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授与Ⅱ

古代鎧エンシェントメイルの授与が決まりました。十日後に王宮へ行きます」


 ヴェイナードがそう報告してきたのは、辺りがすっかり暗くなった頃だった。最近はずっと王宮に詰めていたようだから、今日もそうだったのだろう。


「分かりました。……お疲れさまでした」


「不測の事態を懸念して、古代鎧エンシェントメイルは初めから着用していくことも認めさせました」


「それは嬉しいですね。また不届き者がいるかもしれませんから」


 そう返した理由は、古代鎧エンシェントメイルを盗み出そうと侵入してきたエルフがいたからだ。それも一度や二度ではなく、時にはこの区域に住むハーフエルフを利用したりもしていた。


「まあ、彼らのおかげで話が通しやすくなったのも事実ですが。今頃、裏で手を引いていた人々は臍を噛んでいることでしょう」


 なお、侵入者の黒幕はそれぞれ別の派閥だった。それだけ古代鎧エンシェントメイルが重要であり、かつそれが混血種の俺に授与されることを警戒しているのだろう。


「それじゃ、筋力強化フィジカルブーストをかけてもらった状態で、古代鎧エンシェントメイルを着込んでいけばいいわけですね?」


「ええ。……ああ、兜だけは外してください。一応授与の儀式ですから、王女から兜を授けられる形になります」


「分かりました。他に注意することはありますか?」


 尋ねると、ヴェイナードは思案顔を浮かべた。


「そうですね……注意というか、気掛かりはあります。有力派閥のうち、古代鎧エンシェントメイルの授与に寛容な派閥が一つありましてね。もちろん形としては反対していましたが、他派閥との温度差が見え隠れしていました」


「なるほど……気になりますね」


 もちろん古代鎧エンシェントメイルが他派閥の混血種に与えられることを気にしていないなら、それはそれで問題ない。だが、そんなに楽観的に物事を捉える人間はこの場にいなかった。


「ちなみに、どの派閥ですか?」


 聞いて分かるとも思えないが、気にはなる。情報を持っていて悪いことはないだろう。


「ルナフレアたちです」


「ルナフレアというと……王女の派閥ですか?」


 俺は少し驚いた。前回の謁見でも傀儡のような雰囲気があったし、王女を中心とする派閥があるとは聞いていなかったからだ。そんなものがあれば、必然的に有力派閥に育ちそうなものだが……。


「正確には派閥ではありません。若い世代を中心としたグループですが、その結束は固く、構成員の全容も分かりません。さらに、穏健派が彼らに歩み寄っているフシがあります」


「穏健派と言えば、一番手の有力派閥でしたよね? わざわざ他派閥を取り込む必要があるのですか?」


「二番手の過激派も権勢が強いことに変わりはありませんからね。三年前の作戦が失敗して一番手から転げ落ちましたが、力を持っていることは事実です。

 それに、過激派には古竜エンシェントドラゴンの最後の一頭に対して、優先命令権があります。ただ、あの古竜エンシェントドラゴンには他の竜ほど忠実に動かないという欠点はありますが……」


 しばらく考え込んでいたヴェイナードは、やがて軽く頭を振った。


「ともかく、彼らがくれると言うのなら、こちらは古代鎧エンシェントメイルをもらうだけのことです」


「ええ、そうですね」


 正直に言ってしまえば、エルフ族の権力争いに興味はない。古代鎧エンシェントメイルを復活させて闘技場へ帰るだけだ。


 すでに四カ月近く空けている闘技場に思いを馳せると、俺は深く頷いた。




 ◆◆◆




 謁見の間は、大勢の人で溢れかえっていた。前回の半ば非公式な謁見とは異なり、今回はきちんとした授与式だ。それに見合った参加者を揃えたのだろうが、ざっと見て百人近くはいる。


