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死闘

極光の騎士(ノーザンライト)』を名乗るようになってから、幾度となく立ったディスタ闘技場の試合の間(リング)。ここで行われる最後の試合が、今、始まろうとしていた。


『我が国最古の歴史を誇るディスタ闘技場! その最後を飾るに相応しい、史上最強の英雄たちの頂上決戦が始まろうとしているぅぅっ! 果たして勝者はどちらなのかぁぁっ!』


「――この試合の間(リング)に立つのも最後かと思うと、名残惜しいものだ」


「『極光の騎士(ノーザンライト)』、お前がそのように感じるとはな」


「俺とて、この闘技場には色々と思うところがある」


 向かい合った『大破壊ザ・デストロイ』とそんな会話を交わす。通常であれば、ここで挑発や勝利宣言といったやり取りをすることも珍しくないが、俺たちにそのつもりはなかった。


「お前が、意外と感情豊かであることは知っているが……そこまでこのディスタ闘技場に思い入れがあるものか?」


「……この闘技場は、帝都すべての闘技場の祖のようなものだからな」


 そして、『闘神インカーネーション』という剣闘士を育てた闘技場でもある。数十年前に親父が立っていた試合の間(リング)で試合をするのも、今日が最後ということだ。


 俺は剣の切っ先を天に向けて、胸元で掲げる。


「戦いを誰かに捧げる、というのは久しぶりだが……」


「ほう? 誰に捧げるつもりだ。ヴァリエスタ伯爵か?」


 すると、『大破壊ザ・デストロイ』が興味深そうに聞いてくる。その言葉に、俺は首を横に振った。


「この闘技場に。……そして、この闘技場が育んだ歴史に」


「……そうだな」


大破壊ザ・デストロイ』は姿勢を正すと、手にした破砕柱ピラーを垂直に立てた。そして、カン、と甲高い音を響かせて石床に打ち付ける。それが、彼の敬意の表し方だったのだろう。


「うおおおおっ! 今日は二人とも気合が入ってるぜ!」


「どっちに勝ってほしいとか、もうそんなことは言わねえっ! とにかく最高の戦いを見せてくれぇぇっ!」


 そして、観客の熱気もまた凄まじかった。昨今の世情から、客数が落ち込むことも考えていたが、杞憂のようだった。

 もちろん、普段は不安に駆られる日々を送っているのだろうが、今ここにいる瞬間の彼らは、不穏な噂など忘れて試合に夢中になっている。それで充分だった。


『それではぁぁぁっ! 歴史の最後を締めくくる大試合! 『極光の騎士(ノーザンライト)』 対 『大破壊ザ・デストロイ』……始めぇぇぇっ!』


『クリフ、行くぞ』


『了解です、主人マスター


 開始の合図と同時に、俺は魔法剣を発動させた。そして、『大破壊ザ・デストロイ』との距離を詰める間に第一波の魔法を放つ。


投槍驟雨ジャベリンレイン


 魔法が発動し、二十本以上の光の槍が『大破壊ザ・デストロイ』に降り注いだ。これまでも使用したことのある魔法だが、一つ一つの光槍の太さは以前の倍ほどあった。古代鎧エンシェントメイルの封印が解除されて、出力が跳ね上がったおかげだ。


『うおおおっ!? 開幕早々、『極光の騎士(ノーザンライト)』の大魔術が『大破壊ザ・デストロイ』を襲ったぁぁぁっ!』


 太い光槍が次々と試合の間(リング)に突き刺さり、石床を抉っていく。その破壊力はかなりのもので、砕けた石床の破片が宙を舞う。さしものの『大破壊ザ・デストロイ』も直撃を受ければ手傷を負うはずだが――。


「フン、小手調べか」


 彼は闘気を纏った破砕柱ピラーを振るい、自分の周囲に着弾しようとした光槍をあっさりとかき消した。そこにはなんの気負いもない。と――。


「っ!」


 闘技場にガキン、という大音量が響く。俺と『大破壊ザ・デストロイ』が得物を打ち合わせたのだ。投槍驟雨ジャベリンレインがまったく隙を作れなかったのは残念だが、元より本命は接近戦だ。


