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妨害 Ⅴ

【支配人 ミレウス・ノア】




 闘技場の演し物の一つに『猛獣狩り』というものがある。その名の通り、剣闘士が猛獣と戦う試合であり、剣闘士同士の戦いとは違った趣が楽しめる。その試合形式は一対一とは限らず、一対多や多対多なども見られ、バリエーションも豊富だ。


 剣闘士の信念や戦闘スタイルに影響されるため、猛獣狩りに出場する剣闘士はそう多くないが、中には『猛獣狩り』専門の剣闘士も存在しているくらいだ。

 剣闘士とは異なり、獣に寸止めという発想は存在しないため、剣闘士の死亡率が多いのもこの興行の特徴だ。そんな理由から、第二十八闘技場うちではあまり企画していない。


 そして、この猛獣狩りの興行で一番人気があるものは、相手が魔力を帯びた獣――モンスターである場合だ。当然ながら、ただの獣よりも強敵である上に、魔力を宿している影響で特殊能力を持つ個体も多い。


無影蛇クリープサーペントか……」


 ウェルヌス闘技場の客席で、俺はその猛獣狩りを観戦していた。俺の眼下では、一人の剣闘士が複数の無影蛇クリープサーペントと戦っている。

 無影蛇クリープサーペントは透明化の能力を持っている大蛇であり、その全長は三メテルを超えているだろう。その真骨頂は森林での奇襲にあるため、試合の間(リング)での戦いは力を十全に発揮できているとは言えない。


「何体いるのかしら。一体ということはないわよね?」


「たぶん三体だな。そんなことを入口で聞いた気がする」


 隣席のレティシャに答えると、俺は試合の間(リング)全体に目を凝らした。その真価を発揮できない代償なのか、無影蛇クリープサーペントは複数の個体が投入されていた。


 なぜその様子が分かるのかと言えば、試合開始早々に、剣闘士が巨大な網を試合の間(リング)全体に放ったからだ。そのおかげで網が不自然に盛り上がっており、その所在を見分けることができた。だが――。


「あんまり上手くないやり方に思えるな……」


「そう? あの網一つで場所の把握と行動阻害ができるのだから、いい手だと思うけれど」


 俺の呟きを聞いて、レティシャが軽く反論する。


「戦い方の話じゃなくて、演し物として考えた場合さ。せっかく戦いを観に来たのに、片方が目に見えないんじゃ面白くない気がする」


 もちろん、いつ剣闘士が襲われるか分からないという緊迫感はあるが、それにしても観客に負担をかけすぎだ。剣闘士の動きから、目に見えない存在を想像し続けるというのはかなりの重労働だからだ。玄人受けはするだろうが、大々的にやるには少し難しい。

 わざわざ捕獲に経費を割いてまで組むべき試合だろうか、というのが俺の本音だった。


「それとも、何か別の理由でもあるのか……?」


 ついそんなことを考えてしまう。これまでの確執に加えて、この前の建設現場での妨害行動。まだウェルヌス闘技場が黒幕だと決まったわけではないが、どうにも勘繰ってしまうな。


「ところで、レティシャならどう戦う?」


 気分を変えようと、俺はレティシャに話しかけた。冒険者としての経験もある彼女なら、面白い対応をするかもしれない。だが、彼女は悩むことなく口を開いた。


「広範囲魔法で一気に焼き払うでしょうね」


「……そりゃそうか」


 あっさり納得する。一体ずつ敵を相手取る剣闘士と違って、魔術師にはそれがあるからな。レティシャは魔法の発動速度も随一だから、始まって十秒と経たないうちに、モンスターがこんがり焼き上がっているかもしれない。


