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魔導鎧 Ⅰ

過去編(後半)です。

【支配人補佐 ミレウス・ノア】




「『金閃ゴールディ・ラスター』ユーゼフ・ロマイヤー……知ってるか?」


「あの『闘神インカーネーション』の弟子らしいぜ。デビューしたのはつい最近だが」


「ロマイヤーって、もしかしてあのロマイヤー家か? なら納得だな」


 貼り出された最新の帝都剣闘士ランキングを見て、口々に声を上げる。最新のランキングを見ようとするだけあって、今ここに詰めかけている人々は、剣闘士に対する知識が深い人物ばかりだ。


「これだけ早く帝都五十傑に名を連ねるとは……『大破壊ザ・デストロイ』以来じゃないか?」


「いや、『双剣クロスエッジ』も早かったぞ。……まあ、どっちにしても上位ランカーだが」


「『闘神インカーネーション』の弟子でロマイヤー家の人間となりゃ、弱いわけねえさ。後はどこまで行くかだな」


「気になるな……今度の試合、観に行ってみるか」


 そんな会話を耳に挟みながら、俺はざっと最新の剣闘士ランキングを確認する。最近デビューしたユーゼフのランクは四十九位。帝都五十傑としてはギリギリだ。だが、帝都五十傑に名を連ねること自体が快挙であるため、それを揶揄するものは誰もいなかった。


 必死で考えた末、俺が名付けた『金閃ゴールディ・ラスター』という二つ名も、今のところ馬鹿にされている様子はない。そのことに俺はほっとしていた。


「帝都五十傑か……」


 つい言葉がこぼれる。ユーゼフの帝都五十傑入りは、友人として、そして共に修業してきた仲間として喜ばしいことだ。そのこと自体については、俺も心から喜んでいた。


 だが、それだけで完結するほど俺の心は澄んでいない。どうしても自分とユーゼフを比較してしまうのだ。

 俺とユーゼフの実力差は開く一方であり、もはや百回戦えば百回負けるだろう。筋力を得るために様々な鍛練や食事も試してみたが、目に見えた成果は出なかった。


 それでも、ユーゼフを剣闘士としてデビューさせる時、親父は俺にも剣闘士登録をするかどうかを訊いてきた。平均的な剣闘士より腕は立つし、剣闘士になりたければ遠慮することはないとも言われた。


 だが、親父の期待するような戦士になれなかった引け目と、『闘神インカーネーション』の名に泥を塗りたくないという思いから、俺はその話を断ったのだ。


 複雑な気分を引きずって、俺は二十八闘技場へ帰還する。支配人室の扉を開くと、そこには親父の姿があった。


「親父? もう帰ってきたのか?」


 驚きとともに声を上げる。親父は遠い地へ引っ越したエレナ母さんやヴィンフリーデに会うために帝都を留守にしていたからだ。戻ってくるのは数日後のはずだったが……。


「おう! たまたま馬を借りることができてな。乗り合い馬車と比べるのもなんだが、やっぱり速えな」


 説明する親父に、用意していた書類を差し出す。帰ってきた支配人に報告することは山ほどあった。すると、親父の笑顔が情けない顔つきに変わる。


「帰って早々に文字漬けか……」


 早くも意気消沈した親父に、俺は今日仕入れた最大の朗報を伝える。それはもちろん、ユーゼフのことだ。


「お! もう帝都五十傑に入ったか!」


 そのニュースを聞くなり、親父は不敵に笑った。


「ま、ユーゼフの実力はこんなもんじゃねえけどな。もっと強え奴と戦わせてやりたいもんだ」


「このままランキングが上がれば、それも実現できるさ。……ユーゼフのランキングが上がれば、闘技場うちのランクも上がるし」


「そうだな、いいこと尽くめだ」


親父は楽しそうに笑う。闘技場が擁する剣闘士のランキングが上がると、闘技場の評価も上がる。ユーゼフが剣闘士として躍進することは、第二十八闘技場の利益でもあるのだ。

 最近は闘技場ランキングが停滞気味だったが、これでもう少し順位を伸ばせるだろう。


「それで、ユーゼフはどこだ?」


「もうすぐ試合の予定だよ。……ほら」


 支配人室の窓から、試合の間(リング)を指差す。そこには、いつも通りの爽やかな笑みを浮かべたユーゼフが立っていた。


 その様子を少しでも近くで見ようとしたのか、親父は窓を開いて身を乗り出す。


「……なんか、いつもより賑やかじゃねえか?」


 そして、聞こえてくる歓声に首を傾げた。


「ユーゼフは女性に人気だから……そう言えば、ファンクラブができたって噂を聞いたな」


「あいつは面がいいからな……女に刺されたりしねえだろうな」


「しょっちゅう相手が変わるから、ちょっと心配だ」


親父と顔を見合わせると、同時に苦笑する。嫉妬と言われればそれまでだし、たとえ女性が絡んだとしても、そうそう傷を負うユーゼフではない。だから、これはお節介というものだ。


