開戦Ⅱ
【『極光の騎士』 ミレウス・ノア】
戦線はすでに総崩れになっていた。ほぼ同じタイミングで動きが変わったことから、おそらく撤退の指示が出たのだろう。だが、相手はかつて非戦闘員の住民たちを虐殺したエルフたちだ。そう簡単に撤退させてくれるはずはなかった。
『もはや大勢は決しています。介入する意味はないのでは?』
『まあ、そうなんだが……』
クリフの言葉に苦い表情を浮かべながら、俺は流星翔の高度を下げた。右手には古代鎧の魔剣を、左手には氷武具作成で生み出した氷剣を構えると、亜人連合の部隊へ突貫する。
「なんだ!?」
「突っ込んでくるぞ!?」
剣を振るうことはせず、ただ流星翔の勢いで吹き飛ばす。剣の役目は、敵部隊との接触面積を増やすことだ。五年前の市街戦で編み出した一撃離脱スタイルは、今回の戦いでも有効だった。
「あれは……『極光の騎士』!?」
「どうして地下に……?」
「なんでもいい! 今のうちに逃げるぞ!」
そんなやり取りをしながら、彼らは皇城の方角目がけて駆けていく。それを確認すると、俺は流星翔の高度を上げる。
追撃中の敵部隊を見つけては、突撃して吹き飛ばす。もはや何十度目の突貫か分からないが、俺は帝国軍の撤退を支援し続けた。
「――おっと」
敵部隊へ向かって突撃していた俺は、流星翔と風魔法を併用して軌道を捻じ曲げた。その直後、俺がいた空間を巨大な火柱が埋め尽くす。
『またユグドラシルの亜種か……これで六度目だな』
『やはり量産体制を整えているのでしょうね』
念話を交わしながら、方向を変えて敵部隊を蹂躙する。敵に迫ってしまえば、巻き込むことを恐れて範囲攻撃は使えない。そのはずだが――。
『巻き込んできたか』
再び流星翔の軌道を曲げて、炎の嵐をかわす。敵部隊も巻き込まれているが、相手が気にする様子はない。
『このタイプは、最後の一人になっても追撃をやめないからな』
炎を回避した瞬間、俺は飛ぶ方向を変えた。そして、亜種の枝を持っているドワーフを突進の正面に捉える。
「――!」
重量を感じさせる激突音とともに、目を見開いたままドワーフが吹き飛んでいく。俺は方向転換すると、地面をバウンドしているドワーフを追いかけて、剣を一閃させた。
「――よし」
亜種の枝が真っ二つになったことを確認して、俺はその場を離脱した。部隊同士が対峙して接近、という流れであれば凶悪な威力を誇る『枝』だが、流星翔の速度があればその限りではない。
『クリフ、魔力残量はどれくらいだ?』
『今のペースで飛び続けた場合、あと二刻といったところでしょうか。先ほどの試合で大きく消耗しましたからね』
『足甲なんて、無理やり繋ぎ合わせただけだしなぁ……』
俺は苦笑を浮かべる。『大破壊』との試合で大きく消耗した古代鎧は、まったくもって本調子ではなかった。
『でもまあ、大方の部隊は撤退したようだし、そろそろ引き上げるか』
流星翔の高度を上げた俺は、遠見の魔法を併用して戦場を観察する。地上への接点である皇城の真下では戦闘が行われているが、そこには騎士団の精鋭がいるだろうから、あまり心配することはないだろう。
「――ん?」
そう判断した俺だったが、敵部隊の流れが妙なことに気付く。皇城地下へ向かうのは当然だが、もう一つ大きな流れがある。その流れの先を目で追うが、なんらかの阻害がなされているのか、遠見の魔法が上手く機能しない。
『クリフ、行くぞ』
そして、高度を上げた流星翔で敵部隊の流れを追いかける。やがて見えてきたものは、予想外の戦闘光景だった。
「フェルナンドさん――!?」
押し寄せる敵部隊を、わずか十名ほどの寡兵で返り討ちにしている。その中心にいたのは、フェルナンドさんたち親父の旧友だった。