「となると、もしレティシャが猛獣狩りに出るなら、広範囲魔法を食らっても死なないタフなモンスターを用意する必要があるな」


 しかし、レティシャが広範囲魔法を本気で放った場合、それに耐えられるのは……。


ドラゴンくらいか」


ドラゴン……」


 それは半ば冗談だったのだが、レティシャは不思議な反応を示した。憂いを帯びた表情に切り替わったのだ。ひょっとして、本気で竜と一対一をさせられると思ったのだろうか。


「……すまない、冗談のつもりだった」


 素直に謝る。だが、当のレティシャはきょとんとした顔で俺を見ていた。


「急にどうしたの?」


「え? ……いや、憂鬱そうに見えたから」


 答えると、レティシャは一瞬慌てたように見えたが、すぐに笑顔を浮かべる。


「ミレウスと一緒にいるのに、憂鬱になるわけがないじゃない」


 それはいつも通りの物言いだ。だが、彼女の様子が気になった俺は、念のためにと付け加える。


「どのみち竜と戦うようなことはないさ。捕獲にかかる料金も凄まじいし、そもそも竜を生け捕りにできる人間がな……」


「それはそうね。それに、捕まえておく檻だって特別製になりそうだし」


「アダマンタイト製の檻が必要だな。竜の巨体が入る檻をアダマンタイトで作るとか、莫大な金額になるだろうが……」


「そもそも、そんなに伝説の金属を用意できるとは思えないわね」


 そして、二人で軽く笑い合う。


「けどまあ、竜だからな。数も少ないし、縁があるとは思えない。気にすることはないか」


「…今のミレウスは、新しい闘技場のことに集中するべきだもの。そんなことを考える必要はないわ」


 レティシャは俺の言葉に同意すると、試合の間(リング)へ視線を戻した。


「あら、無影蛇クリープサーペントを一体倒したみたいね」


「剣闘士も多少傷を負ったみたいだが、無影蛇クリープサーペントに毒はないはずだし、このまま押し切れるだろう」


 そして四分の一刻後。俺の予想は正しく、網と槍を持った剣闘士は三匹の無影蛇クリープサーペントに勝ちを収めたのだった。




 ◆◆◆




 ウェルヌス闘技場の歴史は古い。ルエイン帝国の現皇帝や『結界の魔女』とともに戦い、幾度も死線をくぐり抜けてきた剣豪が開いた闘技場であり、彼はすでに没しているものの、弟子の一人が跡を継いでいる。


 その経過は第二十八闘技場うちと非常に似通っていて、俺としては親近感すら抱いていたのだが、うちが魔術師を剣闘試合に組み込むようになって以来、非常に敵愾心を抱かれるようになっていた。


 そして、その負のオーラを隠そうともせず、ウェルヌス闘技場の支配人セルゲイ・エルムトは俺の前に立っていた。


「ミレウス殿、ウェルヌス闘技場に何かご用かな?」


「いえ、今回の猛獣狩りの演目に興味をそそられたものですから。そして、せっかくウェルヌス闘技場を訪れたからには、セルゲイ支配人に挨拶をと思いまして」


「ほほう、それは殊勝なことだ」


 セルゲイは鷹揚に頷いた。嫌いな人間が相手であったとしても、敬われることに抵抗はないらしい。だが、その後に余計な言葉を付け加えてくる。


「闘技場がなくなって、よっぽど暇になったと見える。私も君のように楽をしたいものだ」


「私もそう考えていたのですが、現実はそうもいきません。剣闘士を目指す(・・・・・・・)青年たち(・・・・)が新闘技場の建設を妨害してきたり、色々な事件が起きるものですから」


 俺の言葉を耳にした途端、セルゲイ支配人の眉がぴくりと動く。年齢は四十歳近いはずだが、もともとが戦士であり、先代の死去に伴って後を継いだ彼は腹芸が得意ではなかった。