『出し惜しみはしない。全力で行くぞ』


『承知しました』


 そして、俺は早々に魔法剣技を繰り出した。自分自身の隙を補い、相手の攻撃の起点を潰す。魔法を自分の剣技の延長として扱い、相手を追い詰める。古代鎧エンシェントメイルの出力が上がったことにより、連携の威力はさらに増していた。


『おおっとぉぉぉぉっ! 早々と『極光の騎士(ノーザンライト)』が魔法剣技を繰り出したぁぁぁっ! 上位ランカーですら舌を巻く究極の複合剣技が『大破壊ザ・デストロイ』を矢継ぎ早に襲うぅぅぅっ!』


 剣と破砕柱ピラーを打ち合わせた瞬間に炎の奔流が襲い、飛び退けば大地の壁(アースウォール)が邪魔をしようとする。剣技と組み合わせた魔法は、確実に発動していた。だが……。


『身も蓋もありませんね』


 クリフがぼそりと呟いた。『大破壊ザ・デストロイ』が闘気一つで魔法を消し飛ばしていく様を見れば、そう思う気持ちもよく分かる。


 炎の奔流は闘気の防御を抜くことができず、大地の壁(アースウォール)は『大破壊ザ・デストロイ』が纏った闘気と接触すると粉々に吹き飛ぶ。氷蔦フリーズバインは踏み潰され、下降流ダウンバーストを受けてもビクともしない。まるで巨大な山を相手にしているかのようだった。


「ちっ――!」


 隙を補うために出現させた巨大な氷柱が、『大破壊ザ・デストロイ』の一振りであっさり砕け散り、破砕柱ピラーはそのまま俺を襲う。もはや、氷柱では『大破壊ザ・デストロイ』の攻撃タイミングを数瞬遅らせるのが精一杯だった。


「オオオォォッ!」


大破壊ザ・デストロイ』が吼えた。凄まじい膂力が破砕柱ピラーを高速で振るい、一気に反撃に出る。俺は魔法を使いながら応戦するが、実際に役立っているのは剣一本だけだった。


『攻防一転! 『大破壊ザ・デストロイ』が『極光の騎士(ノーザンライト)』に連撃を浴びせるぅぅぅっ!』


 凶悪無比な破壊力を秘めた破砕柱ピラーを身を捻ってかわし、剣で弾く。まともに剣を合わせると押し負けるのは明白なため、体術を交えなければ彼の猛攻を凌ぐことはできない。

大破壊ザ・デストロイ』はその見た目にそぐわず、瞬発力にも優れている。残像が見えるほどの速度で破砕柱ピラーが振るわれ、いつしか俺たちは高速戦闘の域に達していた。


 弾き、くぐり、回り込む。飛び退くと見せかけて迫り、カウンターに合わせて雷を放つ。目まぐるしくお互いの位置を入れ替えながら、俺たちは得物を振るい続けた。


『は、速いっ! 目にも止まらない瞬速の攻防が繰り広げられているぅぅぅっ!』


 俺たちの戦闘速度は一定ではなかった。お互いが相手を凌ごうと動き続けた結果、その速度は次第に上がっていく。剣を打ち合わせた音さえも、遅れて聞こえてくるような気がした。


「む――」


 だが。そんな高速戦闘についてこれなかったものがある。……魔法だ。


古代鎧エンシェントメイルの魔法発動速度は、決して遅くない。むしろ破格の速さといっていいだろう。しかし、それでも俺と『大破壊ザ・デストロイ』の戦闘速度からすれば、遅いとしか言いようがなかった。


 あえて速度を落とした攻撃をすることで、相手の隙をつくとともに、戦闘速度を魔法が使えるレベルまで引き下げる。そんな小細工もしたのだが、すぐに『大破壊ザ・デストロイ』も気付いたようで、あっさり高速戦闘が再開されるだけだった。