「帝都五十傑に入ったことが広まれば、もっと人気が出るだろうね」


「その分、嫉妬する剣闘士も多いだろうがな。……ま、そういう奴は試合で返り討ちにしてやりゃいいんだ」


 そんな話をされているとはつゆ知らず、試合の間(リング)のユーゼフは歓声に応えていた。


「……ほらよ」


 そうしてユーゼフの様子を眺めていた親父は、不意に俺に手を差し出した。その指には手紙らしきものが挟まれている。


「ヴィーからだ」


「ありがとう」


 仕事中ではあるが、特に差し迫った用事はない。他の従業員もいないし問題ないだろう。そう判断すると、受け取った手紙を開いた。




 ミレウスへ


 元気にしている? 私と母さんが帝都を離れてから、もう三年以上経つのね。

 父さんの補佐は大変だと思うけど、いつもありがとう。こっちへ来るたびに、父さんはミレウスのことを褒めているわ。

 ユーゼフは、剣闘士になってからほとんど負けていないのよね? びっくりしたわ。そんなに強くなっているなんて……そのうち帝都五十傑に入るのかしら。

 ユーゼフが剣闘士になって焦っているかもしれないけど、無理はしないでね。ミレウスは支配人の補佐もしているし、父さんの生活を支えてくれているんだもの。剣闘士にならなくたって、あなたは大切な家族なんだから。ところで――。




「参ったな……」


 ヴィンフリーデの手紙を途中まで読んで、俺は思わず苦笑を浮かべた。もう長い間会っていないのに、こっちの胸中はバレているらしい。俺が返した手紙の内容なんて微々たるものだから、後はヴィンフリーデの推測なのだろうが……。


「どうした?」


「いや……いつもの指令だよ。喧騒病に効くかもしれない植物が、嘆きの森に生えているんだってさ」


 慌てて手紙の続きに目を通すと、その内容の話にすり替える。本当のことを親父に言ったところで、気を遣わせるだけだ。


「そうか……今度こそ効くといいが」


「ああ……」


 しばらくしんみりした空気を漂わせた後、俺たちは事務作業に取りかかった。




 ◆◆◆




 革製の鎧を身に着けて、剣を腰に吊るす。ポーチの中身が揃っていることを確認すると、俺は自分の部屋を出た。


「お? 今日は出かける日だったか?」


 リビングにいた親父が、俺の格好を見て首を傾げる。


「昨日も言ったろ? ユーゼフと嘆きの森に行くって」


「……そういや、そんなことを言ってたな」


 そんな会話をしていると、玄関の扉が開かれる。ノックもなしにこの扉を開く人物は、この街に一人しかいない。


「やあ、お待たせ」


 ユーゼフは爽やかに挨拶をすると、親父に向き直る。


「親父も来るのかい?」


「そうしたいのは山々だが、人と会う用事が詰まっててな……そうだ、ユーゼフが代わりに行かねえか? 森には俺とミレウスで行くからよ」


 さも名案だといった様子で、親父は声を上げる。


「親父……さすがにそれは駄目だろ。今日はレウィス男爵と面会なんだから、面子の問題になる」


「分かってるぜ……ちょっと言ってみただけだ」


 俺がきっぱり却下すると、親父は拗ねたように視線を逸らした。その様子を見て、俺とユーゼフは笑い声を上げる。


「何笑ってんだ、ほら、さっさと行ってこい」


「はいはい、行ってくるよ」


親父の照れ隠しに笑顔で答えると、俺とユーゼフは外へ出た。陽の光に目を細めながら、帝都の空気を吸い込む。


「あれ? それはペンダントかい?」


 と、こちらを向いたユーゼフが不思議そうに尋ねる。その視線は俺の首周りに向けられていた。


「ああ、これか?」


 俺はペンダントの鎖に手をかけると、服の中に入っていたトップ部分を引っ張り出す。と言っても、ちゃんとしたペンダントトップではない。イヤリングが片方、鎖に通されているだけのものだ。


