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建設 Ⅰ

【『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』レティシャ・ルノリア】




「え!? ミレウスが勝ったの!?」


 帝都マイヤードのとある酒場で、レティシャは思わず声を上げた。その声に反応したのだろう、周囲の視線が彼女に集まるが、そのまま声の主を観察し続けるような不躾な人間は少ない。


 ここは酒場と言っても大衆向けではなく、それなりの金額を対価として支払うことができる人間だけが使用できる高級店だ。

 レティシャは大金持ちではないが、普通の酒場だとひっきりなしに男に声をかけられるため、こういった店を選ぶことも多かった。


「ん。……驚いた」


 答えたのは、数刻前に行われたミレウスと『金城鉄壁フォートレス』の戦いに立ち会っていた『蒼竜妃アクアマリン』エルミラだ。


 その顔に浮かんでいる表情から、本当にミレウスが勝利したのだと理解したレティシャは、思いがけない展開に二の句が継げずにいた。


「まさか、そんなことになるなんて……失敗したわ」


 ようやくそれだけを口にすると、机に突っ伏す。普段の彼女らしからぬ行動だが、それだけショックが大きいことを物語っていた。


「失敗?」


「……ミレウスが一方的にやられる所なんて見たくなかったし、ミレウスだって見られたくないだろうって、気を遣ったつもりだったのよ」


 突っ伏したまま、エルミラの問いに答える。ミレウスたちの戦いは気になるが、自分が顔を出すことはためらわれる。だからこそ、レティシャはエルミラに立会人に立候補するよう頼んだのだ。


「……でもこれじゃ、ミレウスのことを信じてないって言っているようなものじゃない」


「大丈夫。……支配人の強さ、誰も知らなかった」


 落ち込んでいるレティシャの頭に手を置くと、エルミラは優しく慰める。言葉が少ないせいで誤解されがちだが、彼女は冷淡な性格というわけではない。


「……そうよね」


 ミレウスがその強さを隠していた以上、信じる信じない以前の問題だ。エルミラの言葉を理解したレティシャは、ようやく上体を起こした。


 そして酒杯を呷ると、口を尖らせる。


「もう……自分で立ち会えばよかったわ。ミレウスが勝つところを観たかった……」


「勉強になる試合。……『金城鉄壁フォートレス』攻略の糸口」


 エルミラは真面目な顔で断言する。彼女と『金城鉄壁フォートレス』は勝ったり負けたりを繰り返しており、好敵手と言って差し支えない関係だ。その彼女が言い切る以上、本当に面白い試合だったのだろう。


