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授与Ⅲ

「ミレウス支配人、ありがとうございました。これで古代鎧エンシェントメイルを巡る騒動については一段落です」


「こちらこそ、ありがとうございました。また古代鎧エンシェントメイルを使用できるとは思ってもみませんでしたからね。これもヴェイナードさんのおかげです」


 古代鎧エンシェントメイルの授与式を終えた日の夜。俺とレティシャ、そしてシンシアは、机を挟んでヴェイナードと向かい合っていた。


「いつここを発つご予定ですか?」


「長期間にわたって闘技場を空けてしまいましたから、今すぐにでも帰りたいところですが……」


 そして俺はヴェイナードを見た。俺たちはヴェイナードの客人としてフォルヘイムへ入国しており、彼が率いるユミル商会の看板なしでは、スムーズな出国ができないからだ。


「できるだけ予定を繰り合わせるようにしていますが……あと十日……いえ、五日頂けませんか」


 十日と聞いた瞬間、俺の顔が強張ったのだろうか。ヴェイナードは期限を前倒しにしてくれる。


「……分かりました」


 すぐにでも帰りたい気持ちは山々だが、ここで駄々をこねても意味がない。そう自分に言い聞かせると、俺は静かに頷いた。


「だいぶ長い間お邪魔していたけれど……出国するとなれば名残惜しいわね」


「そうなのか? もう飽き飽きしているかと思った」


「古代文明の魔工技術にエルフの魔法よ? その気になればいくらだって研究できるわ」


 さすがレティシャだな。俺に気を遣っている面もあるのだろうが、嘘をついているようには思えなかった。


「……とは言っても、そろそろ自分の研究施設が恋しくなってきたのも事実ね」


「シルヴィちゃんとは会えなくなっちゃいますね……」


 次にシンシアが口を開く。シルヴィは特に彼女に懐いているためか、寂しそうな口ぶりだった。


「まあ、一生の別れだと決まったわけでもないさ。また遊びに来るかもしれない」


 とは言え、彼らがすんなり出国できるとも思えないし、可能性は低いだろう。それが分かっているのか、シンシアの返事には元気がなかった。


「はい……」


「――そう言えば、ヴェイナードさんに伝えておきたいことがあります」


 そんなシンシアの気を逸らすつもりで、俺は話題を変えた。その内容は、古代鎧エンシェントメイルの授与後に話しかけてきたエルフの話だ。


「……なるほど。やはり穏健派が動きましたか。過激派も獲得に動きたかったのでしょうが、セベク将軍の手前、難しかったのでしょうね」


 ヴェイナードたちの派閥が縮小したら鞍替えしないか。そう誘われた話には渋い顔を見せたが、基本的に彼は冷静だった。


「そしてもう一人、声をかけてきた人物がいました」


 そう前置いて、ルナフレアの伝言を持ってきた侍女の話をする。すると、ヴェイナードの表情が凍りついた。


「なくした贈り物……」


「何か心当たりがあるのですか?」


「……いえ。彼女は星の数ほど贈り物をもらっているでしょうから、見当もつきませんね」


 ヴェイナードは落ち着き払って答えるが、どこか思案顔だった。そこで、俺はもう少し切り込んだ。


「ルナフレア王女が取り出した、あの小さな杖と関係があるのですか? ――鍵、でしたか」


「!」


 それはただの直感だ。だが、ヴェイナードが浮かべた表情はその勘を裏付けるものだった。しばらく沈黙していたヴェイナードは、やがて曖昧な笑みを浮かべた。


「すべては推測の域であり、同時に機密事項でもあります。……ああ、ミレウス支配人が私の仲間としてフォルヘイムにとどまってくれるのであれば、明かす用意はありますが」


 隠しきれないと悟ったのか、ヴェイナードは話をすり替える。


「……それでは仕方ありませんね。諦めましょう」


 対して、俺はあっさりと追及を断念した。古代鎧エンシェントメイルの承認という共通の目的を果たした今、俺とヴェイナードの協力関係は非常に薄いものになっている。少なくとも、極秘事項を聞き出せるほどの間柄ではない。


「それは残念です」


 ヴェイナードはわざとらしく肩をすくめる。だが、セインから聞いた話のせいか、その態度は本音を隠しているだけのようにも思えた。


「ただ、一つだけ言えることがあります。私は失われていた古代鎧エンシェントメイルを復活させて、その権威を利用するつもりでした。ですが……」


 小さく息を吐くと、ヴェイナードは自嘲気味に続けた。


「帝国へ帰る皆さんには関係ないでしょうが……今回の件は、もはや古代鎧エンシェントメイルどころではなくなるかもしれません」




 ◆◆◆




【フォルヘイム王国王女 ルナフレア・レイク・ミラ・ユグドルシア】




「そう、違ったのね……。もしかしてと期待していたけれど」


「申し訳ありません……」


「謝る必要はないわ。違うということが分かったのだから、あなたは充分務めを果たしてくれたのよ」


 王宮でも一、二の広さを誇るルナフレアの私室。その部屋の主は、侍女をねぎらうように優しい笑顔を浮かべた。


「それに、腕輪のほうにも反応しませんでした。あのフェリウスなる者は、まったく関係がないと思われます」


「そう……あの人の古代鎧エンシェントメイルを継承したくらいだから、せめて関係者だと思ったのに……上手くいかないわね」


 エルフ族でも屈指の美貌を曇らせると、ルナフレアは無意識のうちに片手で自分の耳に触れた。それはどれだけ注意されても治らなかった癖であり、今では咎める者すらいない。


「個人差がありますし、まだ思い出していないだけという可能性は……」


「思い出していない状態で古代鎧エンシェントメイルを手に入れたのなら、他のエルフと何も変わらないわ」


「まして、クォーターエルフだそうですからね」


「ええ……」


 ルナフレアは古代鎧エンシェントメイルを授与した青年の姿を脳裏に描く。まるで人間にしか思えない容貌だったが、古代鎧エンシェントメイル主人マスターと認めた以上、エルフの血が流れていることに間違いはない。