 いつしか、俺は魔法を使うことなく、剣一本で『大破壊ザ・デストロイ』の攻撃を凌ぐことになっていた。魔法を使うことができれば、わずか数瞬とはいえ、時間を稼いだり隙を作りだすこともできたのだが……。


「っ!」


 眼前の『大破壊ザ・デストロイ』から闘気が迸る。それ自体が攻撃だと気付いた時には、もう遅かった。自分から後ろへ飛び退いて勢いを殺したものの、無傷とはいかない。鎧も少し損傷したようだった。


「『大破壊ザ・デストロイ』の闘気が『極光の騎士(ノーザンライト)』を捉えたぁぁぁっ!」


 追撃しようとする『大破壊ザ・デストロイ』に備えて、後ろへ吹き飛ばされながらも大地の壁(アースウォール)火炎網フレイムネットを放つ。それらは一瞬で吹き飛ばされるが、体勢を立て直すには充分だ。そして、今更ながらに気付いたこともあった。


『クリフ、もう一度やるぞ』


 迫る『大破壊ザ・デストロイ』に臆することなく、こちらも距離を詰める。そして、再び魔法剣技による連撃を再開する。


「フン……」


大破壊ザ・デストロイ』は力強く踏み出した。再び戦闘速度を跳ね上げて、魔法が追い付かないようにするつもりだろう。だが、今度は魔法が置いていかれることはなかった。


「なに……?」


 彼が破砕柱ピラーを振りかぶった瞬間、その腕に威力増幅ブーストした電撃ライトニングが直撃する。生まれた隙は僅かなものだったが、俺が剣を振るうには充分だった。


『今度は『極光の騎士(ノーザンライト)』の剣が『大破壊ザ・デストロイ』を斬り裂いたぁぁぁっ!』


 勢いに乗って、俺は連撃を叩きつける。ベースは剣による攻撃だが、魔法にも要所に織り交ぜる。今までと異なるのは、魔法の出現場所だ。


 これまでも、相手の先読みをして剣や魔法を使ってきたが、『大破壊ザ・デストロイ』が相手となると、発生までのタイムラグは致命的だ。それならば、そのタイムラグを念頭に置いて、罠のように使えばいい。それが俺の結論だった。


 剣を打ち合わせながら、魔法の発生予定ポイントに『大破壊ザ・デストロイ』を誘導する。剣は空振りすると隙を生んでしまうが、魔法の場合はそれがない。その気楽さは大きなメリットだった。


「ぬぅ……!」


 再び魔術が『大破壊ザ・デストロイ』を捉えはじめる。闘気の防御を貫くことはできないが、動きを鈍らせる程度はできる。それは俺にとって大きなアドバンテージだ。


大破壊ザ・デストロイ』の闘気は厚く、魔法剣をもってしても貫くことは難しい。だが、それでも彼の身体に細かい傷が幾筋か刻まれていった。


『『極光の騎士(ノーザンライト)』の攻撃が少しずつ『大破壊ザ・デストロイ』にダメージを蓄積していくぅぅぅっ! やはり魔法剣技の前に敵はないのかぁぁぁっ!?』


『呆れるほど頑丈ですね……』


 無数の剣撃を放ち、そのうちのいくつかが『大破壊ザ・デストロイ』の身体を捉えたが、それはあくまでかすり傷だ。試合の勝敗を決するものではない。


『やっぱり、闘気の防御を抜くには大技しかないな』


 候補となるのは終端の剣(カタストロフ)超重圧壊グラビティブレイク雷霆一閃ライトニング・デモリッションあたりだろうか。だが、どれも威力が高い代わりにチャージに時間がかかる。そして、その隙を作らせてくれる『大破壊ザ・デストロイ』ではない。ならば――。


 俺は破砕柱ピラーの攻撃を弾くと、大きく後ろへ飛び退いた。わずかに遅れて、『大破壊ザ・デストロイ』が地を蹴ろうとする。


重力場グラビティフィールド!」


 その瞬間、凄まじい重力が『大破壊ザ・デストロイ』にのしかかる。こちらへ跳躍しようとしていた『大破壊ザ・デストロイ』が、その重みで体勢を崩した。


「ぐ――」


 そして、重力の影響を受けていたのは『大破壊ザ・デストロイ』だけではない。俺もまた、増大した重力で立つことさえ困難な状況に陥っていた。


『おおっとぉ、『極光の騎士(ノーザンライト)』の重力場グラビティフィールドが二人を地面に縫い付けたぁぁぁっ! 自分をも巻き込む重力魔法の目的はなんなのかぁぁぁっ!?』


