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策謀 Ⅳ

「フィエルさんは、わざと見殺しにされたんですか……?」


「俺はそう考えている。ただ、確たる証拠がないのは事実だ。これ以上は追及できないだろうな」


 ディスタ神殿からの帰り道。ポツポツと問いかけるシンシアに、俺は一つずつ答えを返していた。


「でも、どうして……」


「詳しいことは分からないが、ジークレフは二十八闘技場うちを敵視している。フィエルはもうすぐ帝都五十傑に入りそうだったし、その前に潰しておこうと考えたのかもしれない」


 闘技場間での営業妨害はそこまで珍しいわけではない。だが、やりすぎると業界のイメージダウンにも繋がり、長期的には観客を減らすことも多い。そんな事情もあって、露骨な妨害をする闘技場は少なかった。

 だからこそ、関係が多少険悪になっていても、俺はディスタ闘技場との交流試合を続けていたのだ。


 シンシアが、心配そうにこちらを見上げる。その動作で察した俺は、自分の顔を手で揉みほぐした。


「『凄い顔』じゃなくなったか?」


「は、はい」


 先回りされたことに驚いたのか、シンシアは一瞬ポカンとしてから答えを返す。そして、小さくクスリと笑った。そのおかげか、彼女の口調は少しだけ明るさを取り戻していた。


「……あんなに大きなお声で口論するミレウスさんは、初めて見ました」


「驚いたか?」


「はい……あんなに大勢の人がいるところで、ミレウスさんが口論するとは思わなくて」


 肯定するシンシアだが、それを責めている様子はなかった。純粋に驚いたのだろう。


「頭に血が上ったことは事実だが……大声だったのは、周りに聞かせたかったんだ」


「周りに、ですか?」


「今回の件は、証拠を見つけるのが困難だ。支配人の呼び出し、客席の喧嘩、貴族の体調不良。そして致命傷を負う試合結果。どれも闘技場では普通に起こり得るものだからな。

 気付いているぞ、とジークレフに釘を刺すだけで再発防止になるかもしれないが、それだけでは足りない」


「ええと……」


 きょとんと首を傾げたままのシンシアに説明を続ける。


「幸い、ディスタ神殿の前は人通りが多い。俺たちの口論に人垣ができていたのはシンシアも見た通りだ」


「たしかに、凄い数の人でした」


「ディスタ神殿の関係者は闘技場に強い関心を持っている人が多い。彼らを通じて今回の件が広まることで、ディスタ闘技場に一矢報いることができればいいな、と思ったんだ。

 交流試合の中止宣言は、あの口論がただの喧嘩ではなくて、闘技場の正式な抗議だと彼らに認識してもらうためのものだ」


 あんなことが起きた後だ。どの道、ディスタ闘技場との交流試合は当面見合わせるつもりだったしな。


「それで……あんなに大きなお声だったんですね」


「周りに聞かせたかったからな。……ジークレフが簡単に激昂してくれてよかった」


 その言葉にシンシアが複雑な表情を浮かべる。わざと人を怒らせるというのは、マーキス神の教えとしてよろしくないのかもしれない。


「……まあ、大した効果はないだろうが、ただの泣き寝入りはしたくなかった。わざと剣闘士を死なせておいて、報いを受けないなんて認めない」


 俺は奥歯を噛み締めた。また『凄い顔』になっているのだろう。シンシアが再び心配そうな顔を見せる。


 その時だった。


「――んもう、いい男が台無しよ? ……まあ、その顔も嫌いじゃないけれど」


 野太い男の声が響いた。


「え……?」


 シンシアは驚きの声を上げる。突然声をかけられたことに対する驚きなのか、それとも男の口調によるものなのか。彼女は不思議そうに何度も目を瞬かせていた。


「何かご用ですか? 『千変万化カレイドスコープ』さん」


 だが、俺が彼の素性に当惑することはなかった。その口調も含めて、闘技場界では有名な人物だったからだ。


千変万化カレイドスコープ』。剣闘士ランキング第六位の大物剣闘士であり、様々な武器や魔道具を使いこなすことで、変幻自在の戦い方を見せる一風変わった剣闘士でもある。そして……彼はディスタ闘技場に所属している剣闘士でもあった。


 半ば無意識に、俺は一歩前へ出た。『千変万化カレイドスコープ』からシンシアを庇う形だ。ジークレフが凶行を命じたのだろうか、という疑念が頭をかすめる。


「あら、女の子を後ろに庇おうとする姿勢も素敵ね。……けど、安心してちょうだい。アタシはそういうの(・・・・・)嫌いだから」


「それもそうか」


 俺はあっさり警戒を解いた。『千変万化カレイドスコープ』は闘技場界でも指折りの変わった人物だが、戦いについてはストイックだ。たとえジークレフに暴行や暗殺を命じられたとしても、従うようには思えない。


あの坊や(・・・・)が、アタシを刺客として送り込んだと思ったんでしょう?」


 そっと顔を寄せてくる。たしかにトーンを落として話すべき内容だが……それにしても顔が近い。上位ランカーの剣闘士だけあって逞しい肉体なだけに、圧迫感が物凄いのだ。ふと見れば、なんだかシンシアがハラハラしていた。


「むしろ逆よ。ミレウスちゃんにも悪い話じゃないと思うわ」


「はあ……」


 話が見えてこず、俺は曖昧な返事に留める。『千変万化カレイドスコープ』は一体何を言おうとしているのだろうか。彼は魔道具コレクターとしても有名だから、『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』や『魔導災厄スペル・ディザスター』を紹介してほしいのかもしれない。


