魔導子爵Ⅷ
「ここは……?」
まず認識したのは、雑多な音の波だった。無音の空間に慣れていた俺は、突然の情報量に翻弄される。次いで、視覚で状況を確認しようと、俺は意識的に周囲を見回した。すると――。
「何が起きているんだ?」
俺は戸惑った声を上げる。なぜなら、部屋が数十倍の広さになっているからだ。よく見れば、遠くの壁際には子爵の従者ダルスと護衛の男が立っている。
『これは……空間が引き延ばされているようですね』
「引き延ばすって、なんのために?」
『それはもちろん、お二人の戦いで皇城に被害が出ないようにでしょう』
予想はしていたが、部屋の中心部では魔法が激突していた。レティシャとフレスヴェルト子爵は、部屋の中心で目まぐるしく位置を入れ替えて攻防を続けている。
「レティシャのあんな険しい顔、初めて見たな」
『それ、本人には言わないことをお薦めします。きっと主人のためでしょうから』
「分かってるさ」
そして、俺は魔術師たちの戦いに目を向ける。青白い光鎖が子爵を捕らえたかと思えば、赤い霧が光鎖をバラバラに分解し、その紅霧は金色のベールに包まれて跡形もなく消えていく。
音もなく床の魔法陣が浮き上がり、紫闇色の檻となってレティシャを飲み込もうとするが、天井の魔法陣から紅の光線が降り注ぎ、檻を消滅させる。さらに、レティシャが指輪を掲げると横手から灰色の光線が迫り、二人はさっとその場から飛び退く。
それらは、傍目から見ても凄まじい戦いであることに間違いない。だが、魔力が見えるようになった俺には、それ以上の情報がもたらされていた。
「この部屋って、いろんな魔力で埋め尽くされていないか?」
『ふむ、先ほどの境地は亜空間だけの奇跡ではなかったようですね。……その通りです。様々な指向性を持った魔力が一帯に撒かれています。おそらく、お二人の仕込みでしょう』
憎まれ口を叩きながらも、クリフは丁寧に解説してくれる。たしかに、魔術の行使に呼応して、散らばっている魔力が魔法へと形を変えている。
「魔術師って、いつもこんな戦いをしてたのか……?」
『いえ、これは例外です。超一流の魔術師同士でなければ、こんな混沌とした魔力図にはなりません』
それを聞いてほっとする。と――。
「なんだ?」
突然、俺の正面に白い光壁が出現した。一拍遅れて、赤黒い蔦が俺へと迫り、光壁に阻まれては消えていく。その光景を見つめていると、飛んでいたレティシャが俺の隣に降り立った。
「ミレウス!」
わずか二メテルほどの距離を、彼女は走って詰める。
「無事だったのね、よかった……!」
「結界自体は無害な空間だったからな」
俺の実在を確認したかったのか、レティシャの手が鎧に触れる。その感触で確信を得たのだろう。彼女の表情が少しだけ柔らかいものへと変わった。
「静寂の方舟から自力で帰還しただと!? 馬鹿な……!」
対して、フレスヴェルト子爵は驚愕していた。あの結界に絶対の自信を持っていたのだろう。
「あり得ん……まさか、『極光の騎士』は本当に当代最高クラスの魔術師だというのか」
そして、彼は俺をギロリと睨む。同時に、俺の傍に敷設されていた魔力が動き出す。――魔術が来る。そう思った瞬間、俺は無意識に剣を振るっていた。脱出に使用した解呪の魔法剣の効果が残っていたため、剣の軌跡が白い残像を生み出す。
「な――」
今度こそ、子爵は絶句していた。目を見開いて口をパクパクさせている。そして、驚いているのは彼だけではない。
「今……魔法の構造を斬ったわよね? 発動する前の魔力の構造体を破壊するなんて……」
「いい修業だった」
その一言で察したのだろう。レティシャは呆れたように笑った。
「もう、本当にあなたって……」
その瞬間、彼女の魔力が目に見えて活性化した。そして、彼女は凛とした表情で子爵を睨みつける。
「この人が帰還した以上、遠慮する必要はなくなったわ」
