集団戦
『ついに! あの男が集団試合に参加するぅぅぅっ! 一対一で無敵を誇る闘技場の英雄は、集団戦でも真価を発揮できるのか!? ――『極光の騎士』ぉぉぉっ!』
そんな実況者の声に合わせて、俺は腕を振り上げた。闘技場を包む歓声はさらに大きくなり、音のうねりと化して空間を揺らしてくる。
『そしてぇぇ! そんな英雄とタッグを組むのは、魔術師でありながら肉弾戦を得意とする半竜人! 『蒼竜妃』エルミラ・シェイナードぉぉっ!』
その紹介とともに一歩踏み出したのは、俺の隣にいた『蒼竜妃』エルミラだ。もともと大袈裟なパフォーマンスをしない彼女だが、そこがいいというファンも多いらしい。
「『極光の騎士』と、タッグ……変な気分」
「不満か?」
「むしろ、楽しみ。それに、『極光の騎士』と一緒、だと、名前が広まるから」
「名前が……?」
この試合で勝利チームの名が帝都に広まれば、弟のマイルを探す助けになるということだろうか。
「……なんでもない」
ぼそりと答えると、彼女は正面を見つめた。そこに立つ男女こそが、今日の俺たちの対戦相手だ。
『対するは、帝都闘技場の有志が新しく作成した独自ランキング、魔術師ランキングで堂々の一位を獲得した帝国最強の魔女! 『紅の歌姫』レティシャ・ルノリアぁぁぁっ!』
その声と同時に、レティシャが優雅に一礼する。まるで舞台のような大仰な動きだが、それを不自然だと思わせないところが彼女の凄いところだ。
『極光の騎士』の時に勝るとも劣らない歓声が上がり、試合の間を震わせた。
『そんな彼女と共に戦うのは、ディスタ闘技場から移籍してきた技巧派剣闘士! 網を使わせれば彼の右に出る者はいない異色の英傑! 『七色投網』アベル・グライナーぁぁっ!』
名を呼ばれた『七色投網』は、高らかに腕を掲げる。精悍な顔が印象的な人物だが、まだ年齢は三十歳になったばかりだという。その手に握られているのは短い槍であり、網と合わせて彼が得意とする武器だった。
「まさか、『極光の騎士』との初試合が集団戦とは……人生、何が起きるか分からないものだな」
そう告げると、彼は楽しそうに笑った。
「実況者の言葉通り、『紅の歌姫』殿は帝国最高クラスの魔術師。私と彼女であれば、いくら『極光の騎士』といえども勝ちの目はある」
「勝ちはない。私、いる」
エルミラが舌戦に応じると、『七色投網』はその笑みをいっそう深めた。
「分かっているとも。だが、二人はともに自己完結型の魔法戦士だ。こちらほど劇的な戦闘スタイルの変化は見込めない。ならば、こちらが有利というもの」
「……にわか仕込み」
「ふふ、そこを上手く調整するのが魔術師の腕の見せどころよ? 彼の魔法網は強化のし甲斐があるわ」
「……なんであれ、斬り払うだけだ」
そこへ、レティシャと俺も口を挟む。気の早い『蒼竜妃』に至っては、すでに戦闘姿勢に移行しつつあった。
『それではぁぁっ! 第二十八闘技場が誇る上位ランカー四名による集団戦闘、始めぇぇぇぇっ!』
「――行くぞ」
「ん」
試合開始の合図とともに、俺とエルミラは前へ駆け出す。前衛の剣闘士と後衛の魔術師という陣形になりやすい集団戦だが、『蒼竜妃』は白兵戦もこなせる魔法戦士タイプだ。
そうであれば、二人で攻めこみ、どちらかが『紅の歌姫』との接近戦に持ち込むのがベストだろう。
『『極光の騎士』と『蒼竜妃』が動いたぁぁぁっ! あえて前衛後衛を置かず、一気に攻め込むつもりか!?』
予想通り、レティシャは後ろへ下がって、『七色投網』が俺たちの前に立ち塞がろうとする。
だが、『七色投網』まであと八メテルほどの距離で、俺の前方の石床が突然隆起した。大地の壁だ。エルミラのほうに仕掛けた様子はないから、俺とエルミラが同時に殺到しないよう調整したのだろう。
「――っ」
