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会議 Ⅰ

【支配人 ミレウス・ノア】




 新しい闘技場ランキングが発表され、第二十八闘技場うちが第五位につけてから三か月ほどが経った。最初は戸惑いの連続だったが、物理的なものから業務的・経済的な規模まで、新しい闘技場にようやく慣れてきた気がする。


 そして、そのようやく慣れてきた新しい支配人室で、俺は計算器具の珠を弾いていた。


「これで『無限召喚ワン・アンド・レギオン』は三百七十二ポイントだから……あ、『破城槌バタリングラム』を抜いたか」


「でも、直接対決だと『破城槌バタリングラム』のほうが勝率は高いわよね? 本人はともかく、お客さんは納得してくれるかしら」


 計算結果を紙に書きつけていると、ヴィンフリーデが横から書類を覗き込んでくる。俺たちが話題にしているのは、第二十八闘技場内での剣闘士ランキングだ。


「根拠となる計算式だって開示してるからな。……あとは説得力の問題だが、この前も八位の疾風迅雷スピードスターに勝ちを収めたし、文句は出ないと思う」


 俺は気軽に請け負った。帝国全体の剣闘士ランキングは帝国政府が決定するため、俺が関与することはない。だが、自分の闘技場内での剣闘士ランキングについては、支配人の責任において決定することができた。


 ただ、それをいいことに恣意的としか思えないランキングを作成している闘技場や、そもそもランキングを作成しないところもある。

 そういう意味では、あまり重要視されていないランキングなのだが、うちの場合は事情が異なる。


 なんせ、帝都剣闘士ランキングには魔術師が含まれていないのだ。だが、『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』をはじめとして、うちの上位ランカーには魔術師が多いため、独自のランキングをきちんと作っておく必要があったし、他の闘技場より注目されているという自負もあった。


「あれだけ頑張って計算式を作り上げていたものね。……やっぱり毎月更新は大変?」


「まあな。とは言え、試合結果を元にして計算するだけだ。今までより遥かにやりやすくなったと思う」


 ヴィンフリーデが言っているのは、うちのランキングを毎月更新にしたことだ。今までは数カ月に一度しか更新していなかったが、頻度を上げたほうが人々の話題に上がりやすいだろうし、ランキングにライブ感が生まれるはずだ。そんな思いから始めたものだった。


 もちろん、一か月ではそこまで大きな変動はないのだが、ここ数カ月は一貫してとある傾向が見えていた。ヴィンフリーデも気付いているようで、ぼそりと呟く。


「また魔術師が順位を上げたわね」


「流れ弾を気にしなくてよくなったからな。試合で見られる魔法も変化しているし、今が彼らにとっては本来の姿なんだろう」


 新しい闘技場には、古代遺跡の装置を利用した結界が張られている。そのため、今までは力をセーブしていた魔術師たちが、こぞって本気を出し始めたのだ。

 全力を出せないという不満は、魔術師がずっと抱いていたものであり、そこを解決できたことは非常に大きい。


 そのため、順位を落としていない剣闘士は一位の『極光の騎士(ノーザンライト)』、二位の『金閃ゴールディ・ラスター』ユーゼフ、五位の『金城鉄壁フォートレス』ダグラスさんの三名だけだ。


 モンドール皇子もいい位置につけていたのだが、『魔導災厄スペル・ディザスター』に抜き返されたことで順位を落としていた。


「あ、そうだ。このランキング方式にしてから、大きく進歩したことがある」


 と、最新の闘技場内ランキング表を眺めていたヴィンフリーデに、俺はニヤリと笑いかけた。


「……何かしら。あまりいい予感はしないわね」


「完全なポイント方式にしたことで、誰でもランキングを作ることができるようになったんだ。つまり――」


 そこで言葉を切る。だが、ヴィンフリーデにはしっかり伝わったようだった。


「……私にランキング表を作らせるつもりね」


「ヴィーなら計算はお手の物だろう?」


「ミレウスみたいな速度で計算器具を操る自信はないわ」


「大丈夫だって。それに、これまでの試合結果は全部数字にしてある。試合をした日に結果を計算しておくことと、二年以上前のデータを抹消することさえ忘れなければ、集計なんて一瞬ですむさ」


