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病Ⅱ

「喧騒病だって!?」


 衝撃的なユーゼフの言葉に過去の記憶が蘇る。エレナ母さんが罹患し、クロイク一家が離れて暮らすことになった原因。娘のヴィンフリーデも、同じ病気を発症したというのか。


「いつからだ?」


「ここ数カ月といったところかな。ミレウスも言っていたけど、時々様子がおかしかっただろう?」


「……ああ」


 ということは、ヴィンフリーデは体調不良を隠して仕事をしていたのか。気にはしていたものの、暢気に構えていた自分が情けない。


「しかし、こうして倒れたということは……」


 十年前、エレナ母さんが喧騒病で倒れた時は、すでに末期だった。ということは、ヴィンフリーデにもあまり猶予はないはずだ。無理をしてこの街に留まれば、最後には死が待っている。


「……そうだね」


 同じことを考えていたのだろう。ユーゼフは言葉少なに同意する。


「エレナ母さんの所へ身を寄せるか……?」


 同じく喧騒病を発症したエレナ母さんだが、故郷の村では一度も喧騒病を発症していないらしい。ということは、ヴィンフリーデも安全だろう。


「どうして、今まで黙ってたんだ……」


 苦しそうに眠るヴィンフリーデに視線を向けると、ひとりでに声が漏れた。


「……ミレウスにだけは伝えるべきだって、僕も主張したんだけどね。ミレウスには絶対に言わないでほしいと譲らなかったんだ」


「俺、そんなに信用がないのか?」


 家族同然の存在であり、同僚でもあるヴィンフリーデにそう思われていたとは……さすがにショックだな。内心でそう思っていると、ユーゼフは静かに首を横に振った。


「逆だよ。喧騒病だと知れば、ミレウスは必ずヴィーを療養させるだろう?」


「当たり前だ。療養どころか、引っ越さないと命が危ない」


 俺の回答に、ユーゼフは複雑な微笑を見せた。


「だからだよ。ミレウスがヴィーの健康を一番に考えてくれることは分かっている。……だけど、第二十八闘技場うちはどうするつもりだい?」


「――っ」


 その指摘に言葉が詰まる。敏腕支配人だともてはやされたところで、俺が一人でこなせる業務には限界がある。事務や交渉に長けたヴィンフリーデがいなければ、これまでのようにはいかない。色々と規模を縮小せざるを得ない部分も出てくるだろう。


 さらに言えば、ユーゼフの動向もこれまでとは異なるはずだ。かつての親父のように帝都と逗留先を行き来するとなれば、大きな集客力を誇る『金閃ゴールディ・ラスター』の出場頻度が下がってしまう。