「それは……エレナさんからもらったイヤリングかな?」


 ユーゼフの観察眼は大したもので、俺が別れ際にもらったイヤリングだと気付いていた。


「ああ、今日はエレナ母さんの喧騒病に効く薬草が目的だしな」


「ああ、だからか。珍しいね」


 ユーゼフが言うとおり、このペンダント……というかイヤリングを身に着けることはほとんどない。ただし、今日のようにヴィンフリーデやエレナ母さん絡みの時だけは、身に着けるようにしていたのだ。

 実の両親から託された品でもあるが、そちらはあまり意識していない。


「それより、今日の目的地だが……」


「うん、あの薬草は森の浅いところにはないだろうからね。少し奥になるかな?」


「ああ。一応、植生を踏まえて探索ルートを考えてる」


「さすがだね。じゃあ、僕はそれに相乗りさせてもらおうかな」


 その言葉に頷くと、俺は説明用に地図を取り出す。森の魔物にどう対処するか。特殊な魔性植物はいたか。そんな話をしながら、俺たちは嘆きの森へと向かった。




 ◆◆◆




 森の探索は、良くも悪くも順調だった。良かったことは、ユーゼフのおかげでモンスターを瞬殺できていたことと、道に迷わなかったこと。悪かったことは、目的の薬草がなかなか見つからないことだった。


 まったく見つからなかったわけではないが、あまりにも量が少ない。できれば群生している場所を見つけて、もう少し採取したいところだ。


「見つからないものだね……」


「俺の絞り込みが間違っていたか……?」


 そんなことを言いながら、森の奥へ進んでいった時だった。木々だらけだった視界が突然開ける。圧倒的な緑の空間に、ぽっかり空いた隙間。その光景には見覚えがあった。


「ミレウス。これは、ひょっとして……」


「昔、ヴィーと三人で来た遺跡だな」


 ユーゼフに頷きを返すと、俺はためらうことなく石造りの建造物へ近付く。ヴィンフリーデが引っ越してしまったこともあり、あれ以来この場所を訪れたことはなかったが、半ば以上が崩れているこの建物は、俺の記憶とほとんど変わっていないようだった。


 建造物を貫くように生えている二本の巨樹を見上げると、なんとなく頭を下げる。この空間の主であるように思えたからだ。


「ミレウス、あったよ! ここにたくさん生えてる」


 俺が巨樹を眺めていると、ユーゼフが嬉しそうに声を上げた。どうやら、目的の薬草はここに群生しているようだった。そうと決まれば話は早い。早速薬草を集めようと、俺は巨樹の根元へ近寄る。


 その時だった。


「――ん?」


 思わず声を上げる。視界に入った巨樹のうろ。そこに違和感を覚えたのだ。何か引き付けられるものを感じて、俺は洞の中を覗き込む。


「これは……」


 違和感の正体はすぐに知れた。なだらかな曲線を描くこの森の中にあって、直線的な部位を持ち、そして植物の質感を持たないそれは、あまりに異質だった。


「人? ……いや、鎧か」


 そう呟いたのは、人の腕らしき輪郭がおぼろげに見えたからだ。一体どれほどの時を経ていたのか、辺りの土と同色に染まった物体は、それでもその存在を主張していた。


 しばらく悩んだ後、鎧らしきものに手を伸ばす。錆びた金属特有のザラザラとした手触りを予想していた俺だったが、纏わりついている分厚い汚れを払い落すと、つるりとした感触が手に伝わってくる。


「錆びて……いない?」


 思わず驚きの声を上げる。鎧の表面に付着している汚れからすると、凄まじい年季が入っているはずだ。どれだけきちんと手入れをされていたとしても、錆びていないはずがない。


 そんな驚きと興味に押された俺は、思い切って鎧の一部を取り出した。中身が入っているかもしれないと警戒していたが、そんなことはなかったようだ。空っぽの鎧は呆気なく持ち上がり、白日の下へ晒される。


