実況
【ルエイン帝国第二十八闘技場 実況者 サイラス・ベルガモット】
「てめえ! 舐めてんじゃねえぞ!」
「そっちこそ調子に乗るんじゃねえ! 表ぇ出ろ!」
「うるせえ!」
帝都のとある酒場に怒号が響き渡った。治安が悪い区域ではないものの、アルコールが入った客たちの些細な口論は、たちまち殴り合いへと発展する。
「お? 喧嘩か?」
「いやね、よそでやってくれないかしら」
「おう、やれやれ!」
たまたま居合わせた客たちは、様々なスタンスで喧嘩を眺める。酒の肴に眺める者、忌避する者、囃し立て煽る者。そんな、多種多様な反応を示す者たちの中にあって、一風変わった視点で彼らを見つめる人間がいた。
「――おおっと! アルファ選手が大きく腕を振りかぶったぁぁっ! だがベータ選手も負けてはいない! お互いの拳が交錯し……なんと! お互いに相手の顔面にめり込ませたぁぁぁっ! なんという戦いでしょう! 実力伯仲とはまさにこのことか!?」
小さな声で呟く。勢いのある言葉を小声で呟くことは至難の業だが、それでも長年やっていれば身に着くものがある。
ただ、向かいに座っている妻には当然ながら聞こえており、「また始まった」と言わんばかりの表情を浮かべていた。
「先に立ち直ったのはベータ選手だ! まだ意識が朦朧としている様子のアルファ選手に向かって蹴撃を叩き込ん――いや違う! アルファ選手は攻撃を見切っている! 伸びきった足をがっちりホールドして反撃の構えだぁぁぁっ!」
彼は二人の喧嘩から目を離さなかった。出された食事に手を付けることもなく、滅多に水分も取らない。二人の試合が終わるまで、優先されるべきは実況だ。
それが、サイラス・ベルガモットという男だった。
彼がルエイン帝国第二十八闘技場の実況者となった経緯は少し変わっていた。十数年前、実況者を目指して帝都を訪れたサイラスを迎えたのは、実況者の募集枠などほとんどないという厳しい現実だった。
たまに募集の噂があっても、すぐに縁故で決まってしまう。そんな事実に直面しても、サイラスは諦めなかった。力仕事等で日銭を稼ぎ、数ある闘技場に直接自分を売り込みに行く。
そうして一月近くが経った頃、事件が起こる。いつもの癖で裏路地の喧嘩を実況していたサイラスは、その声を喧嘩の当事者に聞かれてしまったのだ。馬鹿にされたと怒った二人は手を組み、サイラスに殴りかかった。
そこを助けてくれたのが、後にルエイン帝国第二十八闘技場と呼ばれる闘技場を建設中の男、イグナート・クロイクだったのだ。
聞けば、サイラスがこっそり実況しているのを後ろで聞いており、実況者としてスカウトしようと思ったとのこと。あまりに都合のいい展開だと疑ったものの、建設中の現場を見せられては、信じないわけにはいかなかった。
「こ、これはまさかの展開! 現れた乱入者が両者を一撃でノックアウトしたぁぁぁぁっ! 彼は一体何者なのか! その盛り上がった筋肉は、一目見ただけで彼が只者ではないことを窺わせる!」
サイラスは目の前の光景を忠実に実況し続ける。実況者は瞬発力が命だ。目まぐるしく移り変わる戦況を即座に理解し、適切な言葉に置き換える。意図的なものを除き、言葉に詰まることは最大の罪だ。
もちろん正しいだけでは意味がない。観客が盛り上がるような言葉を選び、激しくも明るい語調で彼らの熱狂を煽る。それが闘技場の実況者だ。
自分の瞬発力を失わないために、サイラスはこういった場面に遭遇すると必ず実況するよう今でも心掛けていた。
……なお、妻と子の喧嘩を実況した時は夫婦仲に亀裂が入りかけたため、家庭内だけは例外にしている。
「おおっとぉぉぉっ! 乱入者の正体は『戦闘司祭』ベイオルードだぁぁぁっ! なぜ彼がこの場に現れたのかぁっ!?」
