異変 Ⅲ
【『金閃』ユーゼフ・ロマイヤー】
敵襲の報を受けたパーティー会場は騒然としていた。音楽が流れる華やかな社交場は、一転して暗い雰囲気に覆われる。
「案ずる必要はない。ここは選りすぐりの精鋭が詰めている皇城だ。諸君らに危険が及ぶことはないと断言しよう」
主催者である第二皇子デリスの態度は堂々としたものだった。中年の域に差し掛かっている皇子だが、参加者の不安を無闇に掻き立てないよう、余裕を感じさせる笑顔で彼らの間を回る。
「おお……なんと落ち着いた振る舞い」
「さすがは英傑と謳われた皇帝の血を受け継ぐお方ですな」
口々に彼を褒めそやす声が聞こえる。皇子自身や取り巻きに聞かせるためのものだけでなく、本気で感心している人間も多いようだった。
「ただし、敵襲を受けたからには皇族として、貴族として臣民に恥じぬ行動を取る必要がある。帝国でなんらかの職位に就いている者は、各々持ち場へ向かってくれ」
皇子の言葉を受けて参加者たちが一斉に動く。そのほとんどは男性貴族だ。全員が軍事・治安系の部門にいるわけではないだろうが、まったく無関係でいられる人間は少ない。
慌ただしく去っていく貴族を見送ると、後に残ったのは女性の参加者やパーティースタッフがほとんどだった。令嬢たちはじきに迎えが来るのだろう。ただし、緊急時ということもあって、どこまで迅速に動けるかは怪しいものだった。
「ユーゼフ様、敵襲ですって……! なんて恐ろしい……」
「今でも信じられませんわ……」
そんな中にあって、数少ない男性参加者の一人がユーゼフだ。剣闘士である彼は帝国に仕えているわけではないからだ。
剣闘士ランキング八位という実績が有事の際には輝いて見えるのか、元から彼を取り巻いていた令嬢に加えて、取り残された貴族令嬢まで集まってくる。
他にも招待されていた剣闘士は複数人いるが、彼より上位のランカーは、壁際で腕組みをしている『大破壊』をはじめとした数人だけだ。
ユーゼフは自分を取り巻く令嬢たちに笑顔を向ける。いつもならそれで頬を染める娘も多いのだが、さすがに気を張っているのだろう。彼女たちの顔には不安が浮かんでいた。
「心配いりませんよ、お嬢様がた。デリス皇子のあの落ち着いた振る舞いをご覧になったでしょう?」
「ええ、たしかに……」
「ご立派な態度でしたわ」
賛同する声が口々に上がる。彼を取り巻く雰囲気が、少しだけ明るいものに変わっていく。
だが、とユーゼフは内心で訝しむ。デリス皇子は凡庸な人物ではないが、英傑というわけでもない。突然国の中心部である帝都が襲われたにしては、さすがに動揺が小さすぎないだろうか。
皇族としての自覚が為せる技かもしれないが、貴族のほうは大半が青い顔でパーティー会場を出て行った。もし襲撃を予知していたのなら、せめて要職にある貴族にだけでも伝えていそうなものだ。
「気になるな……」
思わず呟く。すると、傍にいた令嬢が首を傾げた。
「ユーゼフ様、何か仰いまして?」
「いえ、なんでもありませんよ」
答えながら、ユーゼフは会場内に視線を走らせる。そして、目的に該当する人物を見つけるとそちらへ歩き出した。
「お嬢さん、大丈夫ですか? 具合が悪いようにお見受けしますが」
話しかけたのは、青い顔をしてビュッフェのテーブルに寄りかかっている女性だ。令嬢らしからぬ振る舞いは、そのまま彼女の不調を表していた。
「いえ、少し苦しいだけです……お気遣いありがとうございます」
彼女はユーゼフに視線を向けると、気丈に微笑んだ。だが、その微笑みも顔が青ざめていては逆効果だ。
「とてもそうは見えませんよ。……よろしければ医務室へお連れしましょうか? 横になって休んだほうがいいでしょう」
