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聖樹ユグドラシルⅤ

「――ミレウスさん、私に任せてください」


 圧倒的な再生力を持つユグドラシルを、どうやって滅ぼすか。そう悩んでいた俺に声をかけてきたのはシンシアだった。

 一度は上昇していた彼女たちが下りてきたため、セベクがそれを狙って突貫してくる。そんなセベクを風の魔法剣で吹き飛ばしてから、話の続きを聞く。


「今のユグドラシルは、全盛期の数十分の一のサイズしかありません。おそらく力も同じでしょう。あの程度なら、今の私でも滅ぼすことができるはずです」


 そう語るシンシアからは、再び聖女然とした気配が漂っていた。その目はまっすぐユグドラシルを見据えており、すでに彼女の周囲に光輝が集まり始めている。


「ただ、あのユグドラシルを滅ぼすに足りる神気を蓄えるには、しばらく時間がかかります。……それまで、護衛をお願いできますか?」


「俺は構わないが……」


 そして、ちらりとレティシャを見る。シンシアが攻撃に集中すると、魔法障壁もレティシャが担当することになる。多重詠唱の得意な彼女だが、飛行魔法は難易度の高い魔法だと聞く。さすがに負担が重いだろう。


「私も構わないわ。どうやってユグドラシルを攻めるか、悩んでいたところだもの。シンシアちゃんが立候補してくれるなら、喜んでサポートに回るわ」


 そして、レティシャはわざとらしく俺に視線を向ける。


「それに、ミレウスが護衛してくれるんでしょう?」


「ああ。――決戦仕様オーバードライブ起動」


 答えるなり、古代鎧エンシェントメイルが変色光に包まれる。目の前で決戦仕様オーバードライブを起動したのは初めてだったせいか、二人はしばらく目を見開いてこっちを見ていた。


「まさに『極光の騎士(ノーザンライト)』ね。……ふふ、いいものを見せてもらったわ」


「あの時と同じ……」


 そんな感想を口にした二人と一羽は、空へ向かって上昇していく。その様子を見ていると、クリフから念話が入った。


『ふむ……主人マスター、護衛対象はあの球体ということでよろしいでしょうか?』


『ああ、その通りだ』


『了解しました』


 球形の魔法障壁に包まれた彼女たちを見上げて頷く。そして、俺もまた飛行魔法を発動した。


流星翔ミーティアスラスト


 大地を蹴ると、俺は真っすぐシンシアたちに迫り――そして、途中で剣を振りかぶった。進路の先にいたのは、早くも復活して彼女たちに飛び掛かろうとしたセベクだ。


「――っ!」


 推進力を破壊力に変えて、二人に追いすがろうとしたセベクを斬り捨てる。今回は木の枝を足場にして襲い掛かったようだが、彼女たちが木の届かない高度まで上がってしまえば、もはやセベクを警戒する必要もない。


 上下に分断されたセベクの身体が視界を流れていく。俺は二人を追い越すと、風魔法と流星翔ミーティアスラストを組み合わせて方向転換した。そして、向かってきた枝や蔓を真空波で斬り飛ばす。


 さらに数度の攻撃を弾き返すと、木の頂上付近から跳躍して襲い掛かってきたセベクを再び返り討ちにする。久しぶりの空中戦闘だが、感覚は鈍っていないようだった。


 そして、護衛対象である二人の様子を探る。シンシアを中心とした輝きは煌煌と夜空を照らしており、もはや光の中心にいる二人の姿は見えなくなっていた。だが、彼女たちを守るという使命に変わりはない。


 背後に庇う光が増大していることを感じながら、襲い来る攻撃を防ぎ続ける。すでにかなりの高度に達しているおかげで、ユグドラシルの攻撃頻度は減っていた。木の根による攻撃はもはやなく、枝を射出してくる攻撃が散見されるだけだ。


「……また来たか」


 こちら目がけて射出された巨大な枝を捉えて、俺は剣を構えた。だが、その枝は今までのものとは異なっていることに気付く。それは――。


「セベク!」


 そう、射出された枝の上にはセベクが乗っていたのだ。この高度だ。通常の肉体であれば落下時の死亡は避けられないが、驚異的な再生能力を持つ彼にとっては些末な事柄なのだろう。


