古竜 Ⅳ
『了解しました、決戦仕様モードを起動します』
クリフの声が流れ、魔導鎧に蓄えられていた魔力が解放される。俺の視界に影響はないが、周囲からは変色光を纏っているように見えるはずだ。
『おおおおおっ!? ノ、『極光の騎士』が七色の変色光を纏っているぅぅぅっ!? これはまさか、『極光の騎士』の名の由来となった伝説の輝きなのかぁぁぁぁっ!』
「ぬ……!?」
すぐ傍にいた『大破壊』も驚きに目を見張る。だが、詳しく説明している暇はなかった。
「奴を叩き落としてくる。――流星翔」
決戦仕様モード時のみ使える魔法を使用すると、俺は古竜目がけて一気に飛び立つ。
「グゥゥゥ……!?」
まさか、人が飛んでくるとは思わなかったのだろう。古竜に目立った動きはなかった。それを幸いと、俺は剣を構える。
「威力増幅起動」
剣への負荷は気になるが、無防備な古竜に一撃をいれる機会を逃すわけにはいかなかった。
「腐食の枝!」
そして、何度も古竜の鱗を蝕んだ魔法剣を発動する。
「グアァァァッッ!」
ここにきてようやく警戒心を抱いたのか、古竜は雄たけびを上げて迎撃の動きを見せた。
「――っ!」
そうして振るわれた尾の一撃を、俺は急な方向転換でかわした。流星翔は直線的な動きしかできないため、方向転換は身体に負荷がかかる。だが、それに耐えることができれば、空中戦を行うことは可能だった。
古竜の尾をすり抜けた俺は、そのまま頭部へ剣を突き立てようと突き進む。だが、それを察した古竜が頭を振ったことで、剣はわずかに頭部を削っただけで逸れてしまう
「それならっ……!」
頭部にダメージを与え損ねた俺は、流星翔の軌道に少し修正を加えると、前方の左翼を斬りつけた。
流星翔の速度が後押しをしたこともあり、凶悪な魔法剣が古竜の翼を溶かしながら斬り裂いていく。
「グアァァァッッ!」
古竜が怒りの咆哮を上げる。巨大な翼を斬り落とすことはできなかったが、それでもかなりのダメージを与えることができたようだった。
古竜はまだ空中に留まってはいるものの、さっきまでの安定性が失われており、羽ばたくたびに血液が噴き出ていた。
『……相変わらず呆れた人ですね。以前にも申し上げましたが、流星翔は移動手段であって、空中戦のための魔法ではないのですが……』
クリフから呆れた雰囲気の念話が伝わってくる。流星翔を使って戦うことは初めてではないが、そのたびに呆れられてる気がするな。
『こうして実戦に使えているんだし、問題ないさ』
『そんな無茶な使い方をする人は、歴代の主人の中でも貴方だけですよ』
『そうか? それは意外だな』
『空中戦をするためには、急な方向転換による負荷に耐えられる身体能力や、立体的な空間把握能力が必要ですからね。……本当に、主人は野生的な能力には優れていますね』
『それ、褒めてるのか……?』
そんな会話をしつつ、俺は空中で方向を変えた。狭い結界のせいもあり、巨体を誇る古竜はすぐに向きを変えることができないが、俺のサイズであればどうということはない。
空中で方向転換をした俺は、古竜が振り返る前に追撃に入った。
「次元斬!」
狙ったのは、先ほど腐食の枝で弱らせた左翼だ。流星翔の推力を武器に、再び左翼を斬りつける。
古竜の背後から迫ったこともあり、振るわれた尾は避けるまでもなく外れていた。そして、狙い通りに次元斬が翼を斬り裂く。
「グウォォォッ!」
背後から突き抜けて、古竜の目の前に現れた俺を逃がすまいと、凶悪な顎が開かれた。
俺は転がるように左側へ飛んだ直後、咄嗟に高度を上げる。身体に凄まじい負荷がかかるが、耐えるしかない。
一瞬遅れて、前脚が俺の真下を通過していった。巨大な質量が高速で通り過ぎたことで突風が生み出され、危うくバランスを崩しそうになる。
「――っと」
なんとか姿勢を立て直し、古竜の様子を観察する。左翼からはおびただしい血液が流れ落ちており、右翼と比べればまともに機能していないのは明らかだった。