「――ちょっと、あなた。喧嘩はもう終わったわよ」
と、妻はサイラスの目の前でヒラヒラと手を振った。その声で我に返ったサイラスは、手元のグラスを傾けて乾いた喉を潤す。
「ねえ、あの司祭様のことを知っているの?」
「第二十八闘技場の名物剣闘士の一人だよ。……というか、なんでここにいるんだろうな」
サイラスたちの視線の先で、ベイオルードは喧嘩をしていた二人に筋肉のありがたみを熱く語っていた。あれも説法なのだろうか。見れば、彼らは呆気に取られているようだった。
そんな光景から視線を外すと、サイラスは食事を再開する。少し冷めてしまったが、いつものことだ。
「そうそう、明日なんだが……ちょいと闘技場へ出かけていいか?」
「明日って、闘技場はお休みよね? どうかしたの?」
「別の闘技場に用事があってな。そこの試合を観戦したい」
「あら、敵情視察?」
「そんなところだ。……ほら、うち以外の闘技場でも魔法試合をするようになったろ?」
「第十九闘技場よね? 最近噂になっているもの」
その言葉にサイラスは頷いた。第十九闘技場と第二十八闘技場。闘技場ランキングの四位と五位であり、ここ数年で伸びてきた勢いのある闘技場が揃って魔法試合を行うようになったことは大きな噂となっていた。
また、小さな闘技場を中心に、魔法試合を計画しているところも少しずつ増えていると聞く。
その流れの大元が自分の闘技場であることは、サイラスにとって誇らしいことだった。
「人生、何が起きるか分かんねえよな……」
先代支配人にスカウトされ、規模こそ大きくないものの、『金閃』や『金城鉄壁』という名立たる剣闘士の試合を幾度となく実況していることは、サイラスにとって誇りだった。
そして気付けば、生きた伝説である『極光の騎士』の試合や、魔術師の試合の実況をもすることになっている。
半年ほど前にあった『極光の騎士』と『大破壊』の試合、そして彼らがタッグを組んで挑んだ竜戦は、サイラスの実況人生の中で最高の瞬間だった。
中堅の闘技場ながらも、スター選手の実況ができる。それだけでも幸運だったところに、試合の多様化や闘技場の拡張だ。いつしか、サイラスは他の実況者から羨ましがられる立場となっていた。
魔術師を剣闘試合に組み込むと言われた時、剣闘士は反発し、従業員は心配した。そんな中で「今までにない実況ができる」と考えたサイラスは数少ない賛成派だったが、本当に実行できるとは思わなかった。
それが、今では新しい流れを作っている。
「本当に、大したもんだ」
ぼそりと呟く。すると、向かいにいる妻が不思議そうに首を傾げた。
「何か言った?」
「なんでもねえさ」
上機嫌で答えると、サイラスは再びグラスを呷った。
◆◆◆
第十九闘技場は熱気に満ちていた。勢いのある闘技場だと知ってはいたものの、実際に観客席に座ると実感が違う。
「それに、若い人間が多いな……」
周囲を見回すと、客層の違いに気付く。第二十八闘技場も若年層や女性が多い傾向にあるが、この闘技場はそれ以上だ。交流試合を第十九闘技場で行うと決めたのは、この観客たちを取り込もうというミレウスの魂胆なのだろう。
少し前に行われた交流試合では、『金閃』がその存在を見せつけ、莫大な人気を博したという。
容姿端麗で弁舌爽やか、戦い方に華がある彼は、第十九闘技場の観客の需要にマッチした存在だ。それでいて剣闘士ランキング五位という実力を兼ね備えているわけで、人気が出ないはずがなかった。
事実、それ以降第二十八闘技場の満席率は上昇している。実況席から見ても、たしかに若年層や女性が増えたように見える。まさにミレウスの期待通りだろう。