 流星翔ミーティアスラストを調整して、俺はセベクの軌道と交錯する。乗ってきた枝をまず破壊しよう。そう考えた俺の目の前で、セベクの身体が膨張した。


「――!?」


 直後、その身体が内側から爆発する。その爆発から逃れるように方向転換した俺は、ようやく奴の狙いに気付いた。四散したセベクの破片は、すべてシンシアたちのほうへ向かっていたのだ。

 そして、セベクの破片は急激な勢いで融合・再生しながら、シンシアたちの魔法障壁に突っ込む。怪しい輝きを纏った剣の切っ先は障壁に向けられており、今のセベクの膂力と勢いをもってすれば、障壁を貫通する可能性は充分あった。ふと、二人が剣で貫かれる光景を幻視する。


「――っ!」


 流星翔ミーティアスラストを制御して追いかけようとするが、もともと小回りの利かない魔法だ。このタイミングでは間に合わない。やがて、セベクの剣がシンシアたちに迫り――。


 なぜか、セベクは俺の目の前に現れた。


「……え?」


 それだけではない。俺のすぐ後ろで何かが強烈な光を放っている。そして、この状況下で眩い光の発生源など一つしかない。


 状況をしっかり把握する間もなく、セベクが物凄い速度で迫ってくる。その剣にはユグドラシル由来と思しき輝きが宿っており、まともに受ければ絶命する可能性が高いだろう。

 俺は流星翔ミーティアスラストを最大出力で起動すると、全力でセベクの剣先を弾いた。


「ぐっ――!」


 剣は弾いたものの、セベク自身による高速の突撃は健在だ。『大破壊ザ・デストロイ』の一撃にも似た強烈な衝撃が俺を襲い、意識が飛びそうになる。


「――レウス!」


 レティシャの悲鳴が聞こえてくる。セベクと激突した直後に何かをかすめた気がしたが、おそらく彼女が張った魔法障壁だったのだろう。


 まだ二人が健在であることを確認して、俺はセベクの姿を探す。さすがにこれ以上の隠し玉はなかったようで、真っすぐ地面へ向かって落ちていった。


『クリフ、今のは空間転移テレポートか?』


 その光景を見ながら、俺はさっきの現象の原因をクリフに尋ねる。あの時はセベクが目の前に現れたのだと思ったが、同時にレティシャたちが背後に位置していた。位置関係を考えると、俺が空間転移テレポートして割り込んだと考えたほうが現実的だ。


