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光壁 Ⅲ

【『天神の巫女』 シンシア・リオール】




 三十七街区には、特に目立った建物がない。裕福な住民がいる区画ではないし、これと言った施設も存在しない。


 そんな中にあって、現在は人が密集している建物がある。それは、この街区の顔役である実業家が建てた集会場兼倉庫だ。


 彼は信仰心の篤い天神教の信徒であり、収入の多くをこの区域のために投じていた。この三十七街区が、平均所得の割に治安がいい理由の一端は彼にあるとして、マーキス神殿から表彰されたこともある人物だ。


 光壁の調査が長引き、帰りがすっかり遅くなってしまったシンシアは、彼の厚意で集会場に泊めてもらっていたのだった。だが。


 ――どうして、こんなことに……。


 シンシアは集会場の内部を見渡す。そこにいるのは、『天神の巫女』がいるとの情報を受けて避難してきた人々であり、集会場のみならず、地下の巨大な倉庫も人で溢れていた。

 だが、そのほとんどは恐慌状態に陥っているか、逆に憔悴して生気を失っているかのどちらかだ。


 彼らをそこまで追い込んだもの。それは、奇怪……いや、醜悪な姿をした巨人たちだった。


 三十七街区の住民の中には、夜半から光壁が発生していたことに気付いていた者もいたが、光壁に触れなければ害はないと、あまり深刻に考えていなかったのが実情だ。


 事実、朝が来るまでは大きな事件はなかった。様子が一変したのは、朝方に謎の巨人たちが現れてからだ。


 爛れた皮膚に蠢く触手、凡そ人とは思えない凶悪な風貌。初めて巨人を見た時、シンシアは心臓を鷲掴みにされるような恐怖を覚えた。

 その時悲鳴を上げなかったのは、『天神の巫女』である自分を頼ってきた人々がいたからだ。


 巨人たちの目的は、住民の虐殺であるようにしか思えなかった。全長五メテルの巨人ともなれば、その行動のすべてが人間の脅威となる。

 そんな存在が二十体近くいたのだ。街中に響く悲鳴や慟哭が、街の惨状を物語っていた。


「うわああああ! また来たあああ!」


 集会場の一角から悲鳴が上がる。とっさに視線をやれば、巨人が巨大な拳を振り下ろそうとしているところだった。


「……っ!」


 シンシアは組んでいた両手に力をこめた。彼女が展開した魔法障壁は常時発動しているが、それに伴って精神力と魔力はすり減っていく。


 建物全体に、何時間も強力な魔法障壁を張り続けていた彼女の疲労は大きい。意識は靄がかかったように霞んでおり、身体も鉛のように重かった。


 せめて、気配遮断効果の付与を解除したいところだが、そうなれば他の巨人たちが寄ってくる可能性は高く、自殺行為になりかねない。その考えがシンシアをためらわせていた。


 ズン、という振動が集会場を震わせる。振り下ろされた拳が、シンシアの障壁に阻まれたのだ。


「おお……! さすがは巫女様……!」


「巫女様だけが頼りだ……」


 巨人の攻撃を凌いだことで、ほっとした声が上がる。だが、シンシアはそんな気分になれなかった。


 いくら『天神の巫女』と呼ばれ、魔力量の多い彼女でも、限度というものがある。気を抜けば今にも結界が消滅しかねない。それが実情だった。


「けど……」


 シンシアは窓から外を見つめる。三十七街区を閉じ込めた光の壁は、まったく消え去る気配がなかった。

 光壁の向こう側も異常事態には気付いているはずだが、いったいどうなっているのだろうか。そして、いつまでこの状況に耐えればいいのか。そんな不安が彼女の心を襲う。


 と、自分を見つめる複数の視線に気付いたシンシアは、意図的に笑顔を作り上げた。決壊寸前の彼らの心は、『天神の巫女』の名前によって辛うじて支えられている。


