神代Ⅰ
あまり広くはないが、内装や調度品は豪華なものが揃えられている邸宅。そのリビングでは、エルフの男女が隣り合って座っていた。
「今のところ、上手く行っているわよね?」
「はい。ですが油断は禁物です。今の私たちにとっては、人間もエルフも敵なのですから」
「そう、よね……」
女は悲しそうな表情で頷く。男はそっと手を伸ばすと、彼女の手を包みこんだ。
「姫、今だけの辛抱です」
「ええ、分かっているわ。もともとは、私が言い出した話だもの。それより――」
と、女は沈んだ表情を一転させて、拗ねたような顔に変わる。
「クリスハルト。二人の時は『姫』と呼ばないでって言ったでしょう?」
「……そうでしたね」
クリスハルトと呼ばれた男の表情がふっと緩んだ。
「ルミエール。……これでよろしいですか?」
「うふふ、よくできました。あとは敬語をなくせば完璧ね」
名を呼ばれた女性は満足げに微笑んだ。自分の手から離れようとしたクリスハルトの手を捕まえると、今度は自分の手で包み込む。
「ねえねえ、あの鳥さん、優美で可愛かったわね! ……王宮で飼えないかしら」
「たしかに美しい鳥でしたが……あれでも制御ユニットですからね」
「あら、ユグドラシルがなくなれば、ただの可愛い鳥さんよ?」
ルミエールは楽しそうに笑う。その快活な表情はよく似合っていて、本来の彼女の性質を示しているようだった。
「あの鳥にはかわいそうなことをしましたが……事がすべて終われば、助け出してもいいかもしれませんね」
「絶対よ? あんな殺風景なところ、あの子には似合わないわ」
「防衛施設ですからね……ですが、場所としては悪くないはずです。私が最高権限を持つ施設ですし、結界発生装置の魔力が尽きた以上、もう出入りするエルフはいませんから」
クリスハルトは、大人しく眠りについた制御ユニットの姿を思い出す。ユグドラシルが暴走しても、空にいれば影響を受けない。そんな安易な発想から鳥をベースにしたらしいが……アレには確実に知性があった。
クリスハルトたちの目的を理解した上で、彼らに付いてきたフシもある。そんな生物を封印施設へ閉じ込めたことへの罪悪感はあった。
「早く会いたいわ」
ルミエールは我慢できない様子で身体を揺する。大国の王女としては褒められたものではないが、彼女が活発な気質であることは誰もが認めるところであり、クリスハルトが彼女に惹かれた理由でもある。
「だからと言って、今すぐ抜け出さないでくださいよ?」
彼女の思い付きに幾度となく付き合い、様々な事件に身を投じたクリスハルトだが、今回は危険度が違う。彼らは王家が使う秘密の別荘地の一つに身を隠しているが、少し離れた王都では、エルフをはじめとした王国軍と、神々を味方につけた人間軍が激突しているはずだ。
「もちろんよ。あなたを危険に晒したくないもの」
すべての知性体を植物へ還すユグドラシル計画。その計画を頓挫させるため、ユグドラシルの起動キーと制御ユニットを盗み出した二人だが、そろそろ王国に気付かれる頃合いだ。
そして、そもそもエルフは人間軍の敵だ。人間軍の旗印である聖騎士や聖女たちとは話をつけているが、それが末端まで伝わっているとは思えない。人間軍に発見されれば、間違いなく戦いになるだろう。
「それは私の台詞です」
「うふふ、気が合うわね」
ルミエールは微笑む。王族でありながら、自国に弓を引く決断をした女性。その結果として生じる犠牲の重さを飲み込んだ上で、それでも彼女は笑顔を浮かべようとしていた。
「……でも、こうやってじっと身を隠すなんて久しぶりね。水精霊を怒らせて、祠に逃げ込んだ時以来?」
「賢者の塔に乗り込んで、見事に罠にかかった時もそうでしたよ? それに、うっかり竜人の聖域に足を踏み入れた時も」
