遊撃Ⅱ
『――戦闘が終了した部隊は結界の真下に集合だ。警戒は怠るなよ』
地下世界での初戦に勝利した俺は、各部隊長に念話を送った。解放された古代鎧の機能の一つだ。離れすぎると使えないし、二十名ほどしか登録できないが、相手の同意を得れば念話を届けることができる。
「……これ、本当に届いてるんだよな?」
この念話は一方通行であるため、返事は聞こえない。そう分かっているものの、つい不安になるな。
『当然です。そもそも、この鎧は近衛騎士団長のために調整されたものですよ? 騎士団を指揮する機能がなくてどうしますか』
すると、心外だと言わんばかりの念話が伝わってくる。やがて、その言葉を証明するように続々と剣闘士部隊が集結してきた。
「『極光の騎士』、大勝利だったな!」
「これなら、俺たちだけで亜人どもを制圧できるんじゃねえか?」
勝利に湧く彼らは、一様に陽気な笑顔を浮かべていた。士気の高さ、という意味では申し分ない。
「見事な戦いだった。正直に言えば、一人の犠牲も出なかったことに驚いている」
そう。今回の戦いでは、負傷者はいても死者は出なかったのだ。それは嬉しい誤算だった。集まった皆を見回していると、『千変万化』が口を開いた。
「『極光の騎士』ちゃん、これからどうするの?」
「当初の予定通りだ。帝国軍を援護しつつ、首魁を叩く」
問いかけに即答する。そもそも、この遊撃隊はユグドラシルの討伐を目的としている。『極光の騎士』に直々に依頼してきたイスファン皇帝の要請も、突き詰めればそういうことだ。
剣闘士から有志を募ったのもそのためだ。正規軍を部下に付けることはできないが、『極光の騎士』を単独で行かせるのは心許ない。直接言われたわけではないが、打ち合わせ時の雰囲気から、俺はそう判断していた。
「親玉って、あの馬鹿でかい樹の根元にいるんだったよな?」
「ああ。帝国騎士団との戦場は皇城の直下付近だが、俺たちが目指すべきはあの樹だ」
『剣嵐』の言葉に頷くと、俺は遥か先に見える大樹を見やる。これまでも何度か遠見の魔法で確認したが、特に変わった様子はなかった。
帝国騎士団の一部は、地表に空いた穴から降下して、一気にユグドラシルとヴェイナードを狙ったはずだが……やはり返り討ちに遭ったのだろう。
「けどさ、戦いの指揮を取る可能性だってあるだろ? 本当にあんな所にいるのか?」
「いや、首魁はあの場所にいる。それは間違いない」
俺はそう言い切った。本当の目的はヴェイナードではなくユグドラシルなのだから、嘘は言っていない。
本当ならすべてを明かしてしまいたいところだが、士気にも関わるため、現時点でユグドラシルのことを明かすわけにはいかなかった。
「ふーん……ま、『極光の騎士』がそう言うなら、別にいいけど」
「他に質問はあるか?」
俺は剣闘士たちの顔を見回す。すると、『魔鏡』が手を挙げた。
「あの大樹へ向かうとして、ルートはどうしますか? ここから真っ直ぐ進んだ場合、友軍と敵軍の衝突地点のすぐ近くを通りますが……」
「ふむ……。迂回するのか、それとも一時的であれ、騎士団に加勢するのか、ということか」
「その通りです、『孤塔』」
口を挟んできたソリューズさんに、『魔鏡』が頷きを返す。面識がないため、剣闘士たちから怪訝がられていた親父の旧友たちだったが、さっきの戦いで実力を見せつけたらしい。いつの間にか、すっかり剣闘士たちに受け入れられていた。
「できれば、脇目もふらず標的へ向かいたいところですが……騎士団が全滅しては元も子もありませんからねぇ」
「『極光の騎士』、さっき空を飛んでたでしょ? あっちの戦況はどうなの?」
さらに、フェルナンドさんとローゼさんが口を開く。だが、俺は肩をすくめるしかなかった。
「この距離では、さすがに分からん」
「じゃあ、近付くしかないな」
「ですが、見つかると地の果てまで追われますよ? 我々は、大将の首を獲りに行こうとしている集団ですから」
