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宴席Ⅱ

「ミレウス支配人、お疲れさまでした」


 魔工研究所の面々と酒を酌み交わした後。彼らから解放された俺は、いつの間にか近付いていたヴェイナードに声をかけられていた。


 そんな彼の声も、普段より明るい。旅の間もそれなりに酒を飲んでいたヴェイナードだが、いつも以上に飲んだのだろうか。まあ、ここは彼の家だし、あまりセーブする理由もないか。


「ヴェイナードさんこそ、お疲れさまでした。大変だったでしょう」


 その言葉はただの社交辞令ではない。彼は変異種との戦闘にこそ参加していないものの、対エルフ結界の中でずっとレティシャ達の結界構築に立ち会い、その結果を『歪な魔力排出を抑える機能が発見された』とエルフ族の上層部に報告していたのだ。


 ヴェイナードにとって都合がよすぎる展開であり、他派閥はあれこれと難癖をつけようとしたらしいが、なんとかその攻撃を凌ぎきったのだという。

 闘技場連絡会議で似たような目に遭い、そしてエルフ王宮で風当たりの強さを目の当たりにした身としては、その苦労は想像するだけでも恐ろしい。


「風当たりの強さは、今に始まったことではありませんからね」


「お察しします」


「私もミレウス支配人のように、逆風を制してみたいものです」


 その言葉は、闘技場界における第二十八闘技場の立場の遷移を指しているのだろう。そういう意味では、俺とヴェイナードは立場が似ている。


「私には古代鎧エンシェントメイルもあれば、心強い味方もいましたからね。どの要素が欠けても、今のようにはいかなかったでしょう」


 俺は迷わず答える。『極光の騎士(ノーザンライト)』の存在以外にも、ユーゼフ、ヴィンフリーデという幼馴染。ダグラスさんたち親父の遺してくれた剣闘士やスタッフ。新たに協力してくれるようになったマルガ商会のセイナーグさん。そして、幾度も助けてくれたレティシャやシンシア。自分一人で上げた実績だとはまったく思っていない。


「……羨ましい話です」


 そう相槌を打つヴェイナードの言葉は普段とは異なっていた。社交辞令ではなく、本気で羨んでいる。そう思わせるものだった。


「ミレウス支配人、少し外へ出ませんか?」


「ええ、構いませんが……」


 誘われるままに腰を上げる。酒杯を片手に館の裏口を抜けると、そこにはフォルヘイムの夜景が広がっていた。彼らはあまり夜に活動しないようで、それぞれの家から漏れるかすかな灯りが、うっすらと景色を浮かび上がらせていた。


 ヴェイナードが手近な段差に腰かけたのを見て、俺も適当なところに座る。酒杯を傾けて一息つくと、彼は真剣な顔でこちらを見た。


「ミレウス支配人、フォルヘイムに留まるつもりはありませんか」


「……え?」


 思いがけない言葉に目を瞬かせる。予想もしていなかった話に驚いていると、ヴェイナードは言葉を重ねる。


「私には、あまり信頼できる仲間がいません。もしミレウス支配人がここに留まって私に協力してくれるのであれば、厚遇をお約束します」


「そうですか……? ヴェイナードさんは人々に慕われているように思えましたが」


 俺は首を傾げる。少なくとも、この地区でのヴェイナードの人気は高いように見えたからだ。


「そうだとしても、彼らの多くは諦めを抱いて生きています。純種から無理難題を押し付けられても、そういうものだから仕方ないと、そう考えるのです」


「なるほど……」


 純種とわたり合って派閥を維持しているヴェイナードからすると、その思考は危険なのだろう。重要な部分まで相手にあっさり譲っていては何も守れない。


「ですが、ミレウス支配人であれば、そんなことはありません。フォルヘイムの外で暮らしていたからこそ、おかしなことをおかしいと感じることができる」


 そう語るヴェイナードの目には熱意がこもっていた。


「さらに、ミレウス支配人は戦闘力も飛び抜けていますし、闘技場での優れた経営手腕は政治や統治に通じるところがあります。それに、ご家族がもともとフォルヘイムに住んでいることから、住民の信も得やすい」


 そして、ヴェイナードは口にしないが、俺がクォーターエルフだということも重要なのだろう。エルフ王宮でのやり取りから、彼が苦労していることは分かるし、仲間が欲しい気持ちも理解できた。


「ミレウス支配人はご存知ですか? このフォルヘイムに限らず、ドワーフや竜人など、亜人種の里の多くには見張りが付けられています」


 ヴェイナードが切り出した話題は唐突だったが、俺の興味を引くには充分だった。


「見張り、ですか」


 そう言えば、エルミラの弟、マイルがそんなことを言っていたな。あれは本当だったのか。


「ええ。私たちがよからぬことを企んで、人間社会を転覆させるのではないか。そう懸念した国々が、共同で監視をつけているのです。帝国公認のユミル商会はともかく、一般のエルフが正規ルートでフォルヘイムの外へ出る場合は、厳しい審問をクリアする必要があります」


「そうなのですか……。亜人種は、自ら里に籠もっているのだと思っていました」


「もちろん、そういう者も大勢います。種族が違えば特性が異なり、文化も自ずと乖離していきますから、共に生きるとなれば軋轢は避けられません。……ならば、その狭間に生まれた者はどうすればいいのでしょうね?」


「……」


 俺は何も言えなかった。たしかにこの身はクォーターエルフだが、そういった混血種の苦労とは無縁に生きてきたからだ。立場上、深く悩み続けてきたであろうヴェイナードに、何を言えるというのか。


