喚問
『『極光の騎士ノーザンライト』、および『大破壊ザ・デストロイ』! 我らが英雄たちの勝利だああぁぁぁっ!!』
実況の声が高らかに響く。その言葉を聞いて、『大破壊』はわずかに首を傾げた。
「竜王? この竜は竜王だったというのか?」
「ただの口上だろう。竜は竜だ」
鳴りやまない歓声の中で、俺は『大破壊』の疑問に言葉を返していた。竜王とは神話上の存在であり、実在しているとは考えられていない。
「とは言え、そこらの竜とは次元が違う戦闘力だった。竜王かどうかはともかく、古竜であってもおかしくない」
「古竜を興行に利用するなど、狂気の沙汰だろう」
正鵠を射た『大破壊』の言葉にギクリとしつつ、俺は平静を装う。そんな俺の内心を知らない『大破壊』は豪快に笑い声を上げた。
「そうだろうな。……なんにせよ、面白い戦いだった。お前との戦いといい、この竜との戦いといい、今日は収穫の多い日だった」
そう語る『大破壊』は実に上機嫌であるようだった。剣闘試合は俺の勝ちということになっているが、それを引きずっている様子もない。
そうして和やかに言葉を交わしていた俺たちだったが、ふと『大破壊』が真剣な顔を見せた。
「……『極光の騎士』、一つ訊かせろ」
「なんだ」
「戦いの後半から、明らかにお前の動きが変わった。七色の変色光に包まれた時からだ。……お前は、まだ本気を出していなかったということか?」
声は穏やかだったが、その目は鋭く細められていた。自分との戦いは手を抜いていたのではないか。そう疑っているのだろう。
「あれは戦い方の一つに過ぎん。空中機動は緻密な制御ができんのでな。お前を相手に使えば、自滅するのは目に見えていた」
それは本音だった。鎧の起動回数のこともあるが、流星翔の速度で制御を誤った場合、『大破壊』に大きな隙を見せることになる。そして、それは敗北と同義だった。
「ふん……まあいい。俺は敗者なのだからな」
うっすらと漂っていた緊張感が霧散する。そして、『大破壊』は思い出したように口を開いた。
「そう言えば、この竜に攻撃を加えたもう一人の男だが……お前の仲間か?」
「……なんのことだ」
唐突な言葉を受けて、頭の中を疑問符が渦巻く。その言い方ではまるで――。
「お前が竜を叩き落としている時に、遠距離攻撃を行った男がいる」
「あれか……」
その言葉には心当たりがあった。終端の剣で古竜を地上に叩きつけようとしていた時に、突如として古竜の右目から血が噴き出したのだ。
「魔法剣の負荷によるものだと思っていたが……違ったか」
「あの状態では、さすがのお前でも気付くまい。俺も、たまたま正面にいたから気付いただけだ」
「それで、どこからだ。観客席か?」
思わず身を乗り出す。もしそうだとすれば、その男は結界を貫通して、さらに古竜に傷を与えられるだけの攻撃手段を持っているのだ。それは尋常なことではなかった。
「そうだ。……俺の目に間違いがなければ、その男はハーフエルフだった」
「ハーフエルフ?」
危うく地の声が出そうになるのを堪えて訊き返す。最近、どうにもエルフの話題が多い気がするな。
「どの辺りにいる?」
「もういないようだが、あの出入口の近くだ」
『大破壊』はとある方角を指差す。僅かに残った魔力で遠隔視の魔法を起動してみたが、やはりハーフエルフの姿はなかった。
ハーフエルフと聞いて真っ先に浮かぶのはヴェイナードだが、ただの商人があの結界を貫通するような攻撃手段を持っているはずはない。
それに、たとえそれだけの攻撃手段があったとしても、戦闘中の竜の目を射抜くことは至難の業だ。控えめに言っても達人級の腕前が必要だろう。
一体何者なのか。疑問は尽きないが、助力してくれたことに変わりはない。こっそり調査を進めるつもりではいるが、優先順位は多少低くても問題ないだろう。