 そして、そのうち純種のエルフでないのは俺とヴェイナードだけであり、特に俺には不審や侮蔑を含んだ視線が向けられていた。


「――フェリウス・クローク。前へ」


 それらの視線を気にすることなく、俺は前へ進み出る。式の流れは予め伝えられていたため、戸惑うこともない。


「あれが最後の古代鎧エンシェントメイルか……」


「本当に混血種なのね……見て、あの短い耳」


「ヴェイナード様は血筋的に仕方ないが、あの者は……」


 次々と耳に飛び込んでくる声も、すべてが否定的なものだ。だが、『魔法試合を導入したとんでもない支配人』としてあちこちで陰口を叩かれていた身としては、この程度はただのそよ風のようなものだ。


「顔を上げよ」


 ルナフレア姫の言葉に従って顔を上げる。そして彼女の顔を見た俺は、内心で首を傾げた。俺を見る目がやけに柔らかい。前回の謁見では、そこまで好意的な表情を見た記憶はないが……それは、まるで何かを懐かしむような目だった。


「ルナフレア殿下、古代鎧エンシェントメイルの兜でございます」


「ええ」


 ルナフレアの隣に控えていたエルフが、古代鎧エンシェントメイルの兜を乗せた台を差し出す。すると、彼女はためらいがちに兜を手に取った。


「ああ……」


 兜を両手で持ったルナフレアは、それを自分の目の高さへ持ってくる。ちょうど兜の正面と向かい合う形だ。


「……?」


 ひざまずいたまま、俺はその様子を訝しむ。打ち合わせでは、ルナフレアが儀式ばった言葉とともに俺に兜を被せて、俺がエルフ族への忠誠を誓う。そんな流れだったはずだ。これも何かの陰謀だろうか。そんな懸念が頭をよぎる。


 彼女の奇行はそれだけではなかった。やがて、ルナフレアは感極まったように兜を抱きしめたのだ。やはりおかしな行動だったようで、居並ぶ人々がかすかにざわめく。


「ルナフレア様はどうなされたというのだ」


古代鎧エンシェントメイルを混血種に渡したくないのでは?」


 そんな声も耳に入っていないのか、ルナフレアは兜を抱きしめたまま微動だにしなかった。俯いている上に髪に隠されていて、彼女の表情を見ることもできない。


「――殿下」


 それからどれくらい経っただろうか。兜を渡したエルフが声をかけると、ようやくルナフレアは顔を上げた。


「ええ、分かっています。……でも、その前に一つだけ――」


「……殿下?」


 訝しげに声を上げたエルフに構わず、ルナフレアは兜をひっくり返した。そして、逆さまになった兜に手を入れると、何事かを呟く。


 次の瞬間、兜の内側がカッと輝いた。


「――なんだ!?」


 思わず声を上げるが、それを咎める者は誰もいなかった。参列者もまた、驚きに声を上げていたからだ。


「今の光は……」


「殿下がなさったのか?」


 人々は口々に声を上げる。ちらりとヴェイナードに視線を向けると、彼もまた呆然としていた。そんな中、さらなる驚きが俺たちを襲う。


「あれは――?」


 兜の中に入れていたルナフレアの手に、何かが握られていたのだ。手からはみ出している部分から推測すると、ミニチュアの杖のように見える。


「どういうことだ……?」


 その事実がさらに俺を混乱させる。あの兜は俺がずっと被っていたが、そんなものはなかったはずだ。だが、彼女は兜からあの杖を取り出したとしか思えない。


「殿下、それは……?」


 側近が尋ねるも、彼女は微笑むだけだった。やがてその杖を胸元にしまうと、彼女は俺に視線を向けた。


「フェリウス・クローク。汝に古代鎧エンシェントメイルを授ける。エルフ族の復権のため、その身果てるまで忠義に励むがよい。

 ――エルフ王家の正統なる血を引くルナフレア・レイク・ミラ・ユグドルシアは、かの者を承認する」


 それは打ち合わせ通りのフレーズだった。ようやく本来の流れに戻ったわけだが、場はまだざわついている。だが、まずはこの場を乗り切ることだ。


「畏まりました。このフェリウス・クローク、命に代えても主命を全うし、血の一滴までも同胞の礎となる所存です」


 用意していたフレーズを口にすると、ルナフレアが捧げ持った兜を俺に被せる。その瞬間、兜だけでなく鎧全体が青白い光を放った。


「……ありがとう」


 そして、かすかな声が俺の耳に届く。その声は目の前のルナフレアが発したものに間違いなかった。なぜ彼女は礼を言ったのか。そう疑問を抱く俺だったが、その思考は途中で遮られた。