伸長し始めた大地の壁の根元を、剣で薙ぎ払う。魔法の基幹構造を破壊したことにより、大地の壁の伸長が止まった。そして、膝の高さまでしかない土壁など大した障害物ではない。
『な、何が起きたのかぁぁぁっ!? いつも二、三メテルの高さになる『紅の歌姫』の大地の壁が、途中で動きを止めたぞぉぉぉっ!』
「――驚き」
「俺とて、多少は成長もする」
突出を避けるため、少しスピードを落としたエルミラがぽそりと呟く。彼女も魔術師であるため、何が起きたかは大体察したのだろう。と……。
「――来るぞ!」
俺とエルミラは、同時に左右へ跳び退いた。その直後、俺たちがいた空間を炎でできた網が覆いつくす。『七色投網』の魔法網だ。分かってはいたが、攻撃範囲が広いな。
網攻撃は予想していたため、かなり余裕を持って避けたつもりだったが、実際にはすぐ傍まで網が迫っていたことに気を引き締める。
『網とは、変わった魔道具を使う戦士がいたもので――主人!』
その声と同時に、俺は剣を振り抜いた。こちら目がけて放たれた雷撃が弾かれ、客席との間に張られた結界に激突して青白い輝きを放つ。エルミラのほうにも魔法攻撃が仕掛けられたようだが、彼女もなんらかの手段で防いでいた。
「む――」
再び攻撃の挙動を見せた『七色投網』に先制して、俺は真空波を放った。相手はひらりと身をかわすと、お返しとばかりに網を放つ。網の先には一定の感覚で分銅がついており、まともに当たれば相応のダメージを受ける上に、剣や身体を搦め取られる可能性も高い。
だが、魔力は籠もっていないただの網だ。そう判断すると、俺は手で網を受け止めた。そして、ピンと張った網を勢いよくこちらへ手繰り寄せようと――。
「ちっ!」
俺は慌てて網から手を離した。『七色投網』はすでに網から手を放しており、別の魔法網を構えていたのだ。
そして、『七色投網』が魔法網を放つ。氷でできた魔法網には無数の刺が生えており、捕獲用というよりはもはや凶器の類だ。
「――!?」
と、氷の網が一気に伸長した。巨大な氷網が視界を埋め尽くし、俺の上に覆い被さる。俺はとっさに灼熱の剣を起動させ、頭上の氷網を切り裂いた。
『おおっと、『極光の騎士』は無傷だぁぁぁっ! 炎の魔法剣が魔法網を切り裂いたぁぁぁっ!』
実況を聞きながら首を傾げる。先ほど使われたのは、『七色投網』が持つ魔法網の一つ、銀氷網だ。だが、あんなに伸長するという情報は――。
「……そういうことか」
俺の脳裏に、楽しそうに笑う妹の顔が浮かぶ。そう言えば、魔法の網がどうこう、みたいな話をしていた気がする。シルヴィが改造したのであれば、今までと同じ性能だとは思わないほうがいいだろう。
と、『七色投網』が再び網を放つ。それは先程と同じ氷の網に見えるが――。
「なに?」
網が伸長したところまではさっきと同じ展開だが、その直後、俺を覆いつくそうとする氷の網が一気に溶けて水になった。バケツの水をひっくり返したように、氷網を構成していた水が降り注ぐ。だが、攻撃力はなく、毒性を持った水だとも思えないが……。
「――そうか!」
俺は慌てて跳び退いた。同時に、自分を中心にして低出力の竜巻を起動する。俺に降り注ぐ無数の水流が、風圧で四方へと散らされていく。
「――凍結」
その直後、周囲の温度が一気に下がった。濡れた試合の間の石床は凍り付き、大きな水滴はそのまま氷塊へと変わる。レティシャの魔法だ。
『なるほど、あのままなら氷漬けでしたね』
『本来は、水網にも別の用途があったんだろうが……嫌な組み合わせだ』
俺はちらりと『紅の歌姫』のほうへ視線を向ける。彼女は『蒼竜妃』と戦いを繰り広げているが、上手く中距離を保っている。だからこそ、こちらの戦いに干渉する余裕があるのだろう。
「――!」
と、『紅の歌姫』と『蒼竜妃』の中間で魔法が激突した。炎と水。巨大な二つの大渦がせめぎ合い、水蒸気が試合の間を埋め尽くす。
