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離別 Ⅰ

 身体が跳ね飛ばされ、何度か地面をバウンドする。突然のことに呆然とした俺は、周りの景色が変わっていることに気付いた。


「戻ってきた……のか」


 周囲に広がっているのは、半壊した六十二街区の光景だった。


 そうだ、思い出した。次元斬ディバイドの連続使用で亜空間に穴を開けたまではよかったのだが、穴を大きくし過ぎたせいか、亀裂をくぐった直後に大爆発が起きたのだ。


 その衝撃で、俺は吹き飛ばされるような形でこちらの世界へ戻ってきたのだった。


「……ん?」


 きょろきょろと周りを見回すと、予想外のものが視界に映った。


「……まあ、俺の近くにいたからな。あり得ない話じゃないか」


 地面に倒れていたのは、すでにこと切れたあの魔術師だったのだ。クリフが魔法補助装置と呼んでいる全身鎧フルプレートも、爆発の影響か半壊してボロボロになっていた。


 そうして、魔術師の亡骸から視線を移そうとしたとき、兜が壊れて顔が見えていることに気付く。

 難敵だった魔術師の顔を見ておこうと、俺は魔術師の傍へ歩を進めた。顔が判別できる距離まで近付いた俺は、軽い驚きに見舞われた。


「エルフ……?」


 細めの顔立ちに長い耳。まだ若いように見えるが、エルフは長命だ。実際にどれくらいの年齢であるかは分かりようがなかった。


 しかし、納得できたこともある。エルフは魔力の扱いに長けているうえに長命だ。魔法の研鑽を積み重ねたエルフであれば、(ゲート)のような高度な魔法を使いこなすこともできるのだろう。


「けど、なんでエルフが加勢するんだ……?」


 帝都でエルフを見ることはほとんどない。彼らは里に籠もっており、人間とはあまり関わらないと聞く。興味がないのだろう。

 とは言え、どの世界にも変わり者の一人や二人はいてもおかしくない。願わくば、(ゲート)を使えるような変わり者の魔術師はこのエルフで打ち止めにしてほしいものだ。


「さて……」


 周りを見渡すと、俺を中心として、十メテルほどのクレーターができていた。(ゲート)から脱出した時の爆発によるものだろうが、意外と被害は少ない。爆発の大半はあの亜空間に作用したのだろうか。


 そして、周囲にはまったく人の気配がなかった。敵兵の一人や二人は残っていると思ったのだが、全員が(ゲート)に飲み込まれたのだろうか。


 それに、なんだか帝都全体の雰囲気が変わった気がする。そう言えば、遠方からずっと聞こえていた戦いの喧騒が聞こえない。撤退でもしたのだろうか。


広域知覚エリア・パーセプション、起動」


 そう訝しんだ俺は、再び街全体の俯瞰図を呼び出した。やはり、戦いは終結しているようだ。敵兵はまだ存在しているが、一様に帝都から逃げ出しているようだった。


「何があった……?」


 あの魔術師の口ぶりだと、指揮官が街のどこかにいたようだが……そいつが倒されたのだろうか。


 俺は俯瞰図の高度を下げた。指揮官がいる場所に心当りがあったからだ。ここへ来る道中で、やたら大勢の兵士が集まっていた場所。指揮官がいるとすれば、おそらくあそこだろう。


 視点の高度を下げると、半壊した二十八闘技場の様子が少しずつ見えてくる。敵兵やモンスターが破壊した施設や、ダグラスさんが崩落させた貴賓席。その後も破壊活動は続いていたのか、俺が闘技場を脱出した時よりもさらにひどい状況になっていた。


