神代Ⅱ
『――人……主人?』
「ん……?」
混濁した意識に、聞き覚えのある声が差し込んでくる。それはさっきまで聞いていた声であり、同時にもっと馴染みのある声で――。
「クリフ!? ……ここはどこだ」
睡眠中に無理やり叩き起こされたような、ぼんやりした意識からはっと覚醒する。まず周囲を確認した俺は、そこにある景色に首を傾げた。どこにでもあるような景色だが、場所に心当たりはない。それに、建物の建築様式に違和感を覚える。
『不明です。正常な座標とは思えません。ただ……』
彼にしては珍しいことに、言葉の歯切れが悪い。だが、やがて彼は言葉を続けた。
『私に言えることは、ここが三千年前の王都に酷似しているということです』
「三千年前の? ということは、さっきの夢の続き……なのか?」
自問自答する。夢にしてははっきりと覚えている気がするが……。不思議に思っていると、クリフから念話が伝わってくる。
『夢とはなんのことでしょうか?』
「それが、クリスハルトとかいう――」
言いかけてはっとする。クリスハルト。それは、この古代鎧の先代の主人の名前ではなかったか。それにルミエールという名前もどこかで聞いた気がする。
『それでは、主人も見たのですね。……お二人の最期を』
「も? じゃあ、クリフも見てたのか?」
『……はい』
クリフは幾分沈んだ声で答える。そんな彼を追及するのは気の毒だが、それでも確認しなければならないことがあった。
「ということは……あれは実際にあった出来事なのか?」
『その通りです』
「……そうか」
これ以上この話を続けるのはやめようと、俺はもう一度周りを見渡した。
「じゃあ、ここがどこかは分かるか?」
『分かりません。ただ、主人から見て右後ろの方角にある建物には見覚えがあります』
「右後ろ?」
言われて後ろを振り向く。だが、そのに広がっている景色も変哲のないもので……。
「あれは建造物か……?」
よく見ると、遠くに建物らしき何かの影が見えた。ここから視認できるということは、かなりの大きさだろう。
『ここが三千年前と同じ造りであれば、あれは王城のはずです』
「王城か……とりあえず向かってみるか?」
『そうですね。現状では、あまりに情報が不足していますから』
クリフの同意を得ると、俺は王城らしき建物へ向かって歩き出した。三千年前のものらしき景色を眺めながら、道なりに進んでいく。
「ん? あれは……」
しばらく歩いたところで、俺は立ち止まった。正面から数百人規模の集団が迫っていたからだ。全員が武装しており、物々しい雰囲気が伝わってくる。
「隠れたほうがいいか?」
『すでにあちらにも視認されているでしょうからね。逆に怪しく見えるかもしれません』
「とりあえず、道を譲るていで距離を取るか」
そんな会議をすると、俺は少し道から離れた。集団は俺には目もくれず、まっしぐらに道を進んでいく。その中心にいる人物の顔には見覚えがあるような気もするが……。
『誰何どころか、一瞥もされませんでしたね。これは……』
その不可解な反応は、クリフにとっても予想外のものだったらしい。そうして、二人で首を捻りながらさらに王都へ近付いていく。すると、後方から何らかの音が聞こえてきた。
「雷鳴か?」
俺は反射的に振り返る。すると、そこには驚きの光景が展開されていた。かなり距離は遠いようだが、青白い雷が無数に荒れ狂い、吹雪のような竜巻が天へ立ち昇る。
「……三千年前って、こんな天変地異が起きていたのか?」
『そんなわけがないでしょう。おそらく、あれは魔術によるもので――』
そこでクリフの念話が途切れる。だが、その理由を聞く必要はなかった。俺もまた、その魔術に心当たりがあったからだ。
先代の主人であるクリスハルトが、別荘に押し寄せた部隊を迎撃した魔術。あれを遠くから観測すると、こんな感じになるのではないだろうか。
「そうか、さっきの集団は――」
そして思い出す。あの集団の中心にいた人物。あれは、クリスハルトと対峙していた大隊長だ。
「つまり……まさに今、あの場所で戦っている?」
その結論に達した瞬間、俺は来た道を走って戻った。強化された身体能力にものを言わせて、来た時の数倍の速さで突き進む。
