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【後日譚】 相棒Ⅰ

紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』レティシャの自宅は広い敷地を備えている。だが、薬草園や魔術の実験施設が所狭しと並んでいるせいで、あまり広大な印象は受けない。


「ミレウス。付いてきてもらえる?」


 そんな敷地の中を、家主に先導されて歩く。「付き合ってほしいことがある」というレティシャの言葉を受け入れた俺は、事情も分からないまま彼女の後ろを付いていった。


「そうそう。ミレウスの試合、観たわよ」


 前を歩く彼女は、歩きながらこちらを振り返った。嬉しそうな、それでいてどこか悔しそうな瞳が俺を見つめる。


「まさか、あんな隠し玉があったなんて……あれ、闘気でしょう?」


「よく気付いたな」


 レティシャの言葉に本気で驚く。『大破壊ザ・デストロイ』やユーゼフと違って、俺は視認できるほどの闘気は使っていないからだ。


「最後の攻防で闘気の輝きが見えるまで、確信は持てなかったけど」


 でも『金閃ゴールディ・ラスター』や『大破壊ザ・デストロイ』の闘気は何度も見ているもの。彼女はそう告げて、少し拗ねたような視線を向けてくる。


「それにしても、見事に騙されたわ。貴方に万が一の事があれば、観客席から飛び出す覚悟までしていたのに」


「心配させたなら悪かった。ちょっと悪戯心が湧いてさ」


 そう釈明すると、レティシャはどこか嬉しそうな笑顔を見せた。


「心配させた貸しは高くつくわよ? と、言いたいところだけど――」


 速度を緩めて隣に並んだ彼女は、するりと腕を絡めてくる。レティシャの優美な所作に合わせて、甘く爽やかな香りが立ち昇った。


「ミレウスが()()()()()()()人々に賞賛されるのは、それ以上に嬉しかったのよねぇ」


 我ながら単純ね、と彼女は笑う。


「だから謝る必要はないわ。その代わり、こうして悦に入る時間をちょうだい」


 ひんやりとした彼女の腕が、次第に俺の体温と同化していく。いつもより密着している気がするのは、ここが彼女の屋敷だからだろうか。こちらを見上げる瞳は妖しさを帯びていて、気を抜けば捉えられてしまいそうだった。


「今日の目的はここよ」


 そうしてどれほど歩いただろうか。彼女の妖しげな眼差しが、やがて魔術師としてのそれに切り替わる。目の前にあるのは見るからに頑丈そうな小屋だった。


「堅固な造りだな」


 そして、それは物理的な頑丈さだけではなかった。この小屋は魔術的な意味合いでも強固な造りをしていたのだ。おそらく危険な魔術実験に使う建物だろう。


「密室で二人きりは嫌かしら?」


「危険な魔術の実験台になるのは遠慮したいな」


 わざとらしい流し目を寄越してくるレティシャに、涼しい顔で言葉を返す。


「それは残念ねぇ。刺激的な体験ができるのに」


 言いながら、彼女は建物を覆っている結界に接触した。会話をしながらとは思えない、複雑な魔力操作で結界に干渉して出入口を作っていく。


「……厳重だな。屋内に何があるんだ?」


 彼女ほど実力のある魔術師が、こうも慎重に扱わなければならない結界。まさかとは思うが、異次元からとんでもない怪物でも召喚してしまったのだろうか。そう尋ねたところ、レティシャは意味ありげに微笑む。


「何かが『いる』のは事実よ」


「!」


 その言葉に目を瞠る。だが、危険を予期した俺に対して、彼女は予想外の情報を告げた。


「魔術的にもしっかり遮断されていないと、()()()()()()()()()()()()


