再起Ⅴ
「――幻惑光」
『双剣』の発声とともに、両手の剣が眩い光を放つ。まだ陽は落ちていないが、それでもはっきり知覚できるレベルの光量だ。二本の輝剣を構えると、『双剣』はまっすぐ突っ込んできた。
「ちっ――」
思わず舌打ちする。襲い来る双剣をかわし、弾いてカウンターを入れる。さっきまではそれなりに対応できていたことが、今では困難になっていた。
理由はもちろん、『双剣』の魔法光だ。こうして剣を打ち合わせた感覚からすると、ただ強烈な光を纏わせるだけの魔法剣、もしくは魔法なのだろう。
だが、あまりに強い光量は俺の網膜を灼き、視界を奪っていった。『双剣』が剣を振るうたびに光の残像が目にちらつき、まともに世界を視認できなくなる。残った視界と勘でなんとか攻撃を凌いでいるが、相手は双剣の達人だ。いつまでも無事でいられるとは思えなかった。
『なんと眩い戦いだぁぁぁっ! そして! 光の剣士となった『双剣』が『極光の騎士』を押しているぅぅぅっ!』
視界を灼きながら、『双剣』の連撃は俺を襲い続ける。本人の動きが鈍っていないのは、自分に何かしらの対抗魔法をかけているからだろうか。
目を細めるのはもちろんのこと、剣を直接見ないように意識して、なんとか相手の剣を捌いていく。少しずつではあるが、奇妙な視界での戦闘にも慣れつつあった。と――。
「ふっ――!」
『双剣』がほぼ同時に二剣を振るった。角度は違うが両側から挟み込むような軌道だ。俺は残った視界で『双剣』の重心を把握する。――左だ。
そう判断すると、俺は本命と思しき左側の剣に自分の長剣を叩きつけた。そして、従の剣となる右側はまた籠手で受け流そうとして――。
「ぐっ!?」
予想を遥かに超える衝撃と、右腕を斬り裂かれた痛みが俺を襲う。『双剣』の剣が籠手ごと俺の右腕を斬り裂いたのだ。
『こ、これはぁぁぁっ!? 『極光の騎士』の右腕から血が滴っているぅぅぅっ! 『双剣』の連撃が『極光の騎士』を捉えたぁぁぁっ! 』
『主人。右腕部装甲、大破しました』
実況の声に続けて、クリフが状況を知らせてくれる。
『そうだろうな……しかし、どういうことだ?』
俺は思考を巡らせた。見れば右の籠手は見事に斬り裂かれており、周囲もへしゃげている。強烈なダメージを受けたことは、見るまでもなく右腕の痛みが伝えていた。
だが、左側の剣には充分な力が乗っていた。主従で言えば主の剣だったはずだ。ほぼ同時に振るったにもかかわらず、なぜ右側の剣があれほどの威力を発揮したのか。
光り輝く剣に、攻撃力を増す威力増幅がかかっていたとは思えない。何度も剣を打ち合わせたのだから、それならもっと早くに気付くはずだ。
「――っ!」
打ち合わせた剣がギン、と澄んだ音を立てる。『双剣』には、ゆっくり考える暇を与えるつもりはないようだった
『『双剣』が再び猛攻で『極光の騎士』を追い詰めていくぅぅぅっ! あの『極光の騎士』が防戦一方だぁぁぁっ!』
あの挟撃がもう一度来た場合、どう対処するか。攻防を繰り返しながら頭を働かせる。後ろへ飛び退いて回避するのがベストだが、『双剣』がそれを予測していないとは思えない。タイミングを合わせて踏み込まれると、それこそ格好の餌食だ。
かと言って、屈む、跳び上がるといった垂直移動でも対処できないだろう。先ほどの『双剣』の軌道は、左右のどちらかが上方寄り、もう片方が下方寄りであるため、避けきることができない。
「む……」
どうすればいい。悩んでいる間に、再び『双剣』の構えが変わった。あの挟撃を繰り出すつもりだと直感的に理解した俺は、後ろに跳ぶべく重心を後ろにかける。その瞬間、『双剣』がニヤリと笑った気がした。だが――。
ガン、と鈍い音が響く。それは剣と鎧が激突した音ではない。兜と頭が激突した音だ。
「――っ!?」
『双剣』は倒れることなく、数歩後退しただけで踏み止まった。だが、鼻骨が折れたのか、顔は歪んで出血しており、その顔には驚愕の色が浮かんでいた。
「……後ろに跳ぼうとしたのはフェイクか。まさか頭突きを入れられるとはな」
折れた鼻を無理やり元に戻すと、『双剣』は小さく笑った。後ろに跳ぶと見せかけて、俺は前進して頭突きを入れたのだ。俺を追って跳躍しようとしていた『双剣』の勢いも手伝って、かなり強烈な打撃だったはずだ。
『この格調高い兜を、よもや頭突きなどという原始的な打撃に使用するとは……』
