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予兆Ⅰ

紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』たちとの集団試合を終えて、支配人室へ戻ってきた俺を待ち構えていたのは、興奮した様子のユーゼフだった。


「面白い試合だったよ。ミレウス、いつの間にあんな技を覚えたんだい?」


「あんな技というのは、魔法を斬ったことか?」


「もちろんだよ。僕だって魔法攻撃を弾くことはできる。けど、あれは魔法そのものに干渉していただろう? そうじゃなきゃ、『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の大地の壁(アースウォール)があの高さで止まるわけがない」


 さすがはユーゼフと言うべきか、魔力が見えなくても、俺が魔法の構成そのものを斬ったことを理解しているようだった。


「できるようになったのは、つい最近だな。魔法空間に閉じ込められて、魔法を斬るか飢え死にするか、という状況に追い込まれた時だ」


「なんなの、その状況……」


 俺の答えを聞いて、ヴィンフリーデがぽつりと呟く。そんな彼女とは対照的に、ユーゼフは興味津々といった様子で詰め寄ってきた。


「そんな面白い戦いがあったのかい? 試合……ではなさそうだね」


「ああ。フレスヴェルト子爵と一悶着あった時だ」


「あの魔導子爵かい!? それは楽しそうだ。僕も混ぜてほしかったよ」


 ユーゼフは羨ましそうな表情を浮かべる。すると、今度は隣のヴィンフリーデが口を開いた。


「フレスヴェルト子爵ということは……ひょっとして、『娘はやらん!』ってミレウスを魔法空間に閉じ込めたの?」


 その手の話が好きな彼女は、ニヤニヤと笑う。レティシャの素性はこの二人にも話していないが、フレスヴェルト子爵がレティシャを娘だと主張していたことは、事情通の間では周知の事実だった。


「過激なお父様ねぇ……。でも、納得したわ」


「納得?」


「最近、ミレウスとレティシャの距離が近くなっているもの。何かあったんだろうな、とは思っていたのよ。お父様の反対を受けて、仲が深まったのね」


 うんうん、とヴィンフリーデは楽しそうに頷いた。


「そうか? いつも通りのやりとりしかしていないと思うが……」


「やり取りは一緒でも、なんというか……二人の心理的な距離が近くなっているのよ。表情を見れば分かるわ」


 ヴィンフリーデは俺の抗議をあっさり受け流した。続けて浮かべられた悪戯っぽい表情に、俺は嫌な予感を覚える。


「でも、その一方で、シンシアちゃんとの親密さも増している気がするのよねぇ」


「ああ、そっちは分かるよ。彼女は顔に出やすいから」


 ヴィンフリーデの言葉をユーゼフが補強する。こんなところでタッグを組まなくてもいいだろうに。


「それに、ミレウスも少し態度が変わっているもの。……ねえねえ、シンシアちゃんとも何かあったんでしょう? もしかして、シンシアちゃんのお父様とも喧嘩した?」


「そんなわけがあるか。語るほどのことじゃない」


「ということは、何かあったのね」


「……」


 ヴィンフリーデの鋭い指摘を受けて、つい沈黙する。すると、ユーゼフが楽しそうに笑い声を上げた。


「『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』と『天神の巫女』を二股とは豪胆だね。ミレウス、修羅場になった時は第二十八闘技場うちの外で頼むよ? 闘技場が崩れてしまう」


「いや、なんの心配をしてるんだよ」


「もちろん、第二十八闘技場うちの心配さ。それからミレウスの行く末もね」


 ユーゼフは爽やかな顔で言い切ると、少し小声で言葉を続けた。


「まさかとは思うけど……あの二人に女性としての魅力を感じない、なんてことはないよね?」


「……二人とも魅力的な女性だよ。俺なんかじゃ釣り合わないくらいに」


 俺は息を吐くと、素直に認める。それでも、二人が話題を変えるつもりはないようだった。


「そうよねぇ。シンシアちゃんもレティシャも、同性の私から見ても魅力的だもの」


「実際、帝都での人気は高いからね」


「ただ、二人はタイプが全然違うから……ミレウスの好み次第、ということになるわね」


「ミレウスの好みか……なかなか難しいね」


「私がいなかった数年の間、ミレウスに浮いた話はなかったの?」


「ゼロじゃないと思うけど、詳しくは知らないなぁ」


 そんな調子で、ユーゼフとヴィンフリーデで勝手に盛り上がっていた。二人とも、俺をダシにして楽しんでるな。


「いや、そもそも――」


「そうだ、いいことを考えたよ。『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』は支配人のミレウスと、シンシアさんは『極光の騎士(ノーザンライト)』と恋仲になるというのはどうかな」