「修繕にいくらかかるんだ……」


 半ば無意識に損害額を計算した俺は、その恐ろしい結果に溜息をついた。今までの蓄えをすべて放出しても足りるかどうか分からない。国から補助金でも出ればいいが……。


 そんなことを考えていた時だった。闘技場の中心、試合の間(リング)の中央で誰かが倒れていることに気付く。その映像が見えた瞬間、ざわりと胸が騒ぐ。


 そして、俺はさらに広域知覚エリア・パーセプションの高度を下げる。だが――。


広域知覚エリア・パーセプションは魔力消耗が激しいため、これ以上は起動できません。魔力残量はほぼゼロになりました』


 ふっと俯瞰図が消え去り、クリフの声が響く。


「ああ、そういうことか……」


 その言葉に納得する。そう言えば、暴走した(ゲート)から脱出する時に警告されていたな。


 そんなことを考えながらも、俺の意識はさっき見た映像に向けられていた。嫌な予感をうち消すためにも、早く闘技場へ向かいたかった。


「クリフ、広域知覚エリア・パーセプション以外の魔法ならまだ使えるのか?」


『可能ですが……すぐに魔力切れになるかと』


「それでもいい。流星翔ミーティアスラストは?」


『短時間なら可能ですが……飛行中に魔力が切れた場合、墜落することになりますよ』


「この鎧なら、墜落の衝撃くらい耐えられるだろう?」


『……まあ、命に別状はないでしょうね』


 クリフの回答を確認するなり、俺は流星翔ミーティアスラストを起動する。目指す先は第二十八闘技場だ。


「……ん?」


 だが。しばらく飛んでいると、流星翔ミーティアスラストの高度が不自然に下がり始めた。


主人マスター、魔力が尽きました。着地時の衝撃に注意してください』


 クリフの言葉が終わると同時に、俺は石畳に接地する。かなりの勢いがついていたため、受け身を取りつつもゴロゴロと転がる。やがて家屋の壁に激突した俺は、ようやくその勢いを止めることができた。


「よし、怪我はないな」


 身体の各部に意識をやるが、特に負傷した箇所はない。そのことにほっとして立ち上がろうとした俺は、思わずよろめいて膝をついた。身体が重い。……いや違う。魔力が尽きて、筋力強化フィジカルブーストが切れたのだ。


「ここまでか……」


 俺は鎧を外す決意をした。この鎧なしで街を歩くのは心細いが、魔力が切れた今となっては、鎧が重くて動けないほうがよっぽど大きな問題だ。


 俺は重たい鎧を着込んだまま、手近な廃墟まで移動した。そして屋内へ入り込むと、魔導鎧マジックメイルを取り外していく。


「この魔導鎧マジックメイルのおかげで助かった。……ありがとう」


『礼には及びません。主人マスターをサポートすることが私の使命ですからね』


「ひとまずこの建物に隠しておくが、戦いが終わったら取りに戻ってくる」


 そう伝えると、クリフは驚いた様子だった。


『この私を放置するとは驚きですね……物盗りにあっても知りませんよ』


「……悪い」


 その可能性は低くない。だが、今は鎧を担いで移動している暇はない。そんなことを考えていると、追加で念話が飛んでくる。


『……と言いたいところですが、仕方ありませんね。魔力が回復し次第、隠蔽の結界を張っておきますから、早く回収しに来てください。……主人マスター、お気を付けて』


 俺はクリフに別れを告げると、他人に見つからないよう魔導鎧マジックメイルを見つかりにくい場所に隠す。クリフは結界を張ると言ってくれたが、念には念を入れよう。それに、魔力が回復するまでに見つかってしまっては意味がない。


 そして、魔導鎧マジックメイルを隠した俺は、崩れた壁をまたいで屋外へ出た。


「……急ごう」


 一人呟くと、俺は第二十八闘技場へ駆けだした。




 ◆◆◆




「ひどい壊れようだな……」


 夕陽に照らされた第二十八闘技場を目の当たりにして、俺は思わず呟いた。広域知覚エリア・パーセプションで把握していたものの、こうして肉眼で見るとなんとも言えない実感が湧き起こる。


 数刻前は兵士で埋め尽くされていた闘技場前だが、今は誰もいない。俺が墜落した時に倒した敵兵の骸はあったが、それも半分程度の数でしかない。残っているのは帝都の住民のものばかりだった。