「これは……」
道に沿って走っていた俺は、やがて立ち止まった。道が森に飲み込まれていたからだ。道はしっかりと舗装されており、長い年月をかけて森に呑まれたわけではないことを示していた。
『はい。ユグドラシルによって植物化したものだと思われます』
「そうだよな……」
陰鬱な気持ちになりつつも、森の様子を探る。ここにシンシアがいない以上、迂闊に踏み込むと、俺までユグドラシルによって植物化してしまう可能性もあった。と――。
「え……?」
『これは……』
俺たちは同時に声を上げる。森がふっと消え去ったのだ。後に残ったのは、道中でも見かけていたよくある光景だ。俺は呆然と周りを見渡す。
「どういうことだ?」
幻覚でも見ていたのだろうか。不思議に思いながらも、目的地にしていた別荘を探す。深い森が消え去ったこと、そしてクリフがナビゲートしてくれたことで、俺は目的地を探し当てることができた。
しばらく逡巡した後、俺は別荘の扉をノックする。だが、ここで衝撃の事態が起きた。手が扉をすり抜けたのだ。
「え――?」
驚きに目を見張る。そのまま手を動かしてみるが、なんの抵抗もなかった。そこで、俺は思い切って前へ進んでみる。閉じられた扉をすり抜けて、俺は別荘の中へ入ることができた。
「この世界で、俺はどういう扱いなんだ……?」
『それは、おそら……く……』
エントランスを抜けてリビングへ出た途端、クリフの言葉が止まる。そこには、兜だけを外した騎士と、ルミエールの姿があったからだ。
そう言えば、クリスハルトの顔を見るのは初めてだが……ということは、あの時の夢は、クリスハルトの視点で展開されていたということか。
「ねえ、ちょっとテラスに出てみない?」
「駄目です。付近の住人はあらかた逃げたはずですが、いつ敵に見つかるか分かりません」
「……じゃあ、夜ならいい?」
「それも控えていただきたいところですが……」
と、俺の前で二人がそんな会話を繰り広げる。明らかに、俺の存在に気付いていない様子だった。ということは、やはり――。
「この世界の人たちには、俺は見えないのか……」
『そう考えて間違いないかと』
「じゃあ、この現象はなんなんだ? 誰かが俺たちに魔術で幻影を見せているのか?」
『それが近いように思えますが……魔力は感じられませんからね』
俺たちは様々な考察をするが、結論が出ることはなかった。と、目の前で仲睦まじく会話をしていた二人が、緊迫した様子で動き始めた。捕縛部隊の襲撃が始まったのだ。
迎撃のため外に出た二人を追いかけて、俺たちも外へ出る。
「やっぱりあの隊長だな」
『先ほど先代に致命傷を負わされたはずですが……』
俺たちの目の前で戦闘が起きる。ルミエールも意外と戦闘力が高いが、やはりクリスハルトの強さが桁違いだった。圧倒的な物量差をものともせず、瞬く間に敵の数を減らしていく。
「凄まじいな……あの分身する奴、俺にもできるか?」
『分身は先代のオリジナルです。召喚した妖鏡像を核にしてご自分の魔力を重ねることで――』
「うわぁ、あの次元斬の射程、百メテル以上あるぞ?」
『魔術にも秀でた方でしたから』
「結局そこかよ!」
クリスハルトたちの奮闘を賑やかに眺めていた俺たちだったが、やがて事態が一変する。ユグドラシルの植物化が始まったのだ。植物化を逃れた二人が別荘へ退避するのを追って、俺たちも屋内へ戻る。
やがて、クリスハルトが古代鎧を外していく。あの夢の通りなら、もうすぐ二人は植物化してしまうはずだ。
「……クリフ、外に出るか?」
俺はクリフに話しかけた。どれくらい先代と仲が良かったのか知らないが、今までの語りようからして、それなりに親しかったように思える。
『いえ、結構です。先代が命を落とした瞬間こそ、何かが起きる可能性が高いのですから』
「……そうか」
それ以上何も言わずに、俺は彼らの最期を見守っていた。二人が固く抱きしめ合い、そして……建物が崩壊し、二人が同時に植物へ変じる。
まっすぐ天高くそびえ立つ木と、それに絡みつくような形で伸長する木。どちらがクリスハルトで、どちらがルミエールなのかはよく分からなかったが、これが彼らの痕跡であることは間違いなかった。