今、重要なことは、この興行初日を成功裏に終わらせることだ。自分にそう言い聞かせると、俺は今後の予定を頭に思い浮かべた。
◆◆◆
「――つまり、あの古竜は第二十八闘技場が仕組んだ興行ではないと?」
「その通りです」
「観客の話では、特別試合だと説明を受けたそうだが」
「真相を明らかにすると、観客は恐慌状態に陥りますからね。却って危険だと判断しました」
大成功に終わった興行初日から三日後。出頭命令を受けた俺は、皇城で取り調べを受けていた。表向きは第二十八闘技場の特別試合ということで片付いた古竜襲来だが、事情を知る帝国上層部としては見過ごすわけにはいかない問題だ。
そのため、俺は目の前にいるイルナーン子爵に正直な所を話していた。あれが古竜だということは、分かる人間には分かるだろうし、もしあれが興行ということになれば、興行のために帝都を危険にさらしたとして罰せられる可能性もあったからだ。
「ふん……どこまで本当か疑わしいものだな。第二十八闘技場は、客集めのためなら何でもすると評判だ。古竜との戦いを目玉にしたかったのだろう」
「先程から何度も申し上げていますが、古竜と私は無関係です」
「闘技場の支配人風情が、あくまでシラを切るつもりか」
子爵は苛立った様子で机をトントンと叩く。彼の中では、俺は客集めのためなら古竜をも手配する男として認識されているようだった。
「シラを切るも何も、それがすべてです。だいたい、あんな凶悪な幻獣を私が操れるとでも?」
「だが、実際に闘技場を襲っていたではないか」
「その事実は、むしろ私が被害者であることを補強する要素に思えますが」
「では、なぜ闘技場をああも集中的に襲っていたのだ」
「それは私が聞きたいくらいです」
こんな調子で、俺たちの話はどうにも噛み合わなかった。最初から自分なりの着地点を持っていて、それ以外の話は聞かないタイプなのだろう。
突然現れた古竜を、混乱を避けるため急遽興行に組み込む。それは子爵にとって理解しがたい判断のようだった。
「だいたい、もし私があの竜の襲撃を仕組んでいたのなら、もっと前から宣伝しています。せっかくの商材を無駄にしてどうしますか」
「事前に告知すれば、我々に取り締まられると思ったのだろう」
「宣伝効果が見込めないなら、そこに投資する意味はありません」
そんなやり取りが続き、俺たちは同時に溜息をつく。聞いた話ではウィラン男爵の上司にあたるらしいが、男爵のほうがよっぽどマシというものだ。
少し卑怯だが、モンドール皇子の名前でも出してみようか。膠着した状況を前にして、そんな思考が頭をよぎる。
その時だった。いくつかの物々しい足音が響き、部屋の前で止まった。思わず視線を向けた瞬間、ガチャリと扉が開かれる。
「第二十八闘技場の支配人の取り調べはこの部屋か?」
「……なんだ、突然」
不機嫌そうな様子でイルナーン子爵は問いかける。だが、その後ろにいる人物の顔を見た瞬間、彼は跳び上がるようにして椅子から立ち上がった。
「へ、陛下!?」
「イルナーン子爵か。二十八闘技場の支配人と話がしたいのだが、構わんな?」
「も、もちろん構いませんが……相手は帝都を危険に陥れようとした重罪人である可能性が――」
「そして、功労者である可能性もある。先入観は程々にな」
そんな言葉とともに入室してきたのは、真っ白な髪と髭をたくわえた老人だった。もう七十歳になるはずだが、その背筋は今だにピンと伸びており、今も現役の戦士だという噂を裏付けている。
……そう。この老人こそがルエイン帝国を興した皇帝、イスファン・ロム・ルエインその人だった。
その周囲を近衛騎士たちが取り囲んでおり、彼らからは俺に対する警戒が見て取れる。その緊迫した雰囲気の中で、イスファン皇帝は軽く笑顔を浮かべた。
「――久しいな、イグナートの息子よ」
「……え?」