 俺の言葉をわざとらしく遮って、ユーゼフはわけの分からない提案をしてきた。妙案だ、という顔をしているのが小憎たらしい。


「どっちも俺じゃないか……」


「たしかに、その組み合わせのほうがしっくり来るわね。シンシアちゃんはもともと『極光の騎士(ノーザンライト)』の大ファンだし、レティシャは昔から支配人室に入り浸っているから」


「いや、問題はそこじゃないだろう。昔のユ……」


 昔のユーゼフじゃあるまいし、と続けようとした俺は、すんでのところで踏みとどまった。いくら昔の話とは言え、ユーゼフが女性をとっかえひっかえしていた、などと恋人のヴィンフリーデに言うことではない。


「ミレウス、気を遣わなくてもいいわよ。昔のユーゼフの素行くらい、この街にいればいくらでも耳に入ってくるもの」


 だが、当のヴィンフリーデから予想外の言葉が返ってくる。なんだ、知っていたのか。


「過去を否定する気はないよ。それらが、今の僕を形作っていることも事実だからね」


 さらに、弁舌爽やかにユーゼフが口を挟んできた。よくそこまで口が回るものだ。とはいえ、少し動揺しているな。ごくわずかだが笑顔が固い。


「昔のことを問い質す趣味はないわ。私だって、向こうの村で何もなかったわけじゃないもの。それを踏まえて今がある、という意味ではユーゼフと同じ気持ちよ」


「大切なのは今だからね。今も、そして未来も、僕の心を占める女性はヴィーだけさ」


「ふふ、私もよ」


 そして、二人はお互いを見つめ合う。……ええと、仲がいいのは結構なことだが、よそでやってくれないだろうか。二人の甘い雰囲気が、支配人室を塗り替えていくようだった。


 と、そんな時だった。コンコン、と支配人室の扉がノックされる。扉を開くと、受付を担当している従業員が立っていた。


「どうした?」


「それが、ウィラン男爵がお越しでして……」


「ああ、ウィラン男爵か。お通ししてくれ」


 その答えに、俺は警戒レベルを下げた。帝都内の治安維持を担っているウィラン男爵は、近くに彼の職場があることもあって、たまに顔を合わせている。

巨人騒動の頃はあまりいい感情を持っていなかったが、今となっては信頼できる取引相手だった。


「それじゃ、僕は退散しようかな」


「ああ、悪いな。ヴィーも外していいぞ」


「じゃあ、お言葉に甘えることにするわ。ありがとう、ミレウス」


 そんな言葉を交わして、彼らが姿を消す。その直後、入れ替わるようにウィラン男爵が現れた。


「支配人、邪魔するぞ」


 彼はソファーに腰かけると、早々に話題を切り出した。


「お前に面通ししたい人物がいる」


「面通し、ですか?」


 思わぬ用件に首を傾げる。闘技場の支配人とはいえ、俺の人脈は帝都内に限られる。あまり面通しに向いているとは思えない。


「ああ。ちょっとした事情があって、帝国で保護している人物だが……知り合いとして、お前の名を挙げていてな」


「なるほど。それで、誰のことでしょうか?」


 可能性として高いのは、実の両親であるセインとアリーシャだが……あの二人が、帝国に保護されるとは考えにくい。そんなことを考えながら、俺はウィラン男爵の言葉の続きを待った。


