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集団戦

『ついに! あの男が集団試合に参加するぅぅぅっ! 一対一で無敵を誇る闘技場の英雄は、集団戦でも真価を発揮できるのか!? ――『極光の騎士(ノーザンライト)』ぉぉぉっ!』


 そんな実況者の声に合わせて、俺は腕を振り上げた。闘技場を包む歓声はさらに大きくなり、音のうねりと化して空間を揺らしてくる。


『そしてぇぇ! そんな英雄とタッグを組むのは、魔術師でありながら肉弾戦を得意とする半竜人! 『蒼竜妃アクアマリン』エルミラ・シェイナードぉぉっ!』


 その紹介とともに一歩踏み出したのは、俺の隣にいた『蒼竜妃アクアマリン』エルミラだ。もともと大袈裟なパフォーマンスをしない彼女だが、そこがいいというファンも多いらしい。


「『極光の騎士(ノーザンライト)』と、タッグ……変な気分」


「不満か?」


「むしろ、楽しみ。それに、『極光の騎士(ノーザンライト)』と一緒、だと、名前が広まるから」


「名前が……?」


この試合で勝利チームの名が帝都に広まれば、弟のマイルを探す助けになるということだろうか。


「……なんでもない」


 ぼそりと答えると、彼女は正面を見つめた。そこに立つ男女こそが、今日の俺たちの対戦相手だ。


『対するは、帝都闘技場の有志が新しく作成した独自ランキング、魔術師ランキングで堂々の一位を獲得した帝国最強の魔女! 『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』レティシャ・ルノリアぁぁぁっ!』


 その声と同時に、レティシャが優雅に一礼する。まるで舞台のような大仰な動きだが、それを不自然だと思わせないところが彼女の凄いところだ。


極光の騎士(ノーザンライト)』の時に勝るとも劣らない歓声が上がり、試合の間(リング)を震わせた。


『そんな彼女と共に戦うのは、ディスタ闘技場から移籍してきた技巧派剣闘士! 網を使わせれば彼の右に出る者はいない異色の英傑! 『七色投網(ダイバース・ネット)』アベル・グライナーぁぁっ!』


 名を呼ばれた『七色投網(ダイバース・ネット)』は、高らかに腕を掲げる。精悍な顔が印象的な人物だが、まだ年齢は三十歳になったばかりだという。その手に握られているのは短い槍であり、網と合わせて彼が得意とする武器だった。


「まさか、『極光の騎士(ノーザンライト)』との初試合が集団戦とは……人生、何が起きるか分からないものだな」


 そう告げると、彼は楽しそうに笑った。


「実況者の言葉通り、『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』殿は帝国最高クラスの魔術師。私と彼女であれば、いくら『極光の騎士(ノーザンライト)』といえども勝ちの目はある」


「勝ちはない。私、いる」


 エルミラが舌戦に応じると、『七色投網(ダイバース・ネット)』はその笑みをいっそう深めた。


「分かっているとも。だが、二人はともに自己完結型の魔法戦士だ。こちらほど劇的な戦闘スタイルの変化は見込めない。ならば、こちらが有利というもの」


「……にわか仕込み」


「ふふ、そこを上手く調整するのが魔術師の腕の見せどころよ? 彼の魔法網は強化のし甲斐があるわ」


「……なんであれ、斬り払うだけだ」


 そこへ、レティシャと俺も口を挟む。気の早い『蒼竜妃アクアマリン』に至っては、すでに戦闘姿勢に移行しつつあった。


『それではぁぁっ! 第二十八闘技場が誇る上位ランカー四名による集団戦闘、始めぇぇぇぇっ!』


「――行くぞ」


「ん」


 試合開始の合図とともに、俺とエルミラは前へ駆け出す。前衛の剣闘士と後衛の魔術師という陣形になりやすい集団戦だが、『蒼竜妃アクアマリン』は白兵戦もこなせる魔法戦士タイプだ。


 そうであれば、二人で攻めこみ、どちらかが『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』との接近戦に持ち込むのがベストだろう。