クリスハルトはスラスラと答える。この手のエピソードであれば、十や二十は簡単に浮かんでくる。それは何物にも代えがたい、彼女との思い出だ。そんな思い出を二人で話し合っていると、不意にルミエールが真剣な表情を浮かべた。
「……クリスハルト、ありがとう」
「突然どうしたのですか?」
唐突な謝意に、クリスハルトは首を傾げる。それでも、彼女はまっすぐ彼を見つめていた。
「あなたがいなければ、私は様々な思いを胸に封じ込めたまま、大人しい王女として振る舞っていたわ」
「そんなことは……」
「クリスハルトがいてくれたから、私は無茶なことだってできた。思いを外に出すことができた。……本当にありがとう」
そう言って微笑む彼女に見惚れる。やがて、はっと我に返ったクリスハルトは、それをごまかすように咳払いをした。
「せっかくですから、感謝の言葉として受け取っておきますが……神妙な態度は貴女らしくありませんよ?」
「もう! せっかく真面目にお礼を言っているのに」
そして二人で笑う。こうして別荘地に身を隠していたことも、いつか思い出話にできるのだろうか。そんなことを考えながら、クリスハルトは王都の方角へちらりと視線を向けた。
◆◆◆
「――クラウディアたちはどうしているかしら」
「打ち合わせ通りであれば、ニルス湖のあたりで物資を手配して、私たちを待っているはずです」
「無事に王都から脱出できたわよね?」
「ええ。人間軍とは逆方向ですからね。姫……ルミエールとの合流を心待ちにしていることでしょう」
エルフ族の総意に見えるユグドラシル計画だが、クリスハルトたちのように計画に異を唱えた者も少なくはない。
もちろん、王国の実権を握っている王族や貴族は、妄執に取りつかれたかのようにユグドラシル計画を進めようとしている。だが、一部のエルフは計画に見切りをつけて、王都を脱出していた。
「ルミエール、大丈夫ですか? いくらユグドラシルを止めるためとはいえ、その……」
彼女は直系王族だ。幼い頃から自国に対する愛や誇り、そして責任を感じて育ってきている。そんな彼女が、王国を滅ぼすために人間軍と手を組んだ。その苦しみは、クリスハルトには理解しきれない大きさだろう。
「私たちだけでは計画を止められなかった。もう人間たちに頼るしかない。その時点でエルフの時代は終わったのよ」
彼女は遠い目をして語る。
「誰かが言っていたわ。森妖精の末裔である私たちは、石の街で長く暮らしていると変調をきたすのではないか、って」
「ユグドラシル計画が進められた理由もそこにあると?」
「さあ、どうかしら……なんであれ、次は彼らの時代よ。願わくば、彼らが私たちのように他種族を差別しなければいいのだけど」
「……そうですね」
頷きながらも、クリスハルトはその点について悲観的だった。よくも悪くも、人間種はエルフと変わらない。勢力図が変わるだけだろう。
まして、自分たちは人間を虐げてきたエルフなのだ。虐げられる側に回った途端に、差別するなと声を上げるのは、あまりに図々しいという思いもある。
――と、そんな時だった。
『主人、ご歓談中に失礼します。敵性と思われる反応が多数、こちらへ向かってきます』
「なに!?」
魔導鎧に宿る人工精霊の警告を受けて、クリスハルトは思わず腰を浮かせた。その様子で察したのか、ルミエールの表情も引き締まる。
「敵性反応が近付いているようです」
「そんな……」
「様子を見て、必要であれば迎撃してきます。貴女は隠れていてください」
「ううん、私も行くわ。いくらクリスハルトでも、四方八方からこの別荘に侵入しようとする敵には対処できないでしょう? 目に見える場所にいたほうがいいはずよ」
「……」
