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苦闘Ⅱ

「ようやく収まったか……」


 強烈な鳴動が収まった頃には、ユグドラシルに明らかな変化が生じていた。枝葉の量が劇的に増えており、幹もさらに太くなっている。その様子を注視しながら、俺は気になっていたことを問いかけた。


「シンシア、確認しておきたいんだが……」


「は、はい! なんでしょうか……?」


「植物化の対抗魔法は、まだ機能してるよな?」


 周囲を見渡せば、今も彼女の神聖魔法による金霞がうっすらと漂っている。それにもかかわらず、さっきの妖精族は植物化していた。もし神聖魔法が効かないのであれば、それは由々しき事態だった。


「それなんですけれど……この対抗魔法は『植物化への波動』に対するもので、ユグドラシルの本体に直接貫かれた場合は、効かないのかもしれません」


 シンシアもそのことに考えを巡らせていたようで、尋ねるとすぐに言葉が返ってくる。


「その可能性はありそうね。接触型の魔術は成功率が高いもの」


「だが、根に貫かれて植物化したのはほんの一部じゃないか?」


 俺は周囲を見回した。敵味方を問わず、ユグドラシルに命を奪われた者たちの亡骸が目に入ってくる。


「ただの殺傷が目的であれば、わざわざ植物化させる必要はないでしょう? 貫かれても生きているほどの体力や特殊能力があれば、意味があるけれど」


「たしかに効率的だな……そこまでの知性があることは残念だが」


 そして、俺はちらりと後方に視線を向ける。そこには剣闘士たち遊撃隊と、亜人たちの生き残りが集まっていた。もはや戦う気はないようだが……。


 俺は逡巡の後、彼らの下へ向かった。事態の説明をするためだ。俺が近付いてくる様子を、彼らは無言で見つめていた。


「亜人連合の生き残りに告げる。盟主のヴェイナードは死んだ。防衛部隊を率いていた妖精族も命を落とした」


 その言葉に、亜人たちがごくりと息を呑む。


「それを踏まえて考えろ。ここで散るか、逃げるか。どちらでも構わんが、ここで散りたい場合は、手早く片付ける」


 そして、剣を軽く振る。まだ付着していた妖精族の血液が飛び散り、地面をわずかに汚した。


「――に、逃げろぉぉぉぉっ!」


「やってられるか!」


「なんだよここは! 化物だらけじゃないか!」


 彼らは口々に叫びながら、見事な速度で森の奥へ去っていく。一人や二人は挑んでくるかと思ったのだが、見事に全員が逃走を選んだらしい。


「……さて。邪魔者はいなくなった」


 その様子を見届けると、俺は剣闘士たちと向かい合った。そして真実を告げる。


「あの大樹はユグドラシル。古代文明時代の植物兵器だ。人間を植物に変える能力があることから、天神によって封印されていたものだ」


「……は?」


「ちょっと待て、意味が分からねえ……」


「けどよ、『極光の騎士(ノーザンライト)』がこのタイミングでいい加減なことを言うか?」


 突如として公開された機密情報に、剣闘士たちがどよめく。だが、ユグドラシルの植物化能力は、命に関わる情報だ。この情報を秘匿したまま、戦いに駆り出すような真似はしたくなかった。


「ユグドラシルの根や枝に貫かれた場合、植物化して木や草になってしまう可能性がある。浅い切り傷程度であれば抵抗できるかもしれんが、未確認だ」


 そして、俺は剣闘士たちをゆっくり見回した。退く素振りを見せた者がいれば、帝国軍への伝令という名目で逃がすつもりだったからだ。


 だが、その目論見は無駄に終わった。誰一人として、そんな素振りを見せた者はいなかったからだ。その事実に、兜の下の頬が緩む。


「……そうか」


 それが心からの決意なのか、勢いに流されたのかは分からない。だが、これ以上彼らの覚悟を問うことは失礼だし、一人でも多くの戦力が欲しいのも事実だ。


「この戦いは、俺が知る限り最も激しいものになるだろう。……皆と共に戦えることを、誇りに思う」


 そして――俺たちとユグドラシルとの戦いが始まった。




 ◆◆◆




 ユグドラシルとの戦いは苛烈を極めていた。地面の至る所から凶器と化した巨大な根が突き立ち、上方からは鞭のような枝と刃物のように鋭い葉が降り注ぐ。

 そんな攻撃をなんとかかわし、あるいは弾いて、俺たちはユグドラシルの幹に取りつこうとしていた。


 まともに一撃を受ければ絶命しかねないし、生き延びたとしても植物化が待っている。いつも以上に神経をすり減らしながら、それでも俺たちはユグドラシルの本体に迫っていた。