人気において『金閃』と双璧をなす『紅の歌姫』を交流試合に派遣すれば、もっと観客を奪うことができるはずだが、それをしないのは根付きつつある十九闘技場の魔法試合の熱を冷まさないように、という配慮だろうか。
『――お待たせしましたぁっ! 次の試合は、皆様にご好評を頂いている新興行! 魔術師同士による魔法戦です! 彼らはどんな戦いを見せてくれるのか!?』
周囲の観察と分析に気を取られていたサイラスは、試合開始を告げる実況の声で我に返った。試合の間を見れば、端にある門扉が開かれ、魔術師が現れるところだった。
『障害はすべて吹き飛ばす! 風を操り、天候をも変える奇跡の魔術師! 『暴風の魔女』ミレディ・フォッグ!』
その言葉に応えて、煌びやかな装いの女性が姿を現す。地味になりがちなローブも華やかなデザインとなっており、装飾品も多い。『紅の歌姫』のようにすべての装飾品が魔道具なのかは不明だが、見た目の華やかさで言えば申し分ない。
戦いには向かないようにも思える格好だが、試合相手も魔術師となれば激しく動く可能性は低い。それを踏まえた衣装選択なのだろう。そして、その衣装は第十九闘技場の要望で揃えたものだと考えられていた。
というのも、彼女が身に着けている衣装や装飾品と同じものがリシェール商会で取り扱われているからだ。それらの品は飛ぶように売れているらしい。
『対するは、帝都剣闘士ランキング第十位『緋炎舞踏』の魔法の師にして、炎を扱えば帝都最強の呼び声も高い『炎の賢者』! アルベルト・ミザイン!』
逆側の門扉から現れたのは、初老の域に差し掛かろうとしている男性だった。『暴風の魔女』ほどではないが、こちらも意味ありげな装飾品や高そうな杖が陽光の下で輝いている。
『緋炎舞踏』の師であることも、炎魔法に限って言えば帝都最高クラスの腕前であることも事実であり、魔法試合にあたって第十九闘技場がスカウトした魔術師の中では最上位だと聞いた記憶があった。
『風と炎、それぞれを極めた魔術師が激突する注目の一戦! ……レディィィゴォォォォォッ!』
試合開始の合図とともに、二人の魔術師が動いた。ミレディは鎌鼬を、アルベルトは火炎球をお互いに向かって放つ。小手調べと言った意味合いが強いが、魔法にあまり縁がない観客は盛り上がりを見せていた。
『さっそく風と炎が激突したぁっ! 両者の魔法が試合の間を焦がし、引き裂いていくぅぅ!』
火炎槍や火炎鞭が魔法障壁に弾かれ、お返しとばかりに放たれた風裂球や竜巻も同様に障壁に阻まれる。炎や風が激突し、魔法障壁が輝くたびに歓声が上がった。
『両者ともに凄まじい猛攻だぁっ! モンスターを焼き尽くし、斬り刻む強大な魔法が飛び交っているぅぅっ!』
『膨大な数の炎塊が『暴風の魔女』を襲う! いったいどう対処するのかぁっ!』
風と炎の戦いは続き、幾度も激突と消滅を繰り返す。眼下の試合を眺め、実況を聞いているうちに、サイラスの顔は少し渋いものに変わっていった。
「やっぱ難しいよなぁ……」
ぼそっと呟く。それは試合の展開についてではなく、実況への感想だった。
これまで、実況者はほとんど魔法名を使っていない。見極めることができていないのだろう。じっくり考えれば分かるのだろうが、瞬発力が命となる実況でそんな余裕はない。
これまで魔法と縁がなかったのだから当然だし、あまり魔法名を連呼し過ぎても逆効果だが、毎回「炎のような~」「~のような炎」ではインパクトが足りないように思えた。
『再び炎が荒れ狂う! だが、『暴風の魔女』も負けてはいない! 風の障壁が殺到する炎を四散させたぁぁっ!』
そして、実況の偏りだ。サイラスが見た限りでは、試合の間上の両者は交互、もしくは同時に魔法を放つことが多く、手数は似たようなものだ。