ルミエールの主張にも一理あった。規格外の魔導鎧を与えられた五大騎士の一角とはいえ、建物の中は死角だ。いつの間にか屋内に侵入され、ルミエールが拉致される可能性は否定できなかった。
「……私の傍を離れないように」
少し悩んだ後で、クリスハルトは許可を出す。ルミエールは魔術に優れており、護身術として身に着けた体術もなかなかのものだ。そして何より、知らない間に拉致されるという可能性は見過ごせなかった。
「ええ、もちろんよ」
彼女は嬉しそうに笑うと立ち上がった。すると、魔導鎧の人工精霊が苦笑交じりの声を上げた。
『主人は王女殿下に甘いですねぇ……』
『今さらだろう?』
『まあ、そうですね』
そんなやり取りの後で、二人は建物の扉から外へ出る。物音から察してはいたが、数百人の兵士たちが別荘を取り囲もうとしていた。
出てきたクリスハルトに気付き、一人の男が進み出る。騎士団の大隊長を務める人物だ。その顔には見覚えがあった。
「出てきたな、裏切り者が! ルミエール殿下を今すぐ解放せよ!」
「……」
クリスハルトは反論しない。自分が敗れてルミエールが捕まった場合でも、すべての罪をクリスハルトに押し付けてしまえば、彼女の罪状は軽くて済むだろう。そんな計算があった。
「違うわ! 私は私の意思でここにいるの。巻き込まれたのはクリスハルトのほうよ」
だが、隣の王女はそんな計算を一瞬で台無しにした。そんな彼女の行動にクリスハルトは溜息をつくが、ひとりでに口角が上がるのは抑えられなかった。
「王女は裏切り者に誑かされ――いや、ショックで混乱しておられるのだ! おのれクリスハルト、近衛騎士団長でありながら、貴き方々の信頼を裏切った罪は重いぞ!」
どうやら、王女の翻意というややこしい現実は認めないことにしたらしい。だが、クリスハルトにとっては好都合だ。
「……どうしてここが分かった?」
そして、ついでとばかりに気になっていたことを尋ねる。
「裏切り者は、自分も裏切られるのだよ。……クク、人間なぞと手を組むからこうなる」
「な――」
その言葉に目を見開く。五大騎士の一人が再び人間に牙を剥く可能性を考慮して、エルフ軍との共倒れを狙ったということか。あるいは、人間が大陸の支配者となった時に邪魔になると判断したのか。
「……そう言えば、人間軍との最後の打ち合わせの後で、護衛と称した兵士が付いてきていたわね」
クリスハルトにしか聞こえない声量でルミエールが囁く。
「最後に撒いたつもりだったが……今は味方だからと甘く見ていたか」
クリスハルトは自分の迂闊さに唇を噛み締める。だが、今さら後悔しても意味がない。今できることは、この場を切り抜けること。自分にそう言い聞かせると、彼は剣を抜いた。
「悪いが、お前たちに彼女を渡すつもりはない。――決戦仕様」
『了解しました。決戦仕様、起動します』
魔導鎧の能力が引き上げられ、全身から変色光が迸る。その光の意味を知っている敵兵たちに動揺が走った。
「怯むな! 我々の魔導鎧は最新型だ! 奴の鎧に引けは取らん!」
『……言ってくれますね。新しいだけの劣化型のくせに』
敵隊長の鼓舞を聞いたのだろう、ムッとした様子の念話が入ってくる。
『なら、性能の違いを見せつけてやろう』
『ええ、望むところです』
そして、クリスハルトは群がる兵士たちをなぎ倒していった。十人に分身し、方々から激しい雷撃を浴びせる。魔法を乗せた衝撃波を乱射し、氷雪の竜巻で吹き飛ばす。魔術に優れたルミエールの援護もあり、敵兵は瞬く間にその数を減らしていった。
「くそ……っ! あいつは化物か!?」
「そうかもしれんな」
「ぐ――」
焦りを見せた大隊長を次元斬で斬り裂く。百メテルにも及ぶ長大な魔法剣を振り回したことにより、百人単位で敵兵が崩れ落ちた。
――これなら切り抜けられる。