今度は『双剣』と『魔鏡』が意見を口にする。そんな意見を受けて、俺は古代鎧の魔法を起動させた。
「広域知覚、起動」
鎧から天へ向けて放たれた魔力の構造体は、天井の岩盤に接すると横へ拡散していく。同時に、俺の脳内に古代遺跡の大まかな俯瞰図が映し出された。
「……そんな魔術まで使えるのか。驚きだな」
ソリューズさんがぼそりと呟く。だが、他の面子は『極光の騎士』の奇行に慣れているのか、特に発言することはなかった。
「む……」
そんな中、広域知覚を操って、戦線の様子を探っていた俺は顔を顰めた。
「その雰囲気からすると、あまりいい結果じゃなさそうだね」
「……そうだな」
ユーゼフの言葉に頷くと、俺は剣闘士たちに向き直った。
「現在、帝国軍は劣勢だ。亜人連合の後衛が、強力な遠距離攻撃を浴びせている」
「遠距離攻撃……魔術ということ?」
「いや、そうは見えなかった」
尋ねるレティシャに、首を横に振って応える。
「おそらく魔道具だ。家一つ分ほどの大きさの構造物から、強力な砲撃が放たれていた。詳細は分からんが、操っているのはドワーフだろう」
「ドワーフなら魔工技師も多そうね……古代文明の遺産かしら」
「あり得るな。数は全部で十六基だ」
そう答えると、フェルナンドさんとソリューズさんが口を開く。
「それはまた、結構な数ですね……威力にもよりますが、かなりの脅威でしょう」
「おそらく移動砲台だな。……ふん。古代文明の遺産を戦争に使うとは、勿体ない使い方をする輩だ」
そんな会話をよそに、今度はユーゼフが俺へ視線を向けた。
「それで、どうするんだい? 救援に向かうかい?」
「騎士団に合流してしまっては、別れた意味がないが……」
「かといって、ここで騎士団が全滅してしまえば、奥地の首魁を狙いにいった私たちは挟み撃ち……いえ、集中攻撃を受けますよ?」
『魔鏡』の言う通りだった。万全の態勢ですら、ユグドラシルに勝てるかどうか怪しいのだ。そこへ亜人連合の大軍まで押し寄せてきては、勝率はほぼゼロだ。
「……横手から、敵軍の最後部を駆け抜けるか」
やがて、俺はそう結論付けた。帝国軍に破壊されないようにだろう、移動砲台は敵軍の最後部に配置されているからだ。地面に図を描いて説明すると、部隊長の剣闘士たちは納得した様子だった。
「真後ろまで回り込んで、全砲台を一斉に攻めたほうがいいんじゃないか?」
「それも考えたが、狙う移動砲台の数が多い。この人数を十六分割すると、それこそ二十人前後になってしまうからな。各個撃破される可能性が高い」
「そうですね。幸い、移動砲台はほぼ横一列で並んでいます。皆で一丸となって、砲台を破壊しながら駆け抜けたほうが確実でしょう」
「あの手の装置は、近付いてしまえば真価を発揮できません。味方を巻き込んでしまいますし、そもそも遠距離にしか狙いをつけられないはずです」
俺の言葉に同意したのは、フェルナンドさんと聖女モードのシンシアだった。フェルナンドさんは数多くの戦いを経験しているし、シンシアも転生前は多くの人々を率いて古代文明の王国と戦い続けていた。その二人が同意してくれたことは心強かった。
そんな詳細を知っているわけではないはずだが、他の剣闘士たちが聖職者二人の言葉に異論を挟むことはなかった。それは、二人が神殿長と天神の巫女という、極めて特殊な地位にあることも関係しているのだろう。
「……話は決まったな。俺たちは敵の最後尾を横手から駆け抜ける。狙いは移動砲台だが、壊せなかったとしても足を止めるな。完全に囲まれてしまえば、袋叩きにあって全滅するぞ」
「おう! 任せとけ!」
「さっきは戦い足りなかったからな!」
剣闘士たちは士気高く答える。広域知覚で襲撃ルートを選定しながら、俺はその様子を眺めていた。
◆◆◆
「ここからは、ほぼ遮蔽物がない。敵に丸見えだと思っていいだろう」