その言葉を受けて、フレスヴェルト子爵は大仰に肩をすくめた。
「まるで、これまでは手を抜いていたような言い草だね」
「少なくとも、彼の捜索に回していた魔力や注意力をあなたへ向けられるもの」
レティシャの宣言を受けても、彼は鷹揚な笑みを浮かべるばかりだった。
「君は本当に多彩な才能を持っている。だが、残った魔力はそう多くないはずだよ。空間の拡張に彼の捜索にと、魔力を使い過ぎたからだ」
「好きに思っていればいいわ。こうなった以上、貴方と対決を続ける必要はないけれど……今さら終わるつもりはないでしょう?」
「分かってくれて嬉しいよ、我が愛娘」
レティシャは言葉を返すことなく、ゆっくりと歩を進めていく。子爵との距離が少しずつ縮まっていき、一歩ごとに魔法がぶつかり合う。
もはや俺に構う余裕はないのだろう。子爵が俺に対して魔術を使う様子はなかった。
「光鎖結界」
レティシャが自分の首飾りを引き千切ると、青白い光鎖が四方八方から子爵を取り囲む。その数は十数本に及び、子爵の姿が見えなくなった。だが、内側からの圧力で鎖は弾け飛び、光の粒子となって消えていく。
「竜の咆哮!」
「――精霊の嘆き」
子爵とレティシャの魔法が激突し、形容しがたい音を発して消滅した。古代鎧に守られている俺でさえ、顔を顰めるような音だ。ちらりと視れば、従者の二人は苦しそうに耳を押さえていた。そして――。
「圧壊領域」
「――っ!?」
子爵が魔法を放った直後、レティシャが床に膝をついた。立ち上がろうとするレティシャだが、上手くいく様子はない。
「重力魔法か……!」
俺たちにかかる重力はそれほどではないが、術の中心にいるレティシャにはかなりのダメージがあるはずだ。
『予想外でしたね。これまでは、両者ともに捕縛魔法ばかり使っていましたから。レティシャ殿も不意を突かれた様子でした』
「子爵がなりふり構わなくなってきたということか」
『そうかもしれません。主人、万が一に備えてご準備を』
「ああ」
そうして俺が剣に手を掛けた時だった。ふと、聞き覚えのある歌声が聞こえてくる。しかも……その歌声は一つではない。
「ぐっ……!? これは、呪歌のほうが本体か……っ!」
レティシャの歌声の向こう側から、子爵の焦った声が聞こえてくる。見れば、ちょうど彼が膝をつくところだった。そんな彼を、四方八方からレティシャの歌声が追い詰める。
「まるで合唱だな……」
『どうやら、音源は引き千切られた首飾りの破片のようですが……なるほど、あの時の光鎖はブラフでしたか。金鎖の首飾りだっただけに、引っ掛けられましたね』
「じゃあ、あの首飾りが拡声魔道具のような役割を果たしていたのか?」
感心した様子のクリフに尋ねると、彼はすぐに答えを返してきた。
『さらに言えば、魔力ごと呪歌を増幅・反射させたのでしょう。非常に興味深いですね』
そんな話をしていると、膝をついていたレティシャが立ち上がった。逆に倒れ伏した子爵に向かって、彼女は艶やかに微笑む。
「呪歌の輪唱……楽しんでもらえたかしら」
「……」
もはや子爵から返事はない。目を閉じているが、殺したとは思えないし、昏睡させた程度だろう。問題は、魔法対決に負けた子爵が、大人しく国へ帰るかということだが……。
そんなことを考えながら、俺はレティシャの傍へ駆け寄った。立ち方が覚束ないことからすると、もう魔力が残っていないのかもしれない。
「レティシャ、動けるか?」
「ええ、なんとかね。それより……ごめんなさい。まさか、あなたを亜空間に閉じ込められるなんて。迂闊だったわ」
レティシャは本気で落ち込んでいる様子だった。まあ、俺が逆の立場なら、同じことを考えただろうが……。
「あの亜空間のおかげで得たものもあるしな」
「それって……魔法の構造を斬ったことよね? いったい何があったの?」
「実は――」