「消えてしまう……?」


 正反対の目的を提示されて戸惑う。つまり、この結界は中にいる『何か』を保護するために構築されたわけだ。戸惑う俺をよそにレティシャは言葉を続ける。


「あの戦いの二日後に、一度だけ地下世界へ下りたの。ユグドラシルが本当に復活していないかを確認するために」


 ギルド長に無理やり案内させられたとも言うわね。そう言って彼女は苦笑を浮かべた。その話がどこに向かうのか分からず、俺は黙って話の続きを促す。


「そこで、不思議なもの……いえ、事象を見つけたのよ。敢えて言うなら、自律式の結界がふわふわ漂っているような感じかしら」


「自律式の結界……」


 正直なところ、彼女が何を言っているのかは分からない。だが……俺の中で何かが引っ掛かっていた。


「魂をも捕らえるユグドラシルが崩壊したことで、あの一帯は物質世界と非物質世界の境界が曖昧になっていたわ。その影響でしょうね」


 そんな前置きとともに、彼女は建物の扉を開いた。続いて屋内に入った瞬間、結界特有の不思議な感触が伝わってくる。そして――。


「あれか……?」


 俺は思わず目を凝らした。屋内の天井近く。高さ三メテルほどの高さに、『何か』が浮遊していたのだ。魔力感覚でしか感知できないそれこそが、レティシャが言う『自律的な結界』なのだろう。


 その正体を掴もうと、俺は『何か』に向けて魔力を伸ばしていく。すると、まるで身じろぎしたかのように()()の魔力がブレた。


「ミレウスに反応した……? それなら、やっぱりこれは――」


 その瞬間、レティシャが驚いたような、それでいて納得したような表情を浮かべる。これの正体について、彼女が何かを知っていることは明らかだった。


「レティシャ、これは何なんだ? その言いぶりだと予想は付いてるんだろう?」


「……貴方をぬか喜びさせたくないの」


 堪えきれずに尋ねると、彼女は困ったように視線を逸らした。


「大丈夫だ。期待を裏切られることには慣れてる」


「もう……そんなに力強く言い切る台詞かしら」


 レティシャは小さく笑いをもらした。そして、近くに置いてあった大きめの袋から何かを取り出す。それは黒猫のように見えたが、まったく生気は感じられなかった。


「家の近くで死んでいたの。相性が悪くないといいけれど」


「何をする気なんだ?」


 俺の問いかけには答えず、彼女は部屋の中央に黒猫の身体を置いた。すでに準備されていた魔法陣が、不規則に明滅を始める。


「その結界――」


 魔法陣の様子を確認すると、レティシャは天井近くを漂っている結界を指差した。


「私は『自律型の結界』と表現したけれど、他にも似た存在はあるの。精霊や()()()()()()()()()()()()


「っ――!」


 人工精霊。その言葉に反応しないはずがない。胸に湧き起こった感情を表に出すまいと、俺は必死で顔の筋肉を制御する。だが、俺の心の裡はかすかな期待で埋め尽くされていた。


「この隔離空間を出ても消滅しないように、猫の身体にあの人工精霊を融合させるわ。使い魔作成の魔術を応用すれば、なんとかなるはずよ」


「そうか……頼む」


 そんなことができるのか、とは言わない。結果が出るまで待つだけだ。そんな俺の様子を確認すると、レティシャは黒猫と人工精霊を魔術で繋いでいく。


 そして、一際(まばゆ)い光が迸った時だった。ふと気付けば、浮遊していた人工精霊の姿はどこにもなくなっていた。だが――。


「……動かないな」


 じっと待っていた俺は、ぽつりと口を開いた。俺の魔力感覚で捉えた感じでも、あの人工精霊は目の前の黒猫と融合しているように見える。だが、魔法陣に横たえられた猫が動く様子はなかった。


「おかしな反動はなかったわ。成功しているはずなのだけど」


 レティシャも首を傾げる。珍しく不安そうな顔をしているのは、俺の心情を慮ってのことだろう。


「……」


 俺たちが視線をいくら注いでも、黒猫は動かない。上手くいかなかったのだろうか。そもそも、あの自律式の結界がクリフだと決まったわけではないのだ。ただの結界なら動くはずもない。そんなネガティブな言葉が次々と脳裏に浮かんでくる。


