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深層 Ⅰ

「結論から言うと、光壁の詳細は不明のままよ」


 光壁について調査の進展を尋ねられたレティシャは、悔しそうに呟いた。


「これだけ巨大で強固な結界を展開し続けるなんて、人の身では不可能のはず。大掛かりな魔法陣や触媒を準備すれば、できないことはないけれど……」


「……街を駆け回って、不審人物を探し出すか?」


「効率は悪いけれど、他に手立てはないわ」


 レティシャは肩をすくめると、俺とシンシアを交互に見た。


「二人とも、怪しい人や場所に心当たりはない? 手当たり次第に探すとは言っても、家屋に隠れられていると、まず見つけられないでしょうしね……」


「悪いが、心当たりはない」


「私もです……」


 なんとなく、俺とシンシアは顔を見合わせる。巨人以外には注意を払っていなかったからな。心当りなんて微塵もない。


 それは、シンシアも同じようだった。だが……。


「あ……」


 やがて、彼女は戸惑ったような声を上げる。


「何か手掛かりがありそう?」


「その、関係があるか分かりませんけど……」


 シンシアはレティシャの問いに口ごもった後、ためらいがちに口を開いた。


「何日か前に、よく分からない神託があって……不思議な部屋や、見覚えのない建物が――」


「神託?」


 俺とレティシャは同時に声を上げた。神託と言うと、重要な情報を神様が人間に教えてくれるというアレか。


 上級神官はたまに神託や啓示を受けると聞くが、ほとんどの人間には縁がない。存在を疑っているわけではないが、あまり人の営みには介入しないイメージだ。


 さらに、うちの闘技場の場合、「我が神ディスタがそれがしの戦いを求めておられる!」と言って、救護担当神官だったはずが剣闘士になってしまった武闘派神官なんかがいたりして、どうにも神様のイメージが微妙というか何と言うか……。


