開戦Ⅴ
この国の最高権力者を迎えて、第二十八闘技場の支配人室はかってない緊張感に包まれていた。
「支配人。突然押しかけてすまぬな」
部屋へ足を踏み入れた皇帝は、興味深そうに一人一人の顔を眺めた。皇帝を迎えたのは、鎧を脱いで支配人に戻った俺とユーゼフ、そしてフェルナンドさんの三人だ。フェルナンドさんが同席しているのは、皇帝が無茶なことを押し付けてこないか、念のために見張っておきたいから、らしい。
なお、偉い人は苦手だというローゼさんとソリューズさんは、ヴィンフリーデやシルヴィとともに別室へ移っていた。
「まさか、この場にフェルナンド神殿長がいるとは思わなんだが……」
「お邪魔でしたか?」
皇帝の言葉に、フェルナンドさんがさらりと答える。イスファン皇帝は国家元首だが、フェルナンドさんは国を超えて大陸中に広まっている宗教組織の幹部だ。そのせいか、口調は丁寧なものの、へりくだる様子はなかった。
「いや。地下世界で行方不明になったと聞いていたのでな。ほっとしている。ティエリア神殿の者たちも喜ぶだろう」
そして、俺とユーゼフに視線を向けると、皇帝は懐かしそうに目を細めた。
「……前にもこんなことがあったな」
「五年前に帝都が襲われた時ですね。あの時は陛下が自宅を訪ねてこられました」
その時の用件は、親父の生死の確認だった。ならば、今回はなんだというのか。そう訝しんでいると、皇帝は早々に本題を切り出した。
「単刀直入に言おう。――ミレウス支配人、『金閃』。君たちの力を貸してほしい」
「!?」
その言葉に驚く。勝手に地下遺跡での戦闘に介入するつもりではいたが……。
「フェルナンド神殿長がいるということは、地下で何があったかは知っておるな?」
「はい」
短く答える。知っているどころか、俺も当事者だったからな。
「情けないことに、我が軍は劣勢に立たされておる。皇城の地下道を封印した今となっては、亜人連合の軍勢が地上へ溢れ出ることはないが……奴らが地下にいることは、それだけで未曽有の危機を招く」
「ユグドラシルですね?」
俺が口を挟むと、皇帝は驚いたようにこちらを見た。だが、すぐにその視線はフェルナンドさんへ向かう。彼が俺に教えたと思ったのだろう。
「その通りだ。アレはこの国どころか、世界を一変させる凶悪な代物だ。復活させるわけにはいかん」
皇帝は素直に認めた。本来なら帝国の最重要機密だったはずだが、事ここに至っては隠すこともできなくなったのだろう。
「つまり、地下遺跡へ乗り込んで、亜人連合を排除しろということですね?」
ユーゼフがそうまとめると、皇帝は深く頷いた。
「本来であれば、軍属でない者を戦いに駆り出したくはなかったが……騎士団長クラスですら、多くが負傷している。もはやなりふり構っていられる事態ではないのだ」
深刻な顔で告げる。それほどまでに事態は逼迫しているということだ。
「ユーゼフだけでなく、私にもお話をしてくださったのは、『極光の騎士』に参戦を要請するためですか?」
もともとそのつもりだったし、問題はない。五年前と違って、帝国騎士団と協力し合うことができるなら、それは願ってもないことだった。
「それもあるが、支配人にはもう一つ頼みたいことがある。これは、他の主だった闘技場の支配人にも依頼しているのだが……」
「もう一つ……?」
予想外の答えに首を傾げる。『極光の騎士』とのパイプ役以外に、俺に利用価値があっただろうか。
「『極光の騎士』と『金閃』以外の剣闘士にも、参加を呼び掛けてもらいたいのだ。剣闘士はもちろんだが、第二十八闘技場は魔術師の人材も豊富だ。もし応じてもらえるなら、心強い戦力となろう」
その言葉に驚く。一般市民から義勇兵を募るよりは現実的だろうが……。
「それは強制ですか?」
剣闘士の舞台はあくまで闘技場だし、集団戦に馴染んでいるものも少ない。兵隊の予備のように思われているのであれば、それは心外だ。そんな思いが出ていたのか、喉から出た声は意外と冷たいものだった。
