遊撃Ⅰ
【『極光の騎士』ミレウス・ノア】
「亜人ってのは、一風変わった戦い方をするんだろ? 楽しみだな」
「楽しむのはいいが、他の敵に背中を刺されるなよ? 試合じゃないんだからな」
「なんでもいいさ。早く剣を振るいたいもんだ」
ゆうに三百名を超える、剣闘士の猛者たちが喧騒を生み出す。地下世界へ乗り込んで奇襲をかけんとする彼らの士気は高く、今にも地下へ突撃しそうな勢いだった。
そして、そんな彼らが待機しているのは……第二十八闘技場の地下室だった。
「『紅の歌姫』、準備はどうだ」
「階段と地下世界を遮っていた岩盤は除去したわ。今は幻術でごまかしている状態ね」
その言葉に頷く。……そう、俺たち遊撃隊の侵入経路は、正規軍のそれとは異なっていた。正規軍は、辛うじて死守していた皇城の地下施設から攻め込んでいるが、同じ場所から出現しても仕方がない。
そこで選ばれたのが、第二十八闘技場の地下から侵入するという方法だった。地下へ繋がる階段は破壊したため、落下速度減衰を使って数十メテルの高さから飛び降りるという、なかなか無茶な作戦ではある。
だが、皇城の地下とはだいぶ離れていることから、遊撃隊の降下地点には適しており、自由に動くことができるはずだった。
「……それでは、行くか」
頷いて地下階段へ向かおうとしたところで、すっと伸びてきた腕が俺の行く手を遮った。ユーゼフだ。彼はわざとらしく溜息をつくと、俺の正面に立ちはだかる。
「まさか、そのまま行く気かい? ここは、君が集まった皆を鼓舞する場面じゃないかな」
「……俺が?」
思わず聞き返すと、ユーゼフは手で周囲を示した。地下室を埋め尽くす剣闘士たちの視線は、ひとつ残らずこちらへ向けられていた。
「ここにいるのは、帝都を守るために立ち上がった剣闘士たちだ。そして、君はかつて帝都を救った英雄であり、無敗の剣闘士でもある。いったい他の誰が、この場を仕切ることができるんだい?」
「……そうだな」
俺は素直に頷いた。単独行や少人数に慣れているせいで忘れていたが、ユーゼフの言葉は正しい。ガラではないが、こういった時に音頭を取る人間は必要だ。
「――俺は皇帝でもなければ、将軍でもない」
俺は覚悟を決めると、こちらを見つめる数百の瞳の前で胸を張った。
「皆に何かを命じる権利もなければ、褒賞を約束することもできん。ただの剣闘士の一人だ」
俺は剣を胸の前で掲げた。それが敬意の証だと知っている剣闘士たちは、一様に姿勢を正す。
「……だが。志を同じくする者として、そして共に戦う者として、皆を心強く思う」
かつての俺は一人だった。古代鎧の力だけを頼りに、帝都中を飛び回っていた。だが、今回は違う。
「剣闘士の恐ろしさを、奴らに刻み付けてやろう。……行くぞ」
「うおおおおおおおおおおっ!」
剣闘士たちの咆哮に、地下室が大きく震える。気の弱い人間なら失神しかねないほどの大音声が場を満たしていた。
その様子を確認すると、俺は身を翻した。気炎を上げた剣闘士たちが、俺の後に続いて階段を下りてくる。
「……止まれ。ここだ」
階段の終わりには、ちょっとした空間が作られていた。少し多めの人数が待機できるよう、レティシャたちが手を加えていたのだ。その中心には直径五メテルほどの穴が開いており、地下世界を見下ろすことができた。
「ほう……ここから飛び降りるのか」
ぬっと隣に現れたのは『大破壊』だ。怖気づいた様子もなく、彼は面白そうに地下世界を覗き込む。
「皇城はどこだ」
「向こうだ」
穴を覗き込む『大破壊』に、指で方角を示す。すでに正規軍は戦端を開いており、光や音、振動といったものが断続的に伝わってくる。
なお、皇城の直下を中心に、金色の霞が広がっている様子も観測できるが、これはシンシアが使用した植物化への対抗魔法だ。彼女はまず帝国軍とともに地下へ降り、神聖魔法を使った後でまた地表へ戻ってきていた。