「たかだか木一本にビビってられるかよ!」


「うおおおおおっ!」


 そんな声とともに、剣闘士たちが四方八方から突撃していく。攻撃してくる根や枝は、合計で五、六十本あるはずだが、こちらには七十人以上の剣闘士たちがいる。そのため、誰か一人に攻撃が集中するということは滅多になく、数の利が俺たちを後押ししていた。


天神の軍勢(フォースオブマーキス)


 さらに、シンシアの強力な援護魔法を受けて、数人の剣闘士がユグドラシルに攻撃を加える。天神の加護を受けた攻撃が、ユグドラシルの樹皮をわずかに削った。


「――っ!」


 もちろん、彼らだけに任せっぱなしではない。俺はユグドラシルの幹に接近すると、炎熱を纏わせた剣を叩きつけた。樹皮は尋常ではない強靭さを誇っていたが、それなりに破壊することができたようで、その傷口から煙が上がっていた。


主人マスター、後ろです!』


 クリフの警告に従い、俺はすぐさま場を飛び退く。そうして集中攻撃を避けると、今度は攻撃してきた根の一つを斬り裂いた。根はしなやかな動きをするが、その分頑丈さには欠けるようで、力の乗った斬撃が〇.三メテルほどの鞭のような根を両断する。


大地撹拌スターリング


 さらに、レティシャの大地魔法が強烈な振動を生み出す。ユグドラシル直下の地中を容赦なくかき回し、土の圧力で根をバラバラに引き千切ろうとしているのだ。


『なるほど。炎、氷、風ときて、今度は大地魔法ですか』


『有効な魔法がないか、探っているんだろうな』


 フォルヘイムで小型のユグドラシルを倒した俺たちだが、その決め手になったのは、シンシアの神聖魔法だ。だが、目の前のユグドラシルはあまりに巨大であり、まずは質量を削らないことには仕留めきれない。

 そのため、彼女は効果的な方法を探っているようだった。


「やっぱり再生するか……」


 傷つけた木の幹を観察していた俺は苦々しげに呟く。予想はしていたものの、オリジナルのユグドラシルにも再生能力が備わっているようだった。ならば――。


 俺は後ろを振り向くと、ユグドラシルの攻撃を警戒して遠くにいるレティシャに合図を送った。そして……。


「――氷晶の楽園(アイシクルガーデン)


 レティシャの強力無比な冷気魔法が炸裂し、ユグドラシルの中央部分が凍り付く。俺たち剣闘士を巻き込まないようにだろう、地表から十メテルほどまでは影響がなかったが、それより上部に位置するユグドラシルは霜に覆われていた。


乾坤一擲ザ・パワー!」


 その瞬間を見逃さず、俺は最大出力でユグドラシルに破壊力を叩きつけた。フォルヘイムでユグドラシルを粉々にした連携技だ。だが――。


「硬いな……」


『大きさは、そのまま防御力にも繋がりますからね。芯まで凍らなかったのでしょう』


 俺は渋い顔でユグドラシルを見つめる。乾坤一擲ザ・パワーの直撃を受けたにもかかわらず、破壊できたのは小ぶりの枝が数本だけだった。幹のほうもそれなりに表面を削ったものの、深部に届いたとはとても言えない状況だ。


終端の剣(カタストロフ)なら効くと思うか?』


『どうでしょうね。終端の剣(カタストロフ)は最高クラスの破壊力を誇りますが、物理的な破壊力だけなら乾坤一擲ザ・パワーのほうが上ですからね』


『そうだよなぁ……』


 予想通りの回答に気落ちするが、諦めるわけにもいかない。周囲を見回せば、ユグドラシルの再生能力に戸惑う剣闘士の姿がちらほら見られた。


「なんだこいつ……!」


「硬いわデカいわ、挙句の果てにトロール並みの再生力だと……?」


 シンシアの強化魔法のおかげで、それなりに傷は刻めているようだが、片っ端から再生されていては士気も落ちるというものだ。と――。


「――!?」


 ぞわり、と俺の背筋を悪寒が駆け抜けた。理由も分からないままに、俺は流光盾ルミナスシールドを展開する。そして、その直後。


「うわぁぁぁっ!」


「こ、これって……!」


 前線にいた数人の剣闘士が動揺した声を上げる。どうしたのかと俺は彼らのほうを振り向き……そして、信じられない光景を見た。


「植物化……だと……?」


 数名の剣闘士が、まさに樹木に変じようとしている。しかも……()()()()()()()()()()()