「あの移動砲台がこっちに向きを変えるのって、どれくらいかかるんだろうな」
帝国軍と亜人連合軍が激突している戦場。その片隅で、俺たちは息をひそめて様子を窺っていた。移動砲台は相変わらず猛威を振るっており、轟音とともに何かしらの魔力を秘めた砲弾が放たれている。
「少し時間はかかりますけど、反対側に召喚獣か何かを出現させましょうか? そうしたら気を引けるかもしれません」
「その時点で、反対側からの奇襲も警戒されるぞ。それなら、帝国軍に集中してもらっていたほうがいい」
『無限召喚』とソリューズさんがそんな会話を交わすのを聞きながら、俺は遠見の魔術で様子を探っていた。
「一つの移動砲台に、最低でも六人のドワーフが付いているな」
「それは操手かい? それとも護衛戦力?」
「操手だろうな。護衛らしき兵士も十人程度は付いている」
「なるほどね……ドワーフは種族レベルでタフな戦士だから、操手も護衛戦力に数えたほうがよさそうだね」
ユーゼフと会話を交わしながら、俺は準備を進めていく。魔術師たちに合図を送ると、剣闘士に強化魔法がかけられた。出し惜しみはできない。ここからはスピードが命だ。
物陰に潜んでいた俺はすらりと剣を抜いた。そして、切っ先を敵軍へ向ける。
「行くぞ!」
「うおおおおおっ!」
雄叫びとともに、遊撃隊が一丸となって攻め込む。最も近い移動砲台までの数百メテルを、無事に詰めることができるか。そこに掛かっていた。
「さすがに甘くはないか……!」
敵軍の対応は早く、移動砲台こそまだ動かないものの、付近の敵兵がこちらへ向かって来る。百メテルほど距離を詰めたところで、相手から複数の魔法が放たれた。
「……なかなかの射程だな」
言いながら、飛来した魔法の一つを叩き斬る。見れば、他の魔法も剣闘士や魔術師によって迎撃したようだった。
「その魔法を斬る技、便利だね。僕も使えないかな」
「お前には闘気があるだろう」
「それはそれ、だよ。目の前でそんな技を見せつけられたら、覚えたくもなるさ」
緊迫した空気の中、ユーゼフは不敵な笑みを見せた。試合の間でも戦場でも変わらない幼馴染の様子に、ふと兜の下で笑う。
「お返しだぜ! 真空嵐舞」
そして、こちらからも攻撃を仕掛けた者がいた。『剣嵐』が真空波を撃ち出したのだ。走りながら無数の真空波を撃ち出すという離れ業を、彼は苦もなく行っていた。
「呆れた器用さだな……」
「しかも、きちんと向こうに届いているからね」
『剣嵐』の真空波群が敵陣に着弾する様を見て、俺たちは感心したように声を漏らす。あわよくば移動砲台に直撃しないかと期待したのだが、さすがにそこまで都合よくはいかなかった。
「真空双破」
と、移動砲台へ向かって強力な真空波が撃ち出される。おそらくレティシャだろう。まるで光線のような軌跡を描く真空波は、狙い過たず目的の砲台へ突き刺さった。だが――。
「硬いな……魔法的な防御じゃなくて、純粋な硬度か?」
「今のは『紅の歌姫』の魔法だろう? それであの程度の損傷ということは、なかなかの強度だね」
「魔術師には、魔力を温存するよう言っているからな。全力の一撃ではないはずだ。……とは言え、予想を超える硬さだ」
向かい来る矢や魔法を弾きながら、ユーゼフと感想を交換する。砲台はまったくの無傷ということはないが、致命的な損傷を与えたとは言い難い。それに、先ほどの魔法は不意打ちだったが、本来は敵の術師が魔法障壁を展開するはずだ。
「ユーゼフ、少し速度を落とせ。突出しているぞ」
「あはは、少し先行してくるよ。あの砲台の強度を確認しないとね」
そう言い残してユーゼフは速度を上げた。軽口を叩きながらも本気だったのだろう。その後ろ姿は赤く輝く闘気に覆われていた。
「……よかったのか?」
ユーゼフの代わりに、先頭を走る俺と並んだのはダグラスさんだ。手に持った盾は魔法の輝きに覆われており、何度も敵の攻撃を阻んでいた。