「……剣闘士を志す若者にとって、第二十八闘技場の在り方は納得できないということだろうな」


 そう告げると、彼は一人でソファーに腰かける。着席を勧めるつもりはないようだが、俺もこの手の対応には慣れている。


「ああ、恐れ入ります」


 さも席を勧められたかのように振る舞い、堂々と腰を下ろす。案件にもよるが、今回は下手に出るつもりはない。


 俺の反応に顔をしかめつつも、セルゲイは無言だった。やがて、その視線は俺の隣へと向けられる。そこにいるのは、もちろんレティシャだ。


「……女連れでの訪問は感心せんな。ミレウス殿が女にうつつを抜かすのは勝手だが、それを仕事に持ち込むのはいかがなものか」


 視線を俺に戻すと、彼は鼻を鳴らした。


「まあ、それほどに非常識な人間でなければ、魔術師を剣闘士登録するような恥知らずな真似はできないだろうが」


 それはいつもながらの嫌味だった。聞いていて楽しいわけではないが、会うたびに繰り返されているため、もはや挨拶の範疇だ。


「ご忠告痛み入ります。ですが、仕事と無関係な人間を連れて来たわけではありません」


「ほう……?」


「ご紹介します。第二十八闘技場が誇る最高の魔術師、『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』です」


「第二十八闘技場所属の剣闘士・・・、レティシャ・ルノリアと申します」


 俺の紹介に合わせて、レティシャは澄ました顔で自己紹介する。その言葉を聞いて、セルゲイは目を見開いた。


「『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』だと……!」


「先日は、素敵な交流試合を組んでくださってありがとうございました。とても楽しい試合でしたわ」


 レティシャは優雅に微笑む。だが、セルゲイ支配人の表情は渋くなる一方だった。彼が派遣したウェルヌス闘技場所属の剣闘士マケインは、『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』との戦いに敗北し、直後の再戦でも完膚なきまでに叩きのめされたからだ。


 ウェルヌス闘技場の剣闘士の中では、マケインは中の上といったところであり、帝都五十傑クラスの所属剣闘士ならもっといい戦いをしたはずだ。そういう意味では、魔術師たちの実力を甘く見積もったセルゲイの判断誤りだったと言える。


 その結果、質の高い剣闘士が揃っているウェルヌス闘技場に勝利したということで、うちの闘技場の人気が高まったのだから皮肉なものだ。


「ふん……移転前の最終試合では、あの『金閃ゴールディ・ラスター』と引き分けたと聞くが……恥ずかしいとは思わんのか」


「ええと……なんのことでしょうか?」


 突然の非難に首を傾げる。すると、セルゲイは不快げに眉根を寄せた。


「『金閃ゴールディ・ラスター』ほどの優れた剣闘士に八百長をさせることだ。魔術師の人気を高めるために芝居をさせたのだろうが、剣闘士の心を蔑ろにする恥ずべき行為だ。『金閃ゴールディ・ラスター』が哀れでならん」


「はあ……」


 その言葉を聞いて湧いてきた感情は、怒りというよりも呆れだった。あのユーゼフが八百長を了承するわけがない。

 レティシャの様子を窺うと、彼女も同じ気持ちなのか、不思議そうに目を瞬かせている。


「『金閃ゴールディ・ラスター』の名誉のために言わせてもらいますが、あの試合は八百長ではありません。第二十八闘技場が誇る二人の優れた剣闘士が、全力で戦った結果です」


