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魔導子爵Ⅳ

 皇城から少し離れた、歓楽街のとある一室。扉一枚向こうでは、喧騒や嬌声が渦巻いている。そんな場所で、俺はダルスと向かい合っていた。


「他国から来て間もないというのに、この辺りをよくご存じのようですね」


「こういった場所は、俺のような人間にも馴染みやすいからな。足がかりには最適だ」


 意外とざっくばらんに語るダルスだが、もちろん世間話が目的ではない。


「そう言えば、私を捕らえるつもりだったようですが……目的はなんだったのですか?」


「お前を餌にして、令嬢に警告するつもりだったのさ。子爵家へ戻ろうとするなら、大切なものを失うぞ、とな」


 ダルスはあっさり応じる。やっぱり不穏な目的だったのか。


「警告ですか。誘き出して殺害するつもりではなく?」


「それも考えていたが……あの女、思いのほか隙を見せん。尾行しても撒かれたし、ありゃ俺の手に負えるレベルじゃない。無理な仕事はしない主義でな」


 そして、彼はわざとらしく肩をすくめた。


「そんで、令嬢の交友関係を調べてみたんだが……これまた面倒でな。魔術師ギルドの連中は、手強い上に立場的にも手が出しにくい。プライベートで誰かと親しくしている様子もない。……そこでお前だ」


「魔術師ギルドが駄目なら闘技場、というわけですか」


「令嬢と親しそうな標的はもう一人いたが……お前のほうが弱そうだったからな。半竜人の女のほうは、闘技場のランキングでも上位に名前があった」


 どうやら、『蒼竜妃アクアマリン』エルミラも標的にされていたらしい。とは言え、彼女なら返り討ちにしてしまうだろうし、彼の判断は正しいと言えた。


「だってのに、お前も意外と腕が立つと来る。そもそも、令嬢が出る試合を観戦できないように仕向けたのに、それだって失敗したしな。へっ、誤算だらけだ」


 お手上げだ、とでも言うようにダルスは両手を上げた。だが、すぐに彼は真面目な顔で俺を見る。


「……それで? 令嬢を連れて帰らせないための方策はあるのか?」


「子爵は、喧騒病の治療法を見つけた褒賞として、『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』を連れて帰る許可をもらうつもりのようです。ですから――」


 俺は素直に答える。味方だとは思っていないが、共通の目的を持っていることに変わりはない。


「先に喧騒病を解明するって? ……そりゃ無理だな」


 俺の言葉にダルスは鼻を鳴らした。


キャストル王国(うち)は医療大国だぜ? 旦那の目的はともかくとして、連れてきた使節団の腕は確かだ。それに、旦那自身もそっち方面では優秀なお人でな」


「そうでしたか……」


 つい渋面を浮かべる。こちらで喧騒病を解明して、レティシャの重要性を帝国に認識させるとともに子爵の褒賞をふいにする計画は難しそうだった。


「ダルスさんは、喧騒病について何か知りませんか?」


 駄目で元々と尋ねるが、彼は肩をすくめるばかりだった。


「馬鹿を言え。俺はただの従者だぞ。医療なんて、怪我した時の応急処置しか知らねえさ」


 そして、彼はさらに残念な情報を提供してくれる。


「それに、旦那は喧騒病の正体に見当を付けてるようだぜ? なんだか勿体をつけてるようだが、ありゃお貴族様のパフォーマンスってやつだろう」


「なっ!?」


 思わず目を見開く。まさか、そんなところまで迫っていたとは……。


「けどまあ、安心しろ。あっさり解決しちまうと、旦那が令嬢を説得する期間がなくなるからな。令嬢を説得するか、説得を諦めるまでは成果を報告したりはしないだろうよ」


「それがせめてもの慰めか……」


 とは言え、子爵が喧騒病の正体に迫っているというのに、こちらはお手上げ状態だ。このままでは、痺れを切らした子爵が動き出すと非常に不利になる。


「ダルスさん、本当になんでもいいんです。子爵は喧騒病について、何か言っていませんでしたか?」


 俺は重ねて質問する。子爵が核心に迫っているのであれば、それを利用するのが一番手っ取り早い。


「んなことを言われてもな……」


 そう渋りながらも、彼はしばらく自分の記憶を検索しているようだった。無言だったダルスは、やがてぽつりと口を開く。


「――喧騒病という名前が悪い」


「……え?」


「旦那がそう言っていた。変なところにケチをつけるから、なんとなく記憶に残ってただけだが」


「名前が……悪い?」


 それはつまり、喧騒の中にいると悪化するだとか、頭の中に声が聞こえるだとか、そういった捉え方が間違っているということだろうか。


「ダルスさん、ありがとうございます。その言葉を手掛かりに考えてみようと思います」


 もちろん、考えるのは俺じゃない。目の前のダルスと同じく、俺も応急処置以外の医療知識なんて持ち合わせてないからな。だが、レティシャなら、子爵の言葉の意味が分かるかもしれない。そう考えた俺は、つい腰を浮かした。だが――。