「支配人、強い。目がいいし、センスがある」


「なんだか分かる気がするわ。ミレウスのことだから、動きの先読みなんか得意そうね」


 同意すると、レティシャは運ばれてきた魚の燻製に手をつける。その風味を楽しみ、グラスを傾けた後でふと首を傾げた。


「あの『金城鉄壁フォートレス』を倒したということは……ミレウスって、剣闘士になれば帝都五十傑に入れるってことよね」


「……それは、別の話」


「そうなの?」


「支配人、『金城鉄壁フォートレス』の動き把握」


「つまり、『金城鉄壁フォートレス』の戦い方やクセを理解しているから勝てたのであって、他の剣闘士ではそうはいかないということ?」


「そう」


 レティシャの言葉にエルミラは頷いた。『金城鉄壁フォートレス』は第二十八闘技場ができた頃からの古参だと言うし、ミレウスも付き合いが長いはずだ。

金城鉄壁フォートレス』だけには勝てたというエルミラの分析には納得できるものがあった。


 それに、レティシャと違って彼女は接近戦もできる。剣闘士の力量については、自分よりよっぽどよく分かるはずだ。

 ミレウスが強いことは素直に嬉しいが、元々彼にそういった強さを期待していたわけではない。


「だとしても、ミレウスが『金城鉄壁(フォートレス)』に勝ったことは事実だし、讃えられてもいいんじゃないかしら」


 今度ミレウスに会った時は、素直に祝福しようと考えたレティシャだが、ふと思い当たる。


「ねえ、あの剣闘士は『戦いの内容は口外しない』と言っていたけれど、エルミラも何か言われたの?」


 だとしたら、公の場で口に出すのは避けたほうがいいだろうか。そもそも、知っていることを悟られるべきではないのかもしれない。


 そう考えたレティシャだったが、エルミラは首を横に振った。


「……何も。でも、『金閃(ゴールディ・ラスター)』以外皆驚いてた」


「ヴィンフリーデも?」


「驚いてた。……あと、飛びついてた」


「飛びつく……」


 その言葉に引っ掛かりを覚えるが、あの二人が恋仲でないことは分かっている。レティシャは軽く頭を振ると思考を切り替えた。


「と言うことは、本当に内密だったのね」


 そもそも、『金城鉄壁(フォートレス)』は古参の剣闘士であり、かつ副支配人だ。その彼がミレウスの技量に驚いていた時点で、秘密にしていたか、公開したくない理由があったと見るべきだろう。


 だが、弱いよりは強いと見られるほうが得をする世の中だ。敢えてその力を隠す理由が分からない。


「……ミレウスなりのこだわりかしらね」


 意外とこだわりの多い支配人の顔を思い出すと、レティシャは分析を諦めた。こうして悩むくらいなら、今度聞いてみよう。レティシャはそう結論付けると、話題を変えた。


「――そう言えば、マイル君の手掛かりはあったの?」


「……ない」


 エルミラの表情が曇る。マイルとは、彼女の弟の名前だ。あまり込み入った話は聞いていないが、彼女たち姉弟は竜人の里を出奔し、旅の途中で生き別れたのだという。


「半竜人の姿は目立つから、情報が入ってきてもよさそうなものだけれど……」


 呟くと、エルミラは首を横に振った。


「あの子、クウォーター」


「ええ、覚えているわ。お母さんが違うのよね? けど、見た目は半竜人とあまり変わらないんでしょう?」


「角の遺伝、強く発現した。でも戦闘、弱い。人間並み」


 エルミラは行方知れずの弟を案ずるように眉を下げる。半竜人は竜人ほどの強靭な肉体を持っていないが、それでも基礎能力が非常に高い。


 だが、確実にその恩恵を受けられるのはハーフまでだ。四分の一(クウォーター)ともなれば、遺伝の発現にはかなり幅が出るのだと言う。


「心配」


 そもそも、エルミラが剣闘士のスカウトに応じたのは、有名になることで、弟に自分の居場所を報せたかったためだ。人をやっての捜索も続けているが、成果はさっぱり上がっていないようだった。


 そんな暗めの話をしていたレティシャは、ふとエルミラの後ろに目を止めた。


「あら……?」


 薄緑色の髪に切れ長の瞳。そして、人の倍近い長さの耳。そこにいたのは、この街では珍しいハーフエルフだったのだ。


「……?」


 彼女の目の動きに気付いたのだろう、エルミラが無言で何があったのかを問いかけてくる。不用意に後ろを振り返らないあたりはさすがと言ったところだ。


 だが、そんな彼女の警戒をよそに、ハーフエルフはこちらへ近付いてきた。


「――失礼、この辺りに木の枝が落ちていませんでしたか?」


 そして、不思議な質問をしてくる。どちらかと言えば、彼の意識はエルミラに向いているようだが、同じ混血種族ハーフという親近感があるのだろうか。


「こんなところに、木の枝……?」


「知らない」


 レティシャとエルミラは顔を見合わせた後、同時に口を開いた。服装は商人のものに見えるし、何か商品を忘れていったのだろうか。そう尋ねようとするが、向こうが先に口を開く。