『……』
クリフは何も語らない。だが、念話は心のうちが伝わってしまうものだ。無言ながらも、悔しさや悲嘆といった感情が伝わってくる。
そして、次の瞬間だった。目の前にあった二人の大樹がふっと消失する。それだけではない。半壊していた別荘は綺麗な形に戻っており、森に囲まれていたはずの窓景はのどかな景色を映し出していた
「これは……」
言いかけた瞬間、建物の扉がガチャリと開けられる。そこにいたのは、マントとフードで身を隠した男女の二人組だった。扉を閉めた瞬間、女のほうがバサッとフードとマントを脱ぎ捨てる。
「やっぱりルミエールか……」
そして、男もフードも外す。
『そして先代ですね』
「つまり……ここはずっと、この展開が繰り返され続けている?」
『そのようですね』
記憶通りの動きをする彼らを見ながら、俺たちはそう結論付けた。問題は、それ以上の手掛かりがないということだが……
「もう一度王都へ向かってみるか」
『そうですね』
一部始終を見届けたが、この世界についての情報が少なすぎる。なんとか脱出するためにも、もっと情報を得たいところだ。
「また、あの隊長たちとすれ違うんだろうなぁ……」
そんな予想をしながら、俺たちは足早に王都へ向かった。
◆◆◆
ようやく辿り着いた王都は、激戦の真っ只中だった。王城を割って枝葉を広げたあり得ないほど巨大なユグドラシルと、それに対抗する四人の人間たち。魔法戦士二人と神官二人という構成だが、彼らの技量は人間の域を超越していた。
『手前の戦士が『地神の聖騎士』で、奥の戦士が『天神の聖騎士』だったはずです。そして、あちらは『海神の巫女』と『天神の巫女』ですね』
「手前の白金髪の女性が『天神の巫女』で合ってるな?」
『ええ。……おそらく、主人の想像通りでしょうね』
「そうだよな……」
俺たちが注目している『天神の巫女』には、他の三人とは明らかに異なる点があった。全身が淡く発光しているのだ。最初は神聖魔法によるものかと思ったが、彼女の魔法の行使と連動しているわけでもなく、特別な効果があるようにも思えない。
だが、その青白い輝きには見覚えがあった。この世界へ飛ばされる寸前に、シンシアが纏っていた燐光だ。
「シンシアが『天神の巫女』に同化している可能性はあるか?」
『あり得るでしょう。ひょっとすると、我々も先程まではあんな感じだったのかもしれません』
「クリスハルトと同化していた、ということか?」
『この世界に飛ばされる直前、あの魔術師が『縁』だとか『共鳴』だとか言っていた記憶があります。不確かな推測ですが、鎧もしくは私がこの世界に共鳴して、転移した可能性があります』
「なるほどな……」
だとすれば、当時の『天神の巫女』の魂を持ったシンシアは、誰よりも縁が深いはずだ。目の前の『天神の巫女』に同化していて当然と言えた。
「しかし……どうすればいい?」
なんとかシンシアを『天神の巫女』から引き剥がして、さらに元の世界へ帰還しなければならない。難問だらけの事態に頭を悩ませる。
しばらく悩んだ俺は、『天神の巫女』の目の前に立った。当然ながら、『天神の巫女』に俺の姿は見えていない。彼女は今もユグドラシルを、そして仲間の動向に注視している。
「シンシア、聞こえるか?」
構うことなく呼びかける。『天神の巫女』を包む燐光が、ふっと揺らめいた気がした。だが、それだけだ。何十回呼びかけても、シンシアが分離する様子はなかった。
『駄目ですね。呼びかけに反応してはいますが』
「何かきっかけがいるな。となれば……やっぱりあの時だろうな」
『何か心当りがあるのですか?』
「この戦いのどこかで、『天神の巫女』は天神マーキスをその身に降臨させるはずだ。そして、その時点で『天神の巫女』は命を落とす」
『なるほど、その瞬間を狙うわけですね』
「同化している存在がなくなれば、シンシアが解放されやすくなるかもしれない」
『つまり、弱っている女性の隙に付け入るわけですね』
「嫌な言い方だな……」
そんな会話を交わしつつ、その時を待つ。いつ『天神の巫女』が天神を降臨させるか分からないため、とりあえずは戦いを見守るしかない。
