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追悼 Ⅰ

 帝都の襲撃から一か月余りが経った。街はその人口を大きく減らしたが、復興作業に伴う人々の流入も多く、ひっそりとした印象はない。


 もともと、短期的かつ局地的な戦いであったため、他の街からの物流が滞っていないことも復興が順調に進んでいる要因だろう。どう話をつけたのか、他国からも物資や人員の派遣が行われているようだった。


「……やはり、高くつくか」


「家屋の建材と被るものは、品薄で価格が高騰しています。それを見込んで建材を売りに来る商人も多いようですが、重量のせいで数は揃わないようですね」


 クロイク邸で、俺はダグラスさんと難しい顔をしていた。覚悟はしていたが、やはり二十八闘技場の修繕には時間がかかりそうだった。


 ちなみに、襲撃当日、深夜に家を訪ねてきたダグラスさんにはとても怒られた。ディスタ神殿に匿っていたはずの俺が脱走していたのだから、それも当然だろう。


 ただ、お説教は長くは続かなかった。親父の死を知ったからだ。遺体を見たダグラスさんは、すとんと表情が抜け落ちた様子で傍に立ち尽くしていた。


 その後、数日は姿を見せなかったが、ふらりと姿を現したダグラスさんは、副支配人として協力してくれるようになった。

 ただ、あれ以来、ダグラスさんはよく遠い目をするようになった気がする。


「少し遠い街へ買い付けに出るか? どうせ興行ができなければ暇だからな」


「そうですね……ただ、自宅の再建もままならない住民が大勢いる中で、闘技場が早々に完成してしまうと……」


「あまりいい印象はない、か。言われてみればそうだな」


「とは言え、街の復興が終わるまでのんびり構えるわけにもいきません。興行は生活の糧でもありますからね。被害の少なかった闘技場のいくつかは、そろそろ興行を再開するようです」


「それは羨ましい話だな。だが、こればかりは仕方あるまい」


 ダグラスさんは肩をすくめた。第二十八闘技場は半壊しているが、その主なものは親父が戦った時のものだ。

 ダグラスさんが崩落させた貴賓席などの被害もあるが、闘技場の四分の一近くが綺麗に木端微塵になっているのは、ダグラスさん曰く親父の仕業らしい。破壊跡に心当たりがあるそうだが……いったい何をすれば、こんな盛大な破壊跡ができるのだろうか。


 ともかく、二十八闘技場の半壊は親父が街を守った戦いの跡なのだ。それを恨めしく思うつもりはなかった。


「そこで、一つ考えたんですが……いっそのこと、今の闘技場で興行をしませんか?」


「む? あの損壊状況でか?」


試合の間(リング)と観客席。極端な話ですが、それさえあれば興行は可能です。できれば拡声魔道具は確保したいところですが……」


「だが、外壁はあの有様だ。人を配置することで侵入は阻止できるにしても、外から見えてしまうだろう」


「それでも構いません。特別大サービスです。普段からそうしていると問題ですが、今は非常時ですからね。復興支援の色を前面に押し出そうと思います」


「ふむ……」


 考え込むダグラスさんに、俺はもう一つの理由を語る。


「……それと、早いうちに親父の追悼試合をしようと思って」


 その言葉を受けて、ダグラスさんの顔がぴくりと動いた。しばらく沈黙した後、わずかに笑顔を浮かべる。


「あいつは賑やかなことが好きだからな」


「はい。この混乱のさなかでは、他の闘技場からスター選手を借りることは難しいかもしれませんが、できるだけのことはしようと思います」


「そうだな……『重震アクエイク』や『剣弩デュアル・レンジ』をはじめとして、多くの剣闘士が命を落としたからな」


「ええ……」


 心に苦いものが広がる。俺がマーキス神殿の防衛を託した上位ランカー二人は、激戦の末に命を落としていた。親父が戦った二十八闘技場や、俺が戦った六十二街区と同じく、敵の兵力が集中していた場所だ。マーキス神官にも大きな被害が出たという。


 それ以外にも、五十傑に入る優秀な剣闘士で戦死した者は多い。俺も経験したことだが、単独で戦う剣闘士に対して、あちらは連携して攻撃を仕掛けてくる。もともとの数の差もあり、彼らの実力を発揮しきれなかったことは間違いないだろう。


 救いは、彼らによって命を助けられた住民が非常に多いということだろうか。そのため、襲撃の渦中に助けてくれなかった帝国騎士よりも、剣闘士のほうに信頼が寄せられている。なんとも変な状況だった。