『『極光の騎士(ノーザンライト)』と『蒼竜妃アクアマリン』が動いたぁぁぁっ! あえて前衛後衛を置かず、一気に攻め込むつもりか!?』


 予想通り、レティシャは後ろへ下がって、『七色投網(ダイバース・ネット)』が俺たちの前に立ち塞がろうとする。


 だが、『七色投網(ダイバース・ネット)』まであと八メテルほどの距離で、俺の前方の石床が突然隆起した。大地の壁(アースウォール)だ。エルミラのほうに仕掛けた様子はないから、俺とエルミラが同時に殺到しないよう調整したのだろう。


「――っ」


 伸長し始めた大地の壁(アースウォール)の根元を、剣で薙ぎ払う。魔法の基幹構造を破壊したことにより、大地の壁(アースウォール)の伸長が止まった。そして、膝の高さまでしかない土壁など大した障害物ではない。


『な、何が起きたのかぁぁぁっ!? いつも二、三メテルの高さになる『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の大地の壁(アースウォール)が、途中で動きを止めたぞぉぉぉっ!』


「――驚き」


「俺とて、多少は成長もする」


 突出を避けるため、少しスピードを落としたエルミラがぽそりと呟く。彼女も魔術師であるため、何が起きたかは大体察したのだろう。と……。


「――来るぞ!」


 俺とエルミラは、同時に左右へ跳び退いた。その直後、俺たちがいた空間を炎でできた網が覆いつくす。『七色投網(ダイバース・ネット)』の魔法網だ。分かってはいたが、攻撃範囲が広いな。


網攻撃は予想していたため、かなり余裕を持って避けたつもりだったが、実際にはすぐ傍まで網が迫っていたことに気を引き締める。


『網とは、変わった魔道具を使う戦士がいたもので――主人マスター!』


 その声と同時に、俺は剣を振り抜いた。こちら目がけて放たれた雷撃が弾かれ、客席との間に張られた結界に激突して青白い輝きを放つ。エルミラのほうにも魔法攻撃が仕掛けられたようだが、彼女もなんらかの手段で防いでいた。


「む――」


 再び攻撃の挙動を見せた『七色投網(ダイバース・ネット)』に先制して、俺は真空波を放った。相手はひらりと身をかわすと、お返しとばかりに網を放つ。網の先には一定の感覚で分銅がついており、まともに当たれば相応のダメージを受ける上に、剣や身体を搦め取られる可能性も高い。


 だが、魔力は籠もっていないただの網だ。そう判断すると、俺は手で網を受け止めた。そして、ピンと張った網を勢いよくこちらへ手繰り寄せようと――。


「ちっ!」


 俺は慌てて網から手を離した。『七色投網(ダイバース・ネット)』はすでに網から手を放しており、別の魔法網を構えていたのだ。


そして、『七色投網(ダイバース・ネット)』が魔法網を放つ。氷でできた魔法網には無数の刺が生えており、捕獲用というよりはもはや凶器の類だ。


「――!?」


 と、氷の網が一気に伸長した。巨大な氷網が視界を埋め尽くし、俺の上に覆い被さる。俺はとっさに灼熱の剣(バーニングウェポン)を起動させ、頭上の氷網を切り裂いた。


『おおっと、『極光の騎士(ノーザンライト)』は無傷だぁぁぁっ! 炎の魔法剣が魔法網を切り裂いたぁぁぁっ!』


 実況を聞きながら首を傾げる。先ほど使われたのは、『七色投網(ダイバース・ネット)』が持つ魔法網の一つ、銀氷網シルバーネットだ。だが、あんなに伸長するという情報は――。


「……そういうことか」


 俺の脳裏に、楽しそうに笑う妹の顔が浮かぶ。そう言えば、魔法の網がどうこう、みたいな話をしていた気がする。シルヴィが改造したのであれば、今までと同じ性能だとは思わないほうがいいだろう。


 と、『七色投網(ダイバース・ネット)』が再び網を放つ。それは先程と同じ氷の網に見えるが――。


「なに?」


 網が伸長したところまではさっきと同じ展開だが、その直後、俺を覆いつくそうとする氷の網が一気に溶けて水になった。バケツの水をひっくり返したように、氷網を構成していた水が降り注ぐ。だが、攻撃力はなく、毒性を持った水だとも思えないが……。


