激闘Ⅴ
「範囲魔法、来ます!」
「――っ!」
無限召喚の警告に合わせて、接近戦を挑んでいた数名が後ろへ跳ぶ。同様に跳躍した大破壊の目の前で、地面が盛大に弾け飛んだ。
「ふむ……」
大破壊がダメージを受けるきっかけとなった、古竜の謎の範囲攻撃。その正体が大地魔法だと分析したのは蒼竜妃だった。
そして、接近戦を挑むことの多い彼女に代わって、無限召喚が古竜の魔力の動きに注視する。彼らの分析と警告のおかげで、大破壊たちは大きな被害を受けずにすんでいた。
「くらえ!」
お返しとばかりに、七色投網が白く輝く魔法網を放つ。光網は古竜の頭部に引っ掛かって爆発を起こすが、竜鱗の魔法防御を抜くことはできないようだった。だが――。
「うおおおっ!」
光の網に視界を奪われた一瞬の隙をついて、双剣が古竜の胴体に飛び乗る。それが気に入らなかったようで、古竜の頭が背中側を向いた。
「今だ!」
隙を見せた古竜の喉元に迫ると、大破壊は破砕柱を叩きつけた。充分に闘気を乗せた一撃が、たしかな手ごたえを伝えてくる。
「ゴァァァッ!」
好機と見たのは大破壊だけではない。蒼竜妃や千変万化、破城槌たちもまた、必殺の一撃を古竜の身体に突き立てていた。
「……呆れるほどタフだな」
だが、古竜が倒れる様子はなかった。全長二十メテルの怪物にしてみれば、人間の武器など致命傷になり得ないのかもしれない。そんな不安すら浮かぶ。
「違う魔力構成、来ます!」
無限召喚の言葉を受けて、大破壊は地を蹴った。その直後、無数の石槍が地面から突き出て、彼らを串刺しにしようとする。
「また種類が増えたか」
大破壊は渋い表情を浮かべる。古竜の耐久力に並ぶ、もう一つの懸念がこれだ。無限召喚によれば、古竜が使用している魔法は、技巧的には稚拙なものらしい。
だが、それは安心を意味しない。古竜の魔力は莫大であり、稚拙な魔法でも災害級の破壊力を生み出すことができるからだ。そして、さらに最悪なことに、古竜は魔法の技術をどんどん上達させていた。
「ぬおおおォッ!」
闘気を纏った大破壊は、渾身の力で破砕柱を振るった。それに合わせて槍が舞い、双剣が閃く。急がなければ、状況は悪化する一方だ。それはこの場にいる全員に共通する認識であり、焦りでもあった。
そうして、どれほど攻撃を仕掛けただろうか。終わりの見えない戦いで、剣闘士たちの疲労は蓄積されていった。
もしこの場に『極光の騎士』がいたなら、少しは違う展開になったのだろうか。そんな自分らしくない思考を、大破壊は意識的に笑い飛ばす。
そんな時だった。大破壊が踏みしめる大地が、細かく震えた気がした。
「範囲魔法が来――え!? 大きすぎる!」
悲鳴のような無限召喚の声が聞こえる。その声は、自分たちが危機的状態にあることを示していた。
「凍てつく大地」
直後、足下から強烈な冷気が立ち昇る。蒼竜妃の魔術だ。おそらくは地面を凍らせて、大地の爆発を抑えようとしているのだろうが……。
「――!」
耳をつんざく爆発音。視界は白く染まり、上下の感覚さえ分からなくなる。地面に叩きつけられてようやく、大破壊は自分が空に舞い上げられていたことに気付いた。
「っ……」
身を起こそうとすると、身体の至るところに激痛が走った。息を吸えば胸が痛み、折れた肋骨が軋む。周囲を見渡せば、無数のクレーターが大地に刻まれていた。
そして、その中心には古竜が佇んでおり……それを取り囲んでいた剣闘士の姿はどこにもなかった。
「たった一度の魔法で、これか」
大破壊は唖然としていた。手応えは薄かったものの、大破壊たちはこれまで上手く立ち回ってきたはずだ。誰かが致命傷を負うこともなく、技の限りを尽くして古竜の防御を抜こうとしていた。