それにもかかわらず、古竜が地上へ墜落する様子はない。
『ひょっとして、翼じゃなくて魔力で浮いているのか……?』
『その可能性はあります。先程の吐息のあたりから、古竜の空中での安定性が増していましたからね。ひょっとすると、魔力で浮かぶ方法を会得したのかもしれません』
『そんなことが、一朝一夕でできるものか?』
『相手は数千年の時を生きてきたであろう古竜ですからね。今までは必要がなかっただけで、やろうと思えばできたのかもしれません』
『なんて奴だ……』
そんな念話のやり取りをする間にも、古竜の攻撃は止むことがなかった。その牙や爪、尾を駆使して俺を捉えようとしているが、こっちも素直に当たるわけにはいかない。
流星翔によって空中を縦横無尽に動き回り、なんとか攻撃を回避していた時だった。ふと嫌な予感がして、俺はその場から大きく離脱した。
『――魔力を感知。風魔法です』
クリフの警告と同時に、古竜の目の前で真空の竜巻が立ち昇った。わずかに残っていた石床の破片が、竜巻に巻き込まれて粉々になっていく。
「今度は風魔法かよ。隠し玉が多いな」
俺は顔をしかめた。古竜の有り余る魔力であれば、稚拙な魔法ですら災害級の被害を生みかねない。
『というよりは、今編み出したのではありませんか?』
『どういうことだ?』
『あんな魔法を初めから使用できたのであれば、地上で戦っていた時に使っていたはずです。地上でも、お二人を捉えられずに苦労していたようですからね』
『つまり、今の風魔法もさっき編み出したものだと?』
『可能性はあります。深手を負った上に、相手には自分の攻撃が当たらない。古竜がそんな事態に陥ることはないでしょうからね。
初めて、自分の肉体と吐息以外の攻撃手段を欲したのかもしれません』
『最悪だな……』
ということは、戦えば戦うほど強くなっていくわけだ。ただでさえ無茶苦茶な基礎スペックを誇るのに、この上学習までされては太刀打ちできない。
となれば、決着を急ぐしかなかった。魔導鎧の魔力もだいぶ減ってきているし、多少の無茶は仕方ないだろう。俺は覚悟を決めると、空中で剣を構えた。
「威力増幅起動。――終端の剣」
それは、『大破壊』との最後の激突で使用した魔法剣だった。破壊力は甚大だが、その分制御が難しい。そこに威力増幅をのせた上に、流星翔による立体起動だ。難易度の高い並行作業により、俺の頭は限界までフル稼働していた。
『主人、下方から竜巻が来ます』
『分かってる!』
下から来る竜巻を急速前進でかわすと、俺は紫闇色に輝く剣を振りかぶった。目の前にあるのは、巨大な古竜の頭部だ。その一点目がけて、俺は終端の剣を叩きつける。
「――ッ!」
巨大な力場を上から叩きつけられたことで、古竜の高度が次第に下がっていく。怒りの咆哮を上げているようだが、それすらも耳に入らない。ただひたすら、俺は終端の剣を押し込み続けた。
『主人、古竜との押し合いで魔力が急激に減っています』
『こいつを地上に叩きつけるまでもちそうか?』
『厳しいかもしれません。まさかこんなに魔力が減るとは……さすが古竜と言うべきでしょうか』
そんな矢先にもたらされた知らせに、俺は奥歯を強く噛み締めた。こうなった以上、俺にできることは押し続けることだけだ。
そんな思いとともに、俺は目の前の古竜を睨みつける。その頭部には小さな傷がついており、終端の剣の圧力で傷が広がっていく様子が見える。
「いけるか……?」
それは、空中戦の最初の一撃でつけた小さな傷だ。古竜の巨体からすれば小さな傷だが、絶大な魔法耐性を持つ竜鱗が剥がれている数少ない箇所。
翼を潰しても意味がない以上、頭部を直接狙うしかない。そう考えた末の選択だった。
じりじりと高度が下がる。だが、その速度は非常にゆっくりしたものであり、このままではこちらの魔力が先に尽きるのではないかという不安に取りつかれる。
もし魔力が尽きてしまえば、もう俺にできることはない。怒り狂った古竜に殺されるだけだ。