間の抜けた声を上げたのは、さっきまで俺を取り調べていたイルナーン子爵だ。顔色がどんどん悪くなっているのは、俺が皇帝の知己だと知ったためだろうか。
「息子ではありませんが……ご無沙汰しています」
俺は膝をつくと、丁寧に頭を下げる。帝国やそのトップである皇帝に思う所は多々あるが、建前は重要だ。それに、戦士としての性格を色濃く残している皇帝の人柄自体は嫌いではなかった。
「ふむ、弟子のほうだったか。……この度はご苦労だった。あの竜の詳細については知っていたそうだが」
「古竜であることは分かりました。師から聞いていましたから」
実際にはクリフから教えてもらったのだが、正直に説明するわけにもいかいないしな。最初に俺を取り調べたウィラン男爵にも、同じ説明をしている。
「報告書にも書いてあったな。それで、咄嗟に興行の一つだと観客を欺いたそうだが……」
「古竜の襲来は、本来なら大惨事を招きます。もし観客がそのことを知れば、たちまち恐慌状態となり、竜が介入するまでもなく死傷者が出る可能性がありました」
「少しずつ観客を誘導し、逃がすという選択肢はなかったのかね?」
「……正直に申し上げれば、三十七街区の評判を懸念したのも理由の一つです。巨人騒ぎから一年も経たないうちに、今度は古竜の襲来となれば、呪われた土地として、あの地区そのものが人々から避けられることになったでしょう」
「三十七街区にある闘技場ごと敬遠されると困る、ということか」
「同時に、帝都の治安維持や復興にも益のあるものだと考えました」
そう答えると、皇帝は面白そうに笑った。
「なかなか弁が立つな。イグナートは面白い弟子を持ったものだ。たしかに、二十八闘技場の行いは帝都を守ったと言えよう」
「で、ですが陛下。この者が竜を帝都に呼び寄せた可能性はまだ否定できません」
青い顔ながらも、イルナーン子爵は声を上げる。この人意外と粘るな。
「――ハッ、古竜を帝都に呼び寄せるなんざ、たとえあたし達でもできやしないよ」
その時、二人目の訪問者が部屋を訪れた。こちらも老齢に差し掛かっている女性だ。その服装や装身具から、魔術ギルドの関係者だろうという察しはつく。恐らくは――。
「なんだ、ディネアも来たのか」
「来ちゃ悪いのかい? アンタに古竜のことを教えたのはあたしだよ」
「まあ、そうだな」
そのやり取りは、二人が長い年月を経た付き合いであることを窺わせた。やはり、この女性が魔術ギルド長のディネア導師で間違いないだろう。たしか、レティシャの師匠でもあったはずだ。
「ディネア導師、陛下に向かってその言葉遣いは……」
「あー、はいはい。陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう……これでいいかい?」
その二人の会話に口を挟む子爵は、これはこれで大物なのかもしれない。そんなことを思いながら、二人の言葉を待つ。
「そんで? そこの坊やが二十八闘技場の支配人かい?」
「ああ、イグナートの弟子だ」
皇帝が答える。本来なら自己紹介するべきところだろうが、勝手に発言するわけにもいかないだろうしな。ここは黙っておこう。
「……ふうん、いい男じゃないか」
しばらく俺に視線を向けた後、ディネア導師は興味深そうに呟いた。
「ほう……お前の好みはこういうタイプだったか?」
「馬鹿だね、面構えの話だよ。あんたの前だってのに物怖じしてないし、かといって礼儀知らずでもなさそうなところさ。……そうそう、レティシャが世話になってるようだね。あの子の師匠として礼を言うよ」
「恐れ入ります。彼女には様々な面で闘技場を支えてもらっていますから、お礼を申し上げるのはこちらのほうです」
言葉の後半がこちらに向けられたことで、俺はようやく口を開いた。
「ああ、それにルドロスも世話になってるみたいだけど……まあ、あいつはいいか」
