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建設 Ⅲ

 ルエイン帝国第二十八闘技場の最終興行日は、今までにない熱気に満ちていた。


『なんとぉぉぉぉっ! ユーゼフ選手、襲い来る無数の雷撃を弾き返したぁぁぁぁっ! こんなことが人に可能なのかぁぁぁっ!』


 夜の空に実況者の叫びが響く。最終興行日の最終試合とあって、喉を潰すことも辞さないのかと思わせる大音声だ。


 そして、彼が注目する試合の間(リング)に立っているのは、第二十八闘技場でも最上位に位置する二人、『金閃ゴールディ・ラスター』と『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』だ。それは、うちの闘技場が組めるほぼ最高の組み合わせ(カード)だった。


「あらあら……。今のは自信があったのに、さすが『金閃ゴールディ・ラスター』ね。いくら魔剣を持っていても、雷の速度に対応するなんて人間業じゃないわ」


「それを言うなら、あんな凶悪な雷撃を十数本も放つ君のほうが常人離れしていると思うよ? しかも軌道もタイミングもバラバラというおまけ付きだ」


 十メテルほど離れた距離でお互いを讃え合う。だが、二人の表情に油断はまったく見られなかった。


「……それなら、こんなのはどうかしら」


紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の口から、歌にも似た流麗な詠唱が紡がれる。それを隙と捉える剣闘士は多いが、ユーゼフが動くことはなかった。


 それを試合を盛り上げるためだと見る人間は多いだろうが、そうばかりとは限らない。なぜなら、レティシャが呪文詠唱と共に使用している呪歌の中には、幻影を見せるものがあるからだ。


 相手が迂闊に踏み込んでしまえば、彼女の実体を捉えられないどころか、詠唱していた魔法を受ける絶好の機会を作ってしまう。それが彼女の怖さだ。


白銀世界スノウ・ドリーム


 そして、『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の魔法が完成する。


「――あれは……!?」


「雪の結晶? きれい……」


 観客がざわめく。突如として現れた小さな結晶体が、瞬く間に試合の間(リング)を覆ったのだ。客席にも冷気が流れてくるが、熱狂している人々にはむしろ心地よいくらいだろう。

 最終日の最終試合ということで気遣ってくれたのか、今日の戦いで彼女が使う魔法は、いずれも見た目が派手なものであり、人々が熱狂する一因となっていた。


 だが、試合の間(リング)にいるユーゼフは楽しんでもいられない。降り積もる雪の結晶は無害に思えるが、おそらく氷魔法の下準備なのだろう。そして何より、急激に冷えた空気は戦士の動きを鈍くする。


『おおっと、『金閃ゴールディ・ラスター』が動いたぁぁっ! 無数の雪の結晶をものともせず『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』に迫る!』


 寒さを警戒したのだろう。ユーゼフは動き出すと、一気にレティシャとの距離を詰める。そして剣の間合いまで後一歩の所で――。


閃光フラッシュ


「っ!?」


 『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』を中心として、凄まじい光量が放たれた。


 夜とは言え、試合の間(リング)は過剰なほどの魔法光に照らされている。だが、それでもこれほどの光量を至近距離で浴びたのだ。目を灼かれて当然だ。

 雪の結晶を呼び出した目的は、ユーゼフを誘き寄せるためであり、光を反射させるためでもあったのだろう。


焦炎の竜巻(フレア・トルネード)


 続いて、ユーゼフの足下から直径四メテルはありそうな炎の竜巻が立ち昇る。パチパチと火の粉を振り撒く様は一種幻想的な光景だが、狙われたほうからすれば凶悪な代物だ。まして、今のユーゼフは光で視界を奪われているのだ。だが――。


「おおおおおっ!? ユ、ユーゼフ選手、炎の竜巻を避けたぁぁぁっ!? 目が見えていたのか!? いや違う! まだ彼の目は閉じられている!」


 実況者が驚愕の声を上げた。視界を失ったままにもかかわらず、ユーゼフは炎魔法を避けて、まっすぐ『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』に向かっていったのだ。そして、彼は剣を振りかぶる。


「っ!」


 だが、レティシャも黙って立っているはずがない。すでに自己強化魔法をかけている彼女は、斜め後ろへ跳びながら魔法を詠唱する。もはや、目が見えないユーゼフには捉えられないだろう。


 そう思った時だった。ユーゼフは『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』が跳んだ方へと進路を変えた。今度こそ、レティシャが目を見開く。


 そして、まるで目が見えているかのようなユーゼフは、勢いよく剣を振るった。その目は今だ閉じられているものの、狙いは正確にレティシャを捉えていた。


「あいつ……気配だけで戦ってるな」


 ユーゼフのレベルまで行けば、空気の流れで気配を掴むことはそう難しくない。そして、レティシャは常に魔法を詠唱しているため、音でもその存在を察知することができる。さすがのレティシャも、それは予想外だったのだろう。