その的確な動きは上位ランカーと呼ばれるに相応しいものであり、大破壊も彼らとの共闘に不満はなかった。だが……。
その精鋭たちが、こうも簡単に壊滅するのか。膨大な魔力の前には、自分たちが積み上げてきた技など無力だというのか。そんな思いすら胸に飛来する。
「……フン、馬鹿馬鹿しい」
だが、大破壊は不敵に笑った。自分にそんな感傷は必要ない。必要なものは充分な破壊力と、それを相手に届かせる手段。それだけだ。
軋む身体に鞭打って、彼はその巨体を立ち上がらせる。受けたダメージは小さくないが、動けないわけではない。大破壊は、古竜へ向かって踏み出した。
「む……?」
と、大破壊は目を凝らした。古竜が、誰かと交戦するような動きを見せたからだ。
「蒼竜妃、か……?」
近付きながら、戦っている相手に見当を付ける。竜人は頑丈な肉体を誇っているし、魔術師でもある以上、あの範囲魔法に対して備えることもできたはずだ。
そう考えながら近付けば、やはり相手は蒼竜妃だった。古竜の爪や尻尾をかわし、反撃の糸口を探している。だが、やはりダメージを受けているのだろう。その動きは精彩を欠いていた。
「――大破壊さん!」
「……お前か」
横手から声をかけてきたのは無限召喚だった。離れていたことが幸いしたのか、彼はまだ動けるようだった。
「すみません、意識を失っていたみたいで……」
「戦えるか?」
無限召喚に問いかける。それは身体の具合ではなく、戦意を喪失していないかの確認だった。
「はい!」
その返事に頷くと、無限召喚と共に古竜へと歩き出す。
「あの、古竜を倒す方法って、思い当たりますか?」
「いや。ただ、狙うなら頭だ」
そう答えたのは、かつて『極光の騎士』と戦った竜のことを思い出したからだ。たとえ幻獣種であろうと、頭部を破壊されれば絶命するはずだ。
「あっ――!」
と、会話の途中で無限召喚が声を上げた。蒼竜妃が尾で弾き飛ばされたのだ。
「……火の巨人!」
彼女を追撃させないためにだろう。無限召喚は全長十メテルほどの巨人を召喚した。全身を炎に包まれた巨人の熱気で、周囲の気温が上がる。
「ォォォッ!」
巨人を新たな敵と定めたのか、古竜はくるりと向きを変えてこちらを威嚇する。
「今のうちに、蒼竜妃さんを!」
「ふむ……」
大破壊は少しだけ考え込むと、無限召喚を肩に担ぎ上げた。突然のことで慌てる彼に、一言だけ警告する。
「行くぞ。舌を噛むなよ」
言うなり、蒼竜妃の弾き飛ばされた先へ向かう。炎の巨人がどれくらい持ちこたえられるか分からない以上、急ぐに越したことはない。
「――蒼竜妃。生きているか」
「蒼竜妃さん! 大丈夫ですか!?」
やがて、地面に転がっている彼女に駆け寄ると、二人は揃って声をかけた。
「ん。まだ戦闘可能」
淡々とした声色で答えると、蒼竜妃はむくりと上半身を起こした。
「……巨人、ミロードの?」
「はい。古竜の注意を引ければと思って」
「感謝」
言って、彼女はゆらりと立ち上がった。傍目から見ても傷だらけだが、それを言うなら他の二人も同じことだ。そして、蒼竜妃は古竜へ視線を向ける。
「古竜、弱ってる」
「……ほう?」
意外な言葉に、大破壊はぴくりと眉を動かした。
「竜鱗、たくさん割った。古竜、自爆」
「……あ、そういうことですか」
首を傾げていた無限召喚は、やがて得心がいった様子で手を叩いた。そして大破壊のほうへ顔を向ける。
「古竜の異常な魔法防御の高さは、竜鱗によるものでした。でも、皆さんが竜鱗を大量に砕いてくれましたよね? そこで、あの大魔法です」
「あの爆発か。……だが、術者は古竜だろう」
「よく分かりませんが、どうやら魔法については素人のようですからね。もともと絶対的な魔法防御力を持っていたこともあって、自分を巻き込まないように調整するという発想がないのでしょう」