 そんな彼らの前で、自分が不安な表情を浮かべるわけにはいかない。彼女は決意を新たにすると、意識の靄を無理やり追い払った。


 そうして、何十度目……いや、何百度目かの拳を障壁で防いだシンシアの背筋に、ぞくりと悪寒が走った。


「今のは……!?」


 慌てて窓の外に視線を移す。すると、執拗にシンシアたちを狙っている巨人のすぐ後ろに、さらに巨大な何者かが現われるところだった。


「おい、なんだアレは!」


「尋常なデカさじゃないぞ……?」


 姿を現したのは、全身からてらてらと光を反射する、奇妙な巨人だった。


 彼女たちが見守る中、新たな巨人は拳を振り上げる。だが、その拳が振り下ろされた先は、彼女たちが避難している建物ではなく、隣の巨人だった。


「え……?」


 突然の展開にシンシアは声を上げた。殴られた巨人は、もはや動く気配を見せない。


「助けてくれた、のか……?」


「だったらいいな……えらくぬめぬめした巨人だけどよ」


「よく見りゃ、粘液に覆われてるみたいだな。なんだありゃ」


 そんな声が口々に上がる中、シンシアの顔からは血の気が引いていた。


「まさか……」


 建物よりも巨大で、全身を粘液に覆われた巨人。そういった存在に、シンシアは一体だけ心当りがあった。


 ――『蹂躙する巨人(デバステイト)


 それは、魔法に対して凄まじい耐性を誇る凶悪な巨人種だ。巨大で頑丈な肉体を持ちながら、魔法がほぼ効かないことから、その歩みを止めることは誰にもできない。そう言われている存在だ。だが――。


「あれって、神話の存在じゃ……」


 呆然と呟いた後で、はっと辺りを見回す。これ以上、避難民たちを不安にさせても仕方がないと思ったからだ。

 だが幸いなことに、全員が蹂躙する巨人(デバステイト)に注目していたおかげで、誰もシンシアの呟きを聞いていないようだった。


 ――でも、どうして?


 シンシアが蹂躙する巨人(デバステイト)を知っているのは、天神の神話や演劇を通じてその存在に触れていたからであり、言ってみれば知識で知っているだけだ。


 だが、目の前の巨人に対して、彼女は既視感を覚えていた。その事実に戸惑うシンシアだったが、頭を軽く振ると窓の外を見つめる。

 蹂躙する巨人(デバステイト)は建物の中にいるシンシアたちをじろりと見た後、粘液にまみれた拳を振り上げたからだ。


「やべえ! 来るぞ!」


「さっきの巨人を一撃で潰した攻撃だぞ!?」


 本能的にだろう。どこにも逃げ場はないにもかかわらず、周囲の人々が後ずさった。


「グルオォォォォッ!」


 耳を塞ぎたくなるような咆哮とともに、巨大化した巨人は拳を振り下ろす。その拳に灯る輝きは、どう考えても威力増幅ブーストに類するものだろう。そして――。


「あ……」


 澄んだ音とともに魔法障壁が砕け散った。もう新しい障壁を張り直す余力はない。その事実は、シンシアを絶望させるに充分なものだった。


「結界が!」


「巫女様、助けてください……!」


 それは他の避難民も同じことで、各所から悲鳴が上がった。やがて、彼らのすがるような視線がシンシアに集まる。シンシアは、自分の無力さに唇を噛み締めた。


「みなさん、ごめんなさい……」


 小さな声が口から漏れ出た。『天神の巫女』などという大きな肩書をもらっていながら、誰も救うことができない。その事実が彼女を追い詰めていく。


 やがて、シンシアの障壁を破壊した拳が再び振り上げられる。あの巨大な質量が、威力増幅ブーストされて落ちてくるのだ。彼女たちが生き残る可能性はゼロだろう。


「……っ」


 シンシアは無力感に苛まれながらも、自分たちを殺そうとする巨人を睨みつけた。巨人の醜貌は正視に耐えないが、せめてもの抵抗であり、道連れにしてしまった人々に対する謝罪でもあった。