「――そうか!」


 俺は慌てて跳び退いた。同時に、自分を中心にして低出力の竜巻サイクロンを起動する。俺に降り注ぐ無数の水流が、風圧で四方へと散らされていく。


「――凍結フリーズ


 その直後、周囲の温度が一気に下がった。濡れた試合の間(リング)の石床は凍り付き、大きな水滴はそのまま氷塊へと変わる。レティシャの魔法だ。


『なるほど、あのままなら氷漬けでしたね』


『本来は、水網にも別の用途があったんだろうが……嫌な組み合わせだ』


 俺はちらりと『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』のほうへ視線を向ける。彼女は『蒼竜妃アクアマリン』と戦いを繰り広げているが、上手く中距離を保っている。だからこそ、こちらの戦いに干渉する余裕があるのだろう。


「――!」


と、『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』と『蒼竜妃アクアマリン』の中間で魔法が激突した。炎と水。巨大な二つの大渦がせめぎ合い、水蒸気が試合の間(リング)を埋め尽くす。


おそらく、あの二つの魔法は同威力だ。相殺されるだろう。そう判断した俺は、エルミラのもとへ走る。


「交替、希望?」


 彼女も俺の動きに気付いたようで、一度合流してくる。彼女も、このままでは埒が明かないと思っていたのかもしれない。


「いや……俺たちのほうは、連携らしきものをしていなかったと思ってな」


「戦闘スタイルの問題。仕方ない」


「だが、補い合いながら戦うことはできる。『蒼竜妃アクアマリン』なら、戦闘速度を合わせることもできるだろう」


 これは、お互いに魔法戦士だからできることだ。戦士と魔術師では呼吸が違うが、俺たちは同じ魔法戦士であり、彼女は竜人の血を引くことから身体能力も高い。高速戦闘を行えば、連携が取れるのはこっちだ。


「……了承。どっち?」


「『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』だ。『七色投網(ダイバース・ネット)』は魔法で足止めしておく」


 その言葉にエルミラは黙って頷く。そして――。


『おおっとぉぉぉっ! 『極光の騎士(ノーザンライト)』と『蒼竜妃アクアマリン』がともに『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』を狙って動き出したぁぁぁっ!』


「あらあら、人気者はつらいわね」


 俺たちの意図を察したレティシャは、それでも余裕の笑みを見せた。無数の光弾を生み出し、俺たちを迎撃しようとする。


氷晶散弾フリーズバレット


 その光弾に対抗するように、エルミラもまた無数の氷つぶてを放つ。氷と光がぶつかり合うが、軍配はレティシャに上がったようで、いくつかの光弾が俺たちへ向かってくる。


「――感謝」


「タッグだからな」


 エルミラより少し前へ出た俺は、付与魔術エンチャントをかけた剣で光弾を弾き飛ばしていた。もともと軌道がズレていた光弾も多く、実際に対処したのは四発だけだ。そして、その間も俺たちは速度を緩めない。


「妬けるわねぇ……混沌金霞カオティックヘイズ


 レティシャを発生源として、金色の霞が大量に流れ出す。始めて見る魔法だが……。


「魔法剣、解呪ディスペル起動」


 剣身に解呪の魔力を宿すと、俺は金霞を消滅させていく。だが、その間にレティシャは再び距離を取ろうとして――。


氷晶壁アイスウォール


 レティシャの背後に厚みのある氷の壁が出現する。『蒼竜妃アクアマリン』の得意魔法の一つであり、これを破壊することは容易ではない。


 さらに、彼女の足下に光の魔法陣が発生する。俺が放った聖光柱ホーリーピラーだ。だが、レティシャが足先でトン、と魔法陣を叩いただけで、魔法がキャンセルされる。


『あんなの、ありか?』


『爪先に魔力を集めて、魔力構造の核を破壊したようですが……普通はあり得ませんね』


 念話でそうぼやきながらも、俺は落胆していなかった。レティシャまでの距離はあとわずかだ。剣が届く距離になれば、それで問題ない。そして、俺は彼女目がけて剣を振るい――。