 まさかとは思うが、ユーゼフが剣闘士を引退して向こうに居着く可能性だってゼロだとまでは言えない。だが……。


「それでも命には代えられないからな。早く帝都を離れるべきだ」


「そして、残されたミレウスはすべてを抱え込むわけだ。それとも闘技場ランキング一位は諦めるかい?」


「そんなわけがあるか」


 半ば反射的に答える。状況がどうであれ、俺は最善を尽くすだけだ。そう考えたところで、ようやく気付く。


「ヴィーはそれを心配していたのか……」


「ミレウスは自分の消耗には無頓着だからね。けど、このままじゃミレウスのほうが先に倒れる。だから、ギリギリまで闘技場にいたいって、ヴィーはそう言っていた」


 それに、とユーゼフは言葉を付け加える。


「この闘技場を一位にしたいという思いは、僕たちに共通のものだからね」


「……」


 それ以上、何も言えなかった。俺の中で罪悪感や感謝の念、そして自己嫌悪が混ざり合う。そんな俺を見ていたユーゼフは、やがて口を開いた。


「いつかこうなる日を見越して、見込みのあるスタッフの数人に、すでに業務は引き継いでいるはずだ。……まあ、ヴィーと同じようにはいかないだろうけど」


「そうか……ユーゼフにも苦労をかけたな。すまない」


 ここまでスラスラと説明できるということは、ユーゼフとヴィンフリーデは何度もこの話をしていたのだろう。そのやり取りを想像すると胸が痛む。


「謝ることじゃないさ。僕らが勝手に決めたことだ」


 ユーゼフは力なく笑う。そんな幼馴染を見るのは久しぶりだった。


「まさか、喧騒病とはね……ヴィーも辛いだろうな」


 ヴィンフリーデの様子を窺いながら、ユーゼフは苦々しげに呟いた。




 ◆◆◆




「天神の巫女様は予定が詰まっていますので、個人的な面会はできません。よほどの理由がない限り、面会予約も難しいかと……」


 目の前にいるマーキス神官が、本当に申し訳なさそうな表情で首を横に振る。その返答を受けて、俺は小さく肩を落とした。


「身内の方が喧騒病に罹患されたのですから、お辛いことでしょう。ですが、喧騒病については神殿でもまだ調査中です。巫女様に面会できたとしても、貴方のご家族が快癒することはありませんから……」


「そうですか……」


 俺がシンシアを訪ねた理由は、もちろんヴィンフリーデの喧騒病だ。フォルヘイムへの道中で、彼女は喧騒病を調査していると言っていた。それを思い出した俺は、倒れたヴィンフリーデをユーゼフに任せて、藁にも縋る思いでシンシアを訪ねたのだった。


 だが、ここで会えない以上、四日に一度の救護神官の日を待つしかない。もちろん数日の話ではあるのだが、ヴィンフリーデの容態がどの程度深刻か分からない以上、少しでも急ぎたかった。


 都合よくシンシアが通りかからないかと、神殿の大きなエントランスを見回す。だが、訪ね人が現れることはなかった。第二十八闘技場の支配人であることを明かして、業務上の都合だと押し通すことも考えたが……伝言を取り次ぐと言われるのが精々だろう。


「せっかく神殿までお越しいただいたのに、申し訳ありません」


 そう言って深く頭を下げられては、こちらも強く出られない。……どうしたものか。セイナーグさんなら、シンシアともマーキス神殿とも縁が深いはずだし、彼を頼ってみようか。そう考えた時だった。


「あれ? あなたは第二十八闘技場の……」


「え?」


 ふと掛けられた声に振り向くと、そこには俺と同年代であろう女性神官が立っていた。なんだろう、どこかで見たような気もするが……。


「アリエル侍祭、お知り合いですか?」


 俺より早く、さっきまで話をしていたマーキス神官が問いかける。すると、彼女はもう一度まじまじと俺を見た後で、意味ありげな笑みを浮かべた。


「私の知り合いというよりは、シンシア司祭の知り合いです。司祭の今日の予定は、たしか……」


 予定を思い出しているのか、彼女はしばらく虚空を見つめる。そして――。


「よければ、私から伝えてみましょうか? 第二十八闘技場の支配人さんですよね?」


「ええ、そうですが……いいのですか?」


 思わぬ展開に目を白黒させる。それはさっきまで話していたマーキス神官も同じだったようで、困惑した様子で声を上げた。


「アリエル侍祭、本気ですか? いくら侍祭がシンシア司祭と親しいとは言え、そのような……」


「うーん……大丈夫だと思いますよ? むしろ、馬に蹴られたくなかったら取り次ぐべきです」


「侍祭、それはどういう――」


 問いかけに答える間もなく、アリエルと呼ばれた女性神官は神殿の奥へ姿を消した。マーキス神官にしては毛色の変わった人だな。そんなことを思いながら待っていると、やがてアリエルが姿を現した。