『近衛騎士団長ともなれば、主の危機にはすぐ駆け付けるものです』


『……もう少し具体的に教えてほしいんだが』


 さらに問いかけると、クリフはわざとらしく咳払いをした。本当に人間臭い人工精霊だ。


『この鎧には、護衛対象を設定し、緊急時にはその周囲に空間転移テレポートする機能があります』


『なんでもありだな……』


 空間転移テレポートはかなり難易度の高い魔法だと聞いていたが……さすが古代魔法文明ということか。


『もちろん距離に限界はありますし、護衛対象として設定できるのは一人だけです。さらに、緊急時かどうかの判断は主人マスターか私がする必要があります』


『なるほど……そんな機能があったなんてな』


『鍵の封印に力を割いていましたから、こういった負荷の高い機能はロックしていたのです』


『そういうことか……』


 魔法威力が増加するだけでなく、そんな効果まであったとは驚きだな。納得すると、俺は進路をシンシアたちのほうへ向けた。


「よかった、無事だったのね」


 光の中心に近付くと、ほっとしたようなレティシャの声が聞こえる。


「すまん、障壁をかすった」


「気にしないで、あの程度で破られるような障壁じゃないわ。……あの剣を直接突き立てられていたら、さすがに危なかったけれど」


「シンシアの様子はどうだ?」


 次いで尋ねる。輝きが増しているということは、順調に進んでいるのだろうが……眩しくて何も見えないからな。


「心配ないわ。もう少しで終わりそうよ」


 そんな話をしていると、一気に光が膨れ上がった。傍から見れば、俺も光の一部になっていることだろう。それほどに巨大な輝きだった。


「あれは……」


 そして、そのことに反応したのは俺たちだけではない。地上のユグドラシルもまた、不自然なほど大きく揺らめいていた。シンシアの光に危機感を覚えているのだろうか。


「何かをしようとしているわね。さっきから攻撃がないのも気になるわ」


 そう言っている間にも、ユグドラシルの揺らめきが大きくなる。そして――。


「巨大化している?」


 俺たちはかなりの高度にいるせいで、ユグドラシルの細部までを見られるわけではない。だが、木の幹が、枝が急激に大きくなっているように思えた。


「それも、かなりの勢いね」


 俺たちは警戒を強める。巨大化するということは、俺たちに攻撃を届かせようとしている可能性があった。それに、あまり巨大化するとシンシアが準備している神聖魔法では倒せなくなるかもしれない。


「――! 来たぞ!」


 あり得ないほどに伸長した枝が、遥か上空にいた俺たちを貫こうと迫る。真空波で迎撃するが、それはただの始まりにすぎなかった。


 信じられない勢いで巨大化したユグドラシルは、眼下の森を飲み込んで成長する。同時に、さっきまでは届かなかった蔓や根による攻撃が届き始めるようになり、俺たちは猛攻に晒されていた。


「数が多い……!」


 鞭のようにしなる蔓を斬り払い、投げ槍(ジャベリン)のように飛来する枝を真空波で撃ち落とす。怪しげな粉を纏った葉は風魔法で吹き飛ばし、地上から伸びてきた根を叩き斬る。


 俺は空中を飛び回りながら、全力でユグドラシルの攻撃に対処していた。だが、あまりに数が多い。このペースでユグドラシルが成長するなら、いつか飽和攻撃に対応しきれなくなるだろう。


 そんな嫌な想像が脳裏をよぎった時だった。レティシャの声が耳に届く。


「もう、がっつきすぎると嫌われるわよ? ……氷晶の楽園(アイシクルガーデン)


 レティシャから広がった極寒の冷気がユグドラシルを覆い、瞬く間に霜と氷の彫像を作り上げる。俺たちに届かんばかりに伸びた枝も、地面からまっすぐ伸びる太い幹も等しく凍りつき、白く静寂な世界ができあがる。


「ミレウス、後はお願いね」


「……ああ」


 魔力で輝く剣身を掲げて答える。俺もまた、ユグドラシルを黙らせるべく準備をしていたのだ。それは、鍵を封印していたせいで、これまで使えなかった魔法剣の一つ。俺はユグドラシルを見下ろすと、渾身の力を込めて剣を振り抜いた。


乾坤一擲ザ・パワー


 魔法剣が生み出したのは、ただの衝撃波だった。炎を伴うわけでもなければ、変則的な軌道を描くわけでもない。なんの捻りもない物理的な攻撃だ。


 だが。それ以外を必要としないほど、圧倒的な威力がそこにはあった。


「――!」


 純粋な破壊力を身に受けて、眼下のユグドラシルが一瞬で砕け散った。それだけではない。一瞬世界が揺れたかと思うと、ユグドラシルを中心とした直径五百メテルほどの大地が大きく陥没し、巨大なクレーターを形成する。それは、あまりに純粋な力の発現だった。


「これはまた……使いにくい魔法剣だな」


 レティシャが凍らせてくれたおかげで、ユグドラシルが脆くなっていたという側面はあるだろう。だが、それを差し引いても闘技場では使えない。観客に無数の犠牲者が出るし、闘技場も無事ではすまないはずだ。


 とは言え、この場面においては満足の行く結果だと言っていいだろう。森を覆わんばかりだったユグドラシルは、粉微塵に粉砕されている。シンシアの魔法を待つまでもなく、ユグドラシルを滅ぼすことに成功したかもしれない。そう思わせる手応えだった。だが――。