 それは、明らかに鎧の一部だった。正確に言えば左腕部分だろう。上腕部から籠手部分までがほぼ一体化していることから、全身鎧フルプレートだと考えられた。

 関節部には不思議な素材が使われており、硬度と柔らかさを両立している。これなら着用者の動きを妨げることはないだろう。


 興味を引かれた俺は、巨大な洞に潜り込む。成人男性が数人は入れそうな洞に踏み込むと、俺は鎧と思わしき部分パーツをすべて運び出していった。


「ミレウス、どうしたんだい?」


 俺の奇行に気付いたのだろう、いつの間にかユーゼフが近くへ来ていた。そして、俺が手にしているものに気付いて目を丸くする。


「鎧? どうしてこんなところに……?」


「さあ……そこの木の洞にあった」


 そう答えると、ユーゼフは不思議そうに洞の中を覗き込む。そして首を傾げた。


「前にここへ来た時、こんな洞があれば気付いていたと思うんだけどな」


「俺もそう思う。けど、こんなに巨大な洞が数年でできるとは思えない」


「たしかに……」


 俺たちは頭を捻る。三人でこの場所を訪れた時、この辺りは徹底的に探索したはずだ。なぜあの時に見つからなかったのだろうか。


 不思議に思いながらも、俺たちは鎧から目が離せないでいた。やがて、俺は懐から布を取り出すと、それで鎧の表面をこする。先程のつるりとした感触を思い出したのだ。


「錆びてない……!?」


 少し前の俺と同じ言葉を口にして、ユーゼフが固まった。埃の付き方からして、十年や二十年放置されていただけ、ということはないだろう。銀色に鈍く輝く表面を目にして、彼は信じられないように瞬きをしていた。


「百年前……いや、数百年前のものでもおかしくないのにね……」


 彼が手を伸ばしたのは、兜と見られる部位だった。分厚い土埃を落とすと、少し装飾が多いことや、武骨さの中にもデザイン性が感じられる仕様だということが分かる。ユーゼフはしげしげと兜を眺めた後、興味深そうに口を開いた。