「マイル、という名に心当たりはあるか?」


 その言葉に俺は目を見開いた。少し前に、レティシャからその名前を聞いたばかりだ。


「あります。半竜人の見た目を持つ青年ですよね?」


 そう答えると、ウィラン男爵はほっとした様子だった。


「そうだ。知り合いだったようだな」


やはりエルミラの弟であり、フォルヘイムで一緒に戦ったマイルのことだったらしい。だが、そうなると別の疑問が生まれる。


「帝国で保護されている、とはどういう意味でしょうか」


「詳しくは言えんが、彼らは重要な情報提供者だ。そして、そのうちの一人が知人と連絡を取りたいと執拗に希望するのでな」


「それで私ですか……他の名前は挙がらなかったのですか?」


 普通に考えれば、俺よりも姉であるエルミラの名前を挙げそうなものだが……。


「最初は、ここの剣闘士『蒼竜妃アクアマリン』の名前を挙げていた。本人の言葉通りであれば、姉ということになるらしいが……」


「ええ、そのはずです」


 俺が肯定すると、ウィラン男爵は満足そうに頷いた。


「ふむ、期せずして裏が取れたな。あまり『蒼竜妃アクアマリン』とは似ていないと思ったが……」


 密かに第二十八闘技場うちの常連であるウィラン男爵は、エルミラの容姿もよく知っている。だからこそ抱いた疑問なのだろう。


「……だが、『蒼竜妃アクアマリン』に会わせるわけにはいかん」


「なぜですか? 本来であれば、私より彼女が適役だと思いますが」


 問いかけると、ウィラン男爵は沈黙する。どこまで情報を開示するか悩んでいるようだった。


「……国防上の問題だ」


 やがて、男爵はぼそりと告げる。それ以上の情報提供はしない。そうと分かる態度だった。


「それはまた、大きな話になりましたね……」


 俺はよくて、エルミラは駄目な理由。いくつか予想はつくが、ここで問い詰めても時間の無駄だろう。それよりも、マイルの無事を確認できるのであれば、そちらを優先したほうがいい。


「それでは、確認のためにマイル君と面会させてもらっても?」


「当然だ。そうしなければ始まらんからな。本人は皇城にいるが……支配人、今から出られるか?」


「ええ、もちろんです」


 俺は立ち上がると、外套を手に取った。




◆◆◆




 ウィラン男爵に連れてこられたのは、皇城のはずれにある建物だった。皇城の内部ながらも、複数人の見張りが立てられており、物々しさが伝わってくる。

 だが、建物の内部はきちんと手入れされており、尖った雰囲気も感じられない。心配していたような冷遇はされていないのかもしれない。


「ミレウスさん!」


 部屋に連れて来られたマイルは、俺を見ると驚いたように声を上げた。


「マイル、久しぶりだな」


「ご迷惑をかけてしまって、本当にすみません……」


 彼は筋肉隆々の身体を小さく丸めて、恐縮した様子で謝る。


「構わないさ。帝都で姿を見かけたという噂は聞いていたから、心配していたところだ」


「そうだったんですか……」


「――ふむ。知り合いで間違いないようだな」


 そんな俺たちの様子を見ていたウィラン男爵は、満足そうに口を開く。


「ならば面通しは終了だ、と言いたいところだが……上層部からも、自由は制限するものの、できるだけ便宜を図ってやれと言われている」


 どうやら、意外と寛容な収容方針らしい。そのことに驚きながら言葉を返す。


「ありがとうございます。つまり、重要機密に触れない程度の会話は可能だということですね?」


「ああ。ただし、私も同席させてもらうぞ」


「もちろんです」


 頷くと、俺はマイルに向き直った。


「エルミラに伝えておくことはあるか?」


「僕は無事ですし、酷い扱いも受けていません。無茶はしないでほしいと伝えてもらえますか?」


「なるほど……」


 俺は苦笑を浮かべた。マイルが皇城にいるという情報を得て、エルミラが皇城に殴り込むことを心配しているのだろう。たしかに、エルミラは淡々としているようでいて熱くなりやすいからな。さすがは弟、彼女のことをよく知っている。


「マイルが帝都へ来た理由は……機密事項になるのかな」


「そう……ですね」


 俺たちは、ちらりとウィラン男爵に視線を向ける。すると、男爵は渋い表情で口を開いた。


「……フォルヘイムの政変は、他国も知るところだ」


「ありがとうございます……!」


 マイルは礼を告げると、俺をまっすぐ見つめた。


「――フォルヘイムでクーデターが起きました」


「なんだって?」


 クーデターの話はセインの手紙で知っていたが、俺は驚いたフリをする。そもそも、誰がクーデターを起こしたかも知らないしな。


「帝国の襲撃を機に、僕が所属していた派閥の長が王女と手を組んで、それまで宮廷を牛耳っていた勢力に取って代わったのですが……」


「そんなことになっていたのか……」


 彼が言う派閥の長とはヴェイナードのことで、王女とはルナフレアのことだろう。それは驚きの展開だが、あのヴェイナードならやってのけるだろう、という思いもあった。


「その後……権力を握った派閥長は、王女を追放して、単独で支配者となりました」


「……え?」


 今度こそ、俺は本気で驚いた。フォルヘイムでのやり取りを見る限り、ヴェイナードはルナフレアに好意的に思えたが……彼の純種に対する敵意は、彼女に対しても健在だったということだろうか。

