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反撃 Ⅰ

【支配人補佐 ミレウス・ノア】




「あと少しなんだけどな……」


 建物の陰から様子を窺い、さっと頭を引っ込める。魔導鎧マジックメイルを置いている自宅はもう目と鼻の先だ。


 大地ティエリア神殿を出た俺は、敵と一度も戦うことなく自宅近くまで戻ってきていた。気配察知には自信があるが、こうも上手くいくとは予想外だった。

 これは見つかるだろうという場面でも、たまたま敵部隊に別の指示が出されたり、モンスターの興味が他に移ったりといった幸運が続き、ここまで帰ってこられたのだ。


 だが、その幸運もここまでなのか、俺の家のすぐ目の前に敵部隊が陣取っていた。急がなければ、別のモンスターや部隊に見つかってしまう可能性は高い。そうなれば挟み撃ちだ。しばらく悩んだ俺は、家の裏庭を目指すことにした。


「問題は、どうやって塀を乗り越えるか、だな」


 クロイク家の裏庭はほぼ訓練場と化している。そして、トレーニングを邪魔されることを嫌った親父の意向で、高い塀に囲まれているのだ。そのせいで、裏から入るためには塀をよじ登る必要があった。


 潜んでいた建物からぐるりと回り込み、家の裏手を目指す。そして最後の角を曲がろうとした俺は、再び建物の陰に潜むことになった。


「こっちもか……」


 思わずボヤく。こちら側にも敵が居座っていたのだ。と言っても部隊ではなく、カマキリのようなモンスターだ。体長は三メテル近くあり、その巨大な鎌で隣家の庭を一心不乱に掘っている。


 何をしているのか、と目を凝らした俺の顔が強張った。あの辺りには地下室があったはずだ。緊急時の避難先だよ、と笑いながら教えてくれた隣人の言葉が甦る。


 その瞬間、何かが崩れた音がした。地面に開いた穴の下には、何らかの空間があるようだった。


「――っ!」


 小さい悲鳴。それは必死で押し隠したものだろうが、俺の耳にはっきりと届いた。男所帯で大変だろうと、何かと世話を焼いてくれたおばさんや、不思議と俺に懐いてくる子供。たとえ小さくても、聞き間違えることのない声だ。


「くそっ……!」


 俺は剣を片手に走る。獲物を前にして周囲の警戒が疎かになっているのか、モンスターが俺に気付いた気配はない。後ろから近付くと、助走の勢いを乗せて左足の鎌を叩き切る。


「無駄に頑丈だな……!」


 思わず毒づく。脆い関節部分を狙った一撃だったが、それでも断ち切ることはできなかったのだ。にもかかわらず、俺の腕は痺れていた。剣を取り落とさなかったことが奇跡のようなものだ。やはり柔らかい腹部を狙うしかないらしい。


 ただ、その甲斐あって左の鎌はだらんと垂れ下がっており、まともに動くことはもうないように思えた。


「キシャァァァッ!」


 怒り狂った声を上げて、モンスターがこちらへ向き直る。だが、それこそ俺の待っていたものだ。モンスターがこちらへ向き直った頃には、俺の剣がその腹部をざっくりと斬り裂いていた。


「おっと」


 モンスターの右鎌が俺目がけて振るわれる。身を沈めてそれをかわすと、再び俺は剣を腹部に突き立てた。


「ギジィィィ!」


 剣を腹部に埋め込まれ、カマキリが狂ったようにのたうち回る。その動きに巻き込まれないよう跳び退こうとした俺だったが、手が動かない。剣は思いのほか深くまで突き刺さっており、俺の膂力では引き抜くことが難しかった。


「ぐっ!?」


 モンスターの無秩序な動きに対応しきれず、その脚が俺の脇腹を打った。とっさに腕で防御したものの、そのまま数メテルほど吹き飛ばされる。


 急いで立ち上がり、追撃を警戒する。だが、剣を失った俺に何ができるだろうか。モンスターの腹部に埋まった剣を見つめながら、他に武器になりそうなものがないか周囲を見回す。