「拡声魔道具については、ディスタ神殿に交渉してみよう」


 ダグラスさんの声が、俺の想念を現実に引き戻す。


「ディスタ神殿、ですか?」


「先の戦いで、それなりに関係を築いたからな。説法や儀式用に拡声魔道具を多数所持しているだろう」


「たしかに……」


 ダグラスさんはディスタ神殿の防衛に大きく貢献して、貸しを作っている形だ。予備の拡声魔道具程度であれば、あっさり貸し出してくれる可能性が高かった。


「……この後、サイラスと会う予定がある。この件を伝えておこう」


 ダグラスさんが挙げたのは、二十八闘技場の実況者の名前だ。ちょうど休憩中に襲撃が始まったため、難を逃れることができたらしい。

 襲撃を知って放送室へ戻ろうとしたが、逃げる観客に押されて戻るに戻れなかったという。結局、放送室は火炎球ファイアーボールで焼き尽くされたことを考えると、本当に危ない所だった。


「ええ、お願いします」


親父の追悼試合に相応しい組み合わせ(カード)をどうしようか。片方は当然ユーゼフとして、できれば相手にも話題性や人気がある剣闘士を持ってきたいところだが……。


 そんなことを考えながら、俺はダグラスさんと別れた。




 ◆◆◆




 重たい音を立てて、雨が延々と降り続く。水滴が屋根を叩く音を聞きながら、俺はユーゼフと向かい合っていた。


「へえ、親父の追悼試合だって?」


「ああ。盛大な葬儀は上げられないが、俺たちなりのやり方で親父を送ろうと思う」


「たしかに、僕たちにしかできないことだね」


 ユーゼフの表情が引き締まる。半壊した闘技場のまま試合をすることを伝えると、彼は面白そうに笑った。


「それは考えつかなかったな。やっぱりミレウスは思い切ったことを考えるね。ただ……」


 同意しながらも、ユーゼフは少し難しい顔を見せた。


「僕はまったく気にしないけど、壊れた闘技場で戦っても構わないと、そう言ってくれる人物がどの程度いるかな」


「たしかにな……」


 剣闘士は実力が命とは言え、人気商売であることも事実だ。彼らの格に合わない闘技場で戦うことは、彼らが許しても各支配人が許さないだろう。


 俺が人選に悩んでいると、ふとユーゼフが笑顔を見せた。


「……何か企んでないか?」


 一見すると爽やかな微笑みだが、子供の頃からの付き合いだ。悪戯心を覗かせていることは分かった。


「企んでいるわけじゃないよ。……ただ、ほぼ確実に試合に応じてくれる剣闘士を一人知ってる。彼なら人気も知名度も申し分ない」


「……そんな人間がいるか?」


 首を傾げる。しばらく考えたが、該当する人物は一人も出てこなかった。そんな俺を見て、ユーゼフは楽しそうに口を開いた。


「この一か月というもの、親父と同じくらい賞賛されている剣士がいるだろう?」


「親父と? ……『重震アクエイク』たちか?」


 そう答えると、ユーゼフは仕方ないな、とでもいうように肩をすくめた。


「彼らも賞賛されているけど、そうじゃない。故人とは戦えないからね」


「うーん……」


 他に思い当たる人物はない。唸っている俺を見るユーゼフは、なぜか苦笑気味だった。


「まあ、近すぎて見えないということはよくあるからね。いくらミレウスでも気付かないか」


「それで、誰なんだ? 降参するから教えてくれよ」


 答えを急かすと、ユーゼフは再び悪戯小僧のような表情を浮かべた。


「あの襲撃時に大活躍した剣士がもう一人いただろう? 巷では『極光の騎士(ノーザンライト)』と呼ばれているそうだけど」


「それは――」


 予想外の回答に俺は目を見開いた。たしかに、その噂を耳にする機会は多かった。


 マーキス神殿前で盛大に戦ったことはもちろん、流星翔ミーティアスラストを使って進路上にいる敵部隊を壊滅させていったこと、そして六十二街区での戦いについても、大げさに語り継がれているようだった。