 ――私、死ぬんですね。


 胸中に様々な思いが飛来する。この街にも慣れてきて、神官以外の知人も少しずつ増えていった。神官としての務めもろくに果たせていないし、見たい演劇もたくさんあった。


 そう言えば、今日は闘技場に行く日でしたよね。ミレウスさん、怒っているでしょうか……。


 最期の瞬間に脳裏に浮かんだのは、なぜか闘技場のことだった。自分でも不思議だが、決して不快ではなかった。


 そして、シンシアは目の前に迫る拳を見据え続けて――。


 横合いから拳に激突した眩い光が、視界を白く染めた。




 ◆◆◆




「きゃっ……!?」


 眩い閃光を目の当たりにして、シンシアは小さく悲鳴を上げた。光に灼かれた視界はすぐには回復せず、彼女を余計に戸惑わせる。


 それは周囲の人々も同じようで、光に視界を奪われた悲鳴に交じって、「何が起きたんだ!?」という声がちらほら聞こえてきた。


 そんな中、シンシアはうっすら回復してきた瞳で外の様子を確認する。そして――。


「あれは、人……?」


 信じられない光景に目を瞬かせる。全身鎧の騎士が、建物の壁や蹂躙する巨人(デバステイト)自身を足場にして飛び回っていたのだ。


 その動きは跳躍という言葉で説明できる次元ではなく、明らかに異質な力が働いていた。その姿を食い入るように見つめていたシンシアの耳に、誰かの呟きが聞こえてくる。


「あれは……まさか『極光の騎士(ノーザンライト)』?」


「え……?」


 その言葉に驚いたシンシアだが、その驚きはすぐに納得へと変わった。あの巨人を相手にしても余裕が感じられる戦闘力と、明らかに特殊な力が働いていると思われる空中移動。


 そして何より、噂通りの変色光を纏った銀色の全身鎧。それは、聞いていた『極光の騎士(ノーザンライト)』の姿と完全に一致していた。


「『極光の騎士(ノーザンライト)』だ! 『極光の騎士(ノーザンライト)』が助けに来てくれたぞおおおお!」


「本当だ……ありゃ『極光の騎士(ノーザンライト)』だ……!」


「なんだって!? ひょっとして助かる、のか……?」


 絶望の淵に沈んでいた人々の瞳に希望が宿る。その様子を見て、シンシアは『極光の騎士(ノーザンライト)』に心から感謝した。


 自分の力が及ばず、目の前で絶望していった彼らに、こうして力を与えてくれたのだ。『天神の巫女』より『極光の騎士(ノーザンライト)』のほうがよかったのかなどと、嫉妬する気持ちは微塵もない。


 ただ、『極光の騎士(ノーザンライト)』の勝利を祈るだけだ。


 シンシアたちの視線を一身に受けた『極光の騎士(ノーザンライト)』は、その剣に炎を宿すと、蹂躙する巨人(デバステイト)の腰部を斬り裂く。だが……。


「炎が消えた……?」


 誰かが呟く。


極光の騎士(ノーザンライト)』の剣身が蹂躙する巨人(デバステイト)に触れた途端、剣を包んでいた炎が消滅したのだ。


 ならば、と少し距離を取った『極光の騎士(ノーザンライト)』は、その剣を大地に突き立てる。突き立った剣を起点として氷の蔦が地面を走り、巨人の足下に絡みつく。


「あ、また……」


 だが、氷の蔦も巨人に触れた途端に消滅する。その様子は、凄まじい魔法耐性を持つという伝承にふさわしいものだった。


 シンシアから見ても、『極光の騎士(ノーザンライト)』が使用している魔法はかなり高レベルなものだ。他の巨人であれば、確実に倒すことができる攻撃のはずだった。


「あいつ……魔法が効かないんじゃねえか?」


「それでいて、あのデカさだろ……いくら『極光の騎士(ノーザンライト)』でも無理なんじゃ……」


 避難民の怯えた声が各所で上がる。そして、動揺した彼らの視線は、再びシンシアに集まっていた。

 ろくに魔力が残っていない身では、もう彼らに対してできることはない。それでも、シンシアは落ち着いた所作で口を開いた。


「私は『極光の騎士(ノーザンライト)』を信じています」


 噂しか知らない存在に対して、よくもそこまで言えるものだと、シンシアの理性が囁く。だが、ここで自分が取り乱すようなことがあれば、彼らの堰が切れてしまうだろう。その一心だった。


