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事故 Ⅰ

「へえ……ディスタ闘技場の新しい支配人は、だいぶ行動力があるようだね」


「そんな呑気な感想を言っていていいのか? 次はユーゼフの番かもしれないぞ」


「あはは、喜んで返り討ちにしてあげるよ」


千変万化カレイドスコープ』との試合翌日。俺は支配人室でユーゼフと昨日あったことを話していた。


「『極光の騎士(ノーザンライト)』を引き抜こうとして、それが失敗したら麻痺毒、さらに魔道具の暴走。本当によく考えるね」


「ああ、『千変万化カレイドスコープ』も知らず利用されていた可能性が高いしな」


 魔道具の暴走。それは、試合が終わって帰ろうとした『極光の騎士()』に『千変万化カレイドスコープ』が話しかけてきて発覚したことだった。


 どうやら、最後に使用した悪夢の小箱ギフト・オブ・ナイトメアは最近になって手に入ったものらしい。転移系の魔道具は非常に珍しく、『千変万化カレイドスコープ』も大喜びで買い取ったという。


 もちろん、いきなり実戦で使う『千変万化カレイドスコープ』ではない。起動実験をした時にはちゃんと効果を上げたらしい。効果範囲は黒煙の範囲内のみであり、転移座標も不安定だったものの、空間転移テレポートが可能だったという。


 だが、実際に試合で使用した時には、明らかに違う動きをしていた。俺が次元斬ディバイドを使っていなければ、空間のねじれによる大爆発、下手をすれば異空間へ飛ばされていた可能性すらあった。


 そこまでであれば、不幸な事故と捉えることもできた。だが、気になることが一つ。『極光の騎士(ノーザンライト)』戦に使うつもりだったため、誰にも入手したことを教えていない悪夢の小箱ギフト・オブ・ナイトメアの存在を、ジークレフが知っていたのだという。それを聞いた俺は、もはやジークレフの仕業としか思えなくなっていた。