「……そうしたいところだが、嫌々徴兵したところで上手く動くまいよ。まあ、儂が闘技場の普及を推進していたのは、こうした危機に備えるためではあったが」
皇帝の言葉に驚く。剣闘都市と呼ばれるほどに剣闘試合が盛んな帝都だが、その理由はユグドラシルにあったのか。
「だが、それは剣闘士を戦に駆り出すためではない。尚武の気風を生み、騎士団へ入る者たちの実力を底上げするためのものだ。五年前のことと言い、結果を見れば、剣闘士を戦力扱いしていると言われても仕方ないがな」
そう告げて皇帝は苦笑を浮かべた。まあ、それなら構わないか。本人の自由意思に任せるのであれば、とやかく言うつもりはない。
そして、俺にはもう一つ気になった事があった。
「ということは、陛下はもともとユグドラシルのことをご存じだったのですか?」
皇帝は『こうした危機に備えるため』と言った。帝国最古の闘技場であるディスタ闘技場は、建国当時から建設が進められていたと聞くから、建国時にはすでに、地下にユグドラシルがあることを知っていた可能性が高かった。
「……今さら隠し立てすることもないか」
暫しの沈黙のあと、皇帝は大きく息を吐いた。
「知っておるだろうが、昔、この辺りには古竜がいた。天神によってユグドラシルを封印されたエルフたちが、いつかアレを復活させようと目論んで守らせていたものだ」
「……」
突如始まった建国秘話に、俺は黙って耳を傾ける。
「そのため、ユグドラシルに近付けなかった国々は、エルフをはじめとした亜人の集落のほうに監視をつけた。
だが、封印されているとはいえ、ユグドラシルを放置するのは恐ろしかったのだろう。その古竜には莫大な褒賞金がかけられていてな」
「もちろん、そう簡単に古竜が倒せるはずもない。褒賞金はどんどん膨れ上がり……ついには、討伐者がその土地に建国しても、他の国はそれを妨げないという特典までついた。領土争いを繰り返す国家群としては異例だが、それだけ不安を覚えていたのだろう」
その辺りの特典は、知る人ぞ知る内密の話だったがな、と皇帝は付け加える。
「そして色々あって、儂らが古竜を倒して、この地にルエイン帝国を建国したというわけだ」
なるほど、それならユグドラシルのことを知っていて当然か。むしろ、ユグドラシルの封印を守るために建国された国家だとさえ言える。
「ですが……なぜユグドラシルの真上に帝都を置いたのですか?」
俺はつい尋ねた。近くにあるほうが目が届きやすいのは事実だが、危険極まりない行為でもある。
「マーキス神がユグドラシルを封印したことは知っておるな? じゃが、その封印も三千年経てば緩む。事実、ユグドラシルはここ百年ほど不安定でな」
そして、皇帝は驚きの事実を口にする。
「この街は、効力が薄れてきたユグドラシルの封印を補強するために、あえて真上に作られたものだ。帝都全体が結界の役目を果たしておるのだ」
「なっ……!?」
思わぬ回答に絶句するが、皇帝は構わず言葉を続ける。
「もともと、マーキス神殿には伝手があった。古竜討伐に助力する見返りに、その上に結界を兼ねた街を作る。そう約しておったのだ」
「ですが、わざわざ街と結界を一体化させる必要はなかったのではありませんか? これではまるで――」
と、何かを言いかけたフェルナンドさんは、はっとした様子で周囲を見回した。
「さすがじゃな。……その通り、結界の動力は、帝都で暮らす民そのものだ。なにせマーキス神の結界じゃからな。一番効率のいいエネルギーは天神教徒の信仰心だが、天神教徒でなくとも、人の存在はそれだけで力になる。
天神教徒だけで新しい国を維持できるとは思えぬから、あえてマーキス神の名を掲げたりはせなんだが」
あまりにスケールの大きな話に、俺はしばらく沈黙していた。情報を処理する時間が必要だった。