「なるほど、これが地下世界か」
「まさか、こんなものが街の地下にあったとは驚きですね」
続いて、バルノーチス闘技場の『双剣』と『魔鏡』が穴を覗き込む。
「貴族どもの悪い癖だ。重要なことほど隠したがる」
「まあ、モノがモノですからねぇ……」
いつの間に移動したのか、穴の向こう側からフェルナンドさんたちが地下世界を眺める。彼らは剣闘士ではないが、正規軍でなく遊撃隊として参戦することになっていたのだ。
そうこうしているうちに、待機スペースが人で溢れかえりそうになる。転落事故が起きないうちにと、俺は立ち上がった。
「降下は落下速度減衰で行う。言うまでもないが、片道切符だ。忘れ物はするなよ」
そんな軽口に笑い声が起こる。と、魔術師のローブを着た人物が俺に近付いてきた。遊撃隊に落下速度減衰をかけるために連れてきた、魔術ギルドの構成員だ。
「俺に落下速度減衰は不要だ。――決戦仕様」
彼を手で制すと、俺は古代鎧の機能を解放した。突如として鎧が変色光に覆われたことで、剣闘士たちからどよめきが起きる。
「これが噂の……!」
「『極光の騎士』も本気だってことだな!」
そう盛り上がる彼らを尻目に、俺は穴の縁に立った。遥か下方に見える景色から目を離すと、剣闘士たちを振り返る。
「――俺たちの戦場は、あくまで試合の間の上だ。こんなところで命を落とすなよ」
「へっ、当たり前だ!」
「あんたを試合の間で倒すまで、死ぬわけにはいかねえな!」
返ってきた言葉に、俺はニヤリと笑みを浮かべる。兜で顔は隠れているが、伝わったという不思議な確信があった。そして……。
「――先に行く」
俺は穴に飛び込んだ。剣闘士の歓声は遠ざかり、風を切る音ばかりが大きくなっていく。
『主人、流星翔を使用しますか?』
『少し待とう。落下速度減衰ですむなら、それに越したことはない』
『了解しました』
落下しながら、そんなやり取りを空中で交わす。俺が少し様子を見たかった理由。それは――。
『ちっ……! 流星翔起動!』
俺は右手の剣を一閃させた。飛来した槍が弾かれ、地下世界へと落下していく。敵襲だった。さすがに偶然とは思えないから、第二十八闘技場の地下から増援が来ることを警戒していたのだろう。
敵が翼人を中心として編成された部隊であることも、その予想を裏付けるものだった。
『こんなに戦場から離れているのに、随分と注意深いことだな』
『ヴェイナード殿は、主人を高く評価していましたからね。周囲の反対を押し切って兵を配置した可能性があります』
念話をかわしながら、俺はちらりと上空を見上げた。剣闘士たちはすでに降下を始めている。彼らがこの高度まで降りてくる前に、手早く済ませたいところだった。
『行くぞ、クリフ』
そして、空中戦を開始する。空を領域とする翼人だが、まさか全身鎧が空を飛ぶとは思わなかったのだろう。俺が流星翔で突っ込むと、彼らは慌てた様子で散開した。
「――まず一人」
散開した翼人の一人を、流星翔の勢いで斬り裂く。進行方向を変えて、さらにもう一人。数秒で二人が倒されたことに、翼人たちがどよめく。
「なんだあれはっ!?」
「まさか、あれが盟主の言っていた――」
「うわぁぁぁぁっ!?」
投擲された短槍をかわし、射かけられた矢を弾きながら接近する。変則的な空中機動で揺さぶりをかけて、俺は少しずつ敵の数を減らしていった。と――。
「っ!」
俺は流星翔の軌道を無理やり横にズラす。その直後、俺がいた空間を巨大な光が薙いだ。
「……っ!」
無理な軌道変更で崩れたバランスをなんとか元に戻したところで、第二撃が襲ってくる。今度は予測していたおかげで、そこまで体勢を崩さずにすんだが……。
『次元斬のようなものか』