「お待たせしました。シンシア司祭がお会いしたいとのことです」


「そうですか、ありがとうございます」


「それでは、ご案内しますね」


 先導を始めたアリエルの後ろについて、神殿の中を進んでいく。まだ一般開放されているフロアのようで、法服を身に着けていない人々の姿もちらほら見られた。


「ミレウスさん、でしたよね?」


「ええ。第二十八闘技場の支配人、ミレウス・ノアと申します」


「お名前はシンシアちゃ……シンシア司祭からよく聞いています。私、これでもシンシア司祭と一番仲のいいマーキス神官……のつもりですから」


 そんな話題を皮切りに、アリエルは様々な話を振ってくる。


「それで、これまではシンシアちゃんのことを『天神の巫女』のまがい物みたいに扱っていた神官まで、見事に手の平を返したんですよ。図々しくないですか?」


「そりゃ、私も時々気後れしそうになりますけど……そしたら、絶対にシンシアちゃんが寂しがると思うんです」


「これまでは言い寄ろうとしていた人もいたんですけど……最近は鳴りを潜めましたね。せいぜいエミリオ君くらい? 彼は気後れを意地でねじ伏せてるみたいだけど……やっぱり気圧されてますね」


 そんな話をしながら神殿内を進んでいた俺たちは、とある部屋の前で立ち止まった。


「実を言えば、今はなんの予定も入っていないんです。シンシアちゃんはずっと忙しくしているので、少しでも休んでもらおうと思って、基本的に面会はお断りしているんですけど……」


 彼女はどこか楽しそうな笑みを浮かべると、扉に視線を注いだ。


「リフレッシュは大切ですから。……あ、シンシアちゃんと面会したことは、くれぐれも内密でお願いしますね。じゃあ、ごゆっくり!」


 言って、彼女はスタスタと歩き去っていく。半ば呆気に取られた俺だったが、やがて気を取り直して扉をノックする。


「は、はい!」


「ピィピィ!」


 そんな声とともに扉を開けてくれたのは、聖女モードではない、いつものシンシアだった。その胸元で、翼をパタパタさせているノアも普段通りだ。俺は挨拶もそこそこに、ヴィンフリーデの現状を説明する。


「ヴィンフリーデさんが……!?」


 信じられないといった様子でシンシアは声を震わせた。彼女たちは仕事の関係で顔を合わせているし、プライベートでもたまに一緒に出掛けたりしているらしいからな。それだけにショックなのだろう。