 なぜなら、懐かしい声が聞こえたからだ。


『――主人マスター。あなたという人は本当に……』


 それは、久しぶりの人工精霊との念話だった。まるで泣き笑いのような声色に、俺も念話で返す。


『言っただろ? 俺は貧乏性だって』


『貧乏性だからって、何もエルフの巣窟に乗り込む必要はないでしょう。相変わらず無謀な人ですね』


 そんなやり取りも心地よくて、思わず頬が緩む。


『クリフ、鎧の起動回数はあと何回だ?』


『百回です。……それで、これからどうしますか? 流星翔ミーティアスラストで離脱を強行しますか?』


 その提案に、思わず俺は噴き出しそうになった。


『どうして逃げ出すことが前提なんだよ……』


主人マスターがまともな方法で鎧を授与されたとは思えません。何か裏があるのでしょう?』


『裏はあるけど、逃げ出すようなことはないさ』


 説明しながら、俺は立ち上がった。謁見の間から退室する許可が出たのだ。そして廊下へ出たところで、不意にクリフの念話が入った。


『――主人マスター。鍵は……鍵はどこですか!?』


 それは、あまりに緊迫した声だった。思わず身構えるが、何を訊いているのかが分からない


『鍵? なんのことだ?』


『鍵は鍵で――そうですね、小さな杖のような形をしているはずです』


『小さな杖……』


 その言葉で思い浮かぶものは一つしかない。ルナフレアが兜から取り出したあの杖だ。そう説明すると、クリフから驚愕している気配が伝わってきた。


『あの王女が? ですが、なぜその方法を……』


 クリフの混乱が収まる様子はない。だが、いつまでもそれに付き合っていることはできなかった。なぜなら、廊下を歩く俺の前に、一人のエルフが立ちはだかったからだ。見覚えはないが、その視線は明らかに俺に向いている。


「フェリウス殿。古代鎧エンシェントメイルの授与、誠におめでとうございます」


「ありがとうございます。……では」


 そのままエルフの脇をすり抜けようとするが、彼はさっと道を塞いだ。


「少しお話ししたいことがあるのです」


「はあ……」


 とぼけた返事をしてみても、相手に変化はなかった。彼はちらりと周囲を確認してから口を開く。


「率直に申し上げましょう。フェリウス殿、私たちと組みませんか?」


 やっぱりその話か、と俺は内心で溜息をついた。古代鎧エンシェントメイルは戦力的にも権威的にも重要な存在だ。こうして引き抜きをかけてくる派閥の存在は予想済みだった。


「光栄なお話ですが、レイオット様やヴェイナード様には返しきれない恩があります。お二人を裏切るわけには参りません」


 そのため、断り文句も考えてあった。エルフ族からすれば、俺はヴェイナードやその父であるレイオットに引き立てられ、はじめて脚光を浴びた存在だ。恩義を盾にされては、向こうも口を出しにくいだろう。


「義を重んじるフェリウス殿のお志はご立派だ。……ですが、だからこそ惜しいのです。レイオット殿の派閥には未来がない。彼らの派閥に所属していては、古代鎧エンシェントメイルもその真価を発揮することができないでしょう」


『この鎧の価値は、所属する派閥などに左右されませんが……』


 そこへクリフのツッコミが入る。目の前のエルフも、まさか古代鎧エンシェントメイルに異を唱えられているとは思ってないだろうな。もちろんその声は俺にしか聞こえないため、俺は一人で笑いを堪えるしかなかった。


古代鎧エンシェントメイルはエルフ族の至宝。派閥の利権争いなどという些末な事象ではなく、エルフ族全体のために用いるべきでしょう。そして、私たちこそが、エルフ族に最も貢献できる組織なのです」


 そんな俺の内心を知らないエルフは熱弁を奮っていた。エルフ族全体の利益を掲げていながら、結局やることは派閥争いにしか思えないが……わざわざ角を突き合わせることもないだろう。