心因性の不調なのか、それとも身体の不調なのかは分からないが、今の状態よりはマシだろう。
「失礼」
「えっ? あ、あの……!?」
今にも崩れ落ちそうな令嬢を横抱きにすると、ユーゼフは責任者の下へ向かった。彼女は顔を真っ赤にして恥ずかしそうだったが、抵抗する気力もないのだろう。
これまでも、倒れてユーゼフに運ばれた貴族令嬢は何人もいる。彼女に変な噂がつくことはないだろう。
ユーゼフは主催者の下へ近付く。デリス皇子はすでに退室しているが、もう一人、このパーティーに参加していた皇族がいる。彼は残された皇子に話しかけた。
「彼女の具合が悪そうですので、医務室へお連れしたいのですが……構いませんか?」
「あ? ……そうみたいだな」
第四皇子モンドールは、皇族にしては粗暴な雰囲気がある皇子だ。だが、その武芸の腕と気さくで陽気な性格は国民に人気があった。
この有事に彼がここに残っている理由は分からないが、主催者であるデリス皇子が自分が去った後の責任者として弟の名を告げて去っていったのは事実だ。
モンドール皇子は周りを見回した後、少し渋い顔で口を開く。
「うちのスタッフに連れていかせたいが……余裕のある奴はいねえか」
その言葉通り、パーティーを運営していたスタッフは非常に忙しい様子だった。デリス皇子と共に去った者も多く、残されたスタッフは必死で動き回っている。それに、そんな彼らを捕まえて事情を尋ねる貴族も多い。
「このような事態ですからね。軍属ならぬ身ですが、この程度のお役には立ちます」
「それはありがたいが……」
モンドール皇子は調子の悪そうな令嬢をちらりと見た後、怪しむような表情を浮かべてユーゼフに視線を戻す。
「……『金閃』、ちゃんと医務室へ連れていくんだろうな?」
どうやら、この皇子の中で自分は女癖の悪い人間だと見られているらしい。否定するつもりはないし、どちらかと言えば彼も同類だと思うのだが……立場が変われば言動も変わるのだろう。
「もちろんです。他のどこへ連れていくと?」
あえて涼しい顔で答えるユーゼフに、皇子はニヤリと笑ってみせた。
「……今はこんな事態だ。空き部屋はねえとだけ言っておく」
「仰ることの意味が分かりませんが、肝に銘じておきます」
ユーゼフは笑顔を崩さず答える。次いで、彼を取り巻いていた令嬢たちに謝罪と別れの言葉を告げると、彼はパーティー会場を後にした。
◆◆◆
「……さて、何が起きているのか確かめないとね」
調子を崩した令嬢を医務室へ送り届けたユーゼフは、注意深く周りを見回した。彼にとってはここからが本番だ。調子の悪い人間を探したのは、あのパーティー会場を出て自由になるためなのだから。
気配の察知や隠蔽にも長けている彼だが、なんと言ってもここは城内だ。身を隠す場所が常にあるわけではない。だが、有事ということもあってか、訳知り顔で堂々と歩くユーゼフを見咎める者はいなかった。
窓から外を眺めると、煙が幾筋も上がっている様子が視認できた。細かい部分は分からないが、惨状であることは間違いない。時折巨大な爆発が起きているのは、どちら側の魔法によるものだろうか。
さらにしばらく城内を進むと、今度は中庭に面した廊下に出る。普段は広い廊下には、所狭しと木箱等が積まれていた。そして、そこから広大な中庭を覗いたユーゼフは首を傾げた。
「あれは……?」
そこには、鎧兜を身に着けた騎士たちが整然と並んでいたのだ。その様子からすると、帝国軍の精鋭だろう。出陣の準備は完了しているように見えた。
「……動かないな」
だが、彼らが動き出す様子はない。これまでに集めた情報では、外周エリアを中心として街が大きな被害に遭っているはずだ。本来であれば、すぐにでも動かすべきではないのだろうか。