そんな話をしていると、後ろから俺たちに近付く気配があった。ダルスだ。「お館様ぁぁぁ!」と叫びながら、一目散に子爵を目指している。少しタイミングが遅い気もするが、従者としては当然の反応だろう。
「……ん?」
だが、その様子を見ていた俺は首を傾げた。何かがおかしい。そう悩む俺の視界に、もう一人の従者である護衛の剣士の姿が映る。彼もまた職務に忠実であろうとしたのだろう。ダルスとは逆の方向から、子爵を目がけて走り寄ってくる。
だが、そんなはずはない。ついさっきまで、ダルスは護衛の剣士と同じ場所にいたはずだ。彼がわざわざ大回りして、俺たちと軌道が交わるように位置取りをした理由はなんだろうか。
――彼の懐に、何らかの魔道具があったはずです。
不意に、かつてのクリフの警告が甦る。そうだ、ダルスが古代文明時代の魔道具を持っていると、俺は警告を受けていた。
「レティシャ!」
ダルスが俺たちを追い越す瞬間、俺はとっさにレティシャを引き寄せた。何かが鎧の前腕部に触れ、金属同士が擦れるような音が生じる。彼がレティシャに何かを刺そうとしていたことは間違いなかった。
「なんのつもりだ」
俺はレティシャを庇って前へ出た。魔力を使い果たした彼女に、これ以上負担をかけるわけにはいかない。
「……む?」
だが、ダルスの行動は予想だにしていないものだった。気絶しているフレスヴェルト子爵のほうへ走り去ったのだ。まさかとは思うが、今になって従者の本分を思い出したのだろうか。
「いったい何を……?」
レティシャも訝しんだ様子で口を開く。だが、そんな俺たちの疑問はすぐに解消された。懐に隠し持った何かを、ダルスは気を失ったフレスヴェルト子爵の背中に突き刺したのだ。
「なんだと!?」
理解できない行動に、思わずレティシャの顔を見る。だが、魔術師である彼女もまた、ダルスの行動が理解できない様子だった。
「ダルス殿! 何をしている!」
そして、それは護衛の剣士も同じことだったらしい。傍から見れば、倒れた護衛対象に凶器を突き立てられたようなものだ。行いを咎めるのは当然と言えた。
だが、ダルスは答えない。それどころか、くるりと身を翻して誰もいない方向へと駆け出していく。
「部屋から出るつもりだ!」
行く手の先に扉があることを確認すると、俺は声を上げた。幸いにも、部屋の中はレティシャの魔法によって広げられている。すぐに外へ出られるようなことはなかった。
「施錠」
そして、ダルスが扉に辿り着いた頃には、レティシャの魔法が完成していた。ダルスがどれだけドアノブを回そうと、扉はまったく開く気配がない。
「くそっ!」
毒づくダルスを放っておいて、俺とレティシャは部屋の中央へ近付いた。子爵の様子を確認するためだ。
「アレはなんだろうな」
「さあ……ただの凶器じゃなさそうだけど、この距離じゃ分からないわね」
まあ、そうだろうな。もう少し近付かなければ、何がなんだか分からない。と……。
「なんだ!?」
倒れている子爵の背中から、何かが凄まじい勢いで噴き出る。それが子爵の魔力であり、不思議な在り方を規定されているということはなんとなく分かった。魔力はやがて姿を形作り、黒い死霊としてこの世界に顕現する。
「あの魔道具が魔力を吸い取って、死霊を生み出したということ!? じゃあ、彼は……」
「本命はレティシャ、次点で子爵だったようだな」
なぜ従者であるダルスが子爵を陥れるようなことをしたのか。俺とレティシャは、同時にその結論に至った。だが、今はダルスを問い詰めている時ではない。
「レティシャ。あの死霊の強さはどれくらいだ?」
「分からないけれど、かなり密度の濃い魔力構成よ。刺された人間の魔力を吸い出して利用するなら……これ以上ないくらい酷い組み合わせだわ」
なんと言っても、宿主は魔導子爵だからな。ふんだんに魔力を吸い上げることができるはずだ。