 そんな実況の声を聞きながら、俺は『大破壊ザ・デストロイ』の動向を見極める。重力場グラビティフィールドを予期していた俺とは異なり、不自然な体勢で重力をかけられたのだ。姿勢を立て直すだけでも難しいはずだ。


 と、そう思っていたのだが……。


『動けるのか……?』


 不意打ちを受けた一瞬こそ崩れたものの、『大破壊ザ・デストロイ』はぬっと立ち上がった。その自然な動きだけを見れば、凄まじい重力がかかっているとは思えない。どれだけ筋力があれば、あんなことができるのだろうか。


『……前にも思いましたが、あの御仁は人間じゃありませんよね? 魔獣――いえ、古竜エンシェントドラゴンか何かが人の形を取っているとしか思えません』


 あまりの展開にクリフも呆れ気味だ。もはや緊張感すら失ったようだった。その気持ちはよく分かる。


「……だが、目的は果たせた」


 そんな驚愕をねじ伏せて、俺は剣を構えた。すでに魔法剣のチャージは完了している。破砕柱ピラーを構えて、ついに駆けてきた『大破壊ザ・デストロイ』を迎え撃つ。


終端の剣(カタストロフ)!」


 この古代鎧エンシェントメイルが扱える魔法剣の中でも最強の一角。封印が解除され、威力を増した終端の剣(カタストロフ)が『大破壊ザ・デストロイ』を襲った。魔剣に蓄えられた紫闇色の輝きが、太い奔流となって『大破壊ザ・デストロイ』を呑み込む。


「ガアァァァッ!」


 対して、『大破壊ザ・デストロイ』も咆哮を上げた。彼の身体がカッと赤く輝き、おびただしい闘気が放たれる。『大破壊ザ・デストロイ』の奥義である重爆鎚グレートボム――いや、それをも上回る闘気量が、紫闇色の奔流と激突する。


「――!」


 この世の終わりのような轟音を立てて、凶悪なエネルギーの奔流同士がしのぎを削る。かつて『大破壊ザ・デストロイ』と対戦した時と同じく、強大なエネルギーが力場となって、拮抗していた。


 あの時は、この力場を通じての鍔競り合いとなり、最終的に俺が勝利した。強大な力をいなすことについては、俺に一日の長があったからだ。


「くっ――」


 ならば、今回は。果たして、同じ手でやられる『大破壊ザ・デストロイ』だろうか。そんな疑念が、終端の剣(カタストロフ)を制御する俺の脳裏をかすめる。と――。


「グオオォォォッ!」


 猛獣の咆哮が響き渡る。相手の威力が増すことを予想して、俺は力場の制御に全神経を傾けた。『大破壊ザ・デストロイ』の闘気も凄まじいが、今のところ負けてはいない。


「いけるか……!」


 不意に、『大破壊ザ・デストロイ』からの圧力が弱まった。拮抗していた力場は、やがてこちらの優位に傾く。――いける。そう思った瞬間だった。


「ガアアァァァァァァッ!」


 終端の剣(カタストロフ)のエネルギーの奔流を突き破って、『大破壊ザ・デストロイ』が俺の目の前に現れた。


「なっ――!?」


 俺は絶句しつつ、すべてを悟った。『大破壊ザ・デストロイ』の圧力が弱まったのは、押し合いに負けたからではない。力場を突破するために、闘気を最小限に絞ったからだ。


 当然、終端の剣(カタストロフ)をその身に受けた『大破壊ザ・デストロイ』はただではすまない。無理やり力場を突破した代償に、彼は全身に深い傷を負っていた。だが――。


「オォォォォッ!」


終端の剣(カタストロフ)の勢いに負けないためだろう。重心を下げ、低い姿勢で突撃してきた『大破壊ザ・デストロイ』は、その姿勢から破砕柱ピラーを振り抜く。


「くっ!」


 咄嗟に跳び退くが、『大破壊ザ・デストロイ』の捨て身の一撃は重く、そして疾かった。凄まじい衝撃に視界がブレる。次の瞬間、俺はリングの反対側の壁まで吹き飛ばされていた。