 そんな時だった。


『――(スター)?』


 ふと、懐かしい声が聞こえる。思わず黒猫に駆け寄ると、俺は大声で呼びかけた。


「クリフか!?」


「ちょっと、ミレウス?」


 念話の性質上、レティシャには聞こえていなかったのだろう。俺の突然の奇行に戸惑うレティシャだったが、すぐに事情を察した様子だった。


『本当に……主人マスターのようですね。ですが、なぜ――』


「レティシャが実体のないクリフを保護して、実体化させてくれた」


『は――?』


 クリフは素っ頓狂な声を上げる。それは、これまでで最も間の抜けた声だった。これまでの経緯を手短に説明すると、彼は戸惑うような念話を送ってくる。


『しかし……どうして私を復活させたのですか? 古代鎧エンシェントメイルが失われた以上、私がいても意味がないでしょう』


「どうしてと言われてもな。戦友が死にかけてたら助けるだろう? 後で戦力になるとか、そういうの抜きでさ」


 それは突然の問いかけだったが、答えに困ることはなかった。すると、呆れたような念話が返ってくる。


『相変わらずお人好しですねえ。陰謀が渦巻く宮中には向きませんね』


「安心してくれ。一生関わるつもりはない。それに――」


 そして、俺はまだ目も開いていない黒猫に笑いかけた。


「もしその時は、クリフが助けてくれるんだろう?」


古代鎧エンシェントメイルを失った後でも、まだ私をこき使うつもりだとは……意外と抜け目がありませんね』


「嫌なのか?」


『……嫌とは言っていません。暇つぶしにはなるでしょう』


 返ってきた念話には、明らかに嬉しそうな響きが混じっていた。それには気付かないフリをして、俺はもう一度笑いかけた。


「ありがとう。頼りにしてる」


『当然です。以前にも申し上げましたが、主人マスターの私生活までサポートできてこそ優秀な人工精霊というもの。それを証明してみせましょう』


 そして、俺とクリフは契約……いや、約束を交わした。古代鎧エンシェントメイルに縛られたものではない、お互いの自由意思に基づく約束。そう考えると、なんとも感慨深いものがあった。