「ちっ」


 舌打ちとともにその場を飛び退く。電撃の網が背後から迫ってきたのだ。密かに竜巻サイクロン火炎壁フレイムウォールなどを放って『七色投網(ダイバース・ネット)』を足止めしていたのだが、レティシャに集中しすぎたらしい。


 俺は『蒼竜妃アクアマリン』と目を合わせると、かすかに頷いた。そして、同時に反転して『七色投網(ダイバース・ネット)』を二人で襲う。


『『極光の騎士(ノーザンライト)』と『蒼竜妃アクアマリン』が、左右から『七色投網(ダイバース・ネット)』を狙うぅぅぅ!』


 俺は『七色投網(ダイバース・ネット)』の左側から『七色投網(ダイバース・ネット)』に迫る。できればレティシャを先に倒したかったが、やはり彼女は手強い。


「と――」


 俺目がけて飛来した網を避ける。『七色投網(ダイバース・ネット)』の厄介なところは、中距離戦闘を得意としているため、レティシャの援護と相性がいい点だ。だが、接近しての高速戦闘が始まれば、誤射の可能性が高まるため、レティシャも思うように援護はできないはずだった。


七色投網(ダイバース・ネット)』が、反対側から迫る『蒼竜妃アクアマリン』に炎の網を投げつけたのを見て、俺は一気に速度を上げた。エルミラを牽制している間に、網が真価を発揮できない間合いまで詰めてしまえばいい。


「む!?」


 だが、ここで思わぬことが起きた。『七色投網(ダイバース・ネット)』は俺のほうにも網を放ってきたのだ。両手で網を使えるという話は聞いたことがなかったが……隠し玉にしていたのだろう。


 頭上に広がった網から魔力は感じないが、網には鋼線が混ぜ込んであり、簡単に斬り裂くことはできない。至る所から細かい刺が生えているため、掴むことも難しそうだった。


流光盾ルミナスシールド伸長展開」


 俺は長大な魔法の盾で時間を稼ぐと、俺と『七色投網(ダイバース・ネット)』の中間点で竜巻サイクロンを発動させた。重量のある網といえども耐えられるはずはなく、俺を覆っていた網が舞い上がった。


『魔法で網を吹き飛ばした『極光の騎士(ノーザンライト)』が『七色投網(ダイバース・ネット)』に迫るぅぅっ!』


「っ!」


 竜巻に網を持っていかれて、バランスを崩した『七色投網(ダイバース・ネット)』を強襲する。彼は俺の姿を捉えると、網を手放して短槍を構えた。


 そして、剣と槍の打ち合いが始まる。上位ランカーにあと一歩まで迫っているだけあって、彼は短槍だけでもかなりの実力を誇る。そのため、近付けば簡単に勝てる、という類の話ではなかった。


「くっ!?」


 だが、そんな『七色投網(ダイバース・ネット)』でも、俺とエルミラの攻撃を同時に捌くことはできない。近距離での高速戦闘に突入したため、レティシャの援護も難しいだろう。


七色投網(ダイバース・ネット)』の槍を俺が弾き、その隙に懐に潜り込んだエルミラが、氷の手甲で覆われた拳を彼の腹部にめり込ませた。


『決まったぁぁぁっ! 『蒼竜妃アクアマリン』の強烈な一撃が『七色投網(ダイバース・ネット)』に突き刺さったぁぁぁっ!』


「――!?」


 そのまま後方に吹き飛んでいくと思われた『七色投網(ダイバース・ネット)』だが、その手元が閃いた。カウンターで魔法網を放ったのだ。


「ちっ!」


 そんな状況下でも魔法網の狙いは正確であり、広がって俺たちを呑み込もうとする。攻撃したばかりのエルミラが飛び退いて避けるには、厳しいものがあった。


 彼女は回避を諦めると、氷に覆われた拳で青白くスパークする網を打ち払う。だが、相応のダメージを受けたようで、電撃網と接触した各部位で激しい火花が吹き上がった。特に、彼女の長い角に引っ掛かった部分が厄介なようだ。