そう結論付ける。巨大な光槍を振り回していたのは、数十メテルほど離れた場所にいる翼人のようだった。常時展開できるわけではないようだが、その射程は脅威だ。数十メテル上空から振り回せば、一方的に地上の敵を攻撃することだってできるだろう。
「嫌な組み合わせだな……あれも『枝』か?」
あの光槍で、降下中の剣闘士を狙われるわけにはいかない。俺は光槍を持った翼人を最優先のターゲットに据えると、流星翔で突貫する。
「――!」
俺を目がけて振るわれた光槍を魔法剣で弾くと、勢いに任せて翼人たちの中心に突っ込む。空を飛ぶためだろう、軽装を基本としている彼らは、堅固な鎧と激突し、散り散りに吹き飛ばされた。
『意外と減りましたね』
「命に別条がなくても、翼が折れれば空中戦には参加できないだろうからな」
落下とまではいかないが、降下していく数名の翼人を見下ろして呟く。そして――視界の隅で、上昇する翼人を捉える。あの『枝』持ちだ。正面から突撃を受けたはずだが、持ちこたえたらしい。
「ちっ!」
俺は流星翔の向きを変えた。『枝』を与えられているだけあって、翼人の中でも優れた戦士なのかもしれない。彼は上空の岩盤から降下してくる剣闘士たちに気付いたようで、見事なスピードで上昇していく。
「次元斬!」
だが、辿り着かせるつもりはない。俺は翼人の無防備な背中に魔法剣を叩き込んだ。とっさに気付いた反応はさすがだが、ろくに発動していない光槍で防げるような攻撃ではない。
「残るは……」
そして、俺は再び高度を下げた。残った数人を流星翔で翻弄し、隙を突いて剣撃を浴びせていく。翼人の部隊を全滅させるのに、そう時間はかからなかった。
「これで、無事に降下できそうだな」
最後の一人を倒すと、俺は上空を見上げた。すでにかなりの剣闘士が降下を始めているようで、無数の小さな人影が視認できた。
『彼らを迎えに行きますか?』
「いや、哨戒が優先だ。わざわざ翼人部隊を待機させていたんだ。他にも兵を伏せている可能だってある」
と、そう答えた矢先だった。視界の隅で、何かがキラリと光る。次いで、俺たちを取り囲むように、周囲の魔力が膨れ上がった。
『主人! これは――』
「クリフ! 皆を守れ!」
驚くクリフに指示を出す。その数秒後、俺たち……いや、その上空にいる剣闘士を目がけて、無数の攻撃魔法が降り注いだ。その集中砲火たるや凄まじいもので、繰り返される閃光と轟音が、降下中の剣闘士たちに殺到する。
……だが。通常であれば全滅していてもおかしくない範囲攻撃は、剣闘士たちにまったくダメージを与えていなかった。円筒状の魔法障壁がすっぽりと彼らを包み込んでいたからだ。
地表から天井部の岩盤まで伸びた結界は、まるで光の柱のようだった。そして、その根元にあるのは……第二十八闘技場の地下施設だ。
「さすがだな」
『最大出力で展開していますからね。いつぞやの巨人騒ぎの時よりも頑丈ですよ』
クリフが得意げに答える。万が一に備えてだろう、結界の内側でも魔法障壁や巨大な光盾が展開されていたが、繰り返される魔法攻撃が結界を貫通することはなかった。
「こっそり地下へ潜入したかったんだがな……」
直径数十メテルの光の柱が突き立ち、魔法攻撃と衝突しては閃光を放っているのだ。どう考えても目立っている。
『これだけの待ち伏せをされていたのです。どうせ筒抜けでしょう』
「……そうだな。それなら、皆の無事を優先するべきか」
そうこうしているうちに、降下した剣闘士たちが次々に地表へ着地しはじめる。中には結界をすり抜けようとして弾かれる剣闘士もいて、俺は苦笑を浮かべた。
「クリフ。地表から二メテルだけ、魔法障壁を消すことはできるか? このままじゃ会話もできないからな」
『また難しい注文を……』
「無理なら構わないぞ」
『できないとは言っていません』
