会議 Ⅱ
「そんなことがあったなんて……ミレウスって、本当に苦労を背負い込むわね」
支配人室のソファーで、『紅の歌姫』レティシャは面白そうに相槌を打った。
「好きで背負ってるわけじゃないけどな。……けどまあ、流れ自体は予想していたことだ」
「魔術師の試合禁止も?」
「いや……あんな感情的な話を、法規制にまで持ち込むとは思っていなかった」
俺は正直に認める。その件で集中砲火を受けることは覚悟していたが、嫌悪感を正当化して法制化を求めるとまでは読めなかった。どうやら、俺は法律の恣意性を甘くみていたようだった。
「それで、敏腕支配人としてはどうするつもり? 何か企んでるんでしょう?」
机上の紅茶を啜ると、彼女は見上げるように俺の顔を覗き込んだ。
「どうしてそう思う?」
「今日のミレウスは、私と一緒にソファーに座っているもの。私に用事がないなら、貴方はわざわざ仕事机から離れたりしないわ」
「その言い方だと、俺が仕事人間みたいだな……」
その指摘に苦笑を浮かべる。仕事人間かどうかはともかく、最初の指摘は正解だったからだ。俺は姿勢を正すと、レティシャに用件を切り出した。
「魔術師ギルドに、結界術を得意とする魔術師はどれくらいいるんだ?」
「結界? ギルド長が結界術を得意にしているから、他のギルドよりは多いと思うけれど……どれくらいのレベルを考えているの?」
戸惑いながらも、レティシャは具体的な条件を聞いてくる。
「闘技場の魔法試合に耐えられる程度の結界だ」
「それって――」
彼女の瞳に理解の色が宿る。俺は大きく頷いてみせた。
「他の闘技場でも魔法試合をさせる。言うなれば味方づくりだな」
たしかに魔法試合を批判する闘技場関係者は多いが、全員がそうというわけではない。やってみたいものの、周囲の目や結界の強化、人員の確保といった面で都合がつかず諦めている闘技場も多いはずだ。
「けど、そんなことができるかしら。二十八闘技場は古代装置があるからいいけれど、ちゃんと安全が確保できる人数の結界術師を集めるとなれば……」
「相当な金額になるだろうな。移転前の二十八闘技場は大して結界を張ってなかったが……おかげで施設の修繕に泣いたからな。正直、赤字の日もあったくらいだ」
俺はレティシャの言葉を引き継いだ。だが、そこには続きがある。
「……けど、それはうちが中小規模だったからだ。大規模な闘技場は資本が違う。もともとしっかりした結界を張っているから、それを強化するだけですむ」
「それはそうだけれど……それこそ難しい話じゃないかしら。大きな闘技場は魔法試合に否定的なんでしょう?」
「全員が、というわけじゃないからな。一つだけ有望な闘技場がある。……第十九闘技場だ」
「それって、リシェール商会が牛耳っている、あの第十九闘技場……?」
レティシャの顔に驚きが浮かぶ。
「向こうから話があってさ。自分のところでも魔法試合を組みたいらしい」
その話があったのは闘技場連絡会議の帰り道だった。第十九闘技場の支配人シャードに協力を持ちかけられた俺は、彼に協力すると回答したのだ。
利益を重視する十九闘技場にしてみれば、大きな集客効果が見込める魔法試合は魅力的なのだろう。今まで手を出していなかったのは、他の闘技場の動向を見極めるためだったという。
また、魔術ギルドは意外と排他的だ。正面から話を持ち掛けたところで、あまり人は集まらないだろうという考えもあったようで、俺に接触する機会を窺っていたらしい。
このタイミングで言い出したのは、明らかに俺に恩を売るためだろう。魔法試合を行う闘技場が増えた――それもランク第四位――となれば、他闘技場の追及や批判も弱まる。
「でも……いいの? 魔法試合はここを他の闘技場と差別化するのにとても有効だと思うけれど」
「もともと、俺の一存で禁止できるものじゃないからな。いつかはこうなると思っていた。……それに、魔法試合が普及することは悪い話じゃない。帝都剣闘士ランキングに魔術師が含まれる可能性だってあるしな」