 いったいどこに目撃者がいたのかと思うが、俺が考えていた以上に家屋に隠れて生き延びた住民は多かったらしい。


 今回の殊勲者は明らかに親父だが、闘技場という目撃者がほとんどいない空間で戦っていたことから、『極光の騎士(ノーザンライト)』の噂のほうが大きく広まっていた。


 英雄扱いは過剰だと思うが、襲撃を経て疲弊した彼らには拠り所が必要なのだろう。誇張された活躍を、俺はそう解釈していた。


「あれから一か月以上が経った今でも、巷では彼の噂で持ち切りだよ。帝都の危機に颯爽と現れた正体不明の英雄ってね。

 剣を一振りするごとに数十人の敵が倒れ、放った雷が数百人をまとめてうち滅ぼす。奇跡の光に包まれた騎士は、単身で敵の大軍に挑み、そしてこれを殲滅した」


「物凄く誇張されてるし、そもそも『極光の騎士(ノーザンライト)』って何なんだよ……」


 机に突っ伏して小さく反論する。初めて噂を聞いた時には、不思議な呼び名がついていたせいで自分のことだとは気付かなかったくらいだ。

 決戦仕様オーバードライブ時の魔導鎧マジックメイルは変色光を放っていたらしく、そこから大仰な二つ名がついたのだと気付いたのはだいぶ後になってからのことだった。


「どうだい? 話題沸騰中の彼なら、人気も知名度も申し分ない。断ることもないだろう。何しろ、親父の追悼試合だしね」


 悪戯が成功した子供のように、ユーゼフはニヤリと笑った。


「昔、親父が言っていただろう? 僕とミレウスが試合の間(リング)で戦う時を楽しみにしてるって」


「ああ、そうだったな……」


 それは子供の頃の話。俺にもまだ筋力の伸びしろがあると考えていた頃のことだ。俺を気遣ってか、いつしか親父はその類の話をしなくなっていた。それが、こんな形で実現できるとは皮肉な話だ。だが……。


「ミレウス、魔導鎧マジックメイルは自分の力じゃないから駄目だ、とか言わないよね?」


 俺の思考を先回りしたようにユーゼフが口を開いた。


「魔法の武具を持っている剣闘士はいくらでもいる。僕だってそうだ。だけど、他の剣闘士の誰よりも、僕はあの魔剣の力を引き出せる。だから卑怯だとは思わない。

 それに、ミレウスは魔法行使機能を気にしているけど、剣闘士の中には魔法が使える装備品を身に着けている人間もいる。けど、誰も文句を言わないだろう?」


「だが、あの魔導鎧マジックメイルの性能は破格すぎ――」


「だったら、こういうのはどうだい? 『極光の騎士(ノーザンライト)』の正体がミレウスだとは明かさない。『極光の騎士(ノーザンライト)』は正体不明の英雄のまま、闘技場で戦えばいい」


 俺はユーゼフの言葉に悩んだ。だが、正体がなんであれ、実力以上の力を与えられて試合の間(リング)に上がっていいものだろうか。沈黙する俺に、ユーゼフはもう一言付け加えた。


「ミレウス。二十八闘技場を帝都の一番の闘技場にするんだろう? 帝都一の闘技場に何が必要か、君のほうがよく分かっているはずだ」


「っ――!」


 その言葉は強烈に響いた。あの日親父に誓ったことは、並大抵の手段では為せない。規模などの問題に加えて、強い剣闘士を擁することが必要だ。ユーゼフは上位ランカーだが、上位の闘技場は複数の上位ランカーを擁しているところがほとんどだった。


「もちろん、あの魔導鎧マジックメイルの回数制限のことは覚えているよ。でも、ランキングから抹消されないギリギリの回数だけ試合をこなしていけば、十年くらいは順位を維持できるはずだ。

 そして、魔導鎧マジックメイルの起動回数がゼロになったら、さっさと引退宣言を出せばいい。武者修行に出るとか言ってね」


「それは……その通りだ」


 ユーゼフの言葉は正しい。魔導鎧マジックメイルを身に着けて、『極光の騎士(ノーザンライト)』として闘技場で戦う。俺個人としての引っ掛かりはあるが、闘技場を押し上げるためには、不可欠だと言っていい。


 長い沈黙の後、俺は口を開いた。


「十年は無理かもしれないな。まず試合で上位ランカーに勝ち続けて、ランキング十位以内に入る必要がある。低順位をキープしていても意味がないからな。

 そこまで持っていくのに二十回以上戦う必要があるだろうから……もって三、四年といったところか」


 それは、思いのほか短い期間だった。しかも、これは剣闘試合に全勝したとしての話だ。だが、闘技場を押し上げるためには、やるしかない。


「ミレウス、やる気になったみたいだね」


 俺の顔を見て、ユーゼフは嬉しそうに笑った。そして、腕を軽く振り上げる。それは昔からの習慣で、それでいてここ数年はしていなかった動作だ。


「……追悼試合で『金閃ゴールディ・ラスター』に勝てば、上位ランカーとの試合が組みやすくなるな」


「だとしても、敗けるつもりはないよ? 僕以外の上位ランカーたちに全勝すれば、ランキング二位にはなれるさ」


「狙うなら一位、だろう?」


 そして拳を打ち合わせる。久しぶりの動作は、それでもしっかりと噛み合っていた。



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