「そうですか、勘違いだったようですね。他の場所を当たってみます。……お食事の手を止めてしまって申し訳ありませんでした」


 彼は笑みを浮かべると、優雅に一礼して去っていく。


「木の枝……?」


 その後ろ姿を見送りながら、エルミラは首を傾げた。


「まあ、エルフ族ならそういうこともありそうね」


 レティシャもあまり詳しくはないが、彼らは森と共に生きるという。人間にとっては折れた木の枝でしかなくても、彼らには特別な意味があるのかもしれない。


 そんな思いから足下を軽く捜索した後、レティシャは気分を切り替えた。


「――さ、食事の続きと行きましょう? ほら、杯が空いているわよ」


「レティシャ、ペース速い?」


「ふふ、祝杯だもの」


 言って酒杯を呷る。彼女たちの酒宴は、まだ始まったばかりだった。




 ◆◆◆




【支配人 ミレウス・ノア】




「ここに新しい闘技場を建てりゃいいんだな」


「はい、よろしくお願いします」


 闘技場の移転先となる三十七街区の一角で、俺は『気紛れ工房』の親方であるギルさんと打ち合わせをしていた。


「坊主が選んだにしては普通の場所だな。……ま、あの事件のことを考えりゃ普通とは言わねえか」


 そんなことを言いながら、ギルさんと俺は建設予定地をぐるっと一回りする。かなり広い敷地を確保したため、それだけでも結構な時間がかかった。


「……なるほど、坊主の希望通りの闘技場を建てられそうだな」


「それはよかったです」


 俺はほっと息を吐く。自分なりに確認したつもりだが、本職にお墨付きをもらえると安心感が違うな。


「で、メインになる試合の間(リング)はここら辺か。どれ……」


 ギルさんはしゃがみ込むと、地面に手を当てる。おそらくドワーフ固有の魔法を使っているのだろう。

 やがて、ギルさんはドワーフ特有の太い首を傾げた。


「こりゃ、地下になんかあったな。埋められた痕跡がある」


 その言葉に心臓が跳ねる。この試合の間(リング)の真下にはあの古代装置が眠っているからだ。

 だが、それは地下深くの話であり、闘技場の地下設備を作ったところで発覚するとは思えなかった。そして何より、レティシャが会心の出来だという結界を張ってくれている。


「この辺りの土地を売ってくれた人の話では、前に住んでいた人が、地下に深い穴を掘ることを日課にしていたそうです。地下室でも作りたかったんでしょうか……」


 準備していた言葉を並べると、ギルさんは面白そうに笑った。


「俺たちドワーフならともかく、人間にもそんな奴がいるもんだな……ま、それはそうとして、ちょっと図面と照合してみるか」


 幸いなことに、ギルさんがそれ以上怪しむ様子はなかった。それよりも今から建設する闘技場のことで頭がいっぱいなのだろう。


 しばらく図面を眺めていたギルさんは、やがて満足そうに頷いた。


「……よし、大丈夫だろう。となりゃ、後は建材と人員だな。人は集まってると聞いたが、建材のほうは手配できたか?」


「概ね大丈夫です。ただ、特殊な石材が少し不足していますね」


「足りねえのはどれだ?」


「黒楼石と響鳴石です。最近はあまり出回っていないみたいですね」


 俺は肩をすくめる。今挙げた二つの石材は、闘技場の具体的な設計を請け負ったギルさんから、準備するよう頼まれたものだった。


 俺の返答を聞いてギルさんは渋い顔をする。


「響鳴石は後のほうで使うから構わねえが、黒楼石は初期に使うもんだからな……それが用意できねえと、どうにも作業を進めにくい」


 その言葉を聞いて、俺の表情も苦いものへ変わる。建設作業が遅れると、その分興行ができなくなり、休業期間が伸びてしまう。休業中の賃金を支払うと言っている手前、それは避けたかった。