僕たち(剣闘士)よりも、騎士団が使う鎧のほうに似ているね。……ちょっといいかい?」


 ユーゼフは俺が持っている兜を手に取った。そして、悪戯っぽい表情を浮かべたままひょいと兜を被る。


「おい、大丈夫か?」


 内側もそれなりに拭いたものの、まだ清潔とは程遠い段階だ。だが、ユーゼフはむせた様子もなく、視界の確認をしているようだった。


「悪くないね。……少し埃っぽいけど」


「そりゃそうだろ。ユーゼフ、兜だけ被っていると怪しい奴にしか見えないぞ」


「じゃあ、ついでに他の部分も、と言いたいところだけど、さすがに面倒かな。この兜、意外と重いし」


「そうなのか?」


「少なくとも、一般的な兜よりは重いんじゃないかな」


「ということは、鎧のほうも重い可能性が高いか」


 鎧を拭いていた時には気付かなかったが、ユーゼフが言うならそうなのだろう。軽めの部分鎧を着用することが精一杯の俺と違って、ユーゼフは様々な鎧を試している。


「そうだね。……けどまあ、折角だからミレウスも被ってごらんよ」


「え?」


 その言葉を理解するよりも早く、俺の視界が妨げられる。ユーゼフが兜を脱いで俺に被せたのだ。兜の隙間からユーゼフの悪戯っぽい笑みが目に入る。

 一拍遅れてユーゼフが兜から手を離すと、首にずしりとした重みがかかった。すぐに手を離さなかったのは、筋力の足りない俺が首を傷めないようにという配慮だろうか。


「ユーゼフ、驚かすなよ」


 笑い声交じりで抗議をしながら、俺は兜に手をかける。重さに耐えられないわけではないが、埃っぽさに閉口したからだ。


 そして、兜を外そうと力を込めた時だった。


『――鎧の装着を確認。透視スキャン開始』


「……ん?」


 突然聞こえてきた平坦な声に、俺は思わずユーゼフを振り向いた。彼が悪戯を仕掛けたと思ったのだ。だが、当の本人はきょとんとした顔で俺を見ていた。


「ミレウス、どうかしたのかい?」


主人マスターおよび護衛対象との非同一性を確認。……現状確認……装甲の劣化から経過年数を計測』


 ユーゼフの声と同時に、別の声が聞こえる。その時点で彼の悪戯だという可能性は消えていた。それに、ユーゼフの声と比べると、謎の声は頭に直接響いてくる感じがした。


「確認だが……この声はユーゼフじゃないよな?」


「声? ……今喋ったのは僕しかいないと思うけど」


「そうじゃなくて……。今、『経過年数を計測』とか言わなかったよな?」


 質問の意味がピンと来なかったのだろう。ユーゼフは首を捻るばかりだった。つまり、この場所には俺たち以外の誰かがいるということだ。

 だが、自分で言うのもなんだが、俺やユーゼフに気付かれずに潜むことは至難の業だ。それに、こうして堂々と声を上げているのだから、潜む必要などないはずなのだ。


『――計測完了。時標は最終起動よりおよそ三千年後と推定。主人マスターの生存確認開始……記録および個体の平均寿命から死亡したものと判断。確認行動を終了』


「つまり、ミレウスには誰か別の人間の声が聞こえている?」


 俺の様子から察したのだろう。ユーゼフの言葉に俺は頷いた。


「そうらしい。思い当たるとしたら……これか?」


 この状況下で一番怪しいもの。それは、どう考えてもこの兜だろう。まさかと思いつつ、俺は今度こそ兜を外すことにした。


封印ロック解除理由を確認、探査サーチ……判明。管理者および護――』


 と、響いていた言葉が不意に途切れる。それは兜を脱いだタイミングと同時であり、謎の声と兜の関連を疑わせるには充分なものだった。


「ほら、これだよ」


 そして、仕返しとばかりにユーゼフに兜を被せる。耳に意識を集中しているのか、彼は微動だにしない。やがて、ゆっくり兜を持ち上げると、ユーゼフは首を傾げた。


「うーん……特に何も聞こえないよ?」


「え? そんなはずは……」


 訝しみながら、もう一度兜を被る。


『――果、現状把握を最優先事項と決定。緊急措置として臨時登録権限を取得。起動上限五十。管理者の承認があった場合を除き更新不可』


 すると、やはり謎の声が続いていた。俺は聞こえた言葉を復唱する。


「現状把握を最優先事項と決定。緊急措置として臨時登録権限を取得」


「それは、今ミレウスに聞こえている声かい?」


 察しのいいユーゼフに頷きを返す。俺にだけ聞こえて、ユーゼフに聞こえないのはなぜだろうか。第一発見者だからかもしれないが、この兜を最初に被ったのはユーゼフだ。


 そんなことを考えながら謎の声を聞いていると、事態は思いも寄らない方向へ推移するところだった。


『現装備者と接触コンタクトする必要性を認定。資格判定……可。休眠状態の人工精霊を起動。以降、全権限を人工精霊へ委任』


「現装備者って……俺のことか?」


 急な展開に思わず呟く。ユーゼフが何かを言おうとしたようだが、それよりも早く、俺の頭に声が響いた。


『――この鎧を身に着けている貴方。少々よろしいでしょうか』


「うわっ!?」


 驚きに声を上げる。さっきまで淡々と喋っていた謎の声が、突然慇懃な話し方に変化したのだ。そして何より違うのは、今までの独り言のような呟きではなく、俺を認識して話しかけてきた、という点だった。


 どうしたのかと警戒心を滲ませるユーゼフに、問題ないとジェスチャーで伝える。


『驚かせてしまい申し訳ありません。私はクリフ。この鎧に宿る人工精霊です』


「人工精霊……?」


 初めて聞く単語に言葉がもれる。精霊ならともかく、人工精霊という存在は初耳だ。とは言え、俺は精霊魔法なんて何も知らない。そういう精霊もいるのだろう、と勝手に納得する。


『はい、この鎧そのものだと考えていただいて構いません。ところで、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?』


「……ミレウス。ミレウス・ノアだ」


 少し悩んでから名前を口にする。この声をどこまで信じていいのだろうか。


『ミレウス様ですね。把握しました。……ところで、いくつかお伺いしたいのですが、お時間は大丈夫でしょうか』


「構わないが……」


 クリフと名乗った鎧はあくまで丁寧だった。逆に怖いくらいだが、その一方で好奇心が湧き上がってくる。


 現在位置、国の名前、暦といったものから始まって、人々の生活習慣や伝承など、クリフの質問は多岐に及んでいた。中には意味の分からない質問もあったが、俺が答えられなくても気にする様子はなかった。


『なるほど、よく分かりました。ご協力感謝いたします』


 やがて、山のような質問が終了する。鎧に話しかけられるなんて未知の体験だが、それでも長々と話していたおかげで、クリフと名乗る人工精霊への警戒は薄れていた。


『ところで……一つお伺いしたいのですが、貴方は剣士ですか?』


「え? ……まあ、そのつもりだ」


 唐突な質問を受けて少し口ごもる。そう言えば、名前以外で俺自身のことを訊いてきたのは初めてだな。

 剣闘士かと問われたなら否定するしかないが、今も革鎧と剣を帯びているし、剣の鍛錬を欠かしたことはない。剣士だと答える分には構わないだろう。


『やはりそうでしたか。それでは、お礼と言ってはなんですが、一つ提案があります』


 すると、クリフから声が伝わってくる。どこか上機嫌に思えるのは気のせいだろうか。そんなことを考えていた俺は、続く彼の言葉に目を見張ることになった。


『――ミレウス様。この魔導鎧マジックメイル主人マスターになりませんか?』


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