「もう、それであんなに根を詰めていたのね。……いいわ、それくらい引き受けるわよ」


「え?」


 ヴィンフリーデは諦めたように呟く。冗談のつもりだった俺は、逆に驚きの声を上げた。


「ミレウスが忙しいのは分かっているもの。ディスタ闘技場の支配人みたいに倒れちゃったら困るわ」


「ヴァリエスタ伯爵はもう高齢だからな……」


 思わず遠い目をする。ヴァリエスタ伯爵は闘技場ランキング一位【玉廷】の称号を持つディスタ闘技場の支配人だが、最近、身体を壊して病床に伏しているらしい。

 個人的には好感を抱いている人物だけに心配だが、年齢を考えると致し方ない部分もあった。


「そう言えば、もうすぐ闘技場連絡会議だったな。それまでに元気になっていればいいが」


 俺が思い出したのは、ランキング十位までの闘技場の支配人が集まって行う会議のことだ。剣闘試合に魔術師を組み込んだことで非難轟々の俺としては、あまり楽しい会議にはならないだろう。


「……面倒だな」


 だが、欠席するわけにはいかない。補助金をもらっていることもあるし、重要な議題が俎上に上る可能性だってあった。会議のことを考えた俺は、小さく溜息をついた。




 ◆◆◆




 闘技場連絡会議。数か月に一度開催されるこの会議は、帝国政府の人間を交え、闘技場界についての様々な事項を話し合う場となっている。


 と言っても、会議の結果そのものに強制力はない。ランキング十位以内の闘技場しか参加していないのだから、ここでなんらかの決定を行ったとしても、一部の価値観に基づくものでしかないためだ。


 そのため、全闘技場に強制力を伴う取り決めを決定するのはあくまで帝国政府であり、闘技場会議はその諮問機関に近い側面を持っていた。


「ルエイン帝国第二十八闘技場の支配人、ミレウス・ノアです」


 受付に名を告げると、会議室へ足を踏み入れる。議場となった【玉廷】ディスタ闘技場には複数の会議室があり、こういった催しを行う場所に不自由しない。


 入室すると、すでに入室していた四名の支配人の視線が俺に突き刺さった。そして、その顔ぶれに俺は内心で顔を顰める。彼ら四人の支配人は、揃って魔術師否定派だったからだ。

 早めに集まって悪だくみでもしていたのだろうか。そんな邪推が頭をよぎる。


「ふん、二十八闘技場か。よくもこの高尚な会議に顔を出せたものだ」


 最初に鼻を鳴らしたのは、因縁のあるウェルヌス闘技場の支配人セルゲイ・エルムトだ。確実な証拠は掴めていないものの、半年ほど前に新闘技場の建設を妨害してきたのはこの男だと確信している。


「これはセルゲイ支配人。私には、気後れするような後ろ暗い事情はありませんからね」


 嫌味を笑顔で流す。彼にとっては魔術師を剣闘試合に参加させることは後ろ暗い事情なのだろうが、知ったことではない。むしろ、闘技場の建設を妨害したセルゲイのほうがよほど後ろ暗いと思っているくらいだ。