「方々に手を伸ばして探しているのですが、これがなかなか……」


 そして二人で難しい顔をする。そこまで珍しい石材ではないのだが、時期が悪かったのだろうか。


「ま、ここで話してても仕方ねえな。俺も知り合いに聞いてみるからよ」


「ありがとうございます」


 すぐには片付きそうにない問題を棚上げにすると、俺たちは再び図面を眺める。石材のことは気になるが、考えなければならないことはいくらでもあった。




 ◆◆◆




「ミレウス! 例の石材を工面できる人を連れて来たわよ」


「本当か!?」


 支配人室に俺の声が響く。待ち望んでいた朗報だ、これくらいの反応は仕方ないだろう。


 闘技場の建設は始まったばかりだが、基礎の一部には黒楼石が必要であるため、そろそろ作業に遅れが出そうなタイミングだったのだ。


「どこの商会だ? いや、目ぼしい商会はすべて駄目だったか」


 喜びのあまり、つい立ち上がる。だが、ヴィンフリーデは俺を押し留めるように口を開いた。


「ミレウス、その前に一つ聞いてほしいことがあるの」


「ん? どうかしたか?」


 俺は目を瞬かせた。このタイミングでわざわざ言わなければならないことがあっただろうか。


「――今から紹介する人はハーフエルフよ。ギルさんの伝手で知り合ったの」


「ハーフエルフか……」


 その言葉を聞いて、昂揚していた心に戸惑いが生まれる。


「ほら、やっぱり反応したじゃない。それが心配で先に報せに来たのよ」


「別に嫌いなわけじゃないぞ。ただ、いい思い出がないだけで」


 勝ち誇ったようなヴィンフリーデに、俺はしどろもどろに弁解する。だが、事情があるとは言え、俺がエルフ種に苦手意識を持っていることは否めない。


「……けど、感謝するよ。大事な商談相手を俺の好き嫌いで失うわけにはいかないからな」


「どういたしまして。秘書として当然の務めよ」


 ヴィンフリーデは得意げな笑みを浮かべた。そこへ、俺は質問を投げかける。


「それで、中身のほうはどうなんだ?」


「中身って?」


「性格とか、かな」


 そう答えると、ヴィンフリーデは納得したように頷く。そして、なぜか俺を見て小さく笑った。


「そうね、ミレウスに似ている気がするわ」


「なんだそりゃ……」


 俺が面食らっている間に、ヴィンフリーデは身を翻して支配人室の扉へ近付く。扉の向こうでは、そのハーフエルフが待っているのだろう。


 ヴィンフリーデが扉を開くと、やや長身の男が姿を現した。


「初めまして、ユミル商会のヴェイナードと申します。闘技場の革命児と名高いミレウス支配人にお会いできて光栄です」


「ルエイン帝国第二十八闘技場の支配人を務めているミレウス・ノアです。この度はご足労いただき恐縮です」


 年齢は俺と同じくらいだろうか。線の細い端正な顔立ちであり、その耳は明らかに尖っていた。エルフの純種に比べれば短いのだろうが、一見しただけでハーフエルフと分かる容貌だった。


「ハーフエルフは珍しいでしょう? この街にはあまりいませんからね」


 俺の視線が耳を捉えたことに気付いたのか、ヴェイナードは軽く笑った。


「失礼しました、つい珍しさから目を向けてしまいました」


「いえいえ、どうかお気になさらず。ハーフエルフだからこそ、こうして商会を営んでいるわけですしね」


「そうなのですか?」


 訊くと、彼は笑顔で頷いた。


「今回の黒楼石はドワーフの領分寄りですが、エルフ族でなければ見つけられない霊草や霊樹というものは意外に多いのです。

 私たちは、同じような境遇の仲間を集めて、商会として活動しています」


「なるほど……」


 それは納得できる話だった。エルフ以外には育てられない植物や、ドワーフしか気付けない鉱石は多いと聞く。だが、純種のエルフたちは里に籠もって滅多に出てこない。そこを狙った商会なのだろう。