おそらく、あの二つの魔法は同威力だ。相殺されるだろう。そう判断した俺は、エルミラのもとへ走る。
「交替、希望?」
彼女も俺の動きに気付いたようで、一度合流してくる。彼女も、このままでは埒が明かないと思っていたのかもしれない。
「いや……俺たちのほうは、連携らしきものをしていなかったと思ってな」
「戦闘スタイルの問題。仕方ない」
「だが、補い合いながら戦うことはできる。『蒼竜妃』なら、戦闘速度を合わせることもできるだろう」
これは、お互いに魔法戦士だからできることだ。戦士と魔術師では呼吸が違うが、俺たちは同じ魔法戦士であり、彼女は竜人の血を引くことから身体能力も高い。高速戦闘を行えば、連携が取れるのはこっちだ。
「……了承。どっち?」
「『紅の歌姫』だ。『七色投網』は魔法で足止めしておく」
その言葉にエルミラは黙って頷く。そして――。
『おおっとぉぉぉっ! 『極光の騎士』と『蒼竜妃』がともに『紅の歌姫』を狙って動き出したぁぁぁっ!』
「あらあら、人気者はつらいわね」
俺たちの意図を察したレティシャは、それでも余裕の笑みを見せた。無数の光弾を生み出し、俺たちを迎撃しようとする。
「氷晶散弾」
その光弾に対抗するように、エルミラもまた無数の氷つぶてを放つ。氷と光がぶつかり合うが、軍配はレティシャに上がったようで、いくつかの光弾が俺たちへ向かってくる。
「――感謝」
「タッグだからな」
エルミラより少し前へ出た俺は、付与魔術をかけた剣で光弾を弾き飛ばしていた。もともと軌道がズレていた光弾も多く、実際に対処したのは四発だけだ。そして、その間も俺たちは速度を緩めない。
「妬けるわねぇ……混沌金霞」
レティシャを発生源として、金色の霞が大量に流れ出す。始めて見る魔法だが……。
「魔法剣、解呪起動」
剣身に解呪の魔力を宿すと、俺は金霞を消滅させていく。だが、その間にレティシャは再び距離を取ろうとして――。
「氷晶壁」
レティシャの背後に厚みのある氷の壁が出現する。『蒼竜妃』の得意魔法の一つであり、これを破壊することは容易ではない。
さらに、彼女の足下に光の魔法陣が発生する。俺が放った聖光柱だ。だが、レティシャが足先でトン、と魔法陣を叩いただけで、魔法がキャンセルされる。
『あんなの、ありか?』
『爪先に魔力を集めて、魔力構造の核を破壊したようですが……普通はあり得ませんね』
念話でそうぼやきながらも、俺は落胆していなかった。レティシャまでの距離はあとわずかだ。剣が届く距離になれば、それで問題ない。そして、俺は彼女目がけて剣を振るい――。
「ちっ」
舌打ちとともにその場を飛び退く。電撃の網が背後から迫ってきたのだ。密かに竜巻や火炎壁などを放って『七色投網』を足止めしていたのだが、レティシャに集中しすぎたらしい。
俺は『蒼竜妃』と目を合わせると、かすかに頷いた。そして、同時に反転して『七色投網』を二人で襲う。
『『極光の騎士』と『蒼竜妃』が、左右から『七色投網』を狙うぅぅぅ!』
俺は『七色投網』の左側から『七色投網』に迫る。できればレティシャを先に倒したかったが、やはり彼女は手強い。
「と――」
俺目がけて飛来した網を避ける。『七色投網』の厄介なところは、中距離戦闘を得意としているため、レティシャの援護と相性がいい点だ。だが、接近しての高速戦闘が始まれば、誤射の可能性が高まるため、レティシャも思うように援護はできないはずだった。
『七色投網』が、反対側から迫る『蒼竜妃』に炎の網を投げつけたのを見て、俺は一気に速度を上げた。エルミラを牽制している間に、網が真価を発揮できない間合いまで詰めてしまえばいい。
「む!?」
だが、ここで思わぬことが起きた。『七色投網』は俺のほうにも網を放ってきたのだ。両手で網を使えるという話は聞いたことがなかったが……隠し玉にしていたのだろう。