「そうですか。……失礼ですが、貴方がたの筆頭はどなたですか?」


「アルジャーノン様です」


 俺はヴェイナードから聞いた情報を思い出す。アルジャーノンは穏健派の派閥長だったな。セベクは過激派に所属しているし、ヴェイナードは言うまでもなく父親レイオットの派閥だ。となれば、三大派閥のうち、自分たちだけ古代鎧エンシェントメイルの継承者がいないことになる。それで引き抜きに出たのだろう。


「最大派閥からお誘いを頂けるとは光栄です。ですが、先ほども申し上げた通り、私はレイオット様たちに恩があります。」


 俺は重ねて誘いを突っぱねた。恩義を理屈で覆すことは難しい。これ以上言い募ることはできないだろう。


「なるほど、フェリウス殿が義理堅いことは分かりました。その心根は私たちとしても好ましいものです。そこで提案ですが……レイオット殿の派閥が消滅する、もしくは国政に影響を与えられぬほど小さくなった暁には、私たちのところへ来ませんか?」


「……え?」


 それは意外な提案だった。エルフは長寿だからか、途方もなく気の長い話をすることがある。そう言っていたのはセインだったか。

 彼らは高齢のレイオットが天寿を全うし、ヴェイナードが後を継いだところまで考えているのだろう。そして、ハーフエルフのヴェイナードが派閥を継げば、勢力は縮小すると本人も言っていた。


「……私はクォーターエルフです。こう申し上げてはなんですが、レイオット様が天寿を全うするより先に、私の寿命が尽きる可能性のほうが高いでしょう」


 レイオットの寿命はあと百年くらいだと聞いたからな。エルフの特性がよっぽど強く発現しない限り、俺のほうが先に死ぬはずだ。


「残念ですが、その時は諦めましょう。……ですが、何があるか分からないのが世の中です。フェリウス殿、私たちはいつでもあなたを歓迎します。そのことを忘れないでください」


 そして一礼すると、彼は俺の脇をすり抜けて去っていく。俺がその様子を見送ったのは、何かが引っ掛かったからだ。だが、彼は怪しい素振りを見せることもなく、角を曲がって姿を消す。


「まあ、いいか」


 そして、王宮の外を目指そうと振り返った俺は、再び気を引き締めた。またもやエルフが俺を見ていたからだ。


「あの……フェリウスさんですよね?」


「ええ、そうですが……何かご用でしょうか」


 今度のエルフは女性だった。言葉遣いのせいか、さっきのエルフよりも若いように思えるが、彼らの年齢はよく分からないからな。ちらほら見かける制服を着用していることからすると、王宮に勤めているエルフだろうか。


「その、姫様からの伝言なのですが……」


「殿下から、ですか?」


 俺は目を丸くした。だが、それに構わず彼女は言葉を続ける。


「はい。……『なくした贈り物を覚えているか』と」


「贈り物……?」


 俺は目を瞬かせた。俺がルナフレアと謁見したのは、前回と今日の二回だけだ。しかも、どちらもろくに話をした記憶がないわけで、贈り物なんて論外だ。


「申し訳ありません。心当たりがないのですが、人違いではありませんか?」


「そうですか……」


 そう答えると、彼女は残念そうに目を伏せた。そして、なぜか少しだけ服の袖をまくり上げる。そこには金属製の素っ気ない腕輪が嵌まっていたが、制服とはあまり合っていないように思えた。


「すみません、ちょっとズレてきてしまって……」


「いえ……」


 その言葉に矛盾はないが、どうにも引っ掛かる仕草だった。彼女が俺の様子を窺っている雰囲気であることもあって、何かのメッセージである可能性は高い。腕輪について言及すれば、あるいは進展があるかもしれない。だが……。


「それでは、失礼します」


 エルフ族の事情に首を突っ込むつもりはない。古代鎧エンシェントメイルの起動回数は百回あるのだから、今までと同じペースで試合に出た場合は二十年以上使える計算だ。また王族の承認を受けることもないだろう。


 そう自分に言い聞かせると、俺は今度こそ王宮を後にした。



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