 そしてもう一つ、俺には疑問があった。


「マイルの所属している派閥の長が権力を握ったんだろう? 普通に考えれば悪い話じゃない。フォルヘイムを出てくる必要はないように思えるが」


「それは……」


 質問を受けて、マイルは再びウィラン男爵に視線をやった。だが、男爵に動きはない。自分で考えろということだろうか。しばらく悩んでいた様子のマイルは、やがて口を開く。


「派閥長は変わりました。初めのうちは、虐げられていた僕たちの権利を回復してくれていたのですが……次第に路線が変わって、純種やがい――」


「――それくらいにしておけ」


 と、そこでウィラン男爵の制止がかかった。マイルが慌てて口を閉ざすと、彼は静かに頷く。


「迂闊な情報をもらすと、ミレウス支配人まで保護しなければならん」


「分かっています。ウィラン男爵、止めてくれてありがとうございます」


 男爵の言葉に反発した様子もなく、マイルは真剣な顔で頭を下げた。意外と自由に喋らせると思ったら、そういう予防措置を取っていたのか。


「……礼はいらん。支配人がいなくなると、第二十八闘技場の試合観戦に影響が出るからな」


 ぼそりと呟くと、男爵はこちらへ向き直った。


「というわけだ。我々は彼らを保護しているが、冷遇しているわけではない。当然ながら、時が来れば解放もする」


「まあ、それは分かりましたが……」


 マイルの態度からすると、帝国は本当にそれなりの待遇を用意しているようだった。それは情報提供者だからなのか、それともまだ利用価値があると踏んでいるのか。どちらにせよ、今の俺にできることは、この情報を持ち帰ることだ。


「男爵、最後に一つお伺いしたいのですが、よろしいでしょうか」


「なんだ」


 鷹揚に答える男爵に、俺は正直な疑問をぶつけた。


「どうして、わざわざ面会させてくださったのですか? 機密を漏洩する危険を冒すくらいなら、完全に黙っているのが一般的だと思うのですが……」


 実際、マイルの情報はさっぱり入ってこなかったからな。男爵から接触してこなければ、ずっと気が付かないままだったかもしれない。


「『蒼竜妃アクアマリン』が帝都中を捜索しているからな」


「はぁ……」


 その理由はピンとこないものだった。いくらエルミラが必死で捜索したとしても、皇城の中を調べることは難しい。


「『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』も手伝っているようだし、お前も捜索に一役買っている」


「多少は手伝いましたが、なんの手掛かりも得られませんでしたよ」


「問題はそこではない。お前たちが嗅ぎ回っていると、『極光の騎士(ノーザンライト)』が動くかもしれん。……あの男は底が知れんからな」


「つまり……『極光の騎士(ノーザンライト)』がマイルを見つけ出して、救出してしまうことを警戒しているのですか?」


 俺はようやく納得がいった。『極光の騎士()』の情報網などたかが知れているのだが……彼らはそのことを知らない。


「そういうことだ。だから、支配人から『極光の騎士(ノーザンライト)』にこの件を伝えておいてくれ。万が一にも勘違いで手を出さないように、とな」


「分かりました」


 俺は素直に頷いた。実際には見当違いの譲歩だが、得られたものは大きい。話は終わりだと判断した俺は、静かに立ち上がる。


「マイル。解放されたら、ぜひうちにも寄ってくれ。リエシュの実ならたくさん備蓄があるから」


「え? は、はい」


 そう伝えると、マイルは目を瞬かせる。だが、すぐにその意味が分かったのだろう。彼は穏やかに微笑んだ。


「ありがとうございます、僕も大好物です」


「それじゃ、また」


 そして、俺は部屋を後にした。物々しい見張りたちに会釈をして、皇城の正門を目指して歩いていく。


「……リエシュの実、買い足しておくか」


 シルヴィの大好物である果物の味を思い出しながら、俺は闘技場へ戻るのだった。




◆◆◆




「第三十三闘技場から交流戦の希望があったわ。『七色投網(ダイバース・ネット)』を出してほしいそうよ」


「この前の集団戦で、魔法網の攻略法を見つけたつもりか……? けどまあ、なんの対策も打たない『七色投網(ダイバース・ネット)』じゃないだろう。受ける方向で考えよう」