「植物化の波動か……!」


 だが、周囲にはまだ神聖魔法の証である金霞が漂っている。一体どういうことかと、俺は思わずシンシアの姿を探した。彼女を責めるつもりはないが、何が起きたのかは把握しておく必要があった。


「シンシア!」


 流星翔ミーティアスラストを使って、一息に彼女の下へと翔ぶ。俺を迎えたシンシアは、見るからに青ざめていた。


「何が起きた!?」


「ユグドラシルの魔力が、明らかに上がっています。このままだと、神聖魔法じゃ対抗しきれません……」


「鍵を取り込んだせいか?」


「たぶん、そうだと思います。このままじゃ魔法抵抗力の弱い人から植物に……」


 シンシアは泣き出しそうな表情のまま、胸元のノアをギュッと抱きしめる。今も樹人トレントの支配力争いをしているノアが、ピィッと小さく鳴き声を上げた。


「この鎧なら、まだ戦えるか……?」


 古代鎧エンシェントメイルの魔法防御力は非常に高い。力負けしているとはいえ、シンシアの対抗魔法も効果は発揮しているのだ。そうそう植物化するとは思えないが……。


「でも、それじゃ――」


 無意識にだろう、シンシアの手が俺を引き留めるように伸びる。だが、このまま手をこまねているわけにはいかなかった。


「植物化の波動は、一度使うとしばらく使えないはずだ。それまでに速攻で押す」


 そう言いながらも、無理な作戦だという自覚はあった。すでに最高クラスの魔法剣を使用しているのだ。これ以上に効果的な手段に心当たりはない。


 どうすればいい。そう自問する俺だったが、事態はさらに悪化した。ユグドラシルが強力な援軍を召喚したのだ。それは、これまでに召喚された樹人トレントとは毛色が違ったが――。


「そんな……」


 その様子を見ていたシンシアがはっと息を呑んだ。その直後、俺もまたその理由に気付く。


 異質な樹人トレントの正体は、ユグドラシルの周囲に無数に散らばっていた死体だったのだ。その数はみるみるうちに増えていき、すでに百体以上が生み出されていた。


「……」


 俺は無言で奥歯を噛み締めた。これまで、ユグドラシルを相手になんとか戦えていた理由の一つは、数の利にあった。だが、もはやその優位性は失われたのだ。


焦炎の竜巻(フレア・トルネード)


 視線の先で、十数体の樹人トレントもどきが炎に巻かれて崩れ落ちる。レティシャの魔法だ。だが、次々と起き上がる樹人トレントの数は、彼女や剣闘士が駆逐する速度を超えていた。


「死霊魔術を扱えるとはな……」


『ユグドラシルには、もともと魂を取り込む機能がありますからね。そこに植物操作能力をプラスすれば、この程度は造作もないのでしょう』


 俺の呟きを拾って、クリフが詳細な解説をしてくれる。だが、その説明は絶望感をいや増すだけだ。と――。


「また来るぞ!」


 再び植物化の波動を感じて、俺は剣を握りしめた。その直後、不気味なエネルギーが地面から立ち昇る。


「くっ――」


 樹人トレントと戦っていた数人の剣闘士が、波動を受けて植物へと転じる。残った剣闘士も浮足立っており、このまま放っておくわけにはいかなかった。


次元斬ディバイド!」


 俺は崩れそうな戦線に駆け戻ると、長大な魔法剣を一息に振り抜いた。数十体の樹人トレントを倒したことで、共に戦う剣闘士たちに少しだけ士気が戻る。だが……。


「うおっ――!?」


 隣で戦っていた剣闘士が、横合いから迫った枝に殴打されて、数メテルほど吹き飛ばされる。敵は無数の樹人トレントだけではない。ユグドラシルの神出鬼没な根や、死角となる上方から襲い来る大枝が、俺たちを追い詰めていた。


