魔導子爵Ⅶ
「最近、皇城の正門を見ると気が滅入るのよねぇ……」
「奇遇だな、俺もだ」
「あら、『極光の騎士』でも気が滅入ったりするの?」
そんな軽口を交わしながら、俺たちは連れだって皇城の正門へ近付く。門を守護する衛兵は、俺たちの正体に気付いたのだろう。最初は得物を構えていたが、声を交わせる距離まで近付いた時には、ほとんど警戒の色はなかった。
「フレスヴェルト子爵のお招きを受けて参上しました」
「……同じく」
「『紅の歌姫』殿と『極光の騎士』殿ですね? 話は聞いております。どうぞお通りください」
敬礼した衛兵たちに見送られながら、俺たちは皇城の中を進む。といっても、目的地が離れの建物である関係上、あまり人とすれ違うことはなかった。
「関係者がこぞって嘆願するから来たけれど……これで最後にしたいわね」
「まあ、明日には出立する予定だからな。向こうからすると最後のチャンスだろう」
先を歩く案内人に聞こえない程度の音量で、俺たちは言葉をかわす。
レティシャが喧騒病の正体を突き止めたことで、流れはこちらに有利になっていた。喧騒病を解明するべく派遣された、フレスヴェルト子爵が率いる使節団は、邪険にはされていないものの、その発言力を大きく低下させた。
それとは対照的に、レティシャには皇帝から褒賞が与えられている。また、使節団は知らないものの、『結界の魔女』ディネアがレティシャを養子にするという話も、帝国の事情通の間では囁かれるようになっていた。もはや、彼女の帝国における重要性は明らかだった。
「これまでのことを考えると、穏便に済む気がしないわねぇ」
「……大変だったな」
俺が『極光の騎士』として子爵に会うのは二度目だが、レティシャは外交貴族の泣き落としや、魔術師ギルドを通じた執拗な面会要求により、誰かしらの立ち合いの下で、幾度かの面会……という名の帰国要請を受けていたらしい。
今回については、「帝国を発つ前に、娘を託す『極光の騎士』と、もう一度話をしたい」と殊勝なことを伝えてきたそうだが……ひょっとすると『極光の騎士』ごとキャストル王国へ引き抜くつもりなのだろうか。もしくは……。
「何度も付き合わせてごめんなさいね」
「構わないさ。レティシャに借りを返す機会は滅多にないからな」
と、案内人が足を止めた。いつの間にか子爵がいる離れへ到着していたらしい。建物の前では、ダルスが神妙な顔で控えている。
「お嬢様、お待ちしておりました」
彼のくだけた話し方に慣れている俺は噴き出しそうになるが、そこは懸命に堪える。ダルスが恭しく扉を開くと、俺たちは建物の中へ踏み入った。案内されるままに、子爵の居室へと向かう。
「やあ、我が娘レティシャ。そして『極光の騎士』。待っていたよ」
俺たちを待ち受けていたのは、フレスヴェルト子爵の朗らかな笑顔だった。だが、それがかえって怪しさを招く。
「二人も知っていると思うが、私は明日この国を発つ。これでも要職にある身だ。そうなれば、もうこの国を訪れる機会はないだろう」
彼は残念そうに告げる。もちろん、俺たちには朗報でしかないが。
「魔導子爵は国の要ですものね。人違いとは言え、フレスヴェルト子爵とお話しする機会を頂き光栄でしたわ」
レティシャはふわりと微笑を浮かべる。その言葉に悲しそうな表情を見せつつも、子爵は俺に向き直った。
「そこで、だ。君に一つ頼みがある」
「俺に?」
嫌な予感を覚えつつも、続く言葉を待つ。
「ああ。娘は非常に優れた魔術師だが、それでも親としては心配でね。君が娘を預けるに足る男か、その強さをもって示してもらいたい」
「……具体的には、どのようなことだ」
問いかけると、子爵は自信に満ちた顔で自分の胸を叩いた。
「なに、簡単なことだ。私と戦いたまえ」
「子爵と?」
「これでも魔導子爵と呼ばれる身。戦闘において、そう易々と後れはとらないよ」
「俺は剣士だ。勝負する舞台が違う」
そう固辞するが、子爵は譲らなかった。
「第二十八闘技場の剣闘試合で、君は魔術師と戦っているだろう。何が違うのかな?」
「……」