頭上に広がった網から魔力は感じないが、網には鋼線が混ぜ込んであり、簡単に斬り裂くことはできない。至る所から細かい刺が生えているため、掴むことも難しそうだった。
「流光盾伸長展開」
俺は長大な魔法の盾で時間を稼ぐと、俺と『七色投網』の中間点で竜巻を発動させた。重量のある網といえども耐えられるはずはなく、俺を覆っていた網が舞い上がった。
『魔法で網を吹き飛ばした『極光の騎士』が『七色投網』に迫るぅぅっ!』
「っ!」
竜巻に網を持っていかれて、バランスを崩した『七色投網』を強襲する。彼は俺の姿を捉えると、網を手放して短槍を構えた。
そして、剣と槍の打ち合いが始まる。上位ランカーにあと一歩まで迫っているだけあって、彼は短槍だけでもかなりの実力を誇る。そのため、近付けば簡単に勝てる、という類の話ではなかった。
「くっ!?」
だが、そんな『七色投網』でも、俺とエルミラの攻撃を同時に捌くことはできない。近距離での高速戦闘に突入したため、レティシャの援護も難しいだろう。
『七色投網』の槍を俺が弾き、その隙に懐に潜り込んだエルミラが、氷の手甲で覆われた拳を彼の腹部にめり込ませた。
『決まったぁぁぁっ! 『蒼竜妃』の強烈な一撃が『七色投網』に突き刺さったぁぁぁっ!』
「――!?」
そのまま後方に吹き飛んでいくと思われた『七色投網』だが、その手元が閃いた。カウンターで魔法網を放ったのだ。
「ちっ!」
そんな状況下でも魔法網の狙いは正確であり、広がって俺たちを呑み込もうとする。攻撃したばかりのエルミラが飛び退いて避けるには、厳しいものがあった。
彼女は回避を諦めると、氷に覆われた拳で青白くスパークする網を打ち払う。だが、相応のダメージを受けたようで、電撃網と接触した各部位で激しい火花が吹き上がった。特に、彼女の長い角に引っ掛かった部分が厄介なようだ。
「『蒼竜妃』! 次が来る!」
俺はとっさにその場を飛び退いた。ほぼ続けざまに、第二の魔法網が放たれていたのだ。紅蓮の炎で構成された網が、時間差で俺たちを襲う。
「くっ!」
俺は火炎網をなんとか避ける。エルミラも電撃網のダメージは受けているようだが、火炎網には水魔法で対抗して――。
「なにっ!?」
俺は驚きの声を上げる。なぜなら、第三の網が迫っていたのだ。電撃の網も、火炎の網も、まだ試合の間に存在している。いくら『七色投網』でも、片手で扱える網は一つだけのはずだが……。
そんな思考と並行して、俺は純白に輝く網を斬り払った。白光網は最も攻撃力に優れた打撃用の魔法網であり、渾身の力を込めてもこちらの体勢が崩される。
『おおっとぉぉぉっ! まさかの三本目の網に、『蒼竜妃』が直撃を受けたぁぁぁっ!』
「エルミラ!」
電撃網がまだ絡まっていたエルミラは、予想外の第三撃に対応できなかったようで、白光網を受けて試合の間を吹き飛んでいく。その過程で電撃網が外れたが、すでにかなりのダメージが蓄積されているだろう。
「くっ――」
彼女から視線を外すと、俺は一気に『七色投網』との距離を詰めた。レティシャが加勢する前に動かなければ、明らかに不利になる。
「む……」
だが、駆け出した前方の石床に魔力の渦が生じる。おそらくレティシャの仕業だろう。なんらかの手段で俺を『七色投網』に近付けないつもりだ。
俺は魔力構成を斬り払って魔法をキャンセルすると、そのまま『七色投網』との距離を詰めた。駆け抜けた後で、破壊した魔法が暴走しているようだが、もはや影響はない。
迎撃のために突き出された短槍を剣で弾き、お返しとばかりに剣を水平に振るう。同時に発動させた地中槍が彼の足下で発動し、鋭い岩石の槍が石床から生えた。
「――っ!」
四メテルほどの長さに伸長した地中槍を避けた『七色投網』だが、そこを俺の剣が襲う。連撃に氷矢を織り交ぜたことで、『七色投網』の身体に細かな傷が増えていく。