「……若造が。たまたま順位を上げたからと言って、図に乗るなよ」


「たしかにそうですね。私が闘技場の運営に参加するようになってから、まだ十年程度。若輩者であるという自覚はあります」


 俺の言葉を受けて、セルゲイは嫌そうな表情を浮かべた。彼が支配人となり、闘技場の運営をするようになってから五年も経っていないからだろう。


「なるほど、だからこそ魔術師を剣闘試合に参加させるような愚挙に及んだのですな。若さとは恐ろしいものだ」


 そんなセルゲイをフォローするように、奥に座っている中年男性が口を開く。俺の記憶が正しければ、第九闘技場の支配人のはずだ。


「新しい道を切り開くことは後進の義務ですからね。一部の声の大きい人々に惑わされることなく、闘技場界の未来を模索していきたいと考えています」


 俺はしれっと答える。喧嘩を売るつもりはないが、彼らとはもともと対立している仲だ。ストレスを溜めてまで気を遣ってやるつもりはなかった。


「まるで闘技場界を代表しているかのような言い草だな。たまたま所属剣闘士に恵まれただけの男が、よくもそこまで大言壮語できるものだ」


「おっしゃるとおり、剣闘士の活躍の上であぐらをかいているようでは支配人失格です。

 だからこそ、支配人として何ができるかを考えた結果が闘技場の新築でしたが……おかげさまで、お客様にはご好評を頂いているようです」


 そして、俺はほっとした表情を浮かべる。


「闘技場の新築・移転が失敗すれば、支配人である私のせいですからね。それが上手くいき、こうして会議に呼ばれるまでになったことを嬉しく思っています」


 裏を返せば、闘技場の新築・移転を成功させたのは、俺の支配人としての技量だということになるのだが……その皮肉が伝わったのだろう。セルゲイは顔を不快げに歪ませていた。


 なおも言い募ろうとした彼だったが、会議室の扉が開かれ、五、六人の参加者が一斉に入ってくる。どうやら、残りの参加者がまとめて現れたらしい。


 闘技場のランキングはそう変動しないため、新参者の二十八闘技場うちを除けば、この会議に出席しているのは常連ばかりだ。彼らはお互いに挨拶をし合うと、和やかな雰囲気で卓につく。


 闘技場の支配人が十人と、帝国政府から二人。合わせて十二人が席に着いていることを確認すると、帝国政府の人間が口を開いた。


「皆さんお揃いのようですので、これより闘技場連絡会議を開催します」


 そうしてぐるりと卓を見回すと、彼は自己紹介を始めた。


「初めての方もいらっしゃるようですので、自己紹介をしておきます。私はレオン・マルジェス。帝国騎士団の一つ、第四騎士団の団長を務めております」


「団長……?」


 その言葉に驚く。たしかに彼の身のこなしは達人のそれだが、そんな人物が帝国闘技場の統括をしていることは驚きだった。帝国第四騎士団と言えば、国内の治安維持を主務としているはずだが、こんなこともやっているのか。


「そして、会議の前に一つお伝えしておくことがあります」


 俺が驚いている間にも、彼はてきぱきと話を進める。


「皆様もすでにお気づきでしょうが、ディスタ闘技場の支配人、グラジオ・ヴァリエスタ伯爵は体調が優れないため、ご子息であるジークレフ殿が代理として出席しています」


「ジークレフ・ヴァリエスタです。よろしくお願いします」


 立ち上がったのは、俺と同じくらいの年齢らしき銀髪の青年だった。その容貌には、たしかにヴァリエスタ伯爵の面影が感じられた。顔を覚えようとしているのか、彼は参加者一人一人にゆっくりと視線を当てていた。


「……ん?」


 その視線が俺に向けられたとき、思わずその目を見返す。他の参加者に比べて、俺を見る視線が険しいような気がしたのだ。


 とは言え、それで睨み返しても意味がない。俺は涼しい顔で視線を受け流すことにした。


「さて、本来であれば、会議の議長は【玉廷】の支配人にお願いするところです。ですが、今回は代理出席となりますので、第二位【黄金廷】バルノーチス闘技場の支配人にお願いしたいのですが……」


「ああ、構わないとも」


 レオン団長の言葉を受けて、五十歳ほどの男性が静かに頷いた。バルノーチス闘技場の支配人だ。彼もまた、ヴァリエスタ伯爵と同じく貴族であるはずだった。


「それでは、具体的な話に移りたいと思います。まずは、補助金のお話ですが――」


 そして、レオン団長の隣に控えていた男性が口を開く。実質的な司会は彼が行うようだった。第四騎士団の参謀役だろうか。


 そんなことを頭の片隅で考えながら、俺は彼の言葉に耳を傾けるのだった。




 ◆◆◆




 会議でもたらされる情報は、思っていたよりも多岐にわたっていた。帝国全体における闘技場の集客数の推移や、他国の闘技場の動向、闘技場と縁の深いディスタ神殿の祭祀スケジュールなど、独力では掴みにくいデータも含まれている。