「がはっ――!」


主人マスター!?』


 背中から壁に激突し、激痛とともに肺の空気がすべて吐き出される。どうやら、俺は半ば闘技場の壁にめりこんでいるようだった。


『き、決まったぁぁぁっ! あの絶大な破壊力を持つ魔法剣に耐え抜き、『大破壊ザ・デストロイ』が強烈な一撃を浴びせたぁぁぁっ!』


 そんな実況の声をかすむ意識で聞きながら、俺は身体の状況を確認する。上半身は問題ない。激痛に苛まれてはいるが、致命的な負傷ではないだろう。だが……。


「両足はやられたな……」


 鮮烈な激痛。それ以外の感覚は何もない。骨も筋肉も、見事に粉砕されているのだろう。今は壁にめり込んでいるおかげで倒れていないが、自力で立つことは不可能だった。


主人マスター、悪い報せがあります。主人マスターの両足ですが、鎧ごと見事に潰れているため、治癒ヒールが使えません』


『……そうか』


 その理屈は分かった。治癒魔法で足を治そうにも、潰れた鎧が邪魔をするのだ。治したそばから足を圧し潰されるようなもので、むしろ拷問の域だろう。


 だが、どうする。ここで負ければ、当分の間『大破壊ザ・デストロイ』と戦う機会はないだろう。そうなれば、闘技場ランキング一位の夢もまた遠のいてしまう。


『なんということでしょう! 『極光の騎士(ノーザンライト)』の両足が、傍目に見ても分かるほど潰れているぅぅぅ! もはやあの足での戦闘は不可能だ! まさか、ついに『極光の騎士(ノーザンライト)』の無敗伝説に幕が下りるのかぁぁぁっ!?』


幸いなことに、『大破壊ザ・デストロイ』が積極的に動く様子はない。終端の剣(カタストロフ)のダメージが色濃いことは間違いなかった。ならば、と俺は激痛の中で考え抜く。


「……クリフ」


 そして、俺は覚悟を決めた。念話ではなく、自らの声で指示を出す。


「――決戦仕様オーバードライブ、起動」


主人マスター!?』


 クリフの動揺が伝わってくる。まだ戦うとは思っていなかったのだろう。だが、指示を取り消すつもりはない。


『……了解しました。決戦仕様オーバードライブ起動します』


 やがて、クリフが了承の意を示した。同時に古代鎧エンシェントメイルの能力が解放され、七色の変色光が周囲を照らす。


『こ、これはぁぁぁっ!? 両足が潰れて、もはや戦闘不能だと思われた『極光の騎士(ノーザンライト)』が』七色に輝き出したぁぁぁっ!』


流星翔ミーティアスラスト


 俺は壁にめり込んだ姿勢のまま、無理やり魔法を発動させた。魔法の効果が現れ、俺は宙を舞う。


「――っ!」


 そして、空中機動は身体に強力な負荷をかける。圧潰した両足にさらなる激痛が加わり、俺は奥歯を噛み締めた。


『バランスも……取れないな……ぐっ――』


 念話すらも苦痛でままならない。だが、それでも俺は変色光を纏って上空を目指した。


『当たり前です。流星翔ミーティアスラストを空中戦闘に使うのも、その足で戦闘を続行するのも狂気の沙汰です。まして、その二つを同時に行うなど……』


 高度を上げる俺に、クリフの呆れ声が伝ってくる。そしていつものお小言が続くのかと思ったが……やがて、彼は小さく笑った。


『……なんだかもう、逆に面白くなってきましたよ』


『あはは、それでこそ俺の相棒だ』


 それはただの強がりだったのかもしれない。だが、俺たちは本当に笑っていた。


『――麻痺パラライズ


 不意にクリフが魔法を使った。行動の意味が一瞬分からなかった俺だが、やがて理解が追い付く。一切動かすことができず、激痛しかないのであれば、麻痺させたほうがマシだ。そう考えたのだろう。事実、俺の負担は大きく減っていた。