「……ちょっと妬けるわね」


 と、そこへレティシャが声を掛けてくる。その内容に首を傾げていると、彼女はじっとりとした視線を俺へ向けた。


「ミレウスのそんな笑顔、初めて見たもの」


「そんなに変な顔をしてたか?」


「違うわよ。さっきの信頼しきった笑顔を、私に見せてくれた記憶がないだけ」


 そう告げるレティシャは、言葉通り拗ねているようだった。それが本気なのか演技なのか悩んでいると、クリフから念話が入ってくる。


『ふむ、さっそく私の出番のようですね。任せてください』


「え?」


『――レティシャ殿。こうして会話をするのは初めてですね。私はクリフ。近衛騎士団長仕様の古代鎧エンシェントメイルに宿っていた人工精霊です』


 そして、クリフはレティシャに念話を飛ばした。俺にも聞こえているということは、複数の対象に同時に念話を繋げているのだろう。


「っ!?」


 念話を受け取ったレティシャは、彼女らしからぬ驚愕の表情を浮かべる。クリフのことは伝えていたが、存在を実感したことはなかっただろうからな。


『消えかけていた私を救ってくださったことを感謝いたします。私が造られた時代でも、貴女ほどの魔術師は稀有な存在でしょう』


「ふふ、ありがとう。古代魔法文明の生き証人にそう言ってもらえるなんて、とても光栄だわ」


 さすがはレティシャと言うべきか、彼女はすぐに調子を取り戻したようだった。そして、ふと気付いたように身を乗り出す。


「ねえ、待って。ということは、あなたは古代魔法文明のことを知っているのよね!? 唯一の生き証人じゃない!」


 突如として瞳に熱がこもる。自分で口にした言葉がきっかけで、彼女の魔術師としての情熱に火が付いたようだった。


「信じられないわ。古代文明の研究が飛躍的に進歩しそうね……!」


『そうですね。シンシア殿もご存知のようですが、あちらは人間サイドの記憶でしょうし』


「そうなのよ。古代魔法文明の粋はエルフ族に秘匿されていたから、シンシアちゃんの記憶だけじゃ限界があって」


 上機嫌でそう答えてから、ふとレティシャは何かに気付いた様子だった。


「言われてみれば当然だけれど、本当に私やシンシアちゃんのことを知っているのね」


『はい。主人マスター古代鎧エンシェントメイルを身に着けていた時……『極光の騎士(ノーザンライト)』として活動していた時のことであれば、すべて記憶しています』


「あら……。それはそれで恥ずかしいわね」


 レティシャは気まずそうに声のトーンを落とす。その表情を見る限り、本当に恥ずかしがっているようだった。


『ご心配には及びません。私が記憶しているレティシャ殿の振る舞いは、常に魅力的なものであったと認識しています。羞恥を覚える必要はありません』


「……それって、ミレウスも同意見なのかしら」


『無論ですとも。主人マスターはああ見えて……』


「――クリフ。主人マスターのプライベートを引っ搔き回すのは、優れた人工精霊にあるまじき行いだぞ」


 何やら調子に乗り始めたクリフを、俺は慌てて止める。視界の端でレティシャが何かを言いたそうにしているが、俺は強引に話題を変えることにした。


「ところでクリフ。その身体はどうだ? 動けそうか?」


 そう尋ねたのは、黒猫がピクリとも動いていないからだ。こうして会話ができるだけでも嬉しいが、このままでは移動もままならない。


『動く……?』


 だが、返ってきたのはひどくぼんやりとした反応だった。猫の身体との融合が上手くいっていないのだろうか。そう心配する俺だったが、やがて大きな見落としに気付いた。


「そうか……クリフは鎧に宿る精霊だからな。自分で動くという概念がないんだ」


「ああ、そういうこと」


 得心がいったとばかりにレティシャは胸をなでおろす。よく考えれば、古代鎧エンシェントメイルが自分で動いたことは一度もないのだ。


『なるほど。古代鎧エンシェントメイルに宿る人工精霊として完璧であることが、却って仇となったわけですね』


 クリフから納得した声音が伝わってくる。黒猫の目が開いたのはその直後のことだった。


『ふむ……たしかに視界が明瞭になりました。古代鎧エンシェントメイル時に比べると些かぼやけますが、充分だと思われます』


「たぶん、さっきまでは魔力感覚だけで周囲を認識していたはずよ」


『そうですね。見ようとしなければ見えないのは不便ではありますが――』


 と、念話がそこで途切れた。そして、その代わりとでも言うように手足や尻尾がじたばたと動く。どうやら起き上がろうとしているらしい。まるで子猫が立ち上がる様を見守るように、俺とレティシャはその様子を固唾を飲んで見つめていた。