「止めても聞かないからな。死ぬことはないだろうし、攪乱してもらおう」
俺は『極光の騎士』として答える。距離が近付くにつれて、敵の攻撃もどんどん増えてくる。それらを捌きながら、俺たちは走り抜けていた。
「重光壁!」
ダグラスさんの盾から二十メテル近い障壁が展開され、数十個に及ぶ火炎球の雨を受け止める。
「下降流」
破壊的な強風が押し寄せ、射かけられた矢の雨を地表へ叩き落とす。俺たちは襲い来る攻撃を防ぎ、時には反撃しながら、着実に距離を詰めていた。
「あと……百メテル……!」
矢と魔法が飛び交う中、敵陣を睨みつける。鍛え抜かれた戦士なら、ものの数秒で駆け抜けられる距離だ。だが、あくまで遊撃隊の速度で進む必要があった。と……。
「なんだ――!?」
数十メテル四方はあるだろうか。遊撃隊をすっぽり覆うように、広範囲にわたって魔力が満ちる。俺はとっさに剣を振るって魔術の構造を破壊したが、あまりに範囲が広すぎる。無効化できるのは周囲数メテルだけだろう。
そして、不意に空気が変質した。なんの魔術が分からないが、このままではまずい――そう焦った時だった。
「――浄化!」
シンシアの声が響き、数十メテルにわたって変質していた空気が元に戻る。ほっとしていると、ダグラスさんが口を開いた。
「ふむ……酒気を感じたが、戦いに支障が出るほどではないな」
「酒気、ですか?」
ということは、さっきの魔法は酩酊霧だったのだろうか。なかなか嫌なチョイスをするな。兜で顔を覆われていることと、古代鎧による防御機能のおかげで、俺にはさっぱり分からなかったな。
そんな分析をしながら、俺たちは走り続ける。迎撃の弾幕は激しさを増す一方だったが、まだ致命的なダメージは受けていない。
「あと……五十メテル……!」
もどかしい思いを押さえて歩調を合わせながら、前方を確認する。厚みのある赤光が、右前方でちらちらと動いていた。なるほど、ユーゼフは右か。ならば、左側を――。
「雷霆一閃!」
近付いて乱戦になる前にと、俺は大技を放った。眩い雷撃が無数に荒れ狂い、敵軍を飲み込む。相手は大混乱に陥っているようだった。
「うおおっ!? 『極光の騎士』が凄えのをぶっ放したぞぉぉぉ!」
雷撃に蹂躙されて、バタバタと敵兵が崩れ落ちた。狼狽する敵軍とは対照的に、剣闘士たちの士気が上がる。
『移動砲台も壊れたようですね』
クリフの言葉に目を向ければ、巻き込まれた移動砲台は煙を吹いており、操手らしきドワーフたちが慌てた様子で砲台に取り付いている。とは言え、原型はしっかり残っており、装甲の頑丈さを窺わせた。
『雷霆一閃が連射できればよかったのですが……』
『これだけの大技だからな。贅沢を言ってはキリがないさ』
クリフに念話を返すと、俺は前方を見据えた。雷霆一閃が大きなダメージを与えたのだろう、敵軍の攻勢は弱まっていた。そして――。
「うおおおおおっ! 行くぞぉぉぉっ!」
「ドンパチやってくれた借りを返してやるぜ!」
俺たちは敵の最後部に食らいついた。前方を阻む敵だけを屠り、次なる移動砲台を目指す。今まで耐えるだけだった剣闘士たちは、その鬱憤を晴らすかのように猛烈な勢いで敵をなぎ倒していた。
「二つ……!」
前方の移動砲台が赤い斬撃に包まれ、そして爆発を起こした。先行していたユーゼフだ。
「威龍撃!」
さらに、凶悪な破壊力を秘めた『剣嵐』の真空波が、別の一基に風穴を開ける。
「三つ……!」
斬り裂き、弾き、叩き割る。破壊した砲台を数えながら、俺は部隊の先頭で敵兵を倒し続けていた。
『次に近い移動砲台は、右前方です』
クリフのナビゲートに従って、標的を定める。だが、敵も俺たちの狙いが分かったようで、移動砲台を守ろうとする兵士が増えてきていた。
「邪魔だな……」
敵兵は移動砲台への進路を塞ぐように位置取っていた。一人一人の技量はともかく、その数は脅威だ。魔力消費は激しいが、次元斬あたりを使うべきだろうか。