「倒した……?」


 だが、その心配は杞憂に終わったようだった。その場で暴れもがいていたモンスターの動きは次第にゆっくりとしたものになり、やがて完全に動きを止めた。


 それを確認すると、モンスターの腹部に刺さった剣の柄を握り、腹部に足をかけて全力で引き抜く。しばらくの苦闘の後、ズルリという感触とともに剣が魔物の体内から引き抜かれた。


「大丈夫でしたか?」


 そして、地面に空いた小さな隙間から顔を覗かせる。すると、暗がりの中から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ミレウス君!?」


「家に用事があって戻ってきたんです。間に合ってよかった」


「助かったわ。もう死ぬかと思った」


「ミレウス兄ちゃん!」


 二人が声を上げる。おじさんがいないところを見ると、仕事で留守にしていたのだろうか。


「っ――静かに」


 俺は鋭い声で注意すると、耳を澄ました。複数の気配が近寄ってくる。おそらく家の前にいた部隊だろう。あれだけモンスターが鳴き声を上げていたのだ。怪しんで当然だろう。


「敵兵が近付いています。このまま隠れていてください」


 モンスターはなんとか倒せると踏んでいた俺だが、敵部隊と交戦した場合の勝ち目はゼロだ。なんとかやり過ごすしかない。

 俺は近くにあった瓦礫で地下室に繋がる穴を塞ぐ。近くにはモンスターの死骸もあり、暴れた形跡も至る所に刻まれている。ここに瓦礫があっても違和感はないだろう。


 だが、大きな問題が一つ残る。このモンスターを倒したのは誰か、ということだ。敵部隊が死骸を見れば、ついさっき息絶えたということは分かるだろう。となれば、敵対者が近くにいるということで、付近を徹底的に捜索される可能性があった。


「……梯子を借りますね」


 勝手知る隣家の小屋へ入ると、俺は一番長い梯子を肩に担いだ。そして、急いで自分の家の塀に立て掛ける。それでも高さは足りないが、手を伸ばせばなんとか天辺に届くはずだ。


 そうして塀の上によじ登った俺は、爪先で引っ掛けておいた梯子を引き上げ、塀の中へ放り投げる。これで準備は完了だ。なんとか塀によじ登ったという姿勢のまま、敵部隊が姿を現すだろう方角を睨み続ける。


「さっきの鳴き声はなんだ」


「さあな。モンスターが生き残りを見つけて殺してたんじゃないか?」


「それにしては緊迫していなかったか?」


 そんな言葉とともに、建物の陰から敵部隊が現れた。彼らはすぐモンスターの死骸に気付いたようで、慌てた様子でそちらへ駆け寄る。


「魔物が倒されている!?」


「まだ時間は経っていない。この辺りに倒した奴がいるはずだ。探せ!」


 そうして周囲を見回した彼らが、隣家の塀によじ登っている俺を見つけるまでに時間はかからなかった。俺と目が合った兵士がこちらを指差して叫ぶ。


「いたぞ! 隣の家だ!」


 その言葉に少し遅れて、矢と火炎球ファイアーボールが放たれる。顔見せがすんだ俺は、塀を飛び降りると家の裏口へ駆け出した。


「中に入ったぞ! 追え!」


「この塀は……表から入った方が早いか!?」


 そんな声に口の端をつり上げる。計算通りだ。一度表へ回るとなれば、多少の時間は稼げる。少なくとも魔導鎧マジックメイルを着込む時間はあるだろう。


 だが、その目論見は早々に打ち砕かれた。けたたましい破壊音とともに、塀の一部が砕かれたのだ。おそらく魔法によるものだろう。


「ちっ……」


 思わず舌打ちをする。隣家から狙いを逸らすことには成功したが、時間稼ぎには失敗した格好だ。


「いたぞ! 殺せ!」


 塀の穴から敵部隊が侵入し、号令とともに再び矢や魔法が放たれる。当たりそうだった矢を剣で斬り払い、俺は全力で裏庭を走った。訓練場となっている裏庭は広く、家の裏口まではまだ遠かった。