 また、補助金という繋がりがあるためか、国の行事への参加や治安維持など、政府からの協力要請も少なくない。


 とは言え、参加者が積極的に発言するのは、やはり直接的に闘技場の運営に関する議題が出た時だ。


「――ということで、猛獣狩りの興行が増えることに問題はありませんが、危険度の高いモンスターを扱う場合は、必ず事前に届け出をお願いします」


 現在の話題は、猛獣狩りについてだ。最近では観客から猛獣狩りを観たいとの要望が増えているという。たしかに、うちの闘技場でもそういった声が上がっていると報告を受けていた。


「どこかの闘技場が、話題作りのために帝都に(ドラゴン)を放っていたからな。一歩間違えれば大惨事だった」


 そう声を上げたのは、やはりウェルヌス闘技場の支配人セルゲイだった。ことあるごとに俺に嫌味を言わなければ気が済まないらしい。


「届け出は済ませてありました。その旨は帝国からも公式に発表があったはずですが」


 彼の言葉は真実だが、正直に答える必要もない。


「私が言っているのは危険性の話だ」


「あの(ドラゴン)が帝都の施設を破壊した事実はありません。……ああ、もちろんうちの試合の間(リング)は別ですが」


「……だが、(ドラゴン)クラスの魔獣を操る方法などあるはずがない」


「私にも詳細は分かりません。『極光の騎士(ノーザンライト)』が安全性を保証してくださったからこそ、興行に組み込むことができたのです」


「『極光の騎士(ノーザンライト)』か……」


 セルゲイ支配人は渋い表情を浮かべる。彼自身がどう思っているかは知らないが、『極光の騎士(ノーザンライト)』は英雄であり、最強の剣闘士だ。表立った批判はしづらいのだろう。


「まあ、猛獣狩りの要望が増えたのも、元はと言えば『極光の騎士(ノーザンライト)』と『大破壊ザ・デストロイ』がタッグを組んで(ドラゴン)を倒したことに起因するのですからね。ですが、これは新たな商機とも言えます」


 そこへ口を挟んだのは、闘技場ランク第四位【赤銅廷】の称号を持つルエイン帝国第十九闘技場の支配人だ。リシェール商会の傀儡になっていることで有名な闘技場だが、これまでの発言を聞いていると、彼自身も商売人としての価値観が根付いているように見える。


 名前はシャードだったか。三十歳前後の年齢であり、俺やヴァリエスタ伯爵の子ジークレフに次いで三番目に若い。数年前に代替わりしたとは聞いていたが、先代とはかなり異なるタイプのようだ。

 それに、今の発言は二十八闘技場うちを擁護したようにも聞こえた。


「商機とはな。いかにも十九闘技場らしい言い方だ」


「言葉を飾らず興行に注力したからこそ、我が闘技場はランキング四位まで成長したのでしょう」


 シャードは挑発するように答える。ウェルヌス闘技場がかつてランク第三位でありながら、現在では第六位まで落ちていることに対する皮肉としか聞こえなかった。


「貴様……!」


 怒りの形相を浮かべてセルゲイが腰を浮かす。だが、さすがにここで掴みかかるほど短慮ではないらしい。彼はぶすっとした顔で座り直した。


「……人気を優先した八百長試合ばかりを繰り返す恥さらしが」


 その言葉に対して、シャードは大仰に肩をすくめる。その顔には皮肉げな笑みが浮かんでいた。


 そして、気まずい沈黙のあと口を開いたのは、今まで発言していなかった支配人だった。たしか、俺が入室する前から集まっていた四人のうちの一人だ。その事実に俺は嫌な予感を覚えた。


「第十九闘技場の行いも一考すべきでしょうが、こと興行であれば、もっと重大な問題があります」


 そして、その視線が俺を捉える。悪い予感は当たったようだった。


「皆様もご存知のとおり、最近、魔術師を剣闘士として登録し、試合をさせている闘技場があります。このことについて、皆様のご意見を伺いたい」


 その発言と同時に、参加者全員の視線が俺に集中した。魔術師を剣闘士登録している闘技場がどこかなど、言うまでもない話だ。


「剣闘士を馬鹿にしているとしか思えん。闘技場は武の道を追及する場所であって、魔法などという薄っぺらいものが入る余地はない」


 吐き捨てるように発言したのは、もちろんセルゲイ支配人だ。


「たしかに不愉快ですな。所属の剣闘士にも怒りを覚えている者は多くおります」


「それに流れ弾の危険性もあります。観客の安全を二の次にした利益追求はいかがなものか」


 次々と声が上がる。だが、続けて発言した二名もまた、一緒に集まっていた支配人たちだ。もともと俺を糾弾する予定だったのだろう。ひょっとすると、この流れについて打ち合わせていたのかもしれない。