 だが、ギィン、という硬質な音とともにユーゼフの剣は弾かれる。レティシャの魔法障壁が間に合ったのだ。それでも、『金閃ゴールディ・ラスター』は目に見えぬ速さで剣を振るい続ける。そして――。


『『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の魔法障壁が砕けたぁぁっ!』


 澄んだ破壊音とともに、レティシャの魔法障壁が失われた。ユーゼフの技量と魔剣の組み合わせは魔法にも高い効果を発揮することで有名であり、ほとんどの魔術師は一撃で魔法障壁を破壊されてしまう。

 それを考えると、破壊までに何度も剣を振るわせた『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』こそ、褒められるべきなのかもしれない。


 そして、ユーゼフの剣がレティシャの胸元目がけて突き出される。そこに提げられているのは、魔術師の勝敗判定に使う閃光石だ。この石が破壊されると、魔術師は負けとなる。


 だが、レティシャも黙ってはいなかった。


迎雷カウンターボルト!」


 彼女の周囲を幾重もの雷条が取り巻く。青白く輝くそれは、まるで鎧のようだった。そして、ユーゼフの剣が『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の胸元に吸い込まれ――。


 バジィッという甲高い音とともに、緑色の光が迸った。それは、魔術師が提げる閃光石が砕けた証しだ。そのことに気付いた実況者が声を上げる。


「い、今の光は閃光石が砕けた光だぁぁぁぁ! 勝者は『ゴールディ――』」


 だが、彼の言葉はそこで止まった。ドサリ、とユーゼフが倒れたからだ。


「救護!」


 俺はとっさに声を上げる。ユーゼフの頑丈さなら心配ないだろうが、念には念を、だ。声が届いたかどうかは分からないが、すぐに数人が救護室から駆け出してくる。

 そのうちの一人がシンシアであることを確認して、俺は少しだけほっとした。彼女がいれば、万が一の事態に陥ることはそうそうないだろう。


「……ん?」


 胸をなで下ろした俺は、ふと視線を感じた。見れば、実況者が俺のほうを見ている。どちらが勝ったのか決めかねているのだろう。


「と言ってもなあ……これはどっちが勝ったとも……」


 レティシャの閃光石が砕けたタイミングと、ユーゼフが至近距離で雷を浴びたタイミングはほぼ同時だ。正直、どちらが早かったかを調べることは困難だし、こうなるとあまり意味もない。


 そう判断した俺は、実況者に手で合図を送る。それは、滅多にない『引き分け』だった。


「結果が出ました! な、な、なんとぉぉぉ! 本日最終試合! 『金閃ゴールディ・ラスター』 対 『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』は相討ち! 引き分けだぁぁぁぁっ!」


 実況者が叫び声を上げる。すると、客席から戸惑った声が上がった。


「引き分け? 珍しいな」


「たしかに、同時としか言いようがなかったからな……」


 観客が口々に感想を口にする。彼らの視線の先には、ふらつきながらも立っている『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の姿があった。


「でも、お姉さまはまだ立っているじゃない!」


「何言ってるんだ、閃光石は砕けちまってるじゃねえか」


 そんなやり取りがもれ聞こえる。たしかに、現状だけを見れば『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』のほうが優勢に見えるかもしれないな。


 だが、『金閃ゴールディ・ラスター』は耐久力の低い魔術師が死なないよう攻撃を調整していたのだ。もしその手心がなければ、レティシャが胸を貫かれていた可能性は高い。それに、おそらく彼女の魔力だってもう残っていないだろう。まさに相討ちだった。


 とは言え、それぞれのファンはお互いに譲らないようで、客席の至る所から声が聞こえてきていた。


「『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』はちゃんと自分の足で立ってるんだぞ! 実質的には『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の勝ちだ!」


「何を言っているのよ、ユーゼフ様がちゃんと加減してくれたからじゃない! そうじゃなきゃ『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』は今頃死んでたわ!」


 そんな声を聞き流しながら、俺は救護状況を確認した。ユーゼフは応急処置を受けた後、救護室に担ぎこまれている。あの戦闘好きが倒れるほどだから、かなりのダメージを受けたのだろうが、あの様子なら大丈夫だろう。


 レティシャのほうはと言えば、彼女はその場から全く動かなかった。ダメージと疲労が著しく、一歩も動けない、というのが本当のところだろう。それでもしゃがみ込んだりしないのは彼女の矜持だ。


 一応、担架を持ったスタッフが待機しているのだが、ちゃんと立っている『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』を無理やり運んでいいものか、悩んでいるようだった。


「……どうしたものかな」


 活力付与リフレッシュが使える神官に試合の間(リング)まで行ってもらうべきだろうか。そう考えた俺だったが、試合の間(リング)に動きがあったことに気付く。


「おい、『蒼竜妃アクアマリン』だぞ」


「本当ね、どうしたのかしら」


 観客の言葉通り、試合の間(リング)に現れたのは『蒼竜妃アクアマリン』エルミラだった。彼女はツカツカとレティシャの下へ歩み寄る。


 そして、何事かを話していたかと思えば、エルミラが突然レティシャを抱き上げた。肩に担いだわけではなく、姫抱きのような形であるため、遠目から見ると絵物語のようだ。

 消耗しきっているにもかかわらず、無理やり立ち続けている『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』を慮ったのだろう。