その一方で、なんだか憮然とした念話が伝わってくる。どうやら、歴代の主人は頭突きをしたことがなかったらしい。
『どんな部位でも戦いに転用できるとは、さすが古代鎧だな』
『……まあ、今は戦闘中ですし、そういうことにしておきましょう』
クリフは意外とあっさり引き下がった。そして、俺は今だふらついている様子の『双剣』に声をかける。
「その技……と呼ぶべきか。面白いな」
「タネがバレたか」
『双剣』は悔しそうに、それでいて満足そうに笑った。俺たちが話題にしているのは、俺がダメージを受けた『双剣』の挟撃のことだ。頭突きを見舞った際に、『双剣』の右腕がおかしな動きをしていることで気が付いたのだ。
頭突きを見舞われてよろめいた『双剣』だったが、その右腕だけは衝撃の影響を受けず、まるで身体と独立しているかのように斬撃を繰り出していたのだ。
俺が懐に潜り込んでいたため、その斬撃は俺の後ろの空間を抉っただけだったが、その動きはあまりにも異質だった。おそらく魔術によって強制的に動かしたのだろう。そして、それが分かれば行動予測に反映させることはできる。
「小細工までしたのにな」
肩をすくめると、『双剣』は手元の剣に視線を落とした。その剣身はいつの間にか光が収まっている。あの光剣は単体でも厄介だったが、それだけでなく『双剣』の片腕が不自然に動いていることを気付かせない目的をも持っていたのだろう。
「だが、見事な技だ」
それは本音だった。双剣使いで、かつ魔法戦士でもある彼でなければ使えない、技と魔法の組み合わせ。ユーゼフでも初見で対応できるとは思えなかった。
本気の賛辞だということが伝わったのか、『双剣』はわずかに頬を緩めた。そして、真面目な顔で口を開く。
「それなら、次はそっちの番だ」
「……こちらの?」
言葉の意味が分からず首を捻ると、『双剣』は言葉を付け加えた。
「一年前の引退試合で、お前は『金閃』を圧倒したと聞く。魔法と剣技を巧みに組み合わせた、流れるような連撃。あれこそ武の極みだと『魔鏡』が絶賛していた」
どうやら、『魔鏡』は一年前の引退試合を観に来ていたらしい。運よくチケットが当たったのだろう。
「同じ魔法戦士として、知らずに済ませることはできない。……それとも、俺が相手では不服か?」
そう問いかけたのは、ユーゼフが闘気を使わなかった件を引きずっているのだろうか。闘志を燃やす『双剣』に、俺は剣を向けることで答えを返した。
「相手に不足はない」
再び、俺たちの間で緊張感が高まる。俺は剣を構えると、『双剣』目がけて駆け出した。
『――クリフ。魔法剣技にカテゴライズした各種魔法を連続射出』
『了解しました、主人。初の実戦投入ですね』
クリフがそう返してきたのは、古代鎧の機能に少し手を加えたからだ。機能は変わらないものの、魔工技師であるシルヴィのおかげで、魔法剣技に使用する魔法だけを分類し、連続起動することに成功したのだ。
おかげで、自分まで巻き込む竜巻のような、魔法剣技には使用しづらい魔法を無理やり使う必要はなくなっていたし、クリフの負担が減ったことで、多少は魔法の射出タイミングを調整できるようになっていた。
「氷雨」
様子見と牽制を目的として、鋭い氷の矢を降らせる。だが、『双剣』が二本の剣を同期させて動かすと、氷矢がまとめて吹き飛ばされた。魔法で威力増幅した真空波だろう。
さらに、『双剣』はその真空波をこちらへ向けて撃ち出す。こちらも真空波を放って相殺すると、そのまま相手の懐に飛び込んだ。
「――っ!」
突進の勢いを乗せた渾身の一撃を、『双剣』は交差させた剣で受け止めた。だが、それだけでは終わらせない。動きが止まった『双剣』の上空から、太い光の柱が降り立つ。
後ろへ跳んだ『双剣』の姿が、試合の間に突き立った光の柱で見えなくなる。横か前に避けた場合は、そこを狙って追撃するつもりだったのだが、うまく光柱を盾にしたようだった。
光柱を回りこむようにして接近しようとする『双剣』に対して、俺は減衰した光柱の中を突っ切って剣を繰り出す。減衰した魔法であれば、この古代鎧の防御を抜くことはない。
「ちっ――!」
虚を突かれた様子の『双剣』だが、その身体はしっかり反応していた。片方の剣で俺の奇襲を受け流し、もう片方の剣で咄嗟にカウンターを入れようと剣を振るう。