「……あれでも駄目なんて、この世のものとは思えないわね。地中に無事な根でもあったのかしら」


 レティシャの言葉がすべてだった。すべて塵となったように見えたユグドラシルは、着実に再生を進めていたのだ。この植物は、どんな手段でも滅びることはないのではないか。そんな疑念が心に湧き起こってくる。


 そんな時だった。ふと、背後の輝きが収まっていることに気付く。振り返ると、そこには穏やかに微笑むシンシアの姿があった。


「……もう大丈夫です。後は私に任せてくださいね」


 彼女は急激な勢いで再生するユグドラシルを見据えると、祈るように両手を胸の前で組み合わせた。その直後、凛とした声が森に響く。


「――万象を灰燼へ帰すアブソリュート・パニッシュメント


「っ!?」


 シンシアの発声とともに、あり得ない光量がユグドラシルを襲った。その眩さに目を灼かれた俺は、神経を研ぎ澄ましてユグドラシルの奇襲に備える。だが、ユグドラシルがその隙を縫って攻撃してくる気配はなかった。


「……どうなった?」


 ようやく視力が回復した俺は、ユグドラシルの状態を確認しようと眼下に目を凝らした。


「あれ?」


 そして、間抜けな声を漏らす。なぜなら、ユグドラシルの姿がどこにもなかったからだ。乾坤一擲ザ・パワーが作り上げたクレーターの中心部はさらに深く抉れていて、穴の底が見通せない。奥にユグドラシルの欠片が残っている可能性は否定できなかった。


「……再生しないな」


 だが、いくら待ってもユグドラシルが再生する様子はない。クレーターの縁に降り立った俺に、シンシアが声をかけてきた。


「あの……大丈夫だと思います。もう、ユグドラシルの気配は感じませんから……」


「ピィピィ!」


 主の言葉を肯定するようにノアが鳴き声を上げた。そう言えば、こいつにも助けられたんだよな。思わず手を伸ばしかけるが、金属の籠手で撫でられても痛いだろうと断念する。


「……ミレウスさん、レティシャさん。それにノアちゃん。本当にありがとうございました。おかげで、ユグドラシルを滅ぼすことができました」


 そして、シンシアは深く頭を下げる。それを受けて、俺とレティシャは顔を見合わせた。


「シンシアちゃん、そんなに改まる必要はないわよ? パーティーで力を合わせて魔物を討伐しただけだもの」


 そして、レティシャはにこやかに笑う。俺は兜を脱いで頷くと、続けて口を開いた。


「元は俺の都合でフォルヘイムに来たわけだし、ユグドラシルの討伐も俺の都合、くらいに思ってたよ」


「え……?」


 俺の言葉を受けて、シンシアはきょとんとした表情を浮かべる。だが、やがてはっとしたように顔を上気させた。


「そう言えば……私、もともとは部外者でした……」


「ピィ?」


 急に恥ずかしくなったようで、シンシアは胸元のノアに顔を埋めて顔を隠した。……が、はみ出している耳が真っ赤だ。たしかに、さっきはリーダーか依頼者か、という雰囲気だったからな。控えめな彼女のことだから、図々しいことを言ったと思っているのだろう。


「過去の因縁があったんだろう? おかしいなんて思ってないさ」


「そうよ。それに、シンシアちゃんがいなければ、手詰まりだったことは間違いないもの」


 そんなフォローをしながら、俺は再びクレーターの中心に目を向けた。底の見えない大穴は不安を煽るが、シンシアが消滅したと言い切る以上、ユグドラシルが復活することはないはずだ。


 この地でやることはやった。だいぶ予定は狂ったが、後は闘技場へ帰るだけだ。そんな思いを胸に、俺は大穴を眺めていた。



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― 新着の感想 ―
[気になる点] > 後は闘技場へ帰るだけだ。 ほんとにぃ? [一言] ユグドラシルには神聖魔法が特効だったんですね 前回は打つ手無しといった感じでしたが無事滅ぼせてよかったです
[一言] ふうむ、ユグドラシルオルタ(小)との戦闘終結ですか。このままでは終わらない気も何となくしますがまあ、ひとまずはエルフ達の切り札を打ち破ったことになりますかね。エルフにとってはシンシアの存在が…
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