「回収したのか……?」


 そう考えたものの、あまりにも効率が悪い。それとも高火力の魔法で燃やしてしまったのか。所々に見える黒い焦げから、そんなことを想像する。


 転がる遺体を踏まないように気を付けながら、俺は二十八闘技場の中へ踏み込んだ。勝手知ったる闘技場の内部を、犠牲者の冥福を祈りつつ進んでいく。


 ――もうすぐだ。もうすぐはっきりする。膨れ上がる胸騒ぎを抑えつつ、俺は小走りで闘技場の中心へ向かう。


 そして、俺はついに試合の間(リング)の端に辿り着いた。


「……ユーゼフ?」


 最初に目に入ったのは、見慣れた幼馴染の金髪だ。彼はこちらに背を向けてしゃがみ込んでいて、俺には気付いていないようだった。そして、その向こう側に横たわっている人物は――。


「親……父……?」


 思わず走り出す。ユーゼフの背中に隠れて顔は見えないが、分からないはずがない。


「ミレウス! 無事だったのか!?」


 ようやく俺に気付いたのか、ユーゼフが振り返った。


「ああ、なんとかな」


 走りながら答える。だが、今は詳しく説明している時ではない。俺はユーゼフの隣に並んで……そして目を見開いた。


 大の字になって試合の間(リング)の中央で倒れていたのは、やはり親父だった。だが、目は虚ろだし、いつもの溢れるような生気も感じられない。姿だけを親父に似せた別人だ。そう言われたほうがよっぽど納得できた。


「ミレウスか……?」


 だが。そのかすれた声は、やはり親父のものだった。


「よかったな……鎧、似合ってんじゃねえか」


 続く言葉は意味が分からなかった。自分の身体を確認するが、鎧らしいものは何も身に着けていない。


「親父、まさか目が見えてないのか……?」


 死相の浮いた顔を見つめる。顔はこちらを向いているが、音と気配で察知しているだけなのかもしれない。


「それより、一体何があったんだ……?」


「……どうやら、親父はここで敵の大軍とやり合ったみたいだね。僕がここに着いたのは、すべての決着が着いた後だったよ」


親父に代わってユーゼフが答える。その言葉で、俺はこの闘技場に大軍が詰めていたことを思い出す。あれは親父が戦っていたのか。


「じゃあ、そいつらにやられたのか……!?」


 俺は唇を噛み締めた。あの時、親父の存在に気付いていたら。もし共闘していたなら、もっと違う未来があったのかもしれない。そう悔んでいると、親父が小さく笑い声を上げた。


「へっ……ここは『試合の間(リング)』で、俺は不敗の闘神だぜ? 負けるわけがねえ」


「だけど――」


 言いかけたところで気付く。たしかに、親父の身体に致命傷は見受けられない。……だが、それならなぜこんなに生気がないのか。


 そう考えた時だった。ふと顔に熱気を感じた俺は、親父の顔に手を当てた。そして、その熱の高さに顔を顰める。


「なんだよこの熱! 待ってろ、すぐ医者と治癒術師を連れてくる!」


 そう言って腰を浮かせた俺だったが、なぜかユーゼフに止められる。思わず怒鳴り声を上げそうになった俺を、親父の言葉が制止した。


「無駄だ、やめとけ……これは病気じゃなくて呪いだからな。あいつが解呪できない以上、誰にも解けねえよ」


「呪い? ……何を言ってるんだ?」


親父の唐突な発言に眉根を寄せる。ここで倒した魔術師が、最後の力を振り絞って呪いをかけたのだろうか。


「……昔、倒した古竜エンシェントドラゴンに呪いをかけられてな……普段は闘気で呪いを抑えてたんだが、戦いで闘気を使っちまったからな……」


「なんだよ、それ……」


 思わぬ告白に絶句する。冒険者時代の傷のせいで万全ではないと聞いていたが、それが古竜エンシェントドラゴンの呪いのせいだとは思いもしなかった。見れば、ユーゼフも青い顔をしている。