「それだけ、二十八闘技場うちの存在が邪魔なんだろうね。どうせなら、『極光の騎士(ノーザンライト)』を乗せた馬車を襲撃してくれれば話が早かったのに」


「俺も期待していたんだけどな。襲撃者から逆に辿られることを警戒したのかもしれない」


 俺は肩をすくめた。御者ごと狙われることも考慮してずっと気を張っていたのだが、それは徒労に終わっていた。


「それで、どうするつもりだい? このままだと、また何かを企むのは間違いないよ」


「実は、人を使ってジークレフの身辺を嗅ぎ回っているんだが……さすがに貴族邸は警備が厳しくて、あまり有用な情報が手に入ってない」


「つまり、ジークレフの弱みを見つけて大人しくさせる?」


「ああ。謝罪文は手に入れたし、あれを対抗派閥に流せば奴は恥をかくはずだが……すでに昨日のような企みをしていたわけだしな。抑止力としては弱い」


「彼がわざわざ頭を下げに来たのも、『極光の騎士(ノーザンライト)』の引き抜きか殺害のどちらかを成功させるためだったんだろうね」


 本当にろくなことを考えない奴だ。そんな思いから俺は口を開いた。


「いっそのこと、『極光の騎士(ノーザンライト)』にジークレフを暗殺してもらいたいくらいだ。……どうせ、あと一回だからな。足がつくこともない」


 自嘲とともに告げると、ユーゼフはふっと真顔に戻った。


「気持ちは分かるけど……僕としては、『極光の騎士(ノーザンライト)』には最後まで剣闘士でいてほしいな。あんな奴は『極光の騎士()』に斬られる資格もない」


「……悪い、今のは冗談だ」


「分かっているよ。ジークレフ支配人代理を倒すのは、ミレウス支配人の役目だろうからね」


「手厳しいなぁ……」


 その言葉に苦笑を浮かべる。だが、ユーゼフが言う通りだ。


「僕も伝手を使って探りを入れてみるよ。まだ正式にデビューしていないとは言え、彼も貴族社会の一員ではあるからね。情報は転がっているはずだ」


「助かる。貴族社会の情報は俺じゃ入手できないからな」


 俺たちは頷き合う。そして、細かい打ち合わせを始めた時だった。バン、と物凄い勢いで支配人室の扉が開かれた。


「ミレウス、大変よ!」


 姿を現したのはヴィンフリーデだった。慌てて走って来たのだろう。息も上がっているし、髪も乱れている。その様子にただならないものを感じた俺は気を引き締めた。


「ヴィー、何があった」


 今日は二十八闘技場での興行はないし、他の闘技場で交流試合をしている所属剣闘士もいない。彼女が血相を変えるような事案に心当たりはなかった。

 やがて、膝に手をついて息を調えていたヴィンフリーデが顔を上げる。彼女の口からもたらされた情報は衝撃的なものだった。


「第七十一闘技場が行った魔法試合で、放たれた魔法が観客席に直撃して……少なくとも百人以上が亡くなったわ」


「なんだって!?」


 思わず大声を上げる。剣闘試合において、戦いの余波で観客が怪我をすることは珍しくないし、稀だが死亡者が発生することもある。

 だが、それはあくまでごく少人数の話だ。三桁に上る観客が死亡するなどという大惨事は、剣闘試合が盛んなこの帝都においても初めてだろう。


「第七十一闘技場と言えば、最近魔法試合を始めたところだったな。そう大きいところじゃなかったはずだが……」


「そうね、収容人数は千人くらいかしら」


「ということは、満席だとして観客の一割以上が死亡したのか……。怪我人を入れるともっと跳ね上がりそうだな。結界は張っていたのか?」


「ええ。多くの人が、魔法が結界を破った場面を見ていたそうだから……」


「二人とも、顔色が悪いよ? 二十八闘技場うちで起きた事件じゃないんだから――」


二十八闘技場うちで起きた事件じゃないが、二十八闘技場うちが一番影響を受けるぞ」


 俺たちを落ち着かせようとしたユーゼフに、つい鋭い言葉を返す。すぐ我に返った俺は、素直に謝罪した。


「……悪い。ちょっと気が立ってた」


「仕方ないさ。ミレウスほどじゃないけど、察しはつくよ。百人を超える死者が出た上に、それは魔法試合によってもたらされたものだ。となれば、魔法試合の本家とされている二十八闘技場うちの客足に大きく影響する。……そんなところだろう?」