 ためらうことなく断言する。あの試合は、歴代で五本の指に入る素晴らしい試合だと言っていいだろう。


「馬鹿な……『金閃ゴールディ・ラスター』は帝都剣闘士ランキング五位だぞ? そこの小娘が剣闘士の最高峰に立てるはずがない!」


「あら……小娘なんて言われたのは久しぶりね。支配人は口がお上手ですわね」


 怒鳴ったセルゲイを茶化すように、レティシャは笑う。怒っているようだが、あの戦いを八百長呼ばわりされたことが原因だろうか。


「セルゲイ支配人は、その若さで自分の闘技場の剣闘士を倒したレティシャを褒めてくださっているんだろう」


 そんなレティシャに合わせて、俺も皮肉を口にする。正直に言えば、八百長のくだりは俺も不愉快だったからな。多少の皮肉は言ってもいいだろう。


「な……!」


 だが、セルゲイはそうは思わないようだった。彼はカッと目を見開いたかと思うと、大きな怒鳴り声を上げた。


「ちっぽけな闘技場風情が調子に乗るな! 第二十八闘技場も! それを支持する観客(馬鹿ども)も! 瓦礫に埋もれてくたばるがいい!」


 その剣幕はなかなかのものだった。彼の瞳に宿る狂的な光が俺を捉える。


「何が魔術師だ! 何が世の流れだ! 栄光ある闘技場の座を追われただと!? 人に支配人を押し付けておいて、偉そうに言いやがって!」


 セルゲイは叫び続ける。いつしか、彼の怒りは別の方向へ向かっていた。その様子を、俺とレティシャは呆気に取られて見つめていた。


 俺の記憶が正しければ、彼は先代支配人の弟子の一人だが、特に頭角を現していたわけではない。むしろ、優秀な門下生は帝国軍に鞍替えしたはずだ。


 どういう経緯で彼が闘技場を引き継いだのか知らないが、一時は闘技場ランキング二位まで上り詰めていたウェルヌス闘技場は、その後四位まで順位を落としている。


 そして、三か月後にある闘技場ランキングの更新時には、五位以下に落ちるだろうという予測もなされていた。ひょっとすると、その辺りのことで精神的に追い詰められているのかもしれないな。


 そんな思いでセルゲイを見ていると、やがて彼は拳を机に叩きつけた。バン、という激しい音が支配人室に響く。


「あいつらに言われたさ! 第二十八闘技場は今の支配人になってから順位を上げたのに、お前はなんだってな! 俺だって『極光の騎士(ノーザンライト)』や『金閃ゴールディ・ラスター』が持ち駒にいれば、こんなに順位を落とすことはなかった!」


「持ち駒……」


 俺は思わず顔をしかめる。それが気に入らなかったようで、セルゲイは俺を睨み付けた。


「なんだその顔は! 支配人である以上、剣闘士を商材にしていないとは言わせんぞ!」


「……そういう側面があることは認めましょう。だからこそ、彼らが人格を持った存在だということを忘れないよう努力しています」


「綺麗事を言いやがって……! 剣闘士を番犬代わりに使っている奴が善人ぶるな!」


「番犬……?」


 その表現に首を捻る。いったいどこからそんな単語が出てきたのだろうか。


「剣闘士を番犬だと思ったことはありませんが……何か思い違いをなさっていませんか?」


「建設現場に大量の番犬を揃えておいて、よく言う……!」


 セルゲイは苛立った様子で口を開いた。その言葉を受けて、俺はようやく彼が言いたいことに気付いた。


「支配人が仰っているのは、剣闘士を建設現場へ派遣していることについて、でしょうか」


「それ以外に何がある。お前は口では剣闘士を尊重するようなことを言っているが、実際には奴らを警備員としてこき使っているわけだ。お笑いだな」


 俺はその言葉に肩をすくめる。ひょっとして、気付いていないのだろうか。


「……ご存知ないようですが、剣闘士用の訓練場は一足先に完成していましてね」


「それがどうした」


 なんの関係があるのか、とセルゲイは訝しげに聞き返してくる。


「つまり、うちの剣闘士たちは、それを利用するために建設現場を訪れているのです」


 実際には警備員としての役割も期待しているが、今のところ目立った出動はないと聞く。怪しい人影はたまにうろついているようだが、剣闘士が頻繁に出入りすることもあって、なかなか手を出せないようだった。