そんなやり取りを経て、下方二メテルだけ魔法障壁が解除される。遺跡の建物群が遮蔽物になるため、距離を取って包囲している彼らには狙いにくいはずだ。そもそも、下方だけ障壁が解除されていることに気付いているかも怪しい。
「――ったく、ド派手な歓迎だったな」
「肝が冷えたぜ。奇襲のつもりが、奇襲されるとはな」
そんな声を上げながら剣闘士たちが降下してくる。そんな第一陣の中には、上位ランカーも混ざっていた。
「いやいや、面白い歓迎セレモニーでしたね。この結界には感謝しなければ」
「これも『極光の騎士』の仕業か……? 個人レベルの魔力だとは思えない」
『双剣』と『魔鏡』は、興味深そうに頭上の結界を見上げていた。
「……無事で何よりだ」
「『極光の騎士』。空中戦、お疲れさまでした」
「面白いものが見られた。地下に来た甲斐があったな」
話しかけると、二人は楽しそうに応じる。降下中に集中砲火を浴びたとは思えない余裕は、さすがの一言だった。
「私たちの初仕事は包囲網の突破ですか? それとも殲滅ですか?」
「殲滅だ。逃げる者を追う必要はないがな」
俺がそう答えると、情報は瞬く間に伝わったらしい。地表に降り立った剣闘士たちは即座に得物を手にする。
「結界は囮としてこのまま展開しておく。敵が結界に気を取られている隙に反撃する」
そして、俺は近くに来た二十名ほどの剣闘士に話しかけた。彼らは上位ランカーや、統率力を見込まれた剣闘士だ。彼らは部隊長であり、部隊分けされた剣闘士たちを率いることになっていた。
「ここには遮蔽物も多い。近付くことにそう苦労はしないはずだ」
そう告げると、部隊長たちは一様に頷いた。そして、各自が率いる部隊へ戻っていく。
「……さて、行くか」
もちろん、俺自身も後ろでふんぞり返っているつもりはない。むしろ、目立つように動いて囮になるべきだろう。
「――あら、私たちを置いていくつもり?」
「あの、強化魔法は……」
「ピィ!」
と、飛び立とうとした俺に声がかけられる。レティシャとシンシア、そしてノアだ。
「さっきの空中戦で目立った俺が飛び回れば、敵の注意を引けるはずだ。強化魔法は、魔術師が少ない部隊の剣闘士たちに頼む」
「わ、分かりました! 『極光の騎士』さん、お気を付けてくださいね」
頷くと、シンシアは急ぎ足で近くの部隊へ向かった。次いでレティシャに視線を向けると、彼女はわざとらしく肩をすくめた。
「空を飛ぶだけならともかく、さすがにあの空中戦には付いていけないわね」
そして、窺うようにこちらを見つめる。
「そのまま単騎で、ユグドラシルに向かうつもりじゃないわよね?」
「もちろんだ。一人で倒せるとは思っていない」
「それならいいわ。いってらっしゃい、『極光の騎士』」
その言葉に頷くと、俺は流星翔を起動した。まず二十メテルほどの高さまで高度を上げる。
「――っと」
すかさず飛んできた熱線をかわし、速度を落とさずに敵部隊へ突っ込む。もはやお馴染みの一撃離脱スタイルはここでも有効で、前衛・後衛を問わず敵陣を蹂躙していく。
「包囲網に沿って突撃していくか」
一つ目の敵部隊を半壊させた俺は、周囲に視線を向けた。敵部隊は、第二十八闘技場の結界を取り囲むように円状に配置されている。横手から奇襲を受ければ敵も混乱するだろうし、正面から近付いている剣闘士たちの援護にもなるだろう。
『そうですね。味方には魔術師が少ないようですから、流れ弾に当たることもないでしょう』
そして三つ、四つとさらに部隊を撃破していた時だった。少し離れた敵部隊から無数の魔法が放たれる。これまでにない規模の魔法攻撃は、近付こうとしている剣闘士たちに向けられているようだった。
「まずいな……障害物ごと剣闘士を吹き飛ばすつもりか」