そう訝しんでいたユーゼフは、複数の人の気配を察知した。一瞬の逡巡の後、ユーゼフは積まれた木箱の陰に身を潜める。
「まだ騎士団を動かせないのですか?」
「中核戦力は温存せよとの命令だ」
「しかし、このままでは被害が大きくなる一方です。団長は何をお考えなのでしょうか……まさか、民を犠牲にして敵の疲弊を……」
若いほうの声は冷静さを失いつつあった。そんな彼を年かさの声が諫める。
「団長はそのようなお方ではない。それに、戦力の温存は皇帝陛下より下された勅命だという情報もある」
「皇帝陛下ですか!? ですが、陛下こそこういった事態には率先して動かれるお方ではありませんか」
「だからこそ、我らも困惑しているのだ。何か情報を察知しておられるのかもしれん。実は街への襲撃は陽動で、手薄になったこの城を本隊が攻める予定だ、とかな」
「陽動……さらなる戦力が皇城を襲うと?」
「実際に、大型モンスターの討伐遠征に使う巨大な弩が城壁の上に追加配備されている。まあ、あんな巨大な代物が今回の戦いの役に立つとは思えんが……」
「ここからバリスタを撃てば、流れ弾が街を襲いますからね……」
「それに、長らく使用していなかった城の結界装置の封印を解いたと聞く。ディネア導師が立ち会っているそうだ」
「結界装置ですか? そんなものがあるなら、騎士団を街へ派遣した後に結界を展開すればよいのでは……」
「結界起動後は皇城への出入りが禁じられる。完全に分断されると騎士団も十全の力を発揮できまい」
その情報にユーゼフは腰を浮かせた。今の話が本当なら、結界起動後はこの城から出られないということになる。そんなことは受け入れられなかった。
頭の中に皇城の地図を描くと、最短で皇城を出るルートを探す。そして、彼はそっと中庭を離れた。
◆◆◆
「何度も言わせるな。何人も通すなとの仰せだ」
「貴方の耳にも街の惨状が届いているはずだ。その救援に向かおうとする者すら通せませんか?」
皇城の出入口に差し掛かったユーゼフは、城門を守る騎士と押し問答を続けていた。有事とあって、普段は三、四人しか見かけない城門に十数人の騎士が詰めている。そして、彼らは揃って職務に忠実だった。
「騎士の仕事は民を守ることだと思っていましたが、城門を守ることが仕事だったのですね」
「この行動が、結果的に多くの民を救うことになるのだ」
騎士は苦虫を噛み潰したような顔で答える。彼らに同情の念を覚えないわけではないが、ユーゼフが退く理由にはならない。
「街を見殺しにするという行為が、一体誰を救うと?」
「……」
騎士は答えない。だが、相変わらずユーゼフを通すつもりはないようだった。
「無理やり城門を突破したくはないけど……緊急事態だしね」
「!」
ユーゼフの言葉に、十数人いる騎士が一斉に反応する。『金閃』の名を知らない者はいないのだろう。彼らの顔には焦燥が浮かんでいた。
剣こそ抜いていないものの、両者の間で緊張が高まる。斬り捨てるならともかく、彼らを傷つけずに城門から脱出するにはかなりの技量が必要だ。
どう立ち回るか。ユーゼフがそんな算段をしていると、パンパン、と手を打ち鳴らす音が聞こえた。
「おーい、そこまでだ! こんな時に身内で角突き合わせてるんじゃねえよ。それに『金閃』、戻ってこねえと思ったらこんな所にいたのか」
「モンドール皇子!」
助かった、という顔で騎士たちは第四皇子の名を呼ぶ。かなりの使い手だという噂もあり、彼らにとっては願ってもない救援なのだろう。ユーゼフ自身、こんなタイミングでなければ手合わせしてみたい人物ではあった。
「今度は皇子のご登場ですか」
ユーゼフは警戒レベルを引き上げた。実力、身分ともに対処が面倒な人物だ。その出方を窺うべく、彼は戦闘態勢を解いた。