「じゃあ、闘気を使っていた時は……」


「ユーゼフ、気にするな。お前に見せた程度の闘気なら、呪いの進行に影響はねえよ……ま、影響があったとしても、お前に教えただろうがな」


「……」


 ユーゼフは黙って親父の顔を見つめる。その手は固く握りしめられており、自分の爪が食い込んで血が滲んでいた。


「がはっ――!」


 と、親父が盛大に咳き込んだ。湿った音とともに、大量の血が吐き出される。その血液は異常に赤黒く、呪いによる変質を感じさせた。


「ちっ……ここまで……か……」


 それが引き金になったのか、親父の容態は一気に悪化していた。呼吸音は浅く不規則になり、身体は火のように熱い。もはや声は聞き取れないほどに小さくなっていた。


「何言ってるんだよ、まだこれからだろ! 闘技場も、俺もユーゼフも、エレナ母さんやヴィーも! まだ親父が必要なんだよ!」


 俺は思わず叫んでいた。『闘神インカーネーション』が。最強の剣闘士が。快活で生気に満ち溢れた親父が、道半ばで倒れるはずがない。


「お前らは立派になった……もう、俺がいなくても大丈夫だ」


 だが、親父の生気は薄れる一方だった。譫言うわごとのようにぽつりぽつりと言葉を続ける。


「エレナとヴィーに一目会いてえなぁ……今度、新作のパイを試す約束だったのによ……」


「あいつらにゃ心残りはねえが……どうせ辛気臭えツラをするんだろうな……」


「闘技場も……客席が埋まるようになってよ……初めて満席になった時は嬉しかったな……」


 どれくらい言葉を零しただろうか。親父は再びゴボッと咳き込んだ。先程の倍近くの血液が口から零れ落ちて試合の間(リング)を濡らしていく。


「へへ……こりゃ本格的にお迎えが来たな……ミレウス、いるか……?」


 もはや気配で察知することもできないのだろう。わずかに動いた親父の手を、俺は両手で握りしめた。


「親父、ここだ」


 すると、親父の表情が少しだけ緩んだ。


闘技場ここの運営は……お前に任せたぜ……お前になら、安心して託せる……」


「……分かった」


 まだ死ぬな。諦めるのは早い。そんな言葉を無理やり飲み込んで、俺は静かに頷いた。もう励ましの段階は過ぎている。今、俺にできることは、託された後事を受け入れることだけだった。


「本当はよ……この闘技場が大人気になって……詰めかけた客が夢中で試合を観て……そんな闘技場になるところを見届けたかった……」


「……っ!」


 そこには親父らしくない無念の響きが籠もっていた。初めて見た感情の発露に、俺の心が揺さぶられる。歯を食いしばると、俺は滲む視界で親父に誓った。


「必ず……必ずこの闘技場を帝国一の闘技場にしてみせるからな! あの世でちゃんと見てろよ!」


「へへっ、上等だ……」


 苦痛に苛まれているはずの親父は、それでも嬉しそうに笑う。


「ミレウス、ユーゼフ、後は頼んだぜ……俺は一足先にいなくなるが……お前らなら大丈夫だ。なんと言っても……がはっ――」


 三度目の吐血が言葉を遮る。だが、それでも親父は言葉を止めなかった。


「――お前らは、俺の自慢の息子だからな」


 それは、死に際とは思えない誇らしげな表情だった。同時に、掴んでいた親父の手から力がふっと抜ける。


「……親父?」


 呼びかけても返事はなく、ぴくりとも動かない。さっきまで高熱に侵されていた身体が、次第に熱を失っていく。俺は呆然とその様子を見つめていた。


 ――ミレウス、今日からお前はうちの家族だ。遠慮すんじゃねえぞ?


 ――今日からお前は支配人補佐だ! ……へへっ、誰にも文句なんて言わせねえよ。


 ――いいか。剣闘士でなくても、闘技場の運営ができなくても、お前はれっきとした家族なんだからな。間違えんなよ。


 親父にもらった言葉が、次々に浮かんでは消えていく。大切な言葉から何気ない言葉まで、無数の記憶が再生され、尽きることはなかった。


 涙を堪えるように天を仰ぐと、俺はぐっと奥歯を噛み締める。そして、声にならない声で親父に別れを告げた。


 ――じゃあな、親父。今まで……本当にありがとう。



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