下手をすれば『枝』持ちがいるのかもしれない。剣闘士がメインの部隊では厳しいだろう。そんな懸念とともに、俺は流星翔の出力を上げて――。
「む……?」
俺は流星翔の高度を少し上げた。なぜなら、剣闘士サイドからも強力な遠距離攻撃が放たれ、巻き込まれそうになったのだ。強力な風魔法を連発しているように思えるが……。
「いや、違うな。『剣嵐』か」
『これはまた、凄まじい遠距離攻撃の応酬ですね』
どうやら、得意の真空波を乱射して砲撃戦を行っているようだった。その真空波には磨きがかかっており、驚いたことに魔法攻撃に正面から押し勝っていた。
「軽く援護するか」
俺は敵の布陣を確認すると、また横手から突撃した。『剣嵐』の猛攻に耐えるためだろう、盾役らしき兵士は前方に偏っており、横から見ると後衛は無防備だった。
「っ!?」
俺の突撃に気付いた魔術師が顔を強張らせる。そして、そのことが集中を妨げたのだろう。なんとか押し止めていた『剣嵐』の真空波群が、均衡を崩して一気に押し寄せる。
「おっと……!」
巻き込まれないように、俺は慌てて進路を変えて減速した。嵐のような真空波の乱舞を受けて、敵部隊はほぼ壊滅したように見える。手を出すまでもなく、驚かせるだけで片付いたようだった。
「ここは大丈夫だな。次へ行くか」
そして、別の敵部隊を標的に据えて、二、三部隊を壊滅させていく。すると、再び魔法の応酬を繰り広げる戦いに遭遇した。先ほどのように複数の魔法が乱れ飛んでいるわけではないが、かなりの破壊力を秘めた光線が定期的に放たれている。枝持ちだろうか。
「それにしても、変わった魔術師だな……」
そう呟いたのは、こちらの遊撃隊が、敵が撃ち込んできた魔法と同じ魔法で反撃していたからだ。一度や二度ならともかく、毎回同じ魔法で反撃するとは――。
「ああ、そういうことか」
そして納得する。同じ魔法で反撃していたのではない。魔法を跳ね返しているのだ。そして、そんな妙技ができる剣闘士は一人しかいない。
「『魔鏡』だな」
魔法攻撃を弾くだけでなく、自らの攻撃に転用するべく跳ね返す。接近戦での巧みなカウンターはもちろんのこと、魔剣を器用に操ることで、魔法をも跳ね返す特異な剣闘士。それが『魔鏡』だ。
よく見れば、跳ね返された魔法はすべて敵術者の周囲に着弾しており、相手の部隊に大きな被害が出ているようだった。
「介入は逆効果か……?」
『魔鏡』は相手の光線攻撃を利用している。その攻撃が俺に向いてしまえば、その方法が使えなくなってしまうだろう。ここは彼に任せて、他の部隊を援護に行くべきだろうか。そう考えた時だった。
『……おや、片が付きそうですね』
「ああ、そうだな」
彼らの戦いに変化があった。密かに接近していた剣闘士たちが一斉に敵部隊に襲い掛かったのだ。目立つように魔法を弾いていた『魔鏡』は、囮としても機能していたらしい。
両手に剣を持った剣闘士が、流れるような剣捌きで術者を追い詰めていく。遠くてよく分からないが、おそらく『双剣』だろう。『魔鏡』の反撃でもともと数を減らしていた敵部隊は、もはや壊滅寸前だった。
「手出しは不要だったな」
そして、また別の敵部隊を探して飛び立つ。だが、いつしか敵部隊の数は激減していた。
『主だった戦闘は終了しているようですね』
「意外と早く片付いたな」
考えてみれば、俺たちがここから侵入するかどうかも分からなかったのだ。主戦力は帝国軍との戦いにぶつけており、ここに待機していたのは補欠的な戦力だったという可能性もあるか。
「……なんにせよ、初戦で圧勝したんだ。士気向上には役立つだろう」
『調子に乗らなければ、ですが。失礼ながら、剣闘士の方々は血の気が多い傾向にあります。今こそ手綱を引き締めるべきかと』
「否定はできないな……」
そんなクリフの言葉に頷きながら、俺はスタート地点となった第二十八闘技場の地下へと戻った。