そう悩んだ瞬間、隣のダグラスさんが動いた。
「攻性解放」
ダグラスさんの魔法盾が眩く輝き、十メテル四方の結界を展開する。そして――。
「制圧する城壁!」
その巨大な結界を、前方の敵に叩きつけた。結界は盾を離れて前進し、百人近い敵をまとめて吹き飛ばす。
「今だ。行け」
その言葉に頷くと、俺は移動砲台へ向かった。ダグラスさんのおかげで、道を阻む敵兵は全滅している。砲台に辿り着くまでにそう時間はかからなかった。
「腐食の枝!」
凶悪な魔法剣が発動し、砲台の頑丈な装甲をドロリと溶かす。そして装甲の亀裂に剣を突き刺すと、雷の魔法剣を発動させた。
「四つ……!」
移動砲台の内部で立て続けに爆発が起こり、装甲の亀裂から煙と魔力が噴き出た。完全に破壊したことを確信すると、俺は次の標的を探す。
と、赤い輝きが迸り、ほぼ同時に二基の移動砲台が破壊された。ユーゼフと『大破壊』だ。
「六つ……!」
『あのお二人は、本当に無茶苦茶ですねぇ……』
クリフが呆れたように呟く。闘気使いの二人の戦闘力は、やはり飛び抜けていた。
『あの時代の魔道具は、魔法防御に重点を置いた造りですから、相対的に物理攻撃が有効ではありますが……』
『完全に超人の域だからな……それで、次は?』
『少し遠くなりますが、まっすぐ前方ですね』
その答えに従って、俺は進路を微修正する。そして、敵を斬り伏せては進み、七つ目、八つ目の移動砲台を破壊する。そろそろ、敵陣最後部の中央付近まで食い込んでいるはずだが――。
「敵が手強くなったな」
俺は眉を顰めた。スムーズに移動砲台を破壊できなくなってきたのだ。だが、進軍速度を緩めるわけにはいかない。
「そうだな。数も増えたが、何より兵士の質が上がっている」
俺の言葉にダグラスさんが頷く。敵陣の中央で速度が鈍るのは嫌な話だった。戦いながらそんな話をしていると、遊撃隊の後方がカッと輝いた。ローゼさんだ。
「流星一矢!」
手強い敵部隊にローゼさんの弓技が突き刺さる。光線としか表現できない破壊力の奔流が、兵士たちをなぎ倒した。だが――。
「あの攻撃を弾くか……」
移動砲台は無傷だった。一人の竜人が、ローゼさんの大技を弾いてみせたのだ。
「デロギア……!」
見覚えのある竜人の姿に、俺はいっそう気を引き締めた。彼がこの敵軍の司令官だったのだろうか。司令官とそれを守る精鋭部隊であれば、敵が急に手強くなったことにも頷ける。
「後方部隊から救援要請があった時にハ驚いたが……汝であれバ納得ダ」
彼がそう告げると、俺とデロギアの間にいた兵士たちがさっと左右に分かれた。その意図を察した俺は、急いで流光盾を展開する。
「吐息が来るぞ!」
その直後、デロギアがカッと口を開く。膨大な量の炎が俺たちに殺到し、視界を埋め尽くした。ダグラスさんの重光壁のおかげで俺は無傷だったが、突出していた剣闘士の幾人かが炎に巻かれて崩れ落ちる。
「……!」
俺は奥歯を噛み締めると、一気にデロギアとの距離を詰めた。魔法を連続起動して周囲の敵を牽制すると、氷属性付与をかけた剣で打ちかかる。
周囲の敵を巻き込むように魔法を使ったこともあって、いつしか俺たちの周りにぽっかりと空間ができていた。
「――やはり、強いナ」
「同感だ」
そして、剣を強振する。そのタイミングに合わせて雷撃を浴びせるが、デロギアには通じていないようだった。
『呆れた頑丈さですね』
『竜化したことで、鱗の防御力が跳ね上がってるんだろう。やっぱり、確実にダメージを通すなら剣だな』
そんなやり取りをしながら、目まぐるしくデロギアと位置を入れ替え、何度も得物を打ち合わせる。やはり相手の力量は卓越しており、決着を付けるにはかなり時間がかかりそうだった。
『クリフ、周囲の状況は?』
『芳しくありません。主人が足止めされたことによって、遊撃隊の進軍速度が極端に落ちました。そのため、特に後方の被害が大きくなっています』