『助かる。これで戦いに専念できるな』


『ええ、存分になさるといいでしょう。この鎧の真価を見せつけてやるのです』


 その言葉に自然と口の端が上がる。高揚感を胸に、俺は大きく息を吸い込んだ。


『任せてくれ。……行くぞ』


『はい、主人マスター


俺は風魔法を併用して、流星翔ミーティアスラストの軌道を曲げた。目的地はもちろんディスタ闘技場の試合の間(リング)だ。


両足が動かない状態で複雑な空中機動はできない。ならば、この一撃にすべてを賭けるしかなかった。変色光を引き連れて、俺は試合の間(リング)へ向かって突貫する。


「――気付いたか」


 まだ小さな人影だが、試合の間(リング)上にいる『大破壊ザ・デストロイ』が構えたことは分かった。赤く光る闘気を纏って、悠然と俺を待ち受ける。


 速度が増すにつれ、耳元で風を切る音が大きくなっていく。


「うぉおおおっ!」


 そして、彼我の距離が二十メテルほどに近付いた瞬間。俺たちは同時に動いた。


雷霆一閃ライトニング・デモリッション!」


「ガアアァァァッ!」


 眩い蒼雷が乱舞し、『大破壊ザ・デストロイ』の闘気とせめぎ合う。通常は観客席を巻き込むため使えない大技だが、上空から下に叩きつける分には問題ない。そして――。


耐雷付与レジストサンダー発動。流光盾ルミナスシールド拡張展開」


 自身の守りを固めると、俺はエネルギーの嵐の中を突っ切った。先ほどの『大破壊ザ・デストロイ』と同じ原理だ。当然、向こうもそれは警戒しているだろう。


 だが、異なる部分もある。それは、俺が上空から突撃してきたということであり、その速度はそのまま破壊力に変換されるということだ。ただぶつかるだけで、『大破壊ザ・デストロイ』の膂力を凌ぐ威力を発揮できるのだ。


「――っ!」


 俺の突貫に気付いた『大破壊ザ・デストロイ』が破砕柱ピラーを構える。そして迎え討とうと腕を振り上げた瞬間……彼の足下がわずかに揺らいだ。


「ッ!?」


それは、荒れ狂う力場の中で辛うじて行使できた大地の壁(アースウォール)の、ほんのささやかな効力だ。だが、そのわずなか揺らぎが明暗を分けることもある。


そして――試合の間(リング)の中央で、俺たちは激突した。




◆◆◆




「う……」


 巨大なクレーターの中心で、俺は身を起こした。『大破壊ザ・デストロイ』と激突して、お互いに吹き飛んだことは覚えているが、状況がよく分からなかった。


「む――」


 そして立ち上がろうとして気付く。身体の激痛はもちろんだが、下半身の感覚がない。もともと潰れていた上に、高速機動と大激突を経たのだ。クリフが機転を利かせて麻痺パラライズをかけてくれていなければ、痛みだけで気絶していてもおかしくはない。


『おおおぉぉっ!? ノ、『極光の騎士(ノーザンライト)』が身を起こしたぁぁぁっ!』


 と、実況者の驚いた声が闘技場に響く。直前の出来事を思い出していた俺は、その声で我に返った。


「『大破壊ザ・デストロイ』は……?」


 なんとか上半身を起こして周囲を見回す。すると、すぐ近くに深い陥没があることに気付いた。どこにも姿が見えないということは、穴の底に『大破壊ザ・デストロイ』がいるのだろうか。