その点については、子爵の言葉にも一理あった。俺だって状況が許すのなら、子爵と戦って勝利し、それをもって決着にしてしまいたい。だが、他国の貴族であり、使節団のトップである子爵が相手ではそうはいかない。それに……。
しばらく思考を巡らした後で、俺は戦いに条件を付ける。
「子爵の意向に沿うとなれば、審判が必要だな。この皇城へ下手な者を招くわけにはいかん以上、人は限られるが……」
そう主張すると、子爵の表情がわずかに曇る。やはりそういうことか。
「そうだな、モンドールはどうだ?」
「モンドール? ……まさか、第四皇子か?」
「ああ。奴なら快く引き受けてくれるだろう」
その言葉に子爵の表情が歪む。皇子との人脈は予想外だったのだろうか。この線で押してもいいかもしれないな。
「モンドールには、ちょくちょく戦い方を指導しているのでな」
「ほう、それは素晴らしいことだね」
そんな回答とは裏腹に、子爵の表情は優れなくなる一方だった。皇室付きの指南役か何かと勘違いしたのだろう。
「それ以外だと……第四騎士団のレオン団長であれば、皇城に詰めているかもしれんな」
「騎士団長だと……」
子爵は呻くように呟くと、やがて首を横に振った。
「帝国の重要人物に、このような私的なことで迷惑をおかけするわけにはいかん。これは私が君の力を見せてもらうだけの話。審判など不要だとも」
「それで他国の貴族を害した、などと訴えられては困るのでな」
「何を――」
彼の顔が今度こそ固まった。やっぱりそれが目的だったのか。というか、フレスヴェルト子爵は策略や腹芸が苦手のようだな。どちらの意味でも、あまりに分かりやすい。
逆に言えば、それで権謀術数の渦巻く王宮の要職を務めているのだから、魔術師としての技量は突出している、ということの証明かもしれないが。
「ん……?」
そう思った時、俺の中で一つの疑問が生じた。レティシャの話から考えれば、あり得ないような楽観的な言動の数々。ひょっとして彼は――。
だが、そんな俺の思考は途中で遮られた。周囲の景色がぐにゃり、と歪んだからだ。同時に、隣のレティシャがガタン、と椅子から立ち上がった。
「結界!? これだけの結界を隠蔽するなんて――」
「……残念だよ、『極光の騎士』」
二人の声が同時に聞こえる。だが、それは壁越しに聞こえているような、遠くてくぐもった音だった。
「今のあなたじゃ抵抗でき――」
レティシャがこちらへ手を伸ばすが、何かに弾かれて数歩下がる。彼女らしからぬ必死な顔ごと視界が歪み……。
不快な圧力とともに、俺の前からすべての存在が掻き消えた。
◆◆◆
「ここは……」
何もない空間で、俺はきょろきょろと辺りを見回す。形あるものは何もなく、ただ薄暗いだけの空間。足下に床はなく、無限に落ちているような錯覚を覚える。
『異空間ですね』
「やっぱりな……あの時と似ていると思った」
クリフの回答を得て確信を強める。かつて帝都が襲撃された時も、俺は門の暴走に巻き込まれて、特殊な時空間に閉じ込められた。その時と同じ雰囲気を感じたのだ。
『おそらく、あの父親が作り出した結界でしょうが、見事なものですね』
「気楽だな……」
思わず半目で答える。
『これだけの結界が準備されていたのに、察知できませんでしたからね。レティシャ殿も気付かなかったようですから、これは非常にハイレベルな結界と言っていいでしょう』
「つまり……レティシャよりあの子爵のほうが上だということか?」
一気に不安になる。早くここを脱出しなければ、レティシャがどうなるか分からない。
『さて、どうでしょうか。さっきの場所は父親の根城ですからね。色んな仕込みをすることができたでしょうし、高価な触媒をふんだんに使った可能性もあります』
「ともかく、早く戻ろう。クリフ、古代鎧を起動するぞ」
『ええ、それしかないでしょうね』
少し嬉しそうにクリフが応じる。ここまではレティシャの筋力強化でごまかしていたが、もはや悠長な事態ではない。古代鎧の力が必要だった。
「次元斬」
鎧が起動するなり、俺は空間に作用する魔法剣を発動させた。かつて、門を巡る戦いで亜空間に閉じ込められた時は、次元斬で空間を破壊して脱出できたからだ。