『双剣』の側面に回り込んで反撃をかわすと同時に、彼の足下を起点として氷尖塔を発動させ、また後ろに跳んで避けようとした『双剣』を追って俺も前へ跳ぶ。
俺のすぐ後ろで巨大な氷柱が試合の間に突き立ったが、当たってはいない。
そして、肉薄した『双剣』目がけて、横薙ぎに剣を繰り出す。崩れた姿勢では受け流せないと判断したのだろう、彼は身を投げ出して試合の間を転がり、俺の剣を避けた。
『無茶をしますね……あと一歩遅れていれば、自分の魔法が直撃していたところです』
『魔法の発動タイミングくらいは覚えているさ』
そんな念話を返しながらも、攻撃の手は緩めない。流れるような動きで立ち上がった『双剣』に雷撃を放つ。速さに秀でた魔法の雷が『双剣』を襲った。
だが、『双剣』は避けることなく、俊速の雷撃を剣で弾く。
「弾いた……魔法剣か」
『転がっている間に唱えたのでしょうか。器用な方ですね』
うっすらと輝く二本の剣を見て、そう結論付ける。そして、そのままこちらへ駆けてくる『双剣』の足下を大地の壁で隆起させる。
だが、『双剣』は勢いを落とさず、斜め右に跳んで大地の壁をかわして接近してきた。その瞬発力に感心しながらも、俺は振るわれた剣を弾く。
そうして剣撃と魔法を浴びせながら、俺は内心で驚いていた。なかなか攻勢に出られない様子の『双剣』だが、そもそもここまで持ちこたえられるとは思っていなかったからだ。
引退試合で戦ったユーゼフでさえ、ここまで長くはなかったはずだ。もちろん、事前に情報を得ていたというアドバンテージはあるが……おそらく、最大の理由は彼が魔法戦士だということだろう。
魔法が発動する前には、どうしても魔力が動き、集まる。そして、魔法戦士である『双剣』は、その魔力の動きを察知して、魔法が発動する前に回避に移ることができているのだ。
魔法戦士と言えば、フォルヘイムで戦ったセベク将軍も同じだが……彼は戦士としては『双剣』に及ばない。分かっていても対応できなかったのだろう。
『この連擊を凌ぎきるとは……なかなかやりますね』
同じことを考えたのだろう、クリフが珍しく感心した声を上げる。
『そうだな……ふむ』
だが、こちらも感心してばかりではいられない。俺は自分の剣を握り直すと、剣と魔法の連撃を再開した。
距離を詰めて剣を振るい、同時に俺と『双剣』を巻き込むように光魔法を放つ。それはなんの攻撃力もない、暗がりを照らすためだけの魔法だ。
「っ!?」
だが、『双剣』は慌てた様子で後ろへ跳び退いた。そのタイミングは、魔法が発動するよりもわずかに早い。そして、ただの光魔法だと気付いた『双剣』の顔が引き攣った。
「しまっ――」
直後、無害な光の中を突っ切った俺の剣が、バランスを崩した『双剣』を捉えた。咄嗟に剣で防御する反応はさすがだが、崩れた姿勢で受け止められるものではない。勢いに負けた『双剣』は吹き飛ばされ、数メテルほど試合の間転がっていく。
『おおっとぉぉぉっ! 『極光の騎士』の剛剣が『双剣』を吹き飛ばしたぁぁぁっ! あの輝きはなんだったのかぁっ!?』
そんな実況の声を背景に、俺はクリフと念話を交わしていた。
『なるほど。目くらましではなく、不意打ちのために使用したわけですか』
『ああ。『双剣』は魔力の動きは分かっても、どんな魔法が発動するかまでは分からないようだな』
そうでなければ、無害な光魔法でバランスを崩すほど跳び退くはずがない。クリフが言った通り、元々は目くらまし効果を期待して魔法剣技のカテゴリーに入れていた光魔法だが、思わぬ利用方法があったようだ。
「さて――」
立ち上がった『双剣』に対して、俺は剣を構えて駆け出した。そして、二剣を構える『双剣』の右側面に大地の壁を発動させる。
「ちっ!」
魔力を察知して『双剣』が左側へ跳び退く。突進している俺を前にして、後ろへ避けても意味がないからだ。とっさに動いた『双剣』だったが、次の瞬間には焦りの表情を見せる。狙い通りの反応を見せた『双剣』に向けて、俺が剣を強振したのだ。
「――っ!」
双剣を交差させ、なんとか俺の剣を受け止めた『双剣』の頭上に魔法の光を生み出す。そして、意識が上方へ向いた彼の足下を俺の蹴撃が襲った。金属製の足甲による打撃は見た目よりも強力で、『双剣』の身体がぐらりと揺れる。
『『極光の騎士』の強烈な蹴りが『双剣』を捉えたぁぁぁっ!』