 確認したいが身動きが取れない。どうしたものか思案していると、バタバタという足音が聞こえてきた。ディスタ闘技場の救護スタッフだ。


「急げ! 一斑は『大破壊ザ・デストロイ』、二班は『極光の騎士(ノーザンライト)』だ!」


「はい!」


 六名編成だった彼らは、ぱっと二手に分かれる。その片方が陥没エリアに向かったことからすると、やはり『大破壊ザ・デストロイ』は穴の底にいるのだろう。


「『極光の騎士(ノーザンライト)』! 大丈夫ですか!?」


 やがて、救護スタッフが声をかけてくる。


「……試合はどうなった?」


 そこへ質問を投げると、彼らは面食らった様子だった。それどころではないと、そう思っているのかもしれない。


「ええと……激突の後、お二人とも起き上がる様子がありませんでしたので、こうして緊急出動したのです。それ以上のことは分かりかねます」


「……そうか」


 すでに引き分けということになっているのか、それともまだ試合は継続中なのか。そこが気になるところだが……。


「それよりも、その足です! なんとかして鎧を外さなければ……」


「『極光の騎士(ノーザンライト)』、痛みはどうですか?」


 主担当らしきスタッフが悩んでいる間に、救護神官が声をかけてくる。


「途中から麻痺パラライズを使っている」


「なるほど……それでは、効果が切れそうになったら言ってくださいね」


 そんなやり取りをしている間にも、他の二人のスタッフが俺の足を見て首を捻っている。留め具も見事に潰れていて、外すことができないようだった。


『クリフ、外すことはできるか?』


『正攻法では不可能でしょうね。不本意ですが、腐食の枝(ディケイ・スタッブ)で切り開くしかありません。切開中は鎧の魔法防御をゼロにしておきます』


『あれか……俺の足まで腐らないだろうな』


 俺は兜の下で嫌そうに顔を歪める。たしかにあの魔法剣なら腕力はいらないし、今の俺でも扱えるだろう。ただ、腐食させて崩壊させるという性質の魔法剣だけに、なんだか抵抗があるが……。


『現状の主人マスターの足は、腐るとか腐らないだとかを心配しているレベルではありません』


 クリフにぴしゃりと言われる。まあ、それはその通りだ。俺は覚悟を決めると、スタッフに少し離れるように伝える。


腐食の枝(ディケイ・スタッブ)


 そして、スタッフから借りた短剣に魔法剣をかけると、足の装甲を切り開いていく。痛覚はないものの、できれば足そのものは切りたくない。そんな思いから慎重に作業する。


「……こんなものか」


 やがて鎧の切開を終えると、少し離れていた救護スタッフが走り寄ってくる。そして、俺の足を見るなり神官が詠唱を始めた。


大治癒キュア


 柔らかい光輝が生まれ、そして俺の足を包む。だが、すぐに快癒とはいかないようで、彼は長い間詠唱を続けていた。


「……もう大丈夫だ。世話をかけたな」


 やがて、足が元通りになると、神官に声をかける。治癒魔法を受けた後に特有の違和感は強いが、それで治るのなら安いものだ。俺は足の感覚を確認するため、膝や足の指を動かしてみる。もう大丈夫だろう。


 そう思った矢先に、視界の隅で何かが動いた。視線を向ければ、『大破壊ザ・デストロイ』のほうへ向かった救護スタッフが何かのサインを実況席へ送っている。


『ああっとぉぉぉっ! 『大破壊ザ・デストロイ』の救護スタッフがサインを送ってきたぁぁぁっ! 『大破壊ザ・デストロイ』は今も意識を取り戻していない様子だぁぁぁっ!』