「『蒼竜妃アクアマリン』! 次が来る!」


俺はとっさにその場を飛び退いた。ほぼ続けざまに、第二の魔法網が放たれていたのだ。紅蓮の炎で構成された網が、時間差で俺たちを襲う。


「くっ!」


 俺は火炎網をなんとか避ける。エルミラも電撃網のダメージは受けているようだが、火炎網には水魔法で対抗して――。


「なにっ!?」


 俺は驚きの声を上げる。なぜなら、第三の網が迫っていたのだ。電撃の網も、火炎の網も、まだ試合の間(リング)に存在している。いくら『七色投網(ダイバース・ネット)』でも、片手で扱える網は一つだけのはずだが……。


 そんな思考と並行して、俺は純白に輝く網を斬り払った。白光網は最も攻撃力に優れた打撃用の魔法網であり、渾身の力を込めてもこちらの体勢が崩される。


『おおっとぉぉぉっ! まさかの三本目の網に、『蒼竜妃アクアマリン』が直撃を受けたぁぁぁっ!』


「エルミラ!」


 電撃網がまだ絡まっていたエルミラは、予想外の第三撃に対応できなかったようで、白光網を受けて試合の間(リング)を吹き飛んでいく。その過程で電撃網が外れたが、すでにかなりのダメージが蓄積されているだろう。


「くっ――」


 彼女から視線を外すと、俺は一気に『七色投網(ダイバース・ネット)』との距離を詰めた。レティシャが加勢する前に動かなければ、明らかに不利になる。


「む……」


 だが、駆け出した前方の石床に魔力の渦が生じる。おそらくレティシャの仕業だろう。なんらかの手段で俺を『七色投網(ダイバース・ネット)』に近付けないつもりだ。


俺は魔力構成を斬り払って魔法をキャンセルすると、そのまま『七色投網(ダイバース・ネット)』との距離を詰めた。駆け抜けた後で、破壊した魔法が暴走しているようだが、もはや影響はない。


 迎撃のために突き出された短槍を剣で弾き、お返しとばかりに剣を水平に振るう。同時に発動させた地中槍アースグレイブが彼の足下で発動し、鋭い岩石の槍が石床から生えた。


「――っ!」


 四メテルほどの長さに伸長した地中槍アースグレイブを避けた『七色投網(ダイバース・ネット)』だが、そこを俺の剣が襲う。連撃に氷矢フリーズアローを織り交ぜたことで、『七色投網(ダイバース・ネット)』の身体に細かな傷が増えていく。


『出たぁぁぁっ! 『極光の騎士(ノーザンライト)』の魔法剣技だぁぁぁっ! 剣技と魔法のコンビネーションが『七色投網(ダイバース・ネット)』を追い詰めるぅぅぅ!』


氷尖塔フリーズピナクル


 後方へ跳び退いた『七色投網(ダイバース・ネット)』の着地地点から、巨大で鋭い氷柱が生える。『七色投網(ダイバース・ネット)』が貫かれることはなかったが、伸長する勢いに弾かれてバランスを崩す。


 そこを狙って剣を振るった俺は、兜の下で顔を顰めた。『七色投網(ダイバース・ネット)』が防御を捨てて、網を放つつもりだと悟ったからだ。この至近距離で白光網を受ければ、さすがにただではすまない。


 これはタッグ戦であり、俺と相討ちになれば、レティシャを温存している彼らの勝ち、という判断だろうか。だとすれば、『七色投網(ダイバース・ネット)』はかなり柔軟な思考をしているわけだが……。


「なに――?」


 網を繰り出そうとした『七色投網(ダイバース・ネット)』は目を見開いた。試合の間(リング)は石柱や氷柱だらけになっており、満足に網を振るうスペースがなくなっていたからだ。