「……それにしても、みんないい腕をしてるな」
いつしか、俺は観戦モードに入っていた。この世界の詳細は分からないが、これだけの戦いを見られる機会は滅多にないからな。
『神々が直接的に力を与えた人間ですからね。少なくとも、五大騎士と同等の戦力と見ていいでしょう』
「あれは『地神の聖騎士』だったか? なんだか親父の戦い方と通じるものがあるな。魔法も使えるみたいだが、自分に威力増幅をかけて殴るのが基本みたいだし」
『技巧的には、もう一人のほうが優れているように見えますが』
「俺もそう思う。あっちは『天神の聖騎士』だったな?」
クリフの指摘に心から同意する。その剣捌きは神業の一言で、『極光の騎士』として戦ってみたい気持ちが湧き起こる。
「おっ、今度は水魔法……か……?」
思わず言いよどんだのは、その規模があまりに規格外だったからだ。王城を覆わんばかりのユグドラシルを無数の激流がさらに覆い、その水圧で巨樹を抉っていく。さらに激流は氷へ転じ、無数の氷刃が内外から敵を破壊した。
「古竜ですら倒せそうだな」
『個人の力でこんな極大魔術を展開するとか、無茶苦茶ですねぇ……』
魔術に査定の厳しいクリフが手放しで称賛するとは、珍しいこともあるものだ。それほどに強大な力の行使だったのだろう。
さすがに弱ったと思われるユグドラシルに追撃をかける四人だったが、ここで事件が起きた。『天神の聖騎士』がユグドラシルに胸を貫かれたのだ。これまで見事な体捌きを見せていた彼だが、長時間の戦いでさすがに動きが鈍っていた。そこを突かれたのだ。
ドサリ、と『天神の聖騎士』が崩れ落ちる。『天神の巫女』は蒼白な表情で駆け寄ろうとするが、ユグドラシルの反撃が激しく、思うように近付けないようだった。
「あれ? まずくないか?」
『四人が三人に減ったのですから、どう考えても致命的ですね』
まさか、この光景は過去のものではなく、別の事象を映しているのだろうか。そう疑った時だった。近くにいた『天神の巫女』の姿が純白の輝きに包まれる。
「――我が肉体、我が魂をもって器となし、現し世に顕現したまえ」
「これが……!」
その詠唱を聞いた俺は、急いで『天神の巫女』の下へ走る。ほぼ同時に、彼女は凛とした表情で天空を仰ぎ見た。
「――天神降臨」
「っ!」
天から降ってきた光柱が『天神の巫女』を覆う。あまりの光量に、昼にもかかわらず視界が白く染まった。だが……。
「シンシアっ!」
俺は大声で叫ぶ。視界が元に戻るのを待っている余裕はない。クリスハルトたちの時は、彼らが植物化した直後に世界が巻き戻された。それなら、この戦いも巻き戻される可能性が高い。その前にシンシアを引き剥がす必要があった。
「シンシア、俺だ! 聞こえているか!?」
ただ白い視界のまま、何度も呼びかける。だが、輝きが収まった後も、『天神の巫女』を覆う青白い燐光は揺らめくばかりだった。
「――我を喚ぶことが叶ったか。希代の巫女よな」
そして彼女は口を開く。その声も表情も、先ほどまでの『天神の巫女』とはまったく違う。これが降臨した天神マーキスだと、直感的に分かった。
だが、俺には関係のない話だ。俺は『天神の巫女』……いや、天神マーキスの両肩を掴むと、もう一度呼びかけた。
「シンシア、帰ってこい! ――え?」
そして、叫んでから気付く。俺の両手は、たしかに彼女の両肩を掴んでいた。
「森妖精の末裔よ。汝らもこの世界の一員と寛恕していたが……もはや捨て置くことはできぬ」
天神は一歩踏み出す。その過程で、目の前にいた俺をすり抜けて。
「――ミレウス、さん……?」
そして俺の目の前には、ほのかに蒼白く輝くシンシアの姿があった。先ほどまで同化していた『天神の巫女』フィリスの姿ではない。シンシア自身の姿だ。
「どうやら、上手くいったようだな」
「あの、ここはどこですか?」
状況が呑み込めていないようで、シンシアはきょろきょろと周りを見回す。そして、聳え立つユグドラシルを目にして身体を強張らせた。
「シンシア、落ち着け。あれは過去の映像だ」
確証もないままに言い切る。混乱している彼女を落ち着かせるには、それくらいは必要だろう。
「過去の映像、ですか?」