「ミレウスさん、少し待っていてもらえますか……? 外套を取ってきますね」


 話を聞き終えたシンシアは、さっと立ち上がった。どうやら、第二十八闘技場でヴィンフリーデの様子を確認したいらしい。


「……頼む」


 そして、俺はシンシアを連れて第二十八闘技場へ戻った。




 ◆◆◆




「今日、初めて倒れたんですよね……?」


「ええ、それは本当よ。……ごめんなさいね、シンシアちゃんにまで迷惑をかけてしまって」


「迷惑だなんて、そんなことはありませんから……!」


 そうして、シンシアがヴィンフリーデにいくつか質問をしていく。俺がマーキス神殿へ赴いている間に意識を取り戻したヴィンフリーデだが、その顔色は今も冴えなかった。


「あくまで統計的に見れば、という推測ですけれど……」


 ヴィンフリーデへの質問を終え、しばらく考え込んでいたシンシアが顔を上げる。


「今のお話や、比較的短時間で意識を取り戻したことを考えると、帝都にいられるのはあと一か月だと思います」


「一か月……」


 思わず言葉を繰り返す。多少は余裕ができたことにほっとするが、のんびりしていられるような期間でもない。


「エレナさんに手紙を出しても間に合わないな」


 ユーゼフが呟く。エレナ母さんが暮らしている村までは、馬車で一か月ほどかかる。手紙を託しても返事は間に合わない。


「突然顔を出しても大丈夫だと思うわ。私だって、数年前まではあの村に住んでいたもの」


 そんな話が一段落した後で、ヴィンフリーデは俺に向き直る。


「ミレウス……ごめんなさい」


「謝ることじゃないさ。なに、すぐに第二十八闘技場うちが一位になったって報せを届けてやるよ」


 努めて明るく答えるが、ヴィンフリーデの表情は晴れなかった。


「好きで喧騒病になったわけじゃないんだし、そんなに思い詰めないでくれ」


「ミレウスさんの言う通りです。今は喧騒病が流行っていますから……」


 俺の言葉を補強するように、シンシアが情報を付け加える。だが、その内容には驚かざるを得なかった。


「喧騒病が流行っているのか?」


「はい、ここ一年ほど発症者が急増していて……」


「知らなかったな。第二十八闘技場うちではそんな話を聞いてないから、想像もしていなかった」


「あ――」


 俺の言葉に対して、なぜかヴィンフリーデが声を上げる。彼女に視線を向けると、ヴィンフリーデは気まずそうに口を開いた。


「その……第二十八闘技場うちにも、二人ほど喧騒病らしきものを発症したスタッフはいるのよ」


「そうなのか!? じゃあ、どうして――」


 俺のところまで情報が届いていないのか。そう尋ねようとするが、ヴィンフリーデの言い出しにくそうな表情で察しがつく。


「ミレウスは勘がいいから、そのことを報告すると、私が喧騒病だって気付くかもしれない。そう思って……」


 やっぱりそうだったのか。そう言えば、原因は不明だが調子を崩していると報告のあったスタッフがいたな。彼らも喧騒病を発症していたのか。


「ということは……これ、意外と大きな問題なんじゃないか?」


 第二十八闘技場うちのスタッフは、剣闘士を含めると百人以上いるが、そのうち三人が発症したわけだ。もし帝都全体でも同じ罹患率であれば、人口の三パーセントが流出するわけで……かなりの影響が出ることは間違いない。


「はい……帝国政府からも、急ぎ喧騒病の治療法を探すよう、正式に依頼がありました」


 なるほど、帝国も本気だな。しかし、気候が変わったわけでもないし、ここ一年で何があったというのか。


「それで、目途はつきそうなのかい?」


 口調こそいつも通りだが、詰め寄ると言っても差し支えない勢いでユーゼフが問いかける。だが、シンシアは申し訳なさそうに首を横に振った。


「今の時点では、さっぱりです。ただ、発症者の母数が増えたことで、今までより情報は蓄積されてきています。それに、他の国にも応援をお願いしているみたいですから……」


「他の国に?」


 その情報に驚く。風土病が流行っているという事実は、帝国の弱みに他ならない。それを敢えて他国に明かすというのか。


「はい。医療技術の進んだ国があるみたいです。たしか、キャストル王国とか――」


「え?」


 シンシアの言葉に、俺はヴィンフリーデと顔を見合わせた。キャストル王国と言えば、使節団が第二十八闘技場うちでの観戦を希望していたはずだ。

 そんな事情を説明すると、シンシアとユーゼフは目を丸くして驚いていた。


「不思議な縁もあるものだね。……その縁がいい方向に向かってくれればいいけど」


 ユーゼフの言葉に、俺たちは揃って頷いた。




 ◆◆◆




「ヴィンフリーデが喧騒病!? 最近あまり姿を見ないと思ったら、そんなことになっていたなんて……」


「ああ。マーキス神殿と帝国政府が対応策を探しているらしいが……さすがに間に合うかどうか」


「今の調子はどうなの?」


「小康状態だ。無理をすると一気に調子が悪くなるから、調子がいい時にだけ第二十八闘技場ここに来てもらっている」


「そうだったの……それで、こんなに書類が積み上がっているのね」


 納得した様子で、レティシャは支配人室の机に天高く積まれた書類を眺める。


「ああ。ヴィンフリーデに全面的に委任していた仕事も多かったからな」


「そう……それじゃあ、私も頑張ろうかしら」


「? 何をだ?」


 突然の言葉に問い返す。支配人業務を手伝ってくれるつもりなのだろうか。


「私も、喧騒病の究明をギルド長から依頼されたのよ。身近なところに発症者がいないから、流行していると言われてもピンと来なかったけれど」


「ああ、そういうことか……」


 レティシャの師であり、魔術師ギルド長でもあるディネアは現皇帝と親しい。公的には顧問だが、宮廷魔術師のような扱いを受けているくらいだ。となれば、この事態を前にして手を打たないはずはなかった。