と、クリスハルトが手ごたえを感じた瞬間だった。彼の背筋をゾクリと悪寒が走り抜ける。
「クリスハルト!」
近くで戦っていたルミエールが駆け寄ってくる。問いかける間もなく、彼女は二人の周囲に結界を展開した。その直後――。
「うわぁぁぁっ!?」
「な、なにが――!?」
「俺たちが、どうして!?」
二人の前に展開されたのは、悪夢のような光景だった。彼らを取り囲んでいた兵士たちが、次々に植物へと変貌していく。
「助けてく……」
救いを求めて伸ばされた指先が硬質化し、やがて小枝に変わる。兵士の苦悶の表情は樹皮に覆われ、禍々しい模様へと変貌した。
「ユグドラシル……!」
目の前で繰り広げられる惨劇に、クリスハルトは唇を噛み締めた。そして、同時に理解する。彼らは王女と近衛騎士団長を捕らえるよう指示されたのだろうが、実体はただの足止めだ。
ユグドラシルは、制御ユニットがなければ細かい操作ができないが、逆に言えば、大まかな操作は可能だ。たとえば、直径数百メテルほどの広範囲に対して、まとめて植物化を仕掛ける程度には。
「でも、起動キーは私たちが封印したのに……」
ルミエールの視線が魔導鎧の兜に向けられる。だが、クリスハルトは首を横に振った。
「製作者である陛下ご自身であれば、起動キーがなくても操作は可能だったのでしょう」
だからこそ、二人は制御ユニットを狙ったのだ。アレは数年がかりでようやく完成したものだと知っていたがゆえに。
「あ……」
また一人、エルフが木へと転じる。まだ植物化していなかったということは、魔法抵抗力が強かったのだろう。だが、今もユグドラシルの『植物化』は続いており、残った数十人も時間の問題と思われた。
「ルミエール、別荘の中へ」
すっかり森へと変貌した周囲から目を背けると、クリスハルトは彼女の手を引いた。王族の別荘だけあって、この建物には高レベルの魔法防御能力が備わっているからだ。
「ええ……」
そうして屋内に避難した二人だが、ルミエールははっとした様子で立ち止まった。彼女はしきりに耳を触っては、辺りを見回している。
「どうかしましたか?」
まさか耳に植物化の兆候が出たのだろうか。そう懸念するが、彼女のすらりと伸びた耳は相変わらずだ。
「――いの」
「は? すみません、もう一度お願いします」
聞き取れなかったクリスハルトは、今度こそ耳を澄ませて彼女の言葉を待った。
「あなたが贈ってくれたイヤリングがないの! さっきの戦いで落ちたんだわ……!」
「……はぁ」
意外な返答に拍子抜けするが、彼女は本気で狼狽しているようだった。もう一度外へ出ようとしたのだろう。くるりと身を翻した彼女を、クリスハルトは慌てて捕まえた。
「今はそれどころではありません」
「でも、あれは私たちの――」
「命のほうが大切です」
きっぱりと断言する。その声に不動の意思を感じたのか、ルミエールはしゅんとした様子でクリスハルトに向き直った。
「イヤリングなら、またプレゼントして差し上げますから」
「……約束よ?」
自分の中で整理をつけようとしているのだろう。瞳に涙すら浮かべていた彼女は、ぎこちない笑顔を浮かべてみせた。
「ええ、約束です」
そう答えると、クリスハルトは窓から外の様子を窺った。見晴らしのよかった景色はもはやなく、鬱蒼と生い茂る木々に囲まれている。森妖精の末裔とはいえ、その木々の成り立ちを考えれば、とてもくつろげるものではない。
「大勢の人を巻き込んでしまったわね」
クリスハルトの視線を追って、同じことを考えたのだろう。ルミエールは神妙な面持ちで呟く。無意識下でまだ気にしているのか、彼女はしきりに耳に手をやっていた。
「いくら陛下でも、ルミエールを植物化させることはない。そう予想していたのですが……」