 そして、まともに網を投げることもできず、『七色投網(ダイバース・ネット)』は俺の斬撃を受ける。胸部から血がしぶき、彼は試合の間(リング)に倒れ伏した。


『『七色投網(ダイバース・ネット)』が倒れたぁぁぁっ! さすがは『極光の騎士(ノーザンライト)』、恐ろしい連撃だぁぁぁっ!』


『……なるほど、それで今回は地中槍アースグレイブ氷尖塔フリーズピナクルを多用していたのですね』


『ああ。無理やり網を投げたところで、遮蔽物に阻まれるだけだしな』


 クリフの念話に答える。ついでに言えば、柱だらけにすることで、レティシャの視線を遮り、手出ししてくるのを妨害しようという思いもあった。


『なるほど、本当に性格の悪いことです』


『褒めるところじゃないのか?』


主人マスターにとって、性格が悪いは褒め言葉でしょう?』


『クリフ、俺のことを勘違いしてないか……?』


そんな会話をしていると、試合の間(リング)の端から数人が駆け寄ってくる。『七色投網(ダイバース・ネット)』が明らかに重傷だったため、救護班が動き出したようだった。


彼らの邪魔にならないようにその場から離れると、俺はこちらを見つめている『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』と向かい合った。


「……あの火炎網はお前の仕業だな?」


 そして告げる。エルミラを追い込んだ魔法網の三連撃。どうにも腑に落ちなかったのだが、『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の顔を見た瞬間、はっと気付いたのだ。


「もう気付いちゃったの? さすが『極光の騎士(ノーザンライト)』ねぇ……あの高速戦闘に合わせるには苦労したのよ?」


 レティシャはあっさりと認める。やはりそうだったのか。網の形をしていたから、俺もエルミラも『七色投網(ダイバース・ネット)』の魔法網だと思っていたが……あれはレティシャが作り上げた魔法だったというわけだ。


「よくあのタイミングに合わせたものだ」


 それは嘘偽りない本音だった。動体視力だけではない。『七色投網(ダイバース・ネット)』がカウンターで網を放つと予想していなければ、合わせることはできなかっただろう。


「うふふ、褒めてもらえて嬉しいわ」


 彼女は嬉しそうに笑う。演技じゃなくて、本当に嬉しそうに見えるな。


「じゃあ、ご褒美をもらおうかしら」


 言うなり、『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の周囲で魔力が膨れ上がる。そして、無数の光弾が俺に降り注いだ。


『これは凄まじいっ! おびただしい数の光弾が『極光の騎士(ノーザンライト)』を襲うぅぅっ!』


流光盾ルミナスシールド起動」


 俺は回避や斬り払いを諦めた。光弾はリングを埋め尽くさんばかりの広範囲攻撃であり、もはや面としての攻撃となっていた。避けられるものではない。


 展開した流光盾ルミナスシールドで攻撃を凌ぎながら、俺は周囲に気を配る。強力な範囲攻撃だが、『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』がそれだけで終わるはずはない。むしろ、これは目くらましか何かだと思ったほうがいいだろう。


 そんな俺の予想は当たったようで、俺の足下に魔法陣が現れる。


「――っ!」


 今も続く光弾を盾で受け止めつつ、剣を振るって魔法陣の構成を破壊する。レティシャのように爪先で破壊できれば簡単なのだが、この技を剣の延長として覚えたからか、俺にそんな真似はできそうになかった。


 やがて光弾が止んだことを確認すると、俺はレティシャ目がけて駆け出した。牽制で様々な魔法が飛んで来るが、剣で弾き、あるいは回避して距離を詰める。


「あらあら、今日は積極的ねぇ。素敵」


紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』は微笑むと、試合の間(リング)を二分するかのような長大な炎の壁(ファイアウォール)を展開した。俺は他の魔法と同様に魔法の構成を斬ろうとするが――。