 俺を狙った攻撃が付近に着弾し、至る所から煙が上がる。その中を必死で駆け抜けると、俺は家の裏口へ飛び込んだ。


 荒い息をつきながら、後ろ手で裏口の鍵を閉める。僅かな時間稼ぎにはなるだろう。露骨な痕跡を残さないよう気を付けつつ、俺は自分の部屋へ駆け上がった。


「探せ! この中にいるはずだ!」


 部屋の扉を閉めると同時に、敵部隊が裏口から雪崩れ込んでくる。だが、この家は意外と部屋数が多い上に、俺の部屋は二階の奥まったところにある。すぐ見つかるということはないだろう。


 そう自分を安心させながら、俺は魔導鎧マジックメイルが隠してあるクローゼットへ走り寄る。そして音が響かないように慎重に、かつ素早くクローゼットを開いた。


 記憶通り、魔導鎧マジックメイルはクローゼットの奥に所狭しと押し込まれていた。焦りで上手く動かない手を律しながら、なんとか重い鎧を身に着けていく。


『――おや、久しぶりですね。主人マスター


「緊急事態だ。力を借りる」


『もちろんですとも。むしろ、もっと頻繁に頼って頂いても構わないのですが……』


 クリフの念話に答えることなく、俺は黙々と鎧を身に着ける。その様子で察したのか、クリフは軽口を叩くことなく静かに待機していた。


「どこかの部屋に隠れているはずだ! 逃がすな!」


 二階に上がってきたのだろう。敵の声が聞こえてくる。ドタドタという足音は、奴らがすぐ近くまで迫っていることを示していた。


「間に合え……!」


 籠手と一体化した左腕部に手を滑り込ませると、次いで右腕部を装着する。そして最後に兜を両手で持ち上げた瞬間、扉がバンと開かれた。


「いたぞ!」


「伝達! 二階の奥で標的を発見! 集まれ!」


 扉の向こうにいたのは二人だった。手分けして俺を探していたのだろう。だが――もう遅い。


 俺は兜を被ると、強化魔法を発動した。


筋力強化フィジカルブースト発動』


「なんだこいつは……?」


 彼らは完全武装した俺を見て戸惑っている様子だった。だが、やがて気を取り直すと剣を構える。そうこうしているうちに強化魔法が効力を発揮し、重たかった鎧が嘘のように軽くなる。……もう、逃げ回る必要はない。


「――お前たちの目的はなんだ。何がしたい」


 今の俺なら、この敵部隊を全滅させることも難しくないだろう。その余裕から、俺は会話を試みた。だが、目前の男は鼻を鳴らす。


「ふん、そんなものは知らん。俺たちは仕事を遂行するだけだ」


 そう答えた男は剣を構えると、俺に切っ先を向けた。その後ろにいる男は短剣を構えている。弓を背負っているが、室内では使えないと判断したのだろう。


「……そうか」


 軽い失望とともに口を開くと、俺は一気に踏み込んで間合いを詰める。その速度に驚いたのか、手前の剣士が目を見開いた。


 そのまま一閃し、剣士の首筋を裂く。後ろの弓使いは驚きながらも短剣を突き出してきたが、それを籠手で弾き、崩れた胴体を撫で斬った。血を噴き出した二つの骸が、部屋の入口にどうと転がる。


『――お見事です、主人マスター


「ああ」


 部屋が血で汚れてしまったな、と余計なことを考えながら部屋を出る。一対多の状況である以上、この部屋で迎え撃つのが最善かもしれないが、後ろから魔法を撃ち込まれると避けきれない可能性もあるからだ。