こんなことなら、危険を冒してでも王都から脱出するべきだった。そんな後悔が胸に湧き起こる。
「あの人は、自分以外にはあまり興味がないもの。娘だという認識があったかも怪しいわ」
ルミエールは悲しい、というよりは懐かしげな表情を浮かべた。そして、言葉を続けようとして――。
「っ!?」
優れた魔術師でもある二人は、同時に身を強張らせた。あり得ないほど強大な魔力が周囲に集められている。その魔力はゆっくりと、だが確実に二人が立て籠っている建物へ集束していた。
「これは……」
切り抜ける術はない。二人がいかに優れた魔術師であろうと……いや、優れた魔術師であるからこそ分かる。どれだけ知恵を絞り、力を合わせようと、この魔力に抗うことはできない。
「クリスハルト……」
身を寄せたルミエールの顔は蒼白だった。無理もない。彼女の身体が植物と化す未来を幻視して、クリスハルトは歯を食いしばった。
「どうにかして、私が血路を開きます。ですから、貴女だけは――」
「駄目よ。あなたが一緒に来ないなら、私はここに残るわ」
ルミエールは凛とした表情で告げる。その顔はまだ青ざめていたが、長い付き合いだ。こうなった以上、彼女が意見を曲げることはないだろう。クリスハルトはそのことをよく知っていた。
ギシギシと建物が軋む。物理的な負荷はないはずだが、建物にかけられた魔法の護りが限界を迎えており、それが接続された建物を軋ませているようだった。もう、時間はない。
「……」
しばらくの逡巡の後、クリスハルトはルミエールから身を離した。どこへ行くのかと言いたげな彼女に首を振ってみせると、全身を覆う魔導鎧を手早く取り外していく。
『……主人?』
「私が樹木と化せば、鎧が内圧でバラバラになるかもしれないからな。せめて、お前は無事でいてくれ」
クリスハルトは敢えて肉声で答えを返す。それはルミエールに聞かせるためのものでもあった。
『ですが!』
「いくらこの鎧でも、迫っている魔力には耐えられない。そうだろう?」
『……はい』
伝わってきた念話は、聞いたことがないほど悲嘆に満ちたものだった。それでも、気休めの嘘は言わない。それは彼の美点だ。
「それに、お前だけを気遣ったわけじゃない。……鎧越しでは、満足にルミエールを抱きしめられないからな」
冗談めかして伝えると、ぽつりと念話が返ってくる。
『分かり……ました』
その言葉と同時に、クリスハルトは最後のパーツを身体から外した。もう二度と、この鎧を身に着けることはないだろう。彼は背筋を伸ばすと、魔導鎧に向けて敬礼した。
「……クリフ、これまで世話になった。色々と不満のある主人だっただろうが、君には心から感謝している」
そして、魔導鎧に向かって微笑みかける。
「――次は、いい主人に巡り会えることを祈っているよ」
『……っ』
クリフから明確な返答はない。だが、それを催促するほどクリスハルトは無粋な男ではなかった。
「クリスハルト……」
そして、腕の中にするりと潜り込んできたルミエールを抱きしめる。
「最後まで守ると誓ったのに……申し訳ありません」
そう謝罪すると、恋人は腕の中で首を横に振った。
「謝ることなんてないわ。それに、あなたと一緒だもの。数あるエンディングの中では、悪くない終わり方じゃないかしら」
ルミエールは顔を上げると、柔らかな微笑みを浮かべた。だが、こうして密着していれば、彼女が震えていることは自ずと分かる。
「ルミエール……」
クリスハルトは腕に力をこめて、恋人を強く抱きしめた。彼女の震えがそれで止まればいい。そう考えながら。
同時に、彼の背中に回されたルミエールの腕にもぎゅっと力がこもる。精一杯の力でお互いを密着させた二人は、もはや一つの存在のようだった。そして――。
結界ごと建物を破壊した魔力が、二人を塗りつぶした。