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侵攻Ⅳ

 辿り着いた避難場所には、予想を超える大人数が潜んでいた。おそらく千人どころではないだろう。その様子を確認していると、大所帯の中から見知った顔が飛び出してきた。


「シルヴィ! 無事だったのね!」


「お母さん……っ!」


 再会した母に娘が飛びつく。森で別れたアリーシャは、無事戻ってこられたようだった。その様子を見ていると、横手からセインが姿を現した。


「シルヴィが研究所にいると聞いた時は肝を冷やしたが……おかげで助かった。ありがとう」


「お互い様だ。……状況はどうなっている?」


 そう答えるとセインは目を瞬かせた。アリーシャと同じく、『極光の騎士(ノーザンライト)』としての口調に驚いているのだろうか。だが、すでに妻から聞いていたのか、それ以上言及することはなかった。


「そうだな、どこから話したものか……」


「――ミレウス支配人、セイン殿。私は街へ戻ります。後は頼みます」


 そこへヴェイナードが口を挟んできた。そして、言葉通りにさっと身を翻す。街が気になるのだろう。その後ろ姿を見送っていると、セインが口を開いた。


「ヴェイナード君も焦っているようだな。……中央区画も攻め込まれている以上、応援も期待できないだろうしな」


「中央区画はどうなっている?」


 そう言えば、セインは中央区画にいたとアリーシャが言っていた。中央の様子を自分の目で見たはずだ。


「意外と反応が早くてな。それなりに防衛網は敷いていたが……一部は攻め込まれていたようだし、こちらへの応援は期待薄だろうな」


「相手の詳細は分かるか?」


「いや、さっぱりだ。ほとんど交戦もしていないからな。結界の森から攻めてきた以上、人間種だとは思うが……まだどれだけ森に軍勢が控えているかも分からない」


 セインは苦々しげに肩をすくめた。いくら彼が強いと言っても限界がある。帝国軍に襲われて、これだけの人数を守り切ることはほぼ不可能だろう。


「そっちはどうだ? その様子だと交戦もしたのだろう?」


「ああ。実は――」


 そして、こっちが持っていた情報を提供する。相手が帝国軍であること。傭兵か何かを多数連れていること。区画の現在の様子。それらの話を、セインたちは真剣に聞いていた。


 と、情報を交換して、今後の動向を検討していた時だった。ガサリと茂みが揺れて、一人のハーフエルフが姿を現す。彼は焦った様子で声を上げた。


「セイン! ここが奴らに見つかった!」


「なんだと!?」


 その報告にセインだけでなく、避難民たちもどよめく。


「生き残りを誘導していた奴がしくじった! すぐに攻めてくるぞ!」


「嘘でしょ! どうすればいいの!?」


「どこに逃げればいいんだよ!」


 人々はパニック寸前だった。いつバラバラに逃げ出してもおかしくないし、すぐに方針を示すべきだろう。そう思ってセインに問いかける。


「森の奥に逃げるか?」


「……いや、そもそも相手は森から現れた。下手をすれば潜んでいる軍勢と出くわすかもしれん。それに、奥には強力な魔物も多数棲息しているからな。犠牲者が出るのは確実だ」


「だが、留まるわけにもいかないだろう。非戦闘員だからといって、容赦する相手ではない」


「そうだな……街へ出るよりはマシか。ミレウス、しんがりを頼む」


 セインは苦々しく呟くと、すがるように見つめる避難民たちに向き直った。


「森の奥へ逃げる! 私が先頭で道を開く。はぐれないように注意してくれ!」


 その声を受けて、ハーフエルフたちが悲壮な顔で頷いた。森の危険性は知っているが、軍勢に蹂躙されるよりはマシだということだろう。そして、セインを先頭にして、森の奥へ進んでいく。