地割れが敵部隊を丸ごと呑みこみ、謎の霧が兵士たちを昏倒させる。なんとか肉薄した敵の攻撃を阻むのは――。
『竜牙兵ですね。おそらくあの魔術師が召喚したのでしょう』
武器防具を纏った竜人の骸骨。七体ほどいるソレは、フェルナンドさんたちを守るように動いていた。そして、竜牙兵が押しとどめているうちに、鋭い矢が敵兵を射殺していく。
「さすがだな……」
あの親父と肩を並べていただけあって、彼らの技量は凄まじいの一言だった。周囲に倒れた敵兵が積み上がり、死屍累々といった様相をなしている。だが……。
「あれは帝国騎士か……」
彼らの周囲に倒れ伏しているのは、亜人だけではなかった。味方もまた、この激戦で命を落としているようだった。
『バランスの悪いパーティーですね。前衛職がまったくいないとは……』
『まあ、そうだろうな』
あのパーティーで前衛を務めていた親父と魔法剣士はすでに故人だし、セインはフォルヘイムにいるはずだ。あの騎士たちはその代わりだったのかもしれないが、あまりに技量に差があると、連携するのも一苦労だろう。
『――行くぞ』
剣を構えると、俺は流星翔の速度を上げた。
◆◆◆
『――主人、そろそろ魔力残量が尽きます。流星翔の使用中止を推奨します』
『……そうか』
流星翔による数度の特攻の後。クリフの警告を受けて、俺は流星翔を解除した。襲い来る敵兵を返り討ちにして、やがてフェルナンドさんたちと合流する。だが……。
「……お前は誰だ」
竜牙兵による攻撃こそなかったものの、ソリューズさんの声は険しいものだった。よく考えれば、彼らと『極光の騎士』に面識はない。警戒するのも当然だった。
「味方だ」
簡潔に答えるが、ソリューズさんの瞳には警戒の色が灯ったままだった。すると、フェルナンドさんが仲裁するように口を開く。
「ソリューズ。あれだけ敵を蹴散らしてくれたんですから、敵ということはないでしょう」
「そうよ。……というか、あなた『極光の騎士』でしょう!? さっきの変色光、噂通りだったわぁ」
次いで、ローゼさんが楽しそうにこちらを見る。この状況下でタフな人だな。
「『極光の騎士』? なんだそれは」
「あら、知らないの? 最強の剣闘士で、あの時に帝都を守った英雄らしいわ。……そうよね?」
そう説明すると、ローゼさんはこちらに笑いかけてきた。
「……『極光の騎士』と呼ばれているのは事実だ」
「へぇ、思ってたより謙虚なのね」
その言葉に肩をすくめる。俺にとっては、親父と肩を並べて戦っていた彼らこそが英雄のようなものだ。そんな人物に最強の剣闘士だとか、英雄だとか言われてもしっくり来ないのが正直なところだった。
「最強の剣闘士と言うから、イグナートのような奴かと思ったが……」
「性格は人それぞれですよ。それより、ありがとうございました。連戦に次ぐ連戦で、さすがに厳しくなってきていたところでした」
そんなソリューズさんの呟きを拾うと、フェルナンドさんはこちらへ向き直った。ミレウスとしてのボロが出ないよう、俺は意識的に声を低く作る。
「いや……それより、なぜここに?」
ここは皇城から離れており、大半の帝国軍が撤退した今となっては突出しすぎている。彼らほどの実力があれば、戦いながら皇城を目指すことだってできたはずだ。
「最初は本陣の殿を務めていたのですが、そちらは大丈夫そうでしたので、少し敵戦力を分散させてやろうかと思いまして」
「つまり……帝国軍が撤退しやすいように、囮になっていた?」
「そんなところです」
その回答に、俺は驚きを通り越して呆れてしまいそうだった。お人好しにも程があるのではないか。
「貴方もそうでしょう? すでに勝敗が決した戦場で、こうして私たちを助けてくれているのですから」
「……」
どうやら、俺の考えは筒抜けのようだった。そう言われては返す言葉がない。その代わりに、俺は別の話題を振ることにした。