「そうだな。ついでに言えば、魔法試合の禁止を求めている奴らにとって大きな追い風になる」


 俺は深い溜息をついた。ジークレフたちが大喜びでこの事件をつついてくることは間違いなかった。次の闘技場連絡会議は荒れることだろう。


「ちなみに、結界を破った魔術師はどうしてるんだ?」


「闘技場が大混乱している間に逃げたみたいね」


「ま、そうだろうな」


 ヴィンフリーデの回答は驚くようなものではなかった。剣闘試合の余波で闘技場の観客が死傷したとしても、相手が貴族でもない限り罪に問われることはない。

 だが、そんな大事件を引き起こしたとなれば非難は免れない。帝都を出るくらいはしていてもおかしくなかった。


「……とにかく情報収集だな。第七十一闘技場や政府の動きはもちろん、世論にも注意を払う必要がある」


 ほぼ確実に、二十八闘技場うちにとって逆風が吹くだろう。この事態をどう切り抜けるか、俺は頭を悩ませ続けていた。




 ◆◆◆




 通常、闘技場連絡会議は数カ月に一度の頻度で定期開催されるものだ。だが、緊急事態が起きた場合には、臨時で会議が招集されることもある。

 そして、今回招集された臨時会議の議題は、もちろん第七十一闘技場の事故についての話だった。


「これは大事件ですな」


「左様、急ぎ対策を考える必要がありますぞ」


 魔法試合に否定的だった支配人たちがこぞって発言する。真面目な顔を作ろうとしているが、内心でほくそ笑んでいることが丸わかりだ。


「帝都民がこのような形で失われるとは、誠に残念なことです」


 そして、その論調の中心にいるのは、やはりディスタ闘技場の支配人代理であるジークレフだった。彼は演技がかった様子で首を横に振ると、俺をじっと見据えた。


「あれが魔法試合ではなく、武器を用いた通常の剣闘試合であれば、このような痛ましい事故は起きなかったはず。

 闘技場の新しい可能性を否定する形になって残念ですが、やはり魔法試合については法で禁止すべきでしょうね」


「伝統を蔑ろにするから、このようなことになるのだ。ミレウス支配人はどのように責任をとるおつもりか」


 ジークレフの言葉に続けて、今度はセルゲイ支配人が発言する。その顔には、いい気味だと書かれているようだった。


「はて。魔法試合の事故はあくまで第七十一闘技場での話ですが、なぜミレウス支配人の責任云々の話になるのでしょう」


 俺に助け舟を出す形になったのは、第十九闘技場のシャード支配人だ。うちと並んで魔法試合を前面に押し出している十九闘技場としても、ここは正念場だろう。


「それはもちろん、ミレウス支配人が魔法試合を始めたからだ。我々の制止を聞き入れていれば、このような事故は起きなかった」


 得意げに語るセルゲイに向けて、今度は俺が口を開く。


「それはお門違いでしょう。セルゲイ支配人のお言葉は、腐ったパンを食べて腹を壊したと、パンの製法を考えた人間に文句をつけるようなものです」


「ミレウス支配人のおっしゃる通りです。事故が起きた第七十一闘技場の体制を検証し、次に生かすことが肝要だと思われます」


「ぬ……」


 俺とシャードの言葉を受けて、セルゲイは言い返せないようだった。もともと舌戦が得意な人間ではないし、彼はあまり重要ではない。


「――ですが、パンの製法自体がおかしなものだとしたら? すぐに腐るパンの製法を広めたのであれば、責任がないとは言い切れないと思いますが」


 そう発言したのはやはりジークレフだった。彼は言葉を続ける。


「とは言え、この場は個人を吊るし上げるためのものではありませんし、私もミレウス支配人を糾弾するつもりはありません。

 ただ、闘技場界を担う一員として、魔法試合は法で禁止するべきだと思います」


 俺個人の責任を問わない形にしたのは、どうせ魔法試合が禁止されれば、大きなダメージを受けることが分かっているからだろうか。


第二十八闘技場うちや第十九闘技場では頻繁に魔法試合を行っていますが、これまで観客に大きな被害が出たことはありません。問題は魔法試合そのものではなく、体制にあるということの証左でしょう」


「そもそも、魔法試合でなければこのような被害は出なかった」


「まったくですな。この事故が『本来の』剣闘試合を行っている闘技場にまで飛び火しなければよいのですが」


「本当に迷惑な話です。……レオン団長、いかがですかな。魔法試合は禁止するべきだという意見が大勢を占めているようですが」


 その言葉を受けて、参加者全員の注目が政府サイドであるレオン団長に集まる。彼は感情を読めない面持ちで口を開いた。


「……闘技場の根幹に関わる事項となれば、皇帝陛下のお耳に入れる必要もあります。即答はできません」


「皇帝陛下が……?」


 大物の名前に支配人たちがどよめいた。わざわざ皇帝が介入するような案件だとは思えないが……よく考えれば、帝都は建国時代から剣闘が盛んだったわけだし、それが皇帝自らの差配によるものだった可能性はあるか。


「なに、臣民を愛する皇帝陛下のことだ、必ずや我らの意見をお聞き届けくださることでしょう」


「その通りですな。魔法試合を禁止することで、帝都住民の闘技場に対する不安を払拭してくださるはず」


 その後も、魔法試合を糾弾する言葉は続く。魔法試合の禁止という制度的な側面と、今後見込まれる観客数の激減という実務的な側面。この両面に対して手を打たなければ、二十八闘技場うちの経営が悪化することは間違いない。


 二十八闘技場うちに対する誹謗中傷を聞き流しながら、俺は打開策を練っていた。




 ◆◆◆




「ミレウス、お帰りなさい」


「その様子だと、楽しい会議じゃなかったみたいね」


 会議を終えて、支配人室へ戻ってきた俺を迎えたのは、ヴィンフリーデとレティシャだった。レティシャには魔法試合の事故について情報収集を頼んでいたため、ここにいることに違和感はなかった。


「そんなに顔に出ているか?」


「そうね、特にこの辺りかしら」


 レティシャは指を伸ばして、俺の眉間をツンとつつく。


「生まれつきこんな顔なんだ」


 肩をすくめて答えると、俺は二人にソファーを勧めた。レティシャの報告を聞くためだ。俺の向かいに座ったレティシャは、わざとらしい咳払いをしてから口を開く。


「例の事故について、今の段階で分かっていることを説明するわ。……まず、第七十一闘技場で大きな被害を出した魔法を使用したのは、ディルト・ロゴスという魔術師ね。魔術ギルドへの登録はなし。ギルドへ挨拶に来た記録もなかったわ」