「『魔導災厄スペル・ディザスター』がしばらく試合に出られないと言ってきたわ」


「次の集団戦に出る予定だったな……そうだ、新しくスカウトした魔術師がいたな。彼に打診してくれ」


「腕の立つ弓使いがいるらしいわ。スカウト担当も、まだ噂しか掴めていないみたいだけど」


第二十八闘技場うちなら中距離戦は可能だからな。本人にその気があれば、話を持ち掛けてみたい」


 俺は次々と舞い込む案件を片付けていく。ヴィンフリーデが持っていた書類の束があらかた片付くと、俺は椅子の背にもたれかかって一息ついた。


「今のところ、ややこしい案件はなさそうだな」


「そうね。業績も明らかに好調よ。喧騒病で落ち込んだ数字を取り戻すどころか、大きく上回っているわ」


「色んな工夫が実を結んだということだな。油断するわけにはいかないが、とりあえずほっとしたよ」


 それは俺の本音だ。他の闘技場の詳しいデータを持っているわけではないが、この数字を超えてくる可能性は低い。となれば、後は――。


「後は所属剣闘士のランキング次第ね。そのためにも、今度の『大破壊ザ・デストロイ』との試合は絶対に負けられない。……今、そう考えたでしょう?」


「ああ。さすがヴィーだな」


 俺は冗談めかして、降参するように両手を上げた。『大破壊ザ・デストロイ』を倒して、剣闘士ランキング第一位に復帰する。闘技場ランキングで確実に一位を取るためには、避けて通れない要素だ。


 ユグドラシルの鍵の封印をする必要がなくなったおかげで、古代鎧エンシェントメイルの出力は大幅に底上げされているし、俺自身も幾多の戦いを経て成長したという実感はある。


 だが、成長しているのは自分だけではない。ユーゼフがいい例だ。『大破壊ザ・デストロイ』もまた、自身の鍛錬に余念がないと聞く。気を抜くつもりはなかった。


「――支配人、第十九闘技場のシャード支配人がお見えです」


 と、すっかり剣闘士モードになっていた俺は、従業員の声で我に返った。そう言えば、彼と会う約束をしていたな。


「お通ししてくれ」


 そう答えてしばらくすると、第二十八闘技場うちと協力関係にある第十九闘技場の支配人が姿を現す。早々に前置きを終えて、俺たちはソファーで向かい合う。


「魔術師のランキングは、狙っていた以上に評判になっていますね」


「ええ。第二十八闘技場うちでも数か所に張り出していますが、よく人だかりができています」


「こちらもです。……それで、ギルドはどうでしたか? 不快に思われたりはしていませんでしたか?」


「意外とあっさりしたものでしたよ。ギルド長も『あくまで闘技場のランキングだろ? そんなモンに突っかかるのは小者だけさね』とおっしゃっていました」


「さすがはミレウス支配人、上手く話をまとめてくださって感謝します」


「ただ、別の部分で気になることがあるようでして――」


 そうして、魔法試合に関する話を色々と詰めていく。大規模な闘技場で、魔法試合を積極的に行っているのは第二十八闘技場うちと第十九闘技場だけだ。そのため、魔法試合に関する世論の形成やルール作りなどの話は、ほとんど俺とシャード支配人が行っているようなものだった。


「そう言えば、少し前に観劇に誘われたのですが……その時の演目の主人公が、こちらの先代支配人だと噂になっていましたよ」


「ああ、ご覧になったんですね。先代に言わせれば、『嘘じゃねえが美化しすぎ』だそうですが」


 魔法試合に関する話を終えると、シャードは雑談を切り出した。商人寄りの価値観や、年齢の近さも手伝って、彼と俺は意外と話が合う。もちろん相容れない部分もあるのだが、それでも他の支配人よりは気安い関係にあった。