「そろそろ撤退するべきだろう。もはや交戦している帝国軍はいない」
「おや、そうでしたか。それは朗報をありがとうございます」
フェルナンドさんは微笑む。だが……彼らに皇城へ向かおうとする様子はなく、逆に俺を探るような目で見ていた。
「……どうした」
問いかけると、答えはローゼさんのほうから返ってきた。
「ねえ、『極光の騎士』。あなたは軍属じゃないわよね? どうしてここにいるの?」
それは予想外の質問だった。さすがに俺を敵だとは思っていないはずだが……。
「この地下遺跡群は、帝国の最重要機密よ。フェルナンドが神託とハッタリでゴリ押しして、ようやく皇帝に白状させたくらいだもの。どうやって遺跡の存在を知ったの?」
「軍属であれば、他に出てくるタイミングはあったはずだ。敗戦が決まってから動いても意味がない」
ローゼさんが言葉を終えると、ソリューズさんも補強するように口を開く。
「帝都で色々と事件があってな。この遺跡もその関係で見つけたものだ」
「ふむ……そっちか」
俺の回答を受けて、彼らの勢いがわずかに弱まる。それが何に起因するものか分からず、俺は内心で首を傾げた。
「それでは、あなたが姿を現した理由は、敗残兵を一人でも多く逃がすため。そうですね?」
「……ああ」
フェルナンドさんの確認の意味が分からないままに頷く。
「よく分かりました。『極光の騎士』、あなたの救援に感謝します。ここからは、別行動を取ったほうがいいでしょう」
「……どういう意味だ?」
やはり何かがおかしい。合理的に考えれば、わざわざ俺と別行動を取る必要はない。竜牙兵で補っているとはいえ、彼らは三人とも後衛職だ。俺に盾役をやらせて四人で帰投したほうが安全だろう。
そう考えていた俺は、フェルナンドさんの視線がちらりと遠くへ動いたことに気付いた。それは意図しないものだったのか、それとも故意か。どちらにせよ、その方角にあるものは――。
「……ユグドラシルか」
そう口にした時の、彼らの反応は顕著だった。
「知ってたのね。……なーんだ、率直に話せばよかった」
「剣闘士とは思えん情報網だな」
「ユグドラシルを滅ぼしに行くつもりだったのか?」
少し弛緩した空気の中で、俺は率直に問う。
「そこまで大それたことは考えていませんが、嫌がらせ程度はしておこうかと」
「それで、撤退する様子がなかったわけか」
「ええ。亜人連合の戦力が予想を上回っていたせいで、ここに釘付けになってしまいましたが」
お恥ずかしい話です、とフェルナンドさんは決まり悪そうに笑う。だが、彼らの目的は分かった。それなら、俺も一緒に行ったほうがいいだろう。
――そう告げようとした瞬間だった。俺とローゼさんの顔が同時に強張る。
「っ!」
半ば本能的に、俺は剣を振るった。途轍もない速さの何かが、剣身に弾かれて地に落ちる。
「何を――?」
「狙撃されたわ! 何よあの射程、ズルくない!?」
俺が説明するよりも早く、ローゼさんが解説してくれる。さらに二射、三射目の狙撃を弾いていると、お返しとばかりにローゼさんが弓の弦を引き絞った。
「流星一矢!」
彼女の弓がカッと輝き、直径十メテル近い光線が放たれる。さらに、技の発動中に身体を捻ったことにより、強大な破壊力を秘めた光線が辺り一帯を薙ぎ払う。
「相変わらず器用ですねぇ」
「弓矢で薙ぎ払うとは、非常識な女だ」
ローゼさんの攻撃による影響は甚大で、近くの建物や木々は大半が吹き飛んでいた。考えようによっては、貴重な古代遺跡を破壊したということになるのだろうが、それに見合う成果はあった。
数百メテル先。すべてがなぎ倒された景色の中に、ぽつりと人影があったのだ。
「あいつが狙撃手か」