 だが、脳内でそんな推理大会を開いていた俺は、次の言葉に目を見開くことになった。


「――ねえ、アタシを二十八闘技場に移籍させてくれない?」




 ◆◆◆




 いかにも意味ありげな水晶球から、ありふれた革靴まで。それらの統一感のない品々が、不思議と収まりよく並んでいる。

 他の客がいないのは、店主が気難しいことで有名だからだ。生まれも育ちも帝都である俺でさえ、これまで入ったことはない。


 そんな店に足を踏み入れたのは、この店が『千変万化カレイドスコープ』の後援パトロンだからだ。あまり人に話を聞かれたくない、という意味では俺も同じことであるため、素直に彼の誘いに乗った形だ。


 なお、成り行きで付いてきたシンシアは、魔道具が並べられた棚を物珍しそうに眺めていた。場を外そうかと提案したシンシアに対して、『千変万化カレイドスコープ』が「なんていい子なの! こんなかわいい子を一人で放り出せるわけないわ!」と押し切ったからだ。


「――本気、なんですか?」


「冗談でこんなこと言い出さないわよ」


 店に誰も――店主すらも――いないことを確認すると、俺は早々に話を再開した。『千変万化カレイドスコープ』が第二十八闘技場へ移籍する。それは闘技場界では大きなニュースになるだろう。


 なんといっても、彼は帝都剣闘士ランキング第六位の英傑だ。ディスタ闘技場が抱えている十位以内の上位ランカーは『大破壊ザ・デストロイ』、『剣嵐ブレード・ストーム』、『剛腕剛脚マッスル・グレート』、そして彼の四人だ。


 帝都で上位ランカーを四人擁しているのはディスタ闘技場だけであり、その選手層の厚さは、闘技場ランキングの首位を堅持してきた理由の一つでもある。


 その彼が移籍するとなれば、様々な憶測が飛び交うことは間違いない。剣闘士の移籍理由としては、やはり経済的な理由が最たるものだが、『千変万化カレイドスコープ』の性格を知っている者であれば、そういった事情はあり得ないと断言するだろう。


「移籍の申し出を頂いたことは嬉しいのですが……理由をお伺いしてもよろしいですか?」


 そう尋ねると、『千変万化カレイドスコープ』は嫌な顔をせず微笑んだ。


「実を言えば、前から興味はあったのよ。魔術師が試合に出るようになった頃から、かしら」


「そんな頃から……?」


 俺は『千変万化カレイドスコープ』の答えに驚く。だが、分からない話ではない。彼は種々の武具や魔道具を使いこなす技巧派の剣闘士であり、その多彩な戦闘スタイルは魔術師に通じるものがある。


 そうであるならば、魔術試合に興味が湧くのも無理はない。


「けれど、こう言ってはなんだけど……当時の第二十八闘技場は小さかったし、アタシも支配人には見出してもらった恩があった(・・・)から」


「恩がある支配人とは、グラジオ・ヴァリエスタ伯爵のことですね?」


 俺は念を押す。彼が挙げた問題点のうち、規模についてはクリア済だ。だが、それだけでいい待遇が与えられているであろう上位ランカーが移籍に踏み切るとは思えない。やはり、そちらの問題があったのだろう。


「もちろんよ。せめて、あの坊やが伯爵の半分……いえ、三分の一でも資質を受け継いでいれば、アタシだって闘技場を移るなんて不義理はしなかったわ」


 答えた後で、『千変万化カレイドスコープ』はボソリと付け加える。


「……実はね、アタシもさっきディスタ神殿にいたの」


「それは――」


 つまり、俺とジークレフの口論を耳にしていたわけか。


「アレが決定的だったわ。あの坊やが代行するようになってから、同僚(剣闘士)の戦死が増えていたのよね。最初は不慣れだからだと思っていたけれど、だんだん信じられなくなって……」


 なるほど、その状態でジークレフの「観客は死を求めている」という考え方を耳にしたわけだ。せめてジークレフに悪評の一つも立てられれば、という動機で挑んだ口論は、思わぬ形で彼にダメージを与えることになりそうだった。


「ジークレフは一体どんな運営をしているのですか?」


 俺は身を乗り出した。敵対関係にあるジークレフだが、だからこそ彼の情報は集めておきたい。しかし、彼は申し訳なさそうに首を横に振った。


「ディスタ闘技場への義理があるから、ミレウスちゃんにこれ以上の情報をもらすわけにはいかないわ。……それじゃ駄目?」


「いえ、充分です。口が堅い方のほうが私も信頼できますから」


 その答えは嘘ではない。情報を得られるに越したことはないが、彼の人間性は俺としても好ましいものだった。


「そう言ってもらえると嬉しいわ。……ところで、アタシの移籍は受け入れてもらえるの?」


 その問いかけに俺は大きく頷く。


「ええ、そのつもりです。ファイトマネーの相場等については、おいおい詰めていきたいところですが……」


「これでも後援パトロンが大勢いるから、あまり気を遣わなくてもいいのよ? ミレウスちゃんが相応しいと思う額でいいから」


「……一番困る回答ですね」


 その言葉に二人で笑うと、どちらからともなく手を差し出す。俺の手を握った『千変万化カレイドスコープ』はおやっという顔をしたが、そのことについては何も触れなかった。


「ディスタ闘技場との契約はあと半年残っているから、移籍はその後になるけど……待っていてね」


「ええ、『千変万化カレイドスコープ』さんをお迎えできるのなら、それくらい軽いものです」


 半年後ということは、次の闘技場ランキング更新には間に合わないか。そんなことを考えながらも、俺は笑顔で言葉を返した。もとより闘技場運営は長期的な視点で行うものだ。半年待つだけで上位ランカーが移籍してくるなんて、望外の幸運というものだろう。


 また連絡することを約束すると、俺たちは魔道具店を後にした。


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