 そんな俺の思いをよそに、シンシアは真面目な顔で話を続ける。


「神託だと思うんですけど、誰に相談しても意味が分からなかったんです」


「ええと……神託って、どうやって下されるものなの?」


 レティシャが首を傾げて尋ねる。さすがの彼女も、神官の特殊能力までは把握していないようだった。


「夢の形をとることが多いですけれど、たまに起きている時にも……」


「映像や音が脳裏に浮かぶということか?」


「はい! もちろん、神託じゃなくてただの夢だったということもあって、私たちも判断は難しいです」


 そう答えた後で、シンシアは小声で付け加える。


「ただ、神託の時は神の気配がわずかに残っていますから、その……私が受けた神託については、間違えたことはないです」


「さすが『天神の巫女』ね……」


 俺もレティシャと同感だった。シンシアが少し口ごもったということは、他の神官はそこまで分からないのだろう。

 魔法の腕前ばかりに気がいってしまうが、さすが『天神の巫女』の名前を受け継ぐだけのことはあるな。


「なんと……神託とは……」


 そんな中、セイナーグさんが感じ入ったようにシンシアを見つめていた。ひょっとすると、信心深い天神教徒なんだろうか。


「他に手掛かりはないのだし、神託に出て来た場所を探すのも一つの手ね。……詳しい場所は分からないのよね?」


「すみません……」


「謝る必要なんてないわ。むしろ、希望が見えて嬉しいもの」


 恐縮するシンシアに笑いかけると、レティシャは俺へと向き直った。


「『極光の騎士(ノーザンライト)』、後はお願いできるかしら?」


「……何をだ」


 突然の指名に俺は首を傾げた。すると、レティシャは大げさに驚いてみせる。


「あら、つれないわね。魔力がろくに回復していないシンシアちゃんに、一人で街中を探せと言うの?」


 その言葉でようやく意味を悟る。たしかに、シンシアを一人で行かせるわけにはいかないな。


「探索は別で進めておきたいし、ここの防衛もあるから、あまり大人数は割けないもの。それなら、最強の剣闘士が護衛として適役だと思わない?」


 そう言って、彼女はシンシアを振り返る。


「シンシアちゃんもそのほうがいいでしょう?」


「は、はい……! もし『極光の騎士(ノーザンライト)』さんが嫌じゃなければ……」


「……分かった」


 そう言われて断れるわけがない。レティシャの思惑に乗せられた形だが、シンシアの神託しか手掛かりがない以上、それがベストなのは間違いない。


 今は非常事態だ。戦士であるユーゼフや『剣嵐ブレード・ストーム』は応用性に欠けるし、魔術師であるレティシャたちは瞬発力や持久力に欠ける。


 となれば、魔法戦士である『極光の騎士(ノーザンライト)』が護衛に付くことは妥当な判断だった。


 そんなことを考えていると、また賑やかな物音が聞こえてくる。視線をやれば、『剣嵐ブレード・ストーム』がこちらを見つめていた。その後ろには、彼と一緒だった剣闘士もいる。


「お、本当に『極光の騎士(ノーザンライト)』だ。『金閃ゴールディ・ラスター』と言い、きょうはテンションが上がる日だな」


「エミリオ、落ち着け」


 そう言えば、この二人も光壁の中に入ってきたとレティシャが言っていたな。彼らは俺の前で立ち止まる。


「『極光の騎士(ノーザンライト)』、この前の戦いは負けだったけどよ、今度は勝つからな」


 そう宣言したのは、もちろん『剣嵐ブレード・ストーム』だ。その横でもう一人の剣闘士が呆れたように溜息をついている。


「それはいいが……すべてはこの光壁を消し去ってからだ」


 それは正論だったはずだが、『剣嵐ブレード・ストーム』は不服そうに頬を膨らませた。そうしていると、まだ少年のようにすら見える。


「それは分かってるけどよ……せっかく会えたんだから、言っておきたかったんだ」


「そうか。……楽しみにしている」


 そう言うと、『剣嵐ブレード・ストーム』は嬉しそうに笑った。


「だよな! 俺も楽しみにしてるから、絶対にまた戦ってくれよな!」


「……」


 彼の無邪気な言葉が突き刺さる。この鎧の起動回数があと六回しかないことを考えると、もう一度『剣嵐ブレード・ストーム』との試合を組むことはないだろう。


 そんな思いから逃げるように、俺は口を開いた。


「……行ってくる」


「え? どこにだ?」


 驚く『剣嵐ブレード・ストーム』に事情を説明すると、彼は納得したように頷いた。


「へえ、『天神の巫女』ってあんただったの……か……」


 そう言いかけて、『剣嵐ブレード・ストーム』は固まった。……どうしたんだ。


「あの……?」


 戸惑うシンシアと、彼女を見つめ続ける『剣嵐ブレード・ストーム』。よく分からない場面が展開される。


 だが、いつまでも見物していられるほど事態に余裕はない。


「エミリオ、じっと見過ぎだろう。失礼だぞ」


 同僚の剣闘士にたしなめられ、『剣嵐ブレード・ストーム』はようやく我に返ったようだった。


「あ、悪い。ボケっとしちまった。……なあなあ、『天神の巫女』ってことは、マーキス神殿で暮らしてるのか?」


「はい、そうですけれど……?」


 シンシアは不思議そうに首を傾げる。突然何を言い出すのか、といった様子だ。


「そっか、俺も近くなんだよ! あ、名前聞いてもいいか? 俺はエミリオって言うんだ。剣闘士をやってて、『剣嵐ブレード・ストーム』って二つ名をもらってる」


「あ……私はシンシア・リオールです」


「そっか、シンシアちゃんか。いい名前だな」


「ありがとう……ございます……?」


 口数の少ないシンシアと対照的に、『剣嵐ブレード・ストーム』は色々と話しかけていた。『剣嵐ブレード・ストーム』の新しい一面を見たな。


「……ああ、そういうことか」


 その様子を見ているうちにようやく気付く。そう言えば、うちの従業員の間でもシンシアの人気は高かったな。ただ、『天神の巫女』という肩書の影響で、積極的に動く人間はいなかったようだが……。