 やはり『大破壊ザ・デストロイ』も深手を負っていたようだった。そして、実況者は賑やかに言葉を続ける。


『と、いうことはぁぁぁっ! この大接戦を制したのは――』


 その言葉に、ざわついていた観客席がわっと盛り上がる。一瞬で熱気を取り戻した闘技場に、俺は人知れず口角を上げた。


「……出番だな」


 俺は違和感の残る足を動かして立ち上がる。救護スタッフはまだ心配している様子だったが、勝者が座ったままでは様にならない。


「『極光の騎士(ノーザンライト)』ぉぉぉぉぉぉっ! 無敗の剣闘士が、またここに歴史を刻み込んだぁぁぁっ!」


 その言葉に合わせて、俺は拳を振り上げた。


「『極光の騎士(ノーザンライト)』、最っっっ高の戦いだったぜぇ!」


「さすが俺たちの英雄だ!」


 凄まじいほどの熱気とともに、大歓声が闘技場を震わせる。そのすべてを記憶に刻み付けながら、俺は試合の間(リング)に立ち続けた。


「……また負けたか」


 と、後ろから声がかけられる。『大破壊ザ・デストロイ』だ。


「気が付いたか」


「これだけの大歓声だ。嫌でも目が覚める」


大破壊ザ・デストロイ』は軽く笑う。装備はボロボロだが、その肉体に傷がないことからすると、治癒魔法で治してもらったのだろう。


「放っておいても治ったのだがな。目が覚めた時には治されていた」


 俺の視線に気付いたのか、『大破壊ザ・デストロイ』はぼそりと呟く。あれだけの死闘を演じたばかりなのに、お互いに傷一つない姿というのも不思議なものだな。まあ、有無を言わせず治癒魔法を使うくらいに、ひどい負傷だったのだろうが。


「『大破壊ザ・デストロイ』! あんたも凄かったぜ!」


「あの突撃を正面から受け止めるなんて、あんたこそ漢の中の漢だ!」


 復活した『大破壊ザ・デストロイ』に気付いた観客たちが歓声を上げる。その声援に、『大破壊ザ・デストロイ』は複雑な表情を浮かべていた。


「どうした?」


「俺は試合の敗者だ。こうも歓声を浴びるのはおかしな気分だな」


「試合は勝者を決めるものだが、観客は戦いそのものを観に来たのだ。おかしいことはあるまい」


 そう答えると、『大破壊ザ・デストロイ』は面白そうに俺を見た。


「……お前はあまり試合に出ぬが、剣闘試合については一家言があるのだな」


「おかしいか?」


「いや……」


 そして、『大破壊ザ・デストロイ』が何かを言おうとした時だった。彼は何かを感じたようで、ふと足下を見つめる。そして……。


「――!?」


凄まじい揺れが闘技場を襲った。


「なんだ!?」


「闘技場……いや、帝都が揺れているようだな」


俺と『大破壊ザ・デストロイ』が顔を見合わせている間も、揺れは変わらず継続していた。立っていることが困難なほどの巨大な地揺れだ。


「なんだ?」


「うおっ、危ねぇ!」


 観客たちも驚いた様子で、動揺した声が闘技場を埋め尽くす。客席から転落した人間もいるようだが……。


 だが、彼らの心配をしていられたのはそこまでだった。聞き慣れない声色で念話が伝わってきたのだ。念話の主は第二十八闘技場うちの地下にある古代遺跡だった。


『――管理者へ緊急連絡。周辺で大規模な戦闘行為が発生しました』


「なに――?」


 突然の報告に、俺は戦慄する。


『現時点では本施設を対象とした破壊行為は行われていませんが、余波に巻き込まれる可能性があります。緊急時対応プログラムに従い、防御結界の強化と隠蔽を開始しました』


「まさか……」


 大規模な戦闘行為。その言葉で連想されるものは一つしかない。


「誰と話しているのかは知らんが、何かが起きているようだな」


 と、そんな俺の様子を間近で見ていた『大破壊ザ・デストロイ』が口を開く。彼は小さく息を吐くと、言葉を続けた。


「……どうやら、お前との試合の後には、事件が起きる定めらしい」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 怒涛の展開でしたね…素晴らしい試合でした。 大破壊もノーザンライトもかっこよかったです。そして描写も相変わらず細やかで丁寧かつテンポが良くて今日も読んでいて楽しかったです。 [気になる点]…
[良い点] これだけの試合でも1話で決着をつけるテンポのよさ
[一言] :「……どうやら、お前との試合の後には、事件が起きる定めらしい」 同感である、ってか読者みんなが思ったことでしょう(笑 しかしあらためて、闘気って万能だなあ、と、攻防両面で優れてるってだけ…
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