「……私は、混血種は可能性だと考えているのです」


「可能性、ですか?」


「両種族の特性を併せ持っていますからね。混血種は純種よりも力が弱まる傾向にありますが、それと引き換えに別の特性を獲得しています。その組み合わせによっては、純種を凌ぐ成果を挙げることもできるでしょう」


 自分で言うのもなんですが、とヴェイナードは自嘲気味に言葉を足した。


「ですが、純種はそれを認めません。純種が栄華を誇っていた時代を忘れられず、当時存在しなかった混血種は、復権に不要な存在と軽んじている」


 そう告げると、ヴェイナードは魔工研究所のほうに視線をやった。


「出入り制限を受けているのは純種だけではありません。混血種(私たち)も同じです。変異種の元になったハーフエルフを覚えていますか? あれは、まともな方法では出国できないために、監視が困難なルートで出国を試みたものでしょう」


 それが結界の核になるとは皮肉なものです、とヴェイナードは肩をすくめた。それくらいに混血種の未来は閉ざされている。そう告げたいのだろう。


「馬鹿らしいと思いませんか? 過去の栄光に縋り、叶いもしない妄想を掲げて進歩しないエルフ族も、数千年前の恐怖を受け継いで警戒し続けている人間も」


 そう言ってヴェイナードはグラスを呷る。その語調はいつになく強く、彼が心から憤っていることを窺わせた。


「その結果が共存でも訣別でもいい。我々は過去ではなく、未来を見据えて行動するべきなのです」


 そう語るヴェイナードの口調は激しく、目には強い意思の光が見て取れた。そして、その目はやがて俺を捉える。


「だからこそ、ミレウス支配人に留まってほしいのです。現在と未来を見つめて、進んでいくことのできる人材に」


 ヴェイナードは熱弁を奮い続けていた。普段の彼らしからぬ熱量に驚くが……それでも、俺の心が揺らぐことはなかった。


「私には闘技場がありますから、フォルヘイムに留まるわけにはいきません。ご期待に沿えず申し訳ありません」


 迷いなく答える。今は一時的に闘技場を離れているが、闘技場と縁を切ることはあり得なかった。


「……そうですか」


 そして、それはヴェイナードも分かっていたはずだ。混血種への扱いが悪いことは体感したし、そのせいでシルヴィたちが危害を加えられるようなことがあれば、憤ることもあるだろう。だが、闘技場を放り出す理由にはならない。


「まあ、駄目で元々、という気持ちでしたからね。少し焦っていたのかもしれません」


「焦っていた……そんなに状況が悪いのですか?」


 思わず訊き返す。ヴェイナードの派閥は縮小傾向にあるのだろうか。


「現状に大きな問題はないのですが……父は高齢でしてね。あと百年生きられるかどうか」


「ええと……」


 俺は言葉に困る。人間であれば、百年も生きられれば大往生だと思うが……エルフの寿命が千年くらいだということを考えると、彼らにとっては短いのだろう。


「そして、父の血を継ぐ者は私だけです。ハーフエルフが派閥の長になった時点で、権力の低下は避けられません」


 そして、彼は誇らしげに笑う。


「人間を娶ったことからも分かるように、父は変わり者でしてね。血筋や立場のせいもあって、次の伴侶を娶るよう勧められていたようですが、母が亡くなった後は独り身を貫いているのです」


「そうでしたか」


 傍流とはいえ、王族の血筋で有力派閥の長だものな。貴族にあたると考えれば、後妻を迎えないのは変わり者なのかもしれない。


「そして父は、私をエルフの血で縛りたくないと、外界で様々な価値観に触れられる機会を与えてくれました」


「ひょっとして……それがユミル商会の興りですか?」


 ヴェイナードが率いる商会の名前を出すと、彼は小さく首を振った。


「正確に言えば、ユミル商会は数百年前からありました。当初から構成員の大半は混血種で、細々と商いを行っていたようです。ですが、五十年ほど前に経営が傾き、組織は崩壊しかけていました。そこに父が援助を行ったのです」


「五十年前……」


 五十年前と言えば、まだルエイン帝国は建国もされていなかった頃だな。そんな俺の考えを読んだのか、ヴェイナードの話はそちらへ流れていった。


「そして組織を立て直したユミル商会は、新しく興った国に拠点を置き、それなりに国の拡大にも協力しました。……小さな街だけだった頃はともかく、多くの街や村を抱える大国になった今では、私たちの力など小さなものですが」


「なるほど、それで出入りが許されていたのですね。エルフに厳しい国の割に、ユミル商会が特別扱いを受けていたのが不思議だったのですが……」


 新しく興った国とは、もちろんルエイン帝国のことだろう。建国当時から活動していたとなれば、それなりに信用も得ているだろうしな。


「人間とは不思議なもので、五十年ほど前から共に活動しているとなれば、それなりに信用してくれますから」


「人間にとっての五十年は、人生の大半ですからね」


 その辺りは、寿命からくる価値観の違いとしか言いようがない。人間の価値観を持つ俺としては、ヴェイナードの言葉のほうに違和感を覚えるからな。


「本当に……難しいものですね」


 しばらく沈黙していたヴェイナードは、やがて夜空を見上げた。派閥の行く末。エルフ族の今後。父親のこと。そして他種族との価値観の相違。その言葉は、様々な意味を含んでいるように思えた。



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