「鍛え上げられた肉体と技のぶつかり合いこそが、剣闘試合の醍醐味でありましょう。これまでのよき伝統を破壊しようとしているようにしか思えませぬな」


「然り。見た目は派手だろうが、それは我々が追い求めてきた剣闘の在り方ではない」


 それにつられるように、他の支配人からも声が上がった。彼らは打ち合わせていたのではなく、もともとそう考えていたのかもしれない。だが、すでに過半数が否定的な見解を表明していた。


 とは言え、すべては今更の話だ。俺は意図的に戸惑った表情を浮かべる。


「そのようにお考えでしたか。魔術師の興行はお客様からもご好評を頂いておりますし、中にはそれを一番の楽しみとしてご来場してくださる方もいらっしゃいます。

 だからこそ、第二十八闘技場は栄誉ある【黒石廷】の称号を頂戴することになったのだと思いますが……」


 その言葉で数人の支配人が言葉に詰まる。二十八闘技場うちはランキング第五位であり、それより下位の闘技場は言い募ることが難しくなったのだろう。


「……それは剣闘試合の楽しみ方を知らぬ素人だ」


「素人の言葉を真に受けていては、まともな運営などできませんぞ」


 だが、数字で勝てなければ精神論を唱えてくる。それは予想していたことだった。


「素人でも大切なお客様です。鍛え上げられた技のぶつかり合いを見たいという気持ちになんの違いがありましょうか」


「大違いだ。戦士の技と魔法を一緒にするなど、不遜にもほどがある」


「はて……剣の道、槍の道。武の道にも様々な道があります。魔術師といえども、魔法について日々研鑽を重ね、自らを磨き高めていることに変わりはありません」


「魔術師どもに剣闘士の心構えが持てるはずがない!」


「――そこまでです。ここは特定の闘技場を吊るし上げる場ではありません」


 ヒートアップしたやり取りに水を差したのはレオン団長だった。セルゲイを始めとした支配人たちは不満そうに顔を歪めるが、反論することはできないようだった。


 表向きなのか、衷心からそう考えているのかは分からないが、この場で帝国政府が中立を保つつもりであるということは、非常にありがたいことだった。


 そう考えた時だった。


「――ですが、これは闘技場界の今後に大きく影響する話。しっかり話し合うべきだと思います」


 そんな言葉が、終わりかけた話を再び蒸し返した。ヴァリエスタ伯爵の代理人であるジークレフだ。彼は芝居じみた口調で周りを見回した。


「その通りだな。これは一闘技場の不始末ではなく、もっと大きな話だ」


「ヴァリエスタ伯爵はよい跡継ぎを持たれた」


 そこへ追従したのは、やはりセルゲイたちだった。レオン団長に再び口を出されることを警戒したのか、彼らは矢継ぎ早に言葉を並べる。


「ミレウス支配人は金儲けに腐心するあまり、闘技場の伝統を蔑ろにしている。非常に嘆かわしいことだ」


「左様。魔法という物珍しさで集客を図っているようだが、それは一時的なものでしかない。やがて魔法試合が取るに足らないものだと明らかになった時、剣闘試合まで低く見られてしまう」