「まあ、待て」


 立ち上がりかけた俺を、ダルスが手で制した。訝しむ俺に、彼は興味深そうに聞いてくる。


「一つ確認しときたいんだが……お前は令嬢のコレか? ガセネタ程度だが、そういった情報も入ってきてる」


 言って、彼は小指を立てる。どうやら俺とレティシャの関係を疑っているようだった。


「違います。もちろん、それなりに交流はありますが」


「なんだ、違ったのか。それなら警告する意味もねえな」


「……どういう意味ですか?」


 思わず身を乗り出すと、ダルスはニヤニヤと笑った。


「旦那は令嬢を帰国させ次第、すぐに婚姻させるつもりだ」


「婚姻、ですか?」


 予想外の回答に言葉を失う。すると、ダルスはいっそう笑みを深めた。


「ああ。旦那の部下に将来有望な宮廷魔術師がいてな。魔術の才能は言うまでもないし、没落したとは言え貴族の端くれだ。そいつと令嬢を婚姻させて、フレスヴェルト家を継がせるつもりなのさ」


「『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』が実の娘かどうかも分からないのに、そこまで話を進められるものですか?」


「できるさ。今は非公式の段階だからな。相手にとっちゃ、魔導子爵家の跡取りになれるんだ。上手く行けば儲けモン、駄目でも不利益はないわけだ」


「そういうものですか……」


 ジークレフの時にも思ったが、貴族の家督争いは本当にろくなことがないな。それとも、わざとこういうシステムを作って、貴族が力を付けるのを阻止しているのだろうか。


「それで、さっきの質問に繋がるわけですね」


「ああ。お前と令嬢が(ねんご)ろな関係だったら、さぞかしショックだろうと思ってな」


「その時は言わないつもりだったのですか?」


 ダルスは不敵な笑顔を浮かべると、首を横に振った。


「んなワケあるか。俺から一本取った小憎たらしい坊主に、一泡吹かせられるかと期待したんだよ」


 言って左手を押さえる。いつの間にか治療されているが、そこは俺が剣で斬った箇所のはずだった。


「……ま、俺が出せる情報はこの程度だ。後は頑張ってくれや」


 そうすりゃ俺も楽できるからよ、とダルスは笑う。その言葉を完全に信用できるかどうか分からないが、少なくとも今の時点では敵にはならないだろう。


「貴重な情報をありがとうございました。もし事が上手く運べば、お礼に試合のチケットをご用立てしますよ」


「けっ、事が上手く運んだら、旦那の機嫌は最悪だろうからな。観戦なんてしてられるかよ。……お前、分かってて言ってるな?」


「ご想像にお任せします」


 そう笑うと、俺は立ち上がった。ダルスはまだ部屋に残るらしいから、俺だけが部屋を出る形だ。


「そういや、確認しときたいんだがよ」


「なんでしょうか」


 背中に声を受けた俺は、首を捻って振り返る。


「ありゃ、モノホンの令嬢で間違いないんだな?」


「さあ……本人が否定している以上、別人でしょう。私にはそれだけで充分です」


 俺は全力の笑顔で答える。もし彼が味方だとしても、決して言質を取られるわけにはいかない。


「へっ、ケチな野郎だぜ」


 悪態をつきながらも、ダルスはさっぱりとした顔をしていた。そんな彼に目礼をすると、俺は雑多な空間へと踏み出した。




 ◆◆◆




「もう、どこから驚けばいいのかしら……」


 フレスヴェルト子爵に皇城へ招かれてから二日後。支配人室に顔を出したレティシャに一部始終を説明すると、彼女は呆れたように天を仰いだ。


「本当はすぐにでも話をしたかったんだが、尾行に気付かずレティシャの家を訪ねては本末転倒だからな」


「ミレウスの察知能力なら、そんな心配はいらないと思うわよ? 実際に従者の尾行にも気付いたじゃない」


「どちらかと言うと、子爵の魔法を警戒していたんだ。もし魔法による追跡をかけられていた場合、俺では分からないからな」


「ああ、そういうこと……」


 レティシャは納得した様子で頷くと、背筋を伸ばして俺を見つめた。


「大丈夫よ。今見た限りでは、ミレウスからそんな魔法の痕跡は感じられないわ」


 その言葉にほっとする。だが、その割にレティシャは落ち込んでいる様子だった。彼女にしては珍しいが、喧騒病の究明が予想外に進んでいたことや、婚姻を仕組まれていたことが発覚したためだろうか。そう尋ねたところ、彼女は首を横に振った。