しかも、それは俺だけにとどまらない。闘技場の観客はおろか、帝都全体が甚大な被害を被るだろう。帝国自体が存続の危機を迎えるかもしれない。それほどの惨劇が予想された。
何かできることはないか。こみ上げる不安を押し殺して、そう考えていた時だった。ドッ、という振動が手に伝わる。
「なんだ……?」
そう訝しんだ俺だったが、その答えはすぐに分かった。古竜の右眼から血が噴き出ていたのだ。そして、突如として右眼にダメージを受けた古竜は集中力を失ったのか、終端の剣の圧力に押されて一気に地上へ落ちていく。
「おおおおおおっっ!」
それは好機だった。俺は古竜ごと地面に激突する覚悟で、流星翔を使って突き進む。古竜はなおも抵抗しようとしていたが、一度ついた勢いはそう簡単に止まるものではない。そして――。
「ガアァァァッ!」
赤い光がカッと迸り、視界を赤く染める。本人の姿は見えないが、『大破壊』の闘気で間違いないだろう。少し前までは恐ろしく思えていた赤光が、今は不思議なほど頼もしく見える。
そして、まるで最終試合を再現するかのように、終端の剣と『大破壊』の闘気が激突した。
「――っ!」
再び、耳をつんざく破壊音が響き渡る。最終試合と違うのは、俺たちの力場の間に古竜が挟まれているということだ。
「グガアァァァッッ!」
個人が有する破壊力としては最高峰に位置するだろう二つの力場に挟まれ、さすがの古竜も絶叫する。場には破壊のエネルギーが渦巻いており、結界がなければ観客席も吹き飛んでいただろう。
そんな破壊に特化した空間の中で、俺は暴発しそうになる魔力をなんとか束ね、古竜を圧し続けていた。
「グル……ゥ……」
それからどれほど経っただろうか。俺の目の前で何かが動いた。それが古竜の額の傷が一気に広がったものであり、そこから血が噴き出た結果だと理解するまでには、しばらく時間が必要だった。
やがて、腕から伝わっていた古竜の抵抗がなくなる。物質としてはたしかに存在するのだが、そこにはもはや動きが感じられなかった。
頭部から血を噴き上げた古竜は、ズゥン、という地響きとともに地に倒れ伏す。その身体から流れる血液は、無限に湧き出るかのように思えた。
「倒した、のか……?」
それを見届けた俺は半信半疑で呟く。
「……竜に死んだフリなどという発想があるとは思えん。奴らは生態系の頂点なのだからな」
俺の呟きに答えたのはもちろん『大破壊』だ。俺は彼に向き直る。
「だが、この古竜は戦いの最中に急激に成長していた」
「死んだと見せかけて騙し討ちにする可能性もあると? 『極光の騎士』、お前は心配性だな」
言いながら、『大破壊』は臆することなく古竜に近付いていく。そして色々と検分した後で、満足そうに口を開いた。
「安心しろ。この竜はどう見ても死んでいる。そもそも、これだけ盛大に頭が割れていては、どんな生物も生きてはいられまい」
言って、破砕柱を古竜の目に突き立てる。それでも一切動く様子がないことを確認すると、ようやく古竜を倒したとの実感が湧いてくる。
『これは……これは、ついに決着だああぁぁぁっ! 『極光の騎士』と『大破壊』、両雄の奥義のぶつかり合いに挟まれて、さしものの竜も耐えられなかったあぁぁぁっ!』
そこへタイミングよく実況が入り、観客から歓声が上がる。誰もが立ち上がり、割れんばかりに拍手をしていた。
呆けたようにその光景を眺めていた俺は、はっと我に返る。
「……『大破壊』、最後の出番だ。歩くだけの体力は残っているか?」
「ふん。お前こそ足下が覚束ないのではないか?」
そんな軽口を叩きながら、俺たちは試合の間の中心へ向かう。もはや石床も何もないが、それでもここは試合の間だった。
『特別試合、『極光の騎士』&『大破壊』 対 竜王! 勝者は――』
その言葉に合わせて、俺は剣を、『大破壊』は破砕柱を掲げる。たっぷりと間を取った後、実況者は高らかに宣言した。
『『極光の騎士』、および『大破壊』! 我らが英雄たちの勝利だああぁぁぁっ!!』