ディネア導師の『魔導災厄』に対する扱いに、俺は思わず笑いをこぼした。ただ粗雑に扱っているというよりは、もっと深い関係から来るものに思えたからだ。
「ふむ……そういう意味では、ワシもモンドールが世話になっていることに礼を言わねばならんな。どうせ、アレが無茶を言って剣闘士登録をさせたのだろう」
皇帝の言葉を受けて曖昧な笑みを浮かべる。さすがは親子と言うべきか、それとも似た者同士というべきか。彼は息子の行動パターンが読めているようだった。
そして、やっぱり皇子の剣闘士登録に悪感情は抱いていないようだな。そのことにほっとしつつ言葉を返す。
「モンドール皇子は並外れた戦闘能力を有しています。突然頂いたご提案でしたが、第二十八闘技場としては新しいスター選手を見いだすことができて喜ばしいかぎりです」
「もしモンドールと『極光の騎士』が戦うようなことがあれば、その時はワシも観戦したいものだ」
「その時は、最高のお席をご用意させていただきます」
あながち社交辞令とも思えない言葉を、俺は頭に刻み込んだ。可能性は低いだろうが、もしその組み合わせが実現した時には一番いい貴賓席を空けておく必要があるな。
「……そうそう、その『極光の騎士』さね。あの古竜を討伐したって?」
「はい。『大破壊』と二人がかりですが」
「レティシャに詳しく聞いたから、大体のところは分かってるけど……よくもそんな無茶ができたもんだ」
「だが、『極光の騎士』と『大破壊』が揃っていたのだろう?」
「何言ってるんだい。それはつまり、あの時にあんたとヴェイラスだけで戦いを挑むようなもんだよ? 正気の沙汰じゃないね」
「とは言っても、あの時の古竜より反応は小さかったと聞いているぞ」
「おめでたい頭だね。反応が小さかろうが、古竜である時点で勝機なんてないさ。あたしたちが討伐のためにどれだけ準備をして、どれだけのものを失ったか忘れたわけじゃないだろ?」
そんなやり取りを、俺は呆気に取られて眺めていた。皇帝に対してこれだけ遠慮のない言葉を向けることができるディネア導師にもだが、その内容が帝国の興りに繋がっている話だったからだ。
「ディネア導師、陛下に対してそのように無礼な物言いを……!」
ただ、子爵のほうはそうもいかないようだった。ムッとした顔で声を上げる。
「イルナーン子爵、気にするな。ディネアは帝国の特別顧問であり、ワシを諫める役目がある。公的な場ではともかく、このような場で目くじらを立てずともよい」
「……陛下が仰るなら」
そう言って引き下がった子爵の代わりに、皇帝が口を開く。
「さて、話を戻すが……あの古竜の襲来は偶然であり、興行として呼び寄せたものではない。それは間違いないか?」
「間違いありません。古竜を呼び寄せる方法がないことは、先ほどディネア導師もおっしゃっていた通りです。
戦いは『極光の騎士』たちの勝利に終わりましたが、一歩間違えれば闘技場ごと消し飛ぶところでした。せっかく新築した闘技場を、初日に破壊したがる支配人がいるでしょうか」
「……まあ、道理だな」
「試合形式にしたからややこしくなっただけで、実体は古竜退治だったってことさ」
「ならば、特に問題はあるまい。無罪放免で構わぬだろう。ただし、一つ支配人に頼みたいこと――いや、命じることがある」
「……なんでしょうか」
鋭さを増した皇帝の瞳に、思わず身構える。
「アレは古竜ではないし、偶然襲来したわけでもない。興行のため、特殊な伝手で呼び寄せたただの竜だ。もちろん、帝国の許可も受けていた。……よいな?」
「異論はありません。三十七街区の復興のためにも、これ以上のマイナスイメージは避けたいところですから」
「そもそも、アレを古竜だと認識できた人間はそう多くあるまい。問題は、『極光の騎士』と『大破壊』だが……」