「それにも驚いたけれど……私が落ち込んでいるのは、あなたを危険に晒してしまったことよ」


 そんな予想外の答えに驚くが、俺はすぐに首を横に振った。


「何事もなかったし、気にすることじゃないさ。ダルスが何度襲ってきても、負けることはないだろう」


 そもそも剣闘試合ではないのだ。無理に戦う必要すらないのだから、俺が取ることのできる手段は無数にある。そう答えるが、レティシャの気分は晴れないようだった。


「でも、フレスヴェルト子爵が出てきたら? 魔法の腕は確かだし、貴族という特権もあるわ。だからこそ皇城へ連れていかれたんでしょう?」


「その時はまた口先でごまかすさ。それに――」


 言葉を切ると、俺はあえて真面目な表情を作った。


「俺のせいで、レティシャが危険な目に遭ったことが何度あると思ってるんだ」


 それは決して慰めではない。特にフォルヘイムでは、俺の都合で何度も彼女を命の危険に晒したからな。それを考えれば、この程度は借りを返すための利子にもならない。


 そんな、ある意味では情けない言葉に、レティシャは虚を突かれたようだった。しばらくの沈黙の後、彼女は微笑みを浮かべる。


「……ありがとう、ミレウス」


「礼を言われるほどのことじゃないさ。事実を言っただけだ」


「ふふ……そうね」


 そして、俺たちの話題はダルスがもたらした情報へと移る。


「喧騒病という名前が悪い……ねぇ。患者たちの話をまとめたところだと、そう的外れな病名だとは思えないけれど」


「魔術師ギルドでは何か進展はなかったのか?」


「特にないわね。根拠のない思い付きにも限りがあるから、治療法を試す頻度も減ってきたわ」


「そうか……他に調査を行っている組織も進展はなかったのか?」


 尋ねると、レティシャは大袈裟に肩をすくめた。


「そのようね。どこかで彼らと情報交換をしたいところだけれど……それぞれが完全に別の組織だから、協力体制の構築一つとっても難しいのよねぇ」


「手柄を争っているということか?」


「言ってしまえばそういうことね。ギルド長の立場上、魔術師ギルドは協力する用意もあるけれど……」


 そこで言葉が途切れる。組織同士ともなれば、様々なしがらみに囚われるからな。そう簡単にはいかないのだろう。それなら――。


「組織じゃなくて、個人ならどうだ?」


「個人?」


 首を傾げるレティシャに、俺は頷きを返した。


「シンシアとなら、個人的に協力することはできるんじゃないか? マーキス神殿と魔術師ギルドが、組織として大々的に提携するのは難しいかもしれないが」


 神殿の意向は分からないが、シンシア自身は帝都の患者を治療することを目的にしているはずだ。個人的な協力を拒むとは思えなかった。


「たしかに……シンシアちゃんなら気心も知れているし、能力にも文句はないわね。情報を共有するだけでもお互いにメリットでしょうし」


「じゃあ、俺からシンシアに頼んでみるよ。レティシャがマーキス神殿へ行くとややこしくなるだろうから」


「ええ、助かるわ」


 その提案にはレティシャも乗り気のようで、表情が少し明るくなる。


「後は、解明に勿体をつけている子爵が、痺れを切らして成果を報告しないことを祈ろう」


 俺は話の結び程度のつもりで、そう口にする。だが、レティシャの表情は予想以上に曇っていた。


「……ミレウス、そのことだけど」


「どうした?」


 神妙な、と言っても差し支えない雰囲気に、俺も背筋を伸ばす。


「あの人、だいぶ痺れを切らしているみたいなのよ。ついにギルド長にも直談判したようだし」


「レティシャに面会させろと?」


 俺の言葉にレティシャは頷きを返した。


「このままだと穏便な説得を諦めて、早々に喧騒病の研究成果を提出するかもしれないわ」


 そうなってしまえば、レティシャの立場は不利になる。外交問題と絡められて、キャストル王国へ送還される可能性も充分考えられた。


「そこで考えたのだけれど……時間を稼ぐために、もう一度子爵と面会するわ」


「いいのか?」


 実父であり、母親や劇団員の間接的な死因でもあるフレスヴェルト子爵。彼に対するレティシャの胸中は、俺には推し量れない。


「仕方ないわ。あの家に連れ戻されて、顔も知らない相手と結婚するなんてご免だもの」


 レティシャは決心したように言い切ると、しばらく目を伏せる。


「ねえ、ミレウス」


 やがて目を開けたレティシャは、いつもの彼女に戻っていた。彼女は艶やかな笑みを浮かべると、そっと俺の手を取った。


「いい女に貸しを作る機会があるのだけれど……興味はない?」



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― 新着の感想 ―
[一言] ほほう、どうやら次の話で決着が見えてきそう…レティシャが何をするかは想像出来ないけども。 喧騒病の謎が判明すればヴィーの治療も大きく進展するんでしょうかね…気になる所で更新を待ってますー
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