番外編『金閃』
【『金閃』 ユーゼフ・ロマイヤー】
「――この闘技場を帝都で一番の闘技場にしてみせるからな! ちゃんと見てろよ!」
あの日のことは、今でもはっきり覚えている。親父に声を上げて誓ったのはミレウスだが、その場にいた自分もまた、心の底で同じ誓いを立てていた。
「【玉廷】バルノーチス闘技場が誇る二枚看板、剣闘士ランキング第二位『双剣』、第三位『魔鏡』を連続で破り、現在、最も波に乗っている剣闘士! 『金閃』ユーゼフ・ロマイヤーぁぁぁっ!」
だが、現実はどうだ。闘技場の運営はミレウスに任せっきり、剣闘士ランキング一位の座に君臨し、第二十八闘技場を盛り上げていたのもミレウスだ。
武門の名家と呼ばれるロマイヤー家に生まれ、肉体的にも恵まれている身でありながら、自分は何をしていたのか。
「対するは人類最強の男! 一体誰が彼に土を付けることができるのか! 帝都が誇る破壊の化身『大破壊』バルク・ネイモールぅぅぅっ!」
割れんばかりの歓声に迎えられて、剣闘士ランキング一位の巨漢が姿を現す。『極光の騎士』が引退し、再び一位の座に返り咲いた『大破壊』だが、驕る様子はない。
それどころか、彼のトレーニング量はいっそう増したとの情報もあり、彼が自分と同じ考えであることを示していた。
――真に剣闘士ランキング一位を決するのは、『極光の騎士』が剣闘士に復帰してからだ。
そんな意識とともに、悠然と歩む『大破壊』を待ち受ける。
「――以前よりも、覚悟が据わった目をしている」
やがて向かい合った『大破壊』は、興味深そうに呟いた。
「現状に嫌気がさしただけさ」
『極光の騎士』を復活させるべく、ミレウスはフォルヘイムへ赴いた。さすがに上手くいく可能性は低いだろうが、あの幼馴染のことだ。成し遂げて帰ってくる可能性はあった。
そして、そうなれば再び剣闘士の頂点に君臨し、第二十八闘技場を闘技場ランキング一位に押し上げる大きな原動力になるだろう。だが――。
「それに頼っているようじゃ、親父に……いや、自分に顔向けできないからね」
「……?」
『大破壊』が訝しむような視線を向けてくるが、説明するつもりはない。自分の本気は、試合で伝えればいい。
「それではぁぁっ! 今期で最も注目される組み合わせ! 『金閃』対『大破壊』、はじめぇぇぇぇっ!」
開始の声と同時に、姿勢を低くして突っ込む。『大破壊』が牽制で振るった破砕柱を横に跳んでかわし、破砕柱を追うように接近すると剣を振り上げる。
「っ!」
『大破壊』は手早く破砕柱を引き戻すと、ユーゼフの剣を弾いた。防御に回っているにも関わらず、まるで攻勢に転じたかのような衝撃。中堅程度の剣闘士であれば、今の一合で剣を取り落としても仕方がない。
だが、ユーゼフは中堅程度の剣闘士ではない。『大破壊』を、そして『極光の騎士』を超えようとしている身だ。この程度で押されるはずがなかった。
「おおっとぉぉぉっ! 両者の間で激しい攻防が繰り広げられているぅぅっ!」
威力の乗った破砕柱を受け流し、カウンターを叩き込む。そのカウンターを弾かれるとみるや、力の流れを変えて別の方向からの斬撃へ変化させ、さらに二つ名の由来となった煌めく軌跡を周りの空間に設置していった。
「――っ!」
飛び退って爆砕波を放ち、それを追いかけるように接近する。奇襲は成功しなかったものの、少しずつ『大破壊』を誘導し、金色の斬撃で取り囲んでいく。
「ふッ!」
だが、『大破壊』は破砕柱に闘気を纏わせると、周囲に浮かぶ煌めく軌跡を薙ぎ払った。人智を超えた破壊力は空間に在り続けるはずの斬撃を消滅させ、驚いたユーゼフの隙をついて彼に襲い掛かる。
「くっ――!」
超人的な反射神経で破砕柱を回避したユーゼフだが、その隙を逃さず『大破壊』が攻勢に転じる。凶悪な破壊力を秘めた金属棒が縦横無尽に振るわれ、ユーゼフを追い詰めていく。
――いいか、ユーゼフ。闘気ってのは『自信』だ。強さを求める心と、自分に対する絶対的な自信。それがねえと始まらねぇ。
そんな中、ユーゼフが思い起こしていたのは、師の言葉だった。
――この話、ミレウスにはしなくてもいいのかい?
――自分に対する自信が持てないミレウスには、まだ無理だ。頭がいい奴は、どうしても自分を超える存在を想像して萎縮しちまうからな。
――それって、僕が馬鹿だってことかな?
――へへっ、闘気の習得に向いてるってことだ。
闘気を宿した破砕柱の攻撃は重く、それでいて素早かった。それをなんとか捌き続けていられるのは、ユーゼフが超一流の剣士だからに他ならない。だが、それだけで満足できるほど彼は謙虚ではなかった。
「ぬッ――?」
振るわれた破砕柱を、ユーゼフの剣が弾き返す。それは、これまでのように受け流す剣ではない。真っ向から激突する剣だ。そのことに気付いた『大破壊』から声が漏れる。
「――僕も同じだったんだ。もし、ミレウスが順当に筋力をつけていたら、僕は彼に負けていたかもしれない。そんな仮想敵が、僕から自信を奪っていた。けど――」
ユーゼフの全身から赤光が迸る。その輝きは、対峙している『大破壊』の闘気と同質のものだった。その事実に、さすがの『大破壊』も目を見開く。
「こ、これはぁぁぁっ!? ユーゼフ選手が赤い輝きに覆われているぞぉぉぉっ! まさか……まさか、これは闘気なのかぁぁぁっ!?」
興奮する実況の声も、今のユーゼフの耳には入ってこない。彼が纏っていた闘気は、やがて右手の魔剣へ集束していく。
「――所詮、それは僕の想像に過ぎない。そして何より……彼がいくら強かったとしても、僕が弱いことにはならない」
それが『極光の騎士』が引退し、自分を見つめ直していたユーゼフの結論だった。彼が復帰しようとしまいと関係ない。自分は自分の強さを信じて戦うだけだ。
「……面白い」
『大破壊』は、滅多に見せない凶暴な笑みを浮かべて破砕柱を構えた。その笑みは、今まで『極光の騎士』以外には見せたことのないものだ。
「さあ、始めようか」
赤く輝く剣を手にして、ユーゼフは楽しそうに宣言した。自分の中にあるのは、ただ純粋な闘志。それだけだ。
――へっ、ようやくお前らしい顔になったじゃねえか。
ふと、『親父』が笑った気がした。