「それはそうだけど……」
そう説明しても、レティシャは納得していない様子だった。
「それに、剣闘試合に出る気がある魔術師で、目ぼしい人物はすでに二十八闘技場に所属済みだからな。二番煎じが出たところで質は劣る。……少なくとも、『紅の歌姫』を超える魔術師は現れないさ」
「……そんなに持ち上げなくても、私は十九闘技場に移籍したりしないわよ?」
冗談めかして笑うが、彼女の反応は少し遅かった。どうやら照れているらしい。手がカップと膝の上を無意味に行ったり来たりしている。
「持ち上げたつもりはないんだがな……」
それは俺の本心だ。魔術師としての技量に加えて、反応速度や機転の利かせ方、観客を魅了する振る舞いなど、彼女は闘技場で輝く才能を併せ持っている。今後どんな魔術師が現われても、彼女の人気を超えることはないだろう。
そんなことを考えていると、レティシャは嬉しそうに微笑んだ。
「ふふ、そういうことにしておくわ。……第十九闘技場が魔術師を募集しているって、そう伝えておけばいいのね?」
「ああ、頼む。あの闘技場なら金払いはいいはずだ」
「一定の需要はありそうね。……まあ、好戦的な魔術師はほとんどが二十八闘技場にいるから、試合のためには流れの魔術師をスカウトする必要があるかもしれないけれど」
「まあ、そのあたりは自分で頑張ってもらおう」
なんと言ってもバックには大商会が付いているからな。そう心配はいらないだろう。紅茶を啜りながら、俺は十九闘技場を訪問する日を考えていた。
◆◆◆
帝都でも有数の商会であるリシェール商会が、ルエイン帝国第十九闘技場に影響を及ぼすようになったのは三、四年前のことだ。
規模は大きいものの、経営がまずく赤字続きだった闘技場に、アドバイザーのような形で入り込み、いつのまにか実権を握っていたのだ。
その頃を機に、第十九闘技場は一風変わった闘技場になっていった。容姿に優れた剣闘士が飛躍的に増加し、幾度も劇的な試合が展開されるようになったのだ。
容姿はともかく、試合については八百長ではないかと他の闘技場から反発を受けているものの、若年層や女性を中心に大きな人気を獲得していることは事実であり、だからこそ短期間で闘技場ランキング第四位に上りつめたと言える。
その第十九闘技場の支配人室で、俺は二人の人物と向かい合っていた。
「これはこれは、ミレウス支配人。お久しぶりですな」
「ご無沙汰しております。まさか、ネルハン商会長がお出でだとは思いませんでした」
「闘技場の今後に関わる重要な話ですからな。ミレウス支配人がよろしければ、私もお話をお伺いしたいのですが」
リシェール商会の主は、にこやかに口を開いた。二十八闘技場の支配人室で、彼と親父の交渉が破談になったのは十年ほど前だったか。当時はまだ商会長ではなかったはずだが、それを言えば俺は支配人補佐ですらなかったわけで、お互いの肩書に年月を感じる。
「ミレウス支配人も知っていると思うが、十九闘技場はネルハン会長に色々とアドバイスをもらっている。一緒に話をさせてもらいたい」
第十九闘技場の支配人シャードが口を開いた。リシェール商会の存在は、表向きは伏せられていることになっている。その商会主を同席させたということは、二十八闘技場に対して心を開いているというメッセージだろうか。
「ええ、構いませんよ」
そして、勧められたソファーに腰かける。相手が誰であれ、話の内容に変わりはない。俺は早々に本題に入ることにした。
「『紅の歌姫』を通じて、魔術ギルドには話をしました」
「それはありがたい。それで……魔術ギルドはなんと?」
「報酬次第では紹介できる人材がいるかもしれない、とのことです」
「なるほど……あのギルドにしては色よい返事だ」
伝えた言葉にシャード支配人の口角が上がる。
「後は我々の問題、ということでしょうな」