「陛下。この街が結界だとして、それはいつまでもつのですか?」
やがて俺の口から出てきたのは、そんな現実的な質問だった。本来なら国の成り立ちに思いを馳せる場面なのだろうが、事態が事態だ。
「分からぬ。ユグドラシルに辿り着くためには、物理的な罠はもちろん、宮廷魔術師が総出で構築した多重結界を抜ける必要がある。最低でも一か月はかかると思いたいが……」
「ですが、攻め込んできたということは、準備万端ということですよね? あまり楽観視はできないのでは」
フェルナンドさんがそう訪ねると、皇帝は苦笑を浮かべた。
「お主は切り込んでくるのぅ……だが、準備万端とは限らぬ。ヴェイナードとやらが亜人をまとめ上げたことは驚きだが、奴らは一枚岩ではない。価値観の異なる他種族を、いつまでも束ねていられるものではあるまい」
「では、見切り発車だったと?」
「そうでなければ、もっと侵攻を遅らせたはずだ。いつ、どこから攻めてくるかも分からぬ敵に、日夜備え続けなければならぬのだ。帝国は長引くほどに疲弊するからな」
「なるほど……」
それは一理あった。もちろん真相は分からないが、充分考えられる話だ。
「……長話になってしまったが、儂の話は以上だ。ミレウス支配人、なんとしても『極光の騎士』の協力を取りつけてもらいたい。小型とはいえ、フォルヘイムのユグドラシルを滅ぼしてのけた男だからな」
「ご存知だったのですか?」
驚いて問いかけると、皇帝はニヤリと笑った。
「そもそも、フォルヘイム遠征の目的の一つは、かの地のユグドラシルの調査にあったのだよ。ユグドラシルがもう一本あったことは驚きだが、神託を受けた者がおってな」
「そんなことが……」
「もちろん、国民感情や他国からの圧力といった要素もあったが、そちらはエルフ王族の首級を挙げることで片が付いた」
そして、肝心のユグドラシルのほうは、俺たちが滅ぼしたため、調査する必要もなくなったわけか。
「もちろん、『極光の騎士』だけに危険を背負わせるつもりはない。帝国騎士団も、全力で地下世界の制圧に当たらせる。高齢だからと止められていたが、次は儂も出陣するつもりだ」
そう語る皇帝の言葉には覇気が滲んでいて、その本気ぶりが窺えた。
「分かりました。その旨、『極光の騎士』に必ず伝えます」
「うむ、頼んだぞ」
皇帝は満足そうに頷くと、ソファーから立ち上がった。話は終わったということだろう。闘技場の入口まで見送ろうと、俺も腰を浮かす。
その瞬間だった。支配人室の扉が、バン、と勢いよく開かれた。
「――陛下、大変です! 六十七街区で異変が発生しました! 謎の植物が突然成長を始めて……」
血相を変えた帝国騎士がもたらしたのは、さらなる凶報だった。
「なんじゃと!?」
七十歳とは思えない俊敏さで、皇帝はバタバタと闘技場を去っていく。突然の展開に、取り残された俺たちは呆気に取られていた。だが、いつまでも呆けてはいられない。
「……ミレウス。僕らも見に行くかい?」
「そうだな。敵の情報を集めておくに越したことはない」
そして、俺たちは頷き合った。
◆◆◆
凶報の原因となった六十七街区の一角には、大きな人の輪ができあがっていた。その中心にあるのは、数軒の民家だ。直径二メテルはあろうかという、巨大な枝先が民家の屋根を貫いており、今も少しずつ伸長していた。
「下がれ! 原因を調査中だ!」
近寄ろうとする野次馬を、騎士たちが必死で押しとどめる。だが、人の輪は大きくなる一方だった。
「ミレウス、この場所って……」
「ああ。ユグドラシルの真上だな」
ユーゼフの問いかけに苦い声で答える。さっき地下世界にいた時には、地上まで伸びている大樹はなかった。となれば、急激な勢いで成長しているということだろう。
「葉が――?」
周囲から声が上がる。民家を貫いた枝は分岐と伸長を繰り返し、やがて青々とした葉を付けた。
「呆れた成長力だね」