 エルフ族で最強の剣士であるセベク将軍を倒した手並みは見事であり、ヴェイナードが熱弁を奮って推していただけのことはあると思わせた。


「ヴェイナード……」


 そして、ルナフレアの思考はフェリウスを連れてきたヴェイナードへと向かう。傍流とは言え王族の一員であり、年齢も近い彼はルナフレアにとって数少ない友人……いや、それ以上のものだ。


 だが、ヴェイナードはハーフエルフだ。年齢を重ねるにつれて、王宮は彼を邪険に扱うようになっていた。……いや、正確に言えば、ヴェイナードは初めから邪険に扱われていたのだろう。ただ、ルナフレアが気付いていなかっただけだ。


 そして、そのことに気付いた頃には、ヴェイナードは王宮に姿を見せなくなっていた。ユミル商会という組織を率いて人間の国へ赴いていると知ったのも、随分後の話だ。


「今回はヴェイナード様が大活躍でしたね。古代鎧エンシェントメイルを巡る議論では、他の派閥を片っ端からねじ伏せたそうですし」


 ルナフレアの呟きに反応したのか、侍女が応じる。


「うふふ……ヴェイナードは小さな頃から理屈っぽかったもの。私なんて一度も言い負かすことができなかったわ」


 懐かしい追憶に頬を緩めていると、侍女も深く頷いた。


「同時に古代鎧エンシェントメイル主人マスターでもありますし、本当に優秀なお方です。……あれでハーフエルフでなければ最高でしたのに」


「……そうね」


 一拍遅れて侍女の言葉に同意する。頭を振ってヴェイナードの幻影を振り払うと、ルナフレアは机に手を伸ばした。


 ヴェイナードが姿を見せなくなった頃に発現し、以降の彼女を支えたもの。あやふやな存在だったそれは、小さな杖という形で、ついに実在を証明した。


 彼女の手に収まりそうなくらいに小さな杖を、愛しそうにゆっくりと撫でる。すると、自然と笑みがこぼれた。


「――ルナフレア様。アルジャーノン様がお見えです」


 だが、その笑顔は侍女の言葉とともに消え去る。


「……そう。お通しして」


 そして、急いで人を迎え入れる支度をする。この部屋は私室という扱いではあるが、彼女の立場から様々な人が訪れる。そして、その中には、公な場での謁見には適さない面会も含まれていた。


「ルナフレア殿下、失礼しますよ」


 ルナフレアに向けて、アルジャーノンは優雅な礼を披露する。だが、そこに王族への敬意はなかった。彼は穏健派の筆頭だが、それは彼が穏やかな性格であることを意味しない。

 三年前の作戦が失敗したことを機に、当時の主流だった過激派を失脚させたのもアルジャーノンであり、その手口は非常に攻撃的なものだった。


古代鎧エンシェントメイルの授与、お疲れさまでした。クォーターなどという雑種に鎧を与えたことは不本意ですが……あの鍵にはそれ以上の価値がありますからな」


「――っ!」


 ルナフレアの顔からさっと血の気が引く。


「どうして……いったい誰が……」


「殿下が思っているほど、組織は一枚岩ではないのですよ」


 薄く笑うと、アルジャーノンはルナフレアに手を差し出した。


「さあ、鍵を頂きましょうか。すでに実験の準備はできています」


「嫌よ! これはクリスハルトの――」


「昔の話など忘れることです」


 なおも言い募ろうとするルナフレアに、アルジャーノンは冷たい声色で問いかける。


「……ルナフレア殿下。これは我々エルフ族が、あの簒奪者たちから権利を取り戻すために必要なことです。エルフ族の頂点に立つあなたが、個人的な感情ですべてのエルフの未来を閉ざすことが許されるとお思いか」


「……っ」


 その言葉はルナフレアに深く突き刺さった。そんな彼女に追い打ちをかけるように、アルジャーノンは冷徹に言い放つ。


「どうしてもご協力いただけないのであれば、無理やり探し出すことになります。どちらがよろしいですか?」


 王族に対して不遜な発言だが、彼にはそれが許されるだけの権力がある。即位すらしていない王女に抗えるものではなかった。


 長い葛藤の後で、ルナフレアは小さな杖を差し出す。アルジャーノンがそれを受け取るより早く、彼女は口を開いた。


「出て行って」


 嗚咽が混じらないよう、意地で声色を保つ。


「もちろんです。用事もないのに、淑女の部屋に居座るわけには参りませんからね」


 アルジャーノンは杖を受け取ると、くるりと身を翻す。だが、扉の向こうに姿を消す直前に、もう一度ルナフレアを振り返った。


「……そうそう、しばらく騒がしくなるかもしれません。王宮からあまり離れないことです」


 軽快な足音とともに、今度こそ姿を消す。


「どうして……どうしてこんな……っ」


 しん、と静まり返った部屋に、主の悲痛な声が響いた。



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