『出たぁぁぁっ! 『極光の騎士』の魔法剣技だぁぁぁっ! 剣技と魔法のコンビネーションが『七色投網』を追い詰めるぅぅぅ!』
「氷尖塔」
後方へ跳び退いた『七色投網』の着地地点から、巨大で鋭い氷柱が生える。『七色投網』が貫かれることはなかったが、伸長する勢いに弾かれてバランスを崩す。
そこを狙って剣を振るった俺は、兜の下で顔を顰めた。『七色投網』が防御を捨てて、網を放つつもりだと悟ったからだ。この至近距離で白光網を受ければ、さすがにただではすまない。
これはタッグ戦であり、俺と相討ちになれば、レティシャを温存している彼らの勝ち、という判断だろうか。だとすれば、『七色投網』はかなり柔軟な思考をしているわけだが……。
「なに――?」
網を繰り出そうとした『七色投網』は目を見開いた。試合の間は石柱や氷柱だらけになっており、満足に網を振るうスペースがなくなっていたからだ。
そして、まともに網を投げることもできず、『七色投網』は俺の斬撃を受ける。胸部から血がしぶき、彼は試合の間に倒れ伏した。
『『七色投網』が倒れたぁぁぁっ! さすがは『極光の騎士』、恐ろしい連撃だぁぁぁっ!』
『……なるほど、それで今回は地中槍や氷尖塔を多用していたのですね』
『ああ。無理やり網を投げたところで、遮蔽物に阻まれるだけだしな』
クリフの念話に答える。ついでに言えば、柱だらけにすることで、レティシャの視線を遮り、手出ししてくるのを妨害しようという思いもあった。
『なるほど、本当に性格の悪いことです』
『褒めるところじゃないのか?』
『主人にとって、性格が悪いは褒め言葉でしょう?』
『クリフ、俺のことを勘違いしてないか……?』
そんな会話をしていると、試合の間の端から数人が駆け寄ってくる。『七色投網』が明らかに重傷だったため、救護班が動き出したようだった。
彼らの邪魔にならないようにその場から離れると、俺はこちらを見つめている『紅の歌姫』と向かい合った。
「……あの火炎網はお前の仕業だな?」
そして告げる。エルミラを追い込んだ魔法網の三連撃。どうにも腑に落ちなかったのだが、『紅の歌姫』の顔を見た瞬間、はっと気付いたのだ。
「もう気付いちゃったの? さすが『極光の騎士』ねぇ……あの高速戦闘に合わせるには苦労したのよ?」
レティシャはあっさりと認める。やはりそうだったのか。網の形をしていたから、俺もエルミラも『七色投網』の魔法網だと思っていたが……あれはレティシャが作り上げた魔法だったというわけだ。
「よくあのタイミングに合わせたものだ」
それは嘘偽りない本音だった。動体視力だけではない。『七色投網』がカウンターで網を放つと予想していなければ、合わせることはできなかっただろう。
「うふふ、褒めてもらえて嬉しいわ」
彼女は嬉しそうに笑う。演技じゃなくて、本当に嬉しそうに見えるな。
「じゃあ、ご褒美をもらおうかしら」
言うなり、『紅の歌姫』の周囲で魔力が膨れ上がる。そして、無数の光弾が俺に降り注いだ。
『これは凄まじいっ! おびただしい数の光弾が『極光の騎士』を襲うぅぅっ!』
「流光盾起動」
俺は回避や斬り払いを諦めた。光弾はリングを埋め尽くさんばかりの広範囲攻撃であり、もはや面としての攻撃となっていた。避けられるものではない。
展開した流光盾で攻撃を凌ぎながら、俺は周囲に気を配る。強力な範囲攻撃だが、『紅の歌姫』がそれだけで終わるはずはない。むしろ、これは目くらましか何かだと思ったほうがいいだろう。
そんな俺の予想は当たったようで、俺の足下に魔法陣が現れる。
「――っ!」
今も続く光弾を盾で受け止めつつ、剣を振るって魔法陣の構成を破壊する。レティシャのように爪先で破壊できれば簡単なのだが、この技を剣の延長として覚えたからか、俺にそんな真似はできそうになかった。