「……まあ、『極光の騎士(ノーザンライト)』だからな」


「最強の剣闘士なんだ、魔法がなくてもあんな巨人なんざ倒してくれるさ」


 そんな声が口々に上がる。そして、彼らは祈るような面持ちで『極光の騎士(ノーザンライト)』の戦いを見つめていた。


 魔法を諦めたのか、『極光の騎士(ノーザンライト)』は接近戦に移行していた。相手は十メテルの巨人だ。急所に剣が届くような距離ではないし、蹂躙する巨人(デバステイト)の手に捕まろうものなら、いくら『極光の騎士(ノーザンライト)』でも生きていられるとは思えない。


 そう考えれば、最初に魔法を選択した『極光の騎士(ノーザンライト)』の判断は正しい。だが、それが効かないと分かるなり、ためらいなく接近して戦う『極光の騎士(ノーザンライト)』は、さすが最強の剣闘士といったところだろうか。


極光の騎士(ノーザンライト)』は最初のように跳び上がることなく、蹂躙する巨人(デバステイト)の攻撃をかわしながら、幾度も剣を振るう。すると、やがて――。


「うおおっ!? あの太い足を斬り飛ばした!?」


 住民が驚きの声を上げる。突然、蹂躙する巨人(デバステイト)の足首が斬り落とされたのだ。全長十メテルともなれば、足のサイズもちょっとした建物レベルだ。

 それを、いったいどうやって斬り落としたのか。


 シンシアが疑問を抱いている間にも、戦況は動いていた。足首を失った蹂躙する巨人(デバステイト)が膝をついたところ、今度はその大腿部を切断したのだ。


 身のすくむ絶叫とともに、蹂躙する巨人(デバステイト)がバランスを崩し、横倒しになる。そして、それを見逃す『極光の騎士(ノーザンライト)』ではなかった。


 まず目を攻撃して視力を奪うと、高速飛翔を交えて何度も蹂躙する巨人(デバステイト)の首を斬り裂く。

 そして、『極光の騎士(ノーザンライト)』の幾度目かの剣撃を受けた蹂躙する巨人(デバステイト)の首から、おびただしい量の血が噴き出た。


「やった!?」


 誰かが叫び声を上げる。その叫びを裏付けるかのように、起き上がろうとしていた蹂躙する巨人(デバステイト)の上半身が崩れ落ちた。


 やがて、池ができそうなほど流れ出ていた出血が止まった頃には、巨大な瞳はもはや何も映しておらず、その身体はぴくりとも動かない。絶命は明らかだった。


 シンシアたちは、その光景を無言で見つめる。そして、どれほどの時間が経っただろうか。


「う――」


 誰かの声がきっかけとなり、人々の感情が爆発した。


「うおおおおおおおっ!」


 その叫びは渦となり、シンシアたちがいる建物を揺らす。


「あのバケモンを倒したぞおおおお!」


「さすがは俺たちの英雄、『極光の騎士(ノーザンライト)』だ!」


 彼らは口々に快哉を叫び、『極光の騎士(ノーザンライト)』を讃える。闘技場へ派遣されるようになり、人々の熱狂にも慣れたつもりのシンシアだったが、それをも上回る喧騒に圧倒される。


「『極光の騎士(ノーザンライト)』……さん……」


 彼らの歓声の陰で、シンシアは小さくその名前を呼ぶ。他の巨人を倒しにいったのか、彼の姿はもう見えない。


 それでも、彼女は窓の外を眺めていた。




 ◆◆◆




【『極光の騎士(ノーザンライト)』 ミレウス・ノア】




『まったく、呆れたものですね。あの蹂躙する巨人(デバステイト)を剣一本で屠るとは』


「いくら魔法耐性があっても、魔法で強化された筋力は防げなかったみたいだな」


主人マスター、その言い方では筋肉馬鹿のようですよ』


「ありがとう、褒め言葉だ」


 倒れ伏した蹂躙する巨人(デバステイト)を見下ろしながら、俺はクリフと会話をしていた。クリフの様子がおかしいと思ったら、この蹂躙する巨人(デバステイト)とかいう巨人種のことを知っていたらしい。