彼らの説明には説得力があった。だが、同時に問題も浮上する。
「だが、どうする。お前たちは攻撃魔法を主体とする魔術師ではないだろう」
蒼竜妃は強化魔法寄り、無限召喚は召喚魔法特化型の魔術師だ。魔法が多少効くようになったところで、決定打にはならないだろう。
「敵、利用」
「古竜の魔力は無尽蔵ですからね。また、自分の力でダメージを負ってもらいましょう」
だが、二人は悩む様子もなく答えた。たしかに、強大な力には強大な力を返せばいい。
「具体的にはどうする」
「さっきまでと変わりません。複数で取り囲めば、また範囲魔法を使ってくると思います。ただ、またあの魔法に巻き込まれてしまいますから、なんらかの防御手段が必要ですが……」
「俺は問題ない。あらかじめ警戒していれば、闘気の展開が間に合う」
「同調。試す価値はある」
大破壊は頷くと、地面に突き立てていた破砕柱を引き抜いた。炎の巨人が消滅しないうちに向かうべきだろう。そう考えて、全速力で古竜へ向かう。
「ぬんッ!」
一つでも多くの鱗を砕こうと、大破壊は所かまわず攻撃を仕掛けた。本来なら、一枚割るだけでも偉業と言われる古竜の竜鱗が、次々に砕け散る。
「――竜の血盃」
少し離れた場所では、手足を水色の鱗に覆われた蒼竜妃が、拳や蹴撃で鱗を粉砕していた。そして――。
「黒の弱兵」
無限召喚が召喚した無数の使い魔が、蹴散らされながらも雲霞のごとく古竜に群がる。
そうして、何十枚目の鱗を割った時だろうか。ついに、古竜が動きを変えた。そして、魔力の動きに注視していた無限召喚の声が響く。
「範囲魔法、来ま――そんな!? 構成が上手くなってる!」
だが、その声色は途中で悲鳴に変わった。裏返った声で、彼は分析結果を報せる。
「これじゃ僕らだけがやられます! 威力もさっきの比じゃ――」
その言葉を裏付けるように大地が震えた。先ほどをも上回る地揺れが続き、剣闘士たちを焦らせる。
「ちっ――!」
攻めるか、守るか。前回の爆発よりも強力であれば、いくら闘気を厚くしてもただではすまない。だが、全長二十メテルの巨体を殴ったとして、それで魔法の行使が止まるとも思えなかった。
どうする。そう逡巡した時だった。古竜の後ろ側で、何かが動いた。今の人影は――。
「剣闘士を! 舐めんじゃないわよぉぉぉっ!」
「千変万化!」
思わぬ展開に、ついその名を呼ぶ。彼は奇妙な形をした小箱を振り上げると、竜鱗が剥がれた古竜の傷口に押し込んだ。
「あれは――」
大破壊が訝しんだ刹那。古竜を中心に、不思議な異音が響いた。そして――。
「え!? 古竜の魔法が暴走しま――!?」
カっと古竜が輝く。その直後に起きたのは、想定を遥かに超える大爆発だった。
「ぐ……」
ありったけの闘気を防御に回したにもかかわらず、大破壊は前回を超えるダメージを受けていた。身体を動かすことはおろか、呼吸一つ、鼓動一つさえもが身体に痛みを刻み込む。
「あの竜……は――」
だが、痛みは二の次だった。彼は超人的な精神力で上体を起こす。軽く辺りを見回しただけで、全長二十メテルの巨体はすぐに見つかった。
「……生きて、いるか」
それは残念な結果だった。だが、古竜も無傷ではない。自分の魔法が暴発したのだ。古竜が受けたダメージは、自分たちの比ではないだろう。その巨体は血や体液に塗れており、満身創痍としか表現できない状態だった。
「さて……どうするか」
幸いなことに、古竜は大破壊のことに気付いていないようだった。このまま息を潜めていれば、やり過ごすことができる。
とは言え、放っておけば、古竜は先行した遊撃隊を襲うかもしれない。帝国軍を滅ぼすかもしれない。場合によっては帝都の住民の命をも奪うだろう。