『まずいな……』
デロギアの攻撃を受け流しながら、俺は顔を顰めた。敵陣を駆け抜けるように進むことで、集中攻撃を受けないようにしてきたが、こうなってしまってはただの寡兵だ。
各部隊長には、念話で『極光の騎士』のことを気にせず進めと伝えたのだが、配下の剣闘士たちが納得しなかったのか、それとも部隊長自身も納得しなかったのか、皆がここに留まって戦い始めてしまったのだ。
『俺が率先して離脱するしかないか……』
『はい。主人は遊撃隊の中心ですからね。それを放って進めと言われても、戦略的な考え方に慣れていない方々には、ピンと来ないのでしょう』
『問題はデロギアだな。離脱しようとする俺を追ってくるとは限らない』
『おそらく、主人以外の剣闘士を狙うでしょう。この戦闘力からすると、最低でも遊撃隊の半数を失うと思われます』
クリフの容赦ない指摘に、俺は渋面を浮かべるしかなかった。俺が先陣を切って離脱すると、デロギアによって遊撃隊に壊滅的な被害が出る。かといって、このままでも物量差による集中攻撃で全滅するだけだ。
俺は葛藤しながら、デロギアの爪を剣で弾き返した。と……。
「ッ!?」
俺とデロギアの間合いが離れた瞬間、強烈な斬撃がデロギアを襲った。もちろん、俺が繰り出したものではない。
「――いい組み合わせだ。僕がもらうよ」
「ユーゼフ!?」
思わぬ援軍に声を上げる。
「このまま進むにしても、離脱するにしても、君がいないと剣闘士たちは動かないからね。……急いだほうがいい」
ユーゼフは剣を振るいながら口を開く。彼も部隊の現状を正確に把握しているようだった。だが……。
「一人残れば、敵に囲まれるぞ」
デロギアとユーゼフが高速戦闘に突入すれば、誰も手出しはできないだろう。しかし、周囲が援護をする方法はいくらでもあるし、たとえデロギアを倒せたとしても、消耗したユーゼフがこの大軍を突破できるかどうかは怪しい。そして、それは本人にも分かっているはずだった。
「あはは、僕を誰だと思っているんだい?」
だが。それでも彼は不敵に笑った。闘気を込めた赤い斬撃がデロギアを襲い、その巨躯を大きく後退させる。いつしか、ユーゼフの全身から闘気が立ち昇っていた。
「――ここは僕の試合の間だ。君といえども、邪魔はさせないよ」
俺とユーゼフの視線がぶつかる。一瞬とも永遠ともつかぬ交錯。そこから読み取れたものはユーゼフの決意。そして、『金閃』の矜持だった。
「……」
かたや古竜殺しに匹敵する竜人の英雄。かたや神々すら危惧した植物兵器。俺たちが見据えた敵は、あまりにも強敵だ。
……だが。それでも俺たちはニヤリと笑った。
「……死ぬなよ」
「それは僕の台詞だよ」
そして、いつも通りに拳を打ち付け合う。やがて再開されたユーゼフとデロギアの戦闘を横目に、俺はくるりと身を翻した。
「一度離脱する! 俺に続け!」
そして声を張り上げる。向かう先は敵陣の後方だ。もともと最後部を横手から急襲したため、包囲網が最も薄いからだ。
「次元斬!」
俺は射程を伸ばした次元斬で退路をこじ開ける。雲霞のごとく押し寄せる敵兵を斬り裂き、叩き割り、吹き飛ばす。進むにつれて敵兵の質が下がってきたこともあり、脱出に手こずることはなかった。
「……囲みは抜けたか」
やがて包囲網を抜けた俺は、遊撃隊の殿を務めるべく、最後尾に駆け戻った。魔法を併用して囲みを破り、魔法剣で薙ぎ払う。そうしてどれほど経っただろうか。
「『極光の騎士』、もう大丈夫だ。確認できる剣闘士はすべて脱出した」
ダグラスさんに声をかけられたことで、俺は我に返った。
「すべて、な……」
そう言いながらも、ダグラスさんの表情は曇っていた。その視線は敵陣の奥に向けられており、意味するところは明らかだった。
「……」
敵陣の奥で瞬く赤光を、俺たちは無言で見つめていた。