 魔法がさっぱり通じない上にこの巨体だ。クリフの反応からすると、当時もかなりの被害が出たのだろう。古代魔法文明は魔法が主体だろうし、相性が悪かったのかもしれない。


 蹂躙する巨人(デバステイト)を覆う粘液は、魔力遮断をはじめとして、熱や冷気、電撃など大抵の攻撃を無効化する代物だった。


 ただ、炎の魔法剣で斬りつけた時に、炎は消えたものの、剣での攻撃そのものはちゃんと効いたことから、純粋な接近戦に切り替えたのだった。


『あまり主人マスターを調子に乗せたくはないのですが……』


「ん? どうした?」


『剣技だけ(・・)で言えば、主人マスターは歴代最高の腕前かもしれませんね。蹂躙する巨人(デバステイト)の攻撃をすべて読んで、カウンターを交えて的確に同じ箇所を斬り裂いていく。無茶苦茶です』


「そうか? 木こりみたいなものだろ」


『たしかに削り方は似ていましたが……あの蹂躙する巨人(デバステイト)相手によくもやり遂げたものです』


 その言葉に、自然と笑みが浮かぶ。この鎧の歴代の主人マスターがどんな人物か知らないが、歴代最高と言われて嬉しくないはずがない。


 ですが、とクリフは続ける。


『その代わり、魔法は歴代最低ですからね。先程の炎の魔法剣だって、通常は五メテルほどの炎の剣が生まれるはずだったのですよ』


「……あれって、剣身を炎が纏うだけじゃなかったのか?」


『あんな慎ましやかな魔法剣、初めて見ましたよ』


 その言葉に思わず沈黙する。そして、気まずさを振り払うように周囲に意識を向けた。


蹂躙する巨人(デバステイト)は絶命したと見てよさそうだな。他の巨人を掃討するか」


 宣言すると、俺は近くにある建物の屋根に跳び上がる。俺が残る巨人を数えるより前に、クリフの念話が響いた。


主人マスター、確認できる巨人はあと五体です』


「五体? 減ってないか?」


 まだ十体近く残っていたはずだが……と、考え事をしていた俺の視界に変化が起きた。


 やや遠くにいた巨人を雷が襲ったのだ。続けて、巨人の頭上に尋常ではないサイズの氷柱が落ちる。


「あれは……」


 かと思えば、やや近くにいた別の巨人が転倒して建物の陰に消える。そして、いつまで経っても起き上がってこなかった。


「救援か……?」


 思い浮かぶのは、光壁で別れたレティシャたちだ。なんにせよ、巨人を攻撃しているのであれば悪い話ではないだろう。そう判断すると、俺は近付いてくる個体に狙いを定めた。


 これ以上の犠牲者を出さないためにも、シンシアたちが避難している建物からあまり離れるわけにはいかない。


 戦い方が制限される防衛戦は得意ではないが、遠距離から真空波で迎撃していくべきだろうか。だが、付近の家屋に被害が及ぶことを考えると、接近戦で仕留めるほうがいいかもしれない。


 巨人があの建物に差し掛かった瞬間に仕掛けよう。そう考えていた俺だったが、その目論見は不要だった。目の前で、巨人は血を噴き上げて倒れたのだ。


「――やあ、『極光の騎士(ノーザンライト)』。最終試合には間に合ったかな?」


「目玉の試合は終わったぞ。後は巨人コレ駆除(清掃)くらいだ」


 街の惨状にそぐわない爽やかな声。血の滴る剣身をぬぐいながら、『金閃ゴールディ・ラスター』ユーゼフは肩をすくめる。


「それは残念だな。……ヴィーから君が帰ってこないと聞いて、探し回っていたら遅くなってしまったんだ。『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』たちと出会って、ようやく足取りを掴めたよ」