「ミレウス支配人は、もう少し闘技場の歴史と伝統を学ばれてはいかがかな」


 強烈な皮肉を叩きつけたつもりなのだろう。彼らの顔には一様に達成感が見て取れた。だが、その程度の皮肉は聞き飽きている。


「伝統とは、時代とともに様々な検証・修正を経て受け継がれていくものです。伝統だからと盲目的に守られ、硬直してしまったルールに価値はありません」


 言葉を返しながらも、俺はこっそりジークレフを注視していた。ずっと沈黙していた彼だが、今の発言は明らかに二十八闘技場うちにとって不利益をもたらすものだったからだ。


 それが彼の悪意からくるものなのか、それとも真に闘技場の未来を憂えた発言なのか、今の時点では判断がつかなかった。


「貴様! 我々が受け継いできたものを無価値だと……!」


「無価値にしたくないからこそ、様々な試みを行っているのです」


「詭弁だ!」


 そうして、激昂した支配人たちと俺の間で言葉の応酬が繰り返される。彼らに言い負かされるとは思わないが、彼らも退くつもりはないのだろう。まるで泥仕合だ。


「私は私の、皆様は皆様の信じる剣闘試合をお客様に提供する。それでよいのではありませんか? 私の行いが間違いであれば、来場者数という形で結果が出ることでしょう」


「そうは行くか! お前の闘技場に奪われた客は、魔術師の試合に飽きればもう剣闘試合に興味を示さないだろう。そうなってからでは遅いのだ!」


「その通りだ。第二十八闘技場の行いは、我々にも被害が及ぶ。勝手を許すわけにはいかん」


「それは経営努力の問題だと思いますが……一つ言っておきます。たとえすべての支配人に批判されようと、私は魔術師の剣闘士登録をやめるつもりはありません」


 俺はきっぱりと言い切る。彼らはなんだかんだと難癖をつけてきているが、そこに法的拘束力はない。俺が気にしないと決めれば、彼らの言葉にはなんの重みもない。


 ……そのはずだった。


「――つまり、帝国法で魔術師を組み込んだ剣闘試合を禁止するかどうか。議題はそういうことですか?」


 そう口を開いたのは、またしてもジークレフだった。場に出た意見を集約しているように見せかけているが、その内容は非常に攻撃的なものだ。俺はかすかに眉をしかめた。


「お、おお! その手がありましたな」


「二十八闘技場が会議に出席できなかった去年はともかく、今年はこうして顔を出しているのだ。公平な議論ができる以上、帝国法にて規範を確立することも可能ですな!」


 魔術師反対派が俄然として盛り上がる。俺からすれば、うちの闘技場だけを狙い撃ちにした嫌がらせでしかないが、それでも数は力だ。

 この闘技場連絡会議の決定を受けて帝国が魔術師の試合に規制をかけた場合、さすがに従わざるを得なくなる。そうなれば、様々なものが台無しになってしまう。


「帝国貴族の方々はお忙しい身です。私怨でたった一つの闘技場を陥れるためだけに、法を整備させるのはいかがなものかと」


「闘技場界の未来のためだ」


「保身のため、の間違いにしか聞こえませんね」


「なんだと!」


 そんなやり取りが続いた後、俺たちの視線は自然と一か所に集まった。実際に帝国法を変え得る人間。それはつまり、帝国政府サイドの人間だ。


「……規制の是非については、この場で拙速に判断すべきものではありません。持ち帰って検討させていただきます」


「……っ」


 レオン団長の言葉を受けて、ジークレフの顔がわずかに曇った。やはり彼は反対派なのだろう。父親のヴァリエスタ伯爵が比較的好意的だったため、正直に言えば残念だった。


 ディスタ闘技場は長年一位の座に君臨してきた闘技場であり、その影響力は他の闘技場を大きく凌ぐ。正直に言って痛手だ。


 また、団長の言葉も俺に衝撃を与えるものだった。てっきり一笑に付されると思っていたジークレフの案を、検討すると宣言したのだ。

 帝国貴族でもある彼らに忖度したのかもしれないが、魔術師による剣闘試合を法的に禁止される可能性は残ってしまった。万が一にも実行されれば、それは悪夢でしかない。


「……さて、そろそろ時間となりました。様々な議題を共有し、議論できたことはとても有意義であったと考えます」


 と、俺が善後策を練っているうちに、いつしか会議は閉会の運びとなっていた。どうやら、魔術師からみの話でかなりの時間を使ってしまったらしい。


 どう立ち回ればいい。誰が敵で、誰が味方になり得るか。


 閉会の口上を聞きながら、俺は卓についている支配人たちの顔をゆっくり見回した。


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