しかし、実況者の言葉だけを聞けば、七割近くが『炎の賢者』の魔法に言及したものだ。その偏りに実況者は気付いているだろうか。
『おおっと、『炎の賢者』が上方に魔法障壁を展開した!? ――これは、風魔法による上空からの攻撃か!?』
『炎の賢者』の魔法障壁が輝き、大気がうねる。それは『暴風の魔女』による不可視の攻撃であり……そして、実況が偏る理由でもあった。
風魔法の利点は数あるが、その一つに「視認性が低い」というものがある。武芸の達人であれば察知できるらしいが、観客の多くは素人だ。そして、その利点は魔法試合において欠点ともなる。
なんといっても、気付きにくいのだ。観客にとってみれば、見えない空気の刃よりも火炎球に意識がいって当然だ。風魔法の存在を意識するのは、炎が不自然に消滅したり、魔法障壁が輝いた時くらいだろう。
だからこそ、せめて実況者はその存在に気付くべきなのだが……正直に言えば、サイラスも風魔法の実況は苦手だった。
ミレウスの配慮により、第二十八闘技場では風魔法を得意とする魔術師が出場する試合については、砕けやすい障害物や石砂利が用意されていることが多い。それらが舞い上がることで観客に分かりやすくしようとの配慮だが、同時に風魔法の隠密性を損なっているため、たまに魔術師から苦情が出るらしい。
と、そんなことを考えていたサイラスの視界が突如として明るくなる。『炎の賢者』を巨大な炎が覆ったのだ。あまりの眩しさに目がくらんでいるのか、実況の声が途絶える。
「おっと――」
そんな中、サイラスは懐から色眼鏡を取り出した。視界が薄い灰色に染まるが、眩い輝きもなんとか堪えることができる。
第二十八闘技場においては、『紅の歌姫』や『魔導災厄』が雷魔法や炎魔法を使用する頻度が高い。そのため、サイラスもそういった眩さ対策は取っていた。
色眼鏡を通して見れば、『炎の賢者』は精神集中をしているようだった。さらなる炎を生みだそうとしているのだろうか。ただ、あれでは自分の炎で視界が妨げられるだろうが……。
それを好機と見たのか、『暴風の魔女』にも動きがあった。彼女の周りを風が取り巻いているのか、衣装が大きくはためいていた。何かの大魔法を準備しているのだろう。
『おおっと! ここで『暴風の魔女』が動いたぁぁっ! 大掛かりな魔法を準備しているのか!? 大気がざわめいているぞぉぉっ!』
その実況を聞いたのだろう、『暴風の魔女』が一瞬険しい視線を実況席のほうへ向けた。一拍遅れて、『炎の賢者』を包む炎が揺らぎ、彼の視線が『暴風の魔女』を捉える。彼女の様子を探ったのだろう。
「……あ。やっちまったな」
より詳しい状況を伝えることは実況者の使命だ。だが、その実況のせいで剣闘士の手の内が相手にバレてしまうことだってある。
サイラスも実況者になったばかりの頃、そういった失敗をしたことがある。劣勢に立たされているように見えた剣闘士が、こっそり後ろ手で短剣を引き抜いていたのだ。
短剣を使った不意打ちを狙っていたのだろうが、サイラスが「こっそり短剣を引き抜いたぁぁぁっ!」などと実況してしまったものだから、不意打ちはもちろん失敗。後でその剣闘士に掴みかかられたものだ。
第十九闘技場の実況者もそれは分かっているはずだが、魔法試合という勝手が違う試合実況で、ついやってしまったのだろう。
長い精神集中を必要とするものだったのか、はたまた不意打ちを狙うものだったのか。なんにせよ、『暴風の魔女』の狙いは達成できなかったようだった。
そして、そんな彼女を取り囲むように炎の檻が現れる。その火勢は凄まじく、試合の間が燃えているかのようだった。
『暴風の魔女』は風の防壁を展開しているようだが、炎の監獄はじわじわとその包囲を狭めていく。その様子を見ていた観客から歓声と悲鳴が上がった。