「だから、番犬扱いはしていないと? ……ふん、お前らしい言葉遊びだ」


 セルゲイは鼻で笑う。向けられた侮蔑を受け流すと、俺は一つの疑問を投げかけた。


「セルゲイ支配人。一つ不思議なのですが……なぜ、うちの剣闘士たちが警備をしていると思うのですか?」


「なに?」


「彼らはちょくちょく建設現場を出入りしますが、警備のために周囲を見張ったり哨戒したりすることはありません。鍛錬をしに来ているのですから、当然です」


「……それがどうした」


 セルゲイはぶすっとした顔で答える。


「剣闘士たちの動きを見れば、彼らの目的が訓練場であることは明らかです。少なくとも、彼らが警備をしているという発想は出てこないはず」


「……!」


 俺が言いたいことが分かったらしい。セルゲイの目が見開かれた。


「……モンスターが放たれると、すぐに剣闘士が駆け付けたのだ。そう考えるのは当然だろう」


「そうでしょうか? 訓練場が現場近くにあって、たまたま居合わせた剣闘士が放たれたモンスターを掃討しただけです。そして、それ以来彼らが出動したことはありません。

 にもかかわらず、それを警備員だと考えるのは、彼らが近くにいると困る人間くらいでしょう」


「……何が言いたい」


 ギロリと睨みつけてくる眼光を無視して、俺は言葉を続けた。


「――彼らを警備員だと思うのは、やましいことがあるからでは?」


「なんだと!? ふざけるな!」


 怒鳴りながらも、セルゲイは明らかに狼狽えていた。


「ちなみに、一つ確認したいのですが……モンスターが現場に放たれたことや、剣闘士がそれらを掃討したことをどこで知ったのですか? あの場にいた人間には口外を禁じたのですが」


「ぐ……それは……」


 セルゲイは口籠もる。実際には、そんな緘口令を敷いた事実はない。そのため、作業員や剣闘士を通じて話を聞くこともあるだろう。


 だが、その真偽はもはや問題ではなかった。セルゲイが口籠もったということは、人に言えない情報提供者がいたということだ。そして、それは建設の妨害行為を繰り返し行っていた青年たちである可能性が高かった。


「そう言えば、現場にモンスターを放った青年たちなのですが、そのうち二人を捕まえまして」


「……ほう」


「衛兵の調べによると、この街区によく出入りしていたらしいのですよ」


 そう告げると、セルゲイの表情が強張った。


「……それがどうかしたかね?」


 ぎこちない表情のまま、セルゲイは問いを返してくる。そんな彼に、俺は笑顔を浮かべてみせた。


「いえ、ウェルヌス闘技場も嫌がらせをされないよう、お気をつけてくださいね。その関係で衛兵だって来るかもしれませんし」


「覚えておこう」


 セルゲイは苦虫を嚙み潰したような顔で頷く。


「……新しい闘技場も直に完成することでしょう。それまで、彼らが余計なことを企まなければいいのですが」


 そうして釘を刺す。セルゲイは忌々しそうに俺を睨みつけた。


「ふん……新しい闘技場が完成した暁には、『極光の騎士(ノーザンライト)』と『大破壊ザ・デストロイ』の試合を組むそうだな。せいぜい楽しみにしているがいい」


「そうですね、皆さんに楽しみにしていただいているようで、支配人としては喜ばしい限りです」


 嫌味を込めて、謙遜せずしれっと答える。すると、セルゲイは苦々しい表情を浮かべた。


「もちろん、支配人のお前も闘技場で試合を見届けるのだろうな?」


「もちろんです。新しい闘技場での初興行ですからね」


「そうか……」


 それを聞くと満足そうに頷く。その感情の動きが理解できず、俺は首を傾げた。


「それが何か?」


「……お前の支配人としての資質を確認しただけだ」


「そうですか」


 心中で溜息をつくと、俺はちらりと窓から外を見た。いつの間にか夕方に差し掛かっていたようで、空が茜色に染まっている。


 だいぶ時間も経ったし、引き上げるとするか。気になることばかりだが、この男が一連の妨害工作の黒幕である可能性は非常に高い。それが確認できただけでもよしとしよう。そう判断すると、俺はソファから立ち上がった。


「セルゲイ支配人、本日はありがとうございました。今後ともよろしくお願いします」


 社交辞令を口にすると、セルゲイは不敵に笑い返した。


「そうだな、今後を楽しみにしている」


 落ち着かない視線を背中に浴びながら、俺はウェルヌス闘技場の支配人室を後にした。



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