「あれ……?」
『主人、どうかしましたか?』
「門の亜空間から脱出した時は、次元斬を発動した時点で空間が軋んだ記憶があるんだが……」
俺は首を傾げる。次元斬を適当に振り回せば、あっさり脱出できるだろうと思っていたのだが……。
『あの時の亜空間は門に付随したものでした。そして、あの門はあり得ないほど長距離にある二点間を繋ぐという無茶なものでした。その無理が、空間の脆さに繋がっていたのでしょう』
まあ、馬車で数カ月かかるフォルヘイムと帝都を繋いでいたわけだからな。その理屈は分かる。
『それに対して、この亜空間は主人、もしくはレティシャ殿を閉じ込めるために作られたものと推察されます。強固で当然でしょうね』
「じゃあ、どうしたらいいんだ? 決戦仕様モードならなんとかなるか?」
『そういう問題ではありません。先ほどからこの結界を観察していましたが、見事なものです。……そう、実に滑らかだ』
「滑らかな結界ってなんだよ……」
思わぬ表現に少し笑う。均質的で、どこにも取っ掛かりや綻びがない。そういう意味なのだろうか。
「とりあえず、このまま次元斬を振り回しても意味がないということだな?」
『そうでしょうね。……さて、どうしたものか』
クリフの声音は意外と真剣なものだった。つまり、それほどに今の事態は危険だということだ。もしこのまま閉じ込められていた場合、俺は数日後には死ぬだろう。なんせ、なんの飲食物もないのだ。
「と言っても、斬るものがないからな……」
何もない空間を見渡す。もちろん天井や壁はないし、足下に剣を突き刺しても空振りするだけだ。何度目かの空振りをしていると、クリフの念話が伝わってきた。
『主人、残念なお知らせです。……おそらく、古代鎧の機能では脱出できません』
「え?」
俺は予想外の回答に固まった。古代鎧なら大丈夫だと、心のどこかで楽観的に考えていた自分に今さら気付く。
『正直に申し上げれば、次元斬が通用しない時点でお手上げでした。いくつかそれ以外の方法も検討しましたが、空間干渉力において、次元斬を上回る手段はありません』
クリフが絶望的な報告をしてくる。脱出不可能という事実を受けて、俺の背中を冷や汗が伝った。
「ちなみに、クリフが検討した『それ以外の方法』を教えてもらってもいいか?」
なんとか活路を見つけようと、俺は頭をフル回転させる。
『そうですね……まずは氷矢のような質量を伴う魔法を連射して、この亜空間を飽和させることを考えました。ですが、この鎧に蓄えられた魔力量ではまったく足りないでしょう。
次に、護衛対象への空間転移ですが、これは事前に護衛対象の設定をしていなかったため使用不可能です。それから――』
クリフが次々とプランを提示してくれる。だが、たしかにどれも効果がないように思えた。それでも諦めずに、俺はクリフの話を聞き続ける。
『――後は……そうですね、解呪を用いて亜空間を解除する方法でしょうか。亜空間対策として一般に有効な手段ですが、この鎧は放出系の出力が弱めですからね。これだけの結界であれば、魔力の浪費で終わ――』
と、クリフの念話が乱れた。どうしたのかと訝しんでいると、すぐに念話が復活する。
『主人には申し上げにくいのですが、一つ心当たりがありました』
「どんな方法だ!? なんでもいいから教えてくれ」
思わず食いつく。どのみち、すべての可能性を検討するつもりだったのだ。情報があって困ることはない。
『遥か昔の話ですが……歴代の主人の中に、同じような目に遭った方がいました。たしか、あれは政争が激化して泥沼状態になった時でした』
それは重要な情報だった。ということは、その人物は亜空間から脱出できたということだ。
「一体、どうやって脱出したんだ?」
『ご自身の魔法です』
「……」
肩透かしのような答えに、無言で肩を落とす。たしかに、俺には言いにくい話かもしれないが……この局面で言われると悲しいな。
『主人、話は終わっていません』
俺が落ち込んでいると、クリフからさらなる念話が伝わってきた。
『当時の主人はまず、解呪の魔法剣で空間を破壊しようとしました。ですが上手くいかず、古代鎧の魔力を吸い上げてご自身で解呪を使用なさいました』
