杯羽を広げているノアが目に入ってくる。かつてこの声を聞いた時には、巨人に寄生していた魔性植物が急激な勢いで枯れていった。ならば、今度は何が起きるのか――。
「ん?」
周囲が暗くなったことに気付いた俺は上空を見上げた。何かが落ちてくるような気がしたのだ。そうして状況を確認した俺は、またもやシンシアとノアを回収すると、大急ぎでその場から退避する。
「ミレウスさ――」
驚きの声を上げたシンシアだが、その声は途中で遮られた。なぜなら、凄まじい勢いで何かが地面に激突したからだ。盛大な土埃が舞い上がり俺たちの視線を遮る。
「あれは……なんだ?」
もうもうと巻き上げられた土埃が収まり、俺は落下物に目を凝らした。それは、歪な円錐形をした巨大な物体だ。その正体を探ろうと観察を続けた俺は、ふとあることに気付いた。
「あのモンスターを串刺しにしたのか……?」
落下した物体は、俺たちが先刻まで戦っていた巨大ワームを見事に貫いていた。地面に縫い留められたワームは必死でもがいているが、その状態から脱出することは難しそうだ。
「となれば、残りは……」
その状況を確認した俺は、向かってくる小型ワーム二体を連続で斬り刻んだ。細かく輪切りにされたモンスターは、いくつかの破片を除いて再生する気配はなかった。
そして、俺は蠢いていた残りの破片を踏み潰していく。さすがにそこからの再生は不可能であるようで、地面に縫い留められた巨大ワーム以外は全滅したことになる。
「さて……」
暴れるワームに気を付けながら、可能なところまで距離を詰める。シンシアも俺の後ろから覗き込んでいるが、腰が引けているのは気のせいではないだろう。ワームがのたうち回っている場面なんて、見なくて済むならそれに越したことはない。
「ひょっとして、木の根……か?」
ワームを貫いた物体の観察を続けていた俺は、やがてその結論に至った。あの年季の入っていそうな質感も、捻じくれた円錐のような形も、木の根の先端だとすれば納得できる。
ただし、その場合は木の根の先端が数十メテルの太さだということになるわけで、どんな巨大な植物なのかという謎は残るが……。
「それに、どこから落ちてきたんだ?」
落下時の様子からして、上から降ってきたことは間違いない。だが、この地下空洞で植物らしい植物を見た記憶はないし、手掛かりになりそうな天井は数十メテル上方だ。
「うーん……」
俺は空洞の天井部を見つめる。距離があるせいでよく見えないが、なんとなく岩盤以外のものが混ざっているように見えた。岩盤を支えるように入り混じっているそれは、まるで――。
「まさか……あれも木の根なのか?」
そう思って見ると、ぼやけていた岩盤の様子が少し分かってくる。この大空洞を満たしている光も、その木の根の一部が発光していることで供給されているようだった。
「……え?」
俺の呟きが耳に入ったのか、少し遅れてシンシアが声を上げる。俺は天井部の岩盤を指差すと、自分の予想を説明する。俺の説明を受けたシンシアは、やがて納得した様子だった。
「まさか、あんな巨大な根を持つ植物がいるなん――」
「シンシア? どうした!?」
だが。納得していたはずの彼女の顔色は、突如として青ざめた。突然の豹変に驚いて声をかけるも、彼女は青い顔で周囲を見回している。
「大丈夫か? 少し休もう」
ひょっとして神託でも降ったのだろうか。そう思いながら、シンシアの肩に手を添える。その手を通じて、彼女の震えが伝わってきた。
「シンシア?」
先ほどよりも少し強めに問いかける。だが、それでもシンシアは反応しない。軽く頬を叩いてみたほうがいいかもしれない。そんなことを考えていると、彼女は震える唇でぽつりと呟いた。
「まさか……ここは……」