「また来る――!」


 そして、三度目の植物化の波動が俺たちを襲った。今回も古代鎧エンシェントメイルは持ちこたえてくれたが、また数人の剣闘士が樹木へと変貌し、取り落とされた武器がガラン、と地面に落ちる。


「っ……!」


 足元から突き出た根を弾き、樹人トレントの首を刎ね飛ばしながら、俺は周囲の様子を探った。理不尽極まりない状況に、さすがの剣闘士たちも疲弊しきっていた。と――。


「――万象を灰燼へ帰すアブソリュート・パニッシュメント!」


 シンシアの凛とした声とともに、膨大な光量が辺りを照らした。レティシャの大魔術に匹敵する魔力構成と、神聖魔法特有の清浄な気配が一体を埋め尽くす。


 その直後、苛烈な閃光が降り注ぎ、ユグドラシルと数百体の樹人トレントに突き刺さった。


「っ……!」


 あまりの威力と眩しさに、俺は目を細めて後退りした。俺の記憶通りであれば、フォルヘイムでユグドラシルを滅ぼした神聖魔法のはずだが……。


 やがて光が収まり、視界がはっきりしてくる。そして……その視界の中心に佇むのは、盛大に焼け焦げながらも、再生しはじめているユグドラシルだった。


「駄目か……!」


 よく観察すると、焼け焦げた面が再生する様子はないことが分かる。だが、ユグドラシルはそれらの面を幹から切り離すことで、再生を可能にしているようだった。


 そして、俺はシンシアの様子を窺う。かなり消耗しているようだが、大丈夫だろうか。可能なら少し休ませたいところだが……。


 そんなことを考えながら、俺は剣を構えた。再生しているユグドラシルの枝葉が、攻撃の動きを見せたのだ。枝か、根か、それとも植物化の波動か。どの攻撃に晒されても対処できるよう、俺は慎重にユグドラシルの動きを分析して――。


「しまった!」


 気付いた時には手遅れだった。ユグドラシルの枝葉が、根が、俺たち前衛を無視してシンシアを襲った。


「――!」


 間に合えとばかりに、全力で彼女の下へ向かう。幸いなことに、密集した枝や根の向こうには魔法障壁の光が見えた。なんとか展開できたのだろう。


 だが、一撃一撃が致死レベルの破壊力を持つ攻撃だ。いくらシンシアの結界でも、集中攻撃を受ければいつかは破られる。それに、これまでは後衛を狙う素振りのなかったユグドラシルが、なぜシンシアを集中攻撃しはじめたのか。


『神聖魔法のせいではありませんか? ユグドラシルは天神に封印されていたのですから、かの神の気配には敏感なのかもしれません』


 俺の疑念に答えたのはクリフだった。また俺の思念がもれていたのだろうか。なんにせよ、それは納得できる推測だった。


灼熱の剣(バーニングウェポン)


 剣に魔力を付与すると、俺はシンシアの結界に群がる枝や根を片っ端から叩き斬っていく。さすがに攻めきれないと判断したのか、根がスルスルと引いていく。同時に、シンシアがこっちを見てほっとしたように微笑んだ。


 ……だが。


「足下だ!」


 直感的にユグドラシルの狙いを悟った俺は、大声で叫ぶ。その声に、微笑みを浮かべていたシンシアの視線が下を向き――そして顔を強張らせた。


「間に合え――!」


 シンシアの結界を魔力レベルで斬り裂くと、俺は左手を彼女に伸ばした。ドン、という衝撃とともに、シンシアを突き飛ばすことに成功する。だが……。


 ―――一瞬遅れて地面を突き破ったユグドラシルの根が、俺の左腕を貫いた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] しばらく時間が無く、今日一気に読んだのですが、とても気になるシーンで終わっていますね…ノーザンライトは大丈夫でしょうか。そして主軸のノーザンライトが大きな傷を負えば、士気も下がりますよ…
[一言] ユグドラシルとの戦い、劣勢に立たされ遂に極光の騎士も大きなダメージを負いましたか…明らかにパワーアップしてますね、植物化能力が極めてやっかいでもあり。 何とかする術は魔法にありそうですが…シ…
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