「城門で剣闘士が暴れてるから止めてくれ、って頼まれてな。……たしかに剣闘士を取りまとめるよう言われたけどよ、こういうのは想定外だぜ」
皇子はげんなりした表情を浮かべる。その顔からすると今の言葉は本音なのだろう。だが、ユーゼフにはそれよりも気になる箇所があった。
「剣闘士を取りまとめる?」
指摘すると、モンドールはしまった、という顔を見せた。だが、すぐに思い直したのか、肩をすくめて口を開く。
「せっかくパーティー会場に一騎当千の剣闘士たちがいるんだから、皇城の防衛に協力させよ、だとさ。兄貴は人使いが荒え」
「なるほど、その考え自体は理解できます。……ですが、賛同はできません」
「帝国の窮地を救った英雄になれるかもしれねえぜ?」
「すでに帝都は窮地に陥っています。あのパーティー会場にいては分からないでしょうが、ここから街を見れば惨状は明らかです。
会場にいる剣闘士も、この現状を知れば私と同じ行動を取る人間がいることでしょう」
「まあ、そうだろうな……」
皇子は渋い顔で城門に視線を向ける。だが、その表情はここにいる多くの騎士のそれとは異なっていた。騎士たちは困惑や板挟みといった感情に彩られていたが、彼の表情に困惑はない。すべてを理解している顔だ。
「モンドール皇子。貴方は騎士団が動かない理由を知っているようですね。その理由を教えてもらえるなら、内容によっては剣を引きましょう」
「それはできねえ。それに、俺もすべてを知っている訳じゃない。ただの推論だ」
「推論でも構いませんよ」
「そうもいかねえよ。……アレだ、一応国家機密ってやつだからな」
「――街を襲っているのは陽動で、本隊がこの皇城を急襲する。それを懸念しているのですか?」
カマをかけようと、先ほど仕入れたばかりの情報をぶつけてみる。すると、モンドールはとぼけた表情で口を開いた。
「……ま、今の騎士団の動きを見てりゃそう思うだろうな」
「違うと?」
「そうは言わねえさ。……ただ、一つだけ言っておく。お前が思っている以上に、この街は重要な場所だ」
「その割に、街に対して冷たいように見えますね。……少なくとも帝都の住民はそう思っていることでしょう」
「……だろうな」
モンドールは嫌そうな顔で応じる。だが、その瞳に迷いはなかった。それを見てユーゼフは溜息をつく。
「皇子なら話が通るかと期待したのですが……残念です」
そして、皇子を睨みつける。
「ですが、私も退くわけにはいきません。こんな時に皇城でのうのうと過ごしていては、闘技場で観客たちに合わせる顔がありませんからね」
――どうする。脅し言葉とは裏腹にユーゼフは悩んでいた。噂通り、この皇子は腕が立つ部類に入るようだ。他の騎士たちなら傷付けずに無力化することもできただろうが、さすがに皇子は厳しいものがあった。
そしてなにより、皇族に剣を向けることは大きな罪だ。さすがに国を追われるようなことはご免だった。
悩みながらも感情を表に出さず、ユーゼフはただ皇子を睨み続けた。そうしてどれほど睨み合いをしていただろうか。不意にモンドール皇子が溜息をついた。
「……お前、けっこう熱いタイプなのな」
頭を掻きながら、皇子は後ろに控えていた騎士を振り返る。
「『金閃』を行かせてやれ」
「殿下、よろしいのですか!?」
騎士は驚きの声を上げる。そして、それはユーゼフも同じことだった。
「もともと、剣闘士は人数外の戦力だからな。一人減ったところで文句は言わせねえよ。……それに、今は非常事態だ。『金閃』と戦ってお互いに消耗するのもアホらしい」
その言葉を受けて、騎士たちが城門をわずかに開く。人が一人通れるギリギリの幅だ。そこから外を窺ったところ、この辺りはまだ敵の侵入を許していないようだった。