『……不服です』


 やがて。ぷるぷると震える四肢で立ち上がった黒猫は、遺憾の意を表明してきた。彼のイメージでは、もっと颯爽と立ち上がっているはずだったのだろう。


「身体を得たばかりなんだから、仕方ないさ」


 こみ上げる笑いを必死で堪えて、慰めの言葉を口にする。俺からすれば記録したいほど面白い光景なのだが、誇り高いクリフが気分を害することは間違いないからな。


「そうだ、声は出るのか? 見た目は猫なんだから、鳴き声の一つもできたほうが便利だと思うが」


『当然でしょう。すでにこの身体は把握しましたから、猫の鳴き真似など雑作もないことです』


 俺の提案を受けて、クリフは自信ありげに念話を飛ばしてきた。そして、彼は大きく息を吸い込んで――。


「に゛ぃヤあァア」


 およそ猫のものとは思えない音声が迸った。


「……モンスターの咆哮かと思った」


 その感想を絞り出すことが、俺にできる精一杯だった。クリフも失敗したと思っているようで、憮然とした風情が全身に漂っている。

 レティシャに視線を向けたところ、彼女は口元を抑えて肩を震わせていた。笑いを堪えることができなかったらしい。


「まあ、おいおい上手くなるさ。身体を得たばかりなんだから仕方ないって」


 さっきと同じ慰めを口にすると、俺はレティシャに向き直った。


「レティシャ。クリフと再会させてくれたこと、本当に感謝している。ありがとう」


「人知れず世界を救った貴方だもの。これくらいのご褒美はあってもいいでしょう?」


 そう答えて、彼女は柔らかく微笑んだ。滅多に見せないその表情に、つい見惚れてしまいそうになる。


『――とはいえ、レティシャ殿に礼をしない訳にはいきません。やはりしかるべき返礼の品を考えるべきでしょう』


「たしかにな……」


 クリフの言葉に頷く。ユグドラシル討伐の褒美という言い分は分かるが、それを言うならレティシャだって功労者なのだ。貰うだけという訳にはいかない。


「もう、二人とも義理堅いわねぇ。さすが『極光の騎士(ノーザンライト)』のコンビということかしら」


 そう面白がっていた彼女は、やがて考え込むように沈黙する。『褒美』を考えているのだろう。


「それなら……一つお願いしてもいいかしら」


 そうして顔を上げたレティシャは、なぜか神妙な表情を浮かべていた。俺が黙って頷くと、彼女は少し決まり悪そうに口を開く。


「実は、劇団の仲間が訪ねてくる予定なのよ。亜人連合との戦争の話を聞いて心配になったみたい」


「劇団って、キャストル王国で活動していたあの劇団のことか?」


 思わぬ名前に驚く。幼いレティシャが家族のように思っていた劇団は、彼女を狙った刺客によってほぼ皆殺しにされている。その後、レティシャは難を逃れたメンバーと共に王国を出たはずだ。


「ええ。私にとって唯一の家族よ。……ミレウス、一緒に会ってくれる?」


「フレスヴェルト子爵の時のようにか?」


 俺は数カ月前の出来事を思い出す。レティシャの実父であるフレスヴェルト子爵を欺くため、『極光の騎士(ノーザンライト)』として恋人のフリをしたことは記憶に新しい。


「無理はしなくていいわ。私の幸せそうな様子を見れば、それで安心すると思うから」


「それは構わないが……それくらいは無条件で付き合うぞ」


 褒美と言うには、あまりにささやかだ。そんな思いが伝わったのか、レティシャは小さく首を横に振った。


「だって、闘技場が一位になるまで待っているって、そう言ってしまったもの」


「?」


 その言葉に内心で首を傾げる。その言葉は覚えているが、どう繋がるのだろうか。


『なるほど。家族同然の存在に引き合わせるとなれば、外堀を埋めにかかっているとも取れますからね』


 そんな俺の疑問を解消してくれたのはクリフだった。レティシャが反応していないところを見ると、俺にだけ念話を送ってきたのだろう。


「一時的にであれ、それを棚上げにする理由になるなら充分なご褒美よ」


「そうなのか……?」


 俺は内心で悩んでいた。長い付き合いだ。それがレティシャの本心であることくらいは分かっている。だが、彼女の謙虚さにつけ込むようで気が引けたのだ。


主人マスター、ここで食い下がる必要はないと思われます。負担の軽い褒賞を無理やり考えてくれた可能性もありますが、おそらくレティシャ殿は本気でしょう。誇り高い方ですから、それ以上は逆効果かと』


 そこへクリフの念話が再び入ってくる。どうやら俺と同じことを考えていたらしい。


「分かった。俺でいいなら幾らでも付き合うよ」


「もう。俺でいいなら、じゃなくて貴方がいいのよ。私の大切な人を見くびらないでほしいわね」


 レティシャは軽く唇を尖らせつつ、その両手を俺の腕へ絡める。言葉通りの相反した動きは、俺を翻弄するのに充分なものだった。


『ふむ。やはり主人マスターは手玉に取られていますね。戦闘時の決断力は目を瞠るものがあるのに、どうしてこちらの方面は――』


「……」


 余計なお世話だ。そんな念を込めて、俺はクリフをじっとりと睨みつけた。鎧だろうと猫だろうと、この人工精霊のお小言は健在らしい。


 視線を受けた黒猫は、やがて「ニゃゃアあ」と鳴き声を上げた。



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― 新着の感想 ―
[一言] おっ、クリフ復活ですか。 いいですねえ、ここからの物語でツッコミ役が必要でしょうし、闘技場では今までと違って意思の疎通は出来ないでしょうけども。 さて、このままではレティシャルートに天秤が傾…
[良い点] クリフだ!待ってました! 掛け合いがそのままで懐かしい。 やはりミレウスの相棒と言えるのはクリフだね。 そしてプルプルしているのと「に゛ぃヤあァア」が可愛いw
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