「彼らは名誉を欲しがる人間ではありません。古竜殺しの名声を惜しむことはないでしょう。
それに、『大破壊』はアレが古竜だと気付いていない様子でした」
「ふむ……となれば、残るは『極光の騎士』だが……」
「そちらも問題ないでしょう。そもそも、古竜との戦いを興行に見せかけたのは『極光の騎士』ですから」
「なぜ『極光の騎士』がそこまで考える? 三十七街区の住民というわけでもなかろう」
「『極光の騎士』の正義感でしょうか。以前にも帝都のために戦った彼ですから、思い入れだってあるのでしょう」
俺は表情を変えずに言い切った。利己的な理由を正義感という言葉に置き換えることには抵抗があるが、正直なところを伝えるわけにもいかない。
「なるほどな……では、『極光の騎士』への口止めは、支配人を通じて行ってもらいたい」
「分かりました」
ようやく話の終わりが見えて、俺はほっと一息ついた。皇帝が出てきてくれたおかげで一気に話が進んだな。
そう思った時だった。
「さて……イルナーン子爵、席を外してくれるか」
「……なんですと?」
「支配人と内密で話をしたいことがあってな」
「ですが、この者には嫌疑が――いえ、陛下の身にもしものことがあれば……!」
古竜の件は罪に問わないという皇帝の言葉を思い出したのだろう、子爵は言葉を変えて反対する。
「ワシとディネアがいて、もしものことがあると思うか?」
「それは……」
子爵の言うことはもっともだが、さりとて今も現役の戦士だという皇帝を侮るような発言もできない。やがて、子爵は一礼して部屋を去っていく。去り際に俺を睨んでいたが、涼しい顔で受け流しておく。
「お主たちもだ」
ついで、皇帝は近衛騎士にも席を外すよう指示を出した。その言葉に驚きを見せた近衛騎士たちだが、そこはさすがと言うべきか、黙って全員が退出する。
これで、部屋に残ったのは俺とイスファン皇帝、そしてディネア導師の三人だけだ。国の重鎮二人と差し向いになったことで、嫌でも警戒心が呼び起こされる。
「さて、もう一つ確認したいことがある。……古竜との戦いで展開していた、闘技場の防御結界についてだ」
「結界の、どのようなことでしょうか?」
努めて平静な声で答えたつもりだが、心臓の鼓動は早くなっていく。さっきのイルナーン子爵であれば、言を弄してごまかせたかもしれないが、目の前にいる人物の片方は魔術ギルド長だ。
しかも、彼女はレティシャの師であり、『魔導災厄』とも旧知の仲だという。これでは、レティシャたちの存在を匂わせてごまかす方法は使えないだろう。
さらに言えば、『結界の魔女』という二つ名からして、そっち方面のスペシャリストである可能性も高かった。
「二十八闘技場の結界は、古竜の吐息すら受け止めたそうだね。術師は何者だい?」
「それは、術師を魔術ギルドにスカウトしようということでしょうか?」
訊いてきたディネア導師に質問を返す。だが、答えを返したのは皇帝のほうだった。
「それもあり得るが、むしろ我が国の国防上の問題だ。古竜の攻撃を凌ぐことができるほどの魔術師であれば、その他の魔法についても人並みではあるまい」
「なるほど」
皇帝の懸念はもっともだった。古竜の吐息を何度も防げるような卓越した魔術師であれば、古竜の吐息と同程度の破壊力を生み出せる可能性は高い。
そして、それは国防の危機と同義だ。古竜と違って発見が難しい分、もっと性質が悪いとすら言えた。
だが、それが理由だというのであれば、まだ交渉の余地はあるかもしれない。俺は少しだけ真実を明かすことにした。
「これは、闘技場でも極秘事項なのですが……あの結界は『極光の騎士』によって展開されたものです」
「なんだって?」
予想外の言葉だったのだろう、ディネア導師は驚きの声を上げた。