 いつの間に取り出した紙束を、彼女はパラパラとめくる。


「対戦相手はウェルゲ・ノルバート。彼は魔術ギルドの構成員ね。一緒に行動したことはないけれど、私も何度か話をしたことがあるわ」


「ウェルゲは魔術ギルドに所属してから長いのか?」


「少なくとも、私がこの街に居着いた時にはいたわね」


「なるほど……」


 俺に他の質問がないことを確認すると、レティシャは報告を続けた。


「試合の展開についてウェルゲに聞いてみたけれど、そう変わった点はなかったみたい。ディルトは風魔法を得意にしていて、魔力のコントロールが巧みだったというくらいね。結界を破った魔法だって、観客にあれほどの被害が出るとは思わなかったそうよ」


「……魔力のコントロールが巧みだったのに、魔法が逸れたのか?」


「ウェルゲの魔法障壁に弾かれて、軌道が逸れたんじゃないかって言っていたわ」


 彼女の説明を受けて考え込む。魔法が結界を破ることはあり得る。古代装置を使用している第二十八闘技場うちは例外だが、他の闘技場では珍しい話ではない。


「結界を担当していた魔術師にも話を聞いてみたけれど、あんなに大きな被害が発生するとは思わなかったそうよ」


「結界を担当していた魔術師は、魔術ギルドの構成員だったのか?」


「ええ、彼女はギルド長の弟子だもの。かなりショックを受けていたわね……」


 レティシャは気の毒そうな様子で答える。ギルド長である『結界の魔女』の弟子ということは、レティシャの妹弟子ということだ。親交があったのだろう。


「ちなみに、その妹弟子の技量はどの程度なんだ?」


「普通、かしら。将来は優秀な魔術師になるでしょうけれど、まだ若いし、今の時点では中堅どころね」


 ということは、それでも一般レベルの結界術師ではあったわけか。俺はしばらく悩んだ後で問いかける。


「結界を破ったのも風魔法だったのか?」


「そのはずよ。特定の方向に凄まじい風圧と真空波を飛ばす『真空双破エアロマッシャー』だったというのが、ウェルゲの見立てね。一点集中型だから、結界を突き破るのも分からなくはないけれど……」


「うーん……でも、一点集中型なんだよな? 結界で減衰した一点集中型の魔法って、そんなに大きな破壊をもたらすものか?」


 俺は素直な疑問を口にした。すると、レティシャは難しい表情を浮かべる。


「そこなのよね……魔法の射線上はともかく、その範囲外にまで大きな被害が出るなんて……」


「そのディルトという魔術師が、それだけ優れた使い手だったということ?」


「それが今のギルドの見解よ。ディルトが行方不明である以上、それ以上の確認はできそうにないわね」


 ヴィンフリーデの問いかけに答えたレティシャは、次に俺のほうを見る。


「……というわけで、私たち(・・・)の出番になったわ」


「そうだな。名前を変えていなかったから、分かりやすくて助かる」


 レティシャの言葉に応じると、一人だけ事情を知らないヴィンフリーデが首を傾げた。


「二人とも、なんの話をしているの?」


「ミレウスの性格の悪さが役に立った、というお話よ」


「慎重さが役に立ったと言ってくれ。……ほら、ヴィーは覚えていないか? そのディルトとかいう魔術師は、第二十八闘技場うちにも来たことがある」


「えっ?」


 ヴィンフリーデの目が驚きで見開かれる。頑張って思い出そうとしているようだが、成果は上がらなかったようだ。


「俺の記憶が正しければ、三番目に売り込みに来た魔術師だな」


「三番目? 売り込みって……あっ」


 困惑していたヴィンフリーデの顔に理解の色が浮かんだ。


「ひょっとして、第二十八闘技場うちでの剣闘士登録を希望した魔術師?」


「ああ、その通りだ。剣闘士登録を希望してきた魔術師については、日を改めて面接をした。それはヴィーも覚えているだろう?」


「ええ、もちろん覚えているわ。ミレウスらしくないと思った記憶があるもの」


「ミレウスらしくない?」


 そう尋ねたのはレティシャだ。なんだか興味深そうな彼女に、ヴィンフリーデは微笑みながら答える。


「いつものミレウスなら、日を変えずにすぐ面接しているもの。忙しそうな時ならともかく、そうじゃない時も日を空けていたから不思議に思ったのよ」


「ああ、そういうこと。さすが幼馴染ね……」


「さすが支配人秘書と言ってほしいわ」


「ふふ、さすが支配人秘書ね。私も秘書だったら気付いたのかしら」


「やってみる? レティシャならすぐ務まりそうだけど」


「――ともかく、ヴィーが言う通りだ。わざわざ日を改めていたのには理由がある。レティシャを呼ぶためだ」


 よく分からない二人のやり取りをうち切って、俺は話を進める。


「ええと……どうしてレティシャなの? 『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』として魔術師の力量をテストするため?」