 すでに剣闘士ランキングの十傑に入っていて、将来も有望な若手剣闘士ともなれば、それくらいで気後れすることはないのだろう。……まあ、単に性格の問題かもしれないが。


「悪いが……そろそろいいか?」


 人の恋路を邪魔する趣味はないが、事情が事情だ。『剣嵐ブレード・ストーム』もそれは分かっているようで、ぱん、と両手を合わせて謝る。


「悪かった! ど真ん中だったからマジになっちまった」


「……?」


 謝る『剣嵐ブレード・ストーム』と対照的に、シンシアは何がなんだか分かっていない様子だった。フルフェイスの兜をいいことに、俺は苦笑を浮かべる。


「シンシア、もう出られるか?」


「はい、いつでも大丈夫です!」


 その言葉に頷くと、俺は出入口へ向き直る。シンシアの歩幅に合わせたほうがいいだろうし、少しゆっくり歩くか。


 斜め後ろを付いてくるシンシアの気配を捉えながら、俺はゆっくりと歩き出した。




 ◆◆◆




「……体力は大丈夫か」


「はい、これでも身体は頑丈ですから」


 シンシアが受け取った神託の場所を探すため、俺たちは一刻ほど歩き続けていた。


 たまに似た場所を見つけては「違いました……」と肩を落とすシンシアだが、今のところ体力的な問題はなさそうだった。

 さらに言うなら、懸念していた巨人の援軍もないし、他にモンスターらしい人影もなかった。


 ただ、問題がないわけではない。……いや、問題かどうかも分からないのだが、シンシアの様子が少しおかしいのだ。


「あの、『極光の騎士(ノーザンライト)』さんこそ、疲れていませんか? いつでも活力付与リフレッシュを使いますから……!」


「助けてくれて、本当にありがとうございました。その、とても凄かったです……!」


 探索に出てからずっとこんな感じなのだ。控えめな態度は相変わらずだが、瞳はキラキラしているし、『極光の騎士()』の言葉には過剰に反応するしで、普段のシンシアを知っている身としてはなんとも変な気分だった。


「気を遣う必要はない。俺は君の護衛だ。そちらに合わせる」


「す、すみません……」


 咎められたと思ったのか、シンシアがしゅんとする。別に不快に思ったわけではないのだが、伝え方が今一つだったようだ。……やっぱり、『極光の騎士(ノーザンライト)』の口数だと細かいニュアンスが伝えにくいな。