 そして何より、奴らにこれ以上好き勝手させる気にはなれなかった。


「うおっ!? 貴様っ!」


 廊下に出た俺は、槍を構えた男と鉢合わせた。その後ろには杖を持った兵士もいる。開け放たれた扉からすると、ヴィンフリーデの部屋を捜索していたのだろう。


 俺は槍使いに斬りかかるフリをして、そのまますぐ横を駆け抜ける。狙ったのは後ろの魔術師だ。家の中という閉鎖空間では魔法を避けることは難しいし、何より家に大きな被害が出る。優先的に狙う必要があった。


「がっ……!」


 構えていた杖ごと魔術師を叩き切ると、後ろから突きかかってきた槍を右に跳んで避ける。そのまま左手で槍を掴むと、逆手に持ち替えた剣で背後にいた敵を貫いた。


「ごふっ……」


 ――これで四人。十人ほどの部隊だから、これで半分近くを倒したことになる。倒れた二人を見下ろすと、俺は次の標的を探した。


「……下か」


 残りの気配は階下から感じられるようだった。急いで一階へ向かうと、階段を降りた俺目がけて火炎球ファイアーボールが放たれる。


「おい馬鹿、俺たちまで煙に――」


 そんな声を耳にしながら、俺は飛んできた火炎球ファイアーボールを剣で斬り払った。魔導鎧マジックメイルとセットになっている魔剣は、炎塊をあっさり消し飛ばす。多少の熱気は残ったのだろうが、魔導鎧マジックメイルの機能のおかげで俺には何も感じられなかった。


「なんだと!?」


 驚きの声が上がる中、俺は表玄関へ向けて走った。俺目がけて得物を振るう人間もいるが、遅い。彼らの間を縫うように走ると、俺は玄関の扉に手をかける。屋内で戦って家が傷むことを懸念したのだが、彼らはそう思わなかったようだった。


「逃げたぞ! 追え!」


「馬鹿め、そっちには――」


 そんな声を無視して扉を押し開く。すると、ポカンとした表情をした男と目が合った。


「な……?」


 どうやら、家に入らず外で待っていた人員もいたらしい。突然現れた俺を見て驚きの声を上げる。


 その男をあっさり斬り捨てると、少し後ろで様子を見ていた敵に真空波を飛ばす。慌てて回避する男だったが、その背中を大気の刃がざっくりと斬り裂いた。


「お頭!」


 真空波の直撃を受けた男が崩れ落ちる。どうやら彼がリーダー格だったようだな。それと同時に、家の中にいた四人ほどがバタバタと外へ出て来た。


「てめえ、よくもお頭を!」


 剣を振りかぶって、先頭の男がこちらへ突進してくる。だが、彼が剣を振り下ろすより早く、俺の剣がその胸部を捉えた。どさり、と倒れる男を視界から外し、俺は残る三人を睨みつける。


「お前たちにそんなことを言う資格はない!」


 怒りのままに振るった剣を、相手の剣士はなんとか受け止める。だが、強化魔法の援護を受けた俺の膂力に耐えられず、剣士はバランスを崩した。その隙を突いて剣を叩きこみ、さらに隣にいた短剣使いに足蹴りを入れる。


「ぐっ!?」


 全身鎧フルプレートの人間が、そんなに器用に動くとは思っていなかったのだろう。短剣使いは身体をくの字に折ってその場に沈む。軽装の人間にとって、鎧での蹴撃は鈍器で殴られたに等しい。


「おっと」


 短剣使いを相手していた俺は、とっさに身を捻った。すると、先刻まで俺がいた空間を雷が貫く。俺が視線を向けると、雷を放った男は驚愕した表情で震えていた。


「雷の速度を見切っただと……なんだお前は……!?」


 斬撃を受けた魔術師は、血飛沫を上げて崩れ落ちた。敵部隊が全滅したことを確認すると、俺は周囲の気配を探る。幸いなことに、この辺りに他の部隊はいないようだった。


「……どうしたものかな」


 戦闘力は得た。だが、どう立ち回ることが最も有効なのだろうか。今、一番必要なものは情報だが……。


 そんなことを考えていた俺は、軽く首を振った。やることは幾らでもあるが、まずは身近なところからだ。そう結論付けると、俺は隣家の地下室へ向かった。



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