「結界に求める強度は、組み合わせによって変わります。一般的な試合であれば、魔術師や神官に普段通り依頼するだけですが、今回は『極光の騎士』と『大破壊』の戦いがある以上、用意できる最高の結界を展開する必要がありました」
「となると……『極光の騎士』は結界術まで修めているというのか」
「ぜひとも話を聞いてみたいもんさ。思いつくのは、魔法陣と触媒をふんだんに使った方法だけど……ひょっとすると、あたし達が思いもよらない技術を持ってるかもしれない」
二人の興味が『極光の騎士』へ向かう。
「これは推測なのですが……『極光の騎士』は魔道具を使用しているようでした」
そう付け加えたのは、二人の『極光の騎士』への興味を散らすためだ。魔道具というよりは装置だが、嘘は言っていない。
「魔道具か……『極光の騎士』が優れた結界術師だという説よりは信憑性があるな」
「古代文明のものかもしれないね……」
期待通り、二人の思考が魔道具へ移る。古代魔法文明の魔道具ともなれば、今の魔法技術では解析できないものも多い。そのため、多少突飛な話でも笑い飛ばすことはできないはずだった。
「それなら問題はないな。専守防衛の魔道具であればそう危険もあるまい」
「いいのかい? この前の巨人騒ぎだって、結界を転用されたから対応が後手に回ったんだよ?」
「だが、その騒ぎを解決したのも『極光の騎士』だ。本人にその気があるなら、とっくに帝都は大打撃を被っているはずだ」
二人の会話が進む。素性を不明にしているおかげか、『極光の騎士』がなぜそんな魔道具を持っているかについては、特に疑問を抱いていないようだった。
「イスファンは『極光の騎士』を信頼しすぎだよ」
「ワシが皇帝をやってこれたのは、誰をどの程度信じてもいいか、そこを間違えなかったからだと思っておる」
「それは神託かい?」
「戦士として……いや、人としての勘だな」
「……ま、いいけどさ。あんたのことだ、対策の一つくらいは考えてるだろ」
そんな会話の後、皇帝は俺に視線を向けた。
「支配人、時間を取らせたな。公にはできんが、帝都の危機を未然に防いでくれたことには感謝している。表立った褒美は出せぬが……」
「事件の性質を考えれば、当然のことです」
俺は神妙に頷いた。事案が事案だけに仕方がない話だろう。すると、皇帝は困ったように頬をかいた。
「……そうあっさり承諾されると、それはそれで落ち着かぬな」
「そりゃ、古竜を退治しておいて褒美が出ないなんて前代未聞だろうからね」
茶化すようにディネア導師は笑う。その言葉を受けて、皇帝の困り顔はいっそう深いものになっていた。どうやら本当に困っているらしい。そこで、俺は一つ提案をすることにした。
「褒美の代わりと言ってはなんですが……よろしければ、モンドール皇子の試合を観に来られませんか? 『極光の騎士』との試合は難しいかもしれませんが、皇子に見合った上位ランカーを対戦相手に据えます」
「ふむ……?」
俺の真意を測りかねたのか、皇帝は目を瞬かせた。
「なるほどね、そうなりゃ『皇帝が観戦した闘技場』って箔が付くわけだ。傍から見れば息子の試合を観に来ただけだし、そう不思議なこともない。……落としどころとしては悪くないね」
「なるほどな。ワシにも異存はない。どちらかと言えば、ワシのほうが得をする気がするが……」
「陛下をお迎えすることは闘技場の誉れ。金銭では贖えない価値がございます」
しれっと言い切る。もう少し現実的な部分でも得をする予定だが、建前は大切だ。
「そうか……。それでは、詳しい話はモンドールにでも言付けるがいい。支配人、今日はご苦労だったな」
「『極光の騎士』もだけど、あんたも面白い男だね。レティシャが気に入るわけだ。……ま、今後ともよろしく頼むよ」
どうやら、ようやく退室の許可が下りるようだった。帝国の最高権力者である二人の声を受けて、俺は恭しく頭を下げた。