「そうだ。ミレウス支配人にもお聞きしたいのですが、最近、物の動きが変だと思いませんか? 根拠となるほどの数字はないのですが……」


「たしかに違和感がありますね。あくまで勘ですが、おかしな動きを偽装しているような…

…」


 俺は彼の言葉に同意する。ヴィンフリーデにも言っていない程度の違和感だが、どうやら気のせいではなかったらしい。


「それです! 私……というか商会の調べでは、どうも政府に繋がっているようですね」


「この国と、ですか?」


「ええ。そして、この動きには覚えがあります。……帝国がエルフの里に攻め込んだ時です」


「!」


 その言葉に俺は目を見開いた。炎に包まれたフォルヘイムが脳裏に浮かぶ。


「と言っても、私が全貌を悟ったのは、帝国がエルフの里を焼き討ちしたと公表した時でしたけどね」


 つまり、また帝国が戦争行為を仕掛けようとしているのだろうか。だが、フォルヘイムはともかく、他の国へ攻めこむような大義名分はないと思うが……。


「もちろん、すべては推測の域ですが。……ところで、ミレウス支配人はディスタ闘技場の最終日に立ち会われるんですよね? 『極光の騎士(ノーザンライト)』が出場するわけですし」


 そう告げると、シャードは話題を切り替えた。どうやら、彼にとっては雑談の一つでしかないらしい。


「実は、私もなんとかチケットを手に入れまして……」


「それはよかった。ディスタ闘技場で会えるといいですね」


 そう答えるが、俺はまだ前の話題を引きずっていた。帝国の不審な動きといえば、真っ先に浮かぶのはマイルのことだ。彼がもたらした情報と何か関係がある可能性は高い。


 シャードの話に相槌を打ちながらも、俺の頭の中では疑念が渦巻いていた。




◆◆◆




「エルミラは落ち着いているわ。今のところは、だけど」


「それはよかった。弟を奪還しに皇城へ乗り込むと言われたら、どうしようかと思った」


 いつもの支配人室で、俺はレティシャからエルミラの様子を聞いていた。俺がマイルと接触したという情報を、彼女経由でエルミラに伝えてもらったからだ。


 ずっと探していた弟が帝都を訪れたかと思えば、一目会うこともないままに皇城に幽閉されたのだ。彼女が皇城へ殴り込む可能性もあったため、エルミラのことをよく知るレティシャから伝えてもらったのだが……。


「やりかねない勢いだったわよ? マイル君の言葉に助けられたわね」


「そうだな……」


「ただ、実際にマイル君と会ったミレウスから、直接話を聞きたいって」


「まあ、道理だな。別に隠し立てするようなことはないし、俺はいつでも構わないぞ」


 俺がエルミラの立場でも、同じように詰めかけることだろう。最初はレティシャから伝えたほうがいいと思っただけで、彼女を避けているわけではない。


「それにしても、いったいどんな理由で閉じ込めているのかしらね」


 レティシャの表現には刺があった。エルミラがどれだけ弟を探していたかを知っている彼女のことだ。苛立ちを感じても無理はない。


「国防上の理由、と言ってはいたが……」


「また、どこかの国が攻め込んできたとか? こと奇襲については、帝国も注意深くなっているはずだけど……」


「破壊工作員が紛れ込んでいるという線もあるな……まあ、そもそも男爵が本当のことを言っていたという保証はないからな。いくら考えても仕方ないか」


「ええ、情報が少なすぎるわ。ねえ、ミレウス。ところで――」


 そして、俺たちの話題は別のものへと移っていく。だが、その間も漠然とした不安が消えることはなかった。



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― 新着の感想 ―
[良い点] ミレウス、ユーゼフ、ヴィンフリーデの会話が幼なじみらしくて微笑ましかったです。 闘技場の運営は順調そうで安心ですが…少し不穏な空気も漂いますね。また戦いが始まるのでしょうか。 [気になる点…
[一言] :『紅の歌姫』は支配人のミレウスと、シンシアさんは『極光の騎士ノーザンライト』と恋仲になる  なるほど、その選択肢があったか!(笑  しかしこの世界に戸籍とかあるなら相当に面倒そうだなあ(笑…
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