やがて光弾が止んだことを確認すると、俺はレティシャ目がけて駆け出した。牽制で様々な魔法が飛んで来るが、剣で弾き、あるいは回避して距離を詰める。
「あらあら、今日は積極的ねぇ。素敵」
『紅の歌姫』は微笑むと、試合の間を二分するかのような長大な炎の壁を展開した。俺は他の魔法と同様に魔法の構成を斬ろうとするが――。
「む……」
俺は顔を顰めた。魔法の構成がぼやけて見えるのだ。レティシャがなんらかの偽装を施したとみていいだろう。当てずっぽうで剣を振るってみるが、効果はないようだった。
「氷蔦、威力増幅起動」
俺は頭を切り替えて魔法を放つ。無数の太い氷の蔦が炎の壁へ取り付き、水蒸気を撒き散らしながら炎を消していく。
「白室天鼓」
「――!」
炎の壁を乗り越えた瞬間、突如として出現した氷の牢獄が俺を閉じ込めた。そして、狭い氷檻の内部に無数の雷球が発生する。
『あの雷球、かなりの魔力を秘めていますね。連続で受けると、流光盾でも耐えられるかどうか……』
『しかも、魔力構成の偽装つきとはな。器用なものだ』
俺は自分を取り囲む氷の壁を観察する。その厚さは数メテルはあるだろうか。灼熱の剣で壁を壊すにしても、時間がかかりすぎる。ならば――。
「乾坤一擲」
闘技場では使わないだろうと思っていた凶悪な魔法剣を、天空へ向けて放つ。強力無比な衝撃波は頑丈な氷壁をあっさり砕き、さらに闘技場の結界をも貫いて天空へ立ち昇った。
『うおおおおおっ!? 『極光の騎士』の放った魔法剣が、今まで破られたことのない白室天鼓』の氷壁を砕いたぁぁぁっ! というか、上空の雲が動いたぞ!? まさかあそこまで届いたというのか……!?』
動揺を隠しきれない実況の声を聞きながら、俺は氷檻を脱出する。乾坤一擲の破壊力に誘発されたのか、雷球の大半は消滅していたため、特に気を遣う必要もない。
「……白室天鼓の壁を砕かれるなんて、初めての経験だわ」
「何事にも最初はある」
呆れたように呟くレティシャに、俺は淡々と答える。と言っても、和やかに会話をしていたわけではない。彼女が展開した魔法障壁を、俺が剣で破壊しながら行った会話だ。澄んだ音を立てて魔法障壁が砕け散り、俺の剣が彼女の胸元にある閃光石を狙って――。
「!?」
その瞬間、違和感が俺に警告を発する。何かがおかしい。俺は体勢が崩れることも構わず、横っ飛びに飛び退いた。そして、同時に流光盾を起動する。
「――雷霆大鎚」
直後、目が眩むような光量とともに、巨大な雷が俺を襲った。そして、同時に俺は剣を振るい――。
「ぐ……」
『主人。左腕部を中心に、大きな損傷が生じています』
『……だろうな』
『この鎧の防御をあっさり抜いてきましたね……』
流光盾を掲げた左腕の感覚はほとんどなく、他の部位も痛みを訴えている。だが、あの極太の雷を凌いだことを考えれば、ずいぶんマシな結果だろう。
『これはぁぁぁっ!? 天の裁きを思わせる『紅の歌姫』の強力な一撃が、『極光の騎士』を捉えたぁぁぁっ!?』
「とっさに気付いたのね。もしあの状況であの幻像に手を出していたら、勝負はついていたのに」
「……危ないところだったな」
答えながら、俺は密かに反省していた。魔力感覚を知覚できるようになってから、気配察知が疎かになっていたことに気付いたからだ。今までの俺であれば、もっと早くレティシャの気配が薄いことに気付いたはずだ。
レティシャの幻像を不自然に思えなかったのは、レティシャが念入りに偽装していたからだろう。こと魔術においては、彼女のほうに圧倒的なアドバンテージがある
「幻像に接触型の魔法でも重ねていたんだろう?」
「ええ。少なくとも、雷の直撃は免れなかったはずよ」
レティシャは悪戯っぽく笑った。その胸には横一文字の傷が刻まれており、流れ出した血液が彼女の衣服を別の赤色に染めていた。