体勢を崩した『双剣』を、剣と魔法の連撃で押し込んでいく。魔法への反応の速さは剣闘士随一の『双剣』だが、タネが分かれば対応のしようはある。
特に、『双剣』には光球や大地の壁を用いた連撃が有効だった。これらは攻撃力を持たないが、任意の場所に魔法を出現させることができるからだ。
魔力を察知できるが故に、『双剣』は魔力を用いたフェイントに翻弄されていた。
『『極光の騎士』の猛攻だぁぁぁっ! 『双剣』が押し込まれていくぅぅっ!』
「――っ」
防戦一方となった『双剣』の表情に焦りが浮かぶ。その身体には、すでに無数の傷がついていた。
「――勝負を付けるぞ」
少し後ろに下がった『双剣』を目がけて、俺は勢いよく跳躍した。『双剣』の頭上を飛び越えるほどの高さで、俺は空中を突き進む。
「っ……?」
その行動に『双剣』が怪訝な表情を浮かべた。跳躍している間は軌道の修正ができず、格好の的になりかねないからだ。だが――。
「なに――!?」
次の瞬間、『双剣』は目を見開いた。なぜなら、俺たちを中心とした直径二十メテルほどが、強大な魔力で覆われたからだ。魔力を察知できるからこそ、その困惑は大きいはずだ。
「――圧壊領域!」
そして、俺は広範囲に及ぶ重力魔法を発動した。当然ながら、魔法の効果範囲には俺も含まれており、跳躍中の身体が突然落下していく。そして――。
「おぉぉぉっ!」
落下先にいる『双剣』目がけて、俺は重力を乗せた剣を振り下ろした。同時に、過剰な重力に晒された試合の間の石床が円形に陥没する。
「ぐっ――!」
突然の重力に阻まれて、ろくに剣での防御ができない『双剣』を、俺は部分鎧ごと袈裟懸けに斬り裂いた。振り下ろした剣の軌跡を追うように鮮血が迸り、試合の間の石床を赤く染めていく。
『決まったぁぁぁっ! 『極光の騎士』の空中からの一撃が『双剣』をまともに捉えたぁぁぁっ!』
「む――」
血だまりに倒れ伏した『双剣』を見て、俺は顔を顰めた。かなりの重傷だ。様子を見ている余裕はない。早々に救護が必要だろう。
『救護神官が近付いてきています』
救護の合図を送ろうとした俺は、クリフの言葉で手を止めた。そして、凄まじい速さで駆けてくる巨漢を目にしてほっと息を吐く。
「『双剣』殿の戦い、しかと見届けた! 後は任せるのである!」
第二十八闘技場の剣闘士でもある『戦闘司祭』ベイオルードは、『双剣』の下に辿り着くとすぐに治癒魔法を行使した。走りながら詠唱していたのだろう。『双剣』の出血が止まり、青白くなっていた顔に少しだけ生気が戻る。とは言っても、応急処置レベルだ。急いで救護室へ運ぶべきだろう。
「担架を!」
ベイオルードが声を上げた時には、すでに担架を持ったスタッフが控えていた。彼は巨漢に似合わぬ慎重な手つきで『双剣』を担架に乗せる。
「……『極光の騎士』」
「なんだ」
担架に乗せられた『双剣』のか細い声に反応すると、彼は青白い顔のまま口角を上げた。
「いい戦い、だった……次こそ……勝つ。だから……」
そして、顔色には似つかわしくない闘志が彼の目に宿る。
「もう、勝手に……引退するな……よ」
そう言い切ると、『双剣』は目を閉じた。満足そうな笑みを浮かべたまま、ベイオルードに付き添われて運ばれていく。その様子を見つめていると、実況者が今日一番の賑やかな声を張り上げた。
『これにて決着だぁぁぁっ! 帰ってきた英雄! その圧倒的な戦闘力には、まったく翳りがない! 不敗神話はどこまで続くのかぁぁぁっ!』
その言葉に合わせて、大歓声が巻き起こる。
『最終試合! 『極光の騎士』対『双剣』! 勝者――『極光の騎士』ぉぉぉっ!』
その声に合わせて、俺は剣を握ったまま右手を振り上げた。歓声の渦が振動となって試合の間を揺らす。それは、一年振りの感覚だった。
『……いやはや、主人は人気者ですね』
この様子に何らかの感慨を抱いたのか、クリフが念話を伝えてくる。
『少しは見直したか?』
わざとらしく返すと、クリフは小さく笑った。そして、俺はもう一言付け加える。
『でも、一つ間違ってるぞ。俺が人気者なんじゃない』
告げると、俺は兜の下でニヤリと笑った。
『――俺たちが人気者、なんだろう?』
その言葉に対して返答はない。だが、しばらく間を開けてから、ポツリと念話が聞こえてきた。
『……悪くありませんね』