彼の視線を受けたネルハン会長は頷きを返した。そして、会長は俺に視線を向ける。
「……さて、ここまでは私たちが持ちかけた話。今度はそちらのお話をお伺いしましょうか」
「そうですね」
俺は遠慮なく頷いた。第十九闘技場が魔法試合を開催できるようになっただけでは、うちにメリットが少なすぎる。まして、俺は魔法試合を運営する上でのノウハウを彼らに伝授する約束までしている。もちろん最低限の部分しか明かす気はないが、これまでに犯した大きな失敗から学んだことだけでも、彼らには大きく役立つはずだった。
その埋め合わせをどうするかという話は、すでにシャード支配人から聞いていた。商売色が強い闘技場だからこそ、そのあたりには敏感なのかもしれない。
「会議の時にシャード支配人にお伝えしている通り、一つは魔法試合を禁止する流れを食い止めること、ですね」
「それはもちろんですとも。我々も魔法試合を行うと決めた以上、是が非でも法制化を食い止めなければなりません。……まあ、あの戯言が本当に法となるのであれば、帝国も地に落ちたものだと言わざるを得ませんが」
ネルハンさんの言葉は辛辣だった。この国に限ったことではないが、商会は政府から搾取対象と見られており、様々な理由で金銭を無心されることが多い。そこから来るものだろう。
「そして、もう一つ。うちと交流試合を組みませんか?」
そう提案した瞬間、二人の空気が少し変わった。
「第十九闘技場が交流試合を組んでいないことは、ミレウス支配人も知っているはず」
こちらの内心を探るように、シャードが口を開く。それは事実であり、第十九闘技場が八百長をしていると叩かれる由縁でもあった。
第十九闘技場は若年層や女性を中心とした人気を誇っており、その層だけなら一番人気と言っていいだろう。他の闘技場としてもその集客力は羨ましいはずだ。
そして、通常であれば、それらの観客は交流試合等を通じて他選手にも興味を惹かれ、よその闘技場での試合も観戦するようになる。だが、第十九闘技場にはそれがない。
八百長の噂については、真実は定かではない。何から何まで決まっている演劇のようなものなのか、それともユーゼフの「戦うからには相手に全力を出させる」という信条のように、「場を盛り上げる」というルールがあるのか。
だが、それを正面から追及しても意味がないし、する必要もなかった。もし八百長試合が本当であれば、そのうち剣闘士から内情が暴露されるだろう。俺にとって重要なことは、第十九闘技場の観客をうちに引き込むことだった。
第二十八闘技場も他の闘技場に比べて女性や若年層が多い傾向にあるから、彼らとの相性は悪くないだろう。
「頻度は年に数回で構いません。交流試合を組まないそちらに配慮して、試合会場は第十九闘技場で結構です」
「ふむ……」
ネルハンさんは顎に手を当てて考え込む。俺の意図には気付いているだろう。第十九闘技場で試合をするということは、第十九闘技場の観客がこちらへ流れてくる動きのほうが大きい。
それを引き受けてなお、第十九闘技場の利益となるか、だ。だが、魔法試合のメリットはそれを補って余りあるはずだ。
「交流試合を組むことで悪い噂を払拭できれば、とも考えています」
さらに言葉を追加する。具体的な言及は避けたが、それが八百長疑惑のことであることは分かっているだろう。
「交流試合が実現された場合、まず『金閃』を派遣するつもりです」
「『金閃』を……?」
一瞬訝しんだネルハン会長だったが、俺の意図しているところに気付いたらしい。彼はかすかに笑みを浮かべた。
八百長疑惑のある第十九闘技場だが、相手が剣闘士ランキング第五位の『金閃』であれば、相手が誰であれ敗けて当然だ。八百長が暴かれるというような話にはならない。
ユーゼフは絶大な人気を誇るうちの看板剣闘士だ。交流試合の初戦で彼を派遣することはおかしくもなんともないはずだ。まあ、見た目もよくて戦い方に華があるユーゼフなら、十九闘技場の観客をより多く掻っ攫ってくれるだろう、という狙いもあるが。