『え……? あれ?』
ようやく事態に気付いたようで、実況者が戸惑った声を上げた。とはいえ、あの状況下では無理もないだろう。
『『紅の歌姫』の閃光石が、砕けている……?』
「え? ほ、本当だ!」
「一体何が起きたんだ?」
「きゃあああ! レティシャお姉さまが血まみれだわ!」
実況者の言葉で事態に気付いたのだろう。観客たちがどよめいた。
「……いくら閃光石が光を放っても、あの雷撃の光量の前ではかき消されただろうからな」
「あの雷撃が落ちた一瞬で、私の居場所を察知して攻撃してくるなんて、さすがに予想外だったわ」
「閃光石だけを砕くつもりだったが……」
「分かっているわ。神速の剣捌きだったけれど、軌道が浅かったもの。私が避けようと動いたせいね」
俺の意図に気付いたのだろう。レティシャも話を合わせて、さっきの攻防を解説してくれる。さっきの雷で集音装置も調子がおかしいようだが、俺たちの会話はなんとか観客席に伝わっているはずだ。
なんせ、巨大な雷による光量と轟音で、実況者ですら状況を把握できなかったのだ。観客の大半は何が起きたのか分からなかったはすだ。
「……観客に分かりにくい展開になったか」
なおも観客席がどよめいている様子を見て、思わずぼやく。
「あなたらしくないわね。でも、それだけ追い詰めることができたということかしら?」
「まあ、そうだな……『紅の歌姫』、傷は大丈夫か? もう勝負はついている。治癒魔法を使っても構わないが」
「見た目ほど重傷じゃないわ」
レティシャは首を横に振ると、血に濡れた身体で妖艶に笑った。
「でも、女の柔肌にこんなに大きな傷を刻んだのだもの。責任は取ってもらえるわよね?」
「『紅の歌姫』の魔法技術であれば、傷が残るようなことはあるまい」
「つれないわねぇ」
そう答えると、レティシャは苦笑を浮かべて両手を上げた。降参のサインだ。彼女の閃光石はすでに砕けているため、ルール的な意味ではすでに勝負がついているのだが、観客にはようやくピンと来たらしい。
『『紅の歌姫』が負けを認めたぁぁぁっ! 『極光の騎士』があの一瞬を制し、帝都最強の魔女を退けたぞぉぉぉっ!』
実況者の声をきっかけに、どよめいていた観客席から歓声が上がった。勝利に湧く者もいれば、健闘を称える者もいる。
そんな中で、俺に近付いてくる人影があった。『蒼竜妃』エルミラだ。
「……無念」
そして、ぽそりと呟く。最初に戦線から離脱したことを悔しがっているのだろう。『七色投網』の白光網を受けた後、なぜ復帰してこないのかと思ったが、彼女の胸元を見て納得する。彼女もまた、勝敗を決する閃光石を砕かれていたのだ。
「チームとしては、俺たちの勝利だ」
そう慰めるが、彼女の顔には複雑そうな表情が浮かんでいた。
「……ほとんど、『極光の騎士』が活躍。反省」
「『蒼竜妃』の耐久力なら、閃光石は必要なかったかもしれんな。……一考の余地があるか」
重傷を負った『七色投網』と違い、彼女はまだ余力を残している。耐久力の面で劣る魔術師が致命傷を受けないための閃光石だが、エルミラにとっては足枷になっているのかもしれない。
「ふふ、そういうことは支配人に考えてもらいましょう?」
「……ああ、そうだな」
支配人としての思考に没頭しかけた俺は、レティシャの言葉で我に返る。俺が今するべきことは、一つしかない。
「エルミラ、隣へ」
「了承」
促すと、彼女は俺の隣へやってきた。途中で敗れようと、チームとして勝利すれば、勝利の祝福を得る権利は存在する。
『上位ランカーによる奇跡のタッグバトル! 『極光の騎士』&『蒼竜妃』 対 『紅の歌姫』&『七色投網』! 勝者は――』
大歓声の中、実況者の言葉に合わせて、俺は剣を振り上げた。
「『極光の騎士』&『蒼竜妃』の勝利だぁぁぁっ!」