枝葉を伸ばした巨枝は、民家数軒を覆わんばかりに広がっていく。そして、ピタリと成長が止まり――。
「なんだ!?」
夜闇に紛れて分かりにくいが、伸びてきた枝葉から黒い靄のようなものが放出され始める。空気中に拡散するわけではなく、あくまで枝葉の周囲に留まっているようだが……。
「!?」
「……ミレウス、気付いたかい?」
「ああ」
俺たちは小声で会話を交わす。巨枝に貫かれた民家が、少しずつ崩れているのだ。おそらく、黒靄に侵食されているのだろう。
「ひょっとして、ユグドラシルを起点にして地下と地上を繋げるつもりか?」
「あり得るね……でも、せっかく地下世界を占領して、ユグドラシルの復活に専念できているのに、邪魔が入るようなことをするかな」
「そうだが、この街は本当は結界で、そのエネルギー源が住民だと向こうも知っているなら?」
そう答えると、ユーゼフははっとした様子だった。
「なるほどね。帝都に人間がいてほしくないわけか」
「そして、理由が理由だ。非戦闘員でも容赦なく殺そうとするだろうな」
ふと五年前の襲撃を思い出す。あの容赦のない虐殺の裏側には、そんな理由があったのかもしれない。
「何あれ!? 建物がだんだん溶けてない!?」
「うわっ! 本当だ!」
「やべえ、逃げろぉぉぉっ! 俺たちも溶かされちまう!」
野次馬たちも気付いたようで、一気に恐慌が伝播する。もともと、地下で何かが起きていることに気付いていて、不安を感じていた人が多かったことも原因なのだろう。場は一気にパニックになっていた。
「落ち着け! 混乱することが一番危険だ!」
騎士たちが落ち着かせようとするが、一度勢いがついた人々は止まらなかった。
「ちょっと! なんとかしてよ!」
「お前ら、何か隠してるだろ! ずっと怪しかったんだよ!」
不安のはけ口を求めた人々の一部が騎士に詰め寄る。さすがに胸倉を掴んだりはしていないが、このままでは時間の問題だった。
「あの時だって、ろくに助けてくれなかったくせに!」
そんな声すら混ざり始めている。これは危険だな。そう危惧した時だった。
「――皆さん、静かに木から離れてください。あの木が周囲を腐食させる速度は、決して速いものではありません」
それは聞き覚えのある声だった。喧騒と怒号の中でも、彼女の声は不思議と響いた。
「おお! 巫女様だ!」
「『天神の巫女』さま、助けてください!」
人々に囲まれて姿は見えないが、彼らの反応からしても、声の主がシンシアであることは間違いない。
「お住まいを破壊された方々は、マーキス神殿で受け入れます。また、この木から半径五十メテル内に住居がある方についても、受け入れる用意があります」
穏やかでありながら、芯のある声が響く。おそらく聖女モードなのだろう。パニックを起こしていた人々は、次第に落ち着きを見せるようになっていた。
「皆さんの安全が一番大切です。一晩で大事に至ることはないでしょうから、今日のところはご自宅に戻ってくださいね」
「まあ、巫女様がそうおっしゃるなら……」
「……そうだな。帰るか」
そうこうしているうちに、次第に人混みが薄れてくる。その向こうには、穏やかな微笑みを浮かべたシンシアが立っていた。
やがて俺たちに気付くと、彼女はゆっくりこちらへやってくる。その頃には、禍々しいユグドラシルの近くにいる人間は、見張りの騎士と俺たちくらいになっていた。
「ミレウスさん、お身体は大丈夫ですか?」
俺の細かい傷に気付いたのか、シンシアは手を伸ばそうとする。だが、これくらいで彼女の魔力を消費するのも申し訳ないな。
「魔力がギリギリだったから、小さな怪我は治してないが、特に問題はない。無事に地上へ戻ってこられたんだから、今日はそれで良しとしよう」
そう答えると、なぜかシンシアの表情が強張った。
「え――? ひょっとして、地下の戦いに参加していたんですか……!?」
「……ん?」