「……フン」
だが。彼にとって、そんなことはどうでもよかった。
――古竜を頼む
脳裏に極光の騎士の言葉が甦る。あの男が「頼む」と言ったのだ。自分が同格……いや、それ以上だと認める、唯一の男が。それがすべてだった。
「……やるか」
彼は全身に闘気を行き渡らせた。即時の治療はできないが、無理やり身体を動かす分には困らない。酷い有様だが、戦うことはできる。
呼吸とともに身体を調えると、大破壊はゆらりと立ち上がった。まだこちらに気付いていない古竜を見据えて、悠然と歩み出す。
「ォォォ……!」
やがて、古竜も近付く存在に気付いたようだった。その巨体がこちらへ踏み出すたび、ズン、と大地が揺れる。
一人と一頭の距離は近付き……やがて、大破壊と古竜が対峙する。
「……フン」
かつて、『極光の騎士』とともに竜と戦った記憶を思い出す。あの時の竜は空を飛んでいた。極光の騎士が竜を地上に叩き落とさなければ、大破壊は何もできなかっただろう。
だが、今回は違う。頭部は地上十メテルほどに位置しているものの、手の届く高さでしかない。ならば、殴って、殴って、殴るだけだ。
「ォォォォッ!」
咆哮とともに、古竜の鋭い鉤爪が振るわれる。それを避けると、今度は地表すれすれを狙って大木のような尾が襲ってくる。身をかがめて何とか受け流すと、今度は反対側の前脚が頭上から迫ってきた。
「ガァァァァァッ!」
渾身の力を込めて、大破壊は頭上の前脚を破砕柱で殴り飛ばした。本来なら覆るはずのない質量差をものともせず、古竜の巨体がぐらりと揺れる。
もはや、この戦いに種族による優劣などなかった。二体の魔獣が、死力を尽くして互いの喉元に食いつこうとしている。それだけだった。
「――ォォォォォッ!」
大地を揺るがす戦いが続き、大破壊が二本の前脚と尻尾による連撃を凌ぐ。本来なら、大破壊が反撃を試みる時だろう。
だが、そうはいかなかった。彼の頭上から、四つ目の凶器が迫っていたのだ。頭上を振り仰げば、太く鋭い牙がびっしりと並んだ口蓋が見える。
「……ふ」
だが、大破壊はかすかに笑う。その攻撃こそ、彼が待ち望んでいたものだった。今こそ、大地を足で踏みしめて、全力で頭部を殴打できる絶好の機会なのだから。
大破壊は破砕柱を構えると、あらん限りの闘気を集めた。自分を飲み込もうとする顎を物ともせず、ただ打ち据えることだけを考える。そして――。
「ガァァァァァッ!」
ぎらつく赤光ごと、斜め上へ破砕柱を振り抜いた。伝わってきた手応えは、竜の鱗はおろか、内部の骨をも粉砕したと確信できるものだった。
「オォォォォォォォッ!」
だが、大破壊は止まらなかった。彼の全力を受け、粉々に砕け散った破砕柱を手放すと、闘気に覆われた拳で古竜を殴りつける。
のけ反った古竜を殴り、頭部に飛び乗って殴り、横倒しになったところを殴る。もはや闘気は尽きているはずだが、生命力とでも言えるものを消費して、大破壊は莫大な破壊力を生み出し続けていた。
「……?」
そうして、どれほど経っただろうか。ふと大破壊が気付いた時には、古竜は動かなくなっていた。
「死んだ……か」
やがて、ぽつりと呟く。本能のままに動いていたためか、まったく途中の記憶がない。だが、目の前に横たわっているのは古竜の屍に他ならなかった。
人類が古竜を殴殺するという偉業。それは二度と起こりえない歴史的快挙だったかもしれない。
「……」
だが、その代償もまた大きかった。すべてを使い果たした大破壊は、横倒しにどう、と倒れる。
古竜を殴殺する過程で、生命力を削った自覚はある。身体の感覚が一切なくなっても、やはりか、と思うだけだ。
――少し、眠るか。
すべての感覚を喪失した暗闇の中で、大破壊は意識を手放した。