それに、俺の見立てが正しければ、第十九闘技場にも帝都五十傑にギリギリ入るか入らないか、という優秀な剣闘士は幾人か存在する。彼らであれば、うちの剣闘士ともいい勝負ができるだろう。
ネルハンさんは俺の顔をじっと見た後、面白そうに笑った。
「……よく成長されたものだ。やはりミレウス支配人は油断できない取引相手ですな。……だが、だからこそ手を組む価値がある」
「恐縮です」
そして、俺は差し出された手を握り返す。
「ミレウス支配人は覚えていないかもしれませんが、かつてイグナート殿が仰っていた言葉は今も覚えています。闘技場は死を見せ物にするものではない、と。
……あれは、私にとって一つの転換点だったのですよ」
突如出て来た親父の名前に、俺は少し目を見開いた。俺にとっては思い出深いやりとりだったが、山のように商談をこなしてきた彼が覚えているとは思わなかったからだ。
「死を売り物にすると、これまで投資してきた剣闘士が、その分を回収する前に死んでしまうことも多い。商売上の観点からしても、たしかによろしくないことです。だからこそ、第十九闘技場を支援すると決まった時にやり方を変えたのですよ」
「そうでしたか……」
俺は曖昧な笑みを張り付ける。親父が言いたかったのは費用対効果のことではないと思うが、言葉をどう受け取るかは人次第だ。少なくとも、今のやり方であれば剣闘士の命が無駄に失われることはないことは事実だ。
問題は剣闘士の魂のほうだが……これは彼らの方針を把握するまでなんとも言えないな。
「十九闘技場でも魔法試合が定着した暁には、魔術師の交流試合も行いたいものですね」
「そうですな。……人選はミレウス殿にお任せしておけば問題ありますまい」
「ええ、実力伯仲の組み合わせになるよう考えたいと思います」
ネルハン会長から意味ありげな視線を向けられるが、言われるまでもなく、俺も同じような力量を持つ魔術師を当てるつもりだった。
帝国によってランキングが作られている剣闘士と異なり、魔術師には闘技場間を越えたランキングが存在しない。ユーゼフのように「相手が『金閃』なら敗けて当然だ」とはなりにくいだろう。
そういう意味では『紅の歌姫』や『蒼竜妃』、『魔導災厄』あたりは参加回数が少なくなりそうだった。
「ところで、ミレウス支配人。剣闘士と魔術師の試合を組む場合ですが、やはり開始位置には――」
そして、話題は実務的な話へ移っていく。魔法試合のノウハウをどの程度明かし、どれを秘匿するか。そのさじ加減を考えながら、俺は彼らとの話を詰めていった。
◆◆◆
第十九闘技場と話がついてから一か月ほど経ったある日、俺は再び第十九闘技場を訪れていた。
「ひとまず、上手くいったか」
と言っても、すでに目的は果たしている。今日は第二十八闘技場と十九闘技場の初交流試合であり、先ほど大盛況のうちに試合が終わったところだ。
期待通り、ユーゼフはかなりの人気を集めたようだし、他の剣闘士もいい試合をしてくれた。向こうも気合が入っていたのか、かなり見ごたえのある試合だったように思う。
第十九闘技場の出場選手の大半が魔法の武具を持っていたことには驚いたが、あれは第十九闘技場なりのテコ入れだったのだろうか。
なんであれ、今日の結果は支配人として満足できるものだった。その手ごたえを噛み締めていた俺は、ふと剣呑な視線を感じた。
俺は振り返ることなく次の角を曲がり、さらにもう一度曲がる。そうして裏路地に差し掛かった俺は、建物の陰に身を潜めた。
「げ! どこか行っちまったぞ」
「んなわけあるか! よく探せ!」
「ったく、面倒くせえな……」
やがて、粗野な足音とともに声が聞こえてくる。その内容からして、俺に用事があることは間違いないだろう。俺は慎重に相手の様子を窺う。
相手は男三人だが、単独で戦えば間違いなく俺が勝つだろう。そう値踏みすると、俺は彼らの前に姿を現した。