シンシアは首を傾げる。だが、少しは落ち着いた様子だった。
「どうして、そんなこ――」
だが、次の言葉は途中で止まった。再び視界が真っ白に染まったからだ。その光量は先程の比ではない。同時に、俺たちの足下が崩れる感覚があった。
「っ!?」
よろめくシンシアを左腕で支えて、視覚以外の全感覚器を総動員させる。凄まじい振動と、それにしては緩やかな落下感。それは不思議な感覚だった。
あまりに長い時間を経て、ようやく振動と落下感が消失する。少し遅れて、視界もゆっくりと回復していった。そして――。
「え……?」
景色の違和感に戸惑う。ユグドラシルが真っ黒に炭化していることは分かるが、それはある程度予想していたことだ。違和感の正体は、それ以外の何かだ。
そう訝しんで周囲を見渡した俺は、ふと気付く。近くの景色ではない。遠景にこそ答えがあった。
「まさか……さっきの攻撃で王都全体が沈んだのか」
沈下した深さは百メテル近いだろうか。マーキス神がユグドラシルを攻撃した余波なのか、それとも根を張った場所から引き離したかったのかは分からないが、大規模な地殻変動が起きたことは間違いなかった。
「そんな……これって」
周囲を見回して、シンシアは呆然と呟く。だが、俺は別のものに注視していた。
「復活するぞ……!」
さすがと言うべきか、天空神から強烈な攻撃を受けたユグドラシルは、それでも再生を始めていた。炭化した樹皮がボロリと剥がれ落ち、内側から新しい樹皮が現れる。
「ふむ。この器での限界出力だったが……倒しきれぬか」
『天神の巫女』フィリスの身体から、超然とした声が聞こえてくる。やがて、マーキス神は『海神の巫女』のほうを振り向いた。
「海神の娘よ。力を貸すがいい」
「は、はい!」
緊張のあまりか、『海神の巫女』は裏返った声で答える。それを気にした様子もなく、天神は言葉を続けた。
「この器の出力では、妖樹を完全に滅することはできぬ。よって、封印を施す」
そして、マーキス神の指示のもと、『地神の聖騎士』も協力して、ユグドラシルの封印がなされていく。
「地中深くに沈めたのは幸いであった。このまま土をもって覆い、すべてを地中に埋める。地神の子よ、力を借りるぞ」
途端、天空から膨大な量の土砂が現われ、王都全体に降り注ぐ。だが……。
「土砂を弾くか。この都の守り神にでもなったつもりか?」
「申し訳ありません、俺の――私の力が足りないばかりに」
マーキス神の呟きに、『地神の聖騎士』が気まずそうに謝罪する。
「汝の罪ではない。巫女と聖騎士では、権限行使の上限が異なる。……仕方あるまい。都の内部に土砂を侵入させるのではなく、その上部に岩盤を設ける」
あまりにスケールの大きな構想をさらりと口にすると、マーキス神は力を行使する。やがて、遠方から少しずつ岩盤という屋根が迫り、ついには王都を覆いつくした。
完全に天空から切り離されても明るいのは、ユグドラシルを封印している輝きのおかげだろうか。
「こんなところか。……さて、汝らを地上に送り届けねばな」
「天神様。他にもこの都に攻め込んだ仲間がいるはずなんですが、一緒に送ってもらえますかね?」
「ちょ、ちょっと! マーキス様に向かって――」
『地神の聖騎士』の提案を畏れ多いと感じたのか、『海神の巫女』が慌ててその手を引く。だが、天神は気を悪くした様子もなく頷いた。
「よかろう。その程度は造作もないことだ」
そして、マーキス神から光が迸る。その直後、『地神の聖騎士』と『海神の巫女』の姿が消え去った。一拍遅れて、天神もその姿を消す。地上へ転移したのだろう。
「えっと……どうしたものかな」
取り残された形の俺は、思わず呟いた。『天神の巫女』が絶命した後も、延々と話が続いているわけだが、一体いつ巻き戻るんだろうか。それとも、巻き戻らないのか。もしそうだとすると、どうやって地上へ出たものだろうか。
そう考えていると、シンシアがおずおずと口を開いた。
「あの……ミレウスさん。一体何が起きているのか、教えてもらってもいいですか?」
おっと、そうだった。シンシアは何が何だか分かっていないはずだからな。俺は封印されたユグドラシルにちらりと視線を向けると、これまでの経緯を話し始めた。