「いや、レティシャにはずっと隠蔽結界で隠れていてもらった。彼女にしてもらったのは、剣闘士登録を希望した魔術師にマーキングを施すことだ」


「マーキング?」


「つまり、魔術的な目印を相手に付着させたのよ。そのおかげで、これまでに面接に来た五人の魔術師の所在は把握できているわ」


 事情が呑み込めていないヴィンフリーデに対して、レティシャが説明を引き継ぐ。相手魔術師に気付かれるかどうかは賭けだったのだが、今のところマーカーは機能しているらしい。


「じゃあ、逃亡しているディルトの居場所が分かるのね!? 凄いじゃない!」


 説明をすると、ヴィンフリーデは再び驚きを露わにしていた。


「魔術ギルドに依頼した甲斐はあったな」


「それで、ちょくちょく魔術ギルドに出かけていたのね。ようやく分かったわ。……それにしても、相手によく気付かれなかったわね」


「支配人室にさんざん補助魔道具を仕込んだからな。面接をする立場を利用させてもらった」


「色んな魔道具の気配がするからと言って、断るわけにはいかないものね」


「二人とも、悪い顔をしているわね」


 俺たちの会話を聞いて、ヴィンフリーデはおかしそうに笑った。だが、その顔が再び不思議そうな表情へ変わる。


「大体の話は分かったけれど……ミレウスは、どうして第二十八闘技場うちに来た魔術師をいちいちマークしていたの? 手間だってかかったでしょうし、あの時点ではディルトが事故を起こすなんて予想できなかったわよね?」


「そこがミレウスの性格の悪いところよ」


 俺が口を開くよりも早くレティシャが答える。その顔はなんだか嬉しそうだった。


「さんざん妨害行為を仕掛けてくるディスタ闘技場の支配人代理が、次は何を仕掛けてくるか考えた結果がこれだったのよ」


「……俺がジークレフだったなら、魔法試合の人気を落とす方法を考える。それなら、第二十八闘技場うちに大きなダメージを与えつつ、ディスタ闘技場の被害は抑えられるからな。

 そして、魔法試合をどうやって貶めるかだが……ふと、シンシアの警告を思い出してさ。ほら、魔法試合は危険だから観戦を禁止するべきだ、ってジークレフがマーキス神殿に主張していただろう?」


「そんなこともあったわね……」


 ヴィンフリーデの同意を得た俺は言葉を続ける。


「そのための方法として望ましいのは、魔法試合において大規模な死傷者が出ることだ。もしそれが第二十八闘技場うちなら、ジークレフとしては最高だろうな」


「それで、ディルトが第二十八闘技場うちへ来るって予想していたのね。たしかに、もしあの事故が――」


 言いかけたヴィンフリーデの顔が固まった。そして、焦った顔で俺を見つめる。


「ちょっと待って。ということは、第七十一闘技場の事故は……」


 その言葉に俺は力強く頷いた。


「ああ。意図的に引き起こされたものだと考えている」


 聞いた話では、ディルトは第二十八闘技場うちで剣闘士登録を断られた後、第十九闘技場へ話を持ち掛けたらしい。シャード支配人いわく、商人の勘が危険を感じたため断ったということらしいが、それを見抜ける支配人ばかりではない。第七十一闘技場はそうして選ばれた犠牲者だったのだろう。


「それで、ディルトは今どこにいるの? 捕まえてやりたいわね」


「そうなんだが、奴は剣闘士として試合をしただけだからな。拘束する理由がない。……ただ、現在の奴の居場所については、面白いことが分かっている」


 そこで言葉を切る。すると、俺の言葉を引き継ぐようにレティシャが口を開いた。


「ディルトの現在地だけれど……不思議なことに、事故が起きて以来ずっと同じ場所にいるのよね」


 そんな前置きの後、レティシャは楽しそうに言葉を続けた。


「――彼はディスタ闘技場にいるわ」


「それって……」


「ほぼ確実に繋がりはあるだろうな。ただ、奴は手配されているわけじゃないし、俺たち部外者が出入りできるような場所に潜んでいるとも思えない」


 万が一、帝都外に逃亡しようとした時は、無理に理由をつけてでも拘束したいと魔術ギルド長も考えているようだが、どこまで成功するかは未知数だ。


「なんだか歯がゆいわね……」


 ヴィンフリーデの言葉は、ここにいる全員の気持ちを代弁していた。


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