 それにしても、マーキス神殿に医療大国、魔術師ギルドまで動員しているとは驚きだな。この分だと、他にも関係のありそうな機関にはすべて声をかけているのだろう。


「というわけで、まず情報収集からなのだけど……ヴィンフリーデは協力してくれるかしら?」


「病気の治療方法が見つかるなら、いくらでも協力すると思うが……無理はさせないでくれ」


 俺の言葉に、レティシャは真面目な顔で頷いた。


「もちろんよ。症状を悪化させちゃ本末転倒だもの」


「他にも二人、喧騒病を発症したスタッフがいるが……紹介しようか?」


「ええ、助かるわ」


 そんな話を進めていた俺だったが、支配人として『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』に伝えるべき事項があることを思い出す。


「そう言えば話は変わるが……今度来る外国の使節団が、レティシャの試合を指名してきたぞ」


「私を?」


 レティシャは不思議そうに頬に手を当てる。


「ああ。政府を通じて依頼が来た。まさか、国外にまで『紅の歌姫(スカーレット・オペラ)』の名前が響き渡っているとは……さすがだな」


「不思議ねぇ……他国に知れ渡っていたとしても、まず『極光の騎士(ノーザンライト)』に興味を持ちそうなものだけれど」


「そうだな……まあ、医療大国というくらいだから、魔術師に興味があるのかもな」


 なおも不思議そうなレティシャに推測を口にする。すると、彼女の目が訝しむように細められた。


「医療大国……? ミレウス、その国の名前って――」


「キャストル王国という国らしい。なんでも喧騒病の関係で使節団を派遣してくれるとか」


「――!」


 国名を口にした途端、レティシャの表情が強張った。


「レティシャ、どうした?」


「なんでもないわ。だいぶ遠くにある国だから、少し驚いただけよ」


 レティシャは澄ました顔で答える。だが、彼女ともそれなりに長い付き合いだ。その程度の驚きぶりでなかったことは分かる。


「そうは見えないが……もし気が進まないなら、先方には断りを入れるぞ」


「帝国政府からの依頼なんでしょう? こんなことでミレウスの面子を潰す必要はないわ」


「……」


 それはつまり、何かしらの理由は存在するということだ。失言したことに気付いたのだろう。レティシャは気まずそうに視線を逸らした。


「……とある舞台女優の娘の話、覚えている?」


「ああ。フォルヘイムで聞いた話だろう?」


 貴族と舞台女優の間に生まれた少女は、貴族の継承問題に巻き込まれ、母親や家族同然だった劇団を皆殺しにされた。本人は明言しなかったが、それがレティシャの生い立ちであったことは間違いない。ということは――。


「あの話の舞台は、キャストル王国だったのか」


 それなら、さっきの反応にも納得がいく。


「そういうこと。……けど、それだけよ。あの国そのものを忌避しているわけじゃないから、使節団に試合を見られたくないとか、そういう気持ちはないわ」


「……」


 俺は黙ってレティシャを見つめる。だが、そう告げた彼女の言葉に嘘はないように思えた。


「あの国は魔法研究も盛んだから、私に興味を持ってもおかしくないわね。……もう、我ながら大人気ねぇ」


 どこか張り詰めた空気をかき消すように、レティシャは冗談めかして肩をすくめた。ただ、本当に彼女が言う通りだとすれば……。


「スカウトの可能性もあるのか……?」


 レティシャは帝国でも有数の魔法研究者らしいからな。魔法に力を入れている国であれば、充分考えられる話だ。


「心配してくれているの?」


 考え込んでいると、レティシャが嬉しそうに顔を覗き込んでくる。


「もちろんだ。剣闘士としても魔術師としても、レティシャは第二十八闘技場うちに欠かせない存在だからな」


「あら、今の言葉に『一人の女として』は入らないの?」


「……第二十八闘技場の観点だからな」


第二十八闘技場ここはミレウスの一部みたいなものでしょう?」


 レティシャは楽しそうに顔を寄せる。仕事の話題に戻るまでには、もう少し時間がかかりそうだった。



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― 新着の感想 ―
[一言] ふうむ、喧騒病はクロイク一家に留まらず都市全体でも流行病となりつつありますか…何やら良からぬ策謀の香りもしますが果たして… レティシャの方も何やらドラマがあるような展開が予測されますな。果た…
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