彼女の反応を見て、ようやく気付く。シンシアが心配してくれていたのは、『大破壊』との試合のことだったのだろう。
「すでに敗走中だったから、逃げる帝国軍を援護することしかできなかったけどな」
「そうですか……ご無事でよかったです」
「シンシアさんは、地下の侵攻のことを知っていたのかい?」
ユーゼフが問いかけると、彼女は落ち込んだ様子で首を横に振った。
「知ったのは、ついさっきです……従軍した神官のみなさんが、満身創痍で神殿に戻ってきて……」
それは意外だな。魔法の技量のことを考えれば、シンシアにも従軍要請が来ていそうなものだ。そう感想を告げると、シンシアは複雑な表情で周囲を見回した。
「帝都の皆さんがパニックになった時のためにって、私を地上に残したそうです」
なるほど、そういうことか。まさにさっきのような展開を、神殿長は考えていたわけだ。そして、俺は視線を禍々しい枝葉に向けた。
「ところで、この木はユグドラシルの先端だと考えていいのか?」
「間違いないと思います」
「こんな腐食能力もあるとはな……」
「はい……でも、植物化に比べれば、大したことはありません。少なくとも、住民のみなさんが避難する時間はありますから」
「だが、こうもユグドラシルが成長しているということは、封印が解けかけているんじゃないか?」
それは、この地上でユグドラシルを見た時から抱いている疑問だった。
「植物化能力は、特に念入りに封印されていますから、まだ時間がかかるはずです……だからこそ、他の能力を試しているんだと思います」
「ふむ……」
俺は改めてユグドラシルを見上げる。五十メテル以上の高さにある、先端部の枝ですらこの太さなのだ。本体はいったいどれほど巨大なのだろうか。そんな想像に顔を顰める。
「ミレウスさん、今度はいつ地下へ行くんですか?」
彼女の中では俺が地下行きは確定事項のようで、それを前提として問いかけてくる。……まあ、間違ってはいないのだが。
「まだ決まってないな。今回は、騎士団と歩調を合わせることになってるし」
「そうなんですか?」
少人数で動くと思っていたのか、シンシアは意外そうな表情を浮かべる。何事かを考えていた彼女は、両手できゅっと俺の手を握った。
「あの……もし地下へ行くなら、私も連れて行ってください」
「ありがたいが、いいのか? 皇帝の話からすると、マーキス神殿は今度の戦いに全力を投入するはずだが……」
そうなれば、神官として帝都最高クラスの実力を持つシンシアを外すわけがない。それに、ユグドラシルの植物化に対抗する神聖魔法を使う必要もあるはずだ。そう言うと、シンシアは首を横に振った。
「あの対抗魔法は効果範囲が広いですから……開戦直後に使っておけば、その後はどこにいても大丈夫だと思います」
それに、と彼女は言葉を付け加える。
「多分ですけど、今回は騎士団が陽動しているうちに、精鋭でユグドラシルを狙うことになると思います。お話を聞いた限り、また正面衝突をしても、勝てるとは思えませんから……」
「そうだな……」
「本当は持久戦が一番ですけど、待っている間にユグドラシルが復活してしまえば終わりですし……ただ、帝国がそう動くことも、向こうは予想しているはずです」
シンシアの思わぬ戦略眼に驚く。おそらくは、前世であるフィリスの知識なのだろう。十万を超える義勇兵を率いていたのだから、それくらいは分かってもおかしくない。
「ですから、潜入する部隊は激戦になるはずです。ミレウスさんは、必ず潜入部隊に入るでしょうから……私もご一緒させてください」
「もちろんだ。よろしく頼む」
「は、はい……!」
憂いを帯びていたシンシアの顔が、一転して笑顔に彩られる。フォルヘイムでユグドラシルを滅ぼした時には、彼女の神聖魔法が決め手になった。サイズが桁違いとはいえ、今回もそれですめばいいのだが……。
そんな思いを抱きながら、俺は地上に突き出たユグドラシルを眺めていた。