「私に何かご用ですか?」
問いかけると、彼らが一斉に視線を向けてくる。
「あっ! お、お前!」
俺の顔を見るなり、彼らは色めき立ってこちらへ駆け出した。彼らの目的が平和的なものでないことは明らかだった。
「話をする気もない、か」
俺は剣を片手に裏路地のさらに奥へと場所を移す。人がすれ違うことも難しい細道だが、今はそれが狙いだった。
追ってきた先頭の男に剣を振るい、手にしていたダガーを一撃で弾き飛ばす。ついでに手の甲に傷がついたようだが、知ったことではない。
突然手元のダガーを弾き飛ばされ、混乱している男の鳩尾に剣の柄を突き込む。急所に柄を叩き込まれた男が崩れ落ちるのを見て、後ろの二人は怯んだようだった。
「げっ! こいつ強くないか!?」
「ただの支配人じゃないぞ……!」
声を上げる二人に向かって、俺は剣の切っ先を向けた。
「今更だが、なんの用だ」
「……俺たちは闘技場界の今後を憂う者だ」
その答えに眉をしかめる。この手の理由で俺を襲う人間は減っていたのだが、まだ残党がいたのか。今日は、同じく魔法試合を進める十九闘技場との交流試合があったから、余計に刺激されたのかもしれない。
「大層な名前だな。少なくとも、話し合い一つせずに襲い掛かる輩にはもったいない」
そう言われても、彼らが激昂する様子はなかった。気絶した仲間の身体を踏み越え、じりじりと俺に迫る。
次の瞬間、彼らの手が閃く。そして、ほぼ同時に俺の剣が横薙ぎに繰り出された。ガキン、という音とともに短剣の一つが弾かれ、地面に落ちる。もう一つの短剣は首を捻って避けたため、遠くで地面に転がる音が聞こえてきた。
「あっさり避けるな……」
それを見て、男のうちの一人がげんなりした顔を見せる。その様子に違和感を覚えながらも、俺は勢いよく踏み込んだ。
その勢いを殺さずに、手前の男に剣を振るう。奥にいる男が援護しようとしているが、この細い路地では邪魔になるだけだ。
剣をフェイントに使い、顎下を掌底で突き上げると、俺は倒れた男の右手をダガーごと踏み潰した。これで、動けたとしても戦力にはならないだろう。
「もう一度聞く。なんの用だ」
低い声で凄みを演出したところ、『極光の騎士』のような声が出た。だからと言うわけではないだろうが、最後に残った男が露骨に怯む。
「だから、俺たちは闘技場界の今後を――」
「具体的には、何を憂いている?」
「それは……」
男は言葉に詰まる。仮にも「闘技場の今後を憂う」人間であれば、何かしらの主張は出てきて当然だ。だが、彼らにはそれがない。
「これまでも、俺はそういう主張をする奴らの相手をしてきた。だが、お前たちは『闘技場界の今後を憂う』人間としてあまりにもお粗末だ。……誰の差し金だ?」
「うるせえ! 俺たちは闘技場界の――」
「……もういい」
そして剣を一閃させる。遠くに弾き飛ばされたダガーが、裏路地に転がって澄んだ音を立てた。男は血の気が引いた顔で後ずさる。
「本来は、どんな予定だった? ここで俺を殺すつもりだったのか?」
尋ねると、男は青ざめた顔のままぶんぶんと首を横に振った。
「ち、違う! 支配人を辞めたくなる程度に、ちょっと痛めつけてやろうとしただけだ!」
「……」
弁解しているつもりの男の言葉に、思わず溜息がこぼれる。そして、俺は剣を喉元に突きつけた。
「この二人は衛兵に突き出すが、お前は見逃すことにする。その代わり、雇い主に『運営で勝つ自信がないのだな』と伝えろ」
「は、はい!」
男は直立不動で返事をする。もはや涙目になっているが、同情する気にはなれない。「行け」と告げるなり、彼は一目散に駆け出していった。
「……さて」
そんな男の背中を見送った俺は、足下に転がる二人に目を向けた。面倒だが、今後のこともある。ちゃんと衛兵に引き渡しておこう。
「挨拶代わりということか……?」
闘技場会議の面々の顔ぶれを思い出しながら、俺は小さく呟いた。