「責めたわけではない。……俺は戦士で、シンシアは術師だ。体力的な部分はこちらがフォローすると、そう言いたかっただけだ」


「は、はい……!」


 シンシアは軽く驚いた表情を浮かべた後で、嬉しそうに微笑む。


 そんなやり取りをしながら、とある通りに差し掛かった時だった。シンシアがはっと目を見張った。


「あ、この建物は……」


 それは何度目かの言葉だったが、今までとはシンシアの様子が違っていた。周囲の景色を照合するというよりは、目の前の建物自体を記憶と照合しているようだった。


 その読みは当たっていたようで、やがてシンシアは緊張したように呟く。


「たぶん、この建物です……!」


「そうか……侵入する。俺の後ろにいてくれ」


「はい!」


 俺はシンシアが示した建物の前に立つ。年季が入った造りだが、廃墟といった印象はない。良くも悪くも目立たない建物だった。


 扉に手をかけたが、鍵がかかっているようで開く気配はない。ガチャガチャという音だけが響く。


「ふむ……」


 どうするか。もしシンシアの神託が当たりなら、よからぬことを企んでいる可能性は高いし、鍵をかけるのは当然だろう。

 だが、そうでなければただの破壊活動になってしまう。


 少し悩んだ後、俺は剣を抜いた。今は非常事態だし、もし破壊跡を見ても、巨人が破壊したと思うだろう。


 そんな計算をしていた俺だったが、ふとシンシアのことを思い出す。真面目な性格だし、あんまり破壊活動は好きじゃないだろうが……。


「……責任は俺が取る」


 俺はシンシアにそれだけを告げると、彼女が止める暇を与えず扉の蝶番を破壊した。何が起きたのか分からなかったようで、突然倒れた扉を見てシンシアが目を白黒させる。


「後ろから付いてきてくれ」


「は、はい」


 シンシアの返事を確認すると、俺は屋内へ慎重に踏み込む。人の気配は感じられなかったが、用心するに越したことはない。


「ここには誰もいないようだな」


 屋内に人影はないが、大量に置かれている古びた布袋からは、これまた古そうな作業着やロープなどが顔を覗かせていた。

 他にも中途半端な大きさの石材などもあり、意外と雑多な印象を受ける。


 ひょっとすると、ここには誰もいなくて、単に管理者が外から施錠していただけなのだろうか。そんな疑念が心に浮かぶ。


「調べてみるしかないな……」


 シンシアとあまり離れないように注意しながら、周囲を隈なくチェックしていく。すると、クリフの念話が頭に響いた。


主人マスター、床からわずかに魔力が漏れ出ています』


『床から? ……場所は特定できるか?』


『そうですね……分かりました。斜め前方に積まれている木箱の陰です』


 その言葉に従って、俺は木箱へと近付く。特に何も見当たらないが、クリフが魔力を感知した以上、何もないと言うことはないだろう。


「これは……」


 木箱を調べようとしゃがみこんだ俺は、床に何かを引きずったような跡がついていることに気付いた。屋内が薄暗いこともあり、普通に探していてもまず気が付かないだろう。

 その後は木箱へと続いていて、木箱が最近移動したことを示していた。


「あの、どうかしましたか……?」


 俺の行動に気付いたシンシアが、肩越しに木箱を覗き込む。だが、床の跡には気付かなかったようで、ぱちくりと目を瞬かせていた。


「……木箱を動かす。念のために離れていろ」


 その言葉を聞いたシンシアが後ろへ下がる。それを確認すると、俺は四つ積み重なった木箱に触れて、軽く力をこめた。


 ミシッと木箱が傷む音が聞こえてくるが、それでも動くことはなかった。中身が重くて動かないというよりは、何かに引っ掛かっているような手応えだ。


 次に、上に積まれている木箱をどけていく。だが、最後の二つは接合されていたらしい。持ち上げようとするが、床にくっついているかのように動かなかった。


 ならば、と今度は残った木箱を引きずった跡に沿って押してみる。すると、木箱は少しだけスッと動いたものの、すぐにガツン、という手応えとともに動きを止めた。何かがつっかえている様子だった。


「ふむ……」


 俺は目の前の木箱を見つめた。どう考えても、怪しいことこの上ない。少し考えた後で、俺はクリフに話しかけた。


『クリフ、この奥で間違いなさそうか?』


『肯定。隙間が空いたことで、漏れ出る魔力が少し強くなりました』


 その言葉を受けて、俺は覚悟を決めた。剣を振りかぶると、木箱目がけて振り下ろす。


 ガキン、という硬質な音は、木箱が見た目通りの存在ではないことを示していた。表面は木製だが、その内部は金属でできているようだった。


 ならば、と俺はもう一度剣を振り下ろす。念のためにと纏わせた魔力が紅く輝き、剣の軌跡を描いた。


「おかしな木箱でしたね……」


 綺麗に分断された鉄箱を見てシンシアが声を上げる。だが、その奥にあるものを目にしたのだろう、彼女の表情は引き締まった。


「……地下へ続く階段か」


 あまりいい予感はしないが、行くしかない。後ろを付いてくるようにシンシアに指示すると、俺は階段を下った。



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