「私と違って、あの人は魔力を温存していたから、余計に性質が悪いわね……」
そして、俺たちはさらに子爵と、彼と繋がっている死霊に近付いていく。一定の距離まで近付いたところで、俺はレティシャを手で制した。
「レティシャはここまででいい。もう魔力が残っていないだろう」
「でも、相手は実体が希薄な死霊よ? ミレウスだけじゃ……」
「古竜やユグドラシルに比べれば、どうということはない」
あえて『極光の騎士』の声で答える。その切り替えにクスリと笑うと、レティシャは立ち止まった。
「そうね、貴方の足手まといにはなりたくないわ。……でも、万が一の時は介入するわよ?」
「ああ」
そう答えると、俺は剣を抜いて駆け出した。死霊はまだ活動らしい活動をしていない。可能であれば、先制攻撃で倒してしまいたかった。
「まずは――」
俺が狙いを定めたのは、倒れた子爵の背中に刺さったままの、ほんの小さな小刀だ。この魔道具が刺さっている間は、子爵から死霊へ潤沢な魔力が提供されている。さっさと破壊するべきだろう。
そう判断した俺だったが、同じことを考え、そして実行に移した人物がもう一人いた。子爵の護衛剣士だ。どうやらダルスと組んでいたわけではないようだ。
彼は子爵に刺さった魔道具を手で引き抜こうとしているが、なかなか抜けそうにない。やがて、彼は立ち上がると、一歩下がって剣を抜く。
「はっ!」
彼の気合の籠もった一閃が、的確に小刀の中心を捉えた。だが……。
「阻まれた!? 結界か!」
護衛の分析の通りだろう。おそらく、あの小刀自体の強度は大したことがない。だが、それを守る結界はかなり頑丈にできているようだった。
「奴が動くぞ!」
俺は鋭い声で剣士に警告を飛ばした。攻撃を受けたことを察知したためか、死霊が護衛のほうへゆらりと向きを変える。
「ちっ!」
護衛は臆することなく、死霊に向かって剣を振るった。彼の剣には魔力が宿っているため、煙のように実体が捉えにくい死霊にも効果はあるようだった。しかし……。
「うおっ!?」
護衛の攻撃を気にした様子もなく、死霊は輪郭のおぼろげな長い腕を振るった。とっさに剣を構えた彼だが、死霊は魔力の集合体だ。その腕は魔剣をすり抜け、後方へ跳び退こうとしていた護衛の腕をかすめる。
「ぐ――?」
その途端、護衛は膝をついた。顔色は真っ白になり、生気がほとんど感じられない。剣を握っているのが不思議なくらいの衰弱ぶりだ。
「気を付けて! それが死霊なら、触れられただけで生命吸収を受けるわ!」
「そういうことか……!」
レティシャの警告に納得すると、俺は魔法剣を起動させた。解呪の力を宿した剣を構えて、原因となった魔道具を狙う。
キン、と澄んだ音を立てて、俺の剣が止められる。予想以上に強固な結界だ。だが、破れないとも思えなかった。俺は同じ場所を狙って斬撃を繰り出し――。
「ちっ!」
こちらへ振るわれた死霊の大腕を回避する。今度は俺に標的が移ったらしい。接触しないよう細心の注意を払いながら、俺は相手の攻撃を避け続けていた。
「魔法剣を切り替えるぞ。聖属性付与、起動」
『了解しました』
こうなっては、魔道具への攻撃は後回しにするしかない。死霊に効果がありそうな付与魔術をかけると、俺はカウンターで死霊の長い腕を斬りつけた。
「ォォォォ……!」
それなりに効果はあったようで、死霊が反応を示した。だが、あまりダメージを受けているようには見えない。
『並の幽霊なら、一撃で消滅しているはずですが……中々の強固さですね』
『効いてはいるんだろう?』
『はい。ですが、宿主からそれ以上の魔力供給を受けていますからね。むしろ絶賛成長中です』
「時間をかければかけるだけ、こちらが不利になるか」
そして、魔道具で強制的に魔力を吸い上げられ続けた場合、子爵の命も危ない。
ここで亡き者にしてしまえば、レティシャの一件は片付くのではないか。そんな考えが脳裏をよぎるが、さすがに寝覚めが悪い。