「む……」


 俺は顔を顰めた。魔法の構成がぼやけて見えるのだ。レティシャがなんらかの偽装を施したとみていいだろう。当てずっぽうで剣を振るってみるが、効果はないようだった。


氷蔦フリーズバイン威力増幅ブースト起動」


 俺は頭を切り替えて魔法を放つ。無数の太い氷の蔦が炎の壁(ファイアウォール)へ取り付き、水蒸気を撒き散らしながら炎を消していく。


白室天鼓エクスキューション


「――!」


 炎の壁(ファイアウォール)を乗り越えた瞬間、突如として出現した氷の牢獄が俺を閉じ込めた。そして、狭い氷檻の内部に無数の雷球が発生する。


『あの雷球、かなりの魔力を秘めていますね。連続で受けると、流光盾ルミナスシールドでも耐えられるかどうか……』


『しかも、魔力構成の偽装つきとはな。器用なものだ』


 俺は自分を取り囲む氷の壁を観察する。その厚さは数メテルはあるだろうか。灼熱の剣(バーニングウェポン)で壁を壊すにしても、時間がかかりすぎる。ならば――。


乾坤一擲ザ・パワー


 闘技場では使わないだろうと思っていた凶悪な魔法剣を、天空へ向けて放つ。強力無比な衝撃波は頑丈な氷壁をあっさり砕き、さらに闘技場の結界をも貫いて天空へ立ち昇った。


『うおおおおおっ!? 『極光の騎士(ノーザンライト)』の放った魔法剣が、今まで破られたことのない白室天鼓エクスキューション』の氷壁を砕いたぁぁぁっ! というか、上空の雲が動いたぞ!? まさかあそこまで届いたというのか……!?』


 動揺を隠しきれない実況の声を聞きながら、俺は氷檻を脱出する。乾坤一擲ザ・パワーの破壊力に誘発されたのか、雷球の大半は消滅していたため、特に気を遣う必要もない。


「……白室天鼓エクスキューションの壁を砕かれるなんて、初めての経験だわ」


「何事にも最初はある」


 呆れたように呟くレティシャに、俺は淡々と答える。と言っても、和やかに会話をしていたわけではない。彼女が展開した魔法障壁を、俺が剣で破壊しながら行った会話だ。澄んだ音を立てて魔法障壁が砕け散り、俺の剣が彼女の胸元にある閃光石を狙って――。


「!?」


 その瞬間、違和感が俺に警告を発する。何かがおかしい。俺は体勢が崩れることも構わず、横っ飛びに飛び退いた。そして、同時に流光盾ルミナスシールドを起動する。


「――雷霆大鎚ジャッジメント


 直後、目が眩むような光量とともに、巨大な雷が俺を襲った。そして、同時に俺は剣を振るい――。


「ぐ……」


主人マスター。左腕部を中心に、大きな損傷が生じています』


『……だろうな』


『この鎧の防御をあっさり抜いてきましたね……』


 流光盾ルミナスシールドを掲げた左腕の感覚はほとんどなく、他の部位も痛みを訴えている。だが、あの極太の雷を凌いだことを考えれば、ずいぶんマシな結果だろう。


『これはぁぁぁっ!? 天の裁きを思わせる『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の強力な一撃が、『極光の騎士(ノーザンライト)』を捉えたぁぁぁっ!?』


「とっさに気付いたのね。もしあの状況で()()()()に手を出していたら、勝負はついていたのに」


「……危ないところだったな」


答えながら、俺は密かに反省していた。魔力感覚を知覚できるようになってから、気配察知が疎かになっていたことに気付いたからだ。今までの俺であれば、もっと早くレティシャの気配が薄いことに気付いたはずだ。


 レティシャの幻像を不自然に思えなかったのは、レティシャが念入りに偽装していたからだろう。こと魔術においては、彼女のほうに圧倒的なアドバンテージがある


「幻像に接触型の魔法でも重ねていたんだろう?」


「ええ。少なくとも、雷の直撃は免れなかったはずよ」


 レティシャは悪戯っぽく笑った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()、流れ出した血液が彼女の衣服を別の赤色に染めていた。


『え……? あれ?』


 ようやく事態に気付いたようで、実況者が戸惑った声を上げた。とはいえ、あの状況下では無理もないだろう。


『『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の閃光石が、砕けている……?』


「え? ほ、本当だ!」


「一体何が起きたんだ?」


「きゃあああ! レティシャお姉さまが血まみれだわ!」


 実況者の言葉で事態に気付いたのだろう。観客たちがどよめいた。


「……いくら閃光石が光を放っても、あの雷撃の光量の前ではかき消されただろうからな」


「あの雷撃が落ちた一瞬で、私の居場所を察知して攻撃してくるなんて、さすがに予想外だったわ」


「閃光石だけを砕くつもりだったが……」


「分かっているわ。神速の剣捌きだったけれど、軌道が浅かったもの。私が避けようと動いたせいね」


 俺の意図に気付いたのだろう。レティシャも話を合わせて、さっきの攻防を解説してくれる。さっきの雷で集音装置も調子がおかしいようだが、俺たちの会話はなんとか観客席に伝わっているはずだ。