 ユーゼフの言葉で、俺は先程目にした雷と氷柱を思い出す。


「レティシャたちも来てるのか?」


「ああ、『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』と『蒼竜妃アクアマリン』のコンビ、『剣嵐ブレード・ストーム』ともう一人の剣闘士の2チームが僕と一緒に光壁の中に入って巨人の掃討に当たっている」


「『魔導災厄スペル・ディザスター』は?」


 一人の足りない面子のことを尋ねると、ユーゼフは苦笑を浮かべた。


「彼は光壁の穴の拡張・維持に専念していたよ。『ぐむむ……ワシも魔法を試したいというのに……』とボヤいていたけどね」


「目に浮かぶな」


 ユーゼフの声真似に笑い声を上げる。そうしている間にも、巨人がまた一体姿を消した。


「それに、今回は軍も動いたようだね。壁に穴を開けている『魔導災厄スペル・ディザスター』を共犯じゃないかと疑っているようだから、少し時間がかかりそうだけど」


「あの爺さん、軍と相性が悪そうだからな……」


 そうなると、仲介役として支配人()が呼ばれる可能性も高いが、生憎俺は光壁の中だ。魔術ギルドのお偉方とも相性は悪そうだし、軍の介入は遅れそうだな。


「まあ、第二十八闘技場のランキング一位から四位が揃っている上に、『剣嵐ブレード・ストーム』もいるんだ。そうそう負けはしないよ」


 その言葉に頷く。これが防衛戦ではなくただの討伐であれば、余裕を持って対応できる戦力だろう。


「それに、シンシアもいるからな。バランスもいいし、S級モンスターでも対応できそうだ」


「『天神の巫女』が? その話は初めて聞いたよ」


 ユーゼフが興味を示す。俺はシンシアが魔法障壁で避難民を建物ごと守っていたことを説明した。


「それはまた……彼女には災難だったけど、この街区の住民には幸運だったね。そうじゃなければ、彼らは全滅していたかもしれない」


 住民が避難している建物を見て、ユーゼフは感心したように呟いた。シンシアは最低でも数百人単位の命を預かっていたのだ。

 最終的に障壁は破られたものの、それまでの長時間にわたって、彼女が彼らを守り続けていたことに変わりはなかった。


「それじゃ、ちょっと失礼するよ」


 ユーゼフは懐から筒状の何かを取り出す。興味を引かれて眺めていると、彼は筒の先を空に向けた。


「ああ、狼煙か」


 青い煙がモクモクと立ち昇る様子を見て、俺は納得した。


「守るべき場所、もしくは破壊するべき場所を見つけた場合、狼煙を上げるようにって『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』に渡されていたんだ」


「そうか……さすがレティシャだな」


「彼女は冒険者として色んな経験を積んでいるようだね。とても助かったよ」


 突如として燃え上がった遠くの巨人を見ながら、ユーゼフは笑顔で口を開いた。『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』によるものだろう。

 ……レティシャなら大丈夫だと思うが、建物に燃え広がったりしないだろうな。


 そんなことを考えていると、ユーゼフが避難民たちのいる建物を指差した。


「まだ顔を出していないんだろう? 顔を見せて、彼らを安心させるのも英雄の役目だよ」


「……ユーゼフも来ないか? 巨人を倒したのは同じだろう」


極光の騎士(ノーザンライト)』の姿だと上手く話せないからな。それに、英雄扱いされることには抵抗もある。

 その点、弁舌爽やかな『金閃ゴールディ・ラスター』が付いていれば、こっちも気楽だというものだ。


 だが、ユーゼフは首を横に振った。


「どう考えても英雄は君だよ。それに、あの巨人がまた湧いて出ないとも限らない。僕は周囲を警戒するさ」


「なら、俺も警戒に当たるよ」


「『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』たちもじきに到着するだろうし、気遣いはいらないよ。……さあ、諦めて行っておいでよ」


 ユーゼフは笑顔で言い切った。そこまで言われては断りようもない。


「……分かった」


 頷くと、抜身だった剣を納める。そしてユーゼフと拳を打ち合わせると、住民が避難している建物へと向かった。




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