ぶすっとした顔でソリューズさんが呟く。同時に、人影の周辺で変化があった。地面から金属質の杭が無数に生えたかと思えば、それらがどろりと溶けて、超高温の溶鉄が周囲にふり撒かれる。
「何よ、ソリューズのほうが非常識じゃない。たった一人相手に、あんな凶悪な連鎖魔法を使って」
「俺のはただの魔術だ」
「私のだって、ただの弓術よ」
そんな無茶を言う二人を眺めていた俺は、再び剣を構える。そして、気配を感じた方向へ立て続けに真空波を放った。
「――やれやれ。せっかくの透明化機能も形無しですね」
そんな声が聞こえてきたのは、意外なほど近くだった。気配はあまり近くないため、音声だけを伝える魔術か何かなのだろう。
「そう思うなら解除するのだな。魔力を無駄に消耗することもない」
奇襲を受けないよう気を配りつつ、俺は聞き慣れた声に答えを返した。
「そうすると、お連れの方々に攻撃されてしまいますからね」
「すべてを回避しておいて、よく言う」
そして、俺は気配のするほうへ剣の切っ先を向けた。
「……久しぶりだな、ヴェイナード」
「!?」
フェルナンドさんたちの視線が俺に集まった。相手が敵軍の総大将であること。そして、俺がその知り合いであること。聞きたいことは多々あるのだろうが、彼らは沈黙に徹してくれるようだった。
「久しぶりですね。まさか、こんな早期に遭遇するとは……わざわざ貴方と『大破壊』の試合日を選んだというのに、目論見が外れました」
「それはまた、買い被られたものだ」
その言葉に驚く。たしかに、試合がなければもっと早く戦いに介入できただろうし、魔力もふんだんに使えたはずだ。だが、軍事行動の決行日を左右するほどのことだろうか。
「少なくとも、貴方より私のほうが『極光の騎士』の価値を理解していると思いますよ」
その言葉に合わせたわけではないだろうが、遠くの人影が一つ、また一つと増えていく。同時に、背後にも複数の気配が現れた。
「囲まれたわね……」
「ほう? ローゼが気付かないとはな」
「遠巻きに取り囲んで、少しずつ輪を狭めていったんでしょうね。……大部隊なら気付いたのに」
そんな会話が聞こえる。やはり、背後の気配も勘違いではないようだ。頭の片隅でそんなことを考えながら、ヴェイナードの言葉に耳を傾ける。
「手強い神官と魔術師がいるという報告を受けて、てっきり彼女たちだと思ったのですが……そちらは外れだったようですね」
「会いたかったのか? それは残念だったな」
俺は皮肉をこめて言葉を返す。なるほど、シンシアとレティシャのことだと勘違いしたわけか。
「いえ、問題ありません。彼女たちがいるのなら、『極光の騎士』もそこにいるはず。そう考えて精鋭を手配したのですから、目的は達せられました」
そして、遠巻きにしていた敵が近付いてくる。
「残念ながら試合は観ていませんが、『大破壊』と戦ったのです。鎧の魔力もあまり残っていないことでしょう」
ヴェイナードの声が聞こえてくるが、それよりも包囲網を狭めてくる敵たちに意識を向ける。三、四十人といったところだろうか。
「ローゼ、彼らはどれくらいの強さだと思いますか?」
「そうね……エルメスくらい?」
ローゼさんの答えに二人が顔を顰めた。その名前には聞き覚えがある。彼らのパーティーにいた魔法剣士の名前のはずだ。
「あの女が三、四十人か。……悪夢だな」
「戦士としては、イグナートやセインほどじゃないと思う。けど、どうせ『枝』を持ってるでしょ。それを加味すると……」
「なるほど。それでエルメス程度、ですか」
「どうする? 殲滅か、逃亡か」
「殲滅がベストですが、さすがに厳しいですねぇ」
「というか、逃がしてくれるかしら?」
「包囲を破って逃げるしかありませんね」
そんな会話を交わしながら、俺たちは身構えるのだった。