「誰かに『金閃』を通したことを咎められたら、俺のせいだって言っときゃいい」
そんな声を聞きながら、ユーゼフは城門へ向かう。門をくぐる直前に振り返ると、モンドール皇子が腕を振り上げたところだった。
「あばよ、『金閃』。健闘を祈ってるぜ」
「モンドール皇子、ありがとうございます。……殿下の分まで戦ってきますよ」
「……頼む」
皇子は何とも言えない複雑な表情のまま頷く。それを見届けると、ユーゼフは城門を抜けた。そして、城門が閉じられた音を聞いた直後、ユーゼフは手にしている魔剣を一閃させた。一拍遅れて、ポトリと二つに断たれた矢が地に落ちる。
「この辺りまで攻め込まれているのか……それとも、突出しすぎた部隊かな?」
斬り払った矢の残骸を見て呟く。さらに飛来した火炎球をも魔剣で斬り払うと、ユーゼフは敵が潜んでいる建物の角へ駆け寄った。
「火炎球を斬った!?」
「警戒しろ! 並の使い手じゃないぞ!」
「前衛、前へ出ろ!」
予想通り、建物の陰には十人近い部隊が潜んでいた。至近距離で浴びせかけられる矢や魔法を潜り抜け、盾を持った前衛に接近する。
「爆砕波」
ユーゼフが地面に魔剣を叩きつけると、前方の地面が広範囲にわたって爆発した。その効果範囲は広く、目の前にいた前衛どころか、後衛の魔術師たちをも巻き込む。
「うおぉぉぉっ!?」
予想外の攻撃だったのだろう、今の一撃で中衛と後衛は見事に吹き飛んでいた。その事実を視界の隅で確認すると、ユーゼフは爆発を受けて体勢を崩している戦士を切り捨てていく。
得物を打ち合わせることすらなく倒れていく仲間を目の当たりにして、敵部隊に大きな動揺が生まれた。
「なんだこの戦闘力は……! まさか、こいつが『大破壊』か!?」
「さて……どうかな」
ユーゼフは不敵に微笑む。自分の名前が売れていないことは不満だが、わざわざ真相を教えてやる必要はない。帝国最強と目される『大破壊』と勘違いされているのなら、それに見合った戦いぶりを披露してやろう。
ユーゼフは残る三人に一瞥をくれると、魔剣を持つ手に力を込める。そして、二つ名の由来となった技を放った。
「煌めく軌跡」
ユーゼフの魔剣が黄金の軌跡を描いた。その軌跡は消えることなく、その空間に在り続ける。それどころか、彼が剣を振るうたび新たな軌跡が増えていく。前衛たちは気味悪そうに滞留する輝きを見つめていた。
「なんだこれは……!」
ユーゼフの剣撃を弾いた剣士は、続いて振るわれた剣を避けようと横へ跳ぶ。……だが、それは悪手だった。そこには、先ほど生み出されたばかりの軌跡が配置されていたのだ。
「がっ!?」
黄金の軌跡に触れた刹那、剣士は血を撒き散らして吹き飛ぶ。その様子を見て、残る二人が顔を見合わせた。
「――滞留する斬撃。面白いだろう? 見た目も華やかだし、僕も気に入ってるんだ」
笑顔で説明するユーゼフとは対照的に、残る二人の顔は青ざめていた。すでに、彼らは四方八方を黄金の斬撃で包囲されていたのだ。もはや逃げ場はない。
「なんて化物だ……」
その感想に言葉を返すことなく、ユーゼフは二人を斬ってのける。周囲を斬撃に囲まれて気が気でなかったのか、集中力を失った二人は敵ではなかった。
「……やりすぎたかな? 力を温存しないのは剣闘士の性だね」
全滅した部隊を見下ろして、ユーゼフは小さく肩をすくめた。そして、彼はとある方角を見つめる。
「親父を心配する必要はないだろうけど……ミレウスは大丈夫かな」
まだ闘技場にいるとは限らないが、他に場所の当てがあるわけでもない。まずはホームである闘技場の様子を見てみよう。ユーゼフはそう結論付けると、第二十八闘技場へ向かって歩き出した。