 抱き上げられたレティシャは『蒼竜妃アクアマリン』に抗議しているようだが、彼女は聞く耳を持たず、『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』ごと試合の間(リング)から去っていった。


 その姿を見て、観客はしんと静まり返る……かと思ったが、そんなことはなかった。


「『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』! しびれる戦いだったぜ!」


「次の戦いも楽しみにしています!」


 そんな『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』を讃える声があったかと思えば、


「ユーゼフ様ぁ! 素敵な戦いぶりでした!」


「あんだけの魔法を剣一本で凌ぐなんざ、お前しかできねえぜ!」


 それに負けじと『金閃ゴールディ・ラスター』に声援が飛ぶ。もはや両者とも試合の間(リング)にはいないのだが、闘技場は二人の名前のコールが巻き起こっていた。


「……これ、いい加減しめるべきだよな」


 それからどれほど待っただろうか。一向に鳴り止まないコールを前にして、俺はぼそっと呟いた。

 支配人として最後の挨拶をしなければならないのだが、この状況下で俺が出て行っていいものだろうか。


「気持ちは分かるけれど、いってらっしゃい。ユーゼフもレティシャも、最後の試合をこれだけ盛り上げてくれたのよ。後はあなたの仕事じゃない?」


 ヴィンフリーデの言葉は正論だった。その言葉を噛み締めて頷く。


「ああ、そうだな」


 そして試合の間(リング)へ向かう。俺の姿を認めたことで、二人に対する熱狂的なコールが次第に収まっていく。


 観客たちの視線を充分に集めたと判断すると、俺は拡声魔道具を握りしめた。


「これにて、ルエイン帝国第二十八闘技場の本日の試合は終了となります。なお、事前にご案内しておりました通り、本日をもってこの闘技場での興行を終え、今後は三十七街区に建設している新しい闘技場にて興行を致します」


 前々から周知していたからだろう、その言葉に驚く人間はいなかった。その事実に満足すると、準備していた告知を口にする。


「再開は二カ月後の予定です。興行を楽しみにして頂いている皆様にはご迷惑をおかけしますが、何卒ご了承くださいますよう、お願い申し上げます。なお――」


 意図的に間を置くと、多くの観客が知りたがっているであろう情報を告げる。


「新しい闘技場での初興行も、本日の組み合わせ(カード)に匹敵する内容を準備しております。帝都が誇る英雄たち(・・・・・・・・・)の戦いを、ぜひご観覧ください」


「――なんだって?」


「ということは、やっぱり……」


 その言葉に客席がざわめく。この第二十八闘技場が『帝都の英雄』と呼ぶ剣闘士は一人しかいない。


「なお、対戦相手はこの闘技場所属の剣闘士ではありません。ですが、決して皆様のご期待を裏切ることはないでしょう」


「――っ!? ってことは……!」


「まさか、ランキング一位と二位の頂上決戦か!?」


 口々に声が上がる。持って回った言い方をしたのは、多少謎を残したほうが噂になると思ったからだ。だが、多くの人間はすでに確信を持っているようだった。


「『極光の騎士(ノーザンライト)』対『大破壊ザ・デストロイ』だと!? こりゃ特大ニュースじゃねえか! チケット手に入るのか!?」


「おい、新しい闘技場は何人くらい入れるか、知ってる奴いるか!?」


 さらに賑やかさを増す場内を見ながら、俺は最後の挨拶をする。


「――この闘技場ができてから、およそ十五年。皆様のおかげで、ここまで来ることができました。

 場所は変わりますが、ルエイン帝国第二十八闘技場の理念は変わりません。これからも……いえ、これまで以上に皆様にご満足頂ける闘技場となるよう精進いたしますので、どうぞよろしくお願いします。

 ……新しい闘技場で、皆様をお待ちしております」


 そして、深々と頭を下げる。それは観客に対するものであると同時に、この闘技場そのものに対する所作だった。すると――。


 パチパチ、とどこかから拍手の音が聞こえてくる。初めは気のせいかと思ったが、次第にその音は大きくなり、やがて万雷の拍手と化した。


「これは……」


 予想外のことにぽかんとした後、客席を見回す。そこにあるのは、どれもが好意的な笑顔だ。そのことに気付いて、俺は言葉に詰まった。


 これこそが、親父が遺してくれたものなのだろう。そう思うと、一気に何かがこみ上げてくる。


「本日は……ありがとう、ございました」


 感情を表に出さないよう食いしばると、それだけを口にする。割れるような拍手の中で、俺はいつまでも頭を下げ続けた。



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