「魔法が使える人はいいよなぁ……」
そんな子供じみた愚痴が口をついて出る。対して俺は、魔法は使えないと太鼓判を押された身だ。
『はいはい、拗ねないでくださいね。……それで、当時の主人がその時におっしゃっていたのです。『もっと剣の腕があれば、解呪の魔法剣で片付いたのだが』と』
「剣の腕前?」
『私にもよく分かりませんでしたが、解呪の魔法剣で、亜空間を解除する可能性はある、ということではないでしょうか』
「たしかにそう取れるな……」
どうせ他に当てはないし、試して損はないだろう。だが、何を斬ればいいのか。剣を極めれば、それすらも分かると言うのだろうか。
「とりあえず、解呪の魔法剣を頼む」
『了解しました』
静謐な白光が剣身に宿る。それを確認すると、俺は目の前の空間を斬り裂いた。だが――。
「何も起きないな」
『拍子抜けですねぇ』
その後もさんざん魔法剣を振り回してみたが、ただの素振りにしかならなかった。さすがに息が上がった俺は、休憩を入れることにする。
「その主人が言っていた『剣の腕前』に到達していないということか……」
『どうでしょうね。主人は、剣の腕前だけは歴代最高だと思いますが』
「その脱出した主人は、剣は得意だったのか?」
『古代鎧の主人に選ばれた時点で、非常に優れた使い手ではあるのですが……どちらかと言えば魔術寄りの方でしたね』
そんな雑談をいくつか交わすと、俺は再び解呪の魔法剣を振り回した。だが、相変わらず進展はない。さすがに腕がだるくなってきたところで、俺は剣を鞘に納めた。
『休憩しますか?』
「休憩というわけじゃないが……剣を振っている間に、ちょっと思い出したことがあってさ」
――なんだミレウス、幽霊は苦手か?
――だって斬れないもん!
――斬れるぜ? 幽霊の本体がある次元を見て、ぶった斬る。それだけだ。魔剣だっていらねぇ。
――ほんと? じゃあがんばる!
それは幼い頃の思い出だ。親父の剣の教えはすべて覚えているが、その中でも最古に近い記憶の一つ。
「幽霊の次元、か」
あの時の親父は、斬る方法については何も言わなかった。むしろ、知覚することに重きを置いていた気がする。
「……つまり、この空間を構成している魔術そのものを見る?」
もはや魔術師レベルの難題だ。だが、無闇に素振りをすることの不毛さにも耐えられなくなってきたところだ。少し気分を変えてもいいだろう。
「……」
俺はじっと目の前の空間を見つめる。だが、当然ながら何も見えてはこない。嫌になるほど無機質な空間を睨みつけた後で、俺は身体の力を抜いた。
「まあ、そう簡単にはいかないか」
そもそも、この努力が正しい方向に向かっているのかも分からないのだ。それで集中を続けるというのは、なかなか難しいものがある。そうして小休止を入れると、俺は再び空間を見つめた。
あの親父が言っていた以上、その『知覚』は剣理の延長にあるはずだ。そして、それなら俺にだってできる。そう信じて、俺は空間を睨みつける。
「……」
静寂の中で、自分の心音と呼吸の音だけが聞こえる。いつしか俺の認識は、空間だけではなく自分自身へと向かっていた。そして――。
もごり、と何かが自分の中で動いた気がした。その感覚に意識を集中していると、次第にその動きが大きくなっていく。そして、そのうねりはやがて俺の意識と同調し始めた。
「なんだ……?」
不思議な感覚があった。目ではなく、身体全体が周囲を見ている。前も後ろも関係ない。目や耳のような感覚器がもう一つ増えた感じ、とでも言えばいいのだろうか。
『……主人?』
さすがに不審だったのか、クリフが怪訝な声で問いかけてくる。
「悪い、ちょっと自分の世界に入ってた」
集中を乱せばこの感覚が消えるかもしれない。そう懸念したのだが、心配は無用だった。相変わらず、謎の感覚器官が俺に周囲の情報を与えてくれる。
『いえ、それはいいのですが……接続されていた主人の魔力が活発に動き始めたので、何事かと』
「俺の……魔力?」
もたらされた情報に驚く。俺の魔力は、古代鎧に接続するため固まっているはずだ。それが動き出したということは……。