 里には純種以外にハーフやクォーターの亜人もいるそうだが、純種よりも立場が弱く虐げられることもあるため、里を去って人里で暮らす例もあると言う。


 そんなことを考えていると、ヴェイナードが本題を切り出す。


「早速ですが、『気紛れ工房』のギル親方から聞いたお話では、新しい闘技場を建設されるとのこと。そして、その建設に必要な黒楼石が不足しているとか」


「ええ、おっしゃる通りです。一つ当てはあるのですが、売買価格の折り合いがなかなか……」


 俺はとっさに嘘をついた。頼れる商会が彼のユミル商会だけだとバレれば、相場を大きく超えた値段を吹っ掛けられる恐れがあった。


「なるほど、そうでしたか。商品を必要とする者に高く売りつけるのは商売の基本ですが、欲をかくと身を滅ぼしますからね」


「肝に銘じたいものです」


 俺はしみじみと頷く。闘技場の運営にも同じことが言えるからな。


「そこで、です。今の言葉を有言実行するためにも、私たちは黒楼石を相場どおりの価格でお譲りする用意があります」


「相場どおり、ですか?」


 オウム返しに呟く。このタイミングであれば、多少なりとも利鞘を期待するのは当然だろう。それをあっさり放棄する理由はなんだろうか。


「とてもありがたいお申し出ですが……それだけではありませんよね?」


 そう尋ねると、ヴェイナードは苦笑と共に両手を上げる。その様子は、剣闘試合の降参のポーズと似ていた。


「……ミレウス支配人は、噂よりもだいぶ慎重な方のようですね」


「噂は一人歩きするものですからね。……実際の私は、期待されている見返りが分からないと、善意を受け取ることに躊躇してしまう小心者です。

 差し支えなければ、ユミル商会の希望をお伺いしておきたいのですが、それは可能でしょうか?」


 すると、ヴェイナードはニヤリと笑った。


「単刀直入ですね。ですが、私もそのほうが気が楽です。……私たちの目的は、ルエイン帝国第二十八闘技場と今後も長くお付き合いいただくこと、です」


 言いたいことは大体分かる。だが、彼らの主力商品が分からないことには話が進まないからな。食料関係はセイナーグさんのマルガ商会を通すつもりだから、それ以外が望ましいが……。


「具体的にはどのような取引でしょうか?」


「私たちは黒楼石や霊草のような特別な商品も扱っていますが、それがすべてではありません。今考えているのは、試合の間(リング)周りの石材です。

 ユミル商会にはハーフドワーフもおりまして、石材は潤沢にあるのですが、通常の石材はあまり販売先がなく困っていたのですよ」


「なるほど……たしかに、試合の間(リング)の石床は毎回破損しますからね。今は複数の業者に依頼しているところですが……」


「もちろん、我が商会とだけ取引をしてほしい、などと言うつもりはありません。私どもとしましても、常に充分な量を備蓄しておく約束はできませんし」


「……」


 俺は考え込んだ。現状では、あまりにもこちらが有利すぎる。長期的な取引を見込んで、という理屈は分かるが、移転後の収益がどうなるかも分からない闘技場に、そこまでして近付きたがるものだろうか。


 だが、闘技場の建設で資産は底を尽きかけている。黒楼石を相場通りの額で購入できなければ、他の資金に影響が出る可能性があった。

 そして何より、黒楼石を供給できるのは彼らだけだ。工期の遅れが収入の減少に直結することを考えると、ここは手を組むべきだろう。


 俺は結論付けると、ヴェイナードに手を差し出した。


「……分かりました。ヴェイナードさん、今後ともよろしくお願いします」


「ありがとうございます。こちらこそ、ユミル商会をよろしくお願いします」


 そして、握手を交わす。見た目より逞しい手だったが、剣ダコのようなものは見受けられない。となれば、馬車に乗って村々を回ることで鍛えられたのだろうか。


「それでは、具体的な黒楼石の価格ですが――」


 そんな分析をされているとは知らないヴェイナードは、鞄から一枚の紙を取り出す。最近の黒楼石の相場が記されているのだろう。


 本当に相場通りなら心配いらないが、どこかに罠を仕掛けてくるかもしれない。価格交渉が無事終わるまで、俺は笑顔の下で緊張の糸を張り巡らせるのだった。



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