『これは凄まじいっ! 巨大な炎の檻が『暴風の魔女』を閉じ込めたぁぁっ! この凶悪な牢獄から抜け出す術はあるのかぁぁっ!?』
実況者が声を上げた時だった。ほんの一瞬、『暴風の魔女』を取り囲む炎が揺らめく。
「――ん?」
サイラスは思わず声を上げた。何かが起きたことは間違いない。それは、『金閃』が炎を斬るような独特の揺らぎ方だった。と――。
『炎の賢者』のほうから強烈な光が迸った。魔法ではない。その光は、第二十八闘技場でもよく目にする輝きであり……試合の勝敗を決める輝きでもあった。
『な、なんとぉぉっ!? 『炎の賢者』のペンダントが砕けたぁぁっ!? 一体何が起きたのかぁぁっ!?』
第十九闘技場も同じく、砕けると強い光を放つペンダントを魔術師に身に着けさせており、それが砕けると負けとなる仕組みだ。
そして、いつの間にか『炎の賢者』は負傷していた。まだ炎の檻が消えないのは、彼自身も何が起きたか気付いていないのかもしれない。
「なんも見えなかったな……いや、そうか。風魔法ならおかしくねえ」
驚きながらも、サイラスは先程の攻撃を分析する。そして、ふと『暴風の魔女』が手にしているものに気付いた。
「ありゃ、さっきまで持ってたやつじゃねえな」
そう思った瞬間、彼女は手にしていた何かを懐にしまう。彼女は今も炎に包まれているため、色眼鏡をつけていたサイラスはともかく、他の人間は気付かなかっただろう。
「ひょっとして……魔道具か?」
そして、そんな結論に至る。風魔法を凝縮して撃ち出すような魔道具であれば、さっきの現象にも納得がいく。ただ、そんな性能の高い魔道具がごろごろ転がっているとは思えないが……。
「――ひょっとして、こういう遠回しな方法で劇的な展開をお膳立てしてんのか……?」
そんな思考が浮かぶが、サイラスは頭を振った。そんなことを考えるのは支配人の仕事だ。それに、第二十八闘技場が誇る剣闘士たちであれば、相手が魔道具を所持していたとしても敗けることはないだろう。
そんな思いを抱きながら、サイラスは決着のついた試合の間を眺める。
『まさか、まさかの展開ぃぃっ! 絶体絶命と思われた状況から、『暴風の魔女』が起死回生の一手を放ち、勝利をもぎ取ったぁぁっ!』
その声に観客たちから歓声が上がる。第十九闘技場は新しい二十八闘技場より少し小さいが、それでも収容人数は一万人を超える。場内を埋め尽くす彼らが熱狂する様はやはり壮観だった。
「まあ、これからだな」
第十九闘技場が魔法試合を始めたのはほんの少し前の話だ。よくも悪くも、課題はこれから見えてくるのだろう。
『風と炎の頂上決戦! 勝者は……『暴風の魔女』ミレディ・フォッグだぁぁぁっ!』
そして、実況の声に耳を傾ける。いくつか気になったことはあるものの、彼も実況者である以上、そのうち気付くだろう。相手に請われない限り、自分からアドバイスする予定はなかった。
――それは、サイラスさんの財産ですから。
ふとミレウスの声が耳に甦る。彼が魔法試合のノウハウを第十九闘技場に伝えると聞いた時、サイラスは「実況の注意点やコツを伝えたほうがいいか」と尋ねたのだが、それが彼の答えだった。
第二十八闘技場の優位性を保つためという見方もできたが、剣闘士と同じく、実況者も専門の技術を身に着けた得難い存在だ。彼の言葉の端々からそう考えていることが伝わってきて、とても嬉しく思ったものだ。
「……俺も頑張らねえとな」
魔法試合の実況については、これまでサイラスの独壇場だった。だが、これからはそうもいかない。今まで以上に魔法の知識を叩き込み、予想外の展開を瞬時に理解できるよう瞬発力を高める必要があるだろう。
新たな決意を胸にして、サイラスは第十九闘技場の試合の間を見下ろしていた。