「この全方位に伸びている知覚が、魔力感覚なのか」
これまでも、うっすら魔力の流れが見えることはあったが、次元が違う。さっきまでは何もなかった空間だが、魔力が均質に分布していることが分かった。
「なるほど、それで『滑らか』か……」
クリフの表現に納得する。魔力は穏やかに動いており、まるで空気のように亜空間を満たしていた。
だが。その魔力の流れを誘導している、別の魔力もまた感じられた。少しずつ移動するそれに、俺は静かに近づいていった。
「クリフ。もう一度、解呪の魔法剣を頼む」
『了解しました』
求めに応じて、剣身が再び白く輝く。この剣を振るったとしても、本来なら先程と同じ展開が待っているはずだ。だが、そうならない自信があった。
剣を振り上げ、振り下ろす。
「――!」
明らかな手ごたえがあった。異なる動きをしていた魔力が消滅したのだ。亜空間は消えていないが、何かが軋んだ感覚はあった。
『信じがたいことですが……魔法の構成そのものに剣が届いていますね』
クリフの言葉もまた、その手ごたえを裏付けるものだった。その事実に気を良くした俺は、一つ、また一つと、毛色の違う魔力を見つけては切り崩していく。
『ふむ……空間が不安定になってきましたね。あと少しです』
「それはよかった。これはこれで面白い鍛錬だが、今はそれどころじゃないからな」
そう答えながら剣を振るう。慣れてきたのか、一撃で魔力が霧散することも増えてきた。それを幸いと、俺は殲滅のスピードを上げていく。
『あっさりと魔法を斬るようになりましたね……』
そんな俺に、クリフが呆れた雰囲気の念話を飛ばしてきた。
「まあ、見えたら斬れるからな」
もちろん、ただ見えればいいというわけではない。上手く言えないが、その次元に合わせるような感覚は必要だ。そう伝えると、クリフは小さく笑い声を上げた。
『たぶん、それが件の主人の言っていた境地なのでしょうね。……まったく、貴方には驚かされてばかりです』
「クリフの助言のおかげさ。ありがとう」
『礼には及びません。それが私の使命ですから。……それにしても、不思議なものですね。先ほどの主人は、剣理を極めようとしているように見えました。ですが、結果的に変わったのは主人の魔力です』
「うーん……何か間違えたのかな」
親父に魔法の才能はなかったはずだから、別の方法で幽霊の次元を察知することができたのだろう。そういう意味では、生まれつき魔力を持っていた俺はズルをしたとも言える。
『――何をおっしゃっているのです。目的は果たせたのですよ? 主人はその方より魔法の才能に優れていたから、近道ができたのです。それで充分でしょう』
心裡をクリフに吐露したところ、返ってきたのはそんな言葉だった。
『それに、いくら魔力が動くようになったと言っても、主人が魔術の素人であることに違いはありませんからね。むしろ、ようやくスタート地点に立った程度です』
「……そうだな」
相変わらずの物言いに微笑が浮かぶ。本当に、この人工精霊はいい性格をしている。
「そう言えば、魔道具に接続される魔力は揺らぎがないほうがいいと聞いたんだが……大丈夫なのか?」
それは、フォルヘイムで実母アリーシャに言われた言葉だ。だからこそ、俺の魔力は固まって動かなくなったはずだった。
『私はこれまで、魔術の才能に優れた方を、幾人も主人にお迎えしてきました。それに比べれば、主人程度の魔力量が揺らいだところで、大したことはありません』
心外だ、という言わんばかりの口調でクリフが答える。言われてみれば、たしかにその通りだな。無用の心配だったか。
「よし、次はこれか」
そして、もはや慣れた動作で剣を振り上げ、核となる魔力目がけてまっすぐ振り下ろす。物理的な手応えはないが、目的を果たしたことは魔力感覚で分かった。と――。
「――っ!?」
突然、空間の至る所から白い光が零れ出た。その光はどんどん広がり、俺がいる亜空間を塗りつぶしていく。
『どうやら結界を破ったようですね。……お見事でした、主人』
そんなクリフの声とともに、俺の視界が真っ白に染まった。