 なんせ、巨大な雷による光量と轟音で、実況者ですら状況を把握できなかったのだ。観客の大半は何が起きたのか分からなかったはすだ。


「……観客に分かりにくい展開になったか」


 なおも観客席がどよめいている様子を見て、思わずぼやく。


「あなたらしくないわね。でも、それだけ追い詰めることができたということかしら?」


「まあ、そうだな……『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』、傷は大丈夫か? もう勝負はついている。治癒魔法を使っても構わないが」


「見た目ほど重傷じゃないわ」


 レティシャは首を横に振ると、血に濡れた身体で妖艶に笑った。


「でも、女の柔肌にこんなに大きな傷を刻んだのだもの。責任は取ってもらえるわよね?」


「『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の魔法技術であれば、傷が残るようなことはあるまい」


「つれないわねぇ」


 そう答えると、レティシャは苦笑を浮かべて両手を上げた。降参のサインだ。彼女の閃光石はすでに砕けているため、ルール的な意味ではすでに勝負がついているのだが、観客にはようやくピンと来たらしい。


『『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』が負けを認めたぁぁぁっ! 『極光の騎士(ノーザンライト)』があの一瞬を制し、帝都最強の魔女を退けたぞぉぉぉっ!』


 実況者の声をきっかけに、どよめいていた観客席から歓声が上がった。勝利に湧く者もいれば、健闘を称える者もいる。

 そんな中で、俺に近付いてくる人影があった。『蒼竜妃アクアマリン』エルミラだ。


「……無念」


 そして、ぽそりと呟く。最初に戦線から離脱したことを悔しがっているのだろう。『七色投網(ダイバース・ネット)』の白光網を受けた後、なぜ復帰してこないのかと思ったが、彼女の胸元を見て納得する。彼女もまた、勝敗を決する閃光石を砕かれていたのだ。


「チームとしては、俺たちの勝利だ」


 そう慰めるが、彼女の顔には複雑そうな表情が浮かんでいた。


「……ほとんど、『極光の騎士(ノーザンライト)』が活躍。反省」


「『蒼竜妃アクアマリン』の耐久力なら、閃光石は必要なかったかもしれんな。……一考の余地があるか」


 重傷を負った『七色投網(ダイバース・ネット)』と違い、彼女はまだ余力を残している。耐久力の面で劣る魔術師が致命傷を受けないための閃光石だが、エルミラにとっては足枷になっているのかもしれない。


「ふふ、そういうことは支配人に考えてもらいましょう?」


「……ああ、そうだな」


 支配人としての思考に没頭しかけた俺は、レティシャの言葉で我に返る。俺が今するべきことは、一つしかない。


「エルミラ、隣へ」


「了承」


 促すと、彼女は俺の隣へやってきた。途中で敗れようと、チームとして勝利すれば、勝利の祝福を得る権利は存在する。


『上位ランカーによる奇跡のタッグバトル! 『極光の騎士(ノーザンライト)』&『蒼竜妃アクアマリン』 対 『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』&『七色投網(ダイバース・ネット)』! 勝者は――』


 大歓声の中、実況者の言葉に合わせて、俺は剣を振り上げた。


「『極光の騎士(ノーザンライト)』&『蒼竜妃アクアマリン』の勝利だぁぁぁっ!」



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― 新着の感想 ―
[一言] おっ、七色投網が初登場ですか。もっと一癖あるかと思ってましたが今回はごく真っ当な言動・行動だった感じでしたね。 そしてタッグマッチがこの組み合わせとはまた意外な…エルミラとレティシャは組んで…
[良い点] 楽しみにしていた集団戦のお話が更新されていてとても嬉しかったです。 意外な組み合わせでの戦いで、この2人が組むとこんな戦い方も見れるのか、と楽しく読ませていただきました。やはり描写がとても…
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