「聖光柱」
俺は少し距離を取り、子爵から死霊を引き離すと、古代鎧が扱える最大の聖属性魔法を放った。死霊の足下に魔法陣が出現し、純白の光柱が立ち昇る。
『どうだ!?』
『……効きが悪いですね。大部分が透過したように思えます。先ほどの戦いから察するに、接触型の攻撃のほうが有効でしょう』
『つまり、いつも通りだな』
『そういうことです』
白く輝く剣を構えると、俺は死霊に向かって踏み込んだ。相手の攻撃に最大限の注意を払いつつ、連撃を加えていく。
「多少は効いたか……?」
ざっと三十回は斬りつけたはずだ。それなりにダメージを受けてほしいところだが……。
『多少は削りましたが、刻々と回復中です。魔力供給が潤沢すぎますね』
『ずっと回復魔法をかけられ続けているようなものか……』
もちろん、いつかは子爵の魔力が尽きるだろう。だが、顕現した時には二メテルほどだった死霊は、すでに五メテルほどの大きさに育っている。持久戦は悪手に思えた。
『威力増幅した聖属性付与か……いっそ終端の剣でも使うか?』
『それも一つの手ですが、余波で建物が全壊しますね』
それは困るな。それに、子爵を巻き込んで死なせてしまいそうだ。
『ところで主人。さっきから不思議なのですが……』
打つ手を考えていると、クリフから念話が伝わってくる。死霊の動きにおかしなところでもあったのだろうか。そう考えた俺だったが、指摘されたのは意外な箇所だった。
『どうして、魔力の構造を斬ろうとしないのですか? 亜空間から戻った後も、子爵殿の魔術を未然に破壊してのけたでしょう』
「え……?」
思わず間の抜けた声がもれる。
『できていなかった……のか?』
『はい。死霊と戦い始めてから、主人は普通の剣撃しか繰り出していません』
その言葉に衝撃を受ける。今現在も、俺は死霊や周囲の魔力構成を知覚できている。だから、魔力構成を斬っているつもりだったが……。
「見えていても、斬れていなかったわけか」
言われてみれば、別次元の構成を斬るという認識が欠けていた。どこかで慢心していたのかもしれない。
「……」
俺は死霊の攻撃をかわしながら、精神集中に入る。亜空間では一種のトランス状態だったが、またそれを呼び戻さなければならなかった。
俺は死霊を睨みつけた。全方位から生命力を吸収しようとする禍々しい魔力の動きが、子爵から吸い上げられる魔力の流れが視える。
――だが、それだけでは足りない。剣を、そして俺自身を、相手の次元に合わせなければならない。それはもはや魔術ですらない、一種の境地だ。
ただの剣でも幽霊は倒せる。親父がそう言っていたのは、この境地に辿り着いていたからだろう。
「……!」
ふと、何かが噛み合う感覚があった。その感覚のまま、俺は死霊に剣を振り下ろす。
「ァァァ……ッ!」
今度こそ、死霊は明らかな反応を見せた。破壊された構造を補うため、子爵から吸い上げた魔力がそこへ集まってくる。
「はぁっ――!」
そこへ、さらにもう一閃。聖属性付与の効果も手伝って、死霊の魔力構造には大きな綻びができていた。
そのまま押し切ろうと、俺は再び連撃を浴びせる。先ほどとは違い、一つ一つの斬撃が、すべて死霊に大きな損傷を与えていく。
「そこだ!」
さらに、俺は死霊の後ろに回り込んで、子爵の下へ駆け寄る。そして、背中に刺さった魔道具目がけて剣を振るった。
「……よし」
今度は一撃だった。小刀の形をした魔道具は結界ごと破壊され、真っ二つになった残骸を晒していた。少しは回復したのか、駆けてきた護衛に子爵を任せると、俺は再び死霊と向かい合う。
「ォォォォ……」
魔道具が破壊されても、死霊は残ったままだった。期待外れではあるが、すでにその大きさは一メテルほどに縮んでいる。
「……これで、最後だ」
宣言すると、俺は剣を大きく振りかぶった。