 ……だが、もう遅かった。


「セイン! あっちからも敵が来たぞ!」


「こっちもよ!」


 至る所で悲鳴が上がる。そして、彼らの言葉を裏付けるように、帝国軍が俺たちの前に姿を現したのだった。




 ◆◆◆




 森の中から姿を現した軍勢。見通しが効かないせいで人数が把握できないが、おそらく千人以上いるだろう。非戦闘員よりも強いであろう兵士が、避難民の数と同等以上いる。


 俺たちのように戦える者もいるが、所詮は個としての強さだ。ここにいる全員を守ることはできないだろう。明らかに詰んでいた。


「シンシア。この人数を覆う障壁は展開できるか?」


 まずシンシアに視線を向ける。かつて、千人近い命を魔法障壁で守り続けたことがある彼女なら、できないことはないだろう。


「はい……! ただ、これだけ広がっていると、長くはもたないかもしれません……」


 シンシアは申し訳なさそうに俯く。魔法障壁は展開する面積と強度によって魔力消費が変わる。彼女の言葉は当然だった。


「問題ない。相手と話をするきっかけを作りた――来るぞ!」


 俺の声とほぼ同時にシンシアの魔法障壁が展開される。そして、一拍遅れて矢や魔法が避難民たちに降り注いだ。

 場の全員を覆う広大な魔法障壁は攻撃によく耐えて、矢の一本も通すことはなかった。


 やがて、矢と魔法の斉射が途切れる。無闇に撃っても無駄だと判断したのだろう。その沈黙の間に、俺は帝国軍の正面に立ちはだかった。


「……業火流フレアストリーム


 そして、木々の隙間を縫うように、上空へ向けて火炎を放つ。膨大な量の炎は眩い帯となり、薄暗い森を照らした。


「なんて威力だ……」


「手強いぞ……森はまずいな」


 俺たちを囲む兵士から、そんな声がぽつぽつと聞こえてくる。注目を集めるための魔法だったが、示威効果もあったようだ。


「指揮官と話がしたい」


 注目を集めると、俺は拡声魔法で彼らに呼び掛けた。それは予想外の展開だったのだろう。最前線の兵士たちが再びざわめく。


「隊長、出てくるのか……?」


「まさか。……でも、あの炎がこっちに向いたら終わりだぜ」


「勝てると思ってるなら、話し合いなんてしないだろ」


 彼らの視線を浴びたまま、微動だにせず待つ。もちろん、最初からトップが出てくるとは思っていない。小隊長なり中隊長なりが出てくれば充分だ。後は、数珠繋ぎに出てくるよう交渉するのみだ。


 と、そう思っていたのだが――。


「私がこの軍を預かる大隊長だ」


 森の奥から姿を現したのは、意外なことに指揮官クラスだった。帝国騎士団の大隊長であれば、千人単位の兵士を率いているはずだ。この軍勢のトップと見ていいだろう。

 偽物という可能性もあるが、身のこなしから察するに、かなりの使い手だ。個人の戦闘力がすべてではないが、少なくとも大隊長のポストに見合うだけの実力はあるように思えた。


「まさか、初めから大隊長が現れるとはな……」


「もちろん、通常であればこんなことはしない。だが、気になることがあってな」


 俺の呟きに応じて、大隊長が言葉を返す。


「……部下の報告を受けて驚いたよ。軍の前に立ちはだかった魔法剣士が、指揮官との面会を要求している。そして――」


 言葉を切ると、彼は興味深そうに俺を見つめた。


「その姿は、かつて帝都を救った『極光の騎士(ノーザンライト)』に酷似している、とな。……なるほど、たしかにそっくりだ。その全身鎧フルプレートも、その声も、そして卓越した魔法の腕前も」


 その言葉を聞いて、ようやく俺は納得した。それで初めから大隊長が現れたのか。


「フォルヘイムへ至る道中で、『極光の騎士(ノーザンライト)』を見かけただとか、盗賊団を滅ぼしたという噂も耳にした。その時は一笑に付したが……実物がここにいる以上、あれは真実だったのだな」


「偽物だと疑わないのか?」


 思わず尋ねると、彼は悪戯っぽく笑った。


「報告で聞いた魔法の腕前と、その達人級の身のこなし。こんなものを兼ね備えている人間が、そうそういるとは思えん。『極光の騎士(ノーザンライト)』本人がいると言われたほうが、よっぽど納得できる。だが……」


 と、大隊長の雰囲気が変わった。先程までは穏やかだった表情が、一軍を率いる者としての顔に切り替わる。


「だからこそ、解せん。エルフから帝都を救った『極光の騎士(ノーザンライト)』が、なぜフォルヘイムに与している」


「フォルヘイムに与しているつもりはない」


「では、なぜ我々の邪魔立てをしている? 数年にわたって力を蓄え、秘密裏に事を進め……ようやく報いを受けさせる日が来たのだ。貴公も無残に殺された帝都の民を見ただろう!」


 大隊長は怒りのこもった眼差しで俺を睨みつけた。その様子は義憤というには激しく、彼もまた近しい人を失くしたのだろうと思わせた。


「無論だ」


 脳裏にあの時の記憶が蘇る。幼い頃から一緒に仕事をしてきた剣闘士やスタッフたち。第二十八闘技場うちで試合を観戦していて、そのまま殺された観客。混乱の最中で死んでいった人々。そして――。


「俺も多くを失った。忘れるわけがない」


「ならば、なぜ!」


 詰め寄る大隊長に何を語ればいいのか。彼の思いは分かるし、それを否定するつもりもない。だが、それでは避難民たちが死ぬ。


「復讐は復讐を生む、など綺麗事を言うつもりはない。そして、エルフを庇うほどの思い入れもない。ただ――」


 そして、後ろで成り行きを見守っているハーフエルフたちを手で指し示す。彼らは青ざめた顔で、祈るようにこちらを見つめていた。


「ここに避難している者は非戦闘員だ。さらに、エルフたちから排斥されている混血種でもある」


「……その理屈が通じるなら、三年前の虐殺は起こるまい」


「その通りだ。だから、理屈ではない。あの時……俺が帝都を守ったのは、帝国民だからでもなければ、人間種だからでもない。抗えない人々が理不尽に殺されていく。それに耐えられなかっただけだ」


「……」


 大隊長は何も答えない。だから、最後に一言だけ付け加えた。


「つまり、非戦闘員の虐殺は気に入らん。それだけだ」


 そして、俺も口を閉ざす。どう考えるかは彼次第だが、事によっては乱戦になるだろう。帝都民であるレティシャとシンシアには戦わせたくないし、俺もここで戦ってしまっては、『極光の騎士(ノーザンライト)』が帝国にいられなくなってしまう。

 姿を隠して魔法で援護するに留めて、セインやアリーシャを軸にするべきだろうか。


 周囲の状況を伺いながら、戦略を検討していく。それからどれくらい経っただろうか。やがて、ピクリとも動かなかった大隊長に変化があった。

 彼は後ろを振り返ると、よく通る声で号令をかける。


「情報提供を受けた! この場を迂回して、王宮を包囲している友軍と合流する!」


「……え?」


 思わず素の声が出る。そんな俺に、大隊長はニヤリと笑う。


「『極光の騎士(ノーザンライト)』もそんな声を出すのだな。今日一番の収穫だ」


「……いいのか?」


 重ねて尋ねると、大隊長は小さく肩をすくめた。


「知っているか? かつての戦争であの『大破壊ザ・デストロイ』を捕えた時には、数千人の兵が犠牲になったそうだ」


 その話は俺も聞いたことがあった。さすがに尾ひれのついた噂だと思うが、『大破壊ザ・デストロイ』ならやりかねないという思いもある。


「その『大破壊ザ・デストロイ』より上位である『極光の騎士(ノーザンライト)』と戦えば、甚大な被害を受けることは明白であり、作戦行動に支障を来たす」


 そう告げた後で、大隊長は泣き笑いのような複雑な表情を浮かべた。


「何より、あの時に帝都を守った『極光の騎士(ノーザンライト)』にそう言われてはな……」


「……感謝する」


 それ以上何も言えず、ただ沈黙する。話はついたと判断したのだろうか。中隊長格らしき数人の人物が、大隊長の下へ駆けてくる。


 おそらく、王宮への侵攻経路や陣形の相談だろう。そう思っていた俺だったが、彼らの表情が緊迫していることに気付いた。


「……?」


 不思議に思ったのも束の間、彼らは俺にも聞こえるボリュームで、非常事態であることを告げた。


「大隊長! 遊撃に回していた中隊が全滅しました!」


「なんだと!? 敵の動向は!?」


「不明です。ですが、定時連絡が一斉に途絶えました」


 そんなやり取りを聞いて、俺は首を傾げた。このあたりにエルフ勢力はいないはずだ。セインが森の奥に危険な魔物がいると言っていたが、帝国軍も素人ではない。一斉に全滅するということは考えにくかった。


「何が起きている